↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/87

〜激戦の幕切れ〜

▮ロア

 アタシを呼ぶ声が聞こえる…。


 この声は…パパとアリーだな…。

 そりゃあ…まあ…心配するわな…。

 こんなザマじゃあ…。


 ちぇっ…最近はクールに決めまくって完璧だったのに…。ここに来てこんな無様を晒すなんて…ついてない…。


 まあ、相手が悪かったと言えばその通りなんだけど…。ゴル姐とガチで戦うのは二回目なわけだし…ある程度手の内は分かってるから、何とかなると思ったんだけどな…。


 やっぱ…ゴル姐は強いわ…。


 初めて戦った時は魔素に満ちた固有結界の中だったから、際限なくMPが使えたけど…。燃費の悪いアタシの戦い方じゃあ、ゴル姐とまともに戦えるのは5分もなかった。


 一応…それも頭に入れてたつもりだったんだけどな…。

 操られていても、やっぱりゴル姐の戦闘センスは神がかっていた。


 意識が遠のいていく…。

 悔しくて…涙が流れた…。



---


 パパ達への巻き添えを避けるために、激しい剣戟を繰り広げながらも、バーラルの郊外までゴル姐を引き付けた。


 スピードは互角…。

 手数も互角…。

 だけど攻撃力と防御力はゴル姐の方が上…。


 ゴル姐をやっちゃうわけにはいかないから、HPを削ることは考えなくていい。


 まあ…そもそも無理だろうけど…。


 そうなると必然的に戦いはMPの削り合いになる。—闇の眷属にそもそもHPはない—


 接近戦はアタシに分はない。唯一可能性があるとすれば…。


 アタシの周りを浮遊する無数の血球が形を変える。その一つ一つが鋭利な刃物へと姿を変えた。


「《斬刑の赤》!」


 空を埋め尽くすような無数のナイフがゴル姐に向かって放たれる。勿論、全て魔力粒子100%のナイフだ。さながら刃の雨が超高速で降り注ぐ。


 ゴル姐はそれに向けて、両手を前に構えた。


「竜檄砲(ドラゴバスター)!」


 ゴル姐の両掌から巨大な闘気が放出される。

 それはナイフを消し飛ばして真っすぐにアタシを狙った。


 思った通りだ。

 内心ほくそ笑んだ。


 ゴル姐の闘気武装(バトルオーラ)は武器を具現化する際には膨大なMPを使用するけど、破壊さえされなければ別の武器に変形させてもMPを消耗することはない。


 逆に、闘気を放出するタイプは発動すれば確実にMPを消耗させられる。


 つまり、不利な接近戦を挑んで武器破壊するよりも、中遠距離戦を選んで敢えて飛び道具を打たせる。


 これがアタシが選んだ戦法。


 前みたいに、竜騎装甲(ドラグーン)を破壊できれば勝確なんだけどなぁ…。

 まあ、無理だろうけど…。


「《極刑の黒》」


 アタシとゴル姐の間、100mの空間に黒い塊を無数に出現させて埋め尽くした。


 その黒い塊は髑髏が爆薬を抱えているようなデザインをしている。アタシオリジナルの浮遊機雷だ。


 さすがのゴル姐でもまともに喰らえば腕を吹き飛ばせる威力。

 魔力に反応して爆発する仕組みで、当然闘気にも反応する。


 これを布石にして不用意な飛び込みを牽制できれば、中遠距離での打ち合いに持ち込めると高を括っていた。


 だが、こちらの思惑とは違い、ゴル姐は両手に黄金の短剣を具現化する。


「双竜牙刀(バクヤ)」


 アタシは思わず首を傾げた。


「この状況で双剣?なんで?」


 アタシの疑問に答えることなく、ゴル姐は四足獣のように体を低くすると、両脚部に闘気を纏い、大地を蹴り上げると同時に爆発(ブースト)させ、真っすぐにアタシ目がけて飛翔した。


 速い!


 その速さは一瞬で100m近くあったアタシとの距離を埋める。


 驚愕に目を見開くアタシの目が捉えたのは、冷たく濡れたような光を放つ刃の輝きだった。


「九頭竜乱舞(クーロンダンス)」


 闘気で出来た九つの竜が一斉に迫る中、《悪魔の化爪》で応戦する。


 だが、二匹取り逃がし、左肩と右腕の肘から下に食いつかれ、抉り取られた。


 紫色の魔素が蒸気となって噴き上げる


「ぐ…がぁあああ!!」


 焼かれるような痛みに苛まれながら、アタシの耳にようやく起爆した爆弾の音が届いた。


 爆発する前に超スピードで爆風範囲から抜け出す。信じられないことに、そんなウソみたいな脳筋プレイに一杯食わされた。


 両腕の修復に専念したいところだが、ゴル姐の執拗な追撃にそんな時間を与えてもらえない。


「《処刑台の刃翼》!!」


 両翼を鋼と化して応戦することで再び剣戟を奏でる。


 だけど、両手で何とか互角だったスピードを翼でも行えるほどアタシは器用じゃない。


 防ぎきれない斬撃は瞬く間に増えていき、格子状の光と化した無数の斬撃に、アタシの体は文字通り八つ裂きにされた。


 夥しいほど流れ、揮発して蒸気を上げる魔素。


 アタシはそのまま地上に落下した。


 くそ…。ああ…負けたよ!完敗だ!

 全部アタシの想定外だよ!クソが!


 ゴル姐…あんたの勝ちだよ…。

 だから…そのまま…ぼろ雑巾のように落下していくアタシを見送ってくれよ…。


 落下先に、アストラルゲートを展開した。このまま落下してゲートを潜れば、この急場を脱することが出来る。


 そしたら、マンドラゴラを叩き起こして再戦だ!


 それが出来ればアタシの勝ち…。

 腑に落ちないけど…アタシの勝ちだ!


 意識を失ってそのまま墜落する演技に没していたが、肌を焼くような闘気に思わず目を見開いた。


 そこには、黄金に輝く投擲槍を握り、大きく振りかぶっているゴル姐の姿があった。


 だ、ダメ押し…?!マジかよ!!


「飛竜神槍(グングニル)」


 大地に向けて、槍がまるで引き絞られた矢のように打ち出された。


 黄金の軌跡を描き、真っすぐにアタシを射抜こうと襲い掛かる。


「だぁあああ!!もうぉおおおおおお!!勘弁しろよなぁあああ!!!」


 治りかけの腕を前に翳し、《多重障壁》を展開した。


 なんとかこのままゲートに…。落下する数秒間でいい!なんとか耐えてくれ!!


 だが、願いは虚しく、20枚ほど展開した障壁は黄金の槍の勢いを全く殺すことが出来ないまま、まるで紙を突き破るように容易く貫いていく。


 アタシは恐怖から目を背けるように体を地上に向けた。


 ゲートまであと30㎝…。

 間に合った…。


 アタシの記憶はそこでプツリと途切れた。


---


 結局…アタシの打つ手は何一つ上手くいかなかった。


 不幸中の幸いと言えば、女悪魔がアタシを捕らえるように指示していたおかげで、殺されることがなかったことぐらいか…。


 パパ…分かってるだろうけどさ…。

 ゴル姐とまともに戦っちゃダメだ…よ…。


 アタシの意識はそのまま混濁し、失われていった。



▮ 勇者

「ロア!返事をしてくれ!ロアぁあああああああ!!!」


 声が枯れるほどの叫びに、ロアは何一つ応えることはなかった。


 代わりに、俺の右手に寄生していたブラッディーソードが風化するかのように崩れていく。それがまるで、ロアの命が俺の手から零れていくように感じた。


「ロア…ロア…。」


 ダンッ!!


 激しい音を立て、黄金の槍の柄が大地に突き立てられる。月光に晒されるそれは、まるでモズの早贄のように見えた。


「ゴルドラァアアアア!!」


 無感情な金色の竜騎士を前にして俺は今一度、聖剣(エクスカリバー)を取り出した。


 だが、相変わらず、刃は現れなかった。


 焦燥、恐怖、怒り、悲しみ、憎しみ…。

 様々な感情が混沌したのち、頭の中は白濁として何も考えられなくなった。


「なんで…なんでだよ?!いつもピンチの時は助けてくれただろ?!助けてくれよ!!ロアを…ゴルドラを…レダを…アリーを…!頼むよ!!俺は…どうなってもいいから…!!」


 いくら叫び、どれだけ願い、乞うても、俺の声は虚しく響いた。


 それでも、聖剣(エクスカリバー)は輝きの片鱗を見せることなく、沈黙で返した。


 俺は絶望のまま、膝をついた。


「あーはっはっはっはっは!!!本当に素晴らしいわ!!」


 感情を逆撫でるような高笑いが響き渡る。

 傷の修復を終えたグラミアが邪悪な笑みを浮かべていた。


「ゴールドドラゴンの力はもちろんだけど、それを意のままに出来る私の能力はまさしく至高だわ!!これからも私の元でずっと飼ってあげる!そして私に逆らう者、歯向かうものはすべてアンタが殺すのよ!!アンタは私の【剣】なんだから!!」


 その声に応えるように、ゴルドラは黄金の剣を具現化した。


「剛竜大剣(バスタード)」


 眩いばかりに輝く刀身は、月明りを受けて妖しく冷たく輝いた。


 ゴルドラはゆっくりと、俺に向かって近づいてくる。


「アレク!しっかりして!!アレク!!」


 アリーの呼びかける声が聞こえる。


 俺は虚ろな目でゴルドラを見上げた。


「ゴルドラ…。なあ…目を…目を覚ましてくれよ…。頼むから…。」


 フルフェイスに覆われたゴルドラの表情は窺い知れない。だが、そこにいつもの豪快さと陽気さは微塵も感じられない。


 無言のまま向けられる氷のような視線は、圧倒的な敵意と害意を示していた。


 震えが止まらない。

 もう、訳が分からなかった。

 俺は恐怖のあまり、目を伏せた。


 その様子に、グラミアは大きく溜息をついた。


「どうやら、もう戦意を失っているみたいね。主様と違って軟弱だこと。勇者を始末しろとは言われていないけど、宿敵である勇者が死ねば、主様もきっとお喜びになるはず…。」


 グラミアは醜く口元を歪めて言い放った。


「おやりなさい。ゴルドラ。せめて一撃で楽にして差し上げて。」


 ゴルドラが前に立ち、黄金の剣を上段に大きく振りかぶった。


 俺はその軌跡を茫然と眺めながら、ポツリと呟いた。


「…ゴメン…ロア…ゴルドラ…レダ…。」


 勇者の脳裏に今までの旅が走馬灯のように駆け巡る。思い出の中で微笑む三人を見て、目から涙が零れた。


「…アレクー――!」


 アリーの声が微かに耳に届き、俺はアリーに視線を向けた。


 そして、引きつったような笑みを浮かべた。


「ごめんな…アリー…。」


 その言葉の後、ゴルドラの剣が振り下ろされた。


 みんな…本当に…ごめん…。


 その時、頭の中に音声が響いた。


『身体健全(オートキャンセラー)が発動しました。状態異常【混乱】を解除します。』


 システム音声によるアナウンスが脳内に響く。


 刹那、意識が呼び起こされる。

 それと同時に深い溜息が聞こえた。


『あなた…バカなのですか?』


 え?


 次の瞬間、俺は異空間にいた。


 上下も左右もなく、果てしなく続いていく幾何学模様の空間。それを異空間と瞬時に判断したのは俺の精神状態と判断力が正常だと言えるだろう。


「ここは…どこだ…?一体…何が…?」


 だが、多少なりともこの光景には見覚えがあった。


「ここ、一番最初に来た…?」


 戸惑いの中、先ほどの声が再び聞こえた。


『ここがどこなのかなんてことは今はどうでもいいことです。それよりもあなたですよ。ホント…バカなのですか?』


 再び投げかけられる悪態にさすがに俺もムッとした。


 だが、その声には聞き覚えがあった。

 それを思い出すことに気を取られ、怒りは彼方へと追いやられた。


 そして、思い出した。


「あんた…もしかして…チュートリアルの時の…【ナビ】…だよな?」


 目の前の空間が人の形を浮かび上がらせる。


 金色の長い髪、銀色のボディスーツを身に纏い、宇宙空間のように自在に舞うその姿は間違いなく、俺達をこの世界に送り込んだ張本人。ナビに間違いなかった。


 ナビは切れ長な目を気怠く細め、溜息をついた。


「勇者さん。正直、ルール違反なので大変遺憾なのですが、こんなことでこのシナリオが破綻してしまうのは勿体ないと判断し、支配者(ルーラー)権限をもってPOSE(一時停止)しています。」


 スタートボタン押してるようなものか?


 困惑からなかなか働かなかった頭が少しずつ動き始め、ようやく散々バカバカと罵られたことに腹が立ってきた。


「一体なんなんだよ?人の事バカだバカだと好き放題言いやがって…。」


「あなたがバカだからこんな依怙贔屓をしなくちゃいけなくなったんですよ。もう少し自覚を持っていただけますか?」


 即座に帰される辛辣な言葉に、腑には落ちないものの黙るしかなかった。


「そもそも、こんなものに頼りきりになるから考えることを放棄してしまうんですよ。」


 そう言いながら、ナビは右手で剣の柄をお手玉のように投げては掴むを繰り返していた。

 

 それが聖剣(エクスカリバー)であることはすぐに気づいた。


「【奇跡】とは万事を尽くした上で、それでもどうすることもできない絶対的な窮地を脱し、一発逆転というドラマチックな展開を演出するための装置です。当然何度も使えるわけもなく、一つの戦闘に一回しか発現しない。聖剣(エクスカリバー)はそういった発動条件が揃って初めてその刃を現すのです。」


 そんな条件だったのか…。だとしたら…。


「それってつまり…。俺はまだ打てる手があるにも拘らず、奇跡をねだっていた…ってことか?」


 ナビは深く頷いた。


「そういうことです。あの場面、聖剣(エクスカリバー)が発現し、奇跡が起こったとしても、一時しのぎにはなっても根本的には何も解決しないのです。先ほども言いましたが、奇跡は演出装置です。空振り厳禁、確実に止めを刺す9回裏逆転満塁ホームランでないといけないんですよ。」


 そういうと、ナビの手の中で聖剣(エクスカリバー)の刀身が見る見るうちに復活を見せた。


 ナビは俺に向けて、聖剣(エクスカリバー)を放った。


 空中を漂うようにして、聖剣(エクスカリバー)は俺の手元に戻された。


「一度だけ、聖剣(エクスカリバー)を使うチャンスをあげましょう。先ほど言ったように、これは一時しのぎです。不承不承ですが、その場を盛り上げるためだけに使うことを許可しましょう。但し、何度も言いますが根本的な解決には至りません。それはあなた自身、本当なら分かっているはずです。」


 ナビの厳しい視線に俺は息を呑んだ。

 まるで学校の先輩に怒られているかのような思いで、思わず背筋が伸びる。


「以降、私は二度と手も口も出しません。そして肝に命じて下さい。【奇跡】は万事を尽くしたものだけに訪れると。」


 そう言うと、ナビの姿が消えていく。

 それとともに、幾何学模様の空間も崩壊を始めた。


 空間が崩れる中、俺は自問自答した。


 俺は何かを勘違いしてるのか?

 それとも、大事なことを忘れているのか?


 それはおそらく、ナビの視点…つまり観測者視点からすると当たり前のこと。


 袋小路に追い詰められた鳥がなぜ空を飛んで逃げないのか…。

 それぐらい不可解なことを俺はしている…。


 何か大事なことを見落としているんだ。

 それに気づくことが、この窮地を脱すること…。


 それは奇跡でも何でもない必然なんだ!


 辺りがホワイトアウトし、思わず目を伏せたその時、強烈な衝撃音に耳が劈いた。


 ガキィイイイイイイイイイイン!!!


 目を開けると、そこはバーラルの中庭。

 場面は今まさに、ゴルドラの一撃で真っ二つにされようとしていた瞬間だった。


 アリーが俺とゴルドラの間に割って入り、女神愛盾(アイジス)によってゴルドラの一撃を跳ね返していた。


 グラミアの舌打ちが聞こえる。


「本当に気に入らないわ…あの女のスキル…。忌々しい!!ゴルドラ!!長く保つわけがないわ!畳みかけなさい!!」


 グラミアの声に応え、ゴルドラは黄金の剣を猛スピードで繰り出した。それをアリーは女神愛盾(アイジス)で受けるが、アリーの体に異変が起き始める。


「かはっ!」


 アリーの皮膚が裂け、目や喉などの毛細血管が破裂し始めた。


「アリー!お前…MPが…!!」


 完全防御の女神愛盾(アイジス)だが、繰り出される斬撃にアリーのMPが既に枯渇し、HPを使用し始めたのだ。


 まさしく命を削って、アリーは俺を守ってくれていた。


「アレク…!も、もう大丈夫?立てる?…戦える?私の知ってる勇者は…ごほっ!!」


 大量の吐血に地面が真っ赤に染まった。

 アリーは振り向きながら微笑んだ。


「絶対諦めないんだよ…。」


 その瞬間、俺の手の中にあった聖剣(エクスカリバー)が輝き始めた。


 それを見て、ゴルドラは剣を止め、グラミアは目を見開いた。


「ついに来たの?あれが…聖剣(エクスカリバー)?!」


 聖剣(エクスカリバー)を見て安心したのか、女神愛盾(アイジス)が解かれ、アリーは意識を失った。


 俺は血塗れのアリーを左腕で受け止めると強く抱きしめた。


「アリー…俺は勇者失格らしい。俺は勝負をいつも運命に任せてただけだ。運が味方してくれなきゃ何も出来ない…。仕方ないって諦める半端ものだった…。だけど…!」


 ゴルドラが剣を振り翳し、迫る。

 それに応えるように、俺も大きく右腕を振り上げた。


「足掻いて…足掻いて…!みっともなく足掻いて!!自分の力で勝利を掴み取ってみせる!!それが俺の…!!」


 ゴルドラの黄金の剣と聖剣(エクスカリバー)が交錯する!


「正義だぁああああああああ!!!」


 爆発的な光が俺を、ゴルドラを、アリーを、バーラル中を呑み込んでいく。


 その光の中で、俺の五感の全ては遮断された。


---


 光が収束し、少しずつ五感を取り戻していくその中で、右肩に走る強烈な激痛に顔を歪めた。


 この鉄の臭いは…。


 恐る恐る視線を右肩に向けると、そこにはあるはずの右腕がなかった。


 それを理解した時、脳天から爪先まで駆け巡る激痛に体が痙攣を起こした。


 噴き上げる夥しい血に、息が激しく上がる。


 何が起こったのかなんて火を見るより明らかだ。

 ゴルドラの一刀が俺の腕を切り飛ばしたのだ。


「ご…ゴルドラ…。」


 カランカラン


 床に転がる金属音が耳に届き、俺は息を荒げながらゆっくりと視線を上げた。


 そこには、黄金のフルフェイスマスクが叩き割れ、額から血を流して茫然とするゴルドラの姿があった。


 その目は、今何が起きているのかを把握しようとしながらも、それを認めることを拒んでいるかのように、恐怖に歪んでいた。


「ま、マスター…私は…私は…なんて…なんてことを…!」


 わなわなと肩を震わせ、手に握られていた黄金の剣が乾いた金属音を響かせた。


 ゴルドラは血塗れの手を見て、目を戦慄かせた。


「ゴルドラ…。大丈夫…大丈夫だから…。」


 無理もない。主人である俺に刃を向け、仲間であるロアとアリーを半死半生にまで追い込んだ。


 俺がゴルドラの立場なら、死を選びたくなるほどの罪悪感だろう。


 ゴルドラを宥めようと声をかけようとした時、ゴルドラが急に苦しみ始めた。


「あ…あああああ!!が…が…!!」


「ゴルドラ!」


 頭を抱え、蹲るゴルドラ。

 そして鼻につくこの甘ったるい匂い…。


 嘲笑う声の元に、視線を向けた。


「グラミア!お前っ!!」


 そこには、グラミアが意地の悪い微笑浮かべていた。


「見させていただいたわ。確かに奇跡ね。あなたの奇跡がゴルドラの洗脳を解いた。そこには理論も理屈も法則もない。理不尽な力が一方的に私の媚眼秋波(テンプテーション)を解除した。でも…。」


 グラミアは憐憫を込めた視線を向けた。


「私の媚眼秋波(テンプテーション)は無効化しなければ絶対必中。いくら強耐性を持とうと、強靭な精神力を持とうと、判定自体を無視するのよ。何度解除しようとも、何度でも…何度でも。ゴルドラは私の術中に堕ちる。」


 グラミアが一歩一歩近づいてくる。その度に匂いが強くなり、ゴルドラの拒絶はさらに強くなった。


 だが、そんな抵抗は虚しく、再びゴルドラの目から光が奪われていく。


「さあ、どうするのかしら?また奇跡に頼るのかしら?」


 余裕の笑みを浮かべ近づいてくるグラミア。


 例え聖剣(エクスカリバー)を使っても、一時しのぎにしかならない。


 まさしくその通りだった。


 またしても、ゴルドラの支配権をグラミアが握ってしまう…!


 …支配?


 そうだ…確か…ゴルドラと初めて会った時…教えてもらった事があった。


『その者の意識を完全に支配する事が出来るのです。』


 ようやく答えに辿り着いた俺は、思わず乾いた笑いを上げた。


 ああ…。俺は本当にバカだ。

 ヒントは沢山あった。

 気づくチャンスだって何度もあった。


 俺が早く気付いていれば、誰も傷つかずに、この戦いは終わっていたんだ。


 この右腕の痛みはそんな愚かな俺への罰だ。


 俺は左腕の中で意識を失ったままのアリーを見て、今一度自分を戒めた。


 俺は顔伏せたまま、その言葉を口にした。


「真名契約に基づき、命ずる!ゴルドラ!我に逆らうな!我が命にのみ従え!!」


「なっ?!」


 血相を変えたグラミアはその場で足を止めた。


 ゴルドラは苦しみから解放され、その場で俺の前に跪いた。


「畏まりました。我がマスター。」


 それを見て、グラミアは一変して後退りを始めた。


 ゴルドラと真名契約を交わして以来、俺は支配して、思いのままに命令することに引け目を感じ、今までゴルドラの自由意志に全て委ねていた。


 そのため、ゴルドラはグラミアによる洗脳状態をまともに受ける形となっていたんだ。


 今この時も、ゴルドラはグラミアの術中にいる。しかし、その支配権は洗脳相手よりも、契約の主人が優先されるのは必然。


 これが、この戦いにおいての取るべき手段の解だった。


 こんな簡単な対抗策があるにも拘らず、奇跡に頼ること自体が烏滸がましい。


 ナビの言う通り、俺はとんだ大バカ者だった。


「ゴルドラ…!グラミアを…討て!!」


「畏まりました。我がマスター。」


 ゴルドラが立ち上がり、グラミアに対して敵意を向ける。


 それに対し、グラミアは先ほどまでの笑みが消え失せ、顔面蒼白になり、冷や汗を浮かべていた。


「合成魔人ども!死に損ないどもを始末なさい!!」


 グラミアの声に、今まで肉壁と化していた合成魔人達が一斉に動き出した。


 俺は舌打ちをすると、ゴルドラへの指示を変更する。


「ゴルドラ!応戦しろ!ただし、殺すな!いいな⁈」


「畏まりました。」


 ゴルドラの手に黄金の三節棍が生み出された。


「砕竜王錘棍(ミョルニル)」


 ゴルドラの巧みな棒捌きは、まさに近中距離を縦横無尽に駆け巡り、ゴルドラを中心とした半径10mがドーム型のバリアと化したように錯覚した。


 近づく者達は容赦なく打ちのめされ、瞬く間に俺たちの周りには動ける魔人達はいなくなった。


 《手加減》が使われており、皆急所は外しているみたいだ。


 少し言葉足らずで心配だったが、俺とアリーは勿論のこと、ロアとレダについても魔人達に攻撃されない様に守ってくれていた。


 おそらく、俺の言葉以上の想いを汲んでくれた様に思えた。

 

「グラミアは…?」


 そこには、グラミアの姿はなかった。ゴルドラは《生態感知》を使って居場所を探ろうとしているが、どうにも見つけられないようだ。


 つまり、ヤツはここを捨てて逃げた…ということになる。


 緊張の糸が切れたのか、俺はその場で崩れるように倒れ込んだ。


 その拍子に、アリーが目を覚ました。


「あ…アレク…。う…腕が…。待ってて…すぐに治すから…。」


 手を伸ばすアリーに対し、俺は首を横に振った。


「ゴルドラ…アリーとロアに…闘気を分けてやってくれ…。そしたら…アリーの治療をして…俺のことは…最後で…いい…から…な…。」


 そこで俺の意識は途切れた。


◾️グラミア

 ニブルデッドへのジェネレーターがある砦に転移し、私は一先ず安堵の息をついた。


「冗談じゃない!あんな化け物とまともにやり合ってたまるものですか!!ここらが潮時だわ!」


 そもそもこの戦いに私達の勝利は必要ない。法国と聖王国の両者に深刻なダメージを与える事が今回の目的。


 完遂とまでは言えないものの、それなりの被害は間違いなく生まれている。主様から仰せつかった一年以上復興に時間がかかるという目的は達成出来たはずだ。


 そして…その過程で求められたリーヴァの処分…。

 これも達成された…。


 そう、私は上手くやったのだ。胸を張って主様の元に戻ればいい。


 しかし…私の胸の中には燻り続けるもどかしさが残っていた。あの子の想いに気付いてしまった以上…私の胸は張り裂けんばかりに脈打った。


「ああ…リーヴァ…。私はもう一度…貴女に…。」


「リーヴァに何か御用でも?お母様。」


 私は耳を疑った。


 確かに途絶えているリーヴァとの魔力通話…。だが、この声は間違いなく…。


 振り返ると、そこには私の知るリーヴァがいた。


 細い目、鷲鼻で不揃いの歯。そばかすだらけの醜い顔をした、私のよく知るリーヴァの姿がそこにあった。


 私は目を擦り、目の前にいる人物を再確認する。そして、自分が何か幻覚を見せられているのではないかと疑い、ステータスも確認する。


 しかし、間違いなく、そこにリーヴァはいた。


 その瞬間、私の感情は激しく昂ぶり、溢れ出した。


「リーヴァ!!」


 私は慌てて駆け寄り、リーヴァはきつく抱きしめた。


 リーヴァの戸惑いが感じられる。

 当然だろう。私自身戸惑いを隠せない。

 だが、愛しくて…愛しくて堪らなかった…。


「リーヴァ…よく無事で…!あなたが死んだと思って私は…私は…!!」


 リーヴァの手が、私の背中に回された。


「お母様…どうなされたのですか?気丈な貴女らしくありませんよ?」


「そう…そうね…。そうだと思うわ…。でも…私はようやく貴女が私の事を愛してくれていることに気付いたの!今まで本当にごめんなさい…。リーヴァ…。」


 私の目から涙が流れた。リーヴァを抱きしめる腕に力がこもる。


「お母様…おやめ下さい…。」


 リーヴァの優しげな声が私の心に響く。

 ああ…私はようやく、本当の愛を手に入れたんだわ…。


 夢現の様な心地の中、リーヴァが耳元で囁きかけた


「何をとち狂った真似してんの…?薄気味悪いんだよ…。阿婆擦れ!」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。