〜冠を戴くは玄牝之門〜
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高らかにファンファーレが鳴り響き、ハーメル広場集まる人々の歓声を沸き立たせる。
ついに待ちに待った開式の時間を迎えたのだ。
ハーメル広場から見上げるように聳え立つ魔王城アーカムのテラスからは、それぞれ管楽器、弦楽器、打楽器を携えた亜人達が、さながらオーケストラの如く現れた。
そして、奏でられる。チャイコフスキーの【戴冠式祝典行進曲】。
厳かに始まった美しい音色とともに、広場を十字に区切ったステージの上を、色鮮やかな舞台衣装を身に纏った蛇女族と翼人族の踊り子隊が演舞する。
それに続き、小鬼族や豚鬼族、犬鬼族や鬼人族が銃剣と軍服を身に纏い、軍事パレードが始まった。
儀仗隊は足を高く上げながら一糸乱れぬ動きで行進し、所定位置に到着した後、踊り子たちを交互に挟みながら、整列し、足踏みを続ける。
そして、音楽の盛り上がりとともに、見事なライフルドリルを決め、頭上には盛大な花火が上がった。
会場のボルテージがMAXになる中、高まった興奮が次への期待に変わるその変わり目を狙って、凛とした声のアナウンスが響き渡る。
『皆様、長らくお待たせ致しました。これより、魔王領ラーヴァクラフトの創設記念式典として、魔王位称号授与式、並びに戴冠式を執り行います。』
紅麗尉の声がマイクを通して響き渡ると、次の曲が演奏される。
ウィリアム=ウォルトン作曲の戴冠式行進曲【宝玉と王の杖】。
管弦から奏でられるその壮大なメロディーに会場の誰もがその方の登場を期待し、予感していた。
『皆様、盛大な拍手をもってお迎えください。ニブルデッド全土を統べる偉大なる王!魔王 シェブニグラス=インフェルド陛下、ご登場でございます!!』
音楽の高まりと同時に、スモークが上がり、広場の上空を取り巻くように取り付けられたスクリーンが、その者の姿を大きく映し出す。
当然、サロン内の巨大モニターにもそのスモークの中から現れる人影が映し出されていた。
黒と金で装飾された豪華なフルプレートローブ。
そして漆黒に紫の刺繍が施されたロイヤルマント。
赤い宝石の埋め込まれた無貌のキャスターマスク。
紫紺の長髪は眩いスポットライトに照らされ、白銀にも黄金にも見え、輝きを放っていた。
その神々しさに、詰めかけた者達は皆息を呑み、食い入るように凝視していた。
どよめきと嘆息があちこちから漏れ聞こえる中、紅麗尉の進行が続く。
『【第一式 承認】。魔王の称号を授与するにあたり、真祖 エルマリーク=シュトラゼル様より、正式に承認を頂戴しております。』
それを聞いて、会場の人々が騒然とした。長らく沈黙を保ってきた真祖の存在はもはや伝説。その伝説までもが魔王を認めたという事実に驚きを禁じ得ないのは当然だった。
『静粛にお願いいたします。本日、真祖様はご欠席されておりますが、代理としてエルヴェシオンの使者様にご登壇をお願いしております。盛大な拍手をもってお迎えくださいませ。』
割れんばかりの拍手が鳴り響く中、豪奢な金と白のセレモニーローブに身を包み、神官帽を被った女性が現れた。透き通るような銀髪の髪と白い肌、そして真紅の瞳…。
魔王は隣に立つ者の覚えのある魔力を感じ取り、慌てて凝視する。
そこに立つのは、代理の使者などではなく、エルマリーク本人であった。
エルマリークは一瞬魔王に視線を向けると軽くウインクをする。
魔王はまたしてもやられたと思いながらも、身分を偽ってでも参加したかったというエルマリークの真意に触れ、悪い気はしなかったのだった。
エルマリークは仰々しく両手を掲げる。
『右の者、シェブニグラス=インフェルドはこのニブルデッドに現れてまだ一年も経たぬ間に、亜人領の併合、魔族領の復活に寄与した。その結果、種族の垣根を超えた共存共栄の組織体制を確立し、ニブルデッドに生きる者達の生活を豊かにした功績を讃えるものとする。よって、我 真祖 エルマリーク=シュトラゼルの名に於いて、この者、シェブニグラス=インフェルドに対し、【真なる魔王】の称号を与え、ニブルデッド全土を収める支配者として君臨することを承認する。』
空気が裂け、大地が割れるような歓声と喝采が響き渡る。
その大声援の中、魔王はエルマリークに向き直るとその場で跪拝する。
その姿はまるで一枚の絵画のようであり、皆一様に息を呑みその美しい光景に目を奪われていた。
『【第二式 宣誓】』
紅麗尉のアナウンスに合わせ、エルマリークは真紅に輝く一振りの剣を天高く振りかざす。
『汝はこのニブルデッドに於ける全ての民を愛し、守る王として私欲に囚われず、秩序と繁栄のためにその身を捧げることを誓うか?』
『はっ!このシェブニグラス、真祖様の御前にてその誓いを立てることをここにお約束いたします。』
魔王の誓いの言葉に受けて、エルマリークは剣先で自らの指を切る。
そして、滴った血を魔王の頭上に垂らした。魔王の紫紺の髪がエルマリークの血を受けると、魔王の体がうっすらと輝きを放ち始めた。
『誓約』
その言葉を受け、魔王は自分の身に生じた変化に気付き、《プロパティ》で確認する。スキル欄には見覚えのない新たなユニークスキルが発現していた。
元徳スキル【信仰】 唯一信仰
魔王は突如発現した元徳スキルに驚いたが、進行する厳かな儀式の中で無粋であるとし、詳細を読みたいという逸る気持ちも抑え込んで《プロパティ》を閉じた。
『【第三式 叙位、戴冠】』
紅麗尉のアナウンスを受け、エルマリークの侍女が三名現れる。
その手にはそれぞれ、ニブルデッドの支配者たる権威の象徴、宝器が仰々しくも厳かに運ばれてきた。
『これより、戴冠の儀を執り行います。王冠が授けられるこの瞬間は、これまでのご功績と新たなる門出を祝福する、最も神聖な時間でございます。皆様、厳粛に見守りいただきますようお願い申し上げます。』
会場内が静まり返り、一同は固唾を飲んで舞台の一挙一動に想いを馳せていた。その静寂は会場全体を神格化させ、大いなる一つの集合体へと昇華させた。
エルマリークは侍女から金色に輝く【宝剣】、宝石が散りばめられた金細工の【宝珠】、そしてオーブが取り付けられた黄金の【王笏】をそれぞれ受け取ると、一つずつ魔王へと授与される。
当然、これらの物に歴史や格式など存在しない。魔王の知識からそれらしい物を急拵えで作った物に他ならず、特別な力なども全くない。
しかしながら、それを真祖の名を持って授与するだけで、誰もが厳粛で敬虔な気持ちにさせられるのも、また一つの虚なる実であった。
【宝剣】を腰に携え、右手に【王笏】、左手に【宝玉】を持った魔王もまた、この夢幻泡影の中で揺蕩う者の一人であった。
宝器を運んできた三人侍女と入れ替わるようにして、豪奢な金の装飾がなされた黒い王重冠を持った侍女が現れる。
王冠の代わりであろうが、すっぽりと頭を覆いつくす様なそれは、どちらかというと兜に近い。
色合いもプレートローブに合わせられており、これらのデザインもまた、魔王が自分で提案したものである。
エルマリークはその兜を手に取り、魔王の頭へと被せられる。
黒衣の偉大なる魔王の誕生に、エルマリークは薄い笑みを浮かべると、数歩後方へと下がった。
エルマリークの足が止まったのを合図に魔王は立ち上がり、ハーメル広場を埋めつくす大観衆へと向き直った。
それと同時に、紅麗尉のアナウンスが響く。
『ただいま、シェブニグラス=インフェルド陛下が正式に魔王位に就かれました。皆様、ニブルデッドに君臨する偉大なる王へ、心からの祝福と敬意を込めまして、今一度大きな拍手をお送りください!』
本日で一番の拍手と大歓声が辺りを包む。
天を覆いつくす石壁を突き抜け、地上にまで届くのではないかという大歓声。皆が喉を潰すように声を張り上げ、涙を流し、口々に魔王の名を呼ぶ。
『シェブニグラス様ぁあああ!!!』
『魔王陛下万歳!!!』
そんな大歓声に包まれる舞台に、二人の男が登壇する。
一人は大魔族 ベルフェルト=ウル=デ=スラルジャ=ハインケル。
もう一人は黒鬼 嶽閻であった。
ベルフェルトはともかく、嶽閻は着慣れぬ礼服を窮屈そうにしながら、魔王の前に跪拝する。
その姿を見て、会場は静けさを取り戻すが、燻り続ける興奮の熱は宿したままであった。
『【第四式 忠誠】』
紅麗尉のアナウンスを受けると、先にベルフェルトが顔を上げる。
『私、悪魔公 ベルフェルトは、魔族領に住まう全ての魔族を代表し、シェブニグラス=インフェルド魔王陛下に対し絶対の忠誠を誓い、信念と真理を捧げ、臣下として一生お守りします。』
続いて、嶽閻が緊張で固くなった顔をあげる。
『わ、私!鬼人公 嶽閻は、亜人領に住まう全ての亜人を代表し、シェブニグラス=インフェルド魔王陛下から受けました数々の慈悲と恩恵に報いることが出来ますよう、粉骨砕身で尽力する所存でございます。』
二人の言葉が重なる。
『我らが偉大なる王よ!!愚かなる我らに標を。この闇の世界を輝かしき未来へお導きください。』
その言葉を合図とし、全ての者が手を組み、祈った。
広場に集まった者達をはじめ、空を舞うものは空中で、サロンのVIP達やコンシェルジュもその場で跪拝する。
ルーネも跪拝をしていたことから、グラミアも慌てて跪拝した。
ベルフェルトと嶽閻の後ろに続くように、紅麗尉がゾゾとフェルを引き連れて跪拝する。
舞台後方ではエルマリークとその侍女たちもまた、跪拝していた。
今、この場に集まる全ての者が魔王に向けて跪拝するその状況の中、魔王は舞台の上で最も目立つ零番に立った。
そして、王杓と宝珠を持った両腕を高々と掲げる。
『シェブニグラス=インフェルドである。約束しよう。我が統治が続く限り、諸君らの繁栄と安寧は絶対であると!そして必ず連れて行ってやる。誰も見たことがない世界の頂を…。その景色がどのようなものなのかを!!この世の全てを統べるその瞬間を!!!皆のその目に焼き付けるがいい!!!』
『うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
魔王の言葉に呼応するように大歓声が上がる。
全員がスダンディングオベーションし、大歓声と大喝采がニブルデッド中を包み込むような盛り上がりを見せた。
魔王の姿を見つめながら、目に涙を浮かべた紅麗尉は、そっとマイクを持った。
『【第五式 閉会の辞】 これにて、本日の式典を終了致します。シェブニグラス=インフェルド陛下の退場でございます!』
楽団が奏でる音楽と割れんばかりの拍手に見送られ、魔王は舞台奥へと姿を消していく。未だ鳴りやまない喝采を背に受けながら、城内にはエルマリークと侍女たちが出迎えてくれていた。
「見事な式であったな。過去どんなに遡っても、これほどの規模と声援を受けて行われた式典などありはしまい。全く…こんないけ好かない陰険男のどこがいいのか分からんがの?」
意地の悪い顔で嘲笑するエルマリークに対し、魔王は深く頭を上げた。
「この度の戴冠式、真祖殿のご助力なくしてはこれほどのものにはならなかっただろう。感謝している。」
小バカにしてやろうと考えていたエルマリークは、魔王の真剣な謝意を受けて、思わず目を丸くして逆に狼狽えてしまった。
「あ~もう、今更真祖殿などとこそばゆい呼び方をするでないわ!急にしおらしくなりおって、これ以上煽てても何も出ぬぞ!」
エルマリークは頬を赤らめ、そっぽを向く。
何度か酒を酌み交わす中で、魔王はエルマリークのことを【エルマ】と呼ぶことを許されていた。
公式の場として弁えたつもりだったが、魔王は笑いながら自省した。
「いや、もてなしたいのはこちらだ。折角来られたのだから祝賀会にも出ていかれてはどうだ?」
魔王の言葉に、エルマリークは笑いながら首を横に振った。
「いや、前にも言った通り今宵の主役はお主じゃ。妾達はこのままお暇するとする。酒ならば折を見てまた邪魔させてもらうつもりじゃ。」
エルマリークは目を細めてにっと笑う。
その邪気の無い笑いに、魔王は小さな溜息をつき、素直に引き下がることにした。
「それにしても、代理を立てると言っていたにも拘らず、本人がサプライズで登場とは…。粋な計らいをしてくれるな。」
エルマリークは小さく微笑んだ。
「妾からお主へ、支配者として相応しい下賜を与えてやろうと思ってな。無事に受け取れたじゃろ?」
魔王はそれを聞き、心当たりに行き着く。
「あの時取得したスキルの事か?」
「うむ。」
エルマリークは頷く。
「あのスキルの効果はもう確認したか?」
「あ、いや…。まだだ…。」
「見てみよ。」
エルマリークに促されるままに魔王は《プロパティ》を開き、スキルの能力を確認する。
それを見た瞬間、魔王は目を丸くした。
元徳スキル【信仰】唯一信仰
能力 : 自らを信仰し忠誠を示すものの数によって、基礎パラメーターが向上し、様々なスキルを得る。
現在の信者:578,571人
全パラメーター上昇値:5786P
特典スキル:精神攻撃無効。
見ると、魔王のパラメーターが全て上昇しており、約8000近くにまで上昇していた。これはLV64程度の数値である。
「エルマ…これは一体?!」
エルマリークは得意げに笑みを浮かべる。
「このスキルは最も信仰を集める者に対して譲渡されていくスキルでな。今や妾ではなく、お主こそがこのスキルに相応しい存在となった。それだけの事よ。」
魔王は俯き、顔を強張らせた。
「私はエルマへの信仰を奪い、力を削ぐ様なことをしてしまったのではないだろうか?」
それを聞くと、エルマリークはキョトンとすると、ケラケラと笑い始めた。
「見縊るでないわ。妾にとって唯一信仰のパラメーター上昇値など微々たるものよ。得てして妾に有意義な効果はない。妾が持っていても大して意味を持たないが故に、あの場を利用してお主に譲ることにしたまでの事。気にせず受け取るがいい。」
「エルマ…すまない。この借りは必ず返す。」
「返さんでいいぞ。その方が、妾の都合が言い様に振舞える故な。」
エルマリークはそういうとウインクを一つし、侍女たちと共に姿を消した。魔王はエルマリークが去った後の無人の廊下に向かって、深々と頭を下げるのだった。
戴冠式の後、ラーヴァクラフトの各エリアは凄まじい盛況ぶりを見せた。
中でも興行エリアで展開されたベルフェルト企画のパブリックは大盛況を見せ、各ブースが長蛇の列を作ることになる。
二時間、三時間待ちが当たり前になる中、フェルの航空ショーや特大モニターにおける中継番組などが皆の退屈を埋め、大きなトラブルはなく大成功を収めた。
各エリアを繋ぐモータルラインは戦車を使った軍用パレードを実施。エリア間の移動の際にも五感を楽しませる工夫として大きく貢献することとなった。
しかしながら、商業エリアについては反省が残る。
あまりの人の集中により、通路の移動は困難となり、店からは売り切れが続出。飲食ブースは長蛇の列。製造数と発注数には大きな課題が残る結果となった。
そして、時刻は18:00を回ることとなる。
VIP並びに一部の招待客を含めた400人余りが魔王城アーカムのグレートホールに集うこととなった。
400人というのは当初の計画よりも圧倒的に多い人数である。これは一般からの抽選枠を用意したことから起因している。
一般選考についてはかなり意見が割れた。
VIPとの同席になった際のトラブルが目に見えたからである。
そのため、ホールの構造を普通ではありえない形にすることで対処することとなった。
一般選考エリアとVIPエリアとの間に階段2段分ほどの段差を設け、行き来を制限したのである。
直接魔王や幹部、VIPとのコンタクトは禁止されているものの、同じ空間で飲み食いが出来るということで、この席は大変な人気を集めることとなった。
そうした二段構造のホールに並べられた円卓に、皆が着席していた。
その中には、グラミアの姿もあった。
グラミアは祝賀会にむけて、戴冠式では抑えていた露出を解放した。
胸を強調し背中の空いた赤と黒のガータードレスに、大胆なスリットと高いヒールは妖艶さを際立たせていた。
豪勢に盛り、結い上げた髪と眩いジュエリーの数々。
正しく美の女神、いや、魔性の魔公女。あの絶世の美悪魔と呼ばれたディアネス公爵を彷彿させるその美しさに、円卓に同席していた男達から色を帯びた視線が絶え間なく注がれる。
グラミアはその優越感を自信へと変え、富貴なる社交界を牽引しているという自負すらも感じられていた。
そのような自意識過剰な高邁ぶりは普段通りではあるのだが、普段通りになれる理由があった。
なぜならば、どこを見渡してもルーネ=アドマリスの姿が見えないからである。
グラミアは心底ほっとしていた。彼女の放つ美しさは、性の隔たりを感じさせない高みを感じていた。その脅威がいないことはグラミアの心に平静をもたらしていた。
しかしながら、先ほどから女性陣がざわついている。
対抗馬として名を上げたラーニャ、イスカ、シヤナも先ほどから顔を紅潮させ、乙女の様な表情を浮かべていた。
何事かと思い、その視線の先を辿った先には、紫陽の長髪を編み上げた褐色肌の美麗な男性がいた。金のショルダーが目を引く豪華なハーフアーマーとタキシードを合わせたその出で立ちは、まるでどこぞの王子のようにも見えた。
しかしながら、当然ニブルデッドに王族など存在しない。
いったい何者なのか…。
グラミアが思案していると彼はグラミアの円卓に近づいてきた。
同席者として声を掛けようと腰を上げたグラミアは、その目を見て気づくことになった。そして、先手で動くつもりがそのまま硬直してしまう。
彼は空席になっているグラミアの隣に立つと、優雅にお辞儀をする。
「戴冠式とは見違えるようなお美しさですね。グラミア様。」
そういうと、薄く笑みを浮かべる。グラミアは目を戦慄かせながら言葉を紡いだ。
「る…ルーネ…様?」
ルーネ=アドマリスのまさかの装いに、グラミアは疑問符を打つしかなかった。
そして混乱する。
彼女は女性なのか、男性なのか?先刻では、自らのことを女性と言っていたことは確かだが、だとしたら男装していることになる。
何故?そんな恰好で祝賀会に出たのか?
この場は正妃の選別の場になると自分で言ったにも拘らずだ。
そして、手段を択ばないという宣言もまた、彼女が正妃の座を狙っているということを裏付けているのではないか。
考えがまとまらないグラミアを見て、ルーネは微笑を浮かべるとそのまま着席した。
その美しさに、円卓内の婦人方がざわつき始める。紳士方に至っても、先ほどグラミアに向けられていた欲情の視線とは違う困惑の視線が向けられていた。
恐らく、自らの気持ちに対して素直になるべきか抗うべきかで揺れるような瞳。
つまり、心を奪われているのである。
ルーネが足を組んで椅子に座り、頬杖をついているだけでまるで絵画のようだった。
心が遠のくかのような感覚を覚え、グラミアは気を取り直した。そして、自問自答する。
(なに?なんなの?!ど、どうしてルーネ様は男装を…?は…?え?!もしかして…?!)
グラミアは青ざめた。ベルフェルトの顔が頭を過ぎる。
(あの異常なまでの陶酔ぶり…。まさか魔王陛下は…?!)
グラミアは生唾を呑む。
(女性に興味がないのでは?!)
軽い眩暈がした。
(それならば様々なことに合点がいく。何故寵愛する女性がいないのか。そして、ルーネ様の手段を択ばないという言葉の意味も全て…。)
グラミアがこの瞬間に考察したことは以下の通りである。
1) 魔王様は男性が好き
2) おそらくベルフェルトとは只ならぬ関係
3) しかしながら、世間の体裁として正妃が必要。
4) 正妃に選ばれるために、女性を磨くことは逆効果とルーネは知っていた。
5) ルーネは逆に男性としての魅力を前面に出すことで勝負に出た。
6) 完全に担がれ、出し抜かれた。
グラミアは頭を抱え、奥歯をギリギリと鳴らした。
彼女は出会った頃から気づいていた。ルーネの持つ中性的な魅力に…。それは明らかにグラミア自身にはない美しさであった。
グラミアが下唇を噛んでいる中、会場の準備は整いつつあった。
上座である幹部席が埋まり始め、グラミアはふと顔を上げる。
ベルフェルト並びに幹部たちの面々を見て、グラミアの頭に妄想の花が咲く。
(美青年、美少年、筋骨隆々(ガクエン)、両性具有…。魔王様が両性愛者だと断定するならば、私の入り込む隙は…。)
ブツブツと呟くグラミアをルーネは頬杖を突いたまま、流し目を送ってほくそ笑んだ。
程なくして、壇上に派手な赤いドレスを身に纏った紅麗尉が現れ、小さく咳払いをした。
『あ~てすてす…。皆さま、大変お待たせ致しましたこれより、魔王位叙勲、戴冠式の成功を祝した祝賀会を執り行いたいと思います!』
会場が拍手に包まれる。紅麗尉は戴冠式のようなお堅い雰囲気ではなく、かなり肩の力の抜けたものとなっていた。
紅麗尉より、幹部の面々が紹介されると、皆腰を上げて一礼していく。
次に来賓席の紹介となり、最初に呼ばれるのは当然ルーネであった。
目見耳取とはよく言ったものだ。ルーネが名前を呼ばれ、立ち上がった瞬間に場は水を打ったように静まり返り、優美なる一礼の後には男女ともに甘い嘆息の息を吐いていた。
そのためか、次に紹介を受けたグラミアの姿は誰の目にも映らず、耳にも聞こえていなかった。
彼女の癇に障ることに、拍手の音は隣に座るルーネのものただ一つしかなかった。
グラミアは悔しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にして、恨めしそうに壇上を睨んだ。
つつがなく式は進行し、ようやく主役のお出ましとなった。
『それでは皆様お待たせいたしました!本日の主役を御呼び致しましょう。魔王シェブニグラス陛下のご登場です!!』
その時、会場の電気が一斉に消えた。
どよめく会場だが、バズーカライトが入場口を照らし出したことに気づくと、皆の視線が集中した。
重い扉が開くと、そこには戴冠式の装いをそのままに、魔王の姿がそこにあった。
会場から黄色い嬌声とどよめきの声が上がる。その扉は一般席入場口だったからである。
魔王はコンシェルジュの雪花達数名を後方に引き連れ、入場口から入り、テーブルを一つ一つ回ってテーブルの上のキャンドルに杖を翳し、魔法で火を灯した。
席に座っていた一般人たちは慌てて席を立ち、跪こうとするが、魔王はそれを制す。
「座っていてくれるか?今宵はここに集まった人々の顔だけでも覚えて帰るつもりだからな。」
その言葉に皆は感激し、ボロボロと涙を流した。
まるで結婚式のキャンドルサービスのように一般エリアのステージを回りきると、次はVIPエリアへと上がり、同じようにテーブルを回る。
グラミア達の席に魔王が来た際、なんとかグラミアは興味引こうとしたが、魔王の視線はルーネにのみ注がれていた。
その瞬間にグラミアのプライドは完全に砕け散っていた。
魔王が上座に着席すると、会場の明かりが灯り乾杯の運びとなった。
乾杯後、魔王の元へは挨拶の列が早々に生まれ、魔王は一言二言言葉を交わして淡々と処理していた。
そんな光景をねめつけながら、グラミアは虎視眈々と機会を伺っていた。
その様子を隣で無遠慮に料理を頬張っている従者ベリンガムが心配そうにグラミアの顔を覗き込む。
「グラミア様~食べましょうよ~。これめっちゃうまいですよ!」
「ったく…図太い喉してるわね…。よくこんな状況で食べられるもんだわ。」
イライラから部下に対して嫌味な言葉を発する。同じく口をパンパンにしたファラミラはそんなグラミアを諫めた。
「んぐ、もごもご、ぐぬぐぬいのむ…。」
「話するなら口の中少しは減らしてからにしなさいよね!!」
サロン以来、完全に護衛を忘れ、魔王領の虜になっていたベリンガムとファラミラには、もはやグラミアが意地になっていることすらも理解できないくらいに染まっていた。
グラミアは右手に視線を流す。
そこには魔王と同じように目通りと声を頂戴したい輩の列を従えたルーネの姿があった。
たまに握手やサインを求める者もあらわれ、有名人の握手会のようでもあった。
ルーネはその行列の対処に忙しく、料理を口に運ぶ余裕すらないのだ。グラミアにとって、これ以上の屈辱はなかった。
この屈辱から逃げ、料理に舌鼓をうって楽しく帰れたのならそれが一番良かった。
だが、グラミアのプライドがそれを絶対に許さない。もはや打算ではなく、意地を張り続けることがグラミアの全てだった。
グラミアが起死回生の一手として狙っているのは魔王を吊り上げる一瞬のタイミングである。つまり、場所を変え、二人きりになれるような場所に誘うことであった。
まだ大勢の挨拶客がいる中ではそれに応じるわけもない。
つまり、この挨拶の流れがひと段落着いたタイミングが狙い目なのである。その頃には会場は入り乱れ、ダンスなどの余興が始まるのである。
(だからこそ、挨拶に向かうのは最後がベスト!)
脅威であるルーネは未だに多くの挨拶客を迎え入れており、途切れる様子を見せない。
ルーネに魔王への挨拶をさせるまえに必ずその時は来ると信じ、グラミアはほくそ笑んだ。
そんな彼女の元に一つの人影が忍び寄った。
「何故挨拶に来られないのですか?グラミア様?」
グラミアの背筋に悪寒が走り、体が飛び跳ねた。
目を戦慄かせながら首を向けると、そこには世界一嫌いで好みの顔がそこにあった。
ベルフェルトである。
「魔王様への忠誠を尽くすなら早い方が心証はいい。それをここまで引っ張るとは…。何か企んでいるのでしょうか?」
勘の良さに、グラミアは心の中で舌打ちする。
「いえ、目通りするにあたっては有象無象と同じように扱われたくないだけですわ。」
グラミアは目を逸らしながらそう言い捨てた。
そして、魔王への挨拶の列が途切れようとしているタイミングを見計らい、グラミアは席を立った。
ベルフェルトに笑みに見送られながら、魔王の待つ上座へと向かう。
魔王の視線がグラミアに向けられたタイミングで仰々しくカーテシーをして見せる。
「魔王陛下、お初にお目にかかります。亡きディアネス=アエーシェマ公爵が娘。アルカトラズ領主 グラミア=アエーシェマと申します。」
「ほう…貴公が噂の…。」
魔王のその言葉は、グラミアにとって一筋の光に見えた。魔王が自分を認知していたと知り、いつもの調子を取り戻した。
「此度の式典は辺境ですむ無知な私にとって大変驚嘆すべき素晴らしいものでございました。まさしく空前絶後。これ以上のものは後にも先にもないものと存じ上げます。」
魔王は小さく頷いた。
「楽しんでいただけたようで何よりだ。今宵の宴もまた、貴公の心に刻まれるものであることを切に願うところだ。」
社交辞令の応酬が一頻り飛び交う中、話は終着点に辿り着こうとしたが、グラミアは魔王を引き付ける会話の突破口があった。
「時に、私の噂とはどのようなものでしょうか?」
妖艶な笑みを浮かべながら訪ねるグラミアに対して、魔王は一拍を置いた後に口を開いた。
「私にとってアルカトラズは未だ足を延ばせていない未開の地。その地で長らく根を張るアエーシェマ公は我が領民とは言えない立場であろう。ニブルデッド全土を統治する立場となった以上、果たしてアエーシェマ公は私にとってどのような立場を取られるのか…。お答えが決まっているようならばこの場でお聞かせいただきたいが?」
魔王のその言葉に、グラミアは内心「来たっ!」と拳を握りしめた。いや、顔に出ていただろう。
「その件も含めまして、よろしければバルコニーでゆっくりとお話させていただけないでしょうか?」
グラミアの言葉に魔王は頷き、腰を上げる。
「紅麗尉。少し席を外す。上手く取り繕え。」
「畏まりました。」
紅麗尉が深々とお辞儀をする様子を一瞥すると、魔王はグラミアに手を差し伸べた。
「それでは参ろうか。」
思わぬエスコートを名乗り出た魔王に対して、グラミアは歓喜に震え、先ほどまでの不安や劣等感は吹き飛んでいた。
(いける!これはいけるわ!!)
魔王の手を取り、そのままバルコニーへの扉の前に向かうと、二人のドアマンが扉を開き、そのまま二人は場外へと姿を消した。
そのタイミングを見計らったかのように、ルーネが幹部席に現れた。
「あら残念…。シェブニグラス様は席を外されているようですね。」
あまりにもわざとらしい物言いに、ベルフェルトは失笑した。
「全く、貴女もなかなかにしたたかなお方だ。そのお姿も、彼女を追い詰めるのに一役買っておられるので?」
その問いに対して不敵に笑うルーネの出で立ちを、フェルはまじまじと見ながら感嘆の声を上げる。
「いやはや全く…。こりゃあすごいのぅ!国色天香の美人さんは、眉目秀麗なイケメンにもなれるということよな。かっかっか!」
「お褒めに預かり光栄ですよ。フェル様。」
涼し気な微笑みを浮かべるルーネを見つめる紅麗尉を見て、嶽閻は脇腹を小突く。
「紅麗尉、あまりだらしない顔をするものじゃないぞ。」
「はっ!」
紅麗尉はルーネから放たれる男性美に、鼻の下を伸ばしていた自分の顔を叩いた。おかげで両頬が真っ赤に腫れ上がり、おかめのようになってしまった。
ルーネはそんな様子を見てクスクスと笑うとバルコニーの先へと視線を向ける。
「美に対してプライドが高く、高邁知己な今の彼女は本来の姿ではありません。全て本人にとってはトラウマとコンプレックスから作り上げられた虚像の牙城…。」
その言葉に、ベルフェルトが続く。
「アルカトラズという閉鎖的な空間故に、力を得た彼女はそれを絶対的な高さまで積み上げていった。底辺だった自己肯定感を埋め、皆無だった自己承認欲求を得るために…。」
ルーネは目を閉じ、静かに頷いた。
「そのため、簡単に捨てられない。諦められない。なんとしても守りたい。そうやって失うことを恐れて立ち止まる。見せかけだけの服従を誓い、腹の中は真っ黒。それではシェブニグラス様の望む忠誠の形には到底ならない。他の者ならいざ知らず、アルカナキャストであれば尚更のこと。」
フェルは「ひゅー」と口を鳴らす。
「じゃから、わざと焚き付けて無理やり前に進ませたってことかの?」
「ええ。彼女のプライドを傷つけ、悩ませ、惑わせ、狂わせた後に、希望に飛びつかせる。その果てに待ち受けているものは転落、崩壊、絶望。彼女は持っている全てを失う。」
それを聞いて嶽閻は打ち震えた。
「うむ…。あの方は壊すとなれば徹底的に行うでしょうな。しかし…。」
紅麗尉は頷く。
「ええ…。陛下は壊したものをそのままにはしない。慈悲と慈愛の名の元に行われる再生。それが陛下の真骨頂ですからね。」
ルーネは今一度バルコニーへ冷たい視線を向けた後、急に破顔させた。
「さあ、御膳立ても済みましたので、後はシェブニグラス様にお任せして、私達もパーティーを楽しみましょうか。フェル様、ブランデー頂けますか?」
その後、ルーネは幹部勢と酒と料理に舌鼓を打ちながら交流を行い、すっかり皆からの信頼を集め、幹部の一員としての地位を盤石なものとしたのだった。




