表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/69

〜解語ノ花にも棘がある〜

▮魔王

「お初にお目にかかります。ルーネ=アドマリスと申します。」


 兜を小脇に抱え、跪礼する黒騎士。

 全身鎧とはいえ、細身な作りだとは思ったが、まさか女性エルダとは驚いた。


 そして、ルーネ=アドマリス…。この名、確か…。


 ベルフェルトへ視線を向けると、私の視線を予期していたのかすぐに目を合わせ、軽く頷いた。


 以前、ディアネス公爵の元に仕えていたというダークエルフか…。


 改めてルーネに視線を移す。


 不思議だ。なんとも遺憾なことでもあるのだが、彼女を見た瞬間から心がざわつく。まるで絵画から生まれ出たかのような明眸皓歯に魅せられていた。


 決して彼女が妖艶な色香を持っているわけではない。美麗であることを抜き出せば、真祖や紅麗尉もその類となるだろう。

 だが、前世での記憶を含めていくら遡っても、これほどの麗人と肩を並べるものなどいない。


 まさか魔法をかけられているのか?


 そう思い、《プロパティ》を確認するがステータスは至って正常だった。


 ならばスキルか?


 次に《超鑑定》を行う。


「えっ…?!」


 思わず声が出てしまった。


 LV81…。


 今一度ベルフェルトに視線を戻す。

 ベルフェルトはこめかみに汗を浮かべながら、口を一文字に紡いでいた。


 どうやら、ベルフェルトはルーネを鑑定しようとしたが、失敗したようだ。その時点で、自分よりも上位の存在であることを認識していたのだろう。


 しかし、まさかだった…。

 真祖の側近までもがゴッドレギオンだとは…。


 闇夜の眷属ではない異種族であるのにも関わらず重用されるわけだ。


 で、肝心のスキルは…。


 その時、ルーネが目を細めて視線を逸らした。


 その何気ない仕草にドキッとしてしまい、思わず《超鑑定》を解除してしまう。


 その様子を見て、真祖が頬杖を突き、こちらに冷ややかな視線を送る。


「シェブニグラスよ。そなた、特別な鑑定眼のスキルを持っているようじゃが、初対面で断りなく使うでない。ねめ回されているようで不快じゃぞ。」


 それを聞き、激しい動揺が巻き起こった。


「す、すまない!!そういうことではなく…いや、そんな感覚を与えていたとは露知らず…!本当に申し訳ない!!」


 必死に頭を下げて釈明をした後、ハッとなって周りを見る。


 口をあんぐりと開け、信じられない光景を目の当たりにしているような表情…。

 まるで社長のセクハラ現場を目撃した社員のような目…。


 完全にやってしまった。

 今まで積み上げてきた魔王としての品格や威厳が台無しだ!!


 どうすれば挽回できる?!なにか一手は…!!


 そう考えている最中、ルーネが溜息をついた。


「真祖様、悪ふざけが過ぎますよ。魔王様の品格を貶めるような物言いはお止めください。」


「…はっ?」


 唖然としながらも、ゆっくりと真祖に視線を向ける。すると、真祖が肩を震わせながら腹を抱えていた。


「アッハッハッハ!!いやぁ傑作、傑作!お主もあのような狼狽ぶりをするとは、なかなか可愛げがあるではないか!」


 呵々大笑どころか抱腹絶倒の真祖を見て、怒りというよりも改めて羞恥心が込み上げてきた。


 完全にしてやられた!!


 思わず顔を伏せる私を見てか、周りから押し殺したような笑いが聞こえる。


 紅麗尉は頬をパンパンにしてなんとか笑いを堪えており、まるで睨めっこ遊びでもしているような状況。

 フェルは「キキキ…ククク…」と声が漏れていた。

 嶽閻は後ろを向いて肩を震わせている。

 後ろからはベルフェルトですら「コホン」と咳払いを何度かして笑いをごまかしていた。


 そんな中、一人だけ何が面白いのか分からないゾゾがそっと紅麗尉に耳打ちする。


「ナンデ ミンナ ワラッテルノ?マオウサマ オモシロイ?」


 それを聞いて紅麗尉が「ブホッ」と言って噴笑した。


 あいつ…後で覚えとけよ…!


 そんな弛みきった空気に肩を竦めながら、ルーネは大きな咳払いを一つした。


 それにより、今一度静寂が会場内を支配した。


「大変失礼いたしました。シェブニグラス様。主の無礼をお詫びいたします。」


 そういうとルーネは再び頭を下げる。


 なんとも毅然とした立ち振る舞いと沈着冷静で泰然自若な様相に、改めて彼女に対する好感を深めた。


「いや、そもそもは私の不躾な行為が原因というもの。謝罪など求めるべくもない。」


 なんとか体裁を取り戻そうと彼女を見習い、毅然と振舞おうとする中、再び下卑た視線がこちらに向けられる


「で、あろうな。下心があるから些細な戯れに心を乱すのじゃよ。若輩者。」


「なっ!!」


 はっ!また思わず声が…。

 いやおかしい!絶対におかしい!

 こんなのは俺ではない!!

 し、しっかり…しっかりしなければ…!!


 平静を保とうと必死になる姿を見て、再び真祖がケラケラと笑う。


「真祖様。」


 射貫く様な冷徹な視線が真祖に向けられる。

 それを見て真祖は涙目を擦る。


「ふんっ。これで二本とってやったわ。妾は負けず嫌いなのじゃ。舌戦とはいえ負けて帰るなど真祖の沽券に関わるわ。」


 そういうと、踏ん反り返ってケラケラと笑う。

 それを見ながらルーネは再び大きなため息をついた。


「重ね重ね申し訳ございません。シェブニグラス様。」


「いや…こちらとしても真祖殿にいいように振り回されてしまい、汗顔の至りである。」


「正直、このような戯れに興じる真祖様を見るのはお仕えして初めての事。よほどシェブニグラス様のことが気に入られたものと存じ上げます。」


 それを聞いて、今度は真祖が顔を紅潮させ、目を見開く。


「な、何を言うか!勝手なことを言いよって!」


「しかしながら、いいオルクならば婿に迎えてもいいとかなんとか…。」


「止めんか!!それこそ戯れの一言じゃろうが!!」


 げ、厳粛な空気は一体どこに?


 心の中で失笑しながら、いい加減話を戻すために咳払いを一つする。


「本題に戻るが、ルーネ殿を我らに預けてくださる。そういう話だったな。」


 ルーネは頷く。


「はい。真祖様への言伝や託宣、奉納や恩賜などの仲介役としてご活用くださいませ。」


 それを聞き、私は少し思案した後、真祖に視線を向けた。


「最初にはっきりとさせたいのだが、彼女は特使か?それとも派遣か?」


 真祖は目を丸くする。


「それはどういう意味じゃ?」


「在籍中、彼女は客人として扱った方がいいのか、魔王領の一員として扱ってもよいのかという話だ。」


 真祖がルーネに視線を向ける。ルーネは軽く目を閉じ、それを肯定と受け取ったのか真祖は頷いた。


「ルーネの判断に任せる。好きにせよ。」


「承知した。」


 すると、真祖の顔つきが薄ら笑いを浮かべたものに変わった。


「夜伽に呼ぶ際は一声かけよ。一部始終覗き見させてもらう故な。」


「な、なっ!」


 なんでお前が狼狽えてるんだよ。


 いい加減真祖の悪ふざけに慣れてきていた私は、紅潮して声を上げた紅麗尉を一瞥する。

 当のルーネ本人は涼し気な顔をしているというのに。


「真祖殿、公式の場はこれでお開きとし、よろしければ各エリアの視察をしていかれてはどうだろうか?戴冠式当日に来賓されないとあらば、建設中とはいえ現在は貸し切り。ゆるりとお楽しみいただけると思うが。」


 その提案に、真祖は満面の笑みを浮かべる。


「その言葉を待っておったぞ。まこと、気の利くオルクじゃのぅ。」


 真祖はそういうと、序列席に座らせていた仮面メイド達が一斉に起立する。


「ついでじゃ、お前たちもついて参れ。」


 そう言われると、仮面メイドは全員が一斉にお辞儀をする。


 接待する人数は6名か…。


「紅麗尉、大広間グレートホールを使って晩餐会バンケットの準備をせよ。」


「承知いたしました!」


 先ほどのことを引きずっているのか、妙に声が上ずっている。


「ベルフェルトとゾゾは私と共に真祖殿に同行する。」


「畏まりました。」


「ン」


 幾分か緊張の解けたベルフェルトは意気揚々と先陣に立つ。

 ゾゾは飛び跳ねながらスライムの姿になると、私の肩に飛び乗った。それを見て、真祖が目を輝かせて食いついた。


「おお~!!こやつ~か~い~の~!か~い~の~!」


 破顔し、両手をにぎにぎしながら近づいてくる真祖に対して、私自身もどう対処していいか悩んでいた時、真祖の首根っこを掴むようにして黒い影が横切った。


「戯れはおよしください。ほら、参りますよ。」


 ルーネにあやされるように離れていく真祖を見て、あれほど強大だった真祖がまるで幼子の様に見えてしまい、本当に何をびくついていたのかと戒めたくなった。


「嶽閻、折角の機会だ。晩餐会には種族長を出席させろ。」


「御意に。」


 さてと、最後は…。


「フェル。」


「応!」


 立ち上がったフェルに対していつもよりも重たく、言葉を贈る。


「分かっているな?見せ場だぞ?」


「合点承知だぜ、旦那。真祖様の驚く顔が見ものってもんよ。」


 真祖がそれを聞き、「ほぅ」と声を上げる。


「これは楽しみじゃのぅ。1億年は容易く生きてきた妾が見たこともないものがあるとは、期待が膨らむのぅ!」


「い、いちおく!!」


 絶句した。

 真祖ってそんなレベルの生き物なのか?

 というより、フェル…。自分でハードルを上げにいったが、だ、大丈夫なのだろうか…?


 その後、各エリアの視察は成功。終始興奮した様子の真祖は、特に興行エリアをいたく気に入り、上演が始まったらお忍びで遊びに来たいと言っていた。


 そして晩餐会。

 こちらも大盛況で終わった。


 余興で行ったフェルの機械工学ショーには真祖も目を剥き、驚きを禁じ得なかった。


 しかしながら、食事については…食前にフェルがブラッディーマリーを真祖に提供して大目玉を食らうことになった。


 晩餐会とはいえ公前の場。

 ジョークは慎しむ必要があると勉強させていただいたのだった。



▮グラミア

 ベルフェルトが余興がてら語る話は、私の培ってきた常識を打ち砕いた。


「つ、つまり…魔王…陛下と真祖様は…?」


 ベルフェルトは邪気の無い笑みを私に向ける。


「ええ、すっかり刎頚の友と言ったところでしょうか。あれから二度ほど訪れては、ルーフトップバーで色々とお話をされておりましたしね。」


 グラミアはふと窓から建物の高さを仰ぎ見た。そして、頂上の高さを実感する。それを以て、今の自分の立ち位置を再確認していた。


「正直、我々としても唖然としておりますよ。恐怖の象徴でしかなかったあの真祖様をこうも容易く取り込んでしまうとはね…。」


 唇を噛み締めるようにして小さく震える私の耳元に、ベルフェルトがそっと口を寄せてきた。


「貴女もバカなプライドは捨てて、軍門に下った方が身のためですよ。」


 思わず手が出かけた。

 鼻持ちならないこの男の鼻柱に拳を叩きつけたら、どれほど快感だろうとも思う。だが、そんなことが出来るはずもなく、私は胸を押さえて息を荒げていた。


 それを嘲笑すると、ベルフェルトはコンシェルジュの娘、雪花に向き直った。


「それでは、グラミア様の事はよろしくお願いします。」


「畏まりました。公爵様。」


 ベルフェルトは靴を鳴らして私の側を離れる。


 それを待ち受けていたように、他のVIP客がこぞってベルフェルトへの社交儀礼が始まる。


 改めてサロンを見渡す。あまりの美しさに溜め息が出る。

 そして、眼下を埋め尽くすは推定40万の観客。絶大なる力の集合体。


 私の中で一気に気概が失われていった。


 何もかもどうでもよくなり、サイドテーブルに置かれたグラスを手に取ろうとした時、隣の席に座るダークエルフの横顔に目が留まった。


 そうだ。彼女は真祖様の側近、彼女に気に入られれば、私もそれなりの立ち位置が保証されるかもしれない。


 藁にも縋る様な稚拙な考えが過ぎり、私は席を立ってルーネ=アドマリスの席へと移動した。


「…お隣、よろしいかしら?」


 努めて平静に声をかける。VIP席のソファーは非常に大きく、三人掛けのようなサイズであり、一人で座るにはかなり持て余している。内心心臓が早鐘を打っているがそれを押さえつけてなんとか笑顔を作った。


 ルーネはこちらを仰ぎ見ると。


「ええ、どうぞ。」


 そう言って、右側のスペースを空けるために一度席を立ち、私に座るように促す。

 誘われるかのように腰を下ろすのを見ると、自身もゆったりと腰下ろした。


 その無駄のない所作と優美な振る舞いに私は心の中で感嘆の声を上げた。


 私の知るダークエルフとは、樹海に住む蛮族も同然であり、裏切り者のエルフの汚名を一身に浴びて迫害されてきた存在だった。


 だが、横に座る者は明らかに高貴なオーラを放っており、教養と礼法に精通した貴婦人そのものであった。

 自身が欺瞞に満ちた田舎貴族であることを痛感させられる。


 だが、逆も然りだわ…!


 そう、彼女もまた、同じだったはずなのだ。

 決して生まれながらにして恵まれた地位と境遇にあったはずがない。


 いうなれば成り上がりもの。


 彼女に近づくことこそ、これからの私の今後を大きく左右するはずだ。


 意を決し、私はルーネに話しかけた。


「とてもお美しいのね。私も自分の美貌には自信がある方でしたのに、貴女には嫉妬してしまうほど…。何か秘訣でもおありで?」


 正直、したい話はそんなことではなかった。当り障りのない話しから少しずつ内情に迫っていくつもりだったのだが、思わぬ答えが返ってきた。


「そうね。あの方に見初めて頂くためかしら。」


「は?あの方?」


 それは一体誰の事?真祖様?


 思わず零れた私の問いに、ルーネはふっと自嘲した。


「いえ、ふふ。未来の旦那様の事よ。まるで夢見る少女のような答えで失望したかしら?」


 そう言って目を細めるルーネの表情を見て、茶化しているが、半ば本気とも受け取れた。


 ま、まあ、いいオルクを捕まえるために綺麗でいようとしていること自体は納得できる。

 しかしながら、そんな俗物的な雰囲気が全く感じられない彼女から、そんな言葉が出てきたことが衝撃だった。


 そんな私の反応を知ってか知らずか、今度はルーネが口を開く。


「そういうグラミア様もとってもお綺麗ね。」


 そう告げられたことに正直驚きを隠せない。


 会話の糸口で始めた俗な話に乗ってくるとは思わなかったのだ。

 社交辞令とは思うが、自分が美しいと思う相手に褒められることは悪い気はしない。


「ルーネ様にそう言っていただけるなんて、光栄です。」


 当然私も社交辞令的に返答する。すると、ルーネは視線を私の顔からゆっくりと下に移していく。


「本当に美しいですよ。私にはそのような豊満な胸や見せられるような肌を持ち合わせておりませんので…。」


 私は目を丸くした。そして、改めてルーネの肢体に目を向ける。


 確かに胸は…明らかに私に軍配が上がるだろう。

 しかしながら、その他のプロポーションはずば抜けている。セレモニーローブで分かりにくいがそれは間違いないと言える。

 褐色の肌も美しい艶と張りがあり、決して卑下するようなものではなかった。


「とんでもない。ルーネ様は自分を過小評価しすぎかと。」


 なぜだろうか?高邁で欺瞞が日常の私とは思えない、素直な言葉が思わず口から出る。不思議な感覚だった。


 私の言葉を受けて、自らのドレスのスプリグホック外し、背中のファスナーを下ろして見せる。


 それを見て、私は目を見開き、言葉を失った。


 背中を埋め尽くすような傷跡の数々。矢傷や切り傷もあったが、焼けただれたようなものもあり、明らかに拷問を受けた後もあった。


 ルーネは器用に一人で身なりを整えると微笑を浮かべた。


「なまじエルダの体とは呼べぬ代物ね。」


 そう自嘲する彼女に、どう声をかけていいかが分からなかった。

 私が生み出した沈黙を埋めるように、ルーネはポツリポツリと語り出した。


「貴女の持つ知識通り、ダークエルフは凄惨な地獄の日々を送ってきた。【天地喰い戦役】の際は最前線に立たされ、後方からは容赦なく魔法が飛び、巻き添えなど意に介されない。従来エルフは弓を得意とし、精霊を使役しながら戦うのが一般的だったのだけれど、いつからか精霊にも見放され、数多の血と泥と灰を浴びる戦いによるLVアップの果てに、私達をダークエルフたらしめた。まあ、呪いという話もありますけどね。」


「つ、つまり、ダークエルフはエルフから進化した上位種…ということかしら?」


 ルーネは少し思案した後、首を横に振った。


「いえ、種分化、適応進化、もしくは自然淘汰といった方がいいかもしれません。なぜならエルフとしての特性がまるで失われましたからね。」


 そう言うとルーネはグラスを口に運ぶ。


「近接戦闘能力の著しい向上。魔族しか持ちえないはずの《魔力錬成》を有し、種族スキルに《環境適用 大》が追加され、どのような悪環境でも生活出来るようになりました。ふふ…エルフは美しい木々と水と空気がないとすぐに体調を崩す軟弱な亜人だったのですがね…。」


 た、確かにそれは順当進化ではないにしてもやはり上位種なんじゃないの?!しかも魔族のお家芸である《魔力錬成》を持ってるだなんて…。


 本当かどうかを確かめるためにさっきから《鑑定》を試みるがまるで成功しないことから考えても、私よりもレギオンランクが上ということは確定…。


 つまり、この方はゴッドレギオン…。


 浅慮な自分を殴りつけたい。内心とはいえ、呼び捨てにしていたことを激しく後悔した。


「ひ、一つ聞きたいのだけれども…。ルーネ様は…その…魔族に対して恨みを…?」


 声が先細っていく。

 普通に考えて、ダークエルフ達が当時指揮権を有していた魔族を恨んでいないはずがないのだ。


 その昔、お母様…ディアネス公爵の元にルーネ様の姿があったことを思い出す。あれから間もなくして、ベルフェルトによって魔族はほぼ全滅することになった。


 もしかして…まさか?あれは仕組まれていた?あの滅びのシナリオは…彼女が書いて、お母様やベルフェルトも踊らされていたのだとしたら…。


 私は背筋が寒くなった。恐る恐る視線を上げ、ルーネ様の表情を窺った。


 微笑んでいた。それは冷笑ではなく、慈愛に満ちた笑みだった。


「ご心配なく。神話の時代の話を持ち出して恨み辛みなど、そんなことでは長命種はやっていられませんよ。」


 冗談めかして語る彼女の毅然とした姿に、ほっと胸を撫で下ろした。


 よくよく考えたら、魔族を根絶やしにすることが目的ならば、私を被害の及ばないアルカトラズに軟禁したりしないはずだし、魔力を全開放させた後のベルフェルトを始末しなかったのも理屈に合わない。


 全部偶然と断じることでしか説明がつかないのだから、私の考えすぎだと結論付けた。


 彼女は軽く天を仰ぎ、何かを思案する。


「それで…何の話だったかしら?ああ、美しさの話でしたね。」


「あ、ああ…そうね。そんな話をしてたんだったわ。」


 俗な会話を切り口にして、随分シリアスな話になったものだわ。


「時に、魔王様へのお目通りはまだ?」


「はぁ?え、そうね。まだお目通りは叶っていないわ。」


 つい先ほど来たばかりであり、肖像画すら一枚も見ていない。自己顕示欲が高い支配者ならばそこら中に肖像画や彫刻などがありそうなものなのだけれど…。


「非常に魅力的なお方ですよ。」


「あら?そうなのですか?」


 意外だった。こういった話を自分から振るとは思わなかった。


「お顔は仮面で隠されていて分からないけれども、とても理知的で紳士的。為政者としての威厳があり、そして権謀術数でもおられる。あの真祖様と舌戦を繰り広げられた堂々たる胆力には、御側で立ち会わせて頂いた身としては肝が冷える思いでした。」


「お噂はかねがね耳に届いておりますけど、ルーネ様にそこまで言わしめるとは…。私の中のイメージのハードルをもう数段階上げるべきかしら?」


 正直、魔王が只者でないことは承知の上だ。今更評価を改めるつもりはない。


 ルーネ様は目を細める。

 今回のやり取りで、彼女がこのような表情をする時は気楽な話をしようとしているとわかった。

 そのため、私も肩の力を抜いた。


「魔王様のカリスマ性は本物…しかしながら、どうやら妃になるような方はいらっしゃらないようです。」


 その言葉に私はすかさず反応を示した。


「そ、そうなんですの?いや、さすがに妾の一人や二人は…。」


 ルーネ様は首を横に振る。


「おりませんね。部下として重用し、信頼している女性エルダはいますが、そう言った間柄ではないようです。」


「も、もしかして男性オルクがお好きなのでは?!」


「為政者たるもの両性愛者バイセクシャルは驚くことではないと思いますが?」


 ぐっ!り、理解が深すぎる!!

 そ、それはつまり…真祖様がそういことであって…。だとしたらルーネ様は…?!


 すました顔して決して純真無垢などではなく、多くの修羅場を超えていることを察知し、私の中でルーネ様の評価がもう一段階上がった瞬間だった。

 

 勝手な妄想で盛り上がってしまっている私を、ルーネ様は訝しんだように小首を傾げる。


「どちらにせよ、魔王様は遅かれ早かれ正妃を立てる必要が出てくるでしょう。本人が求めようが求めまいが、国民の意思がそうさせるのです。世継ぎの問題もありますしね。」


「確かに…。そう考えると、もしかして今日の戴冠式や祝賀会は?!」


 ルーネ様が頷く。


「妃候補の選別に使われる公算が高いと言えますね。」


 くっ!そうなるとあまり時間をかけていられない…。正妃ならいざ知らず、こちらの世界でも寵姫だなんて冗談じゃないわ!なんとかライバルになる相手を出し抜いて、魔王様を骨抜きにしなくてはならない…!


 ベルフェルトは私に「服従しろ」と言った。つまりは私を味方に引き入れたいと言っているも同然。


 幸いにも、私は現在VIP待遇。祝賀会でも近しい席が用意され、お目通りは当然叶う。そうすれば、魔王様と二人で会話する機会もきっとある。


 そこまで漕ぎ着ければ、奥の手が使える…。

そうなれば、確実に魔王様は私の意のままとなる。


「なるほどね…。あとはライバルだけど…。」


 サロン内を見渡す。


 魔王様の好みは分からないけど、単純な美しさを基準に考えればあの三名か…。


 その三名の名前をルーネ様は既にご存じだった。


 亜人領のアパレル商会を束ねる敏腕マネージャー。ドワーフ族のラーニャ。ボブショートのエキゾチックな雰囲気と、絶大なプロポーションから来る色香は、ガラの支配時代の風俗運営でNO1嬢だったことからもお墨付き。


 二人目はトップモデルで現在人気沸騰中。翼人族ハーピーのイスカ。長身痩躯、容姿端麗で演技力にも秀でており、現在はミュージカルなどの劇で女優にも挑戦中のマルチタレント。


 三人目はアイドルユニット【コキュートス】のNo1センター。雪妖族のシヤナ。童顔ながらも出るところは出たプロポーションで、グラビアにも引っ張りだこ。歌って踊って魅せるスーパーアイドル。


 と、かなりしっかり目にルーネ様は情報を仕入れていたが、知らない言葉が乱立しすぎてよくわからなかった。


 まあとにかく、この三人の経歴がすごいことだけは伝わった。


 魔王様が伴侶食いなどという不貞を好む人でなければ、ライバルになりそうなのは彼女たち以外にあり得なかった。


 しかしながら、正直私は負ける気がしなかった。


 元を正せば、つい最近まで占領地で奴隷同然だった彼女たちと私では、王族の妃に必要な気品とオーラが段違いだもの。


 そもそも、弱いというのも問題だった。

 美しかろうと彼女らは所詮モブレギオン。そのことも私にとっては大きなアドバンテージだった。


 そう、敵ではない。むしろ強敵なのは…。


 相変わらず平坦な調子で私を眺めていたルーネ様を一瞥する。


 正直、この三人よりもよっぽど彼女の方が脅威だ。

 そもそもとして、VIP客の情報をスリーサイズまで調べ上げている時点でかなり競争相手を意識しているということではないのか?

 つまり、ルーネ様も正妃の座を虎視眈々と狙っているということだ。


 あれ?そうなると最初に言っていた見初めてもらいたい【あの方】って…。


「グラミア様。」


「え、ええ。」


 急に名前を呼ばれ、慌てて返事をした。


わたくし、大変負けず嫌いなのです。勝負事には手段を選ぶつもりはありませんので、そのつもりでいてくださいませ。」


 こちらを見るその顔は相変わらず冷たい雰囲気を感じさせるものの、言葉には驚くほどの熱があった。


 息を呑む様なその決意表明に、私は俄然やる気になった。


「その言葉、そっくりお返しするわ。魔王様の御心…私が必ず先に射止めて見せましょう!」


 その頃、不気味に笑い合う私達を尻目に、ベリンガムとファラミラはアンティパストとデザートのビュッフェに心躍らせ、護衛などそっちのけで満喫していたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ