〜自制を振り切る法界悋気〜
▮
エルデガルドへの調査が始まって二週間の時が過ぎ、魔王は幹部を会議室に招集した。
目的は調査報告の共有と今後の侵攻作戦の具体的な方針を検討する為である。
時折点滅する赤色灯の薄暗い部屋の中心に鎮座する円卓を囲むように、幹部たちの輪郭が浮かび上がる。
その円卓に座す魔王シェブニグラスは、徐に口を開いた。
「暗い。」
その一言に小さなざわつきが室内に湧き上がる。
「おい、電気を付けろ。これでは手元の資料はおろか、顔もよく見えんだろうが。」
その一言にベルフェルトが狼狽えた。
「は…。しかし、魔王軍の幹部会議となればそれなりの演出が…。」
「不要だ。即座に灯りを点けよ。」
ベルフェルトはどこか不服そうな顔をしながら―あまりよく見えないが—部屋全体の灯りを灯す。
明るくはなったが、一面黒い石壁、大理石の床では圧迫するような狭さを感じずにはいられなかった。
(魔族の趣味なのか、先代魔王の入れ知恵なのか分からないが、妙なことに拘るものだ。)
魔王は溜息をつくと、ようやく視認出来るようになった幹部たちの顔を眺める。
ゾゾ、フェル、紅麗尉、ベルフェルト、嶽閻、グラミア、そしてルーネ。
魔王は咳払いを一つすると、徐に口を開いた。
「これより第3回 幹部会議を始める。まずは紅麗尉、グラミア。報告せよ。」
『はっ。』
紅麗尉とグラミアの両名が腰を上げる。
紅麗尉は眼鏡を軽く持ち上げると、報告書を読み上げ始めた。
「この度、私、紅麗尉とグラミア両名で作成した魔生物が、異世界の感染症をオルフェリア法国 第七法皇庁ルネリオスにて、人為的なパンデミックの誘発実験を引き起こしました。」
グラミアは紅麗尉の報告を聞きながら、片身を狭くして俯いていた。
「本件が引き起こした事件は勇者一行が解決し事なきを得たものの、その事件を主導したものがバーラルの中枢である聖女を冠したリヴァイアであったため、法国への信頼は失墜。勇者一行は真の聖女であるアリアデルを擁して、国民の不安と不満を支持に変えることとなりました。今後、オルフェリア内での内乱、革命が発生するリスクが極めて高まったことからも、一時的な撃退策として感染症をバイオ兵器として実践投入したのは軽率であったことは否めません。誠に申し訳ございませんでした。」
紅麗尉は深々と頭を下げ、陳謝した。グラミアも同様に深々と頭を下げる。
「私の軽率な判断により、オルフェリアの情勢を著しく乱してしまいましたこと、ひいては魔王様の計略や今後の展望に大きな支障をきたしましたことを心からお詫び申し上げますわ。」
本件の顛末は既に幹部達には書面で報告されている。報告書の中で、二人が魔王から直々に咎められていることを皆は知っているのである。
特にグラミアが受けた仕打ちを聞いては、これ以上この件を蒸し返してグラミアを問い詰める者はいなかった。
むしろ、皆の興味はその先にあった。
「それで、今後オルフェリアはどうなされるのですか?直接勇者一行と事を構えるおつもりで?」
ベルフェルトは薄く笑みを浮かべる。
それならばそれで面白い。
といった雰囲気だったが、グラミアは首を横に振った。
「いえ…オルフェリアからは手を引き、勇者一行が引き起こすであろう革命を見守る。それが主様の御判断となりますわ。」
グラミアのその言葉に、フェルがへの字口を浮かべた。
「ふ~ん…。なんか勿体ない話じゃのう。まあ、下手に守ろうとすれば今後の作戦にも支障を与えるやもしれんし、仕方ないのかねぇ。」
返す言葉もなく俯くグラミアに同情の視線を向けながら、紅麗尉は報告を続ける。
「現在、その他の研究の中で今回に付随する研究の全てを凍結し、処分いたしました。しかしながら、魔人兵計画において研究が一定のレベルに達しましたことを報告いたします。」
魔人兵計画の進捗状況については魔王も含めて今回の報告が初となる。皆が前のめりになって紅麗尉の言葉に耳を傾けた。
「グラミアさんが今まで作り上げてきた魔人は潜在的には高い能力を有する一方で、肉体が魔素でないために力に耐え切れず、自壊する個体も多かったです。そのため、力を抑えることで安定させることが前提となっていたのですが、肉体をゴーレムに置き換えることでこの問題を解決致しました。」
室内に感嘆の声が上がる。
魔王も満足気に深く頷いた。
「紅麗尉よ。貴公の得意分野がこのような場所で日の目を見るとはな。」
魔王の言葉を受け、紅麗尉は喜色満面で説明を続ける。
「グラミアさんの慈母胎動による生体錬成は、人間の肉体では2つが限界でしたが、肉体をゴーレムにしたことで同一個体に複数の生体錬成を行うことが可能となりました。それにより、従来では不可能なレベルでの生体錬成が可能になり、キングレギオンクラスの魔人兵が近日中に完成の目途にあります。」
「レベル60以上の軍隊が出来るとは圧巻じゃのぅ。それはもう実験段階に来とるのか?」
フェルの質問に、思いがけない人物が答える。
「ン ゾゾガ 色々 テストシタ。オイシクハナイケド 強イ。」
そういうとゾゾはぐっと指を立てる。
紅麗尉はその様子を見て満足気に頷いた。
「会議の後、軍用演習エリアで戦闘演習を行いますので、お時間がよろしければ是非足をお運びくださいませ。以上になります。」
お辞儀をして報告を〆括る紅麗尉に対して魔王は喝采を送った。それに続き、他の幹部からも喝采が重なる。
「素晴らしい報告だった。此度の成果は魔王軍の大きな躍進の礎となろう。ご苦労だったな。紅麗尉、そしてグラミアよ。」
名指しされたことにより、グラミアははっと顔を上げる。
「え?…わ、私…ですの?」
「何を呆けている。当然だ。この成果はグラミア、貴公の能力が前提となったもの。紛うことなき二人の成果である。胸を張り、賛辞を受け入れよ。」
魔王の言葉にグラミアは思わず涙ぐんだ。
その様子を見て、紅麗尉はグラミアの背を叩いた。
「良かったわね。グラミアさん。」
紅麗尉の顔を見てグラミアは破顔する。
「紅麗尉さん…。ありがとう…。」
グラミアは涙を拭うと胸を張って魔王に頭を深々と頭を下げた。
「ありがたき幸せ!!これからもグラミアは主様のために、この身を捧げて尽くしていく所存ですわ!!」
つい先ほどまでお通夜のように暗く沈んでいたのも束の間、花が咲いたような笑顔に様変わりしたグラミアに皆が呆れ顔をする。
だが、紅麗尉だけは心から嬉しそうにグラミアの喜びを祝福したのだった。
紅麗尉とグラミアが着席し、魔王は次の議題の進行を開始する。
「では、次。ベルフェルト、フェル。帝国領内での情報を共有せよ。」
『はっ!』
ベルフェルトとフェルが腰を上げる。
ベルフェルトは魔法でタブレットの様な板状の物体を具現化し、それに目を通しながら説明を開始する。
「端的に申し上げます。法国に比べ、帝国は痩せた土地が多く、自然災害と魔獣被害に日夜悩まされているのが現状です。また、北方の覇王国とは現在進行形で戦争が続いており、法国とは南部にて第6法王庁アルビオレと睨み合いと小競り合いをしているという状況となっております。」
続いてフェルが報告を行う。
「国の有り様は封建制度ではあるものの、実際は派閥で動いとるようじゃ。現皇帝【バーナム】は床に伏せ、実権はその息子は握っとるらしい。」
その発言に嶽閻が首を傾げる。
「どういうことだ?帝国は選挙制ではなかったのか?」
その質問に、フェルは頷く。
「当然の疑問じゃな。ワシらも驚いたが、どうもその息子がなかなかの食わせ者での…。父親が皇帝の任期を終えるまでは病床の皇帝に変わり、その長兄である【オストヴェルト】が代行するということで無理を通したらしい。まあ、なかなかに小賢しい小僧なんじゃわ。」
不機嫌な様子を隠そうともしないフェルに代わり、ベルフェルトが説明を行う。
「オストヴェルトは貴族たちの根回しを怠らない男で、ほぼすべての貴族を掌握しています。おそらく、皇帝政治から貴族政治にグランベルドの在り方を根底からすり替えるつもりなのでしょう。しかしながら、帝国内で大きな反発は生まれていません。」
紅麗尉は眉を顰める。
「何故でしょうか?本来ならば皇帝が病床に臥せった時点で退任要求に応じて皇帝選出選挙が行われるはず。なのに国民はオストヴェルトの暴挙を黙認するだなんて…。」
ベルフェルトは神妙な顔をして頷いた。
「貴族側の支持をオストヴェルトが集める一方で、国民の支持を一身に集める存在がいるのです。彼の存在がこの歪な政権のバランスを安定させていると言えましょう。」
そこで、ベルフェルトが一拍を置いた。
「彼の名は【ゲシュタルト】。国民全てが彼を英雄、剣神と崇め奉ります。彼自身も非常に人格者であり、剣神の名に恥じない強さは、疑いようなく帝国の最大にして最強の戦力と言えるでしょう。」
ベルフェルトの熱を帯びた語りに興味を持ったのか、ルーネが薄い笑みを浮かべながら口を開いた。
「ベルフェルト様がそこまで他国の将の賛辞を真に受けられたということは、本当に真の実力者だった…そういうことでしょうか?」
ルーネの発言に、皆が響めく。それを否定しようとしないベルフェルトに対し、魔王は静かに口を開く。
「して…、ベルフェルトよ。そのゲシュタルトとやらの実力は如何ほどのものだった?」
ベルフェルトとフェルは汗を浮かべながら俯く。
そしてベルフェルトはゆっくりと言葉を紡いだ。
「…レベル90です。」
『90!!』
誰ともなく声を上げ、場は騒然となった。
「ゴッドレギオン!!嘘でしょ?!」
「まさか、間違いではないのか?!」
「人間如きに真祖様に迫る様なレベルの強者がいるとでも?!偽装にかけられたのではなくて?!」
「ワオ ソレハ ヤバイ」
疑惑・疑念に満ちた発言の矢がベルフェルトとフェルに降り注ぐ。
だが、二人は事実である以上何も言えない。真を語れば語るほど、より皆の恐怖と不安は強まるだけだ。興奮が収まるまで、この渦中に晒されることを二人は敢えて選んだ。しかし…。
「粛に!」
魔王の一喝が場の静寂を取り戻す。
皆の震える瞳が魔王に注がれると、魔王は手を叩いて笑い始めた。
「クックック…これは結構結構…。フハハハハハ!」
絶望的な情報に対して、まるで慶報の如く歓笑する魔王に対し、ベルフェルトも流石に眉を顰めた。
「魔王陛下…。一体何を…。」
尚続く魔王の歓笑に紛れて、ルーネは笑みを浮かべながら呟くように答える。
「まさしく捨てる神あれば拾う神あり…といったところでしょうか?これでグラミア様も多少溜飲が下がるというものでしょうね。」
「え…?ええ?!私ですの?!」
突然名指しされ、慌てるグラミアを一瞥し、魔王はようやく笑いを止めた。
「ルーネには敵わないな…。ここまで見通されるとは…。ベルフェルト、フェル。二人ともご苦労だった。おかげで帝国に対して具体的な計略の絵は描けた。感謝するぞ。」
「は…はっ!ありがたきお言葉…。」
ベルフェルトとフェルは魔王からの感謝の言葉を受けながらも、釈然としないまま着席した。
魔王は「さて…」といって仕切り直す。
「最後の議題、勇者のことについてだが…帝国にゴッドレギオンがいるということで大きく方針を変えることとする。よいか?」
魔王は幹部たちの顔を一人一人確認していく。
この時点で、魔王の考えに届いているのはルーネだけであることが窺える。
皆は魔王が何を口にするのかを固唾を飲んで注視していた。
そして、一拍の間を置いて、魔王は立ち上がり、言い放つ。
「グラミアよ!オルフェリアでの内乱に対し、魔人兵を使って徹底的に勇者と交戦せよ!!」
幹部たちが唖然とする。
当然である。
今まで魔王が徹してきていた隠密方針とは真逆なのだ。
特に、グラミアへの衝撃は大きかった。
一度は何もせずにそのまま捨てろとまで言われたオルフェリアだが、徹底抗戦の許可が下りたことでグラミアの口元が耳まで吊り上がった。
「そ、それは…主様…私としては願ってもないことでございますが、い、一体どういう?」
魔王はその問いに答えず、ルーネに視線を向ける。
「ルーネよ。貴公がその考えに至ったということは…そういうことと考えてよいのだな?」
ルーネは笑みを浮かべ、頷いた。
「はい。お許しいただけるのであれば、この場にお連れ致しますが…。」
「許す。通せ。」
「畏まりました。」
魔王とルーネの言葉少ないやり取りを幹部全員が茫然と見守る中、ルーネは《魔力通話》を開始する。
「お許しが出たわ。すぐにおいでなさい。」
ルーネのその言葉に呼応するように、ルーネの背後にゲートが発生する。
その中から、銀色の髪に色白の肌をした白いワンピース姿の少女が現れた。
その煌々と燃える様に赤い瞳孔を見て、皆が戦慄する。
「えっ…⁈し…真祖様…じゃないわよね?」
動揺する紅麗尉の言葉は皆の頭を過ぎる共通の疑念だった。
見た目は確かに真祖エルマリークに酷似しているものの、その体躯は幼く、醸し出すオーラもそれとは違う。
《大鑑定》を使用したフェルがその正体に辿り着き、思わず嘆息の息を吐いた。
「こりゃあたまげたのぅ…。お主、あのお嬢ちゃんか…?」
フェルの言葉に、何人かが目を剥いて驚きを露わにする。まだ気づいていないのは嶽閻とグラミアだけであった。
そんな中で少女は優雅にカーテシーを一つして見せる。そして、怪訝な顔をしているグラミアに視線を合わせた。
「ご無沙汰しておりますわ。お母様。まさか魔王様の配下でいらしただなんて、運命の悪戯とはなんとも恐ろしいことでしょうか…そう思いませんこと?お母様?」
その特有の台詞回しに、グラミアは目の前の存在が何者かに気付いた。そして、こめかみに汗を浮かべながら、合点の言ったように頷いた。
「なるほどね…。ルネリオスでの一幕における情報が洗練され過ぎていたわけですわ…。勇者一行に敗北して死んだと思っていたあなたが、逃げ延びていて主様に拾ってもらってたとはね…。」
グラミアは憎々しげな表情から一変し、邪悪な笑みを浮かべた。
「また会えて嬉しいわ。リーヴァ。」
「ええ、リーヴァもですの。お母様。」
不気味な笑みを浮かべて向かい合う二人を遮る様に、ゾゾがリヴァイアの元に近づき、両頬を引っ張り始めた。
「はぎゃ!ふがぁあ!」
顔が歪むほどこねくり回した後、ゾゾは満足そうに手を離す。
「スゴイ 完全ニ 顔ガ 変ワッテル」
リヴァイアは引っ張り回されて赤くなった頬を押さえながら恨めしそうにゾゾを睨む。
そんな二人の間に、魔王が口を挟んだ。
「なるほどな…。それが貴様の能力、滅茶苦茶か?」
リヴァイアは魔王に向き直り、平伏する。
「はい。その通りですわ。」
以前と違い、堂々と自信に満ち溢れたリヴァイアの姿に、魔王は感嘆の声を上げた。
「レベルは34のままだが、ヴァンパイアロードの種族スキルや《魔力錬成》も獲得しているな…。ルーネよ…これはまさか…?」
「御察しの通りです。真祖様のレプリカの何人かを彼女のスキルに差し出しました。」
平然ととんでもない事を口にしたルーネに対し、皆が驚愕の視線を送る。
「当然ですが…真祖様の御許可は?」
恐る恐る尋ねるベルフェルトに対して、ルーネは嘲笑浮かべた。
「もちろん承知の上のことです。最早レプリカ達に対して真祖様は全くと言っていいほど関心を寄せておりませんので、御心配には及びません。」
皆の動揺が収まらぬ中、魔王は静かに平伏したままのリヴァイアを睨み据えた後、グラミアに視線を移した。
「グラミアよ。リヴァイアとシェゾを貴公に預ける。元々貴公の部下だ、異存ないな?」
「は?…はいっ!畏まりましたわ。」
未だリヴァイアの登場による動揺から立ち戻れていなかったグラミアは、魔王の声掛けに慌てて返答する。
「ベルフェルト。」
「はっ!」
「会議が終わり次第シェゾを無限牢から解放せよ。」
「畏まりました。」
ベルフェルトは恭しく頭を垂れる。
「さて、リヴァイアよ。貴様をオルフェリアの戦場に送る理由をなんと心得る?」
魔王から放たれる気配の圧力が強まった。
グラミアはそれを見て、うっすらと冷たい汗を浮かべた。だが、リヴァイアは嬉々とした表情で語り始める。
「此度のオルフェリアでの騒動の元凶は紛うことなくリーヴァでございます。リーヴァはオルフェリアの国民が抱える怒りの全てを一身に受け、死ぬことが務めであると具申致します。」
「なっ?!」
誰もが驚きを隠せなかったが、グラミアが誰よりも驚愕し、目を見開いてリヴァイアを凝視する。
「あなた…それ本気で言ってるのかしら?」
リヴァイアはグラミアに顔を向けると不気味な笑みを浮かべた。
「勿論です。お母様。ここまで事が拗れた以上、リーヴァがバーラルの闇を一身に背負い、死ぬことによって、お母様の痕跡の全てを消すことができる。そうよね?ルーネ?」
突如ルーネを呼び捨てにしたリヴァイアに、魔核が縮み上がる思いになったグラミアだったが、ルーネは涼しげな顔で頷いた。
「ええ、そうね。リーヴァ。」
リヴァイアとルーネがどのような関係を構築するに至ったのか、それはグラミアをはじめ、ここにいる者達皆が見当もつかない。
だが、なにやら不思議な信頼関係を築いていることは確かと言えた。
そんなやり取りを、魔王はまんじりともせず睥睨する。
「良かろう。だが、貴様が死ぬまでの間に最低限やってもらわなければならないことが2つある。」
「はい。何なりとお申し付けくださいませ。」
死を宣告されているというのに、人形の様に平然としているリヴァイアの異常性もさることながら、いつもと違う魔王の冷淡さに、紅麗尉は震えていた。それはフェル、嶽閻も同様だった。
(陛下…怒っていらっしゃる?)
紅麗尉は直観的にそう感じた。
そう考えると、今行われているやり取りが上辺だけの欺瞞そのものに見えてくるのだ。それを感じて、紅麗尉は俯いた。
だが、魔王は構わずに続ける。
「1つ。オルフェリアの国力を出来る限り削ぎ落せ。具体的には兵力と経済力において一年は先行きが立たない程度にはな。」
「承りました。」
粛々と告げられ、応需されるやり取りが続く。
「2つ。勇者の力を詳らかにすることだ。」
場の空気が張り詰める。
リヴァイアは震える肩を自分で抱きすくめるようにして目を見開いた。
「はい…。勇者の力の正体…ですね…?」
「そうだ。私と同様に、勇者には《大鑑定》をもってしても確認できないスキルが存在する。貴様が最後に見たという光の刃…。私が知りたいのは勇者が持つ剣、《エクスカリバー》の正体だ。」
幹部達が騒然とする。
それを黙殺し、魔王はそのままリヴァイアに告げる。
「二度見ることが叶えば、一回目と合わせることで検証による推測が立つであろう?効能、効果、範囲、…。特に発動条件は最も重要事項だ。必ず本作戦で使わせよ。良いな?」
「はい。承りました。」
深々と頭を下げるリヴァイアを一瞥すると、魔王は視線をグラミアに向ける。
「そして、グラミアよ。貴公はそれをとくと見届けるとともに、必ず我が元に持ち帰れ。良いな?」
「は、はい!承知いたしましたわ。」
グラミアはリヴァイアを横目で一瞥しながら、頭を垂れた。
「敢えて念を押すが、貴公の職務はリヴァイアとシェゾ、魔人兵を使ったオルフェリア軍の総指揮である。現場の指揮については貴公に任せるが、直接的な戦闘は禁じる。必ず生きて帰ってこい。良いな?」
「あ…主様…!!」
グラミアは感涙した。一度は死をも宣告された彼女にとって、魔王から生を望まれているということはこの上ない喜びだったのは言うまでもない。
「グラミア=ユーフェミア=アエーシェマ。必ずや恩命に報い、主様に吉報と勝利をもたらすことをお約束致しますわ。」
魔王は満足そうに頷くと椅子に座り直し、背もたれに背中を預けた。
「帝国攻略に向けて私も地上に出る。ベルフェルト、ゾゾ、フェルの既存部隊はそのまま私の指揮下に下れ。」
『はっ!』
「魔王サマト 冒険! 久シブリ 楽シミ!」
ゾゾが嬉しそうに目を輝かせる。ベルフェルトとフェルも同様の心持であり、心強く感じていた。
「紅麗尉、貴公はオルフェリアへの魔人兵の送り出しの準備が整い次第、私のチームに加われ。知恵が借りたい。」
「は…はいっ!お任せください。」
紅麗尉は喜色を浮かべて力強く返事をする。それを確認すると、魔王は嶽閻に視線を向ける。
「嶽閻、私が留守の間を頼んだぞ。」
「お任せくださいませ。」
嶽閻が頭を深々と下げると、魔王は一つ思い出したように嶽閻に告げた。
「あと、雪花だが、隠密・斥候・諜報系のジョブスキルの習得訓練をさせておけ。あれは文官するには惜しい。」
「あ、ありがたきお言葉!早速習得を急がせます。」
妹を褒められて嬉しかったのか、嶽閻はめったに見れない笑顔を浮かべた。
「そして…。」
魔王は徐にルーネに視線を向ける。それを受けて、ルーネは得も知れぬ微笑みで応えた。
「ルーネはオルフェリアへのレジェネーター起動を補助せよ。その後は…手筈通りだ。よいな?」
「心得ましてございます。」
相も変わらず、魔王とルーネだけで交わされるやり取りに、幹部達から疑念が少なからず浮かぶ。だが、それを打ち消すように、魔王が声を張り上げた。
「これにて幹部会議を終了する。我らラーヴァクラフトの未来に幸あれ!」
『我らが魔王陛下に栄光あれ!!』
こうして、波乱の幹部会は幕を閉じた。
それはこの後に続くエルデガルド全土を巻き込んだ大戦争の口火を切るものであったことは、後にこの日を振り返ったものだけが分かることであった。
▮リヴァイア
ベル様に連れられ、シェゾと半月ぶりに再会することとなった。
「それでは、魔王陛下とのミーティングが控えておりますので、私はこれで。」
そう言って、ベル様は足早にこの場を去り、リーヴァ達三人だけが取り残された。
シェゾ…。まるで10年以上も会っていないかのような久離な感覚…。
解放されたシェゾはリーヴァの顔を見ると、安堵の息を吐き、縋りつくように頭を下げる。
「リーヴァ…無事でよかった。本当に…よく無事で…。」
シェゾはどんなにリーヴァの顔や姿が変わろうとも、すぐにリーヴァだと気づいてくれる。
リーヴァはシェゾを強く抱きしめた。
「シェゾ…。リーヴァの…シェゾ…。会いたかった…。愛おしかった…。夢にまでも見た…。あなたもそうでしょ?ねぇ?シェゾ?」
そんなリーヴァたちのやり取りに対して、冷たい視線が注がれる。
「薄気味悪いおままごとは終わりしてくれるかしら?これからすぐにでもバーラルに飛んで情報の収集と戦争の準備をしなくちゃいけないんだから。」
相も変わらず汚いものを見るような目でリーヴァを見る。
この瞳が怖かった。
捨てるも殺すも気分次第…。
そんな高邁で傲慢なお母様が怖かった。
「何笑ってるのかしら…気持ち悪い…。」
どうやらリーヴァは今笑ってるらしい。
あまりにも短い間に沢山のことが起こった所為かしら…。自分の状況を客観的に把握できない。感情と態度の整合性が取れない。
今までリーヴァはこの人の前で笑ったことがあったのだろうか?
恐れ、慄き、泣いて、詫びて、縋る…。それが日常だった。
けど今は…怖くなかった。
この人もまた、誰かに愛されたくて藻掻いているだけだと分かっただけで…愛おしくさえ思った。
「ねえ?お母様?聞いてもいいかしら?」
お母様は意外そうな顔で私を見る。
「あら?あなたが私に質正だなんて…。しばらく見ない内に胆が据わったものね。なにかしら?」
向けられる挑発的な瞳を受けながら、リーヴァは言葉を紡いだ。
「お母様にとってオルフェリアは地位と名声と権力の象徴だったはず。それをむざむざと手放すこの作戦に…思うところはないのですか?」
リーヴァの問いかけにお母様は応じない。
「お母様が望むのであれば、リーヴァがオルフェリアを守って…。」
「そのきっかけを作ったあんたにそんなこと言われる筋合いはないわ。身の程を知りなさい。」
リーヴァは言葉を飲んだ。
よく言う。
結局のところ、引き金になったのはキェルケゴールだ。引き金を引いたのリーヴァだが、それを命じたのはこの女。その事実は変わらないからこその沙汰だというのに…。
だが、いつもなら罵倒し、何度も手を上げて甚振ってきていたというのにそれがなかった。
訝しんでいると、思いがけず笑っていた。
「聞かせてあげるわ。正直言って、私は飽きていたのよ。エルデガルドでの…バーラルでの生活にね。」
思いがけない独白に、シェゾも目を丸くしている。
「バーラルは人間至上主義国家。亜人はおろか、魔族なんて存在はもってのほか。バレれば徹底的に淘汰される存在。だからこそ、私は姿を消し、偽り、欺き、影に徹してバーラルを治めてきた。」
その時に見せたお母様の悲しそうな目がリーヴァの中の何かをかき回した。
「身辺は媚眼秋波によって傀儡と化した者達しかいなかった。そんな者達から浴びせられる尊敬や愛慕の言葉なんて…今となっては虚しさしか感じないわ。」
今なら分かる。私も同じだったからだ。
ああ…こんなに親子で似てしまうなんて、なんと因果なことなのかしら。そう思わない?シェゾ?
私の目配せに、流石のシェゾも返事を渋らせた。
当然、これは当然のことだ。
「でもね、リーヴァ。最近私はとても生きている実感があるのよ。一国を支配していた時よりも、一人の主人のために尽くすことに喜びを感じるのよ。」
恍惚とした表情浮かべるお母様を見て、私の中であらぬ感情が巻き起こる。今まで抱いたことがない願望。そして、いつも抱いていた羨望が入り混じる。
「あの方は私を人形遊びのままごとの様な地獄から開放してくださった。本当の信頼、忠誠、敬意と…愛を知ったわ…。」
胸が掻き毟られる。喉から飛び出そうな言葉を必死で呑み込む。
そんな私の様子に対して、シェゾは怪訝な表情を向けるものの、お母様は悦に入っており、気づいてさえいない。
そしてそれはクライマックスに突入する。
「今の私の願いはただ一つ。主様の寵愛をいただくこと。そしていずれは妃となって…主様の子を成すことが出来たならば、これ以上の幸せはないわ。まあ、ライバルは多いけれどもね。」
そうやって自嘲気味に笑う。
「羨ましい…。」
口から溢れ出たその言葉に、お母様は目を丸くしていた。
「なんて羨ましいのかしら?お母様は…お母様は見つけられたのですね?愛する方を…愛されたい方を‥‥!ああ…なんて美しいのかしら?!つまりお母様は今…思い通りにならない愛…恋をなされているのですね?!」
堰き止めていた言葉の濁流が溢れ出す。
それを聞いて、お母様は狼狽えると同時に顔を赤くして背を向けた。
「まさか、アンタとこんな話をする日が来るとはね…。でも、不思議と嫌いではないわ。」
お母様のその言葉から、初めてリーヴァはお母様の心に触れた気がした。
「お母様…。お母様の願い…望み…リーヴァが命を賭けて叶えて見せますわ。そうでしょ?シェゾ?」
シェゾは戸惑いながら、頷く。
「…はっ!グラミア様の願いのために、この身を尽くすことを誓います。」
それ聞くと、満足そうにお母様は頷いた。
「長話が過ぎたわね。まずは軍事演習エリアに向かいましょう。」
シェゾが頷いた。
「ベルフェルト様から聞き及んでおります。紅麗尉様と魔人兵の最終調整を行うとのことですね。」
お母様は頷く。
「ええ、既に紅麗尉さんもルーネ様もいらっしゃることでしょうし、急ぎましょう。」
「御意。」
「はい、参りましょう。お母様。」
まだ興奮が収まらないリーヴァは上気した吐息を上げながらお母様の背を見つめる。
そして、自制を振り切って、また一言…口から例の言葉が溢れ出したのだった。
「ああ…なんて…なんて…羨ましいのかしら…。」
第10章 天地を穿つinvasion 【魔王編】 完
第10章 天地を穿つinvasion 【魔王編】
これにて完結となります。
次回からは勇者編として聖王国と法国の全面戦争が開始されます。
帝国攻略編は次回のお楽しみとなります。
伏線をばら撒くことに専念した今回の魔王編は明確な山場がなく、もやもやした読者も多いかもしれません。これからしっかりと回収して参りますのでどうかお付き合いください。
ここで裏話
リーヴァがエルマリークのレプリカから顔とスキルを手に入れた設定は執筆中に急遽捩じ込みました。
むしろ、グラミアとリーヴァの顔合わせすらもプロットにはありませんでした。
しかしながら、こっちの方が面白そうな気がして舵を切る事にしました。
毎度ながら行き当たりばったりですねw
次回はまたどんな急展開が待っているのか…自分でもワクワクしております。
これからも是非お付き合いくださいませ




