〜業に狂いし杯弓蛇影〜
▮魔王
リヴァイアとシェゾ。
二人の来訪客からもたらされた情報に、私は思わず笑みが浮かんだ。
勇者一行のパーティー構成。
それが明らかになったのだ。
私は詳細を開き、現在のアルカナキャストの進行状況を確認する。
勇者陣営を意味する正位置のタロットが…4つ。
女教皇、力、隠者。そして、正義。
イメージではあるが、女教皇は真なる聖女であるアリアデルだとするならば、力は金竜、隠者がヴァンパイアと見るべきか…。正義は考えるまでもない。
逆に魔王陣営を意味する逆位置のタロットが…7つ。
愚者、魔術師、女帝、恋人、運命の輪、節制。そして、悪魔。
単純に見れば進行状況はこちらが優勢。
しかしながら、要注意は金竜とヴァンパイアの二人。
レベル63のシェゾが手も足も出ないレベルということはレベル70前後が確定…。これは今後奴らと交戦する際には重要なデータになる。
「ふ、フハハハハ…。」
意図せず溢れ出した笑声に、当惑の視線が向けられる中、私は一つの感情に支配されていた。
「生きていたか…。嬉しいぞ。そう来なくては面白くない。」
そう、私の心の中で満ち溢れ、思わず言葉として漏れ出したこの独白は、不俱戴天の敵である勇者プレイヤーの無事を喜ぶものだった。
リヴァイアとシェゾから聞き及んだだけではあるが、ルネリオスでの一事だけを聞いても思った以上にクレバーな相手である。
チュートリアルの際にも、その奇抜さと破天荒さには多少なりとも驚かされたものだが、この私と陣取遊戯をする対戦相手としては申し分ない知略の持ち主ということだ。
柄にもなく高まる高揚感を抑え、視線を上げる。
「貴重な情報感謝する。聞くに二人はエルデガルドでは追われる身、望むのであれば私の庇護の元で匿うことも吝かではない。ラーヴァクラフトでの永住権をもって褒美としたいが、いかがかな?」
私の言葉に、リヴァイアとシェゾは互いに目を合わせる。そして、暫しの沈黙の後、リヴァイアが口を開く。
「まことに…まことに慈悲深き御配慮…感謝の意を伝える言葉も思い浮かびません。そのお申し出、本来ならば即決でお受けしたいのですが…。」
言葉を一度呑み込み、嗚咽を噛み殺したような声で続ける。
「リーヴァは…どうしても諦めきれないのです!あの女を…リーヴァの手で八つ裂きにしてやりたい!どうかリーヴァ達を魔王様の配下に加えてくださいませ!どうか…!!」
「却下だ。」
頭を床に擦りつけながら懇願するリヴァイアに対し、私は無感情に言い放つ。
その言葉に、リヴァイアは目を戦慄かせた。
「な…なぜ…。」
「私と彼らは確かに敵対関係にあるが、私には彼らを殺す意思がないからだ。だからこそ、貴公の殺意に応えられるような職や任務を与えることが出来ない。これで理解してもらえるかな?」
リヴァイアは奥歯を噛みしめ、視線を落とす。
女の嫉妬と執念は恐ろしい。
話を聞けば、完全に逆恨みだ。まあ、それはどうでもいいにしろ、その憎き対象であるアリアデルは十中八九アルカナキャストだ。殺されてはかなわん。
突如、リヴァイアが目を戦慄かせ、震えながら顔を上げる。
「あ、アリアデルが持つ力にご執心なのであれば…こ、これではいかがでしょうか?リーヴァには滅茶苦茶というユニークスキルがあります…。そのスキルで…奴のスキルを奪うのです。」
「あぁ?」
何を言ってるんだ?この女は?
リヴァイアは不気味な笑みを浮かべながら続ける。
「り、リーヴァが…アリアデルになれば…そうすれば…リーヴァは魔王様にとって大事で、必要な存在になれますよね?何にもなくなったアリアデルなら何をしても…どうなっても構いませんよね?」
ドゴァアアア!!!
轟音が鳴り、応接間の床に敷かれた大理石が破損し、石片が飛び散る。
眼前には、ベルフェルトがリヴァイアの頭を掴み、顔面を床に叩きつけていた。
「身の程を弁えろと言ったはずだぞ?虫けらが…!」
余りのスピードに、シェゾも全く反応できず、言葉を失っていた。血だまりの中で痙攣するリヴァイアの姿を理解した時、シェゾの意識が舞い戻った。
「リーーーーヴァーーーーー!!!」
だが、その咆哮は虚しく。
怒りも全て霧散していく。
腐敗堕落が発動し、シェゾの戦意は奪われたのだ。
シェゾはただただ咽び泣くだけの木偶へと成り下がっていった。
ベルフェルトの手が赤黒い怪物のものに変形する。その醜い手はシェゾとリヴァイアの体の中を透過するようにして入り込み、体中を弄った。
そして、あるものを外へ掴み出した。
それは赤く発光する塊だった。
あれが、把握と死神手か…。
魔族や魔生物の核となる【魔核】を見つけ出す把握と、全ての物質的壁を透過して目的のものを抜き取る死神手。
魔核を抜き取られたシェゾはそのまま糸の切れた人形の様に横たわり、リヴァイアはその体の動きを完全に止めた。正しく心臓を抜き取ったかのような鮮やかで見事な手際である。
ベルフェルトは抜き取った二つの魔核を捧げながら跪拝する。
「魔王様の意を介さぬ愚か者の失言…。大変申し訳ございません。この者達を招き入れたのは私の不徳の致すところでございます。罰は甘んじてお受けいたします。」
ベルフェルトの奴…相当頭に来ていたようだな。先ほどの暴言…昔に戻っていたようにも思う。やれやれだ…。
「ベルフェルト、貴公を責めることなど何もない。寧ろ私の怒りを代弁し、手を下させてしまったことをこちらこそ詫びよう。すまないな。」
「な。何をおっしゃいますか!魔王陛下が頭を下げることではございません!」
ベルフェルトがここまで狼狽するのは珍しい。まあ、そう言ってくれることを待ってはいたが…。
「では、詫びを取り下げ、命じよう。ベルフェルト。その魔核を奴らの肉体に戻せ。」
ベルフェルトは目を丸くして、狼狽える。
「で、ですが…!」
「貴公が一瞬にして二人を始末できることが証明されただけで大きな収穫だ。後は私に任せるがいい。」
「はっ…!仰せのままに…。」
ベルフェルトはそういうと、二人の体の中に魔核を戻していく。
全く…恐ろしいものだ…。
ベルフェルトが本気になったら私なんてすぐに始末されてしまうではないか…。
真名契約をしているとはいえ、手綱はしっかり掴んでおかないと大変なことになりかねんな…。
シェゾは魔核を体内に戻すとすぐに意識を取り戻したが、リヴァイアは魔核を戻しても蘇生する様子がなかった。
それを見て訝しんだベルフェルトに変わり、フェルが近寄って調べる。
「この娘…魔人じゃが体は人間のようじゃのう…心臓があるわい。何を考えて急所を増やす様な真似をしとるのかわからんがのう…。」
そう言いながらリヴァイアの体を起こすと、血の流れが悪くなっている場所を探し出すとその一点を強く押した。
「がはっ!」
リヴァイアは大量の血反吐を吐きながら息を取り戻した。そして咳き込みながら今の状況を確認する。
その様子を、シェゾが心配そうな顔で覗き込む。
「リーヴァ…無事?」
リヴァイアは激痛に顔を歪めながらも小さく頷いた。
「さて。」
私の言葉一つで、二人に緊張が走る。自分たちに何が起こったのかは理解できているようだ。
「お目覚めのところ悪いが、一つ聞きそびれたことがあった。貴様ら、誰に作られた?」
その言葉に、二人は明らかに今まで見せたことがないような恐怖が立ち上る。
それを見て、一つの推測が出来た。
「なるほど…貴様らが逃げていたのはルネリオスでも勇者達でもない。貴様らを作った親と言う訳か。」
一体誰がこの二人を作ったのか、そんなことをわざわざ聞くほど勘は悪くない。この怯え方からして、これまで何をされてきたのかも想像がついた。
そして私は一つ、覚悟を決めた。
「ルーネ!いるか!」
私の問いかけに対し、ゲートが出現する。そしてその中からルーネが姿を現した。
「御用でしょうか?シェブニグラス様。」
仰々しく頭を垂れるルーネに対し、私は意を決して命じた。
「そこの娘…リヴァイアとか言ったな?貴公に彼女の全てを預ける。」
それを聞いて、ベルフェルト達が騒然となる中、ルーネは鋭い視線を私に向ける。
「それは…一体どういう意味でしょうか?」
「言葉の通りだ。彼女に対する生殺与奪を含めたすべての権限を貴公に預ける。煮るなり焼くなり好きにするがいい。」
それを聞き、リヴァイアは目を戦慄かせた。シェゾが慌てて前に出る。
「魔王様!どうか、どうかお許しください!!罰は全てこのシェゾにお与えください!どうか!!」
ルーネは暫し間を空けた後、深く頷いた。
「畏まりました。それでは、参りましょうか?」
ルーネがリヴァイアに向けて微笑みかける。だが、リヴァイアにはそれが恐怖にしか映らなかった。
ルーネはリヴァイアを無理やり立たせると、ゲートを開いてその中へと引きずり込む。
「いや、いやああああ!シェゾ!!シェゾー――!!!!」
「リーヴァ!!!」
リヴァイアの哀訴も虚しく、ルーネは無慈悲に力づくでゲートの中に押し込んだ。
そして、こちらに向き直り、仰々しく頭を下げる。
「それでは、失礼いたします。」
そう言って、自身もまた、ゲートの中に消えていった。
呆然とするシェゾは膝をついてゲートがあった場所を虚ろな目で見つめ続けていた。
「ベルフェルト、シェゾを無限牢に幽閉せよ。」
ベルフェルトは小さな驚きを見せた。
「無限牢へ?!くっくっく…まさかこんなに早く投獄者が出るとは驚きですね。」
全くだ…。キングレギオン以上の罪人を投獄するために作成した無限牢…。先日完成の報告を聞いたばかりだったが…。
視線を虚空に向けたまま座り込んだシェゾに向けてベルフェルトが右手を翳すと、黒い球体がシェゾを包み、ベルフェルトの横で浮遊する。
「それでは、失礼いたします。」
ベルフェルトは仰々しくお辞儀をすると、ゲートの中に黒い球体と共に呑み込まれ、消えていった。
後に残されたのは全く状況についていけていないフェルと、いつも通り何も変わらないゾゾ…。
って??!
「おいっ!お前誰だ?!」
フェルの隣にはいつのまにか長身麗句な美女の姿があった。青と白が入り混じった美しく長い髪はまるで雪女か水の精霊でも彷彿とさせる。
その姿を見てフェルもまた腰を抜かしていた。
その娘は淫靡な目つきをしてこう言った。
「ゾゾ だよ。」
「そんな…声まで変わって…。」
余りにも知っているゾゾから様変わりしてしまい、ショックを受けていたが、その姿が突如変化していく。
まるで風船がしぼんでいくように、小さくなると、いつも通りのゾゾの姿がそこにあった。
…いや、いつも通りでもない。成長している?しかもより人間に近く?
もしやと思い、慌てて《超鑑定》使って驚愕した。
「レベル70!!一体何がどうなってこんな成長を…!」
ゾゾが自慢げに踏ん反り返っている。
その様子を見て、フェルがニヤニヤと笑った。
「ゾゾ殿は旦那に自分が成長したことを気付いてもらいたくて、さっきは無理やり極端な姿を取っておったんじゃろう。旦那も案外女心に対して唐変木じゃからのう。」
「なっ?!」
え?そうなの?そんな風に思われているのか?
今まで生きてきてそんなこと一度も言われたことないんだが…。
そんなことを考えていると、フェルが指で合図を送っている。その合図の先を見ると、ゾゾが何か物欲しそうな目でこちらを見つめ、もじもじしていた。
ああ、そうか…こういうところか…。
納得すると私はゾゾの頭を撫でた。
「素晴らしい大成長だぞ!ゾゾ!本当に素晴らしい!よくやったな!」
私はゾゾの頭を撫でた時の驚きのままに、些か興奮気味な様子でゾゾを褒めた。
今までは頭を撫でてもそれこそスライムのひんやりとして弾力があり、ツルツルとした手触りだったのに対し、今は普通に髪の毛のサラサラとした触感があるのだ。本当に人間のようだ。
ゾゾは照れくさそうに笑った。
「エヘヘ コレデゾゾ モット魔王様ノ オ役ニ タテル」
なんかこいつ、喋り方も流暢になってるな。まるで子の成長を目の当たりにしたようで自然と笑みが零れた。
ゾゾはレベルアップにより、アルカナスキル【愚者】の形状変化が変幻自在に進化していた。
変幻自在
効果:種族の垣根を超えた形状、変質、体質、特性を全て再現できる。
なるほど、だから今までは再現不可能だった人間の髪の毛や肌の質感などをこうして再現できるようになったわけか。それでいてスライムである特性は失わない。ほとんど液体ターミネーターだな。
頭を撫でられ、気持ちよさそうにするゾゾを見ながら感慨に耽っていると、フェルが咳払いをして私の意識を引き付けた。
「旦那、聞かせてもらっていいかの?さっきの沙汰の理由について…。」
フェルの目が鋭く、真剣味を帯びた。それに合わせて、私も襟を正す。
「あのリヴァイアという娘は壊れている。あのままでは例えレベルが高く、優秀なスキルがあっても使えん。何が問題か分かるか?」
私の問いに、フェルは「う~ん」と唸る。
「粘着質で逆恨み的な執念が先走って、忠誠心がないがしろになるところかのぅ?」
「それも正解だが、忠誠心などという高度な問題ではない。彼女には人間としての道徳心がないのだ。」
「ドウトクシン?」
ゾゾが首を捻る。
「善悪の判断よりも先に、自己の欲望や願望を優先する。そんな低俗な輩を手元に置く気はない…。」
フェルは頷くが、憮然顔だ。
「じゃが…旦那はあの娘を追い出すでも始末するでもなく、生かした…。それはつまり…あの娘を使いたい…ということじゃな?」
私は肩を竦めながら頷いた。
「その通りだ。正直、始末するべきだと一度は判断したが、あの娘の言葉が気になってな…。」
「ン?ナンカ 言ッテタッケ?」
ゾゾが首を傾げる中、フェルは呟くようにその答えを告げた。
「相手のスキルを奪う…じゃな?」
私は深く頷いた。
「私は常々疑問に思っていたことがあった…。アルカナレイドに勝利する為には、勇者の一味となった者達もこちらの陣営につける必要がある。だが、そう簡単に寝返ることなどあるのだろうか…と…。」
私が言わんとすることがわかったのか、フェルはハッとして目を見開く。
「もし、あの娘のスキルでアルカナスキルを奪うことが出来るのならば、この陣取遊戯最大の難関である【調略】を突破するキーになるのではないかとな…。」
フェルは苦々しく顔を歪めながら頷いた。
「確かに…。ワシが逆の立場なら死んでも寝返りなどせん。真名契約がある以上それは必然…。となれば、虐殺は必至…。例えアルカナスキルは誰かに引き継がれるとはいえ、それは旦那の望むところではない…そういうことじゃな?」
私は頷いた。なんとも情けないことだが、それが本心だった。
自らの手を汚すことに躊躇はない。だが、血を血で洗う不毛な地獄を望むほど、壊れているという自負はない。
そしてもし、勇者の【正義】を奪うことが出来れば、必然的に勇者陣営は敗北となり、22種集めるまでもなく我が陣の勝利…そうした未来も考えられた。
もちろん、アルカナスキルに対しては滅茶苦茶が効力を発揮しないという結果も考えられる。だが、アルカナスキルも括りとしてはユニークスキルの一種…。道理としては可能ということになる。
「あの娘がアルカナレイドを制する為のキーパーソンになる可能性を鑑みると、むざむざ手放すのは得策とは言えまい。だが、どちらに転ぶかは今の状況では断定出来ない。だからこそルーネに預けたのだ。」
そこでフェルとゾゾは二人とも首を傾げる?
「ルーネニ? ナンデ?」
私はハッとなって首を振る。
「悪いがその理由については答えることは出来ない。許せ。」
私の言葉に、二人は怪訝な顔をする。
ルーネにあの娘を預けたのは他でもない。あの娘が今後の未来に必要であれば生かし、不要であれば始末させる為だ。
アルカナスキル No.Ⅹ【運命の輪】 未来予測
この能力について、魔王軍の中で知るのはこの私一人。それがエルマとの約束なのだ。
曰く、ルーネの見る未来は確定した未来ではなく、容易く結果が変わるものらしい。
だからこそ、ルーネは見えた未来を誰にも語らない。そして、それを知るものが少なく、未来を無理に捻じ曲げようと干渉する者がいない方がいいとの事だ。
だからこそ、いくら幹部と言えども、ルーネが未来視を行える事実そのものを伏せているのである。
だが、二人は特に追求することなく、素直に頷いてくれた。
「ルーネの姐さんに任せるのは了解じゃ。しかし…あれはどうにかなるものなのかのう?」
フェルのその言葉に、私は即答する事が出来ず口籠もる。だが…。
「あの娘…リヴァイアには変われる可能性がある。それは、シェゾというあの男の存在だ。」
フェルは小さく頷く。
「ふむ…。シェゾのあの態度を見れば、二人がどんな関係かはある程度察せられる。本当の意味で愛し、愛されることを知っておるならば、更生は可能じゃと判断した。ということじゃな?」
「その通りだ。その為にシェゾを無限牢に送ったのだ。」
フェルは肩を竦めながら溜息をつく。
「いくら暴れようともどうにもならない固有結界で作られた亜空間の牢獄…。通常の精神で耐えられるとはとても思えんがの…。」
そうフェルが呟いたところで、ゲートが突如として現れる。その中から、優雅足取りでベルフェルトが現れた。
「ただいま戻りました。」
そう言うと、深々とお辞儀をして見せる。
「様子はどうだった?ベルフェルトよ。」
私の問いにベルフェルトは薄ら笑いを浮かべた。
「問題ございません。自分が消されずに生かされた意味を理解しているのでしょう。大人しく座しております。」
「そうか。では、再びエルデガルドに戻り、帝国の情報収集を再開せよ。」
ベルフェルトとゾゾ、フェルは一列に並んで敬礼する。
「いや…。ゾゾ。お前はここに残り私の共をせよ。」
魔王の言葉に、フェルは眉間に皺を寄せ居た堪れない表情を浮かべた。そんなフェルと打って変わって小首を傾げながらもゾゾは頷く。
「ン ワカッタ」
ベルフェルトは眉を顰めながらもその意図を読み取ったのか、表情を暗くする。
「ゾゾさん…どうか…。いや、情けは無用です。よろしくお願いします。」
ゾゾはベルフェルトが何を言わんとしているかは分からなかったようだが、その意図だけは汲み取ったようだった。
「ン 任セトケ」
その返事を聞くと、ベルフェルトはゲートを出現させ、フェルと共にそのゲートの中に姿を消し、謁見の間には私とゾゾだけになった。
私は玉座に座り、ふと昔のことが頭を過ぎる。
前世で私は一人の少女の弁護の仕事を受けた。まだ駆け出しの頃の話だ。
少女は近所の五歳の子供を誘拐し、死なせた罪に問われていた。動機として、彼女はこう言った。
「私が育ててあげたかった…」
彼女は子供を監禁し、世話をしていたという。だが、その実態は想像以上に酷く、汚物は部屋で放置され、食べ物は路上の雑草。子供の体には痣が多数見られ、泣き叫ぶその子を暴行していたことは明らかだった。
その子供の親は少女の発言に激怒した。当然だ。その家庭は何の問題もなく、幸せな家庭だったのだ。少女はただ、自分の欲望を優先させただけに過ぎないのだ。
少女の家庭環境は酷く、親からの虐待、ネグレクト。家に親が帰ってくるのは週に一回もないと言った有様だ。
少女の親が久方振りに家に戻った時、異臭を感じ、少女の部屋の扉を開けた先には、物言わぬ骸となった子供を笑顔であやす少女の姿があったという…。
私は少女の家庭環境における精神疾患が事件のきっかけとして、少女に適切なメンタルケアを施せば更生が可能だと主張し、少女は精神病棟で何年かケアを受けた後、社会に戻された。
この時、21歳だった。
だが、数ヶ月後、事件が起こる。
幼い子を持つ母親が、次々と惨殺される事件が発生した。そして、その子供もまた行方不明になっているという。
犯人が捕まった時、私は愕然とした。犯人はあの時の少女だった。
彼女の部屋からは三人の幼児の遺体が発見された。
私はその裁判を傍聴し、彼女の発言に愕然とした。
「母親から子供達を解放してあげたかった…。」
全く身勝手で、倫理観が失われていた彼女は、更生の見込みがないとして死刑が求刑され、判決はそれを受け入れて執行された。
果たして少女は悪だったのか?と問われれば間違いなく悪である。だが、彼女は自分を悪だとは一つも思わなかったことだろう。
培われなかった道徳心は、その後の彼女の中で改めて構築されることはなかった。
私は少女が変われると信じ、弁護した結果、更に六名もの若い命を失うこととなったのである。
以降、私は人間が成長過程で完成してしまった倫理観、その人の性は変えられないという持論を持つに至った。
それを考えれば、リヴァイアもまた更生などするはずもない…。
それでも信じたくなったのは、私のエゴでしかないのだろう。
「ルーネ…頼んだぞ。」
私は虚空を眺めながらポツリと呟いた。
ーー
◾️
「助けて!シェゾ!シェゾーー!!」
泣き叫ぶリヴァイアの腕を引きながら、ルーネが訪れたのは辺り一面に広がる花畑だった。
青い空。輝く太陽。小鳥が囀り、風が頬を撫でる美しき世界。
それを見てリヴァイアは泣き叫ぶのをやめ、その美しさに心を奪われていた。
エルデガルドに戻ったのかとも思ったが、あまりにも濃い魔素の濃度に自ずと否定した。
だが、ここがどこなのかという答えは相変わらず生まれない。
リヴァイアは意を決して隣に佇むルーネを仰ぎ見て、疑問の言葉を投げかけた。
「あ…あの…ここは一体…?」
ルーネはそれに答える事なく、視線を向けることすらもしない。程なくして、その場で跪拝し始めた。
それを見て狼狽えたリヴァイアはルーネの向いている方向に視線を向けた。
そこには、白い法衣に身を包んだ女性が四人、こちらに向かって歩いてきていた。
ルーネがその四人に敬意を払っていることを察し、リヴァイアも慌てて跪拝する。その様子を見て、ルーネはうっすらと微笑みを浮かべていた。
その四人はルーネとリヴァイアの側まで近寄る。リヴァイアは顔を伏せながらも瞳だけでその四人の顔を窺った時、驚きを隠さなかった。
四人とも同じ顔だったのである。
長い銀髪に白い肌、そして燃えるような真紅の瞳孔。
まるで人形のように並べられた四人が代わる代わる静かに口を開き始めた。
「黒騎士よ…。なぜにこのエルヴェシオンに魔人を招き入れた?」
「左様…。ここは楽園。不滅と永遠を謳いし理想郷…。有限なる命が足を踏み入れる場所ではない。」
「然り…。真祖様のお怒りに避ける事能わず…。然もありなん。」
「黒騎士…。その由を述べよ。その筋通らずんば、この場でその魔人を魔素に返そうぞ。」
まるで機械のような冷淡な口調による忌避、排斥の言葉に、リヴァイアはすっかり青ざめていた。
そんなリヴァイアを尻目に、ルーネは微笑みを絶やさなかった。
「彼女と暫しここで生活を致します。レプリカの皆様にもご協力を賜りたく存じます。」
リヴァイアは目を剥いてルーネを見た。リヴァイアは叱責と怒号、罵声が飛ぶことを覚悟し、耳を塞いだ。
だが、四人のレプリカの答えは意外なものだった。
「承知した。」
「それでは直ちにお茶の準備をしなければ…。」
「ご案内しましょう。」
「どうぞ、こちらへ…。」
四人は踵を返し、歩を進める。
「それでは参りましょうか?」
ルーネは立ち上がり、リヴァイアに笑顔を向ける。
だが当然、リヴァイアは呆然とし、目の前の状況が理解できなかった。
「一体、何が…?」
リヴァイアはそう呟くのが精一杯だった。そんなリヴァイアに、ルーネは目を細めながら言った。
「アレらよりも私の権限が強かっただけの事ですよ。」
そう言うと、ルーネは四人のレプリカの後に続く為に歩を進める。リヴァイアは慌ててそれに追従した。
何の説明もないまま…。自分はどうなってしまうのか…?
その不安に駆られたリヴァイアは不安そうな面持ちで口を開く。
「リーヴァは…これから何を…?」
リヴァイアの問いにルーネは嘲るように笑った。
「あら?聞いていませんでしたか?」
そして、微笑みをリヴァイアに向けてこう言った。
「お茶会をするんですよ。お嬢さん。」
リヴァイアは目を丸くし、晴れないモヤモヤの中、そのままルーネの後を追うのだった。




