〜合縁奇縁のスクランブル〜
▮ベルフェルト
大樹海の中にあると言われるレジェネーターの元に向かうため、私たちは深い樹海の中に身を投じ、かれこれ数時間が経つ。
ルーネ様の案内の下、大樹海に私とフェルさん、ゾゾさんは足を踏み入れ、長年未開の地と呼ばれ続けてきた樹海の洗礼を受けていた。
まず、全く方向感覚が働かない。
《森渡り》のスキルを持つルーネ様の先導が無ければ安心して歩を進めることなどまるで出来ない。
次に厄介なのは魔力阻害である。
魔力の波長が狂わされ、《魔力錬成》が上手く機能しない。無理やり使おうとすれば可能ではあるものの、骨が折れることには違いはなかった。
更に、樹海に住む多くの魔物達…。
こんな場所に住んでいるためか、どれも非常に強力な個体だ。
魔力阻害が無ければどうということはないが、今の状態では私でも厄介極まりない…。
しかしながら、これについてもルーネ様の《魔物使い》のスキルによって、敵意を向けられることなく、事なきを得ている。
そして最後に、すっかり怯え切って私の服の裾を握って放さないフェルさんの存在である。
歩きにくいにもほどがある。
ついでに言えば、ゾゾさんは平然とルーネ様の肩に乗って何やらお喋りをしている様子。
肝が据わっているというか、なんというか…。
真祖様の従者というだけでも畏れ多いにも拘らず、ゴッドレギオンという殿上人だ。
魔族の性か、レギオン序列に対して過敏に反応してしまう自分が憎らしい。
そんなコンプレックスを払拭するためにも、私は意を決してルーネ様に話しかけた。
「ルーネ様。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「私がお答えできることでしたならば…。」
足を止めることなく、顔を少しだけ振り向かせながら笑顔で応じた。
「会議の後、魔王陛下に追及されたこととは何だったのでしょうか?」
ルーネ様はそれに対して即座に返答することを避けた。
あの時、魔王陛下は嘘を見破った。
その嘘とは今から向かうレジェネーターにまつわることか、魔性の森にいたと言われる魔女のことについての事だということは予想出来る。
問題は、何故あの場で真実を伏せることを選んだのか。
完全に個人的な好奇心なので、私が知る必要がないと言われればそれまでの事。
私はルーネ様の返答をただ黙って待った。
彼女は軽く天を仰ぎ見ると、観念したように溜息をついた。
「魔性の森に住まう魔女は、かつて私がエルデガルドに実験で送り込んだ真祖様の複製体だった、という事実をお話ししたまでですよ。」
「は?」
頭が真っ白になった。
真祖様の…複製体を?
「そんなことをすればどうなるか…いや、その前に真祖様はその実験をご存じだったのですよね?!」
思わず声が上ずる。
なんとも畏れ多い行為であり、身が竦んだ。
しかし、ルーネ様は相変わらず涼やかに笑みを浮かべる。
「勿論です。別に隠し立てする必要もなかったのですが、あの場で説明するには不要な情報と判断したまでの事。」
「…して、その結果は?」
既に死んだという結果を聞いている以上、聞くまでもないことだったが、聞かずにはいられなかった。
ルーネ様は相変わらず表情一つ変えることなく口を開く。
「成功でしたよ。それなりにですが…。どうやら250年ほどは生きたようです。素体に魔人の肉体を使ったのが良かったようで、全て魔素で作られた他の複製体と比べてエルデガルドでの順応性は高い個体になったという結果が生まれました。」
魔人を素体に?
魔人は種族として確立されていない。
自然発生するものでもない。
グラミアさんと既にパイプがあったのか?それにしては戴冠式の際は余りにも初対面だった…。
私の思考を遮るように、ルーネ様は続ける。
「そんな経緯によって意図的に封じていたレジェネーターだったのですが、実験体が死んでしまったので再び解放することになったという次第です。」
「なるほど…。」
確かにあの場では不要な情報だ。
真祖様が掲げる不死と永遠に於いて、闇夜の眷属がエルデガルドで生活できないというのは致命的な弱点。それを解決するための実験を長年行っていたとしても満更不思議ではない。
だがどうしても引っかかる…。
250年前に使われた魔人とは一体…。
「さあ、着きましたよ。」
鬱蒼とした森が開けた小さな空間に、それはあった。
黒と青が永遠に混ざり合うように蠢くぽっかりと空いた直径2mの大穴が空中に浮かんでいた。
ルーネ様の肩からゾゾさんが飛び降り、レジェネーターに近づく。
「ホエー コノサキ エルデガルド アル」
「な、なかなかに威圧感があるのぅ…。こんなのに飛び込むんか?」
ようやくフェルさんが私の服を離し、ゾゾさんと共にレジェネーターを見つめていた。
「ベルフェルト様、空間圧縮のコツは掴まれましたか?」
ルーネ様の問いに迷わず頷く。
「問題ありませんね。認識出来ると分かれば造作もないことです。」
「流石ですね。では、私はこの場所とアーカムハメルを繋ぐ転送陣を設置しておきます。」
「よろしくお願いいたします。それでは、ゾゾさん、フェルさん。参りましょうか。」
私が声をかけると、フェルさんが背筋をピンと伸ばして緊張した面持ちで振り返る。
「も、もういくのか?まだ心の準備が…。」
「フェル ハヤクイクノ ゾゾ ウエノセカイ ワクワク」
全く、フェルさんにはゾゾさんの爪の垢を煎じて飲ませたいですね…。不可能ですが…。
「それでは、行って参ります。魔王陛下によろしくお伝えください。」
「承知いたしました。御武運を。」
ルーネ様に見送られながら、私たちはレジェネーターの中に入り込んだ。
中に入った途端、何かにとてつもない力で引っ張り込まれるような感覚に襲われる。
二人はなんとか私にしがみついているが、離れ離れになれば違う時間軸に飛ばされてしまうこともあり得る。
「ゾゾさん!フェルさん!!決して離れないようにお願いしますよ!!」
闇に包まれた空間の中で、果たして声が届いているかは分からないが、二人がしっかりしがみついているのだけは分かる。
そして私にも見て取れた。
これがタイムウォールだと。
触れた途端に上も下もない世界に投げ込まれ、四肢がバラバラになったように見える四次元空間。
そこで私は魔力を解放する。知覚レベルを最大に高め、そこにある大きな壁を圧し潰すほどの魔力を練る。
「はぁああああああああ!!!!」
両の手から放たれた魔力が、目に見えぬ壁を完全に圧しきった瞬間、目の前には森が広がっていた。
その場所を言葉にすれば、先ほどと変わらぬ風景のようにも見えるが、圧倒的に違うものがあった。
それは、光である。
空から注ぐ眩いばかりの光が、鬱蒼とした森の上から煌々と差し込んでいる。
そして、木々の香り、髪を薙ぐ風。
ここがニブルデッドでないことをありありと証明していた。
「ここが…エルデガルド…。」
なるほど…。グラミアさんが言う通り、確かにこれは美しい…。
闇の中で仄かな灯りに照らされた世界も乙なものだが、これほどの光量が降り注ぐ世界とは思いもしなかった。
破邪の光…太陽と言いましたか。
あれと同じものを《魔力錬成》で作るとしたら、どれほどのMPが必要になるというのか…。
感慨に耽っていると、背中に冷ややかでしっとりとした感覚が走る。それはそのまま背中から飛び出し、私の隣に人型を作った。
「オオ! ココ エルデガルド… ホントニ マソ ナイ」
ゾゾさんの言葉に自然と頷く。
なんという澄んだ空気でしょうか。
しかしながら、心地よいと思う一方で、私達のように魔素を必要とするものを排除せんとする意思を感じる世界だ…。
そんな感慨に耽っている中、ゾゾさんは茂みに向けて右手を突き出すと、腕を槍の様に変化させて目にもとまらぬスピードで伸長させる。
腕を引き戻すと、その先には角の無いデッドホーンラビットが串刺しになっていた。
ゾゾさんはそれを大口を開けて丸呑みする。
「ン~ オイシイケド マソガ ウスイ」
「でしょうね。どうやら大した魔物もいないようですので、魔素がなくなってきたら私が補填して差し上げますよ。」
私の言葉にゾゾさんは無機質な表情で頷く。
「ン アリガト デモ オナカハ スク」
苦笑しながら、私は背後でえずいている声の主に視線を向ける。
「そろそろいいですか?参りますよ。」
フェルさんは顔面蒼白な顔を上げる。
「いや…もうちょっと休ませてくれんか…?あれはさすがに…堪えて…うっぷ!」
再び茂みの先で吐き戻すフェルさんを見て、大きく溜息をついた。
「紅麗尉さんも大変だったと聞きましたが…この問題についてはどうにかする方法が必要ですね。」
「ベルル ベルル 」
ゾゾさんの呼ぶ声に私は振り返る。
「はいはい、どうしました… …。」
「コレ タベレル?」
ゾゾさんの手には細長い体に悍ましい数の足が生えた赤黒い生物が握られていた。
私としたことが、体中に怖気が走り、一歩退いた。
「あ…いや…流石にもっと腹持ちが良さそうなものを召し上がった方が良いかと…。」
それを聞いてゾゾさんはコクコクと頷く。
「ン ジャア コレ ベルルニ アゲル」
そう言ってこちらに投げてきたソレを、私は思わず悲鳴を上げて焼き殺したのでした。
―—
その後、私はレジェネーターの周りに固有結界を張り、不可視、不可侵とする。また、この場所を転移門での帰還ポイントとして登録を行った。
魔素による回復が見込めないこの世界ではこの二つをこなしただけでもかなりのMP消費…。ゾゾさんの補給のことも考えれば、節約する必要性があるかもしれません…。
そうした雑事をしている間にようやく復活したフェルさんを引き連れ、私たちは東へと足を進める。
しかしながら、フェルさんは憮然顔で口を尖らせていた。
「ここで魔女、ひいては真祖様の複製体が始末されたんじゃろ?その事件の顛末とか倒した奴についての調べはついとるんかの?」
フェルさんの言いたいことは分かる。
よほど壮絶な戦いだったのか、南からの風に攫われて木々が焼け焦げた跡の香りが漂っていた。
複製体とは言え、闇夜の眷属を退けたというのは看過することなどできない。
その人物が勇者…そうでなくてもアルカナキャストの可能性は大いにあるのだ。
そう思い、そのことは私も事前にグラミアさんから話は聞いていた。
「魔女を倒したのは、この森を南下した先にある法王庁ルネリオスに所属する聖騎士団団長のハイレン=ローデンスという男のようです。戸籍もしっかりあるため、彼が魔王陛下と同じ転生者である可能性はゼロでしょう。アルカナキャストの可能性は拭えませんが、法国の人間であるということですのでそう慌てる必要はないのでしょうね。」
フェルさんは「ふーん」とあまり納得していないような相槌を打つ。フェルさんは頭の後ろに両手を回し、口笛を吹きながら道を先導する。
「なんだかんだ言って機嫌が良さそうですね。」
「ん?ああ、お主らには辛いんじゃろうが、わしら亜人には魔素に満ちた大気は結構息苦しかったんじゃなって思うのぅ。旦那が人魔共栄圏を作ることが出来たら、ワシは移住してもいいと思っとるよ。」
ケラケラと笑い声を上げるフェルさん。私は思わず足を止めた。
「…紅麗尉さんも同じようなことを言っていました。」
「あ?」
フェルさんも足を止め、怪訝そうな顔で振り返った。
「この戦いが終わった後、私たちはバラバラになってしまうのでしょうか…。」
フェルさんは私の顔を覗き込むと、眉間に皺を寄せ、目を戦慄かせる。
「なんじゃ?お主そんなセンチなこと考えるような奴じゃったか?」
私が返答に困っていると、フェルさんは再び笑い始めた。
「ワシら亜人にとって魔族は畏れ多く敬遠する存在。魔族にとって亜人は眼中にない虫けらの存在。そんな二つの垣根を超えて結び付けたのが旦那じゃぞ?エルデガルドも同じじゃよ。亜人と魔族と人間の輪が生まれる時がきっと来る。」
フェルさんは自然と空を見上げた。目を細めながら、眩い光を見つめる。
「世界が纏まると、物理的距離は近くなる。時間的落差もなくなり、バラバラどころかワシらは今よりもずっと近くなるんじゃよ。それに…。」
「それに?」
フェルさんは口元をにっと吊り上げる。
「所詮ワシらは旦那に惚れ込み、旦那の元に集った集まりじゃぞ?旦那がいる限り、ワシらは仲間じゃろうが。」
その言葉に、私は胸のつかえがとれたような気がした。
「ええ、確かに…。フェルさんの言う通りです。」
何を不安に感じていたのだろうか。今やそれも分からない。
私たちはそれからも取り留めのない話をしながら、更に東へと歩を進め、山岳地帯へと足を進める。
メラキア山脈と呼ばれるこの山岳地帯は4000m級の複数の尾根が重なった自然の城壁である。
長年法国と帝国を隔て、大規模な戦争を未然に防いできた立役者と言える。
当然、両国は軍隊を送る際、この山脈を超えようとはしなかった。
海路を除けば、法国と帝国が隣接しているのではメラキア山脈を除けば二つ。
今私たちがいる魔性の森の跡地と、ルネリオスよりもさらに南下した先にある第6法王庁アルビオレの二カ所である。
そのうち、前者は魔女の脅威が天然の関所としての役割を長年果たしてきたようだが、後者は互いに巨大な要塞が作られている大激戦地となっている。
今回私たちが帝国に向かう中で、今や安全の担保がある北のルートを使うのがもっと良いはずだが、そのルートを使うことに対して、魔王陛下は異を唱えた。
「北ルートが使えるようになったことを帝国と覇王国に教えてやる義理はない。このカードは徹底的に伏せた上で、作戦を実行せよ。それが後のための大きな布石になる。」
ごもっともだ。森を北に抜けた先は帝国と覇王国の二つの関所が睨み合う蝸牛の角上である。その場を見つからず突破するとなれば骨が折れる。
そうなると、私たちが取るべきルートは山脈越えしかないのですが、しかしながら、既にこのルートは存在している。
その道を開拓したのは【シュバルツ=シンジケート】と呼ばれる闇組織であり、帝国と法国との間で非合法な取引を行うためのルートであるらしい。
当然、そのルートは巧妙に隠されており、通ろうとする者は組織の人間に闇討ちされるということです。
まあ、恐るるに足りませんが、闇組織に情報が筒抜けになるのも危険…。
この袋小路の中、フェルさんが非常に大胆な案を提示してくれました。
「お前さん、飛べるんじゃから、ぱあっと山脈を超えた先にゲートを作ったらええじゃろうが?ワシらが行くのはお前さんがゲートで迎えに来てくれてからでええ。」
素晴らしい作戦だった。
開いた口が塞がらない。
自分の頭が予想以上に固いことを痛感させられた。
私たちはフェルさんとゾゾさんが潜むことが出来る場所を探し、メラキア山脈の裾野に広がる樹海に足を踏み入れた。
その場所は予想通り野生モンスターが多く生息しており、ゾゾさんが待っている間に飢えるという心配はなさそうに見えた。
その場所を発見したころには、破邪の光は地平線に沈もうとしており、その光は赤色となって辺りを赤く染めた。。
「ンー マブシイー アカイー」
ゾゾさんが顔を覆いながら光から逃げる。それを見てフェルさんは感慨に耽っていた。
「こりゃあ驚いたのぅ…。地平線が近づくと太陽からの光の波長が長くなるのか?だから逆に昼間は波長が短く、空は青に…。面白いのぅ!!こりゃあ色々観察し甲斐があるのぅ。」
このままいくと破邪の光は地に沈み、夜と呼ばれる暗闇の世界になる。
そうなれば、私としても好都合。
闇に紛れれば飛行中も目立つまい。
そして、暫して夜が訪れた。
思いの外明るい。空を彩る光の所為か…。
「それでは、みなさん暫しお別れです。どうかお気をつけて。」
「あいよ。まあ、お前さんに限って心配する必要なんぞないだろうが、気を付けてのぅ。」
フェルさんは皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「ベルル オソラ オイシソウナノ イル ツカマエテ」
私はこめかみに汗を浮かべる。
どうやらゾゾさんには上空に何かしらのモンスターがいるのが分かるようだ。
飛竜か怪鳥か…。
まあ、余力があれば捕まえて差し上げましょうかね。
背中から四枚の蝙蝠羽が生まれ、音もなく体が浮遊した。
「では。行ってまいります」
手を振る二人に見送られながら、羽音は最小限にして夜の闇に紛れ、山肌から姿を隠すようにぐんぐんと高度を上昇させていく。
山頂に立った時、その光景には心を奪われた。
一面を埋め尽くす雲海。
瞬く星空。
そして眩いばかりの光を放つ月と呼ばれる光。
山脈はまだ奥深く、先は見通せない。
だが、この美しい景色を見ながらであれば、案外あっと言う間なのかもしれない。
そんな風に陶酔していた私の背後に、複数の巨大な影が近づいていた。
黒い毛並みの翼を持った巨大な獣、リュカオンだった。
4体のリュカオンが私に対して威嚇行動を取っている。まるでここは自分の縄張りだと言わんばかりに…。
けたたましいその咆哮も、今は心穏やかに聞き流せた。それぐらい、今の私はこの美しい景色に心を奪われていた。
「あなた方は幸運ですね。私はとても機嫌がいい。皆翼を毟り、二度と飛べないようにして差し上げるだけで赦して差し上げますよ。」
そう言うと、私の右手に巨大な大鎌が出現した。
襲い掛かる一匹に対して大鎌を一振りする。
リュカオンの翼は根元から断ち切られ、真っ赤な血を吹き上げながらのた打ち回るリュカオンは、そのまま山肌を転げ落ちていった。
「さあ、かかってきてください。逃げるという賢い判断が出来た個体は救って差し上げます。それが種の進化というものなのですから。」
▮
ベルフェルトと別れてからというもの、フェルは持参した天体望遠鏡で空を観察していた。
「いやーすっごいのぅ!!旦那から聞いとったが、あんなのがなんで落ちてこんのかのぅ?ワシの兵器なら打ち落とせそうに見えるんじゃがな~。あれが何光年という遥か彼方にあるだなんて信じられんのう。」
実際、フェルは信じていなかった。宇宙という空間自体が全く理解の外だったからである。
だが、実際にエルデガルドに来たことによってその疑念は確信となり、フェルの知見深まったと言えよう。
「いつかあの星を目指して…宇宙とやらに出てみたいのぅ。その時はまた、どんな景色が待っておるのか…。」
フェルが一人で盛り上がっている中、ゾゾは無垢なる悪食で自らの小さな分身を放って狩りをしていた。
襲い掛かってくれば返り討ちにしてそのまま捕食し、逃げれば追い立てて囲い込み、捕食する。
ゾゾがその気になれば一帯の魔物は絶滅してしまうかもしれない。生態ピラミッドにおける絶対捕食者として君臨していた。
「ンー オッキイノカ ツヨイノ イナイカナー?」
一応、ゾゾは手当たり次第ではなく、自分が襲う個体を選りすぐっていた。
そんな中で、ふと気になるものを発見した。
それを見て、ゾゾは望遠鏡を覗きながらはしゃいでいるフェルの元に行く。
「フェルル フェルル」
「なんじゃ?!今いいとこ…のわっ!!」
足元に投げ込まれてきたものに、フェルは反射的に飛び退いた。
そして、それを見て目を戦慄かせる
「な、なんじゃ?!に、人間族の…死体か?!ゾゾ殿、お主一体何を見つけて…。」
「イッパイ アッタヨ」
そう言うと、無数の無垢なる悪食が次々に人間の死体を運んできた。
その数、八体。
フェルはその内の一体の検死を行う。
「獣に食われた跡があるが、死因は鋭利な刃物によって首につけられた刀創じゃのう。背後からばっさりやられとるから、奇襲を受けておる。こやつらのナリから見て、兵士には見えんのう。じゃが…。」
フェルが男の腰からシミターを抜き取る。
「武装しとるし、こりゃあ護身用とは言えんな。何度か使っとる刃物じゃ。」
ゾゾが首を捻る。
「ン? コノコタチ イイコ? ワルイコ?」
フェルは苦笑した。
「まあ、どちらかというとワルイコじゃろうな。多分じゃが、闇ルートを仕切っとるとかいうシュバルツ=シンジケートの人間じゃろう。奇襲されとるところを見ると、狙いは積み荷かのぅ…。」
ゾゾが森の奥を見て口を半月型に歪めた。それを見て、フェルは背筋が凍った。
「アッチニ トッテモ ツヨイノ イル。フェル アソビニ イッテ イイ?」
ゾゾの漂わせるオーラに気圧されながらも、フェルは毅然と意識を保つ。
「いや、ダメじゃろ。ワシらの今の任務はベル殿が戻ってくるまでここで待機すること。お主が強いと感じた時点でキングレギオンクラスじゃろ?そんな化け物と交戦なんてしたら怒られるだけじゃ済まんぞ!」
ゾゾはぷくっと頬を膨らませる。
「ンンー デモデモ アルカナキャスト カモシレナイ。ユウシャ カモシレナイ。」
本音の動機は不純だが、ゾゾが言いたいことについてフェルは分からないでもなかった。
戦闘能力の高いレギオンの調査は自ずと魔王の命令に準じることになるのだ。その正体を明らかにしないことは情報収集として訪れた身としては失格と言えよう。
フェルは考えた挙句、小さく頷いた。
「そのまま無垢なる悪食で追跡を試みようかのう?あくまでもその正体を探るだけじゃ。良いか?」
「ラジャ」
無数の分身体が森の奥に吸い込まれるように放たれた。それを見送った後、ゾゾは目の前に積まれた死体の山を前にして涎を垂らす。
「コイツラ モウ タベテイイ?」
反射的に「いいぞ」と言いかけてフェルは思い留まった。
「ああ、ちょっと待てい!棚ぼたでゲットした地上人のサンプルじゃからのう。粋が良さそうのはワシが貰うぞ。後は食べてもよいが、衣服や装飾品は残しといてくれるか?持って帰りたいんでの。」
「オケ ラジャ」
そんなやり取りをした後、七体の死体は溶けてなくなり、遺留品はフェルの手に。そして損傷の少ない一体は、ホルマリン漬けにされてから無理やりプラスチックの容器に詰め込まれた。
一方、ゾゾの分身体は先ほどの殺害現場からほどなくして、巨大な古木のある場所に辿り着いた。
殺害現場には車輪と馬の足跡があり、間違いなく馬車が存在した。それが現場から無くなっていることから、目的は馬車であったことは間違いなかった。
車輪跡はこの古木の元に続いており、その近くにその馬車はあった。馬の姿は見当たらない。
ゾゾは古木から一切視線を切らない。
この大木は朽ちているために中は空洞になっており、半径10m以上ある巨大さであるため、中で何者かが住んでいる可能性が大いにあった。
(スキル《生体感知》)
《生体感知》は熱感知、呼吸感知、気流感知などを行って生体反応を検知するスキルである。古木は当然反応なし。
だが予想通り、中には人間2人分の生体反応が検知された。
だが、不思議なことがあった。
二人の内の一人は熱感知が全く働いていないのである。
その他においては正常に作動しているため、二人だと言えるが、熱感知だけで確認したら一人だと誤認してしまうところだった。
ゾゾは悩んでいた。
あの古木をアジトにして、強個体のレギオンがいることは直観的に分かっている。
だが、このまま踏み込むことはリスクがある。しかし情報は持って帰りたいというジレンマに嵌り、ゾゾが頭から湯気を上げ始めた時、いきなり絶叫が響き渡った。
「あぁあああああああああああああああ!!!!!!!」
これが人間の声かと勘繰ってしまうかのような獣の様な声…。そして、激しく乱れる《生体感知》。
激しく暴れる一人に対し、もう一人が必死に抑え込もうとしているのが汲み取れる。
次はあちこちに何かを叩きつける音が響く。
鈍い音。それが頭であることも汲み取ることが出来た。
断続的に響き渡る奇声。
そして暴れるを繰り返す。
ゾゾは内心で思った。
(コレ バレナイ カモ?)
どう考えても中の状況は外敵に対して警戒できるような状況ではなかった。
つまりはチャンス。
ゾゾはそう考えた。
ゾゾは即行動を開始し、古木の裏に回り込む。思った通り、かなり激しく空洞化が進んでいた。中には積み荷だったであろう衣料品や食料、などが無造作に置かれ、その先には奇声を上げて暴れる女性とそれを抱きしめながら必死で抑え込もうとする男性の姿があった。
ゾゾの直感的に男性は自身と同等程度と見込んだ。女性の方はそこまでの強さはないが、以上に高い魔力量を感じ、思わず強い念が飛んでしまった。
(オイシソウ…)
その感情が伝わったのか、女は暴れるのをやめて、震える指でゾゾを指した。その指先を追って、男の視線がゾゾと交錯する。
「ア マズイ カモ」
突然口に出したゾゾの一言に、フェルは顔面蒼白になった。
男は顔中を包帯で覆っており、顔は目しか確認することは出来ない。
その男は一足飛にゾゾに迫った。
相手がスライムだと知っても、全く侮ったり驕ったりする様子はない。
ゾゾは覚悟を決めた。
男の斬撃を紙一重で回避すると、体の一部を斧に変化させて踏み込んできた男の胴体目がけて切りつける。
だが、男はそのまま体を捻って一回転すると、斧を斬撃で捌いた。
(タタカイ ナレテル)
ゾゾはニターっと笑った。それを隣で見たフェルは思った。
(あ、これ完全にスイッチ入っとるわ…。)
そう思った矢先、フェルの隣にゾゾの姿はなかった。
「こりゃあ…ベル殿にどやされるんじゃないかのぅ…?」
ーー
(オモシロイ)
男の無数の斬撃をいなしながら、体の使い方を改めて学習するゾゾ。
元々スライムであるゾゾは戦いの中に何かの技術を取り入れたことなどない。ただ本能のままに体を動かしていただけに過ぎないのだ。
だが、目の前の男の戦い方を見て、戦闘のイロハを身に着けていく。
体の回転、死角の補填、フェイント、足運び、武器の使い方…。
攻撃を受け、分身体の数を失っていく中で、男の凶刃をその目に、脳裏に、魂に焼き付ける。
人間の姿では戦い辛いと感じていたゾゾの中で、その経験値は大きな変化をもたらした。
本体であるゾゾが分身体と合流した瞬間、ゾゾは人間形態をとる。
だが、その姿は今までの幼女というよりは少し成長していた。
人間で言えば10歳頃の体躯。
そして、今までほぼほぼ水が幼女の造形を取っているだけの様に見えていたが、今の姿は違った。
青白い肌に白と青が入り混じった頭髪。
そして金色の瞳までもが人間そのものに形作っていたのである。
相対していたスライムの突然の変化に驚愕する包帯男。ゾゾ自身もまた自分の変化に驚きを隠せずにいた。
「感謝スル ゾゾ モット 魔王様ノ 役ニ立テル。」
新しく形成した自分の体を確かめるように柔軟体操をすると、ゾゾは口を半月状にして笑みを浮かべた。
「ダカラ ゾゾ オ前 丸カジリ」




