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〜比べて味わう痿縮震慄〜

◾️グラミア

「グラミア様、お迎えが参りました。」


 従者、ベリンガムの声がする。


「ええ、すぐに行きますわ。」


 振り向かずに返事をすると、一拍置いた後に扉の閉まる音がする。


 窓から覗く暗い海を眺めながら、大きく溜息をついた。


 ベルフェルトが来たあの日から二ヶ月…。方々に間者を回した。

 そして、知ることになる…。亜人領がどれだけ様変わりしたかを…。

 

 原始的で野蛮…。文明や知恵などとは無縁で低俗な種族が、人間と変わらない文明を手にしていた事には驚きを隠せない。


 生産、流通、通貨、工業、商業、あまつさえも芸能…。


 鬼王会の支配から現体制になってまだ半年程度と聞く。この異例のスピードでの変化は、魔王を名乗るかの者が噂に聞く転生者である事を裏付けている。


 そして、その魔王が住まう魔王領【ラーヴァクラフト】については、全く情報が得られなかった。


 分かったこととして、支配領域はかつての魔族領、ガラテアとリスティス全域である事。

 そして、その全てが高度な魔法障壁が展開され、外部からの魔法を完全に遮断する仕組みとなっている為、転移や盗聴、遠視などの類が一切使えないと言う事である。


 私の力ではそんな魔法障壁は一部屋に展開するのが精一杯… 。


 真祖様は固有結界を展開する事で似た様な状況を作り出しているが、あれほど広大でしかも常時となると正直、理解の範疇を超えていた。


 魔王領ラーヴァクラフトには直通の転移装置ターミナルを経緯することでしか出入り出来ないようで、通常の参加者に渡される招待状にはその場所が記載されているようだ。


 万が一、力づくて防壁を突破しようとすれば、何らかの防衛機能が働くようになっていることは予想がつく。


 しかし、私の招待状に場所などの明記はなかった。それが何故なのかは、今となっては考えるまでもない。現に今、その答えが出ているからだ。


 鏡の前で今一度、身なりを整える。


 癪だけども、ドレスコードは弁える。

 いつもの様な胸元と背中の露出の激しい華美なものは避け、淡い水色のセレモニアルローブを選んだ。

 高潔さと美しさを損なわず、品性と知性を第一印象として与えることは重要だ。


 互いに値踏みし合う立場とはいえ、私には一つ勝算があった。


 調べたところ、魔王はオルクだと言うこと…。


「ならば、籠絡出来る…。私の魅力の虜にして、私の為に君臨する傀儡の王にして見せますわ!」


 薄い笑みを浮かべ、鏡の前の自分を鼓舞すると、化粧と髪型を再度チェックし、部屋を出る。


 待ち構えていた二人の魔人が揃って一礼した。


 黒い短髪の男性オルクがベリンガム。

 青い長髪の女性エルダがファラミラ。


 二人とも私が作った魔人であり、LVは45と警護としては役不足だが、共に美麗な顔立ちをしている為、見栄えはいい。


 二人を引き連れ、屋敷の外に出た先にそいつはいた。


 ベルフェルトである。


 先述の招待状の件の答えはつまり、直接迎えに来ると言うことだ。


「待たせたかしら?」


 全く申し訳なさなどなく、無感情に言い放つ。

 だが、奴は目を細めながら微笑んだ。


「とんでもございません。ある程度焦らしを入れてくるのは承知の上で、余裕をもたせておりましたので。」


 その言葉を聞き、こめかみに青筋を浮かべながらも、努めて笑顔で応対した。


「貴方がこうして迎えに来たってことは、私はそれなりの待遇を受けていると思って宜しいのかしら?」


「勿論ですよ。私としても、貴方には快く魔王様に服従を誓ってくれることを望んでおりますので、しっかりエスコートさせて頂きます。」


 仰々しく一礼するベルフェルトを見下ろしながら、聞こえない様に舌打ちする。


 そう思い通りにいかせるものか!


 心の中で闘志を滾らせ、ベルフェルトが作り出した転移門アストラルゲートの中に入っていく。


 潜った先には…。支配するか、されるかという、紛うことなき戦場が待ち構えているのだから。


「な、何⁈ここは…⁈」


 グラミアは目の前に広がって光景を見て、今自分がどこにいるのかを見失っていた。


 そこには、中世ファンタジーの世界観には有り得ない、天井がアーチ状のガラス張りで出来たドーム型の繁華街であった。


 イタリア、ミラノのガレリアを彷彿とさせるようなそのアーケード街は、モザイクタイルが床に敷き詰められ、煌びやかな色とりどりの光がアーケード内を照らし、自然と見る者の高揚感を刺激する。


 そして立ち並ぶハイブランドショップやカフェ、レストラン、ギフトショップには、既に多くの亜人達が詰めかけており、そこには賑やかさと共に品のある活気が感じられた。


 ストリートを往来する無数の人々の姿に、グラミアは思わず身構えてしまう。

 今、自分が見せられているものが幻覚なのではないか…。そう疑ってしまうほどに、その光景は壮大で美しく、グラミアの心を沸き立たせるものだったからに他ならない。


 ベルフェルトとグラミア、そして従者2名が立つ場所は、このアーケードの玄関口にあたるロータリーである。


 そこに一台の大きな黒い塊が近づいてきたため、グラミアはギョッとして一歩下がる。


 それは黒塗りのリムジンであった。


 後部座席のドアが自動的に開き、車内へと誘う。


「どうぞ、お乗りください。」


 丁寧にお辞儀をしながらグラミアをエスコートするベルフェルトだったが、グラミアは混乱するばかりである。


「乗る…乗るって…?」


 扉が開いているため、中に入れということなのは分かる。馬車のようなものかと理解すると、グラミアは意を決してリムジンの中に乗り込む。続いて恐る恐る従者の二人が乗り込み、最後にベルフェルトが続いた。


 コの字型に並んだシートの中央に置かれたテーブルを囲うように座ると、ドアが閉まり、リムジンは静かに動き始めた。


 動き出したことで、グラミアの緊張はまた高まる。自動車など知らないグラミアにとって、これがベルフェルトの召喚した魔物かと警戒するのは当然である。


 なぜならば、動力が全く分からないからである。


 馬でも人力でも魔力でもないものが自動的に動くことに、そもそも鉄面皮を被れるような性格ではないグラミアは驚きを隠せなかった。

 当然、従者の二人も子供のように目を輝かせているのだった。


 ゆっくりと、時速10㎞程度のスピードでメインストリートを進む。これは当然、グラミア達にアーケードの様子をゆっくりと見てもらうためである。


 ベルフェルトは氷の塊の入ったグラスに鮮やかな色合いの鼻腔擽る香しい液体を注ぐと、グラミアに差し出した。


「コニャックブランデーになります。」


 グラミアは見たことのない酒に戸惑いながらも口に運ぶ。そして、たった一口でそのあまりにも芳醇な香りの虜になった。


「なんて深い味わいなのかしら…。素晴らしいわ…。こんなものがこの世に存在していたなんて…。」


 コニャックといったが厳密には違う。以前からフェルが趣味で作っていた秘蔵の蒸留酒コレクションの中で、魔王が試飲をしたところ、最もコニャックに近いと思ったものであり、製造方法は正規のものとは異なる。


 しかしながらその出来栄えは完璧に本物のそれであり、今回VIP専用として特別に下ろしたものである。


 コニャック自体、作るには最低でも3年はかかる代物であるため、一般にまで提供するほどの量などあろうはずなかった。


 グラミアは恍惚な笑みを浮かべ、少女のように目を輝かせながら、車窓から見える煌びやかなアーケードやリムジン内のラグジュアリーな空間に酔いしれていた。


 バーラルで贅の限りを尽くしてきたはずのグラミアだったが、その圧倒的なスケールと美しさに、高揚感が落ち着くいとまがなかった。


 アーケードを抜けたその先は、アスファルトで舗装された対向車線との二本道路が通る。

 荒廃した土地の中に作られた道の両側は煌々と光り輝いており、さながら光の道とも呼べるものであった。


 美しいアーケードを抜けた車窓の光景に少し気落ちしたグラミアだったが、先ほどまでの鈍足とは違い、100kmほどにリムジンのスピードが上がったことに驚きを見せる。


 そして、リムジンのラウンジモニターに映し出されていた前方の光景に再び目を剥いた。


「な、なに…あれは…?!」


 そこには、教皇庁バーラルなど足元にも及ばない巨大な宮殿が待ち構えていた。天にも届かんとするその建物の高さには開いた口が塞がらなかった。


「あれこそ、我らが【ラーヴァクラフト】の居城、【アーカムハメル】でございます。」


「あれが…魔王…様の居城だっていうの?」


 モニターに映っている物が現実のものなのか疑わしくなり、車窓から身を乗り出し、実際にそれを目に焼き付ける。視界が捉えた実物は想像以上に巨大であり、グラミアの視線は正面からどんどんと上方へと持ち上がっていった。


 言葉を失っているグラミアの様子に笑みを浮かべながら、ベルフェルトは紅茶に口を付ける。


「【魔王城アーカム】全長約172.5m、延べ面積約15000㎡。居城収容人数は6万人。併設された【ハーメル平場】は直径約240m。最大40万人の収容を可能とし、本日行われる戴冠式の会場となっております。」


 具体的に数字を述べられても全く理解出来ないスケールに、グラミアはとてもリアクションを返せるような状況ではなかった。


 ベルフェルトはグラミアの思考停止状態に追い打ちをかける。


「魔王領はこの【アーカムハメル】を中心に6つのエリアで成り立っております。

 1つは先ほどご覧いただいた商業エリア。

 2つ目は各地の転送陣ターミナルの集約地となり、出入国審査などを行う税関エリア。

 3つ目は音楽やオペラ、スポーツなどの興行エリア。

 4つ目は博物館や美術館、巨大図書館や学校などの文教エリア。

 5つ目は複数の工場、研究施設を集約させた科学産業エリア。

 そして最後に、軍事演習場や軍事兵器などを管理する軍用エリアとなっております。まあ、どれもまだ未完成ではございますが…。」


「そして、【魔王城アーカム】は金融や行政機関、司法を収める政治エリアということね。」


「ご名答でございます。」


 ようやくこのスケールに慣れてきたグラミアは、冷静に頭の中で巨大な六角形を思い描き、魔王領【ラーヴァクラフト】の全体像を掴むことが出来た。


 リムジンがそのスピードを緩め、停止したことでグラミア達は目的地に到着したことを悟る。

 そして、開かれたドアから外に出るや否や、建物の巨大さに押し潰されそうな錯覚を覚えた。


 だが、この場所が明らかに建物の裏面であることはグラミアにも察せられた。


「こちらへどうぞ。」


 ベルフェルトに導かれるまま、城の裏門と思われる頑丈そうな分厚い鉄の門に目を向ける。その武骨な様相にグラミアは眉を顰めた。


「正門から歓待を受ける…とはいかないみたいね?」


 グラミアのその言葉に、従者二人の厳しい視線がベルフェルトに向けられるが、ベルフェルトは涼しげな顔で一笑に伏した。


「直ぐに分かりますよ。正門に回らなくてよかったと。」


 訝しむグラミアを連れてベルフェルトは裏門の扉を開く。


 扉の中はなんと小部屋であった。


 6畳ほどの何もない部屋に入るとグラミアは眉を顰めて部屋を見渡す。


「なんなのですか?この部屋は?」


 思わず言葉を発してしまったベリンガムの問いに、ベルフェルトは小さく唸って思案すると、笑みを浮かべてこう答えた。


「動く部屋…。ですよ。」


「はあ?なにを…。」


 「なにをバカなことを…」そう言おうとした時、ガコンという音とともに起きた異常により、グラミアは体勢を崩してよろけた。


「おっと…。大丈夫ですか?」


 すかさずベルフェルトがグラミアの体を支える。抱き止められ、ベルフェルトの胸に顔を埋める形になったグラミアは顔を赤面させる。


「し、失礼…。大丈夫よ…!」


 グラミアは紅潮した顔を背けながら、ベルフェルトの手を払いのけた。


 そして、部屋がガラス張りで出来ていることが分かると、この部屋の異常を理解できた。

 ベルフェルトの言うとおり、部屋が動いているのである。


 つまり、エレベーターである。


 グラミアはシースルーエレベーターからの眺望により、どんどんと浮上していることが分かった。その高さに、ファラミラは怯えたように手摺に掴まり、足を八の字にして震えていた。


 そして、エレベーターがゆっくりとその動きを止めた頃には、おおよそ地上から50mほどの高さとなった。


 それと同時に、背後の扉が開かれた。


 グラミアが振り返ると、その先には光と音に彩られた夢のような世界が広がっていた。


 グラミアは誘われるようにエレベーターから恐る恐るその世界に足を踏み入れる。


 その部屋はVIPルーム。


 まるで宙に浮いているような踏み心地の絨毯が敷き詰められ、豪華な調度品に囲まれた部屋を煌々と照らすシャンデリアは、内側から七色に光輝いて見えた。

 既にその空間には何人かの姿があり、見るからに亜人であったが、皆豪奢な衣服に身を包み、併設されているビュッフェを堪能したり、談笑に華を咲かせていた。


 耳心地の良い管弦の音色が心に沁み込む中、グラミアの前に黒いスーツに身を包んだ若い鬼人オニ族の女性エルダが片足を後方に引き、カーテシーをする。


「お初にお目にかかります。グラミア=アエーシェマ様。本日、グラミア様の身の周りのお世話をさせて頂きます、雪花せっかと申します。」


 青みがかったショートヘアーに額から突き出した一本角。顔の半分に施されたタトゥーも相まって、中性的な雰囲気を醸し出していた。


「彼女はグラミア様付きのコンシェルジュでございます。何か申し出がありましたら、この者が身の回りのサポートをさせて頂きます。」


「コンシェルジュ?」


 グラミアには聞き慣れない言葉だったが、召使いと同然と受け取った彼女は、雪花の値踏みした後、努めて高邁に胸を張った。


「それじゃあ、私の席まで案内して貰おうかしら?」


「畏まりました。それではこちらはどうぞ。」


 雪花は一礼すると、ガラス張りの一面に向かい合うソファーまで案内した。グラミアは礼も言わずにそのままソファーに腰掛けようとした時、ガラスの向こう側に広がる光景に目を疑った。


「う…うそ…⁈」


 目を見開き、体が硬直する。


 訝しみながら、ベリンガムとファラミラもガラスの向こうを覗き見る。そして、二人は愕然としたのである。


 三人の視界に映る数多の人…人…人…。


 一瞬ではそれを人だと認識することすら難しい。【ハーメル広場】を埋め尽くす有象無象の亜人達は、少なく見積もっても数十万人に達していた。


 亜人領で住む全ての亜人が集結しているのではないかと紛うばかりの光景…。


 広場の外周からは巨人族が広場を覗き込む様にして取り囲んでいる事も、グラミアの肝を冷やした。


 グラミアの反応を見て、ベルフェルトは隣に立ち、眼下の光景を眺めながらほくそ笑んだ。


「どうです?正門からじゃなくて良かったでしょう?」


 意地悪く笑うベルフェルトに、普段なら怒りを覚えるグラミアだったが、今はそれどころではなかった。

 かつて見た事もない…教皇庁バーラルですら見ることが叶わない圧倒的な光景に、グラミアはよろよろと後退し、力なくソファーに体を預けた。


 見せつけられるもの全てが圧倒的であり、自分との差がありありと見せつけられ、グラミアのプライドは完全に崩壊していた。


 放心状態のグラミアに、雪花はサービスカートをついて現れる。


「グラミア様、お飲み物とアンティパストで御座います。」


 グラミアは呆けながらも、雪花が作ったカクテルを受け取り、そのまま口に運ぶ。

 味も何もわからないままではあったが、喉を冷たい物が通過したことで、平静さを取り戻し始めた。


「そ…そういえば…。確か…真祖様も来てらっしゃるのよね?」


 グラミアの問いにベルフェルトは口元を吊り上げると、首を横に振った。


 それを見て、グラミアは呆然とした後、怒りが込み上げ、勢いよく席を立った。


「ベルフェルト…!私を騙したのね!!」


「そうではございません。」


 顔を真っ赤にしてベルフェルトに食ってかかるグラミアを、隣のソファーで寛ぐ先客が言葉を挟む。


 グラミアは怒りのままに声の主に視線を向けた。

そしてその瞬間、グラミアの顔が青褪める。


 そこには、黒いセレモニアルローブに身を包んだダークエルフの姿があった。


 その女性エルダは立ち上がる事も、顔を向ける事もなく淡々と話し始める。


「真祖様は先日、既に魔王陛下との面会を済ませております。喧騒と混乱を嫌う真祖様は、本日の祝典には参加されず、わたくしが代理を務めさせて頂いております。」


 そこまで告げると、ようやく立ち上がり、グラミアに向き直った。


「お久しぶりで御座います。グラミア=アエーシェマ様。いえ、お話したのは初めてでしたでしょうか?」


 ダークエルフの淑女がグラミアの反応を伺う様に間を取る。


 だが、何の反応も返さないグラミアを見て、ルーネはカーテシーを行った。


「私、ルーネ=アドマリスと申します。以後、お見知り置きを…。」


 それだけ言うと、ルーネは再びソファーに腰を下ろし、視線をガラスの先に向けた。


 グラミアの額に嫌な汗が浮かぶ。


 貴族たる者、相手の名乗りに対してこちらも毅然と返すのが当然。だが、それが出来なかった。


 肩で息をし、ルーネの横顔を凝視するグラミアに対し、ベルフェルトはやれやれと肩を竦める。


「どうぞ、お座りください。」


 ベルフェルトに促され、グラミアはソファーに腰を下ろし、呼吸を整える。

 心配そうに様子を伺う従者二人に、雪花は椅子を用意したが、二人は遠慮して座ろうとはしなかった。


 ベルフェルトはグラミアの隣に座り、グラミアの顔を覗き込む。


 怯えている。それは何故か?


 ルーネがかつて、グラミアの母であるディアネスに仕えていた頃、グラミアをアルカトラズに軟禁する様に進言したのは彼女だからである。


 気位の高いディアネスだったが、ルーネの言うことには嬉々として従い、重用していた。

 あのディアネスを陶酔させ、そして今は真祖の側近というあまりにも底が知れないルーネというミステリアスな存在に、グラミアは息を呑んだ。


 今一度ルーネに視線を向けるが、ルーネはグラミアに関心を示していないのか、全く反応を見せなかった。


 ベルフェルトは雪花にブランデーを用意させた。


「戴冠式までまだ時間が御座いますし、せっかくなので真祖様がこのアーカムハメルに来られた時のお話をしましょうか。」


 グラミアの視線がベルフェルトに向けられる。


「え、ええ…。聞きたいわ。真祖様と魔王陛下との面会…対談…その全てを…。」


 「では…」と言い、ベルフェルトはグラスの中の氷を回しながら話し始めた。



◾️ベルフェルト


 戴冠式まであと一週間…。準備も最終段階に入り、いよいよ大詰め…という中で、作業員のゴブリンがハーメル広場の中心から魔王城アーカムを見上げる1つの人影を見つけた。


 その者はベルベットのクラシックファシネーターを被り、赤と黒のコルセット・カーゴドレスに身を包んだその出立ちは、優雅にパゴダ傘を肩にかける姿も相まって、高貴な方であることを直感させた。


 声をかけるでもなく、あまりにも美しいその姿に魅了され、立ち尽くしていた彼の存在に気付いたのか、彼女はゆっくりと振り返った。


 作業員のオルクは息を呑んだ。


 美しく流れる銀髪と透き通る様な白い肌、そして煌々と燃える様に紅いその瞳を見て、潜在的に眠っていた感覚が呼び起こされた。


 それは絶対的捕食者を前にした圧倒的な恐怖。


 そして気付かされる。

 この御方が、エルヴェシオンの筆頭、真祖 エルマリーク=シュトラゼルであることを…。


 体を駆け巡る戦慄に、その作業員はそのまま足元から崩れ、涙を流しながら頭を大地に擦り付けた。

 完全な恐慌状態に、その方は薄く笑みを浮かべた。


「ふむ…出迎えがこの様な下賤な者一人とは…少々買い被ったかのぅ。まあ、これほどの魔障壁の中におれば油断もするかえな。」


 真祖様を中心に巨大な魔法陣が展開される。それは丁度、ハーメル広場全体を覆い尽くす物だった。


 その強大な魔力の展開に、魔王城アーカムにいた我々を始め、各エリアで作業をしていた者達全てが手を止め、各々の場所からその力に畏怖し、騒然となった。


「この気配…まさか⁈」


 いち早く城外に飛び出した私の眼下に飛び込んできたのは目を疑う様な戦慄の光景でした。


 ハーメル広場を埋め尽くす有象無象のアンデット達。


 スケルトンナイト、スカルジェネラル、デッドタイラント、エビルコープス、エルダーリッチ、ヴァンパイアロード…把握出来るもので低級なアンデットは一人もいない。


 40万人を収容出来るこのハーメル広場で、隙間なく蠢き合うその光景は、見るものに絶望感を与える圧倒的な大軍であった。宙を舞うアークゴーストも合わせれば、50万は下らない。


 そして、その中央にはカオスドラゴンの頭骨を玉座代わりに腰掛けるあの方がいた…。


「真祖…様…?」


 目通りするのは初めてにも拘らず、その名が自然と口から放たれた。


 真祖様は、広場の上空で成すすべなく手をこまねている私と目が合うと、薄く笑みを浮かべて人差し指を私に向け、手招きする様に動かした。


 突如!体の自由が奪われ、凄まじい力で引き寄せられた。


「ぐっ!ぐぁあああ!!」


 思わず口から漏れた悲鳴の様な声が響き、私の身体は真祖様の眼前で急停止する。


 長い爪が顎を掴み、値踏みする様に紅い瞳で覗き込む。

 これ程までに無防備を晒しながらも、私の身体は指先一つ動かすことは出来ず、呼吸すらもままならない。


 出来る抵抗はただひたすらに、目を逸らさないことだけだった。


「うむ、絶体絶命の中でも屈せず、尽きぬ闘志…。美しいのぅ。見事じゃ。」


 そう言うと目を細め、笑みを浮かべた。


 次の瞬間、身体の自由が戻った。

 思わず距離を取りたくなったが、それを自制し、宙空のまま跪礼する。


「お褒めの言葉を賜り、身に沁みる心地で御座います。」


 真祖様は座したまま足を組み直し、頬杖をついて私を見下ろす。


「流石は、稀代の大悪魔と言ったところかのぅ。確か、ベルフェルト…と言ったか?」


 名を告げられ、私ははっとなった。


「も、申し遅れました!私は魔王陛下の幹部が一人。ベルフェルト=ウル=デ=スラルジャ=ハインケルと申します。私の名を既にご存知とは…恐悦至極に御座います。」


 真祖様は機嫌良く頷く。


「妾を前にして己の主人を立てることが出来るとは、誠に天晴れよな。」


 洋扇子エヴァンタイユで口元を隠しながら、ケラケラと笑い声を上げる。


 笑い声と共に場の空気は弛緩していくが、眼下には相変わらず広場を埋め尽くすアンデットの大軍…。

 城内の窓からは多くの者が身を乗り出し、この事態の行方を固唾を呑んで見守っていた。


 私は意を決して口を開く。


「…して、本日はどの様な御用向きでしょうか?生憎、戴冠式は一週間後…。式の参列には些か早い御到着では御座いますが…。」


「そこよな、そこ。」


 洋扇子を畳み、先端が私の鼻先に向けられる。


「妾が参列すれば、参列客共は皆妾に傅く。式は台無し。それでは主役である魔王殿の面目が立たぬであろう。」


 傲慢な考えではあるが、全くその通りだった。そんな事にも気が回らなかった自らの浅慮を恥じた。


「真祖様に於いては格別なご配慮を賜り、恐悦至極に御座います。」


 改めて頭を下げる私を一瞥し、真祖様は笑みを浮かべる。


「妾が今日、ここに来た目的はただ一つ。式を迎える前に魔王殿がどれほどの器かを測るため。取り次ぎを頼めるかのぅ?」


「はっ!直ちに!!」


 再度一礼し、私は《魔力回路》を幹部に繋ぎ、《魔力通話》を一斉に送信した。


『全幹部は全ての作業を中断し、国賓室ステートルームに正装で集結!理由は言う必要はないでしょう!紅麗尉さんは魔王陛下に直接状況を説明した上で最大限の準備して下さい。何とか時間は稼ぎますが、最大でも10分と思って行動をお願いします。以上!』


 一方的に話し、質問の一切も受け付けずに連絡を切る。この非常事態に事を速やかに実行に移せない無能はいないと割り切るしかない。


 今、私は片時も真祖様の元を離れる訳には行かないのだ。


 確かに今は機嫌がいい。しかしながら、相手はこのニブルデッドで唯一のゴッドレギオン。名実共に神も同然のお方…。

 そんな方を誰も接待に付かず、放置するなど愚の骨頂。加えて、その役目は誰でもいいというわけではない。恐らく、現状では私以外誰も務まらないのだ。


 そして、今ハーメル広場を埋め尽くしているアンデット…。これは余興でもハッタリでもない。


 脅しだ。


 この先、一手でもしくじれば魔王領ラーヴァクラフトは内側から食い破って崩壊させるという明確な脅しである。


 私の役目は、何としても魔王様との対談までその様な事態にならない様に尽力にする事に他ならない。


 そして、最後は魔王様に全てを託すしかない。


 結局のところ、全ては魔王様に対する値踏み。真祖様のお眼鏡に敵わなければそれまで…。放置などせず、滅ぼすと暗に告げられているも同然の状況なのだから。


 突如、真祖様の瞳に邪気が宿り、周囲に圧倒的な負のオーラがばら撒かれる。

 恐らく、これに耐え得るのも私だけだろう。背中を伝う冷たい汗を感じながら、精一杯の虚勢を張り、微笑んだ。


「準備が整うまでの僅かな時間では御座いますが、城内をご案内致します。」


「うむ、それでは頼もうかの。」


 そう言うと、真祖様はカオスドラゴンの頭骨を踵で小突いた。


 すると、カオスドラゴンは骨だらけの足を跨げ、魔王城アーカムに前進する。


 その間、足元のアンデット達が次々に踏み潰され、辺りは凄まじい高濃度の魔素に包まれ、傍目からは紫煙に巻かれている様に見える事だろう。


 そんな中でも、真祖様は表情を変えず、笑みを浮かべていた。


 その時は気づかなかったが、真祖様の機嫌が良かったのは私が気に入られたからではなかった。


 ただ純粋に、真祖様は楽しみにしてきたのだ。


 魔王シェブニグラス=インフェルド陛下にお会いする、ただそれだけのために…。



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