表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/69

〜多愁多病の神魔対談〜

▮魔王

「有り得ないだろう…。さすがにあれは…。」


 思わず口から弱音が零れ落ちる。


 色々話は聞かされていたが、まさかこれほどまでにどうにもならない相手だとは思いもよらなかった。


 ベルフェルトからの一斉通信により、魔王城アーカムは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 それは、国賓室ステートルームに集まったメンバーも例外ではなかった。


「ど…どどどどどど!どうしたらいいんじゃ?!ま、先ずは地下シェルターに避難して!ワシのとっておきの酒を奉納して…それからそれからそれから…!」


「フェル様!落ち着いてください!まずはその汚い作業着から着替えてください!宮中給仕達は早急に回廊と国賓室ステートルームの清掃!!陛下の服の見立ては最優先に!今日は料理長が休みだから今いるメンバーで料理を作れるものを早急に見繕って!!」


「ン ゴハン タベレル?」


「アンタのじゃないわよ!!」


「紅麗尉!建設途中のところは…?!」


「そんなの赤布被せときなさい!ついでに暑苦しい奴らも一緒に隠しときなさいよ!!」


「じゃ、じゃあワシもそこに…。」


「フェル様は幹部でしょう!!陛下の顔に泥を塗るつもり?!」


 ご覧の通りの取り乱し様だ。特に紅麗尉の乱心ぶりには頭を抱える。


 怒号が飛び交い、混沌としながらも、皆何も手についていない状況を見かね、大きく溜息をついた。


「粛に!!!」


 一喝により、皆の動きが止まり、全員の視線が集められる。


 私は全力で平静を装いながら、椅子に悠然と腰を下ろした。


 そして頭をフル回転させる。

 正確に。現状何が起こり、何が問題なのか?

 それらを整理した時、ふと一つの結論が浮かび上がった。


 次の瞬間、焦りで高まっていた熱が引いていくのを感じた。あまりに馬鹿馬鹿しくて自嘲せざるを得ない。


「落ち着け。焦る必要などない。幹部他はそのまま現在の業務に従事させろ。」


 紅麗尉が驚愕で目を見開く。


「な、何をおっしゃるのですか?!真祖様が来られるなど、国を挙げて歓待しなければならない一大事ですよ!」


「それはお前たちの幻想だ。ともかく一度冷静になれ。」


 私の言葉に、腑に落ちないながらも紅麗尉は頷き、給仕たちに通常の業務に戻るように指示をだした。


 そして、この国賓室ステートルームにはベルフェルトを除いた幹部だけとなる。


「いいか、真祖はお前たちが思うような豪奢で厚遇なもてなしなど期待していないし、求めてもいない。準備出来ていないことを無理に用意する必要はないし、作業状況を隠す必要もない。」


 それに対し、嶽閻が恐る恐る口を開く。


「し、しかし…例え急な来訪であっても、出来る限りのおもてなしをして、失礼がないようにしなければ…。」


「不要だ。寧ろ拙速な対応による見苦しさや、引き起こされるミスの方が機嫌を損ねる恐れがある。それに…。」


 緊張と不安が消えない幹部たちの顔を流し見る。


「私はラーヴァクラフトをエルヴェシオンの属国にするつもりはないのだが?」


 皆がハッとして互いに顔を見合わせる。


「そもそも、私は真祖に平伏するつもりなどない。お前たちも私に忠誠を誓うのであれば、おべっかを使って遜る必要などないのだ。必要以上に下手に出れば、国の品位と権威を貶め、自分自身はおろか、私の威信に傷つけることになると肝に命じよ!」


 幹部たちの目から恐怖の色が抜ける。腹は決まったようだ。


「紅麗尉、国際儀礼プロトコルマナーは把握しているな?それを元に席と人員を配列し直せ。」


「はっ!」


 紅麗尉の返事を受け、次は嶽閻に視線を向ける。


「嶽閻、万が一真祖がお前に話を振って来た場合、亜人領の統治状況をありのまま話せ。下手な隠蔽や誇張は見抜かれると肝に命じよ。」


「御意に!」


 嶽閻が大仰に一礼する。


「ゾゾ、お前の存在は真祖にとって興味を引く可能性がある。デモンスライムは闇夜の眷属だからな。何か提案されたとしても一切を拒否しろ。いいな?」


「ン ゾゾ ワカッタ。」


「最後に…。」


 視線をフェルに向ける。フェルは気合の入った目でこちらを凝視していた。


「フェル、お前はとにかく喋るな。大人しくしていろ。何なら現場に戻っていても良いぞ。」


 威勢を挫く物言いに、明らかにフェルが当惑する。


「は?ちょっ!旦那!ワシもオルクだ!皆が腹括ったってのに、そんな情けねぇ真似が出来るかよってんだ!」


 鼻息を荒くするフェルに冷めた目を向けながら、視線を足元に移す。


「その威勢は膝が笑うのを止めたら買ってやる。」


 フェルは顔を真っ赤にして暴れる膝を必死に押さえつけ始めた。

 その姿を見て、再び溜息をつく。


「参列する気概があるのなら、度胸試しにブラッディーマリーでも作って差し出してみるんだな。」


「だ…旦那…それは吸血鬼に対する侮辱なんじゃ…。」


 もちろんジョークだが、真祖が異世界にどれだけ精通している相手なのか分からない以上、ジョークと侮辱は紙一重だ。


 結論からして、真祖が友好的な相手か否かを見極めるまでフェルには黙ってもらっていた方がいいということである。


「以上だ。各々、我らラーヴァクラフトの威を示せ。」


『はっ!!!』


 紅麗尉の号令の下、各々が最低限の迎賓の準備を始める。それを眺めながら、またしても大きく溜息をついた。


 本当に胃が痛い…!


 核のスイッチに手をかけた国家の首脳と会談する外交官の苦悩が、一端とはいえわかる気がする。


 今回の真祖来訪の第一発見者は、何を隠そう私だった。


 執務室で何気なく外の空気を吸いたくなり、バルコニーに出た際、丁度真上の魔障壁の外に人影を見つけた。

 訝しんで凝視していると、その人影は魔力を霧散させるはずの魔障壁をいとも容易く潜り抜けてきたのだ。


 呆気にとられながら、何が起こったのかを《超鑑定》と《博識》のスキルで分析する。


 すると、固有結界を使って亜空間を通り、魔障壁を越えた先から現れたという検証結果が出てきた。


 流石は神といったところか…。何でも有りである。


 その過程で使用した《超鑑定》の結果、得られた情報は絶望でしかなかった。


 LV92…


 ベルフェルトの平均ステータスが大体21000だというのに、真祖は平均値170000…。

 文字通り桁違いの数字に愕然とするしかなかった。—ちなみに私は平均値1200程度…—

 

 そして、ベルフェルトの見立て通り、真祖はアルカナキャストだった。


 No.Ⅵ【恋人】 

 アルカナスキル:異体同心デミゴッド

 能力:完全に自立する自身の複製体を作り出す。


 大罪スキル:【傲慢】 

 絶対空間タイラントルーム

 能力:変幻自在の固有結界を即時展開できる 。

 

 この二つを見た印象は最悪だった。


 おそらく、エルヴェシオンには真祖の複製体が大勢いる。目の前にいる真祖もその一つでしかない以上、命を賭けて争うことに何の意味も持たない。


 そして、極めつけが絶対空間タイラントルームだ。

 とどのつまり、自身に都合の良い空間を作り出す能力ということである。


 単純に殴り合っても全く勝ち目などないにも拘らず、さらにダメ押しされているという状態である。


 こんなとんでもない相手を自軍に引き込めというのだからハッキリ言ってたちが悪い。


 絶句している最中に、広場に舞い降りる真祖と目が合った。


 ベルフェルト同様に、《超鑑定》で見られていることへの知覚判定に成功したのだろう。高レベル者はスキルの有無も無く、些細な事で知覚判定が発生するのには困ったものだ…。


 内心、ヤバいという気持ちが心を支配したが、ここで部屋の中に逃げ込んでは、ただでさえ不利なディールに支障が出る。


 前世で裏の世界を生きてきた経験則から、大物と対峙する時に絶対に必要なものは胆力であると知った。


 歯向かうことと向き合うことは根本的に違うのだから…。


 私は広場中央に着地する真祖から目を切らなかった。


 そしてそれに応えるように、彼女は目を輝かせ、耳まで口角を吊り上げて笑った。


 その邪笑は、かつてないほどの恐怖を味わわされたに等しかった。これ以上目を合わせ続けただけで、命を奪われるのではないかと思わされ続ける絶望の時間。


 私は無限とも思えるその苦痛に耐えるしかなかった。


 その後、通りがかったゴブリンの作業員に彼女の意識が向いた瞬間に部屋へと逃げ込んだ。


 た、助かった…。


 動悸がなかなか収まらない。あれ以上あの時間が続けば心臓が握りつぶされるところだった。

 比喩ではなく、本当にそうなるのではないかと思わされたのだ。


「あのゴブリン…。生きていたら褒美を与えなくてはならないな…。」


「ン?」


 ゾゾが私の独り言に反応し、顔を覗き込む。


「マオウサマ カオイロワルイ ダイジョウブ?」


 私は思わず苦笑した。顔色の悪さなら誰にも引けを取らないゾゾに言われたことが個人的にはツボだった。


「ああ、大丈夫だ。心配かけてしまってすまないな。」


「ン。」


 そんなやり取りをしている最中、ベルフェルトからは通信が入った。


 再び一斉通信を行ったのだろう。

 その場にいる全員に緊張が走る。


『今から真祖様を連れて国賓室ステートルームに向かいます。約3分後に到着いたします。』


 そう一方的に発信すると、通信は遮断された。

 それに合わせて、私は重い腰を上げた。


「さて…。時間だ。」


 私は部屋の中央に歩み出る。


 それに合わせ、ゾゾとフェルが私の右側に、紅麗尉と嶽閻が左側へ縦列に並んだ。


 全員の視線が扉の先へと一心に向けられる。


 近づいてくる二人分の足音。

 誰のものでもなく、息を呑み、喉を鳴らす音が響く。

 息が荒く、嫌な汗が流れ、緊張で目が泳ぐ者もいる。


 今一度、大きく深呼吸をして、皆に声をかける。


「我々はこれから神と対峙する。だが胸を張れ。そんな殿上人が、わざわざ自分から足を運んで来られているのだからな。」


 部屋に立ち込めていた空気が変わった。


「古来から神の用件は祝福と破滅の二者択一。その程度の山、私は前世で何度も越えてきた!」


 右手に握られたカドゥケウスを地面に打ち付ける。


 部屋中に硬い澄んだ音が響き渡り、皆のぐらつく心の芯に染み渡った。


「刮目して刻むがいい。神から祝福を引き出す、その一部始終の取引ディールをな。」


 扉が開かれる。

 思わず、私は笑みが零れた。


 それと同時に、視線の先にいる人知を超えたソレもまた、恍惚とした表情で私に微笑みかけたのだった。



 ベルフェルトが開いた扉から、エルマリークは優美な足取りで国賓室ステートルームの中に入る。


 部屋の中は豪華な装飾を用いたネオバロック様式が用いられ、芸術的な絵画・工芸品などの調度品の数々はどれも見るものの心を奪う。


 広さは約200㎡。

 この魔王城アーカムの中でも非常に細部までこだわった部屋の一つである。


 ひとたび訪れればあちこちに視線が躍り、心を昂らせてくれることは請け合いなのだが、そんな部屋をエルマリークは目もくれず、視線は部屋の中央で待つ魔王にだけ注がれていた。


 ベルフェルトは扉を閉めると、部屋の様子を見て少し顔を顰めた。

 大した時間はなかったとはいえ、あまりにも普通な出迎えなのである。


 部屋を埋め尽くすまではいかなくても100人程度は集結させ、喝采による歓待をイメージしていたベルフェルトからすれば、要人は揃っているとはいえ、幾分か寂しいものに見えた。


 そしてそれは同時に、エルマリークにどのような印象を与えるのか…気が気ではない様子が窺えた。


 エルマリークは魔王の面前で足を止める。


 エルマリークの長身にヒールが輪をかけ、両者の身長にさほど違いは見られない。


 互いに不気味な笑みを浮かべながら、ねめつけるでも見下すでもない、腹の中を互いに探り合うような奇妙で無言の時間が過ぎる。


 そんな中、魔王が数歩前に出ると、右手のガントレットを外し、青白い右手をエルマリークの前に差し出す。


 それを見て、幹部たち全員は目を剥いた。


 それはエルマリークも同様であり、その驚きはすぐに冷めたものに変わっていく。


「この手はどういうつもりじゃ?返答次第では丸ごと貰っていくが?」


 冗談めかした口調ではあるものの、明らかに目が笑っていない。


 魔王は右手を差し出したまま答える。


「握手は最も相手に信頼と親愛・友情、そして害意がないことを示す方法だと、私は考えている。」


 エルマリークは怪訝な顔をする。


「無防備な素手、しかも利き手を互いに捧げる。信頼出来る相手でなくては差し出すのは不可能。魔法をかけられる。握りつぶされる。様々なリスクを自ら晒す行為。」


 エルマリークが鼻で笑う。


「で、あろうな?まあ、そなたが妾に何か出来るとは思えなんだが…。」


「その通りだ。だからこそ、握手に出す手は先に優位者が出すものだ。受ける側はそれをみて安心して手を差し出せる。」


 それを聞いてエルマリークが眉を顰める。


「当然、私もそれを待った。だが、一向に手が差し出されない。そこで私はこう受け取った。真祖殿は私を立てて頂いているのだと。」


 エルマリークの視線がきつくなり、周りの不安は更に高まっていく。


「この手は真祖殿の計らいによって差し出されたもの。敬意と尊重の証。受け取っていただけるかな?」


 エルマリークは「やれやれ」と肩を竦めると、自らの右手の手袋を外し、差し出された魔王の手と重ね、握り合った。


 その光景に、周りからは小さなどよめきと感嘆の声が上がる。


「お主、なかなかの頑固者よな?頑なに握手から話題が逸れぬようにメンツの話を持ち込んだ。格下である自分の手も取れぬような臆病者なのかと、暗に妾を挑発した。」


 それを聞き、幹部達の顔から血の気が引いた。

 だが、魔王はどこ吹く風といった様子で平然と答える。


「私にも王としてのメンツがあるのでね…。真祖殿とはいえ、部下の前で跪くわけにはいかないのだよ。」


 それを聞くと、エルマリークは洋扇子で口元を覆いながら微笑を浮かべた。


「なるほどのぅ。久方ぶりにこの身を魂が巡り、躍るような気分じゃ。」


 そういうと、エルマリークは扇子を閉じ、仕舞い込むと片足を斜め後ろに引き、背筋を伸ばしたまま膝を曲げ、軽く頭を下げた。カーテシーである。


「お初にお目にかかる。エルヴェシオンが筆頭 真祖 エルマリーク=シュトラゼルである。」


 それを受け、魔王はすかさず背筋を伸ばし、右手を胸に、左手を後ろ手にして上体を軽く前に倒す。


「魔王領ラーヴァクラフトが筆頭 魔王 シェブニグラス=インフェルド。急な来訪で大したもてなしのご用意が出来ていないことが悔やまれるが、ゆるりと我が領地を堪能して頂ければ幸いである。」


 先ほどと一変し、完全に形式的なやり取りとなった二人は、互いに冷笑を浮かべる。


 その後、魔王のエスコートを受けながら、エルマリークは上座に向かって左側、賓客席に促され、向かって右側に魔王が着席する。


 そして、魔王の席の後ろにベルフェルトが立ち、序列席には紅麗尉、ゾゾ、フェル、嶽閻の順に座った。


 エルマリークは自陣の空の序列席を一瞥する。


「一人で来たとはいえ、やはり格好がつかんのぅ。折角の余興じゃし、あやつらも呼んでやるかのう。」


 そういうと、エルマリークは魔法陣を展開し、そこから5名の従者が現れた。


 怪しげな色違いの仮面をつけた背格好が全く同じ、メイド風の女性エルダが4名。

 そして、黒ずくめの全身鎧に覆われた騎士であった。その顔はフルフェイスに覆われ、表情はおろか、性別すら窺い知れない。


 4名の仮面メイドは序列席に座り、黒騎士はベルフェルトと同じ立ち位置、つまりエルマリークの背後についた。


 ベルフェルトはその黒騎士に視線を向ける。


(この気配…どこかで…。)


 記憶を辿ろうとするベルフェルトを遮るように、魔王が口を開いた。


「さて、この度は真祖殿と言葉を交わすという大変貴重な時間を頂き、誠に恐悦至極である。私としてはこの機会を失せず、論を交わしたいところではあるが、こうしてお越しいただいた以上、真祖殿には私に向けて話す儀があるのではないだろうか?」


 魔王の言葉に、エルマリークは笑みを浮かべた。


「うむ、察しの通りじゃ。では、ご相伴に預かり、妾から議題を提唱させてもおうかのぅ。」


 ベルフェルトは眉を顰めた。


 魔王がその気になれば、会話の主導権を維持することは可能だろう。

 しかしながら、エルマリークが魔王に何かしらの要件があることは疑いようがない。相手を最大限立てる立場を演出するのであれば、先ず議題の主導権を渡すのは当然の配慮と言える。


 海千山千の真祖が、一体何を語るのか。魔王としてもこの一手には息を呑んだ。


 そんな雰囲気を読み取ったのか、エルマリークは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「先だって、妾が興味を持ったのはお主の掲げる【人魔共栄圏】にある。」


 魔王はそれを聞いて、内心「来た」と思った。

 だが、その気持ちに反して、エルマリークからは敵意と殺意が溢れ出していた。


「実に馬鹿馬鹿しい。火と水、光と闇、表と裏が共にあり続けることなどないように、人と魔もまた共存するなどありえない。それはかつてこのニブルデッドで起きた【天地喰い戦役】が物語っておる。天地同一は夢物語。隔てられているからこそ安定する。妾もまた、貴様らと交わらぬからこそ平穏がある。そうじゃろ?」


 エルマリークの視線が幹部たちに注がれる。

 皆はその目を直視できず、机の石目を数えることで、その時間をやり過ごした。


 再び、魔王に視線を戻したエルマリークは嘆息をつく。


「妾が愛するのは不死・不滅・永遠である。それを形成するのは秩序と境界・断絶そして、無垢である。打って変わってお主らの進む道は、天と地の境界を曖昧模糊にし、培ってきた秩序を崩壊させるであろう。混沌とした世界は秩序を求めて新たな危険因子を生み出す。そんな大それたことを、暴力だけを手にした浅慮な暗君にさせるわけにはいかぬ。」


 それを聞き、魔王は心がすっと軽くなり、笑みが零れた。


「なるほど、不死・不滅・永遠か…。確かにそれを維持するには民を絶対的に無垢にして、物理的距離と心理的距離、そして情報を遮断することでそれは叶うだろう。」


 魔王の口振りからはいつもの調子が窺え、口が饒舌に回る。かつて法廷の場に立ち、数多の検事を論破してきた感覚が取り戻される。


「しかしながら、そうした統治を実際に行ったのはエルヴェシオンという小さな領地一つ。気の遠くなるような時間を有しているにも関わらず、たったそれだけに留まったのは果たしてなぜか?その答えは誰よりも貴公がご存じのはず。」


 エルマリークの眉間に皺が生まれる。


「生きとし生ける者達を皆殺しにして、アンデットとなった物言わぬ民に傅かれて永遠を過ごす。そんな国家、私がその気になれば三日で作れる。まあ、国家と呼べるかは疑わしいが…。」


 嘲笑する魔王に、幹部たちは皆背中に冷や汗を浮かべる。恐る恐るエルマリークの表情を窺うと、予想通り、瞳に怒りを宿していた。


「…ひっ!」


 フェルが思わず声を上げてしまい、両手で口を塞ぐ。魔王がフェルに視線を向けたそのタイミングで、フェルは精一杯声に出さずに自分の気持ちを伝えた。


(真祖様を挑発するんじゃない!完全に怒っとるじゃないか!)


 それを魔王は一瞥し、エルマリークに向き直った。


「そもそも、永遠を語る上で空虚と退屈、無味乾燥は避けようのない天敵。果たして、エルヴェシオンではこの辺りの対策をどうされているのか、大変興味深いのでお聞かせいただきたいところだ。」


(だ・か・ら!!!挑発すんじゃねぇって!!)


 フェルの願いは虚しく、魔王に届くことはなかった。


 次第に険悪なムードに変わりつつある室内で、ベルフェルトは警戒を最大限に高め、紅麗尉はフォローを入れるかどうかを真剣に考え始めていた。


 そして、魔王の口からトドメの言葉が吐き出される。


「結論。真祖殿が信条とする不死・不滅・永遠の楽園たるエルヴェシオンは、全て真祖殿一人のために存在する箱庭だ。そんな個人的な理念の尺度で世界を語られても、管を以て天を窺うというもの。」


(お、終わった…。)


 フェルを始め、皆が視線を落とし、項垂れる。もはやエルマリークに視線を向ける事さえ出来ない。


 完全に自身の命をも諦めた冷たい空気の中、エルマリークが肩を震わせる


「く…く…く…。アハハハハハッ!!」


 突然の呵々大笑に一同が呆然とする中、魔王だけがその渦に溶け込んだ。


 一頻り笑い合った後、エルマリークは涙目を擦る。


「一体お主は何なんじゃ?命が惜しいものの物言いではないぞ、まったく…。」


「真祖殿も人が悪いと言うもの…。私にエルデガルドへの侵攻をさせたいというのに、わざとそれを隠され、否定に回られた。」


 魔王のその一言に、「やれやれ…」と背もたれに身体を預ける。


「お主、心を覗く能力でもあるようじゃな?これは駆け引きをするには分が悪いか…。」


 しばし天井絵を仰ぎ見ると、エルマリークは屈託なく笑った。


「隠し立てしても詮無きこと。お主の言う通り、妾は主らのエルデガルド侵攻を後押ししたいと考えておる。今回妾が直々に来たのもそのためじゃ。」


 エルマリークのその一言に、会場の張り詰めた緊張の糸が緩んだ。しかしながら、窒息寸前だった魔王軍幹部達は皆脱力し、生きた心地がしなかった。


 エルマリークはなおも続ける。


「人魔共栄についてはさして興味はなかったが、エルデガルドへの侵攻と矛盾するようにも思えた。邪魔になる様な思想ならば、いっそ叩き潰しておこうかと思ったのだが…まさかここまで完膚無きまでに返り討ちに合うとはのぅ。図星とはいえ少し頭に来たぞ?」


 その言葉に、再び会場の空気は凍りついた。

 しかしながら、魔王は相変わらず毅然とした態度を崩さない。


「真祖殿の信条である不死、不滅、永遠。それらは絶対超越者が抱く願望であって、国家理念にはならない。真祖殿はその3つの信条を体現するためにエルヴェシオンを作られた。そして今、私という存在を利用することで、それを更に強固にすることが出来る…といった所か?」


 エルマリークは感心した様に嘆息のついた。


「実に聡い君主だことよ。亜人領を短期間で掌握し、自身よりも高レベルな魔族を味方につけ、恐怖に駆られながらも席につき続ける多様な幹部達の信を一身に集めておるというのは伊達ではないということよな。」


 エルマリークの賛辞を受け、魔王は謝辞を示す。


「無礼な物言いになりましたこと、謹んでお詫び申し上げる。」


 頭を下げる魔王に対し、エルマリークは笑顔でヒラヒラと手で払った。


「良い良い。お互いに口撃し合った挙句、妾が一本取られただけに過ぎぬわ。」


 それを聞き、再度魔王は一礼すると背もたれに身体を預けた。


「それでは、聞かせて頂けるだろうか?真祖殿は我々に、エルデガルドで何をさせたいのかを…。」


 一拍の間を置いた後、エルマリークはゆっくりと口を開く。


「破邪の光を克服した妾の娘を見つけ出すことじゃ。」


部屋中に動揺が走る。

 それは魔王も同様であった。


「破邪の光…つまりそれは…。」


「エルデガルドに降り注ぐ、太陽なる我が天敵じゃ。」


 苦々しく顔を歪め、真祖は続ける。


「妾はこの世の原初より存在し、これまでに数多の死を退ける術を身につけてきた。じゃが、どうしても乗り越えられなかった唯一にして最後の関門が破邪の光じゃった。それを克服したものが、エルデガルドにて現れたのじゃ。」


 それを聞いて、魔王は手を顎に置いた。


「無粋な詮索かもしれぬが、どういった経緯でその様なことが…。」


「それを話す必要はなかろう?」


 魔王は肩を竦め、この疑問については飲み込むこととした。


「妾からの提案は、ニブルデッド全域を魔王シェブニグラスが統治する事を、真祖の名を持って大々的に宣言する事。そして、闇夜の眷属を魔王軍として自由に使う事を許可する。外のあやつらはそのままお主への貢ぎ物じゃ。」


 完全にスケールが桁違いの貢ぎ物。悪魔らしい粋な計らいといえる。

 それを目先の脅威としか見ず、駆逐せんと考えていたベルフェルトは、自らの浅慮を恥じると同時に、思い止まったことにホッと胸を撫で下ろした。


 魔王は頷き、その後に続くであろうエルマリークの要求を代弁する。


「真祖殿からの取引要求として、エルデガルドのどこかにいる真祖殿の娘を探し出し、引き渡す事…。それだけでよろしいのかな?」


 その魔王の口から出た確認の一言に、紅麗尉は違和感を感じ、魔王に視線を向けた。

 不要な一言だ。敢えてこちらから相手の要求を引き出そうとしているように見える。


 それを受けてエルマリークは思案する様に天を仰ぐ。


「そうよなぁ…。先だって興味があるとすれば…。」


 エルマリークの視線がゾゾに向けられ、目を細めながら舌舐めずりする。

 それを見てゾゾは頭をブンブンと猛烈な勢いで振る。


「ゾゾ マオウサマノ マオウサマ ダケノモノ」


 必死にそう告げるゾゾを見て、エルマリークはケラケラと笑う。


「まあ、そうよなぁ。他に興味があるとすれば…。そうだのぅ…。退屈…。うむ、退屈凌ぎじゃな!それを所望する。」


 一同は呆然としながらも、魔王はその意を介したらしく、フェルに軽く視線を向ける。

 しかしながら、それを受けてもフェルは混乱するばかりだった。


「お主も申した通り、悠遠の時を生きる中で退屈は最大の敵。妾の心踊らせる余興を提供すること、叶うかのぅ?」


 魔王は意気揚々と胸を張る。


「無論だ。それこそ我が国の真骨頂。真祖殿の期待を上回る娯楽の数々を提供しよう。それに伴い、エルヴェシオンとの国交を結びたいのだが…。」


「断る。」


 先ほどまでの和気藹々とした空気が凍りつく。


 これには流石の魔王も言葉を失った。

 完全に捕えられると確信して網を投げたつもりだったが、一匹も掛からずにすり抜けられてしまった気分だった。


 呆然とする魔王達に対し、エルマリークは噴笑する。


「アッハッハ!!そう肩を落とすでない。エルヴェシオンは聖域。お主も言った通り、あれは国でも組織でもなく妾の所有物じゃ。妾のものでないものを招き入れるつもりは毛頭もない。然るに…。」


 エルマリークは悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「何かおかしき催しや遊具が出来た暁には、此奴を置いていく故、良しなにせよ。」


 エルマリークの言葉に、影のように控えていた黒騎士が前に出る。


 全員の視線を一身に集まる中、徐ろに黒騎士が兜を外す。


「お前は…!」


 ベルフェルトが自分の記憶との合致に思わず声を上げる。


 兜を脱いだ黒騎士の素顔…それはライラックの髪と褐色の肌、切れ長な耳を持つダークエルフであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ