〜暗中模索の式次第〜
◾️魔王
ピロリロリン ピロリロリン
軽快なメロディが鳴り響き、目を覚まして天蓋の付けられたキングサイズのベッドから身体を起こすと目覚まし時計のアラームを止める。
中世ファンタジーのベッドとしてはあまりにもスプリングが効いたマットレスは、前世と変わらぬ眠りの提供を約束してくれる。
掛け布団にはコカトリスの羽毛が使われ、これがアヒルのものと紛うべき質感であり、得も知れぬ温もりを与えてくれた。
枕元に埋め込まれている水晶にタッチする。
すると、部屋に明かりが灯された。
燭台や豪奢なシャンデリアから放たれる淡い光によって、一人で眠るには広すぎる室内が露わになった。
よく言えば魔王の雰囲気にあった部屋。
悪く言えば大変悪趣味な調度品に囲まれた部屋である。
ナイトメアの剥製を寝室に置く事自体が何の冗談かと苦笑を浮かべながら、ベッドから降り、身支度を整える。
鏡には筋肉質な青白い素肌が映る。
人間の肌とは思えない色合いには未だ慣れないものがあった。
ほぼ裸の状態で室内にある洗面台で顔を洗い、ふかふかのタオルで顔を拭くと、無数の骸骨が集まった様な悪趣味なクローゼットの扉を開け、いつもの装備に身を包む。
肩幅の広いブレストプレートに赤と黒の刺繍が施されたローブ。まるで無骨な爪のようなガントレット。そしてもはやトレードマークに成り立つある顔半分を覆う無貌の仮面。右手には《カドゥケウス》を握り、部屋の窓から外界へと目を向けた。
眼前に広がるのはまるで宇宙空間のような仄明るい地下世界。
だが、眼下に視線を向ければ煌々とした明かりに包まれ、大掛かりな建設工事が行われていた。
それは一ヶ月後に控えた戴冠式を行う為の大広場である。
「一体何万人の来訪を想定してるんだ?」
その巨大さに、思わず独り言が溢れた。
昔メキシコのエスタディオ・アステカに行った時はその巨大さに驚いたものだが、それと相違ないレベルの建造物だ。目算で直径300m程度か…。
確か、サン・ピエトロ広場も同じぐらいの広さだと記憶しているので、ローマ法王の就任ミサと同規模を想定しているなら妥当な広さか…。
「いやいや、流石に畏れ多いな…。」
そんなに人が集まるとは思えないのだが、既に作業は開始しているようで、巨人達が働いている姿がここからでも容易に確認出来る。
現場の指揮は嶽閻だが、計画は確か紅麗尉だったか…。前世で土建知識まで持ち合わせていたとは、正直頭が下がる。
そんなことを考えていた時、部屋の扉をノックする音が響く。
「シェブニグラス魔王陛下おはようございます。紅麗尉でございます。」
色々とタイミングがいいことだ。
「入室を許可する。入れ。」
私の言葉に反応し、扉にかけられた施錠の魔法が解除される。
わざわざこんな仕組みを施すのはフェルの拘りであろうことは想像がつく。
「失礼致します。」
扉が開かれ、紅麗尉が姿を見せる。扉を閉めると仰々しく一礼した。
「おはようございます。お目覚めから身支度までの時間を計算して参りましたが、さすが陛下。時間通りですね。」
「お互い様だ。あまりにもタイミングが良すぎて監視されているのではないかと勘繰ってしまったぞ。」
ある程度本心ではあるが、紅麗尉は「ご冗談を…」と笑って聴き流す。
紅い髪に額の二本角。美麗な顔立ちをした彼女の目元には紅いアイシャドウが映える。
遊郭の花魁をイメージしてキャラメイキングをした彼女だったが、今は着物ではなくピンク色のパンツスーツに身を包んでおり、髪も勝山髷改め、高い位置からのお団子ヘアになっていた。
「亜人領でもアパレル産業が活発になっているようだが、貴公もイメチェンか?」
紅麗尉は目を見開いて驚いた顔をする。
すると、少しバツが悪そうな顔で俯いた。
「あ、えっと…。最初は芸者への憧れから着物を初期装備に選択してたんですが、いざあの姿で業務となると動きづらくて…。それでスーツをあしらってもらったのですが…。その…前の方が良かったでしょうか?」
咎められているとでも思っているのか、恐る恐るといった様子でこちらを仰ぎ見る。
「いや、貴公が最適だと考えての判断であればそれ以上の解はないだろう。私は貴公の判断を尊重しよう。」
紅麗尉は溜息と共に口を尖らせ、浮かない表情をする。
なんだ?何か他に問題でもあるのか?
少し思案してみたが、特に助言出来ることも思いつかなかったので、咳払いを一つして無理やりこの話は打ち切ることにした。
「それで、朝から私の部屋に出向いた用件を聞こうか?」
その言葉に、紅麗尉は背筋を伸ばして凛とした表情を向ける。
「はい。本日火急の議題が持ち上がったため、緊急ではありますが幹部会の開催を執り行うご許可をいただきたいのです。」
「ほう?」
二ヶ月後に控える戴冠式に際して、この【アーカムハメル】に巨大スタジアムと迎賓用の居館の建設。亜人領から繋ぐ転送陣の配備。上下水道、電力などのエネルギーインフラ設備の構築など必要なことは着手させ、もはや開発事業は軌道に乗ったと見ていたが…。
「ここ一か月間の平穏に文恬武嬉だったところだ。多事多端は統治者の宿命。そのゴルディオスの結び目、しかと断ち切って見せよう。」
不敵な笑みを浮かべると、紅麗尉とともに部屋を後にした。
会議室への廊下を歩く途中、まるで秘書のように一歩ほど後ろを歩く紅麗尉を見て、ふとそのスーツ姿が様になっているのを感じた。
「時に紅麗尉、貴公のそのスーツ姿、中々に似合っているぞ。」
その一言に、紅麗尉は驚いた表情を見せると、はにかんだような笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございます…!」
それから会議室までの間、後方で鼻歌が聞こえる。どうやらご機嫌のようだが、前世から女の気分というものは相も変わらずよくわからなかった。
ーー
そして、数刻後…。会議室にて…。
「なんだ?これは…?」
計画書を持つ手が震える。
どうしてだ?なぜこうなった?
私が当初立案したのはどこにでもある非常に形式的な式典だ。質素ながらも厳かな雰囲気で進行する厳粛な式典…。
しかしながら、一か月経ってから改めて見た計画書は、余りにも暴力的な変貌を見せていたのだ。
嫌な汗が流れる。
この世界に来てここまで戦々恐々とすることはなかった。
会議場に集まる面々に視線を向ける。
「ま、まず…ベルフェルト…。」
「はっ!」
ベルフェルトがその場で立ち上げり、一礼をする。
赤い髪色に黒のドレススーツ。四本の角と翼を持つ端麗瘦躯なこの男の名は、大悪魔ベルフェルト=ウル=デ=スラルジャ=ハインケル。
我が魔王軍の最強戦力たる存在である。
ベルフェルトは微笑みながら待機姿勢を取っている。
「…この企画書の中にある【パビリオン】についての説明をしてもらおうか。」
「はい。パビリオンとは各亜人種達の相互理解をコンセプトにした体験型空間となっております。」
まんま万博のアレじゃないか?!
こちらの反応などお構いなしにベルフェルトは悠然とプレゼンを進める。
「この度、魔王陛下は数多の亜人種達を併合し、魔王領【ラーヴァクラフト】を設立するに至りました。各パビリオンには亜人種達の独自性や歴史、文化、技術を紹介する体験ブースを設けます。こうして来場者の皆様に、魔王様が描く共存共栄を強くアピールすることが目的となっております。」
ぐっ!悔しいがぐうの音も出ない完璧なプレゼン…。企画自体を否定する要因が見つからない。
ま、まあ確かに、わざわざ【アーカムハメル】にまで来て、式典を見るだけで終わりではなく、パビリオンを見て回る楽しみがあるというのは魅力的である。しかし…。
「確かに貴公の意見はもっともだが、戴冠式まであと2か月。それまでの間に完成するのか?」
結局の問題はそこである。
だが、ベルフェルトの顔は相変わらず涼しげだった。
「ご心配には及びません。既に各種族からの協力体制は整えております。展示館の建設さえ間に合えば、内部については私が召喚した魔族千体を使いながら《魔力錬成》で一気に作り上げます。」
せ、千体!!マジかよ…!
「し…しかし、《魔力錬成》で作ったものは長続きせず魔素へと霧散してしまうだろう?」
「はい。ですので、錬成後は私の魔力で全て固定化します。一週間程度でしたら固定化を維持することが可能ですのでご安心ください。」
ベルフェルト並みの魔力を持つと、この世界の魔法にも万能感が感じられた。
正直、固定化は大変だ。恒久的な固定化にはナイフ一つでも桁違いな魔力を必要とする。一週間程度の仮の固定化とはいえ、ベルフェルト以外に真似が出来る者はいないだろう。
ちなみに、建物を《魔力錬成》で作ることはさすがのベルフェルトでも不可能らしい。
イメージ力の限界ということらしいが、もしもフェルが《魔力錬成》を使うことが出来たならば可能であるとのことだ。
と、とりあえず…コンセプトが一致していることと、実現可能ということでパビリオンの設営は許可することになった。
私は手元にある資料を捲る。
「次…フェル…。」
「応!」
褐色肌に短い銀髪の少年が立ち上がる。
バルーシ=フェルディナンド。
元々は高齢のドワーフだったが、エルダードワーフと呼ばれる長命種に進化したため、見た目は子供、中身はオッサンというアンバランスなキャラクターである。
緑色のジャケットに短パンという服装は、あどけない子供と見れば可愛らしくも見えるが、一言喋ればジジ臭さが現れるため、リアクションとしては如何ともしがたいものがあった。
まあ、それは置いといて…。
「貴公が追加で挙げてきたこの企画書だが…なんだこれは?観兵式?なんでこんなものが必要になる?」
フェルはふふんと鼻を鳴らす。
「旦那、ただの戴冠式をしてもワシら【ラーヴァクラフト】がどれほどの組織であるかは1ミリも伝わらん。これはニブルデッド中にワシらの軍事力や指揮力の高さを見せつける好機じゃろうて!!」
鼻息を荒くするフェルに代わって、こちらは大きく溜息をついた。
「…だからと言って、今から戦車500台に戦闘機200台なんぞどうやって作るつもりだ?挙句、兵員1万5000だと?どこの国の軍事パレードの規模を吹き込まれて…!」
そこまで言って、ふと紅麗尉に目を向ける。
目が合ったのが分かった瞬間、あからさまに目を背けたことから察せられた。
元凶はあいつか…。
ここでようやく今回の幹部会の意図が見えた。
おそらく、通常の戴冠式を行うに際して、ベルフェルトとフェルがもっと派手にやりたいということで紅麗尉にアドバイスを求めたのだろう。—ゾゾと嶽閻は指示されたこと以上のことをするとは思えない―
紅麗尉は私と同じ異世界からの転生者であり、前世の知識を惜しみなく披露した結果、それに触発されて暴走し始めた二人に対処しきれなくなったため、緊急で会議が開かれたという訳か…。
なるほどなるほど…。
「アイツ…意外とポンコツだな…。」
「へ?」
フェルが目を丸くする。
私は「何でもない」と軽く手を振ると改めて溜息をつく。
「フェル、貴公の想いは伝わったが、この企画書にある戦車や戦闘機を用意することは事実上不可能だろう。《魔力錬成》で作れるような代物じゃないからな。どんなに頑張っても期限内では5台前後だろう。」
フェルは何か反論しようとしていたが、まだフェル自身も作ったこともないものであり、フェル以外の者が作れるほどの量産体制が整うのを待っていたらどんなに早くても半年はかかることぐらい、紅麗尉にも分かっているはずだが…。まあ、それを強行しようとしていた状況を諫めてほしかったということか…。
「そういうわけで、戦車5台だ。その他495台はダミーで補え。」
一同に動揺が走る中、私は嘲笑を浮かべた。
「なんだ?私たちはこれから戦争にでも行くのか?これは軍事兵器を使ったショーだ。本物は5台で残りは鉄の皮を被ったただの車で構わんだろう?」
「なるほど…確かにそうじゃな。」
頷くフェルに対し、ここぞとばかりに畳みかける。
「戦闘機はダミーを飛ばすわけにはいかん。演出は航空ショーに変更させろ。」
「航空ショーじゃと?!」
フェルが目を輝かせる。
「戦闘機の力を見せつけるためならば何百機も並べる必要ない。予備も含めて3機も作れば上等だ。種目は起動飛行と曲技飛行の二つ。起動飛行では翼人種や魔族と空中飛行を競わせても面白いだろう。曲技飛行では色付きのスモークを焚いて空中に模様や字を描くという演出はかなり盛り上がるはずだ。」
それらを聞いてフェルは興奮で目を輝かせ、鼻息を荒くした。
「さすが旦那じゃぁあああああ!!ナイスアイディィアじゃ!!」
会議室の中に感嘆の声と共に喝采が湧く。
正直なところ、軍事パレード自体を真っ先に否定してしまわなかったのは、私自身が見てみたいという願望でもあった。そういった諸事情もあり、何とか実現可能なレベルを提示する必要があったのは秘密だ。
ワクワクで募り、さっさと仕事に戻りたがるフェルを尻目に、次の企画書に目を移した。
「あ~…え~…。ゾゾ?」
「ハイ マオウサマ」
比喩ではなく、透き通った青い肌を持つスライムの少女、ゾゾ=ヨグソトースが椅子の上に立つ。
ゾゾは背が小さいため、椅子の上に立ってベルフェルトとほぼ同じぐらいの身長に見えた。
「ご飯がいっぱい食べたいというのはつまりどういうことだ?」
ゾゾはコクコクと頷く。
「マエニ クレナイノイエデ ゴハンタベタトキ ゴハンタラナカッタ。モット ホシイ。」
ああ、プラント内総合庁舎での一件の事か。
そんなこと…という前に、一人の大柄な男が立ちあがった。
鬼人族の統領として巨人族を率いる通称クロオニと呼ばれている男、嶽閻だった。
嶽閻は浅黄色の着流しに黒い肌を包み、紅い瞳をこちらに向けて一礼する。
「ゾゾ殿の御進言に便乗して申し訳ない。食料を並べるのであれば問題のない話しだが、料理するならば話は別。亜人族のほとんどは料理の概念がなく、ほとんどの者が素材のまま口にしていることがほとんどで料理に着手出来る人員が不足しております。」
なるほど、由々しき事態だ。
嶽閻は続ける。
「更に、食文化の違いや巨人族のような巨躯持つ種族に対する料理を作るとなると、当日の調理ではとてもではないが間に合わないと思われるのです。」
「ふむ…なるほど…。」
意外に説得力のある話題だった。
ゾゾが無表情のままふんぞり返り、何度も頷いているが、絶対にこいつはそんなこと考えていない。ただ自分の食べる分がなくなるのが不安なだけだ。
「《魔力錬成》で料理を作ることは出来ないのか?」
その問いに対して、ベルフェルトは天を仰いだ。
「やめておいた方が無難かと。魔貴族の作法では舞踏会や晩餐会で主催者側が《魔力錬成》によって食事を用意しますが、それらを食すということは主催者へ服従を誓うという意味になります。内輪であれば問題ありませんが、万が一真祖様が来られれば逆鱗に触れることは必至かと…。」
魔族が持つ暗黙の了解。
万が一真祖が来たことを考えると、そんな無礼を冒すことがどれほど恐ろしい事態を招くか…。
それを想像したのか、室内の温度が少し下がった様な錯覚に陥った。
そんな雰囲気を気にすることなく、ベルフェルトは優雅にお茶を飲みながら続ける。
「そもそも、喉元通れば魔素になって消えてしまうような料理は並べているだけで、どんな種族から見ても大変失礼な行為になりますがね。間違いなく来賓者達の失望は買うことでしょう。」
水を打ったように静まり返った会議室の空気を変えるのは、当然私の仕事だった。
「当日間に合わないのなら一か月前から料理を作れ。」
その一言に、室内は騒然とする。それを私は片手で制する。
「そのまま置いていたら腐る。だからすべての料理は真空冷凍して、当日は解凍作業にのみ専念する。どうだ?」
室内から再び「おお~!」という感嘆の声が上がる。
「この前作った電子レンジとかいうやつが大活躍じゃな。」
「ふむ、収納に入れても時間経過は免れないと知った時には正直諦めておりましたが、こうした方法があったとは。」
フェルと嶽閻が感動する中、私は追加の指示を出す。
「戴冠式では飲食ブースを用意して全てビュッフェスタイルだ。こうすることで、好き嫌いや近似種食いも避けられるはずだ。全ての料理に対して、使われている食材の内容表示を怠るなよ。」
嶽閻はメモを取りながら何度も頷く。見た目に反して繊細でマメな男だ。
「祝賀会についてはいかがいたしましょうか?」
「事前にアンケートを取れ。祝賀会に参加するのは各要人50人程度に厳選した上で、個人対応したコース料理を提供しろ。無論、生がいいなら食材のまま並べてやればいい。」
「はっ!」と言うと嶽閻が席に腰を下ろした。次の議題に映ろうとした時、フェルがぼそっと呟いた。
「そういや、酒はどうなっとるんだ?」
「エールの準備は十分に取り揃えておるが…。」
嶽閻の言葉に、フェルがこめかみに青筋を立てた。
「はあ?エール?!おんしら、こんな華々しい日にエールなんぞ出した日には末代まで語られる笑い種ぞ!」
フェルの剣幕に、ベルフェルトも小さく肯定を示した。
「そうですね…。戦勝会ならばいざ知らず、祝いの席であればワインやブランデーかと…。」
「そんなもん今から作って間に合うわけなかろうが!ブランデーは確実に量が足りんし、ワインだと熟成期間が短すぎて甘くなりすぎる。そんな粗悪品を出したら旦那の顔に泥を塗ることになるぞ!」
流石は酒に煩いドワーフだけあり、その剣幕に嶽閻は委縮してしまった。
別に私はエール好きだから何の問題もないのだが…。目的が格好つけることならば別に手段がないわけではない。
「スパークリングワインを作れ。」
その一言に一同は茫然としていた。
その中で、フェルが辛うじて口を開いた。
「旦那…その、スパークリングワインってやつは何じゃ?」
「白ワインに炭酸を溶け込ませたものだ。おそらくだが、誰も口にしたことがないだろう。瓶内二次発酵方式を取りたいところだが、大量生産をするために炭酸ガス注入方式を取れば既定の量を用意することは問題ないはずだ。」
フェルが拍手を始めたと同時に、室内は喝采に包まれた。
「さすが旦那だ…。次々と問題を解決していっちまう。」
その呟きを聞き、ベルフェルトも頷く。
「ええ…。まさしく神算鬼謀の名君と言って過言ではないでしょう。」
いやいや、過言だよ!基本的にお前たちの経験と知識が浅いだけだ。
とりあえず、これも解決と…。次の議題が最後だな…なになに…。
両方のこめかみに青筋が立つのを感じた。
「巨大スピーカーと演出照明による音響ステージを設立し、各種族による音楽チームを編成…。夜には花火を上げ、ドローンによるプロジェクションマッピングで会場は大盛り上がりに…。」
そこまで読んだところで私は企画書を破いた。
それによって匿名で提出していた立案者が慌てて腰を上げた。
紅麗尉だった。
完全に吊り出され、バツの悪い雰囲気の中で空笑いしながら顔を真っ赤にして俯く紅麗尉。
私は怒りを極力抑えながら、口を開く。
「なんだこれは?お前は国家創設の重大な記念日に音楽フェスでもやるつもりなのか?」
紅麗尉は泡を食ったように弁明を始める。
だか、正直大した理由ではない。自分がやりたいだけだった。
しかしながら、熱意は本物だったため、宮廷楽団の設立と式次第に演奏のプログラムの追加を許可した。
音楽フェスについては追々企画していくこととして、今回は見送ることと相成ったのだった。
▮
緊急の幹部会が開かれる前夜のこと、紅麗尉は一人、暗闇の中でパソコンの光に顔を照らされていた。
戴冠式の招待状がニブルデッド中に送付されてからというもの、紅麗尉が率いる情報システム庁舎の元には、毎日のように招待状の返信が次々と寄せられていた。
紅麗尉は就業時間が終わってどんなに疲れていても、参加者のリスト追加作業は怠らない。滞らせることで重大なミスを引き起こす可能性があるとして、必ず就業後にパソコンと向かい合い、追加と集計作業に追われていた。—パソコンと言っても文書作成と計算、図面作成ぐらいしか機能はない—
10万人以上は想定していた参加者は、現段階で既に20万人以上の参加が表明されていた。
プレッツェルを煙管代わりに咥えながら、出席名簿に次々と名前を打ち込んでいく。一人でパソコンに向かっていると自然と増えてくるのが独り言である。
紅麗尉もご多分に漏れず、キーボードを打ちながらブツブツと独り言を呟いていた。
「GRISの野外ライブで20万人…。あの大混乱を考えると…。この調子だとかなりやばいわね…。VIPには特別ラウンジを用意してるとはいえ、一般立見席に今からでも整理券制度を導入するべきかしら?」
紅麗尉はキーボードを叩く手を止め、椅子にもたれながら背筋を伸ばし、、天井を仰ぎ見ながら独り言を続ける。
「でも、オーストリアのドナウインゼルフェストは完全無料のせいか一日に100万以上を集客してるんだし…。いやいやいや!それは長い一日の話であって戴冠式自体は小一時間…。客の流動性が皆無の式典に20万人が集まること自体かなり危険なのかも…?ローマ法王の就任ミサってどれぐらいの人が来たんだっけ…?あ〜流石に覚えてない!ググりたい!!どんな区画整理して臨んでたのか、警備とかどうだったんだろう⁈」
好きな音楽フェスについての知識は何百年経っても色褪せないが、最も参考になる情報についてはうろ覚えだった。
焦りと不安が押し寄せ、冷や汗を浮かべる紅麗尉は、まだ山積みとなっている招待状の返信の山を見てゴクリと喉を鳴らした。
果たして、最後の返信の山が溶けて無くなった時、来場者は一体何名になるのか…。
覚悟を決めた紅麗尉は無造作に一枚の封筒を手に取った。
瞬間!とてつもない魔力の残り香を感じとり、思わず手から溢れ落ちた。
その黒い封筒を思わず凝視した後、紅麗尉は訝しみながらその封筒を恐る恐る取り、封蝋を確認する。
その封蝋の紋章を見た瞬間、紅麗尉の表情は一変した。内心は激しく動揺しながらも慎重に封蝋を剥がしていく。
その中を確認すると、紅麗尉の目は歓喜と戸惑い、そして恐怖が入り乱れ、引き攣った笑いを浮かべていた。
「まさか…本当に?」
招待状には戴冠式、祝賀会の両方に参加する旨が記載されていた。
そしてそれとは別に便箋が一枚、認められていた。
それを読み終えた時、紅麗尉は夜分ではあるが幹部一同に緊急連絡を入れ、戴冠式における改善案や問題提起、新規アイデアの募集を行ったのだった。
手紙の内容は以下の通りである。
『拝啓、シェブニグラス=インフェルド殿。久方ぶりに外界に興味をそそられた。当日は妾と付き人の二名で出席する。妾を失望させぬ式であることを期待しておる。』
そして、差出人欄にはこう書かれていた。
『エルヴェシオン筆頭 エルマリーク=シュトラゼル』




