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〜星空の下の告白〜

▮勇者

 ここは…どこだ?


 一面に広がる闇の中で、気づけば俺は一人立ち尽くしていた。


 辺りは暗闇で足元すらもおぼつかないというのに、自分の手や体ははっきりと見える。


 奇妙な感覚が続く中、俺は記憶を呼び起こそうと唸った。


「…そうだ。俺…あのまま意識を失って…。じゃあもしかしてここって?!」


 も、もしかして…死んだのか?

 そしてここは死後の世界…とか?


 一応身構えてみるものの、辺りに変化はない。

 ついでにステータス画面を出してみる。

 正常に作動している。夢ではないみたいだ。


 俺は恐る恐る足を前に出した。


 何もないように見えるが、確かに踏みしめられる地面のようなものがある。


「こうしていても仕方がない。とにかく情報を集めないと…。」


『やめておいた方がいいよ。』


 どこからか少年の声が聞こえる。


 驚きながら、辺りを見渡し、声の主を探した。

 すると、暗闇の先に少年の姿があった。


 その少年に、俺は見覚えがあった。


 深い漆黒の髪。

 透き通るような白い肌。

 闇に漂う黒い外套をなびかせている。

 そして、何よりも、煌々と燃えるように赤いその瞳に、俺は完全に思い出した。


 そうだ!俺は前にもこの場所に来て、彼に会っている。なんで、忘れてたんだ…?


 戸惑う俺を無感情な瞳が見据える。


「そこから落ちたらせっかく拾った命を捨てることになるよ。」


 その言葉を聞き、改めて足元を見た時、心底ぞっとした。


 少年との間を隔てるように、巨大なクレバスがぽっかりと口を開けていたのである。


 その穴の底はまさしく奈落。まるで飲み込まんとするようなその威圧感に、思わず後退り、足がもつれて尻もちをついた。


「もうじき君は目覚める。二度も死に損なうなんて…運がいいのか、悪いのか…。」


 それだけを言い残すと、少年は闇の中に溶け込むように消えていく。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!君は一体?!ここは一体どこなんだ?!」


 その質問に答えることなく、少年の姿は完全に見えなくなった。


 その時、再びどこからか声がした。


『…レク。…アレク!お願い!目を開けて!アレク!!』


 この声は…。アリーだ…。

 アリーが…俺を呼んでる。


 次の瞬間、辺りが白く包まれた。


 先ほどまでと打って変わり、光に包まれた世界の中で俺を呼ぶアリーの声を標にして、一歩踏み出した。


 ---


 冷たい風が頬を撫でる。


 重い瞼を開けた先に薄っすらと視界に映るのは、涙をいっぱいに溜めたアリーの顔だった。


「…あ、アリー…。」


「アレク!良かった…。間に合った…。うぅ…うぅ…。」


 アリーは肩を震わせると、拳を握り、俺の胸に打ち下ろした。効果音をつけるなら「ぽかっ」っといったレベルだったが、アリーは続けてもう一度叩いた。


 戸惑う俺の頬に、温かい涙が零れ落ちた。


「腕も…怪我も治ったのに…。全然目を開けてくれないから…。間に合わなかったんじゃないかって…。」


 ボロボロと流れる涙をその身に受けながら、俺はアリーの顔にそっと触れた。


「ごめんな…。心配かけて…。もう、大丈夫だから…。助けてくれてありがとう。アリー。」


 アリーは両袖で涙を拭う満面の笑みで返してくれた。


「おいっ!」


 その声に、俺は首だけを声の主に向けた。


 バキッ!!


「げふっ!!」


「ひっ!あ、アレクっ!」


 顔面を蹴り飛ばされ、俺の体は軽く宙を舞ってから地面に叩きつけられた。


「…いっつつつ!!」


 涙目になりながらのた打ち回る俺の前に、レダがしゃがみ込んだ。


「無事に目が覚めたようで安心したぜ。さすがに気を失っている奴に蹴り入れるのは気が引けるからな。ここに貰った一撃の件はこれでチャラにしといてやるぜ。」


 レダは赤く腫れ上がった顎を拳で示した。

 それを見て、アリーがバツの悪そうな顔をする。


「あ…ごめん。アレクがやったって言っちゃった…。」


 アリーの正直な告発に、俺は苦笑いをしながら体を起こす。


「ててて…。なんだよ…バレてたのかよ。まあ、これでチャラにしてくれるなら…安いもんか。」


 そういうと、レダは俺の前に立ち、手を差し伸べる。俺はその手を取り、よろよろと立ち上がった。


 二人のやり取りに、アリーは溜息をついた。


「男の子のそういうノリ…わかんないな…。結局仲良しってことでいいのかな?」


 そういうと、レダは顔を赤らめる。


「うるせぇな!ただのケジメだよ!ケジメ!!」


 そう声を荒げた後、レダは親指で後方を指し示す。


「ケジメって言うなら、アイツの方をどうにかしてやれよ。ありゃあだいぶ堪えてるぜ。お前が何とかしてやらないといけないんじゃないか?」


 勇者はレダの後方に視線を向ける。そこには小さく蹲るゴルドラの姿をあった、


「ゴルドラ…。」


 ゴルドラは俺の呼びかけに視線を上げることはなかった。ただ虚ろな目で、腕の中で眠る少女に謝罪を繰り返していた。


「ごめんなさい…。ごめんなさい…。ごめんなさい…。ごめんなさい…。」


 後悔と懺悔に満ちた哀声に心が締め付けられそうになりながら、俺はゴルドラの前に立ち、腕の中で気を失っているロアを覗き込んだ。


 見たところ、外傷はない。


 そこへ、アリーが隣に寄り添った。


「復活の福音(リザレクション)はしたんだけど…。まだ、目が覚めないの。」


 沈痛な面持ちのアリー。

 ゴルドラは肩を震わせて奥歯を噛み締めた。


「申し訳…ございません…。私の所為で…皆さんの命を危険に晒してしまいました。本当に…申し訳ございません。」


 ゴルドラの謝罪の言葉に、俺は胸が締め付けられた。自分の手で主人や仲間を傷つけたこと…。自責の念に囚われるのは当然のことだろう。


 俺はゴルドラの前にしゃがみ込んだ。


「ゴルドラ、今回…一番のやらかしは俺だ。俺がもう少し頭が回って、気が利いていれば、誰も傷つかずに完勝出来たんだ。今お前が抱えている苦しみの原因は全て俺にある。本当にすまなかった。」


 俺は深く頭を下げた。

 ゴルドラは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「そんな!マスター!私の【弱さ】が原因なんです!マスターが謝ることでは…。」


「ゴルドラの【強さ】のおかげでこの戦いは勝てたんだ。グラミアはゴルドラを支配下に置いたからこそ、その強さを客観的に感じ取れたんだよ、だからこそ、ゴルドラが敵に回った途端、即座に尻尾を撒いて逃げる判断をした。お前の強さは、何も間違ってない。今回の被害は、俺が招いたことだ。みんな…本当にすまなかった。」


「あ~…うん!じゃあそう言うことでいいや!今回はパパが悪い!」


『えっ?!』


 皆の呆けた声がしんみりとした空気を一変させる。


 ロアはむくりと起き上がると、ゴルドラの腕の中から軽やかに飛びあがった。


「ろ、ロア…。お前…起きてて…?」


 ロアは首や肩をコキコキと鳴らしながら平然とした顔で頷く。


「そりゃあまあ、復活の福音(リザレクション)して貰ったかんね。」


「で、でも…!何度呼びかけて…目を覚まさなくて…。」


 オロオロするゴルドラに対し、ロアはバツが悪そうに頬を掻いた。


「え~…だってさ~…。ゴル姐マジで凹んでんじゃんよ。あそこでアタシが起きたら号泣しながらの謝罪祭りになんじゃん?そしたらアタシがゴル姐のこと慰めなきゃならなくなるじゃんか。そんなのマジめんどくせぇからパパが起きるまで寝たふり決め込んでたんだよ。」


「そ、そんな…。私…本当に心配して…申し訳なくて…。」


 目に涙を溜めながら迫ってくるゴルドラに対してロアは極めてめんどくさそうに手で払った。


「だ~か~ら~!もういいっての!あんだけ完膚なきまでにコテンパンにやられて、正直ショック受けてんだよ!それなのになんでアタシがゴル姐のこと慰めなきゃなんねぇんだよ!んなことしたらアタシが惨めだわ!普通逆だろ!とにかく!!」


 ロアはゴルドラの鼻先に指を突き付けた。


「今回はパパのやらかしが原因で、アタシらはちゃんと仕事したんだよ!それでこの話はおしまい!もう蒸し返すんじゃねぇぞ!マジでもう思い出したくないだかんね!!」


 ロアの怒涛の口撃に皆が呆気にとられる中、俺は思わず顔が綻んだ。

 不器用だが、これがロアの優しさなのだろう。


 パンッ!っと、アリーが手を叩いた。


「さあ、みんな無事だったってことで、そろそろ後片付けに入りましょう!私は彼らを人間に戻しますから、ゴルドラさん、一緒にお願いできますか?」


「あ、は…はい!」


 アリーは強引にゴルドラの手を引き、気絶している合成魔人達に早速スキルを発動させていた。


 闘気注入でHPとMPを回復しているものの、負傷自体は治ってないっていうのに…。かなりの激痛がアリーを襲っているはずだが、彼女はそれをおくびにも出さない。


 おそらく、元気に振舞うことでゴルドラに心配かけないようにしているんだろう…。


「ホント…敵わないな…。」


 俺の独り言に、ロアとレダが首を傾げた。


 俺は立ち上がると、土埃を叩いた。


「さあ、アリー達だけに働かせるわけにもいかない!俺達も後始末に取り掛かるとしようか!」



▮

 コンコンコン


 部屋をノックする音に、少女は喜色を浮かべて飛びつくように部屋の扉に向かう。

 そして、扉を開いた先に立つ男性(オルク)を見て、満面の笑みを浮かべた。


「お待ちしてましたわ!よくぞ御無事で…。誰も…見られておりませんわよね?さあ、早く中へ。」


 そういうと、少女 パレイドリヤは男の手を引き、部屋に迎え入れた。

 そしてセティに腰かけさせると彼女は男の膝に乗り、まるで猫のように背中を男の胸に預けた。


「心配しましたのよ?わたくし、ずっと女神さまにお祈りしてましたの。御無事で…真っ先にわたくしの元に駆けつけてくださるようにって…。女神さまの御加護も案外捨てたものではありませんでしたのね。」


 そういうと、パレイドリヤはクスクスと笑った。


 男はパレイドリヤの頭を撫でると、耳元で何やら囁いた。


「え?あ、はい。ちゃんと渡しましたわ。勇者さんづてですけども…。ちゃんと聖女様に…。」


 パレイドリヤは少し頬を膨らませる。


 愛しの男との逢瀬。

 聖女とはいえ別の女(エルダ)が彼の口から出てくることに、パレイドリヤは嫉妬していた。今この瞬間は、自分の事だけで彼の頭をいっぱいにしたかった。


 パレイドリヤは体を摺り寄せ、猫撫で声を上げる。


「ねぇ~。それよりも考えてくださいましたの?わたくしを娶っていただけるという話…。」


 パレイドリヤは男の胸を官能的な指使いでなぞる。


「悪い話しではないでしょ?わたくしの夫となれば、あんな無能な兄を押しのけてこのハーディアの枢機卿になることなんて、あなたなら造作もないことですもの。ねぇ?」


 パレイドリヤの子供じみた色目に対し、男は目を細めて微笑むと、収納(インベントリー)から一本のワインを取り出した。一緒に取り出したグラスに、慣れた手付でワインを注ぐ。


 そして、グラスを渡した際に告げたひと言に、パレイドリヤは頬を紅潮させ、喜びを露わにする。


「嬉しいですわ…。これ以上の幸せなど、ありえません…。わたくし、あなたに出会うためにこの世に生まれてきたと思いますの。」


 パレイドリヤはグラスを受け取り、軽く掲げた。


「わたくし達の永遠の愛に…。」


「乾杯…。」


 グラスがかち合う音が部屋に響く。


 以降、その部屋から物音一つ聞こえることなく、次の朝を迎えた。


 そして、間もなく、辺りは騒然とするのだった。



▮アリー

 戦いは終わった。


 私が生まれるずっと前から続いてきた魔族による支配が遂に終わりを告げたのです。


 しかしながら、この事実はアストレイさんの進言により民衆には伏せられました。


「長年に渡り、国の中枢を魔族に握られていたなどと知られれば、敬虔な信者たちの中で罪に苛まれた挙句、殉教が多発する可能性があります。グラミアはあくまで人間の毒婦…。悪魔であった事実は上層部だけで留めておくことが賢明だと具申致します。」


 私はその提案を受け入れ、オルフェリア全土に向けて今回の顛末を発表し、戦争の終結を宣言した。


 この宣言に至るまで、おおよそ一か月という時間がかかった。


 理由はもちろん、グラミアを逃がしてしまったために、大規模な捜索や残存勢力の有無の確認のためオルフェリア中を調べつくさなければいけなかったからです。


 しかしながら、グラミアの生死は不明。残存勢力はなしとの判断が下されたことから、ようやく終戦宣言に至ることが出来たという訳です。


 そうして、現在に至る。 


 ここは教皇庁バーラルの会議室。

 赤と白を基調とした荘厳な佇まい。ゴシック調の作りの部屋ではあるものの、少人数での秘匿性を重視した作りになっているようで、テーブルの席は10人にも満たない。


 だが、今ここに集う方々はさらに少なかった。


 実質私の最高顧問であるノアさん。

 アストレイ政務官。

 カリギュラ枢機卿。


 そして今回初めてお会いした第五法王庁 ビューネルの枢機卿 チェレンコフ=ロディ=ムーア=ゴルディロックスさんである。


 白いタキシード姿にインテリ感のある銀縁眼鏡をかけているものの、緊張のためか眼鏡を曇らせながらハンカチで何度も汗を拭っている。歳の頃は50過ぎだろうか?


 おっきなお腹だなぁ…。


 失礼ながら、何でも跳ね返してしまいそうな弾力のお肉にダイブしたら気持ちよさそうだと妄想して失笑した。


 そんな私にノアさんが怪訝な顔で視線を向けていることに気付き、コホンと咳払いを一つした。


 ともかく、この部屋にいるのは私を入れてこの五名だけである。

 なんとも寂しい会議だが、賑やかせばいいわけではない。


 私はアストレイさんに視線を向けて開始を合図した。


「皆様、お忙しい中お集まりいただき、誠に恐縮の極みに存じます。拙はバーラルにて政務官を努めさせていただいております、アストレイ=リューグ=シミュラクラと申します。どうぞ、お見知りおきをお願いいたします。」


 アストレイさんはそういうと深々と礼をする。


 特に拍手もないまま、アストレイさんは顔を上げて進行を続ける。


「まずは此度の戦争における被害報告です。…なるべく被害は最小限と努めてまいりましたが、最終的な被害者は万に届くものと思われます。」


 カリギュラさんが苦々しく顔を歪める。


「アルビオレ軍の負傷者は3000名。死者は500名に届く。バーラル側の連合民兵は2万人以上の負傷者が生まれた。死亡者は4000人を超えている。」


 たった数時間の戦いで…想像以上の被害だ。

 私は思わず目を落とした。


「直接の戦争被害ではないけど、グラミアによって法国の中枢組織は相当なダメージを受けているの。」


 ノアさんの言葉に場の空気はより沈痛なものとなった。それを受け、アストレイさんが報告を続ける。


「先ずは教皇マクスウェル8世と聖母マリステラ様が既に崩御されていたことです。」


 お母さん…ジネラの話から予想は出来てたけど、教皇の自室には死後10年は経過した二人の白骨死体が見つかったらしい。


 その二人が、私の本当の父と母ということになるが、正直実感はない。


 親子の死というよりも、国の権力者の無残な死に対して憐憫を感じたに過ぎなかった。


 つくづく、私は自分を薄情だと思う。


「次に、バーラルの有力者…知識人や大臣、軍団長に至るまでが行方不明となっていることです。連れ去られたか…処分されたか…。どちらにせよ、バーラルの内情に詳しく、国の根幹に座してきた大臣クラスが一人もいないという現状でございます。」


 多分、グラミアは慈母胎動(フェイタルミキサー)によって優秀な人材を次々と歯牙にかけていたのだろう。それはバーラルの行方不明者数の異常さからも窺える。


 年間500名。

 2万人の都市でこの数字は多すぎる。


 地方の村ならいざ知らず、城壁と軍隊に守られた首都とは思えない数字なのだ。


 それらが全てグラミアによってモンスターに変えられているかと思うと、沈痛な思いを禁じ得なかった。


「つまり、バーラルは圧倒的に人手不足。どっかのぽっと出の国に似てるの。」


 ノアの一言に、場は思わぬ失笑に包まれた。

 自虐的すぎて乾いた笑いしか出ない。


 そんな中で、一人顔色を変えずにアストレイさんは淡々と報告を続ける。


「次に第一、第二、第三法王庁の枢機卿が全員死亡していることが確認されました。」


 緩んだ空気が一変し、場が凍り付いたように静まり返った。


「なるほどな…。あのジジババがこの場にいないのはそういうことか。」


 カリギュラさんは背もたれに体を預け、物憂げな様子で天井を仰ぎ見ていた。三人に対して何かしらの思い入れがあったのように見える。


「調査隊によると、ベゼルデンの地下に秘密の会合室が発見されたとのことです。かなり厳重な部屋で、耐衝、耐火、防音に優れていて、これまで誰も気づかなかったことから枢機卿だけしか知らない部屋だったと推測されます。扉を破壊し、中を確認したところ、黒焦げになった男女が発見されたとのことです。死亡鑑定の結果、キーナ枢機卿、バーナー枢機卿、ガルニック枢機卿の三名であることが確認されました。」


 ノアさんが大きなため息をつく。


「引継ぎもなく、トップと幹部が死に過ぎなの。面倒だから跡継ぎぐらいはちゃんと用意しといて欲しいの。まあ、相手の目的がこちらへの嫌がらせだから仕方ないの。」


「嫌がらせか…。だとしたら我らも危なかったかもしれんな。チェレンコフよ。」


「う、うむ…。将来的に枢機卿を全て始末する気だったとするならば…。身が縮むようだ。」


「汝の巨漢がそう簡単に縮むわけなかろうが。」


 そう言ってカリギュラさんが豪快に笑う。チェレンコフさんは愛想笑いをしながら汗を拭った。


 ひとしきり笑うと、カリギュラさんは「それで…」と前置きした。


「ラニーニャの奴はどうしたのだ?なぜ奴がこの場におらん?」


 それについては私は既に報告を受けていた。

 なぜなら私が調査を依頼したからだ。


 アストレイさんは静かに報告書を捲る。


「今回の戦争中、ラニーニャ枢機卿の息女パレイドリヤ様に対し、聖女様への暗殺未遂の容疑が駆けられました。」


 その報告に、場が騒然となる。


「なんだと?あのお嬢がか?」


「これは…なんとバカな事を…。」


 カリギュラさんとチェレンコフさんは同時に遺憾の意を示した。


 アストレイさんは続ける。


「戦後、テンプルナイトへの引き渡しを命じて間もなく、パレイドリヤ嬢が自室にて服毒自殺していたことが判明いたしました。」


 会議室の場が沈黙に包まれる。


「なるほど…それはラニーニャの奴…相当取り乱したな。」


 カリギュラさんが怪訝そうに眉を顰める。

 ノアさんは溜息と共にポツリポツリと愚痴を始める。


「大変だったの…。やれ、あの子がそんなことをするはずが…だの。何かの間違いです!だの。何者かが意図を引いているだの…。勿論単独犯だとは思っていないから調査はしたの。だけど本人直筆の遺書が出てきてしまったからどうにもならないの。ランチェスター家は自分の家から言い逃れが出来ない謀反人を生んでしまったの。」


「現在、ラニーニャ枢機卿と御子息であるハインリヒ様は謹慎処分となっております。追って正式な沙汰が下る予定となっております。」


 アストレイさんの言葉を聞きながら、私はハーディアでのことを思い出していた。


 ラニーニャ枢機卿は非常に聖女という肩書を大事にされている方で、献身的に私に尽くそうとしていた。


 でもパレイドリヤさんは…。

 確かに最初は敵愾心を向けられたけども、それ以降は友好な関係だったと思う…。


 私はおずおずと手を上げた。


「あの…今回の件って第三者が関わっている可能性が高いんですよね?だとしたら、その…不問することは出来ませんか?」


「それは…回り回って聖女様を危険に晒すことになると思われます。」


 アストレイさんは言葉を選びながら、私を諫めるように語る。


「この世界にない技術が使われている以上、パレイドリヤ嬢が何者かと共謀していたことは明らかです。しかしながら、彼女の交友関係は決して大きいものではなく、籠の中の鳥も同然と聞き及んでおります。だとしたら、この件、ラニーニャ枢機卿が手引きしたということも想定する必要があります。」


 私は思わず立ち上がった。


「そんな!状況やタイミングから考えても、これはグラミアが仕組んだことなんじゃ…?!」


「確かにその通りです。だが、それとて証拠がないのです。だからこその謹慎処分なのです。」


 私はそれを聞いて頭にハテナマークを浮かべていた。その様子にノアさんが溜息をつく。


「アリー、座るの。」


 私は大人しく椅子に座り直した。


 それを確認すると、ノアさんはカリギュラさんに視線を向ける。


「閣下さん。あなたは自分への暗殺が疑われた相手に対してどんな処罰を下すの?」


 閣下さんと呼ばれたことに青筋を浮かべながら、カリギュラさんは鼻で笑い飛ばす。


「是非もない。即刻死刑だ。その者だけでなく、一族郎党な。」


 それを聞いて私は血の気が引いた。


 ノアさんは満足げに頷くと、私に視線を向ける。


「と、いうことなの。火のない所に煙は立たぬ。疑わしきは罰するが世の基本なの。それを基準にするならば、疑わしきは保留という考えで謹慎という判断が下りているのは案外配慮されてて優しいの。」


 私は小さく頷いた。

 それを見てノアさんも頷く。


「まあ、どちらにしても謹慎中の人間を職位に立たせるわけにはいかないの。つまり、ハーディアの統治管理者も不在…ということになるの。」


「えっと…ルネリオスも不在だから…。7人の枢機卿の内5人がこの短期間に一斉にいなくなった…ってことだよね?」


「そういうことなの。マジで深刻な人手不足なの。」


 漠然と危機を感じている私に向けて、アストレイさんが資料の内容を読み上げる。


「この状態が続けば、治安の悪化、商業・流通状況が悪化、それに伴う税収の悪化。これが各地で発生し、国力が低下していくことになります。ともすれば、暴動や反乱、帝国への手引きなどが生まれる可能性があり、国の根底が丸ごと揺らぐ大惨事になるでしょう。」


 あ…思ったより大変なことになるみたいだ。


「じゃ、じゃあ!一体どうしたら?!」


「ん、時間稼ぎするしかないの。優秀な人材の発掘と育成…。この一年ぐらいは従事する必要があるの。そこで必要なことは…。」


 ひ、必要なことは…?


 皆が固唾を飲みながらノアさんに注目した。


「マルチタスクしかないの。」


 へ?なに?マルチタスクって何?

 あ、でも知ってて当たり前の言葉だったら恥ずかしいし…。


 そう思いながら、辺りを見渡すと、皆が怪訝な顔をしていた。

 そんな中、チェレンコフさんがおずおずと手を上げた。


「あ、あの…すいません…。マルチタスクとは一体…?」


 よかった!知らなかったの私だけじゃなかった!多分カリギュラさんも分かってない。


「ん、簡単に言うと掛け持ちなの。アストレイ、あれ出すの。」


「はい。」


 アストレイさんはテーブルに地図を広げる。


 その地図はオルフェリア法国全土を示していたが、今までの法王庁ごとに区切られた管轄エリアとはまるで違う区画で色分けされていた。


 それを指し示しながら、ノアさんは顔色一つ変えずに言い放つ。


「これからは管理エリアを3つに変更するの。一つは教皇庁バーラルに第一法王庁ラトクリフ、第二法王庁ベゼルデン、第三法王庁イグゼルダを併合するの。」


「エリアの併合だと?!」


「そ、そんな…?!まさか?!」


 カリギュラさんとチェレンコフさんの動揺を無視し、ノアさんは続ける。


「第四法王庁ハーディアは第五法王庁ビューネルに併合され、以後チェレンコフ枢機卿が統治すること。」


「お、恐れながらぁあああ!!」


 び、びっくりした~…。


 チェレンコフさんは大声を上げながら勢いよく立ち上がった。


「わ、私は今回の戦いにおいて…大きな功績を上げたわけではございません!ただ商人として立ちまわっただけの事。だというのに…このような尊大な褒美を賜るわけには…!」


「ん、気にすることないの。素敵な水上都市だけじゃなくて草茫々の北部エリアとグエナ山岳地帯もおまけしといたの。」


 それを聞いてチェレンコフさんの動きが止まった。


「アクエラの管理はもちろん、間伐もしっかりしないとあの森林エリアは大変なことになるの。あと、グエナ山岳地帯はモンスターの巣窟なの。それと同時に南部は家畜のための大牧場が広がっているから、モンスターの討伐計画はしっかり立てとくの。」


「あ…え…あ…はい…。」


 チェレンコフさんはこの地域拡充がどれだけの利益を生むのかを計算しているようだ。

 …私の予想だと、たぶん出費の方が多いように思う。


 頭を抱えるチェレンコフさんを尻目に、ノアさんは淡々と進める。


「次、閣下さんは旧ルネリオス領とアルビオレ領を併合することにするの。」


 それを聞いて、カリギュラさんは憮然顔だった。


「おい、聞きたいことがあるが、良いか?」


「どうぞなの。」


 ノアさんに促され、カリギュラさんは視線を鷹のように鋭く細める。


「ルネリオス領はアルビオレと違って肥沃な大地に豊富な水がある。我としてもこの申し出を受けることは吝かではないが…。」


 ノアさんに威圧するような視線が注がれる。


「先刻、このエリア併合は一時しのぎのようなことを言っていたが、新たな枢機卿が立てばエリアは元通り召し上げられる…などということではないだろうな?」


 ドスの効いた低い声に、私は内心震えあがっていた。ノアさんは…やはり平然としている。


「召し上げるつもりはないの。自領となった場所の次の統治者はあなたが決めたらそれでいいの。だから育成に精を出して欲しいの。」


 それを聞いて、カリギュラさんは攻撃的な気配を解いた。


「成程な。承知した。それならば異存はない。」


「ん。閣下さんにはメラキア山脈からの魔物の防衛と北部のエリアの国境防衛の任があるの。頑張ってくださいなの。」


「ああ?」


 カリギュラさんが眉を顰めた。


 ルネリオス領とアルビオレ領が併合したことで、メラキア山脈を南北に縦断する領地となったことから、山から下りてくるモンスターによる街道の防衛が必要なのは分かる。


 でも、北の国境防衛線って…?


「ああ、言ってなかったけど、北部の国境を守ってくれていた魔女の結界は既にないの。たぶんまだどの国も気づいてないけど、もし気付かれたら帝国も覇王国も流れ込んでくるからしっかりと蓋しておくの。」


「な、なんだと?!そんな情報は一つも!!」


「ん…まあ二か月ぐらい前の話だし、ルネリオスがゴタゴタしてたから仕方ないの。ってわけでよろしくなの。」


 カリギュラさんは口をあんぐりと開けて、茫然としていた。


 っていうか…私も全然知らなかった。


「さて、領土割譲も滞りなく進んだの。最後にラトクリフ、ベゼルデン、イグゼルダの3エリアについてだけど、皆の異論が無いようならアストレイに治めてもらおうと思うの。」


「ええ~!」


 …驚いているのは私だけだった。


 カリギュラさんとチェレンコフさんは表情を変えることなく、軽く頷いた。


「よいのではないか?」


「わ、私も異論ありません。」


 あ、あれ?案外あっさりと認めちゃうもんなんだ?頭の固い人たちがいないからかな?


 私はアストレイさんに視線を向ける。

 この若さで3エリアを束ねる枢機卿に…。凄い出世だ。


 特に反対意見は上がらず、ノアさんはアストレイさんに視線を送る。


 アストレイさんが悠然と立ち上がる。


「皆様のご期待に添えるように、非才な身ではございますが尽力させていただきます。これからもどうか、変わらぬご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。」


 たった四人の寂しい拍手だったが、ここに新たな若き枢機卿が誕生した瞬間だった。


「んじゃ、最後の議題に移るの。」


 アストレイさん…いや、アストレイ枢機卿が資料のページを捲る。


「はい。現在、オルフェリア法国は教皇が不在という前代未聞の状態となっております。過去、法国の歴史を紐解いても聖母並びに聖女のみで統治を行った記録はございません。教皇不在の問題について、速やかな対応を取る必要がございます。」


 ああ…来ちゃったな…この話…。


 私は溜息をついた。


「教皇は代々聖女様の伴侶が選ばれておりますな。」


「つまり、聖女様の結婚相手を早々に見つけねばならぬと言う訳だな。」


 ほ~らきた!やっぱりそうなるよね…。


 気乗りしない私を尻目に、会議室は今日一番の盛り上がりを見せた。


「ここ数百年の記録では枢機卿か、その身内の中から選ばれているの。」


「ふむ、我は既に妻が12名おる。聖女様がそれでも良いというならば是非もないが…。」


 あ、いや…無理です…。ごめんなさい。


「わ、私はその…。妻は死別しておりますが、さすがに自分の娘よりも年下の方を妻に迎えるというのは…どうかと…。」


 あ、うん…。さすがに無理です…。ごめんなさい。お腹は枕にしてみたいけど…。


「我にも子はおるぞ。長男が今年で6歳だが…。」


 いやいや…犯罪でしょ…。


 ノアさんはアストレイさんに視線を向ける。。


「アストレイ。あなたはどうなの?枢機卿に任命したばかりだけど…。」


 げっ!


 私は肩をびくつかせた後、恐る恐るアストレイさんに視線を向けた。


 彼はふっと口元を緩ませる。


「是非もなく、恐縮の極みでございますが、ここはアリアデル様の御意志を一番に尊重されるべきかと具申致します。」


 ノアさんはつまらなそうに口を尖らせる。


「それじゃあ、聖女が見初めた相手が教皇になるってことでいいの?」


「あ…えっと…その…。」


 ノアさんから冷たい視線が注がれる。


 敵意にも似たその視線の意味は大体わかっている。

 だから私も、それに応えるためにもここで決断する必要があった。


 しばしの沈黙の中、私は意を決して立ち上がった。



ーーー


▮勇者

 バーラルで一際高い側防塔にて、胸壁に体を預けてぼんやりと星空を眺めていた。


「なんか、不思議な星空だな…。」


 思わず声が漏れた。


 何が不思議かというと、星の位置が全く変わらないのだ。


 時間経過による星の動きは太陽と月同様に東から西へと動くが、一か月前に見た星空と星の並びが全く変わらないのだ。


「もしかしてこの世界は天動説で動いてるんだろうか?それとも周りは止まっててこの星だけが自転してるのか?」


 まあ、魔法が存在する世界であまり深く考えても仕方がないことだが、妙にそのことが引っかかった。


 とりあえず、疑問は棚上げしておき、世界時計(ワールドクロック)を確認する。


「もうすぐ22時だな…。…こんな時間に一体何の用なんだろうか…。」


 ポケットにから手紙を取り出し、ぼんやりと宛名に目を向ける。


 そこには、アリーの名前があった。


 アリー…最近あまり会えていない。

 戦後のゴタゴタで公務にずっと掛かり切りだ。


 各地の人々の不安を取り除くために行啓を行ったり、ノアとアストレイに引っ張り回されて、いつも慌ただしい様子をすれ違い様に見かけていた。


「アリー…大丈夫かな…?」


 そんなことをぼんやり考えていると、階段への扉が開いた。


 そこには、いつもの煌びやかなローブではなく、庶民的な皮のドレスに身を包んだアリーの姿があった。


「ごめんごめん。見つからないように抜け出してくるに手間取っちゃって…。」


「お、おう。全然平気!」


 そう言いながら、アリーは隣立ち、月夜と星々に照らされた幻想的な景色に視線を向ける。


 俺もそれに合わせて景色に目を向けた。


「元気だった?なんか毎日忙しそうで…。また無理してんじゃないかって心配してて…。」


「あ~うん、大丈夫。案外何とかなってるよ。みんな助けてくれるし…。」


 それから、暫く無言の時間が続いた。


 なにか、アリーの様子がおかしかった…。

 どこか話に上の空というか…。

 何か別のことで頭がいっぱいのような…。


 でも、俺としては用件が何であれ、アリーと一緒にいられるのは嬉しいから、「こんな時間に何の用?」とは聞けなかった。


「あ~、うん!よしっ!」


 謎の気合を入れる声とともに、アリーが俺に向き直った。それに合わせて、俺もアリーに向き直る。


 アリーは頬を赤らめ、何やらもじもじとしていた。その時、なんだかこの場所のロケーション全てがとてもロマンチックなものに見えた。


 えっ?もしかして…。これって…?


 俺は正直動転した。


 マズイ!いや…まだ全然決まったわけじゃないけど…!こういうのって女性に言わせるのって、男の甲斐性が無いっていうか…!何も考えてこなかったわけじゃないけど…出会ってまだ二か月だし…。展開的にはまだ早いかと思って…。


「あ、あのね…。」


 ゴクリと喉がなる。


 胸が早鐘を打ち、真っ赤に紅潮したアリーの顔を見ている内に、自分の顔も熱くなった。


「ど、どうしたの…?」


 そんな気の抜けた相槌しか取れない自分が憎らしい…。


 アリーは意を決したように大きく息を吸い込んだ。


「あのね…私…。」


 アリーと視線が交錯する。


「結婚することになったの!」


「…えっ?」


 しばしの沈黙の中、俺の思考は真っ白になり、何も考えられなくなるのだった。



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