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〜引き絞られる弓と放たれる一矢〜

▮勇者

 カテドラルに到着後、出迎えてくれたジネラは挨拶も早々にアリーを連れて上階へと足早に消えていった。


 俺はというと…相変わらず両脇と後方に4名の聖騎士を侍らせて宮廷散歩させられている。


 拘束とかはされていないため、捕まっているわけではないと思うが、なんとも落ち着かない状態である。


 沈黙のままどこに向かうかも知れぬ時間が流れ、堪らず俺は声を上げた。


「な、なあ?これってどこに向かってるんだ?」


 地下ではないことから多少不安は取り除かれたものの、分からないというのはやはり不安だ。


 しかし、ハイレンは振り返ることなく足を進める。


「もうすぐ着きますので。」


 そう、ぶっきらぼうに答える。


 なに?こいつ…怒ってる?いや、まあそりゃあ怒るか…。

 忙しい身の上の聖女に仕事放棄させて一日中連れまわして遊んでたんだから…まあ普通は怒るか…。

 てことは、やっぱりこの後こってり絞られるんだろうな…。


 そう思って溜息をついた時、ハイレンの足が止まった。


「着きました。ここです。」


 豪華な細工が施された立派な両扉の前には2人の衛兵が立っている。とりあえず物々しい場所であることは間違いなかった。


「それではどうぞ中へ。」


 ハイレンの声に従って、衛兵が扉を開く。


 俺はその部屋の中へ足を踏み入れた。


 豪華なシャンデリアに巨大な円卓。豪華な細工のされた壁や大理石の床など、非常に贅を尽くした作りだが、全く窓がない。

 当然、灯りはあるものの、荘厳さも相まって非常に鬱屈とした印象を与えるものだった。


 そして、その部屋には既に先客がおり、その面子をみて俺は目を丸くした。


「マスター!遅いですよ!」


「全くなの…。これは小一時間は問い詰める必要があるの。」


「おいっ!出歯亀止めろよな!」


 見知ったいつもの顔がそこにあった。


「ゴルドラ、ノア、レダ!ドーヴェの爺さんまで…。」


 俺の視線を感じたのか、ドーヴェは「フォッフォッフォ」と笑う。


「全く…若い者たちに交じって老人を引っ張り出すとは…。横暴が過ぎますなぁ。」


 ドーヴェの隣には、見たことのないオッサンがいた。ブラウンの髪をオールバックにして後ろで結い上げ、筋骨隆々なその厳めしい顔の男は50代くらいの貫禄があった。


 男は俺の到着に合わせて腰を上げると、思いがけず最敬礼で迎えてくれた。


「お待ちしておりました。勇者アレクシー=オズワルド殿。私はフォルケル=エルトルードと申すもの。あの時は、助けてもらった礼も言わず、大変な無礼を働いたことを赦してほしい。」


 は?助けてもらったって…?俺こんなオッサン助けたっけ?


 頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えたのか、ノアが《魔力通話》を繋いできた。


『搦手門のところでリヴァイアを倒しに行って返り討ちにされたおじさんなの。』


「ああ~…!」


 思わず声が出てしまい、慌てて言葉を飲んだ。


 そう言えばいたな…。気づいてはいたけど終始絡みが無くて印象に残ってなかった。


「いやいや、無事で何よりです。あはははは…。」


 俺は愛想笑いをしながら頭を掻くしかなかったのだが、そんな俺の顔をフォルケルはまじまじと覗き込んできた。


「え?いや…あの…何か?」


 動揺する俺を尻目に、ドーヴェの爺さんが「フォッフォッフォ」と笑った。


「似とるんじゃろうて…。あやつと…。」


 あやつ?


 フォルケルに視線を向けると、懐かしそうに顔を綻ばせながら頷いた。


「ええ…。瓜二つというわけではないが、顔のつくりや、纏う雰囲気がそっくりだ。」


「え?あの…えっと…誰とそっくりだって…?」


 フォルケルは咳払いを一つすると頭を下げた。


「これは失礼した。私は昔冒険者をやっていてね。クアドラル=マークというチームだったのだが、その時のリーダーに君がよく似ていたものだから…ついな。」


 ん?クアドラル=マークってなんだっけ?聞き覚えがあるんだけど…。


「クアドラル=マークってどっかで聞きましたよね?マスター。」


 そんな俺の心の声を代弁するようにゴルドラが首を捻って思い出そうとする。

 そんな俺とゴルドラの様子を見て、ノアは再び《魔力通話》を繋いできた。


『パパ。クアドラル=マークはシェリアラが昔所属していた冒険者チームなの。』


 そこまで聞いて、俺は一気に記憶を呼び起こした。


 そうだ!シェリアラ!ロネリーの町に住む彼女が昔所属していた冒険者チームの名前…。ということは、そのリーダーはつまり…。


「先代の勇者のことか?!」


 その一言に、フォルケルは顔を強張らせた。


「そうか…。やはり彼も君と同じ転生者であり…勇者という存在だったのだな。」


 俺はふとノアへと視線が泳ぐ。予想通り、顔を伏せている。無理もない。先代の勇者とはつまり、ノアとロアの父親なのだから…。


 今は俺が親代わりとなることで記憶の奥に封じていた存在が、ここに来て話題に上ったことは対して複雑な心境になることは予想出来た。


 正直、この話は早く切り上げなければならない。そう思っていたが、フォルケルから思わぬ言葉が発せられた。


「勇者…勇者か…。どうか、聞かせてはくれまいか?勇者とは何なのか?どこから来て、どこに消えていくのか?君達勇者と呼ばれる存在は、何を目的としているのだ?頼む!教えてくれ!」


 フォルケルは頭を下げる。


 その質問は好都合だった。前の勇者談義に花が咲くかと警戒したが、どうやらそれは避けられそうだ。


 しかしながら、先ずはこちらの質問が先だ!


 俺は腕を組んで唸りながら、悩むふりをした。


「教えるのはいいんだけどさ。それよりも先にこの状況の説明をする方が先じゃないのか?」


「申し訳ない!!アレックス殿!!」


 突如ハイレンがなかなかの声量で謝罪を告げ、深々と頭を下げる。


「は?え?なに?」


 狼狽える俺を見ることなく、ハイレンは悔しそうに顔を歪めながら声を絞り出した。


「以前、アレックス殿は法王庁に招かれることもその貢献を称されることも断られた。魔女の件についても、私は秘密を破り、フォルケル様に話してしまった。私はアレックス殿との約束を何一つ守れない不義理で不誠実な男です。本当に申し訳ない!!」


 はあ?何の話してんの?


「あ、あのさ…。一体何の用で呼び出されて、ここで何するつもりなのかって話を…。」


「だが…わかっていただきたいのです!今のオルフェリアを元の気高き法国に戻すためには、あなた方の力がどうしても必要なのです!」


 いやいや、話聞けよ!


 一人で盛り上がっているハイレンを見かねて、ノアは溜息交じりに答える。


「聖王国がにっちもさっちも行かないから、ノア達に助けて欲しいって言ってるの。」


「はあ?」


 ノアの一言に、フォルケルもハイレンもバツが悪そうに顔を背ける。


「教皇庁バーラルから離反して独立を宣言したものの、国の内政も外交も全部担ってきた枢機卿と神官長が殉職。神官省もほとんど更迭されて、今ルネリオスには脳筋の騎士団省しかいないの。この一か月、見様見真似で国家運営してみたけど、結局は前政権の方針を踏襲するぐらいが関の山…。今後の展望に手詰まりになって慌てて縋ってきたのが見え見えなの。」


 なんとも歯に衣着せぬ物言いに、いい大人の二人が片身を狭くして俯くしかなかった。


 ああ~…。なんか分かってきた…。なんでハイレンが仏頂面で俺をここまで連行してきたのか…。


 ハイレンは魔女討伐後のやり取りから、俺が国家権力に対して懐疑心を持っていて、権力者の言いなりにならない自由な冒険者であるという人物像を描いていた。


 そんな俺達に協力を仰ぐことが、ハイレンにとっては俺との約束を破ったという罪悪感に繋がったのだろう。


 この部屋に来るまで何も語らなかったのも、四方を屈強な聖騎士で囲んで逃げられないようにしてきたのも、事実を知って俺が姿を消してしまうかもしれないと思ったからだ。


「なるほど…そういうことか…。」


 俺はそう言いながら近場の椅子に腰を掛けた。


「ハイレン、心配しなくてもあの時とは状況がまるで違う。ゴルドラの件もあって、当時は法国に目をつけられるのを避けたかったんだ。そういう意味で言えば、枢機卿もリヴァイアも俺のことを知らなかった。つまり、お前は約束を守ってくれていたんだ。だから安心してくれ。」


「アレックス殿…。寛大な御心に感謝する。」


 そう言って大袈裟に跪拝するハイレン…。本当にクソ真面目だな…。


「で、聖王国が俺たちを囲いたいって話だけど…。」


 フォルケルに視線を向ける。


「どんな待遇で迎えてくれるかは知らないが、ハッキリ言っておく。俺達は聖王国に士官するつもりはない。宮中のしきたりやルールに縛られるのはゴメンだ。」


「なっ!!」


 フォルケルとハイレンは目を剥き、たじろいだ。


 俺の発言に、ゴルドラもノアもレダも反応示さない。すまし顔だ。どうやら特に異論はないらしい。


「ただし…。」


 そのタイミングで部屋の扉が開かれた。


 そこには、ジネラに連れられ、アリーが肩で息をしながら現れる。黄色味がかったセージローブを身に纏い、司祭帽を被った姿は、一人の女の子から聖女様になったことを実感させた。


「ごめんなさい!遅くなりました!!」


 まだ整わない息を上げながらも微笑む彼女を見て、俺も思わず破顔した。


 そして、自分自身への誓いを述べるようにはっきりと告げた。


「そんな無礼千万な非正規雇用でも構わないって言うならば、協力は惜しまないよ。」


 俺のその一言に、ゴルドラは歯を見せて笑い、ノアは肩を竦めながらまんざらでもない顔をした。レダは舌打ちをしながらも、顔を綻ばせる。


「は?え?なんですか?」


 話の前後が見えないアリーは当然動揺を隠せず、狼狽えるばかりだ。


 フォルケルとハイレンは直立で背筋を伸ばすと深々と頭を下げた。


「感謝する…。勇者殿…。」


「そんなに畏まらなくていいよ。別に慈善活動じゃないんだ。ある意味、俺自身のためであるだからさ。」


 俺のその言葉に、フォルケルとハイレンは目を丸くする。


「フォルケルさんだっけ?さっき勇者とはなんなのか…。聞いたよね?その答えを聞いたら、聖王国にもいろいろと協力してもらうことになるけど、いいかな?」


 俺は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 どうせ話すならしっかりと後ろ盾になってもらわないと困る。聖女を守る勇者という立場を維持したまま、アルカナレイドを勝ち抜くためにも…。




 防音・耐魔法壁で作られた機密会議室にて役者は集められた。


 本来であれば、聖王国のこれからについて議論していくところなのだが、会議は勇者によるカミングアウトから始められた。


 それは勇者にとって存在定義そのものであるアルカナレイドについてである。


 今思えば、アルカナレイドについて正確に説明をしたのはアリーだけであり、ゴルドラやノアにとっても初耳の情報であったことは、室内に多分な衝撃をもたらした。


「アルカナレイド…22人のアルカナキャストの争奪戦…。」


 ノアは神妙な顔つきになって親指の爪を噛む。


「おいおい、俺もその一人って…マジかよ…。」


 レダは驚愕を隠さずにたじろいでいたが、ゴルドラの様子は明らかにおかしい。険しい顔つきで重苦しく口を開いた。


「マスター、なぜ今まで話してくれなかったのですか…?」


 ゴルドラの問いに、勇者はバツが悪そうに頭を掻いた。


「降りたら消去デリートされるアルカナレイド…。それは俺と魔王にだけ課せられたペナルティであって、他のアルカナキャスト達にはそんな制約はない。俺たちの争いに巻き込まれるだけっていうのが…どうしても後ろめたくて…言い出せなかった…。…ごめん。」


 頭を下げる勇者に対して、ゴルドラは憤慨した。


「見損なわないでください!私はどんな理由があろうとマスターについていきますよ!あの時…そう誓ったのです!アルカナレイドに怖気づいて誓いを曲げるなどと竜族の誇りにかけてあり得ません!!」


 ゴルドラの言葉を受けて、勇者はゴルドラには最初から全てを伝えておくべきだったと後悔した。少し石橋を叩き過ぎた自分を戒めながら、勇者は再び頭を下げた。


 そして、勇者と共に頭を下げる者がいた。フォルケルである。


「ゴルドラ殿…。勇者殿を許してやってくれまいか?私達もまた、誰も勇者がそのような業を背負っているなどとは知らなかった。」


 苦虫を噛み潰すように、フォルケルは続ける。


「言ってくれれば…それは私達ならば当然の言葉だが、彼の立場からすればそれを口にする事は決して容易いことではない事を理解してやってほしい。」


 フォルケルは完璧に勇者の心を代弁していた。


 先代の勇者もまたその事を仲間に打ち明けられずにいた。


 それは偏に恐怖だった。


 信頼する仲間だからこそ、勇者の目的が非常に利己的で、仲間を駒のように扱うことを連想させるこのアルカナレイドと呼ばれる遊戯に興じるものだと知って、それでも変わらず仲間でいてくれるのかどうか…。


 それを明らかにする一歩は、想像するより果てしなく重い一歩だった事をゴルドラも理解し、矛を収めた。


 そんな様子を見ながら、レダは複雑な思いを抱く。


「なるほどな…お前らが仲間だ仲間だと騒ぐわけだぜ。で?それを今になって話す気になった理由はオッサンに聞かれたからってわけじゃねぇだろ?」


 レダの問いに、勇者は頷いた。


「ノアから教えられたんだ。リヴァイアとの戦いの中で使われたキェルケゴール。アレを生み出すための知識には異世界の知識…つまりは転生者の存在が必要になることを…。」


 それを聞いてその場にいた全ての者が事を察した。


 皆を代表するように、アリーは恐る恐る口を開く。


「つまり…リヴァイアの裏には魔族だけでなく、転生者…つまり魔王がいるということですか?」


 勇者は頷いた。


「全て話すことを決めたのはそれがきっかけだ。魔王が前世の知識を使ってバイオ兵器を生み出し、無関係な一般市民を大勢巻き込む様な事を厭わないサイコ野郎だとしたなら…全てを話して共に立ち向かう道を選ぶべきだろうって…。」


 ノアは頷きながら補足する。


「おそらくだけど、バーラルには魔王の配下である魔族がいるの。それがキェルケゴールを作り、リヴァイアを裏で操っていた黒幕なの。リヴァイアとシェゾが生き延びたことで、パパが勇者である事が魔王に伝わっているとしたら、聖王国に今集結しているアルカナキャストを一網打尽にする絶好のチャンスなの。」


 勇者は視線を落としたまま頷いた。


「アルカナキャストが全員聖王国から離れれば魔王は目標を見失うんじゃないかとも思ったけど、アリーもまたアルカナキャストだ。聖女を失えば聖王国もまた滅びる事になる。どんなに考えても結局辿り着く答えは一つだ!」


 勇者は顔を上げて皆に視線を向ける。


「俺達、勇者パーティ一行は聖王国の戦力としてバーラルと直接対決を行う!打算も感情論も全部ひっくるめてそれが俺の最適解だ!!」


 そこまで言うと、勇者は頬を掻きながらゴルドラ達に視線を向けた。


「そんなわけだからさ…その…。ついてきてくれるか?」


 そんな勇者の言葉に、ゴルドラは喜色を浮かべて微笑んだ。


「もちろんですよ!このゴルドラにお任せください!!」


 ノアは憮然顔で頷く。


「ん…。まあ、結局それ以外ないの。色々と不本意なことはあるけども、しょうがないの。」


「ごちゃごちゃ御託並べやがって…。そんなお題目以前に感情論とやらだけが理由で別にいいんじゃねぇか。」


 レダの言葉に勇者は顔を赤くしながらそっぽを向いた。

 その様子から皆がある程度察した中で、唯一その意味がわからない者がいた。


「え?あの〜…。それって一体どういう意味なんでしょうか?」


 小首を傾げるアリーに対して、その場は深いため息に包まれた。


 そんな周りのリアクションに動揺するアリーに、ジネラがこっそりと耳打ちをすると、アリーは顔を真っ赤にして俯いたのだった。


「ってわけで、前置きが長くなったが、本題に入ろう。先ずは聖王国の内政についてだ。」


 勇者はノアに視線を向ける。


「ノア頼めるか?」


 明らかに子供であるノアが推挙され、フォルケルは戸惑う。


「ゆ、勇者殿!こんな幼い子に任せて本当に大丈夫なのだろうか⁈」


 勇者は不敵に笑いながら頷く。


「ノアは政治や経済学に明るい。その辺の文官が束になっても、頭の勝負でノアに勝てる奴なんてそうそういないよ。」


 自信満々な勇者の言葉に、ノアは大きく溜息をつきながら頷いた。


「三つ…条件があるの。」


 フォルケルは額な汗を浮かべながら、ノアに向き直った。初めて会った時にも感じた幼女とは思えない強烈なプレッシャーに、フォルケルはごくりと息を呑んだ。


「一つ、神官省は解体して新たに文官省を作ること。」


 フォルケルは静かに頷く。既得権益にすがる現状の神官省の状態では完全にやむなしである。反対する謂れはない。


 ノアは指を二本立てる。


「二つ、文官の選考テストはノアがするの。落としたやつは前の職位がなんであれ追放するの。カテドラルの敷地には上がらせないの。」


 フォルケルは少し難しい顔をしながら頷く。


「相分かった。その場には私も同席し、混乱がないように努めよう。」


「その後の逆恨みの可能性をも踏まえて、聖騎士団も警戒を怠らないように致します。」


 フォルケルとハイレンの言葉に頷くと、ノアは三本目の指を立てる。


「三つ、就業時間は朝8時から夕方5時まで。残業はお断りなの。」


 最後の条件には皆が苦笑いだったが、一様に頷いた。誰もが分かっていた。時間が過ぎ、ロアが出てきた時点で大変な事になるであろうことが…。


「さて、次に外交だけど、こっちについては現在の聖王国の立場と考えを聞かせて欲しい。」


 勇者の質問に、フォルケルはアリーへと視線を注ぐ。それを受け、アリーは意を決したように咳払いを一つして口を開く。


「現在、聖王国は教皇庁バーラルからの再々の召喚命令を受けています。しかし、聖王国はこれに対して明確な返事を出さず、時間を稼いでいる状態です。文面が武力の脅しに変わる前に、なんとしてもその他法王庁に協力を仰ぎたいと考えております。その為には私が使者として法王庁を行啓して…。」


「やめた方がいいな。それ…。」


 アリーの言葉を遮って放たれた勇者の言葉に、皆が唖然とする中、ノアだけは頷いて同調した。


「うん、やめた方がいいの。」


 ハイレンが拳を握りしめて勢いよく席を立った。


「な、何故ですか⁈これはオルフェリア法国が真の姿を取り戻すための戦い!その為には皆の力が必要で…。」


「それが目的ならなおのことだ!」


 勇者の一喝にハイレンは押し黙った。

 勇者は厳しい視線をハイレンに向ける。


「法国は腐ってるわけじゃない。教皇庁バーラルが悪魔の手によって牛耳られている状態なんだ。この戦いの勝利条件は国家を転覆させることじゃない。不穏な異分子を取り除くことが目的なんだよ。」


 それを聞いてドーヴェが「ファフォフォフォ」と声をあげて笑う。


「兵も含め、法国は基本的には皆正常。そんな無垢な兵隊を互いに戦わせ、血を流させる大戦など無用。全てが収まるところに収まれば、元通りのオルフェリア法国に戻る…と言うことじゃな。」


 それを聞いて、ハイレンはハッとした。


 法国は基本的には何も変わっていない。問題なのは国家権力の椅子に、本来座るべきでない存在がいることが原因。

 となれば、他の法王庁を味方に引き入れていくという行為がどういう結果を生むのか…。


 ジネラが神妙な顔で頷く。


「聖王国に同調すれば、バーラルへの明確な敵対意思を示す事になります。第四から第六までの法王庁は守備良く味方につけられても、第一から第三までの法王庁はバーラルから近いこともあり、報復を恐れて敵に回る可能性は十分にあります。」


 ハイレンはジネラの言葉に戦慄する。


「そうなれば、国を二分する争いに発展する…。他の法王庁を調略する行為は…戦火を国中に広げる事に繋がるという事ですか…?」


 ハイレンの辿り着いた答えに、ノアも頷く。


「現在の法王庁は聖女の真偽によって迷いの牢獄に閉じ込められて足が止まってるの。この状況は、むしろこちらにとっては好都合なの。」


「それって…どう言う意味ですか?」


 アリーの問いに対し、勇者は目の前で強く拳を握って見せた。


「今なら少数精鋭でバーラルに乗り込み、諸悪の根源を断ち切るチャンスってことだ!」


 部屋の空気が一変し、動揺が駆け巡る。

 その中でレダが恐る恐る声を上げた。


「一応聞くけどよ…。その少数精鋭ってのはもしかして…?」


「当然!我々ですね!!」


 ゴルドラが勢いよく立ち上がって胸を叩いた。

 それを見て、レダは額に手を置いて、「マジかよ…」と小さく呟いた。


 それを聞いてアリーは心配そうに勇者へと視線を向ける。


「アレックスさん…それって…すっごく危険なんじゃ…。」


 アリーの大雑把な危険予測に、勇者は思わず苦笑いした。


「まあ、確かに危険だが、手をこまねいても状況は決して良くならない。この一ヶ月、バーラルに目立った動きがないのも不自然だ。シェゾとリヴァイアも生きている以上、情報が伝わっていない訳がない。必ず何か仕掛けてくる!」


 勇者の言葉に皆が息を呑む中、フォルケルは遠慮がちに口を開いた。


「して…バーラルへの尖兵隊は誰が…?」


 フォルケルの問いに勇者は迷わず答えた。


「俺とゴルドラとレダの三名だ。」


 そのメンバー選出に漏れたノアは即座に頷いた。


「さすがパパなの。多分これが最適解なの。」


 ノアのその言葉に、自分も名乗りを上げようとしたハイレンは熟考した後、悔しそうに顔を歪めて引き下がった。


 バーラルを攻める者と聖王国を守る者を振り分けた時、これが最も理に適っていると誰もが理解した。


 理解したのだが、どうしても素直に受け止めきれない者が一人いた。


「あ…あの…!」


 皆がその声の主に視線を注ぐ。その声の主はアリーだった。アリーは勇者を見据え震える声で問うた。


「アレックスさん…私も…一緒に連れて行ってくれませんか…?」


「ダメだ。」


 勇者は即答した。まるでその言葉が来ることを予測していたかのように。


 アリーは鎮痛な表情で俯いく。だが、勇者としてはそれは決して譲る事は出来なかった。


「アリー…。俺には俺の…アリーにはアリーにしか出来ないことがある。今この国からアリーがいなくなることは承服出来ない。この国に住む人々とって、アリーは希望なんだから…。」


 アリーは顔を上げると、無理矢理作った笑顔を浮かべる。


「うん…。わがまま言ってごめん…。」


 重苦しい空気の中、勇者もまた不自然な笑顔を浮かべた。


「大丈夫だよ!その為にもノアを残していくんだからさ。ちゃんとマメに連絡入れるよ!」


 勇者のその言葉に、ノアが頬を膨らませる。


「むっ。ノアは体のいい連絡要員じゃないの。」


 その一言で、場の空気は一気に和らいだ。


 その後、具体的な進行ルートなどを検討し、勇者率いる尖兵部隊の出発の準備が整えられた。


 2日後、太陽が西の空に傾こうとする時刻。勇者とゴルドラ、そしてレダの三名は聖王国ルネリオスを立つ。


 聖王国だけでなく、オルフェリア全土を守る為の戦いに向かう勇者達の背中を見送る者は誰もいない。


 当然である。彼らは名も知れぬ冒険者なのだから。


 それを理解しながらも、アリーは部屋のバルコニーの赤く染まる眺望から勇者の背中を想像しては、溢れる涙を抑えることが出来なかった。


 そんなアリーの傍には、あやすように頭を撫で「よしよし…」と無表情に呟くノアの姿があった。


「安心するの。本当にパパ達が危険な時には何とかするの。」


 ノアの髪色や身長が変わっていく。

 銀色の髪の少女の赤い瞳孔には、決死の覚悟がそこにあった。


「アタシが絶対に…パパを死なせたりするもんかよ!」

 


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