〜破滅の呪縛からの解放ー
▮勇者
「マズイぞ…これ…。どうすりゃいいんだ?」
巨大堰堤アクエラの制御室にて、俺は頭を抱えた。
巨大爆弾の部屋を無事に抜け出したまでは良かったが、ダムの放流を行わなければ直近の問題は解決しない。
だからジェネさんに連れられて制御室にやってきたまでは良かったが…。制御室にもガッツリと爆弾が仕掛けられていた。起爆条件が分からない以上、迂闊に触ることも出来ない。
《超鑑定》を発動し、解体方法や無力化する方法がないか確認してみたが、さすがにそんな都合の良い機能は備わっていなかった。
無力化するには当然知識かスキルが必要なのだが、元々ただの大学生だった俺が爆弾の構造なんて知るはずもないし調べたこともない。
そもそも、この爆弾のクオリティが素人のソレではなく、軍事レベルであることから、太刀打ちなんて出来るはずもなかった。
「てか…そもそもなんで異世界でこんなものが作れるんだよ!」
魔王は元軍人なのか?異世界で科学知識を使って無双するのはよくある話だが、正直俺にはそんな尖った知識なんてない。プレイヤー間のスペックの違いに絶望するしかなかった。
「お、おい…。これってアクエラから放流できなかったら…。」
レダの不安そうな声にジェネさんが眉間に皺を寄せる。
「貯水容量を超えて溢れかえるだけで済むならいいけど…。その頃にはアクエラに掛かる水圧が限界を迎えると思う…。アクエラが出来たのが200年前。その頃の技術でこの異常事態を耐えられるような設計が出来てたとは思えないから…満水になる前に綻びが生まれると思う。」
「わ、私が水を掻き出すというのはどうでしょうか!!」
ゴルドラの大胆な案に思わず全員の視線が集まった。流石に脳筋が過ぎるが…ここは力業も一つの作戦なのか?
俺は頭の中に浮かんだ案を恐る恐る口にする。
「もし、もしだぞ!貯水池から別に道を作って川に繋げるとしたらどうだ?」
ゴルドラも茫然とさせるような乱暴な案に、気まずい沈黙が場を支配する。
ジェネさんは半笑いで考え込んだ。
「あ、案外悪くないかもしれない…。だけど、かなり迂回してから河川に繋げないとアクエラ自身の強度に影響を与えると思う。多分1kmぐらいの距離を掘らないといけないけど…そんな時間や労力は非現実的なんじゃ…。」
「やりますよ!」
ゴルドラがやる気満々で準備体操を始める。それを見て、レダが間抜けな声を上げた。
「はぁ~~?バッカじぇねぇのか?!どんだけの土掘り返すと思ってんだよ!しかも辺りは木に覆われてんだぞ?木の根が邪魔してまともに掘れねぇよ!」
「それでもやります!!私の闘志武装があればその程度の事…!!」
「ぶっ壊すのとはわけが違うんだよ!!下手な衝撃に反応して爆弾が起爆したらどうすんだよ!!」
ゴルドラとレダが熱のこもった言い争いをする中、俺はもっと現実的な方法を模索する。
単純に考えれば、水を移し替えればいいんだ。
貯水池から、川へ水を移す…。
水の入ったAの容器から空のBの容器に、両方の容器を動かさずに水を移す方法…。なんか昔、理科の実験かなんかでやった様な…。
「思い出した…。これだ!これでいける!。」
俺の呟きに、ゴルドラとレダは問答を止めた。
それを宥めていたジェネさんもまた、好奇な目でこちらを見ていた。
「あったぜ!何も壊さず、何の衝撃も起こさずに貯水池の水を抜く方法!」
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説明し終わった後の皆の表情は、一様に半信半疑だった。いや、レダに至っては完全に疑っていた。
「なんで水が上に登るんだよ?!意味わかんねぇぞ!」
「あ、いや…そこの説明を求められると俺もちょっと困るんだが…。とにかく!巨大なパイプがあればいいんだよ!」
全く腑に落ちないまま、レダは膨れ面で押し黙った。まあ百聞は一見に如かずだ。原理とか言われても困る。
「ジェネさん!あの…流水口っていうのか?あれのサイズってどれぐらいか分かるか?」
「えっと…一つのサイズなら幅13.4m、縦10.95mだけど…。」
おっと…。すげぇ具体的でとんでもな数字…。
「アクエラの厚さと高さは?」
ジェネさんは顎に手を当てる。
「えっと…提高が161m。厚さは頂幅が14mと下底は150mぐらいはあるかな。」
げっ!思った以上にデカいな…。
えっと…貯水池はだいたい半分ぐらい抜ければいいだろうから80mとして、河川側は150mはいるな…。ダムを跨ぐために必要な距離は…頂幅に合わせて大丈夫だろう。多少余裕を持って20mとして…。
計算が終わった俺は、恐る恐るゴルドラに向き直る。
「ゴルドラ…直径口12mのパイプが250m程度必要なんだけど、作れるか?」
ゴルドラは髪を高く結び直すと、ニヤリと笑った。
「問題ありません!具現化するためのMPを補給できる距離に私がいる限り、10倍のサイズでも容易いことです。」
「OKだ。早速取り掛かろう。」
ゴルドラは闘志武装を使って巨大な金色のパイプを創り出した。それはもうあっさりと…。
この前、ロアが言っていたが、創造する上で最も重要なことは理解であるらしい。
分からないものを作ることは難しいし、複雑で難解であるほど創造に使うMPは跳ね上がり、時間もかかる。
逆に単純であれば瞬間的に作り出せ、MP消費も少ないらしい。
意外だったのは、単純であれ複雑であれ、サイズというのはそこまで影響を与えないらしいのだ。―数が増えるのは別だが—
それがゴルドラも同様であるなら、巨大なパイプを創り出すことは決して難しい話しではなかった。
黄金のパイプがアクエラを跨ぐ形で貯水池と河川に敷かれた。河川側のパイプの先は塞がっており、貯水池側からは空気が泡となって噴き上げた。
天端の上からゴルドラに指示を出す。
「パイプの中の空気は完全に抜かなきゃだめだぞ!100%水で満たすんだ!」
それを受けてゴルドラは貯水池側のパイプの先をゆっくりと持ち上げる。ゴルドラだからまるでゴムの様に柔らかく動き、軽いのであって、俺達が触れば固いし、重すぎて仕事にならないため、ここはゴルドラに任せるしかない。
水面ギリギリまでパイプの先を水平に持ち上げ、泡が噴き上げなくなったことから、パイプ内が完全に水で満たされた。
俺は河川側に待機していた。レダに指示を飛ばす。
「レダ!いいぞ!そちら側のパイプの先を消してくれ!」
レダは未だ腑に落ちない表情をしながら、腕を振りかぶる。
「こんなので本当に上手くいくのか…よっと!」
溶接するような形で固く閉ざされていたパイプの先が消し飛び、中から水が勢いよく噴出した。
パイプの中に溜まった水が出てきただけだろうと高を括っていたレダの予想を裏切り、絶え間なく水が凄まじい勢いで拭き上げ続けているのである。
レダは慌てて川底から這い上がり、轟音を上げる放流を見て呆気に取られていた。
「マジかよ…。これ…。」
「サイフォンの原理っていうらしい。パイプの中の真空と高低差。この条件を満たせればどこでもできる。」
学校で習ったばかりの頃に家の風呂でやったことを思い出していた。
「マスター!上手くいきましたか?!」
「ああ!ばっちりだ!!」
ゴルドラの声にガッツポーズで応える中、ジェネが少し言いにくそうな顔をしていた。
「どうしたんだ?一体?」
俺の質問に、ジェネさんは気まずそうに頬を掻く。
「あ…いやですね…。こんなに上手くいくとは思わなくて言いそびれてたんですが…。洪水吐って一個じゃないんですよね…。」
洪水吐って放流口のことか?
え?それって…。
「つまり、まだ何個かあるってことなのか?非常緊急放流の時は一体何カ所開放するんだ?」
ジェネさんは申し訳なさそうに口を動かした。
「常用が二門…非常用が四門で…合計6門です。」
俺は冷や汗を浮かべながら、ゴルドラに視線を向けた。
だが、ゴルドラは輝くような汗を拭いながら、満面の笑顔で答えた。
「問題ありません!そうと分かれば早速取り掛かりましょう!」
ゴルドラ!なんて頼もしいやつ!!
ゴルドラの嬉々とした働きに救われ、あっという間にアクエラは両脇に三本ずつ巨大な黄金の排水パイプを持つ形状へと様変わりを果たしたのだった。
大量の水がパルス川に流れ、河川としての機能は復活した様子を天端の上から眺めながら、皆が喜びで浸る中で、俺は次の問題を思案していた。
「パルス川の復活と満水によるアクエラ決壊が回避できたのはいいが…。この後どうしたもんかな…?」
「ええ…そうよね…。だってこれはあくまでも応急処置であって、アクエラの機能が回復したわけじゃないんだから…。」
ジェネさんの言う通りだった。
目の前の危機は回避したものの、アクエラは文字通り爆弾を抱えたまま。敵に狙われれば爆弾のことを抜きにしてもまた同じことを繰り返す。
そもそも、この黄金のパイプもゴルドラがこの場を離れれば霧散してしまうのだ。
つまり、俺達…少なくともゴルドラはこの場所に縛り付けられてしまったということになる。
「ゴルドラの姐貴を抜いてバーラルに向かうのは流石に無茶だぜ。多分だけど、バーラルにはあの機械人形もどきがもっといるだろうしな…。」
レダの言葉はそのまま俺の悩みどころだった。
そんな中、さっきまでの頼もしさとは打って変わって、ゴルドラはバツが悪そうにオドオドと手を上げた。
「あ、あの…。もし…今敵が来たら、多分パイプの維持できないと思います…。」
「え?そうなのか?」
ゴルドラは頷いた。
「強がってしまいましたけど…流石にこんな大きなものを6本もオーラで具現化したことが無くて…。戦闘用に割く余力が全くないんです…。すいません…。」
「あ、いや!そんな落ち込むなよ!むしろこんな無茶な頼みを引き受けてもらえたことがすごいんだからさ!大丈夫だって!なんとかするから!な?!」
落ち込むように項垂れるゴルドラに対し、俺は慌ててフォローした。
現状を簡単に言えば、完全にこの場で釘付けだ。
ゴルドラ一人を残すわけにもいかない以上、この場に留まってアクエラを守り続けるしかなくなる。本末転倒だ。
しかも、ゴルドラのMPも無限なわけじゃない。もって一日だろう…。その頃までにはある程度貯水湖の水は抜けるんだろうか?
そう思って貯水池に視線を向ける。凄まじい勢いで水は抜けているはずだが、目に見えた水量の変化は全く感じられない。あまりにも膨大な量だ。
もう陽が落ちた…。
リヴァイアが今の現状を知れば、また攻め込んでくることは確実だ。夜の闇は生体感知の効かない機械人形の奇襲を何倍にも恐ろしくする。
ヤバい…。このままじゃ完全にジリ貧になる…!
頭を抱える状況の中、ゴルドラがふと顔を上げた。
「何か来ます…!川下の方から…。」
それを聞いてレダがすかさず天端の柱の頂上へと昇り、川下に目を向けた。
それを見て、レダは目を見張った。
「お、おい!!あれって…!まさか?!」
二人が感知した気配をようやく肉眼で捉えることが出来た。そこには川を駆け上るようにし飛行する少女の姿があった。
「あれ…リヴァイアじゃないよな?あの厨二感満載の服装は…間違いない!」
飛来するそれは水しぶきを上げながらアクエラの壁面を舐めるように急上昇する。まるで昇竜のようなそれは、瞬く間に天端で茫然とする俺たちの前に姿を現した。
「光は没した。これより先は深淵なる闇より生まれし我らが時…。暗澹たる絶望への伝道者である我を謳い、崇めよ!我と共に今宵の月もまた…血に飢えているようだ。」
バーーーーーーーーン!!!
突然の効果音にジェネが身を飛び上がらせた。
わざわざ禍々しい背景効果までつけて…。なんか余計な知識を与えたせいでいちいち派手になってしまったようだ…。
完全に決め顔でポーズを取ったまま微動だにしないロアに対し、どう声をかけていいのか分からず、戸惑っていると、ロアが肩を震わせ始めた。
「やっば!マジやっば!!アタシカッコよすぎっしょ!!控えめに言って魔族で一番?この世で一番って言っちゃわない謙虚なアタシってマジで完全無欠っちゅうか、天才美少女通り越してもう神なんじゃない?悪魔の神だから魔神?!あっ!それやっば!!これからはそれ使うわ!!深遠なる闇の魔神…。キャーーーー!!!もう最高――――!!!」
自分の肩を抱きながら見悶えるようにして一人で大盛り上がりのロア…。
どこでどうスイッチが入ったのかは分からないが、ジェネさんは完全にドン引きしていた。
「ロア!なんでお前ここに…!」
俺の問いを待っていたように、ロアは髪を大袈裟に掻き上げる。
「ノアがね、パパを助けてやれってさ。アクエラだっけ?それが狙われてるかも知んねぇからアタシに助けに行けって。干上がってる川をそのまま上っていけば辿り着けるっていうからさ、川に沿って飛んで来たんだけど、途中から川が復活したのはマジビビったわ。」
そう言ってケラケラと笑うノアに対し、自然と乾いた笑いが出た。
だが、突然ロアの表情が曇った。辺りを見渡し、腕を組む。
「てかさ、川が復活したってことはもしかして、アタシの出番なかった?無駄ボーン?」
「そんなことない!むしろよく来てくれた!!ロア、頼みがあるんだ!」
そう言うと、ロアの顔がぱあっと明るくなった。そして一気に偉人ロールが始まった。
「ふっ…私に協力を求めるとはな…。良かろう。そこまで言うのなら致し方ない。我が力の片鱗を、世界の調和のために少しだけ解放してやろう。貴様の望むままに、この世に闇の旋律を紡ごうではないか。」
ロアの高笑いが響き渡る。
なんだかいつも以上にパワー全開なのは…お留守番によるストレスだろうか…。
まあ、どちらにせよ、渡りに船だ。これでこの楔からは抜け出せる。
ただ一つ、目を戦慄かせながら完全に腰を抜かしているジェネさんについてはちゃんと説明する必要がある。
まあ、当然だ。
ロアの背中から見える4枚の蝙蝠羽は魔族であることを高らかに宣言しているも同然なのだから。
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「な~るほどね。そりゃあゴル姐に無茶させたもんだなっと。」
ロアが黄金のパイプに触った途端、黄金はくすんだ灰色になった。
「ロア…一体何を…?」
俺の質問を背中で受けながら、ロアは飛行して黄金のパイプに次々と触れていく。
「何って、固定化だよ。そうしねぇとゴル姐がこいつを維持するためにずっとMP支払い続けなきゃならねぇだろ?だから維持に回してるMPを《魔力錬成》で固定化してんの。」
全ての黄金のパイプが灰色に変わったことで、ゴルドラの緊張した顔が一気に解れた。
「す、すいません。ロアさん、ありがとうございます。」
「いいって、いいって。具現化は創り出すのに莫大なMP使うから、コレだけのサイズをアタシが作ってたら正直固定化に回すMP足りなくなってただろうしさ。まあ、ある意味ゴル姐との合作ってことで。あ、でもゴル姐のMPが入ってこなくなったから、金じゃなくて石になっちゃったけど、それは勘弁ね。」
ロアはケラケラと笑って天端に集まっていた俺たちの元に戻った。
「さてと…。それじゃあ、そっちの問題も見てみますかね。」
「ああ、こっちだ。」
ゴルドラを外の警備に残し、俺たちは再びアクエラの内部へと向かう。
そんな中、相変わらず怯えながらロアを警戒するジェネさんの姿があった。
まあ、法国は人間至上主義っていうのは聞いてたし、そうじゃなくても魔族が怖いのは分かるけど…。敵じゃないことを説明してもなかなか承知してくれないのは困ったものだ。
ロアは「怯えられるのはむしろ箔がついていい」って言ってはいたものの…。俺としては大切な仲間なんだからそんな警戒して欲しくないんだが…。
レダについてはなんだかんだで緊張感も解けたようだから、まあ時間が解決するのかな?
そんなことを考えていた道中、レダがポツリと溢した。
「それにしても、ノアのやつも思い切ったことをやったもんだな?聖王国内を空にして、全員で進軍してくるなんてよ。しかもアリーの奴はもうハーディアに入ってるなんてさ。」
ロアはちょっと複雑そうに頬を掻く。
「まあ、そうなんだけどさ。これってノアの奴の案じゃないんだよね。」
「ああ?どういうことだよ?」
レダの反応は最もだ。現状、聖王国に作戦を立案出来るような人材がいるように思えなかったけど…。
「アストレイっていってさ、文官省の採用試験で優秀だったのを見込んで、ノアの奴、いきなり政務官に任命したんだよ。それから二人で意見をぶつけ合った結果、今回の作戦に踏み切ったわけだけど、アイツ只者じゃねぇぜ。いつもどこかで他人を小バカにしてるノアがお墨付き出すぐらいだ。パパもアイツに会ったら《超鑑定》しておいてよね。アルカナキャストかもしんないからさ。」
「それは…是非とも会ってみたいな。」
アストレイ…。聖王国にそんな傑物がいたなんて思いもしなかった。
そうか…聖王国の頭脳になる存在がいるからこそ、ノアは前線に出てロアを活躍させることを選んだ。
つまり、アストレイってやつにそれだけの信頼を置いているってことだ。
ノアがそこまで評価するアストレイ…。
どんな奴なんだろうか…。
そんなことを考えているうちに、制御室に辿り着く。
ロアは制御装置に憑りついているかのような黒い塊をまじまじと色々な角度から眺めた。
「ふんふん、なるほどなるほど…。」
「分かるのか?ロア?」
「いんや、開けてみないとさっぱりだな。」
ロアは腰を下ろして胡坐をかくと、《魔力錬成》で工具を取り出し、恐れることなく外殻をこじ開ける。その様子が、今にも爆発を呼びそうで嫌な汗が噴き出た。
ロアは剥き出しになった配線や内部構造を見ながら頷いた。
目の前の物が一体なんなのか見当もつかないレダは恐る恐る尋ねた。
「お、おい…。マジで大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だって!配線をみだりに触らなきゃ滅多なことで爆発なんてしねぇよ。」
ロアはケラケラと笑いながら臆することなく爆弾に向き合った。
先代勇者に色々と吹き込まれた中で、軍事関連の知識はロアが有していた。
ロアにとっては、話で聞いた爆弾が目の前に実物としてあるということに興奮し、目を輝かせていたのである。
だ、大丈夫なんだろうか…?危なっかしすぎて心臓が締め付けられるようだ。
中身は灰色の配線が入り乱れていて、どれがどれだとかは一見しても全く分からない…。
「赤の線と青の線…どっちか切れば爆発しないとかそんな感じなのか?」
俺の呟きにロアはぷっと噴き出すように笑った。
「それってパパ達の世界で定番の危機一髪シーンだよね?心配しなくても爆弾の構造に二者択一なんてねぇよ。」
そう言うと再びロアは爆弾の内部に目を移していた。恐らくだが、触らずに頭の中で配線先を紐解いて無力化する為の何かを手繰ろうとしているのだろう。
息を呑むように、静まり返った時間がその場を支配する。
それに耐えられないのか、レダは思わず口を挟む。
「な、なあ?魔法で何とかならないのか?こう…こいつだけどっかに飛ばすとか、無効化するとかよ…。」
レダの言葉に、ロアは深い溜息をついた。
「アンタさ、魔法の理解が乏しすぎだっての。魔法に必要なものは知識と理解。分からないものはどうにもならないし、万物の本質を見極めることで初めて成立するもの…。つまりは真理こそが魔法の根源。訳が分からないまま適当なことしたら、それこそ起爆の引き金になって吹き飛ばされっぞ。」
ロアの凄みに圧倒され、レダは思わず息を呑んだ。
「ん~なるほど…。OK。これが信管だな。ダミーが何個もあるところを見ると、これを作った奴の性格の悪さが出てるぜ。」
ロアは指先に高水圧のカッターを創り出すと、信管を切除し、取り外した。
「や、やったのか?」
恐る恐る尋ねるが、ロアはまだ真剣な顔を崩さない。
「いや、一応複数個信管がある場合もあるから一応確認しとかないと…。う~ん…。まあ、大丈夫か。それじゃあ…ほいっと!」
ガコッ!!
俺達は一斉に体が飛び上がった。
大きな音を立てて爆弾が制御パネルから外れる。
自分の体よりも大きな爆弾を掲げて、ロアは改めて内部をニヤニヤと眺めていた。
「話に聞いてた通り、爆弾って案外お手軽な形になってんだな。火薬の中身も気になるとこだけど、流石にそこまで遊んでらんないか。」
そう言うと、ロアは俺の方向けて爆弾を投げ捨てた。
「おいっ!やめっ!!」
「信管抜いてるから爆発しやしねぇって。後で観察したいからさ、パパの収納で保管しといてよ。」
マジで心臓に悪い!! 何考えてんだ!
俺は恐る恐る収納を開く。
こんな危険物を持ち歩くことになるとは…。
俺の後ろに隠れていたジュネさんが恐る恐る顔を出す。
「えっと…もう…大丈夫なの…かしら?」
「ああ、いいぜ。アタシらは下の階にあるっていう一番デカいのどうにかするから、こっちはよろしくね~。」
そう言うとロアは飄々としながら制御室を出る。俺とレダはその背中を追った。
部屋を出た瞬間、そこには肩を震わせるロアの背中があった。そして、振り返った顔は目を見開き、不気味な笑みを浮かべている。
「ヤバくないアタシ?マジでクールなんだけど?!危険物に対して顔色一つ変えずに冷静に対処するプロフェッショナル…。やっば…カッコよすぎて鼻血出るわ!!アタシにとっての仕事の流儀について考えとかないと!こんなの昼間寝れねぇじゃんよ!」
相変わらずの自己陶酔という名の酔っぱらいだった。
だけど、正直言って凄い…。
自画自賛しなくても、ロアは余りにも常識の上を軽々と超えていた。
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そうして小一時間。
ロアの爆弾解体作業は終わりを迎えた。
流石に下の部屋に設置された巨大爆弾はそう簡単には終わらず、爆薬が大量にあったことから信管も複数あり、かなり難航した。
正直、10分というカウントダウンでは絶対に解除不可能だったとロアは振り返る。
兎にも角にも、アクエラにつけられた爆弾はこれにて完全除去された。だが、俺の収納はとんどもない量の危険物を抱え込むこととなったのだった。
「よし、これで問題が片付きましたね!後はこのままバーラルへ…。」
「いや、先ず一回ハーディアに向かわないとダメだろう?」
息巻くゴルドラを遮り、ロアに視線を向ける。
「ああ、もう斬首作戦なんて出来る状態じゃない。完全に聖王国 対 法国の正面衝突の図式が完成してしまった以上、聖女を擁してバーラルに入るのが筋だ。その娘もハーディアに帰してやらねぇとだしな。」
ロアはそう言ってジュネさんに視線を向ける。ジュネさんは複雑そうな表情で目を背けた。
ロアは気にせず、続ける。
「だからパパ達は一足先にハーディアに入ってほしいんだ。転移先を近くに作って来たから転移門で直ぐに行けるようにしてある。」
「ロアはどうするんだ?」
「アタシはアクエラ全域に固有結界を張る準備をする。流石に長期間継続するようなものは作れないけど、一週間ぐらいはアクエラを襲撃されることがなくなるようにね。」
そう告げたロアに対し、ジュネさんがおずおずと前に出る。その様子を見て、ロアは怪訝な表情を浮かべた。
「あ、あの…。爆弾を解除してくれて…。アクエラを守ってくれて…。本当にありがとう…。レダさんもそうだけど…私は人間以外の種を軽んじていたし、恐れてた。本当にごめんなさい。」
それを聞き、ロアは複雑な表情をして視線を泳がせた。
「そ、それは良くない!魔族は恐怖の対象で間違いないのだ!これからも畏敬の念を忘れずにいて欲しいものだな!うん、その方がそなたにとってもいいはずだぞ!」
ロアなりの照れ隠しなのだろうか?その時、初めてジェネさんがロアを前にして笑った。
一頻り和やかな雰囲気が包んだ後、ジェネさんが咳払いを一つした。
「ハーディアに戻る前に、お願いが二つあるの。」
ジェネさんの神妙な面持ちに、俺たちは頷いた。
「一つ目だけど、直接ハーディアに戻らず、パルス川の中流にある水門を開けて支流にも水を行き渡らせないといけないの。そうしないと、パルス川の水量をハーディアだけで受け止めることになってしまうし、他の法王庁に水が向かわなくなってしまう。」
それを聞いてロアは顔を顰めた。
「しまったな…。転移先についてはハーディア直通だ。そこまでの道のりは自力になるぞ。」
「だけど、さすがに後回しに出来るようなことじゃない。で、後の一つは?」
ジュネさんの視線が落ち、悲し気な面持ちとなった。
「父さんを…。ハーディアに連れ帰りたいの。」
それを聞き、一同に沈黙が流れる中、俺は深く頷いた。
「分かった。ロア、その二つの問題を解決するためにちょっと作ってもらいたいものがあるんだけど。」
そう言い、ロアの《魔力錬成》であっさり作ってもらったのはボートと棺桶だった。
「そうか…この川を下れば…!」
「ああ、二時間もあればハーディアに…。支流までは小一時間ってとこだ。」
俺たちは川を下る準備に取り掛かる。それと同時に、マガークさんの遺体を棺桶に回収した。
ジェネさんは棺桶に入ったマガークさんの遺体を見て涙を浮かべると、ロープでボートと棺桶をきつく縛った。
「ロア!ハーディアで待ってるぞ!!」
ロアは親指を立て不遜に微笑んだ。
「ああ、こっちのことは任せな。アタシが戻るまで、アリーの事頼んだよ!!」
俺たちはボートに乗り込み、激流と化したパルス川の上流を下り始めた。
備え付けのオールでコントロールなど出来るレベルではなく、大岩や岸壁に船体がぶつかりそうになるたびにゴルドラがそれを防いだ。
あまりにも急流な上流部から中流に辿り着くまでには俺たちはこの作戦の無謀さを身をもって味わっていた。
だが、中流に入ったことで流れはなんとかコントロール出来るレベルになり、そこからは完全に体勢を立て直すことが出来た。
そして問題の地点。パルス川の支流に辿り着くことが出来た。
アクエラもそうだったが、三つの巨大な水門が立ち並ぶこの場所もまた、圧巻の光景だった。
一つはハーディアへの正門。
二つ目はビューネルとアルビオレに通じる東門。
三つ目はラドクリフ、ベゼルデン、イグゼルダ、そしてバーラルに通じる西門だ。
俺達は速やかに東門を開放し、西門に向かう途中、レダが思わず足を止めた。
「…なあ。西門って閉じてた方が俺たちにとって都合がいいんじゃねぇか?」
その言葉に、俺達は呆気に取られた。
「これからはバーラルの正規軍と真っ向勝負だろ?だったら相手の戦意を挫く為にも水は断ったままの方がいいと思うぜ。」
いや…レダの言いたいことは分かるが…。それはな…。
どう諌めればいいか思案していると、ゴルドラがワナワナと肩を震わせた。
「ちょっと待ってください!バーラル軍にダメージを与えたいのは分かりますが、水が断たれることで真っ先にダメージを受けるのは戦とは無関係な民です!それを…!」
「落ち着け!ゴルドラ!」
俺はゴルドラを諌めると、少し考え込んだ。
ゴルドラの言い分はご尤もだが…ちょっと気にかかるな。
「ジェネさん、西側の水事情はどうなってるんだ?」
ジェネさんは少し考え込んだ。
「確かにパルス川からの水路が閉ざされれば難儀するとは思うけど…そもそも西部は他にも河川があるから、致命的な水不足にはなってないと思う。」
それを聞いてレダは肩透かしを食らったように息を吐いた。
「なーんだ…。いい手だと思ったのによ。」
「レダさん!そもそも、その策は人でなしって言うんですよ!」
「俺、亜人だし。」
二人のやり取りを尻目に、今一度熟考する。
「だったら今開けなくてもいいか…。」
「へ?」
ゴルドラの呆けた声と共に、俺は踵を返した。
そんな俺の後をゴルドラが慌てて追い縋る。
「ちょっ!ちょっと待ってください!マスター!なんで水門を開けないんですか⁈」
「心配するなって。数日もしない内に開けにくるからさ。」
ゴルドラの頭の上に疑問符が飛び交うのを見て、俺は笑みを浮かべると再び歩を進める。
「さあ!ハーディアに急ごう!アリーが待ってる!」
俺達は再びボートに乗り込み、川を下り始めた。
小一時間は覚悟していた船出だったが、流れは予想よりも早く、速やかに俺達をハーディアに運んでくれたのだった。




