〜水の都に迫る悪意と異変〜
▮
聖王国を出立して2日。勇者達はバーラルに向けて歩みを進めていた。
バーラルに至るまでの道には大きく分けて三つあった。
街道路、山岳路、海路である。
このうち海路の候補すぐに消えた。
ロネリーから船を出し、第3法王庁イグゼルダの港に入り、そのままバーラルを目指すルートは最短ルートである。
しかしながら、現状、バーラルからの通達により各法王庁は戒厳令が敷かれ、出入国制限に加え軍備体制が強化されているため、海は今一隻の船も通っていない。当然不審船ということで恰好の的になる。
次に街道路だが、南東の街道沿いに真っすぐに南下していき、第6法王庁アルビオレから第5法王庁ビューネルを沿岸沿いに進み、第2法王庁ベゼルデン、第1法王庁ラトクリフを通り、バーラルに入るというルートとなる。
この道は街道の整備が進んでいるため、馬を使った行軍が可能だ。
しかしながら、2点ほど問題がある。
一つは非常に距離が長く、到着までかなりの時間を有することである。先の理由から各法王庁での変え馬が利かないことが前提であれば、馬を潰さないようにしての行軍では一か月程度は覚悟する必要がある。
聖王国の位置から考えれば、オルフェリア法国の外周を時計回りにほぼ一周するような道程であるからして、致し方ない距離である。
もう一つの理由としては海路同様に攻撃対象として狙われることが予想された。
各法王庁と争うことは、オルフェリア法国が無事平定された後にも禍根を残すことになる。勇者たちの立場からすれば、出来れば交戦せずに進軍することが必要になるのである。
それらを考慮し、結局選んだのは山岳路だった。
ルネリオスの南東に広がるグエナ山岳地帯を抜けることで第4法王庁ハーディアの北部を抜け、そのまま第3法王庁イグゼルダを経由し、バーラルへ至るルートである。
このルートの利点は、自然林が多いために極めて隠密性が高いこと。馬は使えないものの、勇者たちの様に徒歩による移動を苦にしないものであれば、最短距離であることが上げられる。
デメリットとしては、グエナは山の中故に先達がいなければ、迷う可能性があること。そしてモンスターや山賊といったトラブルに巻き込まれやすいことが上げられる。
勇者がこのルートを選んだ理由として、ルネリオスの構造上、大きなショートカットが出来ることにある。
それは、ルネリオスの南方を守る250mもの断崖絶壁である。
この常人では直登することなど到底不可能な絶壁を、ゴルドラは元の金竜の姿へと変貌し、勇者達を背に載せて飛翔し、一気に登り切ったのである。
この一手により約一日分の道程を一瞬で稼ぐことが出来た。―そのままゴルドラにのったままバーラルを目指すという案もあったが、あまりにも隠密性を欠くために却下された―
そうして、道中何回かモンスターと交戦しながら勇者たちはグエナ山岳地帯を抜け、ようやく第4法王庁ハーディアの北部の渓谷に辿り着いた。
「やっとゴツゴツの山道抜けたのか…。想像以上にキツかったな…。」
勇者の吐き出した弱音に、先導を務めていたレダが呆れ顔で振り返る。
「あのな〜…。なんで地形対応スキルの一つも持ってないクセにこんなルート選ぶんだよ?体力だけでなんとか出来るとでも思ってんのか?」
レダの指摘は尤もであり、《森渡り》や《山越え》、《砂漠の民》や《水の加護》など、地形によって受けるペナルティーをなくすことが出来るスキルは冒険者にとって重要である。いくらレベルが高くても、地形ペナルティーによって体力を奪われて死ぬこともあるため、地形対策の装備やマジックアイテムは冒険者としてはイロハとも言えるのだ。
それを完全に無視して体力だけでこの険しいルートを抜けようとしていることに対して、レダが呆れ顔になるのは当然のことである。
当然ながら、レダはそういった地形環境スキルは複数所持している。
勇者は苦笑いしながら近場にあった手頃な岩の上に腰掛けた。
「そういうけどな…ゴルドラだって別にその手のスキル持ってないじゃないか。」
口を尖らせながらぼやく勇者に対し、ゴルドラはバツが悪そうに頬を掻く。
「私は竜族の種族スキルで環境影響はほぼ受けない仕様になってますので…。」
「ぐ…明確に出たな…種族格差。」
つまり現状、このルートで一番ダメージを負うのは勇者なのである。
レダは溜息をつきながらも草の上に胡座をかいた。
「まあ、凶悪なモンスターが出る山岳地帯に比べてこの渓谷はまだ魔物のレベルも高くねぇし、ここらで野営するか。」
「そうですね。水も食料もこの辺りなら豊富ですし、現地調達しておきましょうか?」
当然、食料と水は収納に入れてあるが、温かい食事が入っているわけではなく、生ものが入れられるわけでもない。携帯食料や干し肉から解放されるチャンスは垂涎ものである。
当然勇者も反対するはずもなく、小休止の後、キャンプ地を求めて手頃な川を探した。
探し始めてさほど時間をかけるまでもなく、レダは小首を傾げる。
「変だな…。全然せせらぎの音も水の匂いもしねえ…。」
その言葉にゴルドラも頷く。
「確かに…。それに小動物の気配も無ければ鳥一羽いないなんて…。」
二人の聴力と嗅覚は勇者には到達し得ない感覚だが、この渓谷の異常さには気づき始めていた。
第4法王庁ハーディアは別名【水の都】と呼ばれており、その異名は雪解け水が流れ込むこの渓谷からもたらされる豊富な水源によるものである。
それにも関わらず、水の気配がないというのはどういうことなのか…。
レダは必死に鼻を鳴らしながら水の匂いを辿る。
「あっちに微かだけど水の匂いがあるな…。」
勇者達はレダの指し示す方角に向かい、足を進める。
異様な空気感の中、辿り着いたその場所を見て、勇者達は唖然とした。
「お、おい…これって…こんなことって…。」
勇者の戸惑いに対してレダは眉を顰めながら呟いた。
「いや…有り得ねえよ…。なんで川が…枯れてるんだ?」
目の前に広がるのは巨大な谷間に出来た河川跡だった。川幅は500m近くある。中流のこんな巨大な川が枯れるという事態に、三人は呆然と立ち尽くしていた。
「渇水…でしょうか?」
ゴルドラの呟きに対して勇者は首を振る。
「いや、川が干上がるなんて何ヶ月も雨が降らないっていう異常事態だ。それなら、この辺りの木々にも影響が出ているはずなんだけど、見たところそんな様子はない…。考えられることとすれば…。」
「何かが原因で川の流れが止まってるのか⁈」
焦燥感を隠せないレダの言葉に、勇者は頷いた。
「モンスターか天災によるものなのか…。まさかとは思うが人為的誰かが堰き止めてるとしたら…。」
勇者の頭の中にさまざまなケースが浮かび上がる。そこに何者かの悪意が込められていると考えた時、勇者は息を飲み嫌な汗を浮かべた。
「マスター、レダさん。これを見てください。」
ゴルドラの言葉に、勇者とレダはゴルドラの視線の先に目を向ける。
「これって…足跡か?」
勇者の言葉に、レダは這いつくばって匂いを嗅ぐ。
「まだ新しいな…。二人分だ。上流に向かってるのか?」
ゴルドラは上流に視線を向けて頷いた。
「獣道を通った跡があります。足跡のつき方からして、迷いがないことからこの場所を熟知していると思われます。」
勇者は少し考えた後、ゆっくりと顔を上げた。
「この足跡を追ってみるか?」
その言葉にレダは難色を示した。
「何でだよ?意味ねぇだろ?まあ、川がねえのはガッカリだけどよ、今なら簡単に川を渡ることが出来るって意味ではラッキーなんじゃねぇの?」
勇者は戸惑いながらも頷いた。
「確かにそうだけど…。もしこの川の源流で異常が起きていたとしたら…。ハーディアが深刻な水不足に陥るんだぞ?」
それを聞いてもレダは訝しむばかりだ。「だからなに?」とでもいい出しそうな表情を察知したのか、ゴルドラは慌てて口を挟む。
「ま、マスターは無関係な市民が苦しんでいるのを助けたいんですよね⁈ね?」
ゴルドラの言葉に、勇者はバツが悪そうに頬を掻く。だか、それでもレダは納得しない。
「だから!何でわざわざそんなことやんのかって聞いてんだよ!」
「勇者だからですよ!!」
強引な理屈を声を荒げて言い切るゴルドラに対して、レダは怒りを通り越して呆れ顔だ。
そんな二人のやり取りに勇者は慌てて宥めに入る。
「ま、まあ落ち着けよ、二人とも。確かに今は一時を争う時だし、こんな事に首を突っ込むのはおかしいっていうレダの主張は尤もだ。だけどな…。」
勇者は纏まらない考えをなんとか口にする。
「俺たちは法国と戦ってるわけじゃない。各法王庁もそこに住む人達も敵じゃないんだ。バーラルに棲みつく悪魔を倒した後、出来るだけ問題が無い状態でアリーにこの国を委ねたいんだよ。」
勇者の言葉に、ようやく意図を察したレダは溜息をつきながら頷いた。
「…分かったよ。じゃあ追うか…。」
三人は何者か分からない足取りを追って獣道を進む。
暫くしてゴルドラがその歩みを止めた。どうやら《生態感知》の範囲に捉えたようだ。
「男性と女性の二人組ですね。兵士では無いようです。見たところ一般人のようですが…。」
「一般人がこんな所で何やってんだよ?」
レダの疑問に対してゴルドラは首を傾げる…。その疑問に対して勇者が代わりに口を開く。
「あの人達…下流から登ってここまできたんだよな?もしかして川の異常を突き止めにハーディアから来たんじゃ?」
「はあ?でもよ…今って各法王庁が戒厳令強いてて、一般人が外を出歩くなんて出来ねぇんじゃないのか?」
レダの疑問は尤もだ…。普通に考えれば、それはあり得ない。しかしながら、そのあり得ない状況が起きるほどの異常事態であることもまた然りである。
「レダ…頼めるか?」
勇者の一言に、レダは小さく舌打ちをすると不可視猫を発動させる。
スキルが発動したレダの体は全ての五感を感じさせることなく完璧に消えた。
通常の隠密スキルと違い、レダ自身のみならず、動くことで生まれる草木の揺れや音、足跡でさえも、確かに存在しているはずであるが、誰も認識することが出来ない。完璧な認識阻害である。
レダはその特性に身を委ねながら、四足獣のように身を屈めて全速力で獣道を駆け抜ける。
そして、暫くして前方の二名に追いつくことが出来た。
二人とも皮ごしらえの装備品に身を包み、見た目では新米冒険者のように見える。
レダは二人の近距離に並びながら、行動や会話を観察した。
ビリジアンの髪色の女性は、息を荒げながら歩く白髪の中年の男性を気遣うように、先行しつつも度々振り返った。
「父さん、大丈夫?ちょっと休もうか?」
娘だと思われる女性の心配そうな声掛けに対して、父親と思われる男性は弱々しく微笑みながら首を横に振った。
「いや、先を急ごう。こうしている間にもワシらが抜けだしたことに気付いて追手が来るかもしれんのだ。早く【アクエラ】に行かねば…。」
「その【アクエラ】ってのに何の用なんだ?」
突如聞こえた少年のような声に、二人は驚きで体を飛び上がらせた。
「だ、だれ?!どこにいるの?!」
娘は気丈にも腰に下げていた剣を構えて声の主を探す。父親も同様に、娘と背中を合わせて周囲に警戒を向けた。
声の主は当然レダである。
レダは今、不可視猫を解除し、通常の隠密スキルに切り替えている。
それは鑑定スキルを持たないレダが、この二人から脅威を感じないという結論を出し、コンタクトによる情報収集に切り替えたからに他ならない。
レダの読み通り、低レベルのモブレギオンである二人の知覚能力ではレダの隠密スキルを見破ることなど出来ない。レダはほくそ笑みながら、怯える二人に向けて声をかける。
「悪いけど、その質問に答えるのはこっちの質問に答えてからだ。その【アクエラ】ってのはなんだ?あんたらはそこに何しに行くんだ?内容次第じゃ、あんたらに協力してもいいぜ。」
二人は背中合わせのままで顔見合わせる。歯をガチガチと鳴らす父親と同じく、娘は肩を震わせていた。
「アンタ…自分の情報を出したくないのは分かるけど、こっちは命がけで来てんのよ!何者かも分からない奴からの協力なんか受けられるはずないじゃないの!」
「お、おい!お前…なんてことを…。」
父親の制止も虚しく、姿の見えぬレダに対して、娘は啖呵を切った。
それを受けて、辺りは暫しの静寂に包まれた。
「あ、そう…。じゃあいいや。それじゃあな。」
「…へ?」
静寂を打ち破ったあまりにも拍子抜けした一言に、娘も父親も唖然としていた。
草木をかき分け、遠ざかる足音から声の主がその場から去っていくのを感じる中で、妙な焦燥感が娘を駆り立てた。
「ちょっ!ちょっと待ってよ!!」
娘の声が響き渡り、遠ざかる気配が足を止める。
「なんだよ?なんか用か?」
娘はレダの声がする茂みに向かって困惑を隠せない表情でゆっくりと口を開いた。
「あ、アンタ…バーラルの奴らじゃないの?」
「ああ、違う。」
レダは即答する。
「じゃあ、他の法王庁の奴ら?」
「おい、調子に乗って質問攻めにするんじゃねぇよ。俺はアンタらが何してんのかを聞きに来ただけで、アンタらをどうこうする気なんてねぇよ。」
レダの言葉に、娘は難しい表情を浮かべながらもさらに言葉を紡ぐ。
「さっき…協力してくれるって言ったけど…本当に?」
「内容次第だって言ったろ?で、話す気になったのかそうじゃねぇのか。ハッキリしろよ。こっちも別に暇じゃねぇんだからよ。」
娘は父親に視線を向ける。父親はその視線を受け、娘の前に出て震える声を上げた。
「は、話を聞いて欲しい。頼む。」
レダはその言葉に満足そうに頷いた。
「じゃあ、話はこの二人にしてくれや。」
その言葉を受けて、茂みの中から勇者とゴルドラが現れた。
ーー
親子は目を丸くしながらも勇者とゴルドラから簡単な自己紹介を受けた。ーレダは自身の能力を守るために、今も姿を消したままである。ー
父親の口から二人のことが語られた。
「私はマガーク、この子はジェネと言います。私達は第四法王庁ハーディアに住む水門管理技士です。ご存じだと思いますがハーディアはこのレトベーゼ川の維持管理を目的とした水上都市です。水門の開閉による水流ルートの変更や水量の調節、河川の氾濫や渇水対策など、ハーディアという都市自体が法国の水防を司る存在として、私達は仕事に励んでまいりました。しかし…。」
俯いて言葉の詰まったマガークに対し、ジェネが代わりに口を開く。
「今回バーラルから出された戒厳令から間もなくして、ハーディアに流れ込んでくる水量がどんどん減っていったの。この時期は雪解け水が絶え間なく流れてくる時期だから、水量が減るなんてこと絶対有り得ないのに…。」
勇者はそこまで聞いて、ある程度事の詳細を理解した。それは勇者にとってあらかた予想通りの展開だった。
「そしてついにその水量は0になった。この異状に対して君たちはこの戒厳令の中、捕まるとただでは済まないことを覚悟でレトベーゼ川の状況を確認しに来た。だけど、結果はこの通り…。」
皆の目が河川だったものに向けられる。
もはや上流に差し掛かろうとする中でも川は枯れたままだ。川底には息絶えた魚たちの死骸が転がり、それらを目当てにモンスターが集まって捕食していた。
その惨状に心を痛めているかのように、ジェネは目をきつく瞑る。
「原因として考えられるとしたら、レトベーゼ川の源流に設置されている巨大な堰堤【アクエラ】に何らかの不具合が発生して水が排出されなくなってる可能性がある。だとしたら事態は一刻を争うの!」
「え?なんでですか?」
堰堤というもの自体がどういうものなのか分かっていないゴルドラは、不思議そうな顔をして勇者を見る。
「堰堤っていうのは源流に巨大な人工湖を作って、本流に繋がる部分を堰き止めて川へ流す水量を調整する役目があるんだ。【アクエラ】がなかったら大雨で増水した大量の水がハーディアに流れ込むことになるんだよ。」
「なるほど…。」
ゴルドラが頷いたのを確認した上で勇者は続ける。
「ジェネさんの言う通り、何かの原因でダムが水を排出できないようになっているとしたら、人工湖の水位は上がり続ける。堰堤がどれだけの規模でどれだけの水圧に耐えられる計算なのか分からないけど、もし【アクエラ】の堰堤能力を上回るほどの水が貯水されてしまったら…。」
ジェネは深刻な顔で頷いた。
「ええ…。【アクエラ】が決壊するようなことになれば、川の渇水から一変して破壊的な濁流がハーディアに向けて押し寄せることになる。そうなればハーディアは…。」
ジェネの言葉にようやくゴルドラも事の重大さを理解した。
この親子が、厳罰を覚悟でハーディアを抜け出してきたのは、偏にハーディアに住まう人々のためだった。戒厳令が敷かれてから、【アクエラ】に常勤していた管理員も不在となっている今、だれも動かなければ大惨事は免れない。まさに時限爆弾なのである。
「この状況をいくら枢機卿に申し出ても、バーラルの命令なので軍は動かせないと言われ、バーラルにいくら書状を送っても返事の一つもありません。こうなった以上…私達がどうにかするしかないのです…。」
マガークの悲痛な言葉を勇者たちは重く受け止めた。そして、自分だけではなく、皆のためにこうして立ち上がった二人に、勇者は尊敬の念を抱いていた。
「分かりました!俺達も協力します!」
ジェネとマガークは勇者の言葉に驚きと共に顔を綻ばせた。
「あ、ありがとうございます!オズワルドさん。」
マガークが勇者の手を握って必死に頭を下げていた。その光景を横目に見ながら、ジェネは口を尖らせる。
「協力はありがたいけどさ、結局アンタ達って何者なの?バーラルの人間ではないみたいだけど…。」
何か言いだしそうなゴルドラを遮り、勇者は笑顔でその問いに答えた。
「見て分からないか?冒険者だよ。」
そう言って、歯を見せながら微笑んだ。
――
獣道をさらに上流へと進むこと一時間。
勇者達は法国最大の堰堤【アクエラ】を見下ろすことができる地点に到達した。
「で、でかい!!すっげぇえええな!!」
前世でも見たことないサイズの人工湖と堰堤の規模に、勇者は興奮しながら声を上げた。
その様子を見て、ジェネは自慢げな顔をして胸を張った。
「当然でしょ?この【アクエラ】はオルフェリアの水瓶と呼ばれているのよ。この堰堤を作るために、アタシたちのご先祖様達がどれだけの被害を出しながら完成にまで至ったと思ってるのわけ?【アクエラ】は法国全土を豊かな土地にした最大の国家事業だったのよ。」
ジェネの先祖に対する誇りと愛国心に頷く勇者を見て、マガークはバツが悪そうに頬を掻く。
「ん~さすがに全部じゃないぞ。第六法王庁アルビオレと第七法王庁ルネリオスまではその恩恵は届いてないみたいだからな。」
父親のその言葉にジェネは目を丸くした後、誇張されていた間違った知識に気付き、赤面した。それを知ってか知らずかマガークは解説を続ける。
「ルネリオスは雨が降る地域だが、アルビオレは雨の少ない砂漠地帯。隣の第5法王庁ビューネルから水を買うっていうのが日常の交易風景らしいから、ある意味ではアルビオレまで恩恵は広がっているかもしれんな。」
マガークの解説に知的好奇心を刺激されていた勇者を尻目に、ゴルドラは険しい顔をして【アクエラ】を見つめていた。
それに気付いた勇者がゴルドラに視線を向ける。
「どうした?ゴルドラ?何かいるのか?」
「はい…。あれは何でしょうか…?」
「あれ?」
勇者はゴルドラが指差す方向に視線を向けるが何を指しているのかが分からなかった。
収納から双眼鏡を取り出すと、勇者はゴルドラが何を発見したのかを理解した。
「いるな…。二人…いや三人か?どれも結構な重武装だ。アレってどこの兵だ?」
「ちょっと貸して!」
ジェネは勇者から双眼鏡をひったくると、覗き込んだ先に全身金属鎧包まれ、地肌が全く見えない兵を確認した。
「なによ…。アイツら…?あんなの見たことないわよ…。それにアイツらこんな状況だっていうのにあんな所で何やってんのよ⁈」
目を戦慄かせながら狼狽するジェネ。マガークも双眼鏡を手に、その兵を確認する。
「確かに見たことない兵だ…。だが状況的に考えて、あの兵達が意図的に【アクエラ】の排水を止めているのは間違いなさそうだな…。」
マガークの言葉に、ジェネは目を見開いて怒りを露わにする。
「こんな事をわざわざして誰が得するっていうのよ!…もしかして…バーラルに反旗を翻したルネリオスの仕業じゃないでしょうね⁈」
「それは絶対ない!!」
勇者の怒声に、ジェネは訝しみながら勇者に視線を向ける。
「何でアンタがそんなこと言い切れるのよ?…まさかアンタ…ルネリオスの…!!」
「そこまでにしとけよ!」
どこからともなくレダの声がする。再び聞こえた姿なき少年の声にジェネは当惑で押し黙った。
「俺が潜入して奴らの詳細を探る。アイツらが何者で、何が目的なのかハッキリさせることが今は大事だろ?」
レダの言葉に、ジェネは渋々矛を収めた。そして勇者も小さく頷いた。
「レダの言う通りなんだけど…この距離は《超鑑定》の射程距離外だ。アイツらがどれだけのレベルか分からない以上、無理はするなよ。」
「ああ。無理と無茶は嫌いな性分だからな。」
レダはそういうと不可視猫を発動させ、アクエラ基地へと歩を進めていった。
その間、ずっと唸り続けていたゴルドラがボソッと呟いた。
「マスター…あの基地には人間が三名…そうですよね?」
ゴルドラの異様な質問に勇者は茫然とした後、戸惑いながら頷いた。
「あ、ああ…。まあ、双眼鏡で確認できただけで建物の中に何人いるか分からないけどな。」
「私にはどうやっても分からないんです。」
「はっ?」
ゴルドラの的を得ない発言に、勇者は間の抜けた返事が飛び出す。
「ゴルドラ、何が言いたいんだ?はっきりと言ってくれ。」
痺れを切らした勇者の問いに、ゴルドラは俯きながら答える。
「そ、それが…分からないんです!確かにあの人たちはあそこにいるんですが、私の感知スキルに引っかからないんです!」
「どういうこと…なんだ?」
ゴルドラは何とか頭の中を整理して話始める。
「えっと…私のスキル《生体感知》は生物の呼吸や体温、脈拍などの生体反応を感知するのですが、そのどれもが反応を示さないのです。微動だにせず、息遣いや鼓動さえも感知できないアレは…。一体なんなんでしょうか?」
勇者の視線がゴルドラから【アクエラ】に向けられる。そこには、基地の中に潜入しようとしているレダの姿があった。
勇者は慌てて立ち上がる。
「なんかヤバい!いくぞ!ゴルドラ!!」
その言葉と同時に、勇者とゴルドラは茂みから飛び出し、一目散に【アクエラ】へと向かっていった。
「ちょっ!ちょっと待ってよ!!」
その場に残されたジェネとマガークは呆気に取られながらその姿を見送った。
▮レダ
「な~んか…変だな…。」
思わず独り言が漏れる。丘を下り、一応身を潜めながら様子を伺う。
敵から認知されない不可視猫だけど、俺の顔や存在を認知している者であればその効力を失う。
もしこの場に、あいつら…シェゾやリヴァイアがいたとしたならば…。そう考えると大手を振って堂々と…とはいかない。
そうした警戒心から、じっくりと武装した兵士を観察してるんだが、どう考えてもおかしい。かれこれ数分は経過しているのに、微動だにしないんだ。
まんじりともせず、人形の様に同じ体勢を維持したまま立ち続けることなんて出来るはずがない。
「もしかして本当に人形なのか?」
そんな冗談がそのまま口から出た自分を嘲笑すると、意を決して堰堤の天端に向けて走った。
天端は目算で400mほど…。貯水池の周りも含めると1000mは余裕で超えそうだ。
基地内部への入り口まで200m…。そう思いながら武装兵の背中を駆け抜けた時、背筋を伝う悪寒に身震いし、慌てて振り返った。
「げっ!!」
目の前にはあの武装兵が剣を振りかぶりながら迫っていた。
訳が分からない!なんでバレた?どうして?!
そんなスキルに対する文句が頭を駆け巡る中、俺の視線は武装兵の顔や四肢に注がれる。
鉄仮面?手甲?鋼鉄具足?
そんな解を自身に投げかけるも、否と自意識が跳ねのける。
おそらく正解に近いのは【鋼鉄の人形】だった。
「うぁあああああ!!」
慌ててダガーを引き抜き、奴の剣を受け流そうとした。
だが、瞬間、耳に異音が響き渡る。まるで蝉の音のような耳障りな音…。
その正体気づいた頃にはダガーの刀身は鮮やかに切断されていた。
先ほどの異音の正体。それは刀身が超高速で動いている音だった。まるで断頭台の刃の様に冷たく輝く様は、一筋の光となって俺の体を断ち切ろうと迫る。
ヤバい!!死ぬ!!
刹那!金色の一閃が視覚を奪った。
それを理解した後に、遅れて聞こえてきた衝撃音でようやく自分の状況が理解できた。
思わずその場でへたり込んだ俺を庇うように、金色の大きな背中が見える。
ああ…また俺は助けられちまったんだな…。
そう納得しながらも内心悔しかった。その強さが俺にも欲しいと憧れた。
ゴルドラの姉貴の背を見て、俺は改めて自分の弱さを痛感した。




