〜暗中模索の侵攻作戦〜
▮魔王
「これより、幹部会を始める。」
私の号令と共に、円卓を囲む幹部一同が一斉に起立し、一礼をする。
幹部たちの顔をさっと流し見していく中で、この場には不釣り合いなものが目に留まった。
「おい、紅麗尉…。それは一体何のつもりだ?」
名前を呼ばれ、委縮しながら身を小さくして俯く紅麗尉。その表情がどのようなものかは想像に容易い。
そんな彼女の様子に、周りの幹部から笑いを堪えている様子が窺える。
紅麗尉は猫亜人になっていた。
服なのか魔法で姿を変えられているのかは不明だが、ふさふさの猫耳に手足はもこもこのグローブとブーツ。毛皮のレオタードという出で立ちである。
紅麗尉が顔を真っ赤にしたまま何も語らないため、ベルフェルトが口を開いた。
「畏れながら、先日の魔王様への粗相に対する罰でございます。」
「そんな罰を下した覚えはないが?」
そもそもなんだ?そのマニアックな罰は…。ただのセクハラじゃないか…。
しかしながら、ベルフェルトは首を横に振った。
「これは紅麗尉が自らの行いに対して反省の意を示し、自らの意思で罰を科しているのでございます。ですよね?紅麗尉さん?」
「は、はい。」
もじもじと恥ずかしそうに紅麗尉が頷く。
既にツッコミどころが満載なのだが…。
「なんでそんな恰好をしているんだ?」
「魔王様がお気に召しそうな恰好をしようということに相成りましたところ、その際にルーネ様よりご進言を賜りまして、これこそが魔王様の御寵愛を最も受ける恰好であると…。」
「何適当なことを言っとるんだ!!」
思わずツッコミが口を出てしまい、ルーネに非難の視線を向ける。しかし、本人は「なんのことやら…」と涼やかな様子だった。
「えっ?!ルーネ様、嘘だったんですか?!」
私の非難の一言に、紅麗尉が涙目になってルーネに食って掛かった。ルーネは心外とばかりに小首を傾げた。
「何のことでしょうか?私は殿方の御寵愛を受けやすい趣向を提示しただけであり、魔王様の好みについて言及したつもりはございませんが…。」
それを聞いて紅麗尉の非難の視線がベルフェルトに向かう。
「だ、騙しましたね!!」
「失礼な。紅麗尉さんがどうにか魔王様に誠心誠意お詫びしていることを伝えたいと申されるので、ルーネ様にご進言賜ったことをお伝えしたまでの事。実行したのは紅麗尉さんの判断では?」
急遽始まった擦り付け合いに深い溜息がでる。
「そもそも誠心誠意詫びるのになんでそんな恰好をする必要があるのだ?」
「そ、それはその…。」
私の一言に紅麗尉が口籠る。
その様子を見て、グラミアが「ふふん」と嘲笑した。
「罰と称して主様の気を引くのが目的だったのでしょう?その気はないと言いながら、浅ましい手を使いますこと。」
紅麗尉は顔を真っ赤にして机に勢いよく両の手をつく。
「ちょっ!やめてくださいよ!そんなんじゃ…!!」
「粛に!!」
一喝により、ようやく会議場に静寂が戻った。
ほとほと困ったものだ。
先日のグラミアの宣言から、正妃の座を狙っていることを公言したことにより、二次会の話題は私の正妃候補の話で持ち切りになってしまった。
『いつか必ず、魔王陛下…我が主様に見初めて頂けるようにこの身を尽くして参る所存でございます。』
それを皮切りに、私に相応しい女とはという談義で華やぎ、正妃候補者がまるで選挙のように張り出された。
そもそも紅麗尉は嶽閻が、グラミアはベルフェルトのことが好きだったんじゃないのか?
それが何で急に私の正妃候補になるんだ?
まるで分らん。
勝手にルーネもエントリーされていたが…エルマのやつにこのことが知られたら何と言われるか…。
盛り上がるのは勝手だが、厳粛な会議の場の秩序が乱れるのはいただけない。
「ベルフェルト。紅麗尉の服を今すぐ元に戻せ。そして、今後公務に私情を持ち込み、品位を貶めるようなことがあれば、私自ら制裁を下すと心に刻め!」
『はっ!!』
さて、紅麗尉もいつものスーツ姿に戻って…。まだ尻尾が残っているがもういい。無視しよう。
「今回の議題に移る前に、改めてだが新幹部の紹介をする。【グラミア=ユーフラシュネ=アエーシェマ】だ。」
グラミアは席を立つと、優雅にカーテシーをする。会議室にささやかながら喝采が上がる。
「御相伴に預かりました。グラミアでございます。今後は主様の魔王領ラーヴァクラフトのますますの発展のため、尽力して参る所存でございますわ。以後、お見知り置きを…。」
そして深々とお辞儀をする。その所作は流石は元貴族の令嬢といったところか…。
先刻、グラミアにも真名契約を施し、同時に命名を行った。彼女の誇りである美を尊重し、美の女神での名を授けた。
この世界では名前の後に続く【姓】の様なものは、ファミリーネームとなる受け継ぐ名と、称号が組み合わさることとなる。
つまり、グラミアの場合、アエーシェマはファミリーネーム。ユーフラシュネは名付けによる称号ということになる。
当然だが、ファミリーネームは高貴な者しかなく、フェルは持ち合わせてなかった。
ベルフェルトも元々ファミリーネームを持たない家柄だったが、今の長ったらしい名前は先代の魔王の趣味でつけられたものらしい…。欲張りすぎだろ…。
話が逸れたが、名付けによってグラミアのステータスは向上し、レベルは69となり、大罪スキル【色欲】媚眼秋波はレベルアップし、対象範囲が拡大。スキル発動時にグラミアを見た者が全員というものに変化した。
正直、真名契約をしていなければ野放しには出来ない恐ろしい能力である。下手をすれば国民全員を掻っ攫われる危険すらあるのだから…。
背筋を走る冷ややかな汗に身震いする。
「彼女が今後携わる管轄は地上作戦における魔人兵の作成と増産だ。」
それを聞いていち早くフェルが反応を示す。
「魔人?魔人実験はとうの昔に失敗したと思っとたが…?」
フェルの反応はニブルデッドで住むものならば常識だ。別名、合成獣実験と呼ばれた魔人製造計画は大失敗に終わっているのだ。その理由は合成した細胞の拒絶反応により、正常な個体が生まれないことにあった。
強くもなく、制御も出来ない出来損ない。それが魔人だ。
それがいつからか、よく分からない生物のことを魔人と呼んで卑下する様になったという…。
つまり、私は当初から公然とバカにされていたわけだ。
ともあれ、フェルの質問に答えるためにはグラミアの能力を開示する必要があった。
私はグラミアに視線を向ける。
「グラミア、良いか?」
私の問いに対し、グラミアは頷いた。
「もちろんでございます。主様。」
了承を得たので、幹部達全員に向き直る。
「グラミアのアルカナスキルはNo.Ⅲ【女帝】慈母胎動。グラミアの魔力を注入、融合させることによって新たな生物を創造する能力である。」
それを聞いて場が騒然とする。
その中で、ベルフェルトが合点がいったように頷いた。
「なるほど…貴女が自制出来る魔人を数百体も従えていた理由はそれでしたか…。そして、地上作戦における兵…ということは、あの魔人達は魔素を必要としないということですね?」
グラミアは得意げに髪を掻き上げた。
「ええ。その通りですわ。エルデガルドでの支配を固める為に試行錯誤していた研究がそのまま主様のお目に止まったということよ。」
私は深く頷く。
「最早周知のことではあるが、グラミアはアルカトラズで発見したレジェネーターを使い、かねてよりエルデガルドでの支配権を確保するに至っている。その国は大国オルフェリアの中枢、教皇庁バーラル。既に教皇を傀儡とし、完全に実権を握っているという状態にあるという。」
皆から感嘆の声が上がる。正直、私としても想像を遥かに超えた進捗だった。
まさか、既に大国の一つを落としているとは思わず、改めてグラミアの能力の恐ろしさを実感せずにはいられなかった。あの時、抵抗に失敗すれば、ラーヴァクラフトも彼女の手に堕ちていたことであろう。
エルデガルドへの足掛かりどころではない。既に盤面に大きな布石が打たれている状況からのエリアマジョリティなど、ハンデ戦もいいところだ。
「それでは魔王陛下。今後オルフェリアは如何様にされていくおつもりでしょうか?」
ベルフェルトの発言に場が静まり返る。
グラミアはその言葉の意味を当然分かっており、小さく目が泳いだ。
グラミアが私の軍門に下った以上、その領地や支配権が主人である私のものになるということである。だが、それがグラミア本人にとって面白くないことであったことは先の謀略に至った理由でもあるのだ。
当然だ。今まで積み上げてきた努力の結晶を全て奪われる。それは如何ともしがたい屈辱であるということは想像するに難くない。
グラミアも、当然受け入れているとはいえ、思うところがないわけではないのだ。
私の中で結論が出たのは早かった。
「オルフェリアに於ける領地・自治権はグラミアが変わらず行使することとする。」
私の一言に、騒然となった。
グラミアが目を見開いて驚愕を禁じ得なかった一方で、ベルフェルトの顔は険しい。
「畏れながら、グラミアさんの統治は魔王陛下が掲げる人魔共栄の概念からかけ離れております。言うなれば前時代的な魔族の価値観における支配統治の形。これを容認するということになりますが?」
「そうでもないぞ?グラミアは難解な宗教国家を上手く手中に収めていると私は見ている。」
私の言葉に、ベルフェルトはもとい、幹部の皆が眉を顰める。
「ど、どういうことでしょうか?陛下?」
紅麗尉の問いに、私は軽く頷く。
「国家形成における人心掌握方法は大きく分けて二つ。力で縛るか心を縛るかのみ。オルフェリア法国は後者。神などというあやふやな存在を仄めかし目に見えぬ鎖で民を縛る非常に厄介な国だ。」
皆がお互いに顔を見合わせる。
無理もない。このニブルデッドには宗教がないのだ。
完全な実力主義であり、弱肉強食が統治の基本。宗教が及ぼす恐ろしさをまるで知らない。
「宗教の恐ろしさは交渉すべきトップの存在がいないことに起因する。教皇という立場でさえも、宗教の元では教えに準じる存在でしかないのだからな。民の一人一人に根付いた信仰心を改宗させることなど不可能。教えのためならば全て正当化され、自らの命すら捧げる。それが宗教だ。」
嶽閻が難しい顔をする。
「つまり…姿形なき王を妄信する民ということですね。俄かには信じがたい話です…。存在があやふやなものを崇め奉るなどと…。」
皆も同じ心境だった。それを見て、グラミアは目を細める。
「見ていて滑稽よ?存在しない神の名を口々に語り、祈り、縋る姿はね。そんな霞を食むような生き方をしているから、教皇が傀儡になっても聖女がすり替わっても変わらず妄信する。可愛いものですわ。」
グラミアの邪悪な笑みに、ベルフェルトは納得したように背中を椅子に預けた。
「なるほど、宗教というものに絆された者達に新しい支配を植え付けることが難航することは必至。それならば裏で操るというグラミアさんの形で支配権を牛耳る方が最も安定するということですね。」
「そういうことだ。もし私が法国をゼロから攻略するとしても同じ手を使っただろう。頭を挿げ替えるよりも、頭を意のままに操ることが宗教国家を支配することになるのだからな。」
皆から一様に腑に落ちた様子を見届けると、深く頷いた。
「異論はない様だな。法国領内においてグラミアはそのまま統治を継続。その上で優先して取り組んで欲しい任務が二つある。」
「承りますわ。何なりとお申し付けくださいませ。我が主様。」
グラミアが仰々しく頭を下げる。魔貴族の嗜みか、ベルフェルトとその仕草がよく似ている。
「一つはアルカナキャストの候補者を炙り出すこと。」
「心得ておりますわ。既にその候補者には目星がついております故、必ず探し出して見せましょう。」
その表情から本当にアテがあるようだ。頼もしいことである。
「そして、二つ目はエルデガルドのどこかにいるはずの勇者の情報だ。どんな情報でも良い。空振りでも咎めない。法国中の情報を集め、勇者の足取りを掴むのだ。」
「御意に。いち早く主様へ吉報を献上して見せますわ。」
グラミアの自信と忠誠心に満足した私は、「うむ」と深く頷いた。
「法国はグラミアに任せ、我らは別の国を攻略していくこととなる。」
その言葉を待っていたように、ベルフェルトは喉を鳴らして笑った。
「クックック…。ということは、魔王陛下が狙うは…あの国ですか?」
私は深く頷いた。
「グランベルド帝国だ。」
グラミアに視線を向けると、グラミアは用意してきていたエルデガルドの地図をテーブルに広げる。—地図を使いたいところだが、行ったことがないので表示できない—
「大陸の西に位置するのがオルフェリア法国。縦に伸びるメラキア山脈を隔て、東を支配するのがグランベルド帝国となりますわ。グランベルド帝国の北には覇王国ギガデスが存在し、この三国が長きに渡って覇権を争ってまいりましたの。中でも最も国土が広く、最大の国力を持つのがグランベルド帝国となりますわ。」
テーブル上に乗り地図を眺めていたゾゾが首を捻る。
「テーコクノ ヒガシ ナニアルノ?」
ゾゾの言葉にグラミアが難しい顔をする。
「申し訳ございません。法国に伝わる知識では、帝国よりも東の地については分かりかねますの。」
「分からんのじゃったら自分で確かめるしかないのぅ?帝国を手中に収めた後でな。」
フェルのニヤついた啖呵に私は頷いた。
「帝国は皇帝と貴族による封建制度によって成り立つ国と聞く。そして皇帝は血筋ではなく、最も優れたものを国民が選挙で選ぶという…。」
喉を鳴らすような笑い声が響く。
「血ではなく実力主義の政権。忠誠ではなく利害関係によって構築される国家…。条件の揃った最高の物件だ。」
幹部たちの顔に笑みが浮かぶ。
「帝国を我が人魔共栄圏の足掛かりとさせてもらうとしよう。作戦名は…【ユートピア作戦】とでもしておくか。」
我ながら安直だが、特に反対もなかったので採用となった。
「では、計画と部隊編成を詰めていきたいと思うが…。」
話を遮るように、今まで沈黙していたルーネが手を挙げた。
「シェブニグラス様、お話を遮り申し訳ございません。編成の前に、エルデガルドにおける注意事項の共有をさせて頂きたく存じます。」
注意事項だと?
「魔素が極端にないというのは周知のことだとは思うが、それ以外にも注意すべき事項があるのか?」
ルーネは頷き、グラミアに視線を向け、笑みを浮かべる。
それを受けて、グラミアは顔色を変える。
「も、申し訳ございません!失念していましたわ!ルーネ様!御進言頂き、ありがとうございます!!」
なんだか分からないが、ルーネがグラミアをフォローしたらしい。
…にしても、この二人の関係性は非常に固い。グラミアにとってルーネがとことん畏怖の対象だと言えよう。
その後、グラミアは真剣な眼差しで幹部達に注意事項を説明した。
破邪の光、つまり太陽が存在し、昼夜があること。風があること。天候が変わること、などなど。
正直私からしてみれば、「いや、それ普通だろ?」と思うことではあったが、このニブルデッドの生活が当たり前の者達にとってはリアクションが非常に大きかった。
そんな中でも、二つほど私でさえ看過できない注意事項が存在した。
まず一つが、ニブルデッドには病気という概念がないが、エルデガルドには存在するということ。
これはハッキリ言ってニブルデッドの方が異常だ。
高濃度の魔素に病原菌が耐えられないのか、ニブルデッドには風邪ウイルス一つ存在しない。逆に言えば、ニブルデッドの住人は免疫がないということかもしれないのだ。
それはつまり、エルデガルドで病に陥る可能性を示唆しているということになる。
二つ目はなんとも摩訶不思議なことではあるのだが、エルデガルドとニブルデッドでは時間軸に齟齬があるというのだ。
「それはどういう意味だ?時間の流れ方が違うということなのか?」
グラミアは顔を顰めながら自信なさげに言葉を紡ぐ。
「そうですね…。地下の方が時間の流れが遅いように思いますの。例えば地上で3日過ごして地下に戻ってきた時、二週間程度が経過していたこともざらにありましたわ。」
「その言い回しだと規則性がないということか?うむ…厄介だな…。」
グラミアと私の様子に見かねたのか、ルーネが徐に口を開いた。
「宜しいでしょうか?本件についてレジェネーターに施された【タイムウォール】が原因となっております。」
「タイムウォール?」
全員の視線がルーネに向けられる。
「はい。エルデガルドもニブルデッドも、世界時計において同じ時を刻んでいますが、レジェネーターという時空の歪みを通過する際に、時間の遅滞現象が発生してしまうのです。」
「それがタイムウォールか…。法則性があれば便利ではあるが、不規則となれば今後の作戦に支障が出るな…。ルーネ、解決方法はあるのか?」
「ございます。」
あるんかい!
あまりにもあっけらかんと言い放つルーネに思わず突っ込んでしまった。
ルーネは相変わらず涼やかに答える。
「タイムウォールを破壊すれば良いだけのことです。」
よ、予想外なパワープレイ…!
皆が口をあんぐりと開けて呆然としていた。
「か、簡単に言うが、そんな事が可能なのか?」
「空間の捩れが時間の捩れになっているだけのこと。空間を魔力で押し潰し、扁平にしてしまえば時間の捩れもなくなります。」
か、簡単に言ってくれる!
理屈だけ聞けば、ワープ理論に近いと言える。目的地との間にある空間を圧縮すれば、何光年先だろうと一歩の距離に出来てしまうという理屈だ。
しかし…それを実現するのにどれほどの魔力が必要なのだろうか?
グラミアに視線を向けるが、申し訳なさそうに首を横に振る。
次にベルフェルトに視線を移した。
「ベルフェルト。貴公なら出来るか?」
ベルフェルトは口元に手を当て、思案する。
「経験がないため断定は出来兼ねますね…。但し、空間を魔法の対象として認識することが可能であるならば、私に出来ない通りはないと思われます。」
自尊心が高いことだ。早い話、コツさえ掴めば出来ないわけがないと言っているのである。
ベルフェルトの返答に頷くと、私はフェルに視線を向ける。
「フェル、どうだ?技術的に解決可能か?」
流石のフェルでも無茶ぶりだったのか、こめかみに汗を浮かべた。
「い、いや…。流石に無理じゃねぇかな…?空間に超重力を発生させて圧縮させるんだろうが…。科学式も理論も不十分で意味不明だしよ…。」
「流石にSFが過ぎるわ…。前世の科学技術を超える代物を作るのは容易いことではありません。」
紅麗尉もフェルと同じくお手上げだ。問題は先送りになるが、仕方がない。
「レジェネーターのリアルタイムな使用を可能にするためには、ベルフェルトとルーネが必要不可欠。という結論でいいだろう。二人をチームリーダーに立てて2チームを編成する。異論は?」
皆から是も非もない。
私は再び地図に目を落とす。
「では、チーム編成だが、アルカトラズのレジェネーターが繋がっている先は、エルデガルドの大陸に於いて最西端。そこから帝国までとなればかなりの距離となる。座標も不明の未開の土地で隠密行動を取りながらの移動はかなりの時間がかかることが予想されるが、そうなってくると問題なのは魔素の欠乏だ。」
グラミアは頷く。
「私もどんなに長くても7日に一度はニブルデッドに帰還しておりましたわ。魔素の欠乏はお肌に悪いですし。」
それを聞いてベルフェルトが鼻で笑った。
「私の魔力が欠乏するなどということは考えにくいですので、お任せいただいて問題ございません。」
ゾゾは「ンー」と唸りながら一言。
「デアッタモノ ゼンブ タベテイイナラ ダイジョウブ」
それはもはや大丈夫ではない。
フェルと紅麗尉と嶽閻は魔素の心配はないが、亜人であることが問題だな。
話によると、法国は極端な亜人排他主義文化…。戦闘力が低い上に目立つため、法国を東西に無事横断できるかと言えば正直不安が残る。
そもそも、紅麗尉と嶽閻はラーヴァクラフトの国家運営に重要なポストについているため、最初から候補ですらない。
これは考えるまでもなく、場所がかなり悪い。バーラル周辺はほとんどが平野であり、隠密に全く向いていないことも拍車をかけている。
流石に頭を抱えた。
「魔素を必要としない亜人種では私とルーネしか適任者はいない…。ということになるな…。」
さて、どうしたものかな…。
ベルフェルトとルーネ、二人を信頼していないわけではないが、ラーヴァクラフトにおける最大戦力である二人が長期間エルデガルドに留まることは素直に容認しがたい。
そもそも、ルーネに至ってはエルデガルドに送るにあたってエルマに許可を取る必要がある。
正直、許可されない可能性が高いと予想される。
私が直接動くということは…今の段階ではさすがに早計だ。しかも単独行動など、リスクが高すぎる。
思考の迷宮に陥ってしまった場の静けさを切り裂くように、ルーネが再び手を挙げた。
「遠い…。ということが問題なのでしたら、樹海にあるレジェネーターを使ってはいかがでしょうか?」
… …
『はあ?』
私を含め幹部たちが総出で間の抜けた声を上げた。
「あるのか?レジェネーターが…樹海にも?」
「はい。そこを使えば帝国へのアクセスも容易かと。」
早く言えよ…。
全身から力が抜け落ちた。
距離も近く、隠密行動に適した場所であればもっと自由にメンバーが選べる。
「ルーネ様…なんで今まで黙っていらっしゃったので?」
グラミアが恐る恐る訊くが、ルーネは微笑みを浮かべながら一言。
「聞かれませんでしたので。」
まあ、そうなんだが…。
ルーネは私の方を見てクスクスと笑う。
この、人を食ったような態度はエルマの受け売りなのだろうか?主人共々よく似ている…。
しかしまあ、ルーネがレジェネーターについて博識であったことを考えれば、身近に存在していたことを予想することも出来た。
まったく…思い込みとは恐ろしい…。
ルーネは地図に手を伸ばし、ある一点を指し示した。
「樹海からのレジェネーターで通じている場所は法国の北東部。帝国と覇王国の国境に近いこの場所です。」
場所を見て、グラミアは眉間に皺を寄せる。
「その場所…。第7法王庁ルネリオスの直轄領にある、通称 魔性の森と呼ばれる場所ですわ。確か魔女が住み着いているとかなんとか…。」
「ええ、その通りです。今まで魔女が固有結界を展開していたため、このレジェネーターは使えなかったのですが、昨今、魔女が死んだことにより利用が可能となりました。」
「おお…」と嘆息の声が上がる。
だが私はそれよりもルーネの発言に反応した《ディバンク》が気になった。強い悪意ではないが、何かを隠そうと嘘をついた。
ルーネに厳しい視線を向ける。
ルーネはそれに気づくと、口元に指を一本立ててウインクした。その仕草を受けて、私は視線を戻した。
腹立たしいことだが、あの女の何気ない仕草に心を乱す自分がいる。
だが、それとこれとは話が別だ。秘密にしておくことは了承しても、理由については後で追及する必要がある。
小さく咳払いをすると、私は幹部達に向き直った。
「ユートピア作戦の実行メンバーを発表する。リーダーはベルフェルト。メンバーはゾゾ、フェルを加えた3名。第一回作戦期間は7日間。隠密行動を優先し、交戦は徹底的に避けること。帝国に関する情報をなるべく詳細に、多く持ち帰ること。勿論、勇者とアルカナキャストの情報も同様である。よいか?!」
『はっ!』
三名がその場で起立し、一礼をする。
「作戦決行は二週間後とする。ルーネ、それまでの間にレジェネレーターの場所の案内とベルフェルトにタイムウォールを突破する魔法の手解きを頼む。その後、アルカトラズに入り、グラミアを補佐せよ。」
「畏まりました。」
ルーネも起立し、美しく伸びた背筋で跪礼してみせた。
「紅麗尉と嶽閻は共に内務にあたる。以上だ。皆の働きに大いに期待する。我らラーヴァクラフトの未来に幸あれ。」
『我らが魔王陛下に栄光あれ!!』
こうしてエルデガルド侵攻を議題とした幹部会は終了した。
気を許した者達との建設的な会議の場は、騒がしくも充足した時間だったと胸を張って言える。
だが、この会議で私は取り返しのつかないミスを犯していた。
その代償として、幹部の内の一人を失うことになろうとは…この時は誰も…。
いや…ルーネはもしかしたら知っていたのかもしれない…。




