表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/70

〜聖女の憂鬱と小さな魔法〜

▮アリー

「はぁ~…。つ…疲れた…。」


 自分の体重よりも重いのではないかと錯覚するようなアクセサリーとセレモニーローブを脱ぎ捨て、コルセットを緩めたビスチェ姿というあられもない姿でベッドに飛び込む。


 例の事件から一か月が過ぎ、ルネリオスの町は少しずつ以前までの穏やかさを取り戻したものの、ルネリオスの政治の立役者たちが一斉に殉職・更迭された穴は大きく、私、アリアデル=エスタ=リエ=オルフェリアもまた、慣れない公務に出突っ張りの毎日を送っていた。


「私…ぜ~んぜんこういうのに向いてないんだけどな…。」


 溜息と共に仰向けになると、ベッドの天蓋が目に入る。


 こんな豪華なベッドで横になることを夢見なかったわけではないけれど、広い部屋で広いベッドがあっても、心の中を満たしてくれるものなんてないなと自嘲する。


 ふと、あの人の顔が浮かぶ。


「アレックスさん…どうしてるかな…?」


 油断するとすぐに口から言葉になって溢れ出てしまう最近の口癖だ。


 立場上気軽に会えないために、集会や演説の時に遠巻きからこちらに手を振ってくれるのを見るくらいだ。


 もう数十分もすれば会議が始まる。


 新生ルネリオス聖王国は教皇庁バーラルからの支配から独立したため、一つの王国として自立の一歩を踏み出した。


 だが、それに対して各法王庁からの反応は様々だが、当然各庁の共通の関心はただ一つ…。


 聖女の真偽だ。


 私を各法王庁に行啓に出せば、他の法王庁も味方になるのではないか?その一方でバーラルの忠義を示すために捕らえられてしまうのではないか?


 そうやってあーでもない、こーでもないと不毛に時間が過ぎていくのである。


 まあ、行啓に行くとしても、聖王国の守りがどうのとか豪華な行啓にするためにはお金がどうだとか…。正直私には何の解決策もなかった。


「はぁ~…。このまま寝ちゃおっかな~。」


 そうしてうとうとし始めた時、部屋をノックする音が聞こえる。


「ふぁあああ~い。」


 微睡みに半身が浸かっていた私はなんとも間抜けな声を上げて返事をした。


「アリー、入るわよ。」


 この声はお母さんだ。油断したのか、再び眠気に誘われていく。


「なんて格好で…この子は!ご、ごめんなさいね!ちょっと外で待っててくれるかしら?!」


 ん?誰かと一緒なんだろうか?侍女さん?


 そんなことをふわふわとした頭の中で考えていた直後、お母さんの雷が落ちた。


「アリー!!起きなさい!!はしたない恰好で寝るんじゃありません!!」


 私は飛び起きてベッドの上で正座する。頭はまだ十分に動いていないが、肩から外れかけたビスチェの紐を押さえる程度には活動が見られた。


 お母さん―ジネラ―は聖王国の筆頭侍女として勤めを行っている。


 16年ぶりの本職復帰だが、ブランクをものともしないその働きは初日からしっかり板についており、いい大人である私の身の回りのことを甲斐甲斐しくやってくれる。正直頭が上がらない。


 私はふと時計に視線を向ける。


「…あれ?もう時間?早くない?」


 もう少し寝かせてくれてもいいのに…と口を尖らせて講義をするが、お母さんは肩を竦める。


「寝て後悔する前に、早くこれに着替えなさい。」


 お母さんが私の目の前に広げた服は、何の変哲もない浅黄色のワンピースだった。それを見て、私は目を丸くする。


「へ?これ着るの?さすがにハイレンに怒られちゃうんじゃないかな?」


 身なりと礼節に厳しいハイレンの前でこんな服着て出ていったら卒倒されちゃうんじゃないかな…?


 だが、お母さんは何か含みがあるように笑顔を浮かべる。


「いいから着なさい。」


 釈然としないながらも私はワンピースに袖を通す。

 軽い。涼しい。苦しくない。

 その三拍子で翼を授けられた気分になる。


 ああ…これでお手洗いもすっごく楽…。


 そんなことに感動していると、お母さんは私の頭にフェイスベール付きの帽子を被せてくれた。


 なんでフェイスベール?


 と私が首を捻っていると、脱ぎ捨てていた服を隠すようにベッドの下に放り込むと扉に向けて声をかけた。


「もういいですよ。入ってらして。」


 お母さんの声を受け、部屋の扉が開かれる。扉からはテンプルナイトの方が姿を現した。


 ありゃりゃ…。流石に男の人にはさっきの惨状は見せられないな。


 恥ずかし気に頬を掻いていると、テンプルナイトさんは徐に十字に切られた鉄仮面を脱ぎ始める。

 そうして露わになった素顔を見て、私は唖然としてその場で固まってしまった。


「よ、よう!ひ、久しぶり!元気してた?」


 緑色の髪に赤い瞳…。


 口癖のように会いたかったその人が突然目の前に現れたことで、私はうまく言葉が紡げなかった。


「え、えっと!あ、あ、あの!元気?はいっ!元気です!アンドユー?」


「は?え、ええと…ミーツー?」


 互いになんだかたどたどしい喋り方…なんか初めてあった時みたいだ。


 あの戦いの時は、お互いに名前も呼び合えたはずなのに、今では…愛称で呼ぶのが恥ずかしい…。


 互いに赤面しながら俯いて向かい合う私達を見て、お母さんが溜息交じり、間に入った。


「はいはい、時間がもったいないですよ。行った行った!」


 そう言って私とアレックスさんの背中を強く押しながら部屋の外へと誘う。


「お、お母さん!え…えっと…いいの?」


 お母さんがにっこり微笑んだ。


「魔法が切れる前に戻ってきなさい。」


 面白い冗談だと思った。でも、私にとってはまさに魔法といって差支えがなかった。


「ありがとう!お母さん!行きましょう!アレックスさん!!」


 私は勢いに任せて彼の手を取り、部屋の扉から飛び出した。


「ちょっ!まてまて!顔隠さないと!って…あ!部屋に置き忘れた!」


「そんなのもういいですよ!」


 嬉しくって廊下を駆ける私のお転婆ぶりに呆れたのか、アレックスさんはようやく普段の様な優しい顔つきになって私の手を握り返してくれた。


「そこの窓から中庭に降りるよ。」


「は?へ?きゃっ!」


 アレックスさんは私を抱き抱えると、窓から躊躇いなく飛び降りる。


「ちょっ!ここ8階…きゃあああああああ!!!」


 中庭に向けて真っ逆さまに落下する私達は、まるでふかふかのクッションの上に着地したかのように柔らかく体が包まれた。


「へ?なにこれ?浮いてる?」


 驚きに頭が追いつかない中、金色に輝くクッションの上で縺れながら横になっている私達を覗き込む見知った顔があった。


「迎えに上がりましたよ。アリーさん!」


 金色の髪に健康的に焼けた肌。大柄ながらしなやかな肉体美を持つ彼女を見て、私は顔を綻ばせる。


「ゴルドラさん!!」


 あまりにもふかふかすぎて立ち上がれない私達に手を貸してくれると、ゴルドラさんの肩口からこちらも見知った顔がひょこと覗かせた。


「あと五分でこの辺りが警備の巡回ルートになるの。早く脱出するの。」


「ノアさん!!」


 紺碧の髪に白いゴシックロリータ調のブラウスドレスを纏うノアさんは、相変わらずの無表情で再会を喜ぶ暇もくれずに私達を急かした。


 今度はアレックスさんが私の手を取り、バラの香りが広がる中庭を駆け抜けていく。


「正門とは逆方向に走ってますけど…このまま走っても外に出られないんじゃ…?」


「そんなことないの。」


 ノアさんがスパッと言い切る。


「中庭は手入れ業者が使う連絡通路があるの。そこを通れば市街地まで一気に抜けられるの。」


 え?そんな道あったんだ?全く知らなかった。


「で、でも!カテドラル内部と市街地を繋ぐ様な道が何の警備もされてないはずがないですよね?」


「それは大丈夫。うちには優秀な泥棒猫がいるの。」


「誰が泥棒猫だよ!!」


 声がした上方に視線を向けると、黒猫の亜人の男の子が外壁の上から飛び降りて来ていた。


「レダ君!」


 あれから全く顔を合わせていなかったため、今どうしているのだろうか心配していたが…。


「アレックスさん、レダ君もちゃ~んと仲間になってたんですね。」


 私が屈託なく笑うと、レダ君は顔を真っ赤にする。


「ば、バカ!何が仲間だよ!いきなり追い回された挙句にコキ使われただけだ!!」


 そう言って、そっぽを向く。ホント可愛い。弟がいたら今感じなんだろうか?


「まあまあ、レダ。今日の宴会でたらふく食わせてやるって言ったら快くOKしてくれたじゃないか。」


「バカ言え!大量のネズミで追い回しといて快くもクソもあるかよ!!」


 アレックスさんに食って掛かるレダ君に対して、ゴルドラさんは小首をかしげた。


「あれ?レダさんってネズミ嫌いなんですか?」


 その問いに対して、ノアさんは呆れ顔で言う。


「猫のクセにネズミが怖いだなんてとんだお笑い草なの。その耳ちょん切って全身青色にしてやったらいいの。」


 ノアさんの暴言にまたしてもレダ君の怒りのボルテージは最高潮になる。


「ばっかじゃねぇのか?!何百匹ものネズミで追い回しやがって!!そんなもんに逃げるに決まってるだろうが!」


「もういいから案内するの。時間の無駄なの。」


 レダ君が「きぃいいいい!!」と言って大股で先行を始める。なんかあの二人…。面白い。


 アレックスさんも同じように感じたのか、二人して噴き出すようにして笑った。


 その後、レダ君は市街地への連絡通路に案内すると、どこからか手に入れていた。鍵で扉を開ける。


「市街地への扉はもう開けてる。俺はお前らが中に入った後扉閉めて正門から堂々と出るぜ。出口の鍵も後で閉めといてやるよ。」


「ありがとう!レダ君!」


 私がそういうと、レダ君は照れたのか頭を搔き、早くいけとばかりに私達を連絡通路の先へ追いやった。


「レダ。また後でな。待ってるぞ。」


 アレックスさんがそういうと、レダ君は「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向き、扉を閉めた。


 薄明かりだけが頼りの階段を駆け下り、重い扉をゴルドラさんが開け放った先はカテドラルの外。つまり、城下町の路地裏だった。


 薄暗い路地裏だというのに、それだけでも私の心は高揚した。そんな私を呼ぶ声が聞こえる。


『アリーちゃん!』


 視線を向けた先には、懐かしい貧民街でのみんなの顔があった。それを見て私は目に涙が溢れた。


「タダックさん!トレミーさん!カザフおじいさん!!」


 名前を呼びきれないほど出迎えてくれたソドムの人々に私は嬉しくて堪らなかった。


 私は涙でくしゃくしゃの顔を綻ばせると、皆に誘われるがままにソドムの地下街へと向かっていった。


 そこには、出迎えに来てくれていた人々の3倍以上の人数が集まっており、再会を祝した大宴会が始まったのだった。


 そんな大勢の人が入り乱れる場所であっても、私は最初に座った席から一歩も動かなかった。


 なぜなら隣には、ずっと会いたかった人が据わっていたからである。


 楽しい時間の中、今までの空白を埋めるかのように、他愛のない話し花を咲かせた。


 お母さんの魔法がいつになったら切れるかは分からないが、こうなったらとことんまで使わせてもらうつもりだ。



 貧民街ソドムにある巨大ゴミ捨て場。

 ここは市街地やカテドラルからのゴミもすべて集められる。


 焼却される前の異臭漂うゴミの山を漁る人影が一つ。髭を蓄え、小汚い身なりのその老人は、貧民街の中でも定職や住居を持たないスカベンジャーである。


 アリーは貧民街の生活環境改善を取り組み、こうした浮浪者対策を行ってきたのだが、中には世捨て人として敢えてこうした生き方を選ぶ者もいた。


 彼もその一人である。彼のように、職の斡旋、炊き出し、集合住宅の案内などの福祉活動を自ら拒否する者達も若干名存在するのである。


 彼もまたその一人、虚ろな目でごみの山を漁りながら、今日の糧を得ようとしていた。


 そんな男の姿が一人の騎士の目に留まった。


「…やっと…見つけた。」


 騎士はポツリとそう呟くと、老人の元へと歩み寄っていった。


「探しましたよ…。枢機卿。」


 騎士がそう声をかけると、老人は手を止めて、顔を上げた。そこには、あの鋭い眼光は失われたものの、彫りの深い厳めしい顔がそこにあった。


「フォルケルか…。」


 老人は弱弱しく吐き捨てる。


 騎士 フォルケル=エルトルードは枢機卿と呼んだその老人に近づいた。そして、深々と頭を下げた。


「あの日、助けて頂いた礼をどうしても伝えたくて…。方々捜しましたよ。ルネリオスが如何にあなたの死を告げようとも、私だけはあなたが生きていることを知っていましたからね。」


 老人 かつて法王庁ルネリオスの枢機卿であったデズモンド=エラ=ドシアス=ヴァルクシュレはフォルケルの言葉を無視してゴミ拾いを続けた。


 そんなデズモンドの前に、フォルケルはワインボトルを突き出した。


「あの日の礼…といってはなんですが、一杯付き合っていただけませんかな?」


 デズモンドは黙ってその場に座り込み、フォルケルからワインボトルを受け取った。


 互いにグラスを掲げるわけでも打ち鳴らすわけでもなく、黙々とワインボトルをラッパ飲みする時間が過ぎていく。


 そんな中、酔いが多少回ってきた勢いで、フォルケルは語り始める。


「あの日からずっと考えてきました。あなたは本当に悪だったのかと…。」


 デズモンドはゴミの山に腰を掛け、虚空を見つめながら、フォルケルの言葉に耳を傾けていた。


「あなたに助けられたあの日…初めてあなたの心の内を聞くことが出来た。毒を以て毒を制す…国の豊かさのために、人の闇を肯定するあなたの在り方は、最も現実主義的な統治方法だったのではないか…。あなたの枢機卿としての有り様にずっと疑問を感じ続けながら近衛騎士団長として勤めてきましたが…結果として、あなたはルネリオスを守ろうとしてくれた英主だった。そんなあなたが、こんな生活を送ることなど…。」


「相変わらず貴様は愚かだな。フォルケルよ。」


 威厳ある鋭い眼光を灯しながら、デズモンドはフォルケルを一喝する。


「ワシが正しかったかどうかを論じるのは愚の極みよ。答えは今のワシがなによりも証明しておることだ。違うか?」


 フォルケルは俯きながらも首を振った。


「しかし…寛大な処置を頂き、役職に返り咲くことも…。」


 フォルケルのその言葉をデズモンドは鼻で笑って一蹴した。


「本当に貴様は…いや…その愚鈍さがある意味正義か…。ただただ聖女を信じて崇拝してきた貴様の前に、本物の聖女が現れたのだ。このような導きこそ…まさに神に仕える者の誉れというべきものなのだろうな。」


 デズモンドは自嘲するように声を上げて笑った。


「しかし、ワシらは政治家だ。神を、教えを支配のために利用してきた政治家であり、聖職者ではない。ワシらは神を軽んじ、聖女に唾を吐き、我こそが神だと信じて疑わない冒涜者だ。教えを都合の良いように解釈し、時に書き換え、民を欺き続けてきた背徳者であるワシが、真なる聖女の治める国の中枢に座るなど…あってはならんことなのだよ。」


「しかし…。」


 それでもフォルケルは納得しない。フォルケルは惜しいのだ。デズモンドの頭脳とリーダーシップが…。


 今の聖王国の幹部にはその重しがない。勢いと保身が入り乱れ、このままでは早速内部で分裂してしまうのではないか…。


 そう思った時、デズモンドのことがフォルケルの頭を過ぎったのである。


 デズモンドの復職。

 それは聖王国にとって重要なことであるとフォルケルは疑わなかった。


「皆は私が責任を持って説得します!だからお願いします!どうか!ルネリオスに!!」


 フォルケルは懸命に頭を下げるが、デズモンドは首を横に振った。


「フォルケル、貴様は騎士だ。戦い、傷ついても生きてさえいれば騎士であり続けられる。そのことに、命を燃やす貴様らを実に愚かだと内心バカにしていたものだ。」


 デズモンドはワインボトルを口に含み、空になるまで煽った。


「だがな、ワシら政治家もまた命を賭けて血で血を洗う政界の闇と戦ってきたのだ。そこで敗れた者は、たとえ生きていたとしても社会的には死んだも同然なのだ。それは綺麗事では決して済まされぬ。命がけの戦いがそこにはあるのだよ。」


 デズモンドはワイングラスをゴミの山に投げ込んだ。


「新生ルネリオス聖王国か…。本当に新生を謳うのであれば、ワシの様な老獪に頼るのだけは絶対にやめておけ。ワシやバーラルによって築かれたものに従う必要など何もない。従来の組織形態や格式や仕来りなど全てかなぐり捨ててしまえ。」


 デズモンドの勢いに、フォルケルは圧倒されていた。そして、全て見透かされていた。


 新たに出来たはずの国が、旧体制アンシャンレジームや権威が色濃く残り、それによって身動きが取れない現在の状況になってしまっていた。


 そして、フォルケルもまた、旧体制アンシャンレジームを求めるあまり、デズモンドを求めた。それに気づき、フォルケルは自分が恥ずかしくなった。


「この国は聖女が治める国だ。聖女が信じ、聖女を信じる者達が国の中枢に座ればいい。貴様が出来る仕事はそれぐらいだ」


 デズモンドはそういうと、立ち上がり、ゴミ拾いを再開する。それを見て、フォルケルも腰を上げ、背筋を伸ばし、深々と礼をした。


「ご指導、感謝いたします。よろしければ、またお知恵をお貸し頂きたいのですが…?」


 デズモンドはその返事に応じることなく、ゴミの山に姿を消していく。その姿を見て、溜息をつきながらその場を後にするフォルケルの背中越し、デズモンドの声が響いた。


「次はブランデーを持ってこい!」


 それを聞いて、フォルケルは破顔すると、ゴミの山に向けて敬礼をするのだった。



 地下街で夜通し続いたどんちゃん騒ぎもようやく終息を迎え、勇者【アレクシー=オズワルド】とアリーは朝から繁華街の市場へと繰り出していた。


 騒ぎつかれ、酔いつぶれ、皆が鼾を上げて眠りついたのは時間にして朝の6時ごろ。


 勇者は身体健全オートキャンセラーによって酔いはしないものの、身体的な眠りは当たり前のように訪れる。


 御多分に漏れず眠りについていた勇者は突如として眠りから覚める。

 勇者の目の前にはちょっとした悪戯をした後の様に小さく舌を出すアリーの姿があった。


 勇者は体の軽さや眠気が一切ないことから察する。復活の福音リザレクションによる回復であると…。


 二人は皆が寝静まっているのをいいことに、二人だけで地下街を抜け出し、今に至るということである。


「な、なんか勢いだけで出てきちゃったけど…。大丈夫かな?もしかして怒られる?」


「ま、まあ…《魔力通話》の第一声でいきなりどやされるのは確定だろうな。」


 乾いた笑いが二人の間に流れるが、どこかぎこちない。


 二人きりになるのは初めて出会った時以来である。例の得も知れぬ緊張が二人の間に流れる。


 その時…。


 ぐぅうううううう~~~~


 賑やかな繁華街の喧騒と食欲を刺激する香りからなる腹の虫の音が鳴り響き、二人はどっと呵々大笑した。


「あはは…。と、取り敢えず朝ごはんにしよっか?」


「あ、うん。折角だからうまい店に案内するよ!」


 勇者はこの一か月でリサーチ済みの上手い店を巡った。アリーはこの町で育ったものの、貧民街での生活故に繁華街での食事などありついたことなどなかった。


 香ばしい匂いにアリーは目を輝かせる。


 それはパイ生地で燻製肉と酢漬けした野菜をサンドした変わったサンドイッチだった。


「おいしそ~!!」


「だろ?案外さっぱりしてて朝からでもイケちゃうんだぜ。」


 そうして二人同時にサンドイッチにかぶりつき、「うまい!!」の絶叫がこだました。


 その後も、二人は賑やかな市場を練り歩く。


 見た目がコーラに似た不思議な飲み物にチャレンジし、見事に玉砕した勇者を見て笑うアリー。

 チュロスの様な細長い焼き菓子のフレーバーを複数買っては味の感想をぶつけ合う。


 食べ歩きで腹も満たされれば、次はアパレルやアクセサリー屋を回った。


 豪華なネックレスを見ながらアリーは苦笑いを浮かべる。


「公務となったらあれこれつけられてホントに重くって…。今まで肩こりなんてしたことなかったのにな…。」


 そう言いながら自分の肩を揉み始める。その様子を見て、勇者は不安そうに表情を暗くした。


「あ…もしかして、アクセサリーとか嫌いだった?」


 勇者の言葉に、アリーは慌てて手を振って首を横に振る。


「違う違う違う!そりゃあ、女の子だし…綺麗なもの身につけたいとは思うんだけど…。あんまり派手でごちゃっとしたのはどうもね…。」


 アリーははにかみながら勇者の顔を見た瞬間、ハッとした。


(あっ!もしかして買ってくれようとしてる?)


 勇者が真剣な眼差しでアクセサリーを吟味している姿を見て、そんな期待がアリーの胸の中で膨らんだ。


(これって気づいたらダメな奴だよね?!…てかあんまりにも高いものを物欲しそうな顔したら無理させちゃうかも…!)


 一人で動転しているアリーを尻目に、勇者は難しい顔で商品を見つめ続けると小さく頷いた。


「うん、それじゃあいこうか?」


「え?…あ、うん…。」


 アリーは目を丸くした後、店の人にお辞儀をしてからその場を離れた。


 勇者の隣を歩きながら、アリーは拍子抜けしたように落胆していた。


(なんか…一人で舞い上がって…バカみたいだな…わたし…。)


 アリーの様子に、当然勇者も気づき、顔を覗き込む。


「大丈夫?ちょっと疲れた?」


「え?あ~全然大丈夫!疲れてなんかないよ!」


 無理に笑顔を作って応じる。


「もしかして…さっきの店で欲しいものがあったとか…?」


「あ…いや…そういうわけじゃなくて…。」


 いつもみたいに笑って応えたいアリーだったが、なぜかそう出来なかった。勇者の顔をまともに見れず、顔を伏せたままだ。


 なんとも言えないバツの悪い空気が流れる中、勇者が口を開こうとした瞬間、鐘の音が響き渡った。


 12時を告げる時計塔の鐘の音。20mはあるその塔を見上げると、勇者はアリーに視線を戻した。


「なあ、この塔、登ってみようぜ。」


「え?あ…うん。」


 アリーは煮え切らない思いの中、勇者の提案を受け入れる。


 塔に入ると螺旋状の階段があり、二人は肩で息をしながら時計塔の頂上目指して登った。

 途中、勇者から差し出された手を取り、なんとか登りきる。


 辿り着いたその場所は、ルネリオスを一望できるものとなっていた。


 延々と続く様な街並み。

 行き交う人々。

 風と音と光が織りなす壮大なパノラマに、二人は思わず声を上げた。


「わあ…すごい!」


 アリーの感嘆の言葉に、勇者は苦笑を浮かべた。


「アリーはいつもこの場所よりも高い場所にいるだろ?」


 勇者の一言にアリーは頬を膨らませる。


「それとこれとは違うんです!あんなに高い場所だと逆に何にも見えないんですから!それよりも…。」


 アリーは塔の胸壁パラペットに体を預けて下界に目を落とす。


「こうやってみんなの顔が見れる方が…ずっといい…。」


 アリーが感傷に浸りながらぼんやりと眺望に目を移していたその時、アリーは背後から首の周りに覆いかぶさる様な気配を感じた。


「きゃあ!!」


 思わず振り返った手が固い何かに当たる感覚があった。


「えっ?!あっ!!ちょっ!!」


 振り返った先にあったのは、慌てふためいた勇者の顔だった。

 勇者は慌てながら空に舞う何かを掴もうとお手玉し、慌てて塔の胸壁パラペットから身を乗り出す。


「危ない!!」


 あまりに体重が胸壁パラペットから外に出てしまったため、勇者の体は耐え切れずに空に投げ出された。


「うぁああああああ!!!」


「アレックスさー-ん!!」


 なんとか手を伸ばそうとしたアリーの手は勇者の体を掴むことが出来ず、そのまま勇者の姿が消えた。


「いやあああああああ!!!」


 アリーの悲鳴が響き渡り、道行く人々が塔の頂上を見上げる。


 アリーは動転し、右往左往して二の足を踏みながら一つの結論に至る。


「そうだ!早く降りなきゃ!!アレックスさんの息がまだあれば助けられる!!」


 ようやくその考えに至ったアリーは慌てて階段に向かって走り出した。


 その時、下界から声が上がる。


「おー――――い!兄ちゃん!!大丈夫かー―――!!!」


 まるで遠くのものに呼びかけるような声に、アリーは足を止めて振り返る。


 そして、それに応えるように声が上がった。


「あ…ああ!大丈夫!大丈夫!!」


 すぐその場から聞こえる声に、アリーは胸壁パラペットから身を乗り出して下界に目を向ける。


 そこには、塔の明かり窓に片手をかけてぶら下がる勇者の姿があった。明かり窓は手や足を掛けられても体は通れそうにない。


 勇者は何かを口に咥えると、両手を使って体を引き上げ、明かり窓に膝をかけると、その後は塔の外壁の隙間に指と足をかけて頂上まで登り切った。


 その様子を下界から見守っていた通行人から拍手と歓声、指笛が鳴った。


 息を荒げながらも、笑顔で下界に手を振る勇者を見て、アリーは足の力が抜けてその場にへたり込んだ。


「良かった…無事で良かった…。うぁあああああん!!」


 そういうとアリーはその場で号泣し始めた。


 それに対して今度は勇者が動転し、あたふたと手を拱く。


「ご、ごめん!!本当にごめん!!」


「違うの!私が…私のせいで…ごめんなさい!!」


 泣き続けるアリーに対して、勇者はそっと頭を撫でた。


 その優しい感触に、アリーは少しずつ心を落ち着かせていった。


「いや、俺が悪かったんだ。ちょっと驚かせようとしたつもりだったんだけど…。」


 そう言いながら、勇者はアリーの目の前に右手を差し出した。


「あ…。」


 そこには翼を模したプラチナのチャームネックレスが握られていた。


 それを見てアリーは気付く。あの時、自分が跳ねのけてしまったのはこのネックレスだということを。


「えっ?!これ…って…?」


 勇者はバツが悪そうに頬を掻く。


「あ…えっと…実は…。プレゼントしようと思って、すでに買ってたんだ。これ…。」


 思わぬ言葉に、アリーは目を丸くした。


「でも…ネックレスは肩が凝るって言ってたから…やばいと思って違うのを買おうかとちょっと悩んだんだけど…。そこまで重いわけじゃないから大丈夫かなって…。でもいざ渡すとなるとどこで渡そうかなって思って…。そしたらここ、案外いいロケーションだし、サプライズしようとしたんだけど…。」


 アリーにはロケーションもサプライズも言葉の意味がよくわからなかった。


 しかし、勇者が既に自分のためにプレゼントを用意してくれていたことに打ち震えるような喜びに浸る一方で、そのネックレスをつけようとして伸ばした手を振り払って勇者を危険な目に遭わせてしまったことに対して赤面しつつ、自責の念に苛まれた。


 あまりに短絡的で愚鈍な自分に対しての怒りも相まって、喜怒哀楽が混沌としてパニック状態になっていた。


「ごめんなさい!本当に!本当に!ごめんなさい!!」


 必死に頭を下げるアリーの首に、再び勇者の手が近づく。


 今度はアリーもそれを受け入れる。


 いつもより近い勇者の顔にどぎまぎしながら、アリーに下げられたチャームを手に取った。


 眩いばかりの輝きを放つその造形美に、アリーは目を細めた。


「綺麗…。」


 そして、勇者は徐に自分の胸元に手を入れ、それを引き出してからアリーの目の前に下げた。


「あ…!」


 アリーは短い声を上げ、手元のチャームと目の前のそれと視線を往復させる。


 勇者の手から下げられたそれは、アリーの首に下げられたチャームと同種のものだった。


 勇者のチャームは剣を模している。


「色々考えたんだけどさ…アリーにはやっぱり翼かなって…。嫌じゃなければ…受け取ってもらえるかな?」


 勇者は照れくさそうにアリーから視線を逸らした。アリーはうっとりとした顔でチャームを見つめると、大きく頷いた。


「はいっ!!ありがとうございます!アレックスさん!!」


 その言葉と笑顔に、勇者も顔を綻ばせる。


 そんな暖かな空気に包まれた中、大きな咳払いが二人耳に届いた。


「ゴホンっ!」


 恐る恐る勇者とアリーは階段の方角に視線を向ける。


 そこには、青と白を基調とした隊服にミスリルプレートを身を包んだ騎士、聖騎士団5名が勇者達に向けて気まずそうな視線を送っていた。


 その内の一人、金髪碧眼、端正な容姿の好青年、ハイレン=ローデンスが口を開く。


「騒ぎを聞きつけて来てみれば、こんなところにいましたか…。聖女様…。」


 明らかにこめかみに青筋を浮かべていることから、アリーは愛想笑いを浮かべながら、なんとかその場を取り繕う。


「は…ハイレン…!えっと…これは…なんていうか…。」


「言い訳はカテドラルに戻る道中でたっぷり拝聴いたします。それでは参りますよ。」


 アリーは無駄な抵抗はせずに素直に応じた。

 ハイレンの元に静かに歩くアリーの背中はどことなく寂しげだった。


「アリー!」


 勇者の声に、アリーの足は止まり、はにかみながら振り返った。


「へへ…どうやら魔法が解けちゃったみたい。でもありがとう!ホントに…ホントに久しぶりに楽しかった!!」


 満面の笑みを浮かべるアリーに対し、勇者も笑顔で応えた。


「ああ!すぐにまた会いにいくよ!」


 アリーの目尻に涙が浮かぶ。


「うん…!待ってる!それまで私、頑張るからね!」


 完全に二人だけの世界に入っている勇者とアリーに向けて、再び、ハイレンが「ゴホンッ!」と咳払いする。


「感動のシーンに水を差すようで悪いのですが、アレックス殿にもカテドラルに来てもらいたいのでここでお別れにはなりませんよ。」


『はい?』


 勇者とアリーの声が被った。


 この後、ハイレン達聖騎士団によって二人はカテドラルへと連行される。


 勇者はただただ嫌な汗が背中を伝った。


(え?もしかして俺…。聖女誘拐犯として裁かれるんじゃないだろうな?)


 完全に逃げられないように聖騎士に四方を取り囲まれる肩身の狭さから、勇者の不安はカテドラルへの道のり分強くなっていくのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ