〜受け入れ難き愛〜
▮
「よせ!ゴルドラ!!」
勇者の声に何の反応も示すことなく、ゴルドラは黄金の長剣を振り下ろす。
勇者は舌打ちすると、《受け流し》を発動し、ゴルドラの剣をいなした。だが…!
「がはっ!!」
ゴルドラの右足の蹴りが勇者の脇腹に突き刺さり、勇者はそのまま中庭を吹き飛びながら宮殿の壁に激突した。
「アレク!!」
アリーが勇者の元に駆け寄ろうとするが、アリーは身動きがまるで取れなかった。
巨大な月と星に照らされたアリーの影にナイフを突き立てている人物を見て、アリーは目を戦慄かせる。
「レダ…くん。」
相手の影を拘束することで動きを縛る《影縫い》。初歩的な行動不能スキルだが、アリーのレベルの低さでは解除できる道理はなかった。
グラミアは目を細めて頬んだ。
「よくやったわ。子猫ちゃん。ソイツはね、殺しちゃダメ。しっかりとこれから起こることをその目に焼き付けさせて、恐怖と絶望を植え込んであげないといけないからね。」
アリーは何とか藻掻くが、どうやっても術が解除できない。
アリーはここに来て初めて恐怖を覚えた。
圧倒的な力を持つゴルドラが本気になれば、勇者は確実に死ぬということを…。
それを思い描き、心の底から震えが走った。
「アレクー-!逃げて!!お願い!!アレクーーーーーー!!!!」
勇者は血反吐を吐きながら、アリーが自分を呼ぶ声を聞いていた。
「あ、アリー…。ぐっ…アリーを助けないと…。」
勇者は激痛で顔を歪めた。肋骨が折れている。肺に突き刺さって…息が…。
『身体健全が発動しました。【骨折】状態を解除します。【行動不能】状態を解除します。』
突如流れた機械音声に、勇者は驚いた。
(骨折が治ってる?!バカな?!身体健全は怪我を治すような能力じゃないのに…。)
困惑する勇者は身体健全の効果を見直してみるが、特に説明書きに変化はない。
だが、『常に正常な状態を維持する』ということの意味を考えると一つの仮説が浮かんだ。
(もしかして負傷全般が正常化対象になるのか?!いや、でも…。あ~だめだ!頭が回らない!)
勇者の元に迫る足音が、混乱する勇者の耳に届く。
(き、きたっ!)
勇者は体を起こし、立ち上がる。
(怪我は大丈夫だ。体も問題なく動く。でも…HPは…やっぱり減ってる…。どんな理屈か分からないけど、不死身ってわけじゃなさそうだ。)
勇者の元へと迫るゴルドラは武器を黄金の槍に変えた。
「闘気武装…撃竜三叉槍。」
ゴルドラは三つ又の矛を構えると勇者に向けて光の如く一閃した。
辛うじてその一撃を躱すことが出来た勇者だったが、ゴルドラは槍を引き抜いた後、槍の先端を妖しく光らせる。
「群竜槍閃穿。」
勇者は驚愕した。
槍の一突きがレーザー光線のように形を変える。
その光の線が縦横無尽、無数に駆け巡るのが見えた。
慌ててその場を飛び退いた勇者だったが、光から逃れることなど出来るはずもなく無数の光に貫かれ、勇者は体中から血を噴き上げた。
あまりにも勢いよく流れる自分の血を見つめながら、そのまま両膝を付く。
(ヤバい…これは流石に…死…。)
『身体健全が発動しました。【出血】状態を解除します。【行動不能】状態を解除します。』
出血が止まり、疲労感はあるものの立ち上がることが出来た。とんでもない、能力だが、勇者は複雑な心境だった。
(この能力…ブラック企業には喉から手が出るような逸材だろうな。)
勇者は自嘲しながら、顔を顰めた。
やはりHPは減っている。多分、HPが0になるまで、戦えない状態にはならないのだろう。
「つまり…死ぬまで戦えるってことか…。」
だが、それは勇者の苦しみが長く続いているだけに過ぎなかった。勇者にはゴルドラを倒す術もなければ、倒したいという意思もない。どうすればいいのか、全く分からなかった。
考えあぐねた結果、勇者は収納に手を伸ばす。
そして、聖剣を手にした。
それ見て、グラミアの視線が射るようなものに変わる。
(あの剣…全く鑑定眼が機能しない。まさか、あれが…。)
グラミアは勇者とゴルドラの戦いを常に《大鑑定》を使用して観察していた。
言わずもがな、勇者の持つ聖剣の効果と発動条件を見極めるためである。
本来、グラミアは媚眼秋波によって勇者を術中に嵌め、無理やり使わせることで明らかにするつもりであった。
だが、思惑が外れ、勇者に効かなかったために、勇者を追い込む作戦に切り替えたのだ。
ゴルドラには殺さないように急所を避け、戦闘不能になるように嗾けているが、何度も立ち上がる勇者に痺れを切らしていたところだ。
(さあ、それが切り札なのでしょう?見せてみなさい!あなたの奇跡とやらを!)
「…くっ!!」
だが、その結果はグラミアの期待を裏切るものだった。おもむろに鞘から引き抜いたその剣に刀身は全くなかったのだ。
「はあ?どういうこと?」
思わずイラつきが言葉となって発せられた。
だが、本当に精神を逆撫でられたのは勇者だった。この絶体絶命の状況下において、聖剣は全く反応を見せなかったのだから。
「お…おいっ!嘘だろ!!じゃあこんなの…どうしたら!!」
ゴルドラの手に握られた槍が再び形を変える。
「巨竜戦斧。」
巨大な柄の長い大斧をゆっくりと振りかぶる。
勇者は電池切れの懐中電灯を振り回すように、聖剣を振り回した。
「だ、ダメだ…。」
勇者は血の気が失せた。
あの戦斧が自分を真っ二つにしたとき、それは確実に死を意味しているからだ。
ゴルドラがゆっくりと勇者との距離を詰める。
「アレク!!逃げて!せめてこっちに!!」
その言葉を聞き、グラミアはレダに命じてアリーの喉にナイフを突き立てた。
「ひっ…!」
「邪魔させないわ。大人しくしてなさいな。」
そう言いながらも、グラミアの気持ちは完全に冷めてしまっていた。ここまで追い詰めても起きない奇跡とは何だというのか…。
「所詮、眉唾物だったということかしらね…。」
ゴルドラが駆けた。
その瞬間に勇者は完全に覚悟を決めた。
その時!
「パパーー!!聞いてよ!アタシマジで超クールで……はっ!」
突如、勇者とゴルドラの間に割って現れたロアの背後をゴルドラの戦斧が振り下ろされる。
バキィイイイイイイイイイイ!!!
ロアは髪の毛を血で硬質化させ、ギリギリのところで受け流した。
ゴルドラの戦斧はそのまま地面に叩きつけられ、中庭の大地を割り、突き刺さっていた。
あまりにも肝を冷やしたのか、ロアは勇者の腕に抱きつき、涙目が浮かんでいた。
「あっぶねぇな!!マジで!!か、髪何本か抜けてマジ痛かったし~!!って…はあ?ゴル姐?!どういうことだよ?!」
「ろ、ロア…。」
勇者は腰が抜けたようにその場でへたり込んだ。
その光景を見て、グラミアは顔を顰める。
(あの子…リーヴァと同じ顔…。ってことは、あれが真祖様の欲しがってる分身体ね…。勇者のパーティーにいたなんて…これもいい土産になるわ。)
グラミアはほくそ笑んだ。
「ゴルドラ。その娘を捕らえなさい。MPを尽きさせて無力化するのよ。」
「はい。グラミア様…。」
抑揚のない声で戦斧を構えるゴルドラを見て、ロアはある程度の状況を呑み込んだ。
「強耐性を持ってるゴル姐がここまで完璧に支配されるなんてな…。おそらく、ユニークスキルなんだろうけど、たぶん無効化を持ってなかったら防ぎようがないんだろうね…。こりゃあ、ゴル姐には相手が悪かったな…。あ~!ちきしょう!こんなことならマンドラゴラを満タンにしとくんだったぜ!!」
そんなことをボヤいている最中、ロアは自分の両手首を爪で切り裂き、地面に夥しいほどの血をまき散らした。
その血液は鈍い光を放ちながら、ロアを中心に魔法陣を描く。
その魔方陣を見て、魔性の森での一幕が勇者の脳裏に蘇った。
「血界術式…。ロア…お前…。魔素が少ないこんな場所でそんな技使ったら…!」
ロアは不敵な笑みを浮かべた。
「ゴル姐相手じゃ本気出さねぇと無理に決まってんだろ。ただでさえアタシの方がレベル下なのによ…。」
ロアはブレストローブを脱ぎ捨てる。
そして、顔や体中に血管がタトゥーのように浮かび上がり、禍々しいオーラが大地を揺らした。
それを見て、グラミアは目を戦慄かせる。
「な、なんなの?!あれは…!あれが…真祖様の写し身…。なんていうプレッシャー…!」
ロアの変貌を見て、ゴルドラは戦斧を地面に突き立てると、自身の体を金色のオーラで包んだ。
猛る焔のようなオーラに包まれながら、ゴルドラは竜騎装甲を顕現する。
グラミアはその圧倒的な戦闘力に、慄いていた。
(あまりにも圧倒的な戦闘力…。こんな奴らを二人も飼っているだなんて…。勇者…恐ろしいやつだわ…。)
「ふふ…これは面白い見世物になるわね。主様にもお見せしたかったわ。」
ロアはゴルドラが完全武装になるのを見届けながら、一振りの赤い剣を具現化すると、勇者に投げ渡した。
勇者は慌てながらも剣を受け取る。
普通のRPGならば、確実に呪われているであろうあまりにも禍々しい形をした剣を見て勇者は怪訝な顔をした。
「ロア…。これは…?」
そう尋ねた矢先、剣の柄から数本の触手が伸び、勇者の右腕に突き刺さった。
「っ痛!!」
勇者は激痛から剣から手を放そうとするが、腕と一体化したようにその剣を手放すことは出来なかった。
焦燥を隠せない勇者に対し、ロアはゴルドラから目を切らずに口を開く。
「そいつは【ブラッディーソード】。純魔力粒子100%で出来た武器だ。そいつなら魔法を切り裂き、魔族の体にも刃を立てることが出来るはずだぜ。まあ、残念ながら固定化出来ないかんね。パパの血を使いながら実体化を維持させてる。」
触手が脈打つように腕から血を吸い上げているのを感じながら、勇者は眉を顰めるものの、ロアの言いたいことを理解した。
「俺に、あの魔族を倒せって。そう言いたいわけだな?」
ロアは静かに頷いた。
「悪いけど、それ以上のサポートは出来ねぇぜ。そんな余裕ねぇもん。その剣の能力については、パパの鑑定で確認しといてよ。」
ロアはそう言うと、静かにゴルドラに向けて歩き出した。
その背中を見送ると、勇者はグラミアに向き直った。
「ロア…ありがとう…。絶対に死ぬなよ…。俺がアイツを倒すまで、耐えてくれ。」
精神支配は時間経過か距離によって消滅するが、現状の情報で解除方法は不明。
だが、等しく間違いないのは、術者が死ねば支配は解除されるということである。
ロアは歯を見せて笑うと、「そう言えば…」と前置きして呟いた。
「ハイレンの奴、普通の剣で魔力粒子を破壊する術を身につけてたぜ。」
勇者はそれを聞いて目を見張った。
「はあ?お前が言ってた滅茶苦茶理論をアイツ信じたのか?!」
驚愕する勇者の背中をロアが軽く叩いた。
「負けんなよ。パパ。」
そう言うと、ロアは空中に無数の血球を浮かべた。
「さて…それじゃあ…。いくぜぇええええ!!ゴル姐ぇええええ!!」
ロアの咆哮にゴルドラも応える。
ロアは紅い光となり、ゴルドラは金色の光となって、もはや常人の目ではその戦いを見ること能わなかった。
交錯する二つの光が激しい剣戟音を響かせながら上空へ駆け上るの見送ると、勇者はブラッディーソードをグラミアに向けて構えた。
《超鑑定》
名称:グラミア=ユーフラシュネ=アエーシェマ
LV69 種族 サキュバス
アルカナキャスト:女帝 【逆位置】
アルカナスキル:慈母胎動
ユニークスキル:大罪【色欲】 媚眼秋波
Etc…
(こいつ…アルカナキャストか?!こんなやつも仲間にしないといけないのかよ?相手は逆位置…つまりは魔王の支配下にあるんだ。交渉や引き抜きなんて出来るはずがない。真名契約されていたらなおのこと…。ってあれ?それってどうやっても仲間にすることって不可能なんじゃ…?…って、今はそんなこと考えてる場合じゃないな。)
勇者は間合いを確認するように、じりじりと立ち位置を変えた。
それを見て、グラミアは嘲笑するようにねめつけた。
「豚も煽てれば何とやら…かしら。確かにその剣ならば私を傷つけられるでしょうね。でも、分かっているのかしら?あなた達の大事な聖女様は私の手の中…。あなたが微動だにするだけで、あの子の耳を切り飛ばしてもいいのよ?」
レダはアリーの首筋に押し当てていたナイフを彼女の耳に移動させる。それを受けて、アリーは震えながらも笑みを浮かべた。
「…ふ~ん。私を殺すつもりなんて最初からないんだ?アレク!み、耳ぐらい何ともないから!私のことは構わずやっちゃって!」
それを聞いて、グラミアが眉を顰める。
(おいおい、挑発すんなって…。)
気丈にも強がるアリーを見て、勇者は小さく溜息をついた。
「悪いな…レダ。これが片付いたらうまい肉をたらふく食わせてやるから、勘弁してくれよ。」
訝しむグラミアを尻目に、勇者は剣を勢いよく地面に突き立てた。
突如、地面から現れた黒い塊にレダの顎が打ち抜かれ、上空へと吹き飛ばされた。
「がはっ!!」
口から血を噴き上げ、レダは地面に墜落して意識を失う。それを見て、アリーは目を見開いた。
「レダ君!!」
慌てて駆け寄るアリーはレダを抱き抱えると復活の福音を使おうとした。
「アリー!レダは回復させなくていい!!」
その声にアリーは思わず体が飛び上がった。勇者は剣を再度グラミアに向けて構える。
「《峰打ち》にしたから命に別状はないはずだ!レダが回復しても、この女がいる限り、再び術にかかる!だったら意識を失っててくれてる方がいい!」
「わ、分かった!」
非情な判断ではあるが、アリーは納得し、そのままレダを地面に寝かせた。
グラミアは小さく舌打ちする。
「その剣の特殊能力ね。影を射程距離として遠隔で奇襲攻撃が可能になる…。なるほどね。私との間合いを測ってるのかと思ったけど、自分の影と彼との位置を調節していたのね。」
グラミアは洋扇子を口元に充てながら微笑を浮かべた。
「ハッキリ言っておくわ。私は決して戦闘が得意じゃないの。そうしたスキルは全く持ち合わせていない。」
「何を企んでる?」
突然始めた自身の弱みの暴露に、勇者は戸惑いを禁じ得なかった。
だが、グラミアは含み笑いを返した。
「勇者であるあなたなら既に私のスキルを見て分かっているのでしょう?別に隠し立てをする必要なんてないわ。例えレベルで上回っていても、私を倒す術を持ったあなたに負けてしまう可能性は十分にある。」
グラミアは洋扇子をたたむと、妖艶な微笑を浮かべた。
「だからこそ、私は直接戦わない。その剣があなたの体の血を吸いつくし、息絶えるまで傍観させていただくとするわ。」
「なんだと?」
グラミアは気を失っているバーラル兵に視線を向ける。
「ふふ…案の定とはいえ、この子達を殺さなかったことを後悔させてあげる。」
グラミアから不気味なオーラの光が立ち上る。それに呼応するように、気を失っているバーラル兵の体からもただならぬオーラが浮かび上がった。
勇者は嫌な予感に背を押され、衝動的にグラミアへ駆け出した。
「おおおおお!!!」
逃げようとも、防ごうともしないグラミアに対し、勇者は飛び掛かり、剣を振りあげ、そのまま振り下ろした。
「なっ?!」
勇者の剣の先には変わり果てたバーラル兵がグラミアを守る盾となっていた。
『アア~ガァアアアアア!!!』
肥大化し、腐臭を放つその肉の塊は、右肩を切り落とされながらもなお、痛みを意に介することなくブクブクに膨れ上がった巨大な左手を勇者に向けて振り下ろした。
「くっ!!」
勇者は慌てて剣を振り、その手を切り落とした。だが、それでもソレは止まることなく、勇者に向けて走り出した。
「《流麗剣舞》!!」
勇者は敵の巨漢を躱しながら、無数の斬撃を叩きこんだ。ソレは体中から魔素を噴き上げ、そのままようやく地面に倒れ込んだ。
「こ、これは…一体…?!はっ!」
「アレク!これって…?!」
次々と辺りで昏倒していたバーラル兵の体が変化し起き上がってくる。その姿は千差万別であり、虫のようなもの、獣のようなもの、岩のようなもの。歪に交わり、理を無視した存在が次々と生まれていた。
それらは、一様にグラミアを守るようにグラミアの側に立ち、勇者とアリーを打つために辺りを取り囲んだ。
「慈母胎動。私の魔力を注ぎ込まれたものは新たな生物として生まれ変わるの。この子達にはみんな、既に私の魔力を注入してある。それを今、一斉に発現させたわ。」
急激な肉体の変化に痛みが生じるのか、あちこちで絶叫にも似た咆哮が上がる。アリーはその姿に心を痛めていた。
「そんな…どうやったら元に…。」
「元になんて戻るわけないでしょう?言ったはずよ。生まれ変わったのだと。新しい種族 【合成魔人】として、彼らは短い一生を私に傅いて生きるのよ。」
「短い…一生…?」
勇者の言葉に、グラミアは邪悪な笑みを浮かべた。
「モブレギオンに私の魔力を受けきれる器なんてあるはずないじゃない。体の組織や器官の絶え間ない変化に晒された挙句、一時間と持たずに自壊するわ。」
勇者とアリーの周りを有象無象の異形が取り囲む。だれもが苦痛と激痛に苛まれながら、媚眼秋波によって強制的に戦わされる。
それを見て、勇者は苦々しく顔を歪めた。
「本当に嫌いだ…。お前みたいな奴…。人の命も…体も…玩具のみたいに弄んで…。お前みたいな奴が心底嫌いだ!」
勇者の怒りに対し、グラミアは眉を歪めた。
グラミアの脳裏に、かつて魔王から投げかけられた侮蔑の言葉が思い出された。
舌打ちをし、不機嫌そうに眉を顰める。
「言いたいことはそれだけかしら?人間は脆くて弱い。こんな下等種族がまともに私の役に立てるわけないでしょう?私の高潔な魔力を注いでもらえていることに感謝して欲しいくらいだわ。」
あまりにも不遜で邪悪な思考回路に染まっているグラミアに対し、勇者は怒りが臨界点を超えようとしていた。
そんな二人のやり取りを尻目に、アリーは先ほど勇者に倒された合成魔人の元でしゃがみ込む。
そして、復活の福音を発動させた。
「アリー!な、何を?!」
止めようとした勇者だが、醜い肉塊と成り果てていたバーラル兵の姿が元の人間の姿に戻っていくのを見て口を閉ざした。
その光景にはグラミアも目を見開き、驚愕した。
「そんな…有り得ないわ…。遺伝子レベルでの肉体変化を復元するなんて…そんなことが…!」
回復を終えたアリーはゆっくりと立ち上がる。
「あなたのスキルは生み出すものじゃなくて、壊すスキルだったってことでしょう?」
「なんですって…?」
グラミアのねめつけるような視線は、アリーの威圧的な視線に押し返された。
普段のアリーからは考えられない、相手を委縮させるようなその瞳に、グラミアは冷や汗を浮かべた。
「アリーの言う通りだよ。」
勇者がアリーの前に立った。
「ユニークスキルは本人の才能と願望が形になったものだ。アルカナスキルは特にその傾向が強く出る。アンタのその能力…本質は承認欲求だ。」
「承認欲求?」
「ああ…。アンタの心の底に眠る願望…それは自分を相手に受け入れてもらいたい、認められたいと思う他者承認欲求だ。それがスキルとして具現化している。慈母胎動…それはつまり、自分という存在自体を魔力に置き換え、対象者に【受容】か【拒絶】の二択を迫る能力ってことだ。」
グラミアの肩が怒りに震え、その目に怒りが宿り始めた。
「…なに?何が言いたいの?あんた…。」
「はっきり言わないと分からないのか?ここに集まる失敗作の数々は、アンタを拒絶した者達の末路。自分という存在を認めてくれない、受け入れてくれない、愛してくれない者達に対する報復と八つ当たりの結果だってことだよ!!」
「知った風な口を利くんじゃないわよ!!」
グラミアの顔が怒りで歪み、息を荒げて憎々し気に奥歯を噛み締めた。
だが、グラミアは勇者の言葉を真っ向から否定できなかった。過去の自分の捻じ曲がった遍歴が、初めて会ったはずの勇者に見透かされている思いだった。
「あなたのことを愛してくれている人であれば、その力は大きな躍進と成長を生み出すことになったと思う。現に、そうした人も中にはいたんじゃないかな?」
アリーの言葉に、グラミアはベリンガムとファラミラを思い浮かべた。
(確かに、あの二人は数少ない安定した合成魔人…。二人とも以前から私を陶酔していた…。じゃあ、リーヴァは…?)
考えるまでもなかった。赤ん坊に人を拒絶することなど出来ない。赤ん坊は生まれた時から愛を求める。
リヴァイアにとってグラミアは間違いなく、母親だったのだ。
(そういえば…リーヴァは?リーヴァはどうなったのかしら?リーヴァ…リーヴァ!)
顔面蒼白となったグラミアの様子の変化から、勇者は剣を下ろした。
「なあ…もう止めないか?アンタには戻る場所があるんだろう?そこに帰ってくれさえすればいいんだ。だから…。」
「…さい…。」
「えっ?」
勇者が聞き取れずに聞き直した時、グラミアは怒りの形相で顔を上げた。
「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!!よくも…!よくもリーヴァを!!リーヴァを殺したアンタ達をこのまま生かしておくわけがないでしょう!!皆殺しよ…皆殺しにしてやる!!」
リヴァイアとの《魔力通話》が切れていることから彼女の死を悟ったグラミアは、信じられないことに怒りの感情が爆発した。
今まで邪険に扱い、詰り、甚振り、傷つけてきた対象だったはずのリヴァイアが、自分を受け入れてくれた存在だと分かった瞬間、掌を返して愛おしさが溢れ出したのだ。
(ああ…リーヴァ…どうして私はあなたをもっと愛してあげなかったのかしら…?あなたは私の愛を受け入れてくれた私の子供そのものだったのに…。愛してあげなければ…。ああ…今すぐにでもあの子を抱き締めたい。なのに…なのに…。)
「あの子はもういない…。赦さない!アリアデル!アンタの亡骸をリーヴァの餞にしてやるわ!!あの子に代わって、私が恨みを晴らしてあげる!!」
グラミアの噴き上げる憎悪に対し、勇者は剣を構え直した。そして、憐憫を感じていた。
(こいつ…何かが壊れている…。心を構成する何かが…。自身を存在たらしめる何かが…。根元から完全に壊れているんだ。)
グラミアの声に端を発し、取り囲んでいた合成魔人達が一斉に勇者達に襲い掛かった。
勇者は再び剣を地面に突き立てた。
「範囲拡大、茨拘束!」
次の瞬間、合成魔人達の足元から無数の茨が生まれ、100体以上もの合成魔人達は同時にその四肢を拘束され、身動きが封じられた。
それをグラミアもアリーも目を見張る。
「代替魔法を無詠唱?!アンタにそんなMPはないはずなのに…。一体どうして…。」
「全部肩代わりしてもらってるからな…。こいつに…。」
勇者はそう言うと、ブラッディーソードを地面から抜いた。
「こいつの特殊スキルでね。でも、その分血は抜かれるみたいだけど…。」
勇者の腕に突き刺さっている触手が激しく波打つ。極度の貧血で青ざめていく勇者を見て、アリーは察して駆け寄った。
「復活の福音!」
意識がなくなりかけていた勇者はすんでの所で持ち直し、見る見るうちに肌艶が回復し、体力ともに全快した。
「ありがとう。アリー!」
その様子を忌々しげにグラミアは顔を歪める。
「本当に目障りなスキルだわ…。アンタの穢れの無さと善良さを証明するにはうってつけの能力…。虫唾が走るわ!コアトリス!!」
翼を持つ巨大な白蛇はゆっくりと鎌首をもたげた。
「消し飛ばせ!跡形もなく!!」
グラミアの檄にコアトリスは目を光らせると、口を大きく開く。空を走る雷がその威力を放たれる前に証明していた。
「いくぜ!!アリー!!」
勇者はそのままグラミアに向かって真っすぐに駆け出した。それに合わせてアリーも走る。
次の瞬間、コアトリスの口から高圧の電撃ブレスが放たれた。これが直撃すれば、勇者の身体健全が発動せずに消し炭になる公算が高かった。
直撃すればだが…。
「女神愛盾!」
勇者の前に現れた巨大な盾は電撃と衝突するや否や、その威力を急激に失わせて消え去った。
勇者はそのまま一直線に隙だらけのコアトリスに切りかかる。
勇者は《超鑑定》の延長から、敵のウィークポイントを見ることが出来た。
ウィークポイントは多くの魔力粒子が集まるところであり、ほとんど流動性が無い。それはつまり、その場所への攻撃は一撃必殺に成り得る。
「うぉおおおおおお!!」
翼と胴体の継ぎ目を勇者が見事切り裂いた。
すると、あまりにも夥しい魔素が中空へと噴き上がった。
「コ、コアトリス!」
手を伸ばすグラミアを尻目に、勇者の追撃がコアトリスを絶命させ、崩れるように地面へと倒れ込むと大量の魔素を霧散した。
「お、おのれ!!」
グラミアは勇者に両手を翳した。手のひらから赤い炎を噴き上げ、勇者に向けて放たれた。
「うぉおおおお!!」
勇者は炎を切り裂き、一跳足でグラミアに向けて飛ぶ。
「破壊鞭!!」
グラミアの手に悪魔の髪と鋼鉄を結衣合わせて作られた鞭が握られた。
超高速で放たれる鞭の無数の一撃を勇者は相殺した。
構わず鞭を振り続けるも、勇者には一撃も届かない。グラミアはギリギリと奥歯を鳴らした。
「なぜ?なぜ?なぜ?!こいつは私よりも圧倒的にレベルが低いはずなのに!どうして?どうして?!」
勇者は破壊鞭の攻撃を掻い潜り、グラミアを完全に間合いに捉えた。
「お前の鞭…ほとんどが目くらましで俺に直撃するのは数発だ。しかもワンパターン…。戦闘経験の無さが透けて見えるぜ!」
(こっちは毎日ゴルドラと猛特訓してたんだからな!!)
勇者の一撃がグラミアの額から左目にかけてまでを切り裂いた。
「ギィイイアアアアアアアアアアア!!!」
グラミアが鞭を手放し、手で顔を覆った。
(ここだ!完全に防御不能だ!!)
勇者の目にはグラミアの体の魔素溜まり、急所が見えていた。それは左脇の下…今なら難なく狙える。
「グラミア!覚悟ぉおおおおお!!」
ガキィイイイイイイイイイイ!!!!
勇者の急所を狙った一撃は圧倒的な硬度を誇るなにかによって妨げられる。
その衝撃に勇者は大きく後退ると、何事かと視線を向けた先にあるものに戦慄した。
それは、3mはあろうかという黄金の大盾だった。
それを見て、勇者は声を震わせる。
「こ、これは…!ゴルドラの…!じゃあ…まさか?!」
勇者は上空に視線を向けた。
そこには、黄金の鎧を夥しい返り血で濡らした竜騎士の姿があった。
その右手に握られた巨大な槍を見て、勇者とアリーは青ざめた。
「嘘…ですよね…?ロア…さん…!」
槍の切っ先には、見るも無残な姿となったロアが串刺しとなっていた。
両の腕は千切れ、背骨がへし折れる形で逆さ向きとなったロアの顔を見て、勇者は頭が真っ白になった。
「ロアぁあああああああああああああ!!!!」
怒りと悲しみが混濁し、激流となって勇者の心を呑み込んでいく。
時を同じくして、合成魔人達を縛り付けていた魔法が解けた。
グラミアは顔の傷を修復しながら、勝利を確信し、ほくそ笑んだのだった。




