↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/87

〜アルビオレの黒豹〜

▮

 第6法王庁アルビオレに到着した聖王国一団。


 だが、到着したことに対して安堵の息を漏らすものは一人もいなかった。


 皆、総じて疑問だったからである。


 本当に、我々聖王国は歓迎されるのか?

 すぐにでもあの聳え立つ城壁から投石や矢が射られ、追い返されるのではないか?

 縦しんば城壁が開いたとしても、そこから襲撃を受けないと言い切れるのか?


 そうした不安が疲弊した一万人の聖王国民を襲うのは仕方のないことであった。


 なぜならば、この一団に聖女アリアデルの姿はないのだから。


 それはフォルケルも肌で感じていた。

 だからこそ、フォルケルは作戦顧問として民衆を鼓舞する立場にならねばならないのだが、この得も知れぬ不安の矛先の前に立つことは自殺行為に思えてならなかった。


 まだ、誰も口に出してなどいない。

 暴動に発展するような予兆もない。


 ただ、漠然とした不安が皆を包んでいるだけだと、フォルケルは見に徹することを無理やり肯定させた。


 一方その頃、馬車から降り、6名の男女がアルビオレの正門に向かっていた。その中心に立つのは当然、アストレイ=リューグ=シミュラクラであった。


 彼は二言三言、門兵と言葉を交わす。

 すると、門兵は慌てて上長の確認を取り始めた。


 そして、小一時間ほど経ったその時、ルネリオスと同様に10m級の固く閉ざされていた城門がゆっくりと開かれたのである。


 あまりにも呆気ないその光景に、フォルケルをはじめとした騎士団、民衆に至るまで茫然としてすぐに城門に殺到することはなかった。


 そんなフォルケルの元に、ティーエ達文官省の面々を乗せた馬が駆け寄る。


「フォルケル様!ぼうっとしてないで物資の運び入れを急ぐっすよ!」


 ティーエの言葉に、フォルケルは我に返り、慌てて騎士団に指示を飛ばした。


 荷馬車が次々とアルビオレに飲み込まれていくのを眺めながら、フォルケルはアストレイの姿を探す。


 その様子に気付いたのか、ティーエがフォルケルに進言した。


「アストレイ政務官は既にアルビオレのカテドラルに向かい、カリギュラ=ヴル=メスト=インボスター枢機卿との面会を取り付けてるっす。」


「な、なに?!」


 フォルケルは驚愕した。

 当然だが枢機卿との面会などアポなしで直ぐに行えるものではない。


 つまり、事前に話が通っていたということである。


 完璧なまでの根回しではあるものの、ニニアは面白くない表情を浮かべた。


「この場で一番の役職者は作戦顧問であるはず。なぜ政務官が作戦顧問を差し置いて枢機卿と面会などと…!」


「ニニア!やめないか!」


 あまり権力に執着の無いフォルケルだったが、ニニアにとっては夫の役職を軽んじられているようで面白くないのは当然だった。


 だが、ティーエは不慣れな敬礼をしながら答える。


「アストレイ政務官は騎士ではないため、騎士団の統率力においてはフォルケル作戦顧問を頼る外ないと仰せっす。一万人の国民の精神的な支柱であることを願うとのことっす。」


 その言葉を聞いて、フォルケルは頷くしかなかった。


 幾如何なる時代においても文官と武官が交わることは難しい。それが新参の若輩者とあっては尚更である。


 民も同様であり、名の知れた冒険者から聖騎士団長、近衛騎士団長という輝かしき栄光を歩いてきたフォルケルは、ルネリオスでも人気の英傑である。


 この支持の格差はいくらアストレイの口八丁でも埋めることは難しいのは想像に難くなかった。


 こうした事情を鑑みれば、分を弁えているとも言えるが、上手く乗せられているようにも思え、素直に感心するわけにはいかない。


 しかしながら、フォルケルは分かっていた。自身に駆け引きや交渉といった政治的な力がないことに。


 フォルケルは深く頷くとティーエに向き直る。


「あい分かった。アストレイ政務官に健闘を祈ると伝えよ。」


「はっ!」


 ティーエは再び馬に跨り、アルビオレの正門に向かっていった。


 その背中を見つめるニニアの視線が未だに厳しいものであったことから、フォルケルは溜息をついた。


「ニニアよせ。」


「しかし…。」


「よせと言っている。私は生粋の軍人だ。文のない軍人が政にしゃしゃり出ていいことなどない。」


 ニニアの気持ちは分かるものの、フォルケルは出世欲や支配欲などとは無縁の男だった。

 そして、なによりも彼は自分の無知と無力さを知り、特別な存在でないことも分かっていた。


「私はどこまでいっても、仕える者と場所を探し続ける凡夫に過ぎないのだよ。」



▮

 テンプルナイト二名に先導されながら、アストレイはアルビオレのカテドラルへと足を踏み入れる。


 アルハンブラ宮殿を彷彿とさせるようなエキゾチックな雰囲気が漂う宮殿は、アラベスクをモチーフとした精緻な壁面や天井絵の装飾が施され、見るものの心を奪う美しさがあった。


 テンプルナイトもアラビアンな出で立ちであり、帯刀しているのはシミターである。


 同じ宗教圏とは思えない造形美や建築技術の違いは人種にも現れている。

 ルネリオスでは白色人種が多かったが、アルビオレでは黒髪の褐色人種が中心である。


 法国が生まれる以前、人種や文化の違いによって小規模国家が乱立した戦乱の世であった。


 その後、絶え間なく続く争いを終わらせるべく降り立った女神オルフェリアへの信仰をもって、多種多様な民族を一つの国家として統一するに至ったという。


(宗教の普及が民族間の争いを止めた…そんな絵空事が有り得るはずがない。民族ごとに信じる神があり、守るべき教えがあり、相容れない文化が存在する。それらをすべて捻じ伏せて一つの宗教に改宗させることなど、それこそ血を血で洗う行いそのものだ。)


 アストレイは文献で得た法国の歴史を鼻で笑って一蹴した。


 だが、法王庁というエリアに区分されてはいるものの、こうして異なる文化圏が一つの国を形成していることは事実。


 同一言語、同一貨幣、同一宗教…。

 しかしながら、それぞれのエリアによって尊重される異種文化と民族。


 それがオルフェリア法国であり、そのような不条理な調和を保った国の在り方が、600年以上続いてきたという事実にアストレイは首を傾げた。


 そうこうしている間に、テンプルナイト達は足を止める。


 荘厳な佇まいの扉の前にアストレイは立たされ、扉が開放されるのを待った。


 テンプルナイトの一人が声を張り上げる。


「聖王国 政務官 アストレイ=リューグ=シミュラクラ様をお連れしました。」


「応!入れ!」


 野太く、豪快な声が扉の外に漏れ聞こえた。


 テンプルナイト達は二人がかりで両扉を開く。


 部屋は絵画や美術品に飾られ金銀玉の装飾で彩られた調度品の数々はまるで財宝部屋のようだ。


 そんな贅の限りを尽くした部屋に備え付けられたセティに不遜にも体を預け、妖艶な美女3名から按摩を受けている男がいた。


 男の第一印象から受けるイメージは【黒豹】だった。


 野性味のある黒髪に、印象深い金色の瞳を持っていた。裸体である褐色肌の上半身は筋骨隆々とし、体中にアラベスク文様の刺青が刻まれていた。


 贅が尽くされた部屋と違い、法衣も王冠もないその男は、威厳と風格という二つの権威をもってその存在を高らかに主張していた。


 アストレイはその場で跪礼する。


「カリギュラ=ヴル=メスト=インボスター閣下とお見受けいたします。私は聖王国の政務官を務めております、アストレイ=リューグ=シミュラクラと申します。この度は聖王国への格別のご高配を賜りましたこと、聖女様に代わりまして厚く御礼申し上げます。」


 アストレイの仰々しい挨拶に、カリギュラはニタリと笑った。


「閣下…閣下ね~?我を枢機卿と呼ばず閣下と呼んだのはどういう了見だ?」


 怒りではない。

 だが、返答を違えればただでは済まさないという殺伐とした空気感が漂う中、アストレイは震え一つ起こさなかった。


「お気を悪くされたのであれば陳謝いたします。カリギュラ様は7人の枢機卿の中で唯一の武官出身。今もなお、帝国との戦争の際には前線で指揮を取られる生粋の武人。兵達にも将軍と呼称されていると伺っておりますれば、拙も将軍閣下とお呼びすることこそ、最大の敬意を払うことになると考えてのことでございます。」


 それを聞くと、カリギュラは豪快に手を叩きながら機嫌よく大笑した。


 ひとしきり笑うと、まるで肉食獣が獲物を狙うような目つきをアストレイに向けた。


「神官上がりの坊ちゃんが…。機嫌取りだけは一人前と見える。だが、カリギュラ閣下か…。悪くない。」


「恐悦至極に存じます。それでは、本題に入りたいと思いますが…。」


「ああ、そのままでは話しづらかろう?おい、椅子を用意せよ!」


 按摩をしていた侍女二人がカリギュラの前に同様のセティを運び出した。それを見て、アストレイは眉を顰めた。


「畏れながら、閣下と同じセティとお見受けします。アルビオレの統治者と同列の扱いを受けることは些か分不相応かと…。」


「分不相応ねぇ?じゃあ、帰んな。」


 カリギュラは剥き出しの犬歯を見せながら笑う。


「うぬは我の部下じゃねぇ。代理とはいえ、聖王国の代表としてこの場に来ている以上、聖女様や枢機卿と同様に扱うのは当然だ。だとすれば、我と同格、もしくはそれ以上の男だ…。それが買い被りでただの使いパシリならとっとと出ていけ。」


 カリギュラの不遜だが威風堂々とした態度に、アストレイは小さく頷くと深く頭を下げた。


「多大なるご配慮に感謝いたします。閣下は拙を代理人とはいえ聖王国の要人としてお迎えくださるということですね。」


 アストレイはそのままセティに腰をかける。

 それを満足そうに見送ると、カリギュラは人払いを指示し、侍女たちは奥の部屋—おそらく寝室―へと姿を消した。


 部屋が二人だけの空間になると、カリギュラはおもむろに頭を下げた。


「この度は助かった。恩に着るぞ。」


「とんでもございません。お顔を上げてください。こちらも無理を引き受けてもらった身ですので。」


 アストレイも同じように頭を下げた。

 カリギュラは苦笑を浮かべ、セティに背中を預けた。


「いや、正直、うぬらからの申し入れが無ければこのアルビオレはどうなっていたことかわからぬわ。」


「食糧難…ですね。カテドラルに入るまでの往来を見れば、絶体絶命の状況であったと身震い致しました。」


 カリギュラは頬杖を突きながら溜息をついた。


「ああ…。アルビオレはどこを掘っても臭水(くそうず)が出る。金銀財宝も出る。武器や金はいくらでも作れる。だが、食い物もなけりゃあ水もねぇ不毛な大地だ。アルビオレは交易なくして成り立たねぇ。今回の戒厳令で骨の髄まで分からされた。」


 国境の最大の防衛線であり、財と工業と武器産業の要所であるアルビオレ。

 この要地を守るため、法国は代々国を挙げて守り続けてきた。


 食料、水、特に人材においては兵はもちろんのこと、知識人や技術者などを派遣し、どの法王庁よりも手厚い加護を与えることで、常に戦果に晒されるこの地に報いてきたのだ。


 しかし、今回の戒厳令でそのパイプが全て消滅した。


 アストレイは部屋の外に見える空中庭園に目を向ける。

 庭園の植物たちは枯れ果て、豪華な噴水からは一滴の水も出ずに干上がっていた。


 食料自給率0%のエリア故、流通が途絶えた時点で生鮮品は即全滅。保存食品についても、冷蔵・冷凍設備などない中では塩や香辛料で漬け込んだものはあれど、それすらも一ヶ月という時の中で供給なく消費され続ければ瞬く間になくなった。


 最も深刻なのは水だ。


 雨が滅多に降らないこの土地では、夜露で得られる僅かな水が頼り。

 そんな僅かな水さえも、市街地に住む民の口には入らない。


 それはアルビオレというエリアの構造上仕方がないことだった。


 アルビオレは西部の都市機能。中央にカテドラル。そして東部は軍事要塞となっている。


 アルビオレの持つ国防という性質上、物資は東部に集められるのが必然であり、西部は物資の配給が少なくなる。

 配給を得るために、商業を捨てて敢えて兵となるものが続出し、東部の過密化が発生したことも今回の問題に拍車をかけていた。


「戒厳令を無視して、何度か隣の第5法王庁ビューネルに向けて使者を送っては見たが、一週間以上経っても帰ってくる気配がない。鳥や魔法での連絡も試してみたが、妨害を受けているのかどれも成果を上げぬ。如何に監視してるのか分からぬ以上、このままの状況が続くのはマズイと思ってた矢先だ。」


 カリギュラが身を乗り出す。


「パルス川からの水が止まった。」


 苦々しく顔を歪めるカリギュラを見て、アストレイも鎮痛な面持ちとなった。


 水は飲み水としてはもちろん、都市の衛生管理にも大きく関わる。異臭漂う街の惨状をみれば、いかに危険な状況であったかが良く分かった。


「二週間ぐらい前までは水が来ておったのだがな…。水量が落ちて来てることに気付いてからは一滴も水が流れなくなった。ハーディアに何かがあったのだろうが…。」


「はい、拙の掴んでいる情報では、法国側が意図的にアクエラを堰き止めていたとの報告を受けております。」


「なんだとっ!!」


 カリギュラは怒りのあまり、セティにつけられた肘掛けを握り潰した。


 その怒りを正面で受け止めながらも、アストレイは宥めるような口調で続ける。


「ご安心ください。現在聖王国側でアクエラの管理権限を奪取し、パルス川への放流が始まっています。あと三日もすればアルビオレの水道事情も回復すると思われます。」


「ああ…それはありがたい話だ…。それまでの間持ちこたえられる水や食料をアルビオレに提供してくれた聖王国には感謝してもし尽せぬ…。」


 カリギュラの歯がギリギリと音を立てる。


「だがな…うぬらへの感謝を口にする前に…この湧き上がる怒りをどうしてくれるというのだ!!」


 カリギュラの金色の目が血走り、赤く染まっていく。怒りによって激しい呼吸と動悸で肩が震えていた。


「お怒りはごもっともです。聖王国としても、まさか法国がこのような暴挙に出るとは想定外であり、対応が後手に回ったことは否めません。まさかこれほどまで、自国の損失を顧みない自暴自棄な策に出るとは思いませんでした。」


 怒れるカリギュラだったが、アストレイの謝罪に対し、少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。そして、予め伝えられていた情報が頭をよぎる。


「バーラルの中枢に魔族が居座っているという話…確信はないとのことだったが、今なら信じられるぞ。今まで治めてきた自国をボロボロにして敵に明け渡すなんぞ、人間には出来ぬよ。魔族が人間達の国力を弱らせようと画策しておると考えた方がよほど合点がいくというものだ。だがな…腹が立つのはまた別の理由だ!」


 カリギュラの顔が悔しさで歪み、涙が浮かんだ。


「いつからだ…?我らはいつから魔族が玉座に座す法国のために戦い続けてきたのだ?偽物の聖女、傀儡の教皇…。我らは、オルフェリアの教えにおいて最も忌むべき存在を命がけで守ってきたというのか?!我らの忠誠を…武勇を…献身を!!いつでも捨てられる玩具のように嘲笑われていたのだとすれば…!この屈辱は耐え難いものがある!!」


 アストレイはカリギュラの自責を正面から受け止めながら深く頷いた。


「カリギュラ閣下、その雪辱を晴らすためにも是非お力添えをいただきたい。法国が持つ軍事勢力に対抗するためにも、アルビオレがもつ優秀な武具と魔槍兵器を譲り受けたく存じます。」


「是非もないことだ。施された立場で、食い逃げなぞアルビオレの誇りにかけてせぬ。持っていけるだけ持っていくがいい!但し、それだけでは足りぬな?」


 アストレイの下げかけた頭がピタリと止まる。それを見下ろしながら、カリギュラは立ち上がった。


「良き武器(えもの)が手に入っても使う者がルネリオスの田舎者共では役不足であろうが?」


 悪だくみを企んだようにカリギュラの口角が吊り上がった。


「アルビオレから三万!!打倒法国のための一軍として差し出そう!!」


 アストレイは思わず立ち上がり、驚愕に目を見開いては返す言葉を模索していた。


「と、突然の破格のお申し出で無様にも混乱しておりますことを陳謝いたします。」


「ああ、うぬのすまし顔がそこまで乱れるとは、我も甲斐があったというものだ。」


 カリギュラは豪快に笑った。アストレイは苦笑いを浮かべながら、必死で頭を回した。


「ありがたいお話ですが、いくつかご確認させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


「うむ、申せ。」


「では、失礼して…。まず三万もの兵を割いて国防に支障はないのでしょうか?」


 カリギュラはニヤリと口角を上げる。


「案ずることはない。先ほども言ったが、現在かつてないほど兵隊が溢れかえっておってな。三万程度出しても何の問題もないぞ。」


 豪快に笑うカリギュラを見て、アストレイは愛想笑いをしながら心の中で呟いた。


(直情的で短絡的な性格かと思いましたが、想像以上に食えない方だ。)


 物資供与を受けたとはいえ、それは一時的なもの。物流が回復するまでは非生産的なアルビオレに人がいないに越したことはないのだ。戦に出せば、それだけアルビオレ内の食料が浮くことになるのだから。


 そうした思惑がありながらも、聖王国に大きな貸しを作ることとなり、後のアルビオレの地位も安泰となる。


 確かに、ルネリオスはアルビオレと比べれば1/3程度の小都市であり、自領統括のための戦力しか持ち合わせていないことから兵が圧倒的に不足している。そう考えれば、三万の軍勢は破格の申し出である。


 しかしながら、それ故の問題がある。


「では次に、三万もの兵站をどうなさるのですか?初めに言っておきますが、聖王国は一万人がバーラルまでの道のりを走破する分の兵站しか用意しておりません。増えた三万に回すつもりはございませんが、如何なさるおつもりで?」


「当然現地調達だな。」


 カリギュラは平然と言い放った。


「第5法王庁ビューネルは港湾都市であり、オルフェリアの第一次産業を一手に担っておる。やつらめを戒厳令から解放すれば、食料に困ることはなかろう。それに、やつらは我らと違い領内に転送装置(ターミナル)もあるのだ。物流が早急に復活する見込みはあろう。」


 行き当たりばったりとはいえ、アストレイの公算としても当てにせざるを得ないところである。


 国防の観点からアルビオレは一切の転送装置(ターミナル)がないが、ビューネルは10以上も存在する。

 破壊さえされていなければ、ビューネルが戦時需要の兵站を用意できる公算は高い。


「最後の質問ですが、アルビオレの屈強な戦士たち三万人を指揮統率できる者など聖王国にはおりません。果たして、誰が指揮をとられるのですか?」


 アストレイにとって最大の懸念点はそこだった。フォルケルでは完全に荷が重い。当然アストレイもである。聖王国でそれが可能となるならば、アリーを除いて誰も候補者はいなかった。


 だが、カリギュラはその言葉を待っていたように、徐に立ち上がった。


「無論、我だ。」


 そう言うと、自身の胸を親指で指す。アストレイは呆気にとられた。


「か、閣下が自ら?!…確かにそれならば軍は機能しますが、その間アルビオレは…国防はどうなるのですか?!」


 カリギュラは不遜に胸を張る。


「安心せよ。我に代わり、アルビオレの玉座を狙うものがいるというならば、これほど喜ばしいことはない。それほどの気概を持ったものが我が膝元にいたということだからな。この戦が終わった暁にも楽しみが出来るというものよ。」


 アルビオレの枢機卿はコネや家柄などではなく、完全な武力による実力主義である。枢機卿の交代が内外で告げられれば、大規模な闘技大会が行われ、その優勝者が教皇の正式な承認を経て次代のアルビオレ枢機卿となるのだ。


 つまり、下剋上はアルビオレの美徳。


 カリギュラも元を正せば野党の統領に過ぎなかった経歴を考えれば、恐れることではなかった。


「あと、国防の件だが、そちらについてはより問題ない。アルビオレの要塞を15年守り続けてきた守護神(ガーディアン)と呼ばれる男がいる。」


「守護神(ガーディアン)?」


 アストレイとしては珍しく調査漏れしていた内容だったため、思わず聞き直した。


「ああ。酒さえ回しておれば、奴が国境を破られるようなヘマはせんだろうよ。」


 カリギュラの絶対的な自信からアストレイはその男に興味を持った。


(次、帝国と小競り合いが始まった際には、しっかり立ち会った方がいいかもしれませんね。それにしても、まさか法王庁のトップが直接動くとは…。いや、ビューネルの枢機卿は商魂逞しい食わせ物と聞く。交渉の場を有利にするためにも、カリギュラ閣下の同行は渡りに船と見た方がいいか…。)


「分かりました。閣下にお任せいたします。共に正しいオルフェリア法国を必ず取り戻しましょう。」


 アストレイも立ち上がり、カリギュラに向けて右手を差し出した。


 その手を躊躇なく握り、カリギュラは豪胆な笑みを浮かべた。


 だが、その笑みはすぐに解かれ、「そういえば…。」と前置きし、カリギュラは厳しい視線をアストレイに向ける。


「法国からの監視の目はどうする気だ?どこに潜んでいるとも知れぬ執行人がいる以上、エリアからの脱出は危険が伴うぞ。最悪、暗殺される可能性もある。」


 アストレイは小さく頷いた。


「それについてはお気になさらなくて結構ですよ。おそらく、解決されていると思いますので。」


 アストレイの平然とした返しに、カリギュラは目を丸くしたが、すぐに微笑を浮かべた。


「なるほど、うぬがそう言うならば信じよう。そうとなれば、出陣の準備に取り掛かるとするか。」


「それでは、私も準備がありますので、これにて。」


 アストレイは深く一礼し、踵を返して扉へと向かう。


「そう言えばつかぬ事を聞くが…。」


 背中からかけられた声にアストレイは振り向く。そこには軽薄は笑みを浮かべるカリギュラの姿があった。


「真なる聖女様とはどのようなお方だ?いい女(エルダ)か?」


 その質問に対し、アストレイは軽く天を仰いだ。そして一拍の後、笑顔で応える。


「特筆すべき点の無い凡庸な女性(エルダ)ですよ。閣下の好みに添えるかと言えば、残念ながらお気に召すことはないかと…。」


 カリギュラは驚愕し、目を丸くしていた。アストレイからそのような返事が返ってくるとは思わなかったからである。アストレイはカリギュラの反応を見て、クスリと笑みを浮かべた。


「しかしながら、聖女としてのその力は本物ですよ。あの神々しさは、オルフェリアの女神そのものであると、拙は思います。」


 カリギュラは何も言えなかった。大量の汗が噴き出し、顎を伝って床に滴った。


 アストレイが部屋から出ていく背中を、カリギュラは目で追い続け、姿が消えた途端に大きく息を吐いた。


「なんなのだ…?あやつは…?レベルや実力は圧倒的に我より下だというのに…。」


 アストレイが聖女を語った時のあの気配は、歴戦のカリギュラを圧倒するほどのすごみが感じられた。


 それは暗に、『神聖なる女神に下卑た感情を一瞬でも向けるな。殺すぞ。』と言っているように聞こえたのだ。


 カリギュラは未だ収まらない冷や汗を浮かべながら、呆然と立ち尽くしていた。


ーー


 その日、アルビオレ領内から腐敗した数人の死体が見つかった。


 その中にはビューネルへと派遣したまま帰らなかった者の遺体もあった。


 突然現れた死体に動揺するアルビオレの民たちだったが、フォルケルはそれを見て確信が持てた。


「そうか…悪魔が一人…ようやく死んだのだな。」


 そう呟くと、フォルケルは城壁の塔に登り、ルネリオスの方角に向けて跪礼して祈りを捧げた。


「我らが豊穣の女神オルフェリアよ。デズモンド=エラ=ドシアス=ヴァルクシュレ殿にどうか、大いなる慈悲と永遠の安息を与えたまえ。」


 その祈りに呼応するように、一陣の風がフォルケルの横をすり抜けた。


 フォルケルは慌てて振り返る。


 フォルケルはそのまま風の向かう先へ大きく頭を下げたのだった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。