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〜バーラル決戦 序幕〜

▮

 朝焼けに染まる空の下。

 勇者達とリヴァイアは再び対峙することとなった。


 ロアがヒューっと口笛を吹く。


「アレがアタシに似てるって噂の、新しいリヴァイア顔か…。ど〜こ目つけてんのかね〜。アタシの方が100万倍美少女じゃんね?」


 そう言ってケラケラと笑うロアを見て、勇者は意外な反応だと呆気に取られた。


(普通…自分と似た顔なだけでも不気味に感じると思うんだけどな…。)


 そんな小さなやり取りの最中、中空に佇む白髪の悪魔の姿を確認し、守衛たちが慌ただしくなる。


「敵…!あれか?一人じゃないか?」


「いや!あれは魔族だ!気を付けろ!魔法を使って来るぞ!」


「大盾を持て!弓兵はその後ろから狙撃準備!」


 ハーディアの西門に布陣していく兵の数はざっと200人。


 迎撃態勢の整ったのを見て、リヴァイアは喉を鳴らすように笑い始めた。


「くくく…。あはははは…。あー-はっはっはっはっは!!」


 その笑い声は高邁な声に変貌し、兵士たちを委縮させる。


 リヴァイアはひとしきり笑うと、アリーに向けて威圧的な視線を送った。


「国民共を軍人として徴用したってことは…。わかってるんでしょうね?!ここから先は国民同士が互いに殺し合う地獄に変わるってことを!アンタはそれを選んだ。そうよね?!アリアデル!!」


 アリーはリヴァイアの言葉に眉一つ動かさない。ただただ冷徹な視線で返した。


「もちろん、その覚悟です。」


 あっけらかんと即答するアリーに、リヴァイアは言葉を失った。


「私たちは甘かった。国民達を巻き込まず、私達だけで国を変えられると…。取り戻せると思った…。だけど違った。私たちは聖女の名を騙る背信者で聖王国は反乱国。そんな認識が燻る中で、あなた達を排除しても、その後の法国の混乱は続いたでしょう。」


 アリーの目が鋭くリヴァイアを打つ。

 リヴァイアはたじろぎ、嫌な汗を浮かべていた。


「オルフェリアに住まう国民みんなが気付く必要があったのよ。今の法国は自分たちの生活や命を守ってくれる気がないことに。その歪んだ国の中枢を正すという正義を執行するために!血を流すことを躊躇ってはならないのだと。」


「黙れ!詭弁が!!」


 リヴァイアは怒りをそのままに吐き捨てた。


「戦争に綺麗事を持ち込むんじゃない!アンタは人の命を使い捨てにする決断をした!ただそれだけの事。そうでしょ?アリアデル!」


 リヴァイアの罵声を受けながら、アリーは薄っすらと笑みを浮かべた。


「何をそんなに怯えてるの?リーヴァ。」


「ああ…?!」


 アリーは戸惑うリヴァイアを見て、ニコリと微笑んだ。


「そうね、あなたは知らないのね。命を賭けて誰かのために戦うことを、詭弁と一笑に付すことしか出来ないあなたを…哀れに思うわ。」


 リヴァイアの顔中に赤い筋が浮かび、今にもアリーの首を掻っ切ってしまいたいという衝動に襲われる。


 だが、圧倒的に不利な状況がリヴァイアを踏みとどまらせた。


 リヴァイアは息を荒げながら、歯をギリギリと噛みしめる。


「絶対に後悔させてやる…。アンタの目の前で、何万もの国民が物言わぬ骸に変わっても!まだそんな減らず口を叩けるのかしらね?楽しみにしてなさい。アンタを亡国の聖女にしてやるわ!」


 リヴァイアはそう言うと、転移門(アストラルゲート)を展開する。

 そして去り際に、憎々しげに顔を歪めて振り返った。


「あと…リーヴァって気安く呼ぶんじゃないわよ!虫唾が走るわ…!!」


 そう言い放ち、ゲートの中に姿を消していった。おそらく、バーラルに戻ったのだろう。


 リヴァイアの姿が消えると同時に、張り詰めていた緊張の糸が弛み、アリーは大きく息を吐くとふらふらと後退した。


「危ない!」


 勇者はアリーの体を支える。アリーは照れ笑いしながら頭を掻いた。


 その様子を見て、勇者は溜息をつく。


「全く…。相変わらずびっくりするような啖呵を切るよな…。アリーって…。」


「あはは…。でもさ、これで多分第一関門突破出来そうじゃない?」


 勇者は少し驚きながら、頷いた。


「なるほど、それであんな挑発的なことを…。確かに、あの様子なら、バーラルの大軍勢を差し向けてきそうだな。」


 勇者がそういうと、アリーはにこりと笑った。


「聖女様!」


 ハイレンが城壁の階段を駆け上がってくる。


「ご無事で何よりです!リヴァイアが現れたと聞いて急いで参りましたが…。アレックス殿達がいたのであれば私の出番はなかったようですね。」


 そう言いながらも、ハイレンは訝しんだ顔をした。


「しかしながら、敵はリヴァイア一人だったとか…。これだけの勇士が揃って何故逃がしたのですか?!」


 その言葉に、勇者たちは互いの顔を見合わせて、苦笑いを浮かべていた。


「いやさ…一晩中駆けずり回って…。」


「力を…使い過ぎて…。」


「ふぁあああ…てか、もう朝だし…。」


「さすがに…もう限界だって…。」


 勇者とゴルドラとロアとレダの四人は、折り重なるようにしてその場で倒れ、そのまま眠り始めてしまった。


 それと同時にロアはノアに戻り、むくりと起き上がる。


「ハイレン。軍の編成や現場の指揮はノアが取るの。だからパパ達を休ませてあげて欲しいの。」


 ハイレンは先ほどの自分の発言を悔いた。


「全く…自分が嫌になるな…。君達にばかり無理をさせ過ぎたようだ。…承知した。おいっ!手を貸せ!」


 聖騎士団の面々が鼾をかきながら爆睡する勇者達を担ぎ出していく。


 その顔を眺めながら、アリーも大きな欠伸を一つしながら背筋を伸ばした。


「私もひと眠りしてきていいかな?」


 ノアは頷いた。


「ん。ちゃんと休める時に休んでおいた方がいいの。もう何日もすれば、それはもう決戦なの。」


「ありがと。そうさせて貰うね。」


 そう言って、アリーは城壁の階段を下っていく。


 道すがら、リヴァイアの言葉が頭で反芻される。


『アンタは人の命を使い捨てにする決断をした!』


「相変わらず…酷いこと言うなぁ…もう。気にしてるのに…。」


 そもそもこの戦の構図自体、アリーが描いたものではない以上、彼女がそこまで気に病むことはなかった。


(こうなったのは全て…。)


 アリーは頭の中をよぎる言葉を振り払った。


 結局は必要なことだったと理解したからこそ、それ故に、否定もしなかった。今更誰かのせいには出来ない。


 アリーはこの戦いの総大将。


 この戦いの責任や決定も全てアリー自身にあり、自らの意思であると受け止めていた。


 そんな大舞台の上に立っているというのに、平然と睡眠を取ろうとする自分を滑稽に思った。


 普通なら責任の重圧と恐怖で怯えるところだが、まるでそれが見られない。


(おかしいな…。16年間貧民街で生活してただけなのに…。私って図太いのか…もしくは無神経なのかも…?)


 そう言いながら、もう一つ大きな欠伸をしたのだった。



▮リヴァイア

「くそっ!くそっ!くそっ!!」


 バーラルの…カテドラル内の回廊を悪態を突きながら歩く。


 ここまで煮え湯を飲まされたのは初めてだ。あの能天気女…!


「絶対に目にもの見せてやる!そうよね!シェ…。」


 リーヴァは手作りの騎士の人形を取り出した。

 だが、何の魔力も気配も感じない。

 リーヴァの問いかけに、何一つ答えない。


 昨晩からシェゾとの繫がりが完全に途絶えてしまった。


 各法王庁に配置していたシェゾのデコイが執行人の役割を果たしていたからこそ、法王庁の戒厳令の楔は機能していた。

 その楔がなくなっていることからも、すでに答えは出ているのだ。


 シェゾは死んだ…。


 握りしめる拳から血が滲んで揮発する。


「殺してやる…殺してやるわ…!」


 リーヴァは足を早めながら教皇の間に向かい、荘厳な扉に手を描けようとした瞬間、部屋の中から微かに声が漏れ聞こえた。


 なに?誰かいるの?


 そう思ったのも束の間、声はしなくなり、教皇の間は静まり返った。それを怪訝に思い、リーヴァは恐る恐る扉を開いた。


 重い音を立てて、扉が開くと、教皇の玉座に座したお母様が妖艶な笑みを浮かべて迎え入れる。


「あら?早かったじゃない?その顔を見ると、どうやらまた上手くいかなかったようね。自信満々だったのに…ホント惨めね。」


 相変わらず見下し、詰り、小バカにして笑うお母様に、リーヴァの顔が苦悶に歪む。


 だがいい。それでいい!


 慰められることなど望んだりしない。この女から、生まれてこの方そんなものを貰ったことなど一度もないのだから…。


 今更そんなことされても…反吐が出る。


「申し訳ございません。アクエラの主導権を奪われ、聖王国はハーディアを解放して軍を組織しておりました。アルビオレが兵を出し、ビューネルが兵站を開いたと仮定すれば、おそらく、数日中に何万人かの軍がこのバーラルに向かって進軍を行ってくることでしょう。」


「ふ~ん…。」


 お母様は自分のネイルを眺めながら、興味なさげに生返事で返した。


「そういえばシェゾはどうしたの?」


 自然と視線が落ちる。


「死んだ…みたい…。もう、何の声にも反応しない…。」


「そう…。驚いたわ。アイツも死ぬのね?」


 その後、特に感傷に浸ることなく、掛ける言葉もなく、お母様はネイルから視線をリーヴァに向けた。


「で、次はどうするのかしら?リーヴァ?」


「バーラルの全軍の指揮をリーヴァにお与えください!直ちにハーディアに進軍し、奴らと全面衝突して戦争の恐ろしさをあのカマトト女に教え込んでやりますわ!」


 お母様は深く玉座に座り直し、リーヴァに向けて嘲笑うような視線を向けた。


 その瞳はこの世の邪悪を塗り固めたように、赤黒い鈍い光を放っていた。


 そして、教皇の間に漂うこの甘い香り…!


 その時、リーヴァは思い出した。


 リーヴァがなぜ、いつもお母様に対して恐怖していたのかを…。


「か…はっ…!」


 リーヴァの意識が薄れていく。


 苦しみの果てに口から零れる涎が床を濡らす中、お母様の声が響く。


「いいわ、リーヴァ。私の可愛い奴隷たちをあなたにあげるわ。全員使い潰して構わない。存分に暴れてきなさい。ただし…。」


 リーヴァはその場で倒れ込み、朦朧とした意識の中、最後の言葉が耳に響く。


「生きて帰ることは赦さない。死ぬまで踊り狂いなさい。」


 そしてリーヴァの意識は消えた。



▮

 あれから二日が経ち、聖王国の民1万人とアルビオレの兵士3万人、計4万人がハーディアに到着した。


 当然ながら、ハーディアにこれだけの人数を受け入れることは出来ず、皆野営である。


 アルビオレの兵はともかく、戦うことの出来ない聖王国の民はビューネルで留まるという選択肢もあったが、誰もそれを望まず、ここまで来た。


 それはただただ聖女と共に在りたいと願う信仰心の賜物であり、その献身が聖女を聖女たらしめると煽動されていたからに他ならなかった。


 そんな聖王国の民達がこのままバーラルとの全面戦争にまで追従することについては、さすがにカリギュラが許さなかった。


「戦場に足手纏いは不要!人質にでもなって足を引っ張られるのはゴメンだ!」


 その一喝により、多くの一般市民はこのハーディアで吉報を待つ身となったが、テンプルナイトはハイレンの聖騎士団に組み込まれ、神官達は衛生兵として参加することを認められることとなった。


 そして、回復したレダを含む何人かは斥候として既にバーラル領に送り込まれている。もし敵軍に動きがあれば、すぐにでも合図が出来るようにシャドーデーモンがそれぞれにつけられることとなった。


 そして、遂にその時が訪れた。


 手筈通り、ハーディアとベゼルデンの領界に布陣し、敵の侵攻を待ち伏せていたカリギュラは、馬上から現れた敵の軍勢を前に一時呆然とした後、苦虫を噛み潰した様に顔を歪めた。


「彼奴等…本気か…?まさか本当に…こんな事が…!」


 カリギュラの脳裏にハーディア到着後に行われた軍議が思い返される。


ーーー


 互いに出方を伺う形の中で整えられてきた軍備も最終段階を迎えた中で、軍議が執り行われた。


 この場に座ったのは軍を率いる将であるカリギュラ。軍の参謀としてアストレイ。遊撃隊として動く聖騎士団団長のハイレン。そしてバーラル強襲部隊の隊長に任命された勇者アレックス。強襲部隊の参謀であるノア。最後に、聖王国総大将の聖女アリアデル。

 

 計六名で執り行われた。


 円卓を囲む中で、カリギュラは不遜にもテーブルに足を投げ出し、不満げに頬杖を突いた。


「生温い作戦よな。敵を屠らず、防戦に徹しよとは…。命のやり取りをする場で相手の命を気遣う事がどれだけ危険な事か分かっているのだろうな?ああ?」


 カリギュラの威圧的な態度に、勇者は臆してしまいそうになるが、身体健全(オートキャンセラー)によって平静を取り戻す。


「サポートは入れる。無茶は承知だけど、そこをなんとか頼む。」


 頭を下げる勇者に対し、カリギュラは小さく舌打ちする。


「まあ…汝等が最も危険な本丸に飛び込むと言うならば、我がこの程度の事を避けて通る事能わずか…。応えぬのは将として恥というものだな。」


「しかし、気にかかる事があります。先の斥候からの情報とノア様…いえ…ロア様からの報告です。」


 アストレイの言葉に場は不穏な空気に包まれた。


「イグゼルダとベゼルデンの民が失踪していた件ですね…。」


 アリーの言葉を補うようにノアが口を開く。


「ロアちゃんとレダの報告は共通していたの。領内には争った形跡や血痕の一つもなく、老若男女例外なく誰もいなかったの。彼らがどこへ行ったのか…。その答えはおそらく…バーラルだと思われるの。」


「この分ですと、ラトクリフも無事とはいえませんね…。」


 皆が沈黙する中、ハイレンがゆっくりと手を挙げる。


「まさか…シェゾのデコイにされる為に虐殺を…?」


 ノアは首を横に振る。


「その線は最初に検討したのだけど、二つの法王庁を合わせると領民は五万人以上…。ユニークスキルとはいえ操作出来る許容レベルを超えていると思うの…。そもそも…連行したとしても街の様子が不自然だったの。」


「どう言う事だ?」


 勇者の問いに、ノアは眉間に皺を寄せる。


「竈の火がくべられたままだったり、食事がそのまま放置されていたり、家には鍵もついていなければ露店の商品も勘定箱もそのままだったの。」


「その違和感…普通じゃないな…。文字通り消えたか、有無も言わさず無抵抗なままに連行されたかの二択だな。」


 カリギュラの言葉にアストレイが続く。


「前者はさすがに突拍子がないので考えたくはありませんが…後者であればそれは…。」


「催眠か…洗脳…か…?」


 勇者の言葉にアストレイは頷く。


「そもそもおかしい事なんですよ。長年に渡り、魔族がバーラルの中枢に居座り続けている事自体が…。そう考えれば、その魔族がなんらかの精神支配を行う術を持っていると考えるのは妥当かと…。」


 アリーにはそれを聞いて思い当たる節があった。


「お母さんが言ってた…。教皇に寵姫がいる噂があっても、誰もその真意に迫ろうとする者がいなかったって…。それってつまり…。」


「寵姫の存在を知るバーラルの中枢にいた者は全て…術にかけられていたってことになるな。」


 勇者は自分の発言からふと思い至った。


「もし…万が一洗脳が軍の規模に及ぶとしたら…。」


ーーー


「交渉も懐柔も脅迫さえも受け付けない傀儡の軍勢…。まさか…これほどの規模にまで及ぶとは…。」


 アストレイもまた、大地を埋め尽くさんばかりの軍勢に目を戦慄かせていた。蟻の這い出る隙間も無いとはまさにこのことである。


 ざっと8万人の大軍が、鱗次櫛比(りんじしっぴ)に整列し、一糸乱れず行軍する姿は、まるで土石流のようにも見えた。


 しかしながら、兵と呼んだその一団は見るからに軍人には見えなかった。

 どうみても一般市民の普段着に、鉄の槍を一本持たされただけなのである。兜も鎧も身に着けていない。靴はボロボロの革靴だ。


 さらに、カリギュラを驚かせる光景が目に飛び込んでくる。


「おい…あれ女(エルダ)か?それに、子供まで…。」


「あちらには老人もいます。この様子だと、貴族も犯罪者も病人だろうと例外はなさそうですね。」


 カリギュラは怒りで手綱を掴む拳が血で滲んだ。


「こんなバカげた戦争があってたまるか!こんな…ことが赦されるわけがない!!」


 憤怒に燃えるカリギュラに対し、アストレイは平静を装いながら、思案する。


「相手の持つ力のスケールを読み違えたとはいえ、ほとんどが戦闘訓練を受けていない凡夫。ならば、予定通り防戦に徹し、敵の武装解除を中心に行って捕虜にしてまいりましょう。」


 アストレイの言葉に、カリギュラは頷いた。


「ちっ!まさか是非もなく敵の無力化に徹しなくてはならないとはな!前線に通達!重装歩兵を前に出して【三重の壁】を展開!」


 カリギュラの号令により、重装歩兵300名が3列になって大盾と槍を構えて布陣する。

 さながら黒い壁の様に聳え立つそれはただならぬ威圧感を醸し出していた。


 一部の隙も無い鉄壁の守りに対し、バーラル軍の最前線の兵は成すすべなく右往左往するだろう。

 それはカリギュラの持つ戦闘経験の中で、一般兵が陥りやすい真理としては正解だった。


 だが、その予想は大きく覆される。


『キェエエエエエエエエエ!!!!』


 バーラル兵は突如、奇声を発しながら猛スピードで突撃してきたのだ。


 そして黒い壁に向けて槍を大きく振りかぶる。


 ベキャッ!!!


 砕け、捻じれ、潰れる音が混じり合った音が響き渡る。


 その様を見て、カリギュラは目を戦慄かせた。


「そんな…バカな!!」


 バーラル兵の鉄の槍は重装歩兵の盾を砕きながら、あらぬ方向にへし折れているのだ。


 恐ろしいほどの怪力…と断ずるだけで良ければカリギュラはここまで驚かなかった。


 その兵の腕が力なくぶら下がっているように見える。バーラル兵の両腕は、先ほどの一撃でへし折れ、肩の関節は砕けていたのだ。


 自らの自壊を顧みない捨て身の一撃…。


 完全に常軌を逸しており、正常な判断が出来ている者には不可能なことだった。


「うぁあああああああ!!!」


 目の前でその一撃を受けたその重装歩兵は恐怖した。その震えは伝播し、黒い壁全体に揺らぎを生んだ。


 無理もない。

 次々と押し寄せる敵兵一人一人が、先ほどのような一撃を放つとすれば、鉄壁のはずの壁の崩壊は疑いようがなかった。


『グォオオオオオオオオオ!!!!』


 次々と雪崩のように襲い掛かるバーラル兵は、前を走るものを押しのけ、踏みつぶしながら、無尽蔵に押し寄せる。


 それを見て、アストレイは眉間に皺を寄せる。


「また一つ…。敵を甘く見てしまったようです。催眠によって普段使わずにセーブしている筋肉を100%引き出しています。恐怖というブレーキを失ったあの兵は…ただの市民だったとしてもその脅威は通常の兵以上…!カリギュラ閣下!」


「分かっている!!」


 カリギュラは馬を嘶かせた。


「くっ!やはり我が正しかったな…。命のやり取りの最中に、相手の命を気遣う余裕などなかったのだ!!」


 カリギュラは吐き捨てるようにそう言い放つと、前線に向けて馬を走らせた。



▮

 カリギュラ率いる聖王国軍と、バーラルの民兵との激突を、丘の上に布陣していたハイレン達は戦々恐々の思いで見下ろしていた。


 一撃で血肉が吹き飛ぶ凄惨な光景に、思わず言葉を失っていたハイレンの側で、一人の少女が眉を顰めた。


「どうやら、最悪の予想が当たってしまったの。三つの法王庁の市民全てを傀儡にしてしまうなんて…。正直脱帽なの。」


 一人だけ冷静なノアの淡々とした口調が、今のハイレンには支えになっていた。


「ノア殿…私たちはどうすれば…どこに行けばいいのでしょうか?」


 ハイレンは遊撃隊として聖騎士団を必要に応じて動かす立場にあるが、この状況化でどう動くのが最善なのか、まるで判断がつかなかったからである。


 これが普通の戦争であれば、敵将を狙い撃ちに行くことや、前線の穴を塞ぎに回ったり、敵の伏兵を撃ちに行くのが定石だが、今の状況ではそのすべてが当てはまらなかった。


 あまりにも単純な数の暴力にハイレンは完全に呑まれてしまっていた。


「まだ動かなくていいの。」


 ノアは涼しい顔で言い放つ。


「ハイレン達はノアを日が落ちるまで守ってくれるのに徹したらいいの。」


「し、しかし…!」


 ハイレンは前線の惨劇に目を向ける。


 ノアはハイレンの言いたいことを理解しているが、あの場所にハイレン達が援護に行ったとしても何の意味もない。

 前線を抜かれたならまだしも、最前線は飽和状態なのだ。加勢する隙間などありはしない。


 それでも、ただただ日暮れをこの場所で待ち続けることは、ハイレンには耐え難い苦痛だった。


 それを見て、ノアは溜息をつく。


「もし、動くとしたら、敵の軍の中から別ルートで動き出すものがいた場合だけでいいの。」


「別ルート…?」


 ノアは頷く。


「この地形で別ルートが存在するとしたら宙を飛ぶしかないの。人間でそんなことが出来る奴なんていないから、つまりそいつは…。」


 ハイレンの眼差しが変わった。ノアが言わんとすることを口にしようとした時、聖騎士団の一人が声を叫した。


「隊長!!前線の上空を抜けてハーディアに向かわんとする敵影を確認しました!その数8!」


 それを聞き、ハイレンはノアに視線を向ける。


「思ったより早かったの。ノアはここを動けないの。だから半分は兵を残して欲しいの。」


 ハイレンは笑みを浮かべて、首を横に振った。


「敵は奴を含めて8体。20もあれば十分です。」


 ノアは無感情に頷いた。


「ん。武運を祈るの。」


 ハイレンはノアに敬礼すると、魔槍騎兵十騎、弓騎兵十騎を伴い、飛翔するそれを迎撃に向かったのだった。



▮

 パルス川中流域にある西部運河の水門前。

 そこにはまるで潜水艦のような船が一艘浮かんでいた。

 

 当然、動力もなく、複雑な機構もない。金属で出来た本当に形だけの潜水艦がそこにあった。


 勇者がプラモデルで作ったことのある記憶を頼りに、ロアが《魔力錬成》、固定化してものである。


 この水門を開けば、西部運河は激流となって、勇者達をバーラルまで送り届けてくれる。

 つまり、この形だけの潜水艦は、その激流と衝突に耐えられさえすればいいという代物だった。


 出撃を前に、前線での戦いを見送られた聖王国民達が駆けつけていた。


『聖女様――――!万歳!!勇者様―――――!万歳!!ばんざー―――い!!!』


 士気を鼓舞し、無事を祈る皆の暖かさに包まれながら、アリーはジネラと固く抱擁を交わした。


「アリー…どうか…どうか…無事で…。」


「うん…。ありがとう…。お母さん。」


 見送りの場にはラニーニャとハインリヒ、パレイドリヤの姿もあった。


 一同が敬礼してアリーを見守る中、パレイドリヤがもじもじと体を捩らせていた。

 ハインリヒに背を押され、パレイドリヤは勇者の前に進み出た。


 勇者が小首を傾げていると、パレイドリヤが顔を赤くしながら勇者の胸に手にしていたものを押し付けた。


「ハーディアに伝わる家宝のお守り…ですわ。」


 それは煌びやかな装飾と魔法が施されたアミュレットだった。


「えっ?俺に…?」


 キョトンとする勇者に対して、パレイドリヤは激昂する。


「か、勘違いしないでくださる!あなたにではなくて聖女様にですわよ!必ず渡しておいてくださいまし!」


 そう言ってパレイドリヤはハインリヒの隣に戻り、そっぽを向いた。そんな彼女を、ハインリヒはやれやれと肩を竦める。


 勇者は何が起きたか分からずに茫然としていた。


「おい!そろそろ行こうぜ!」


 レダの急かす声に勇者は我に返った。


「アリー、そろそろ…。」


 アリーはジネラとの抱擁を解くと、目に浮かんだ涙を拭き取り、笑顔を浮かべた。


「それじゃあ、行ってきます!お母さん!」


 アリーはそのままこの場に集まってくれた人々に向き直った。


「この場にお集まりの皆様、お見送り感謝いたします。私達は必ず、真のオルフェリアと平和を取り戻して見せます。どうか、その時を信じて、祈りと願いを女神オルフェリアに捧げて待っていてください!」


 皆が涙を流しながら咆哮を上げる。


 あるものは無事を。

 あるものは勝利を。

 あるものは奇跡を願い、水門が開かれる。


 水門のバルブを回しながら、ジェネは勇者達の船に向けて声を張り上げた。


「どうか!どうか、女神オルフェリアの加護があらんことを!!」


 堰き止められていた水流は勇者達の船を瞬く間に吸い込み、凄まじいスピードで運河を下る。


 そんな荒れ狂う流れの中で、船は確かに頑丈であり、壊れることなく流れ続けた。


 だが、安定性を何一つ考慮していない雑然とした造りは隠し切れず、船は旋回し、転覆し、まるでピンボールの如く岸壁にクラッシュし続けた船内の状況は、語るに及ばない惨状と化していたのだった。


 ようやく落ち着いた頃には、船内で勇者達は皆目を回していた。


 そんな中、身体健全(オートキャンセラー)によっていち早く復活した勇者は、なんとか手を伸ばして船の開放部(ハッチ)を開くと、辺りを警戒しながら顔を出した。


 そこは暗闇に閉ざされた水路だった。辺りは人工的な石造りで出来ていることから、おそらくバーラルに辿り着いたものと思われる。


 しばらくすると、微かな灯りが見えた。それは間違いなく外の灯りだった。


「あそこから出られそうだな…。」


 アリーが頭を抑えながら勇者の隣から顔を出す。


「私…最近地下と水路にばっかり縁がある気がするなぁ〜。」


 ぼやくアリーに勇者は思わず苦笑いをした。


 相変わらず緊張感がないというか、肝が座っているというか…。アリーのこの図太さが勇者の緊張を和らげた。


「お母さんの話だと、今流されてるのが地下水路で、それが中庭に続いているらしいから、あれがそうなのかもね。」


「じゃあ、とっとと降りようぜ!うぷ…マジで吐きそうだわ…。」


 青白い死人の様な顔をしたレダに急かされ、勇者は慌てて船を動かし、光の元へと船をつけた。


 ちなみにゴルドラは船内で大の字になり、盛大に目を回して昏倒していた。


 ゴルドラとレダの回復を待つ事、数十分。

 意を決した勇者達は階段を上がり、慎重に外の気配を窺う。


「中庭だ…。ってことはちゃんとバーラルに辿り着いてるようだな。ゴルドラ、生体感知の方はどうだ?」


 勇者の問いにゴルドラは真剣な眼差しで返した。


「います…その数、100や200では済みません。たまたまなのか、それとも待ち伏せされていたのか…。だが…!」


 ゴルドラは黄金の弓を武装闘気(バトルオーラ)で作り出す。そして、5本もの矢を同時に弓に当てがった。


「相手は皆20レベル程度のモブ。すぐ蹴散らします!」


「ゴルドラ!ちゃんと急所は外せよ!」


「はい!承知しております!」


 それを合図にゴルドラは中庭に飛び出した。


 そして敵の気配に向けて矢を向けた次の瞬間!


ドゴォオオオオオン!!!!


「な、なに⁈」


 ゴルドラは慌てて振り返った。


 ゴルドラの目に飛び込んできたのは、今し方飛び出した地下への入り口が、大爆発を起こし、辺りに破片と噴煙を撒き散らしている姿だった。


「マスター!!」


 突然のことに、ゴルドラは頭の中が真っ白になった。一体何が起こったのか分からず混乱する。


 呆然と立ち尽くすゴルドラに向けて、バーラルの兵が弓を構え、矢を放った。


 しかし、その矢はゴルドラの体に突き刺さる前に動きを止めた。

 驚愕するバーラル兵だったが、不規則な軌道で空を舞う金色の光に目を奪われた。


「ぎゃっ!!」

「ぐわぁあ!!」

「がはっ!!」


 方々でバーラル兵達の苦悶の声が上がる。


 一人のバーラル兵が肩に突き刺さった矢を抜こうとするが、どんなに力を込めても抜ける事がなかった。


 未だに空を駆け回る金色の矢を一瞥すると、ゴルドラは祈るような思いで、爆発があった場所に駆け寄ったのだった。



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