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〜新生ルネリオス聖王国〜

◾️

 勇者とレダは目の前の状況に対して、理解が追いついていかなかった。


 倒れたアリーに代わり、ゆっくりと立ち上がったリヴァイアは、堪えきれない笑いを一気に吐き出した。


「あーはっはっはっはっ!!ホント…バカ!バカバカバカバカバカバカバカ!!アンタが頭のネジが吹っ飛んでるバカでホントに命拾いしたわ!さすが清純可憐な聖女様だこと!!」


 そう言うと、リヴァイアはアリーの腹部を蹴り飛ばす。


「かはっ!」


 アリーの口から血が吐き出される。それを見て勇者の怒りは湧き上がる。

 そんな勇者よりも早く、レダが飛び出した!!


「リヴァイア!!テメェエエエエエ!!」


 怒りに任せて飛びかかろうとするレダに対し、リヴァイアはアリーの首を締め上げる様にして抱え上げた。

 それを見て、レダは急ブレーキをかける様に地面を削りながら足を止める。


 リヴァイアはアリーを盾にしたまま口元を吊り上げた。


「どうしたの子猫ちゃん?リーヴァが憎いんでしょ?やってみるがいいわ!このバカの命が欲しくないんならね!」


 高笑いを上げるリヴァイアに対し、レダは唸りながら睨みつける。


 そしてこの状況を前に、勇者は奥歯をギリギリと噛み締め、固く握り締められた拳からは血が滲んでいた。


「お前…本当に人間かよ…!それが命の恩人に対してすることか!!」


 勇者の怒りに対して、リヴァイアは鼻で笑う。


「笑わせないでくれる?これは計算。リーヴァはこのバカを利用しただけ。リーヴァを殺しに来た分際で、命の恩人だなんて押し付けがましいこと言わないでくれる?」


 吐き捨てる様にそう言うと、リヴァイアは勇者の顔を見て嬉々とした笑みを浮かべた。


「そうアンタ…。アンタよ!シェゾが始末したはずのアンタが生きてたことで、このバカの能力に当たりがつけられたの。その点だけは感謝しといてあげるわ。瀕死の重体ですら全快させるだなんて、聖女の名に相応しい能力じゃない?」


 リヴァイアの顔から笑みが消える。


「ホント…何から何まで癪に障る女…。アンタにリーヴァなんて愛称で呼ばれる筋合いなんて無いのよ!!」


 リヴァイアがアリーの首を絞めあげる。


「かっ…はっ…!」


「やめろ!!」


 激情に駆られ、飛び出そうとした勇者に見せつける様に、リヴァイアは徐にアリーの右腕を掴み上げる。


 それを見て、勇者は目を疑った。


「黒い…斑点…まさかお前!!」


「御名答。【死に至る病】を乗り越えて来たアンタ達にはコイツが見えるのかしら?」


 リヴァイアの手の上で蠢く黒い靄が見える。それが何なのか、当然勇者は理解していた。


 【キェルケゴール】である。


 突如、レダが膝から崩れ落ちた。

 肘で何とか体をもたけながら、リヴァイアを苦々しく睨みつける。


「ちっくしょう…!しくじった…!」


 リヴァイアは目を剥いてゲラゲラと笑い、胸元から小さな小瓶を取り出した。


「あの豚が失敗した時のためにもう一つ用意してて良かったわ。もうこの部屋はキェルケゴールに汚染されている。もう逃げても無駄!ここにいる奴らはみんな死ぬわ!」


 勇者の目に、部屋中に蠢く醜い四肢を持つ化け物達が、嘲笑う様に下卑た口を開いた様に見えた。


「リーヴァの滅茶苦茶ヘルタースケルターはね?瀕死の相手から欲しいと願った部位やスキルを奪える能力なの。このバカが意識を失うほどに消耗した時、コイツの顔も、体も、スキルも全部リーヴァのものにしてあげる!リーヴァの中で永遠に生きられるなら、献身的な慈愛の聖女冥利に尽きるってもんでしょ?そうでしょ?ねぇ!アリアデル!!」


 外と違い、あっという間に増殖し、牙を剥くキェルケゴール。


 だが、リヴァイアには決してその牙を向けない。


 それはキェルケゴールを創り出した際のルールの中に、リヴァイアを攻撃対象として認識しない事が組み込まれているからである。


 当然、リヴァイアはそれを理解しており、奥の手として常に懐に忍ばせていた。


 アリーとレダ、そして気を失ったままのフォルケルも感染していく中で、リヴァイアは勝利の愉悦に浸っていた。


 だが、リヴァイアの思惑に反して、勇者は無言のまま収納インベントリーを発動し、中から一振りの剣を取り出した。


 いつまで経っても症状を表さない勇者に、リヴァイアから笑みが消えた。

 目を戦慄かせ、自らの目を疑った。


「何で…何でアンタは感染してないのよ!!」


 勇者は鋭い視線をリヴァイアに向けながら、握り締めた《エクスカリバー》の鞘に手をかけた。


「それはこっちのセリフだが…まあ、ズルはお互い様だ。これから起こる事もそう…お前にとっては理不尽で理解出来ないだろうさ。」


 鞘から解き放たれたその刀身は眩いばかりの光を放ち、稲光を纏いながらリヴァイアに圧倒的な威圧感を与えた。


「ひっ…!」


 思わずたじろぐリヴァイアはアリーの影に身を隠す。だが、勇者は意に介した素振りはなく、躊躇なくリヴァイアへと歩みを進める。


「悪いが、俺はお前に一切の同情をしない。捻じ曲がった性根…腐った倫理観…吐き気がする!アリーの優しさを踏み躙ったお前を…俺は絶対に許さない!!」


 リヴァイアは忌々しげに顔を歪めた。


「煩い煩い!!リーヴァは何も悪くない!!アンタなんかに何が分かる!!顔のいい奴にはわからない!愛されてきた奴にはわからない!!まともな人生を歩んできた奴なんかにリーヴァを否定する権利なんてあってたまるか!!」


「不幸自慢で悪事を正当化するのはやめろ!!」


 勇者の一喝に、リヴァイアは一瞬身を固くさせた。


「お前が自分の不幸をいくら主張しようが、お前が傷つけて殺して来た人間と何の因果関係も無い!!お前は自分を不幸にした元凶に逆らうのが怖くて八つ当たりしてるだけだろうが!!」


 勇者の言葉に、リヴァイアはあの女悪魔の姿が頭を過ぎる。その瞬間、顔が真っ青になり、歯がガチガチと音を立てて鳴り始めた。


「ち、違う…違う!!リーヴァは悪くない!リーヴァを愛さない全てが悪いんだ!!リーヴァは…!」


 勇者は精神が錯乱し始めたリヴァイアを見て、もう交わす言葉はないとして《エクスカリバー》を大きく振り上げる。それを見て、リヴァイアは狼狽する。


「あ、あんた分かってんの⁈コイツの命が惜しくないの⁈」


 だが、勇者には何の躊躇もなかった。


「教えてやるよ…。どんな苦境も逆境でも、それを覆えす理不尽な力があることを…。」


 振り上げた《エクスカリバー》がかつてない光を放つ。リヴァイアはその輝きに言葉を失っていた。


「アリーが信じ、愛する人々や世界を守りたい!それが勇者として…俺が唯一絶対に信じる…!!」


 光の柱が振り下ろされる!!


「正義だぁああああああ!!!!」


 響き渡る勇者の咆哮と共に、辺り一面が光に包まれる。


 鬱屈とした地下の闇を飲み込み、その場にある全てのものが溶けて混ざるかのような光は、収束してもなお、空間と時間を支配していたのだった。

 


◾️

「…この気配…。まさかまたあれか⁈」


 ロアの背中に怖気が走る。一度感じた嫌悪感は漠然とした知覚範囲であっても直感に近い感覚で察することが出来た。


 すかさずロアはヴィクニスを召喚する。


 瞳を持たないグロテスクなオオサンショウウオが現れると、ロアは破顔させて撫で回す。


「いやぁあー我ながら傑作だわー!マジで可愛いんですけど!この肌触りが何とも…!」


 ヴィクニスと一頻り戯れると、ロアはもう一つ召喚陣を創り出し、モータルデッドというゾンビを召喚した。


 モータルデッドはレベル38のアンデットモンスターである。MP消費が比較的安価な割に高性能で、通常のゾンビよりも知性があり、細かい指示や命令を受け付ける事ができる。体格も良く、それなりに強い。


 ロアは咳払いを一つすると、偉人ロールを開始する。


「階下で蠢くキェルケゴールをヴィクニスを使って殲滅してくるのだ。その後はパパ…えーっと…名前なんだっけかな…。…まあいいや、勇者の指示に従え!良いな⁈」


 モータルデッドは頷くとヴィクニスを肩に乗せ、階段へと向かっていった。


 思いの外あっさりと肯定の意を示したモータルデッドにロアは些か驚きを覚えた。たしかに知能は高いが先程の漠然とした指示に対してのレスポンスが早すぎるのである。


(まあ、いいか。)


 考えるのをやめてそれを見送ったロアは「やれやれ」と肩を回しながら、血の針の筵に向き直る。


「さてと…コイツはこれからどうしたら…。」


 直後、ロアは串刺しとなって力なく項垂れているシェゾに違和感を覚えた。


 つい先程まで、必死に身を捩って拘束から抜け出そうとしていたのに対し、まるで糸が切れた様に静まり返っているのである。


(全く生気を感じない…リヴァイアが死んで動力そのものを失った?それとも…。)


 その時、ロアは自らの感覚の中にあるはずのものがない事に気付き、階段へと視線を向けた。


「モータルデッドとの繋がりがない…!まさかアイツ!?」


 ロアは翼を発現させ、猛スピードで階段に向かい、そのまま降った。

 そして、階下の最中、無惨に引き裂かれた骸を目にし、ロアはそれを手で抱き上げる。


「ヴィクニス…。…あの死に損ないがぁあああ!!」


 ロアの怒りは頂点に達し、そのまま落下する様に階下へと向かうのだった。



◾️

「ああ…あ…あ…。」


 目を戦慄かせ、後退りするのはリヴァイア。

 彼女の目にはまだ何が起こったのか理解出来ていなかった。


 確かに、勇者の一振りはリヴァイアを切り裂いた。その一撃の傷跡は彼女の右肩から袈裟斬りのような形で走っており、夥しい血が絶え間なく流れている。


 だが納得出来ないのは、盾にしていたはずのアリーには傷一つ付けられていない事。つまり、アリーを透過してリヴァイアだけが斬りつけられたという事である。


 それだけではない。先程までこの場を所狭しと支配していたキェルケゴールが今一匹もいないのだ。まるであの光によって消滅したかのように、ただの一匹も残っていない。


 そして、リヴァイアの悪夢はそれだけに留まらなかった。レダが体を起こし、自分の身を確認しながら困惑している。


「…体が…。病が…消えてる?」


 そう…。レダだけでなく、アリーとフォルケルを蝕みつつあった黒い壊死は、今や完全に消え去っていた。


 程なくして勇者の腕の中で気を失っていたアリーも静かに目を覚ました。


「アレックス…さん…?私…。」


 アリーも何が起きたのか把握することが出来ず、目を白黒させながら勇者の顔を見上げていた。


 それを見て、勇者は満面の笑みを浮かべる。


「もう大丈夫だ、アリー。少し休んでてくれ。まだ後始末が残っている。」


 勇者はレダの名を呼ぶ。


 レダは慌てて二人に駆け寄ると、勇者は何も言わずにアリーをレダに託した。


 そして、刀身の無くなった《エクスカリバー》を収納インベントリーに仕舞うと、代わりにミスリルソードを取り出してリヴァイアに向かう。


「ひ…ひぃいい!!」


 リヴァイアは後退りしたまま搦手門に背をぶつけ、そのまま崩れる様に座り込む。


 勇者は冷たく、どこか哀しげな目をして剣をリヴァイアに向けた。


 それを見て、リヴァイアは涙と鼻水で顔をクシャクシャにして怯えていた。


「い、いや…た、助けて…助けて…!お願い!助けて!!」


 往生際の悪いことに、助けを乞うリヴァイアに対して勇者は顔を顰めた。


「この後に及んで助けを乞うのか…?お前は全てを許して愛そうとしてくれたアリーの優しさと愛を踏み躙った。もうお前にかける慈悲なんて何処にもない。」


 勇者の表情が冷憫を帯びたものに変わった。


「結局お前は、誰からも愛されなかったんじゃない…。誰も愛そうとしなかっただけだ。」


 リヴァイアは憎々しげに顔を歪める。


「違う!リーヴァにだって愛する人がいる、愛してくれる人がいるもの!リーヴァのことを分かってくれる人が…。」


「それがシェゾだって言うなら、お前は救いようがないエゴイストだな。」


 勇者の言葉にリヴァイアは目を白黒させる。


「分からないのか?シェゾはお前が創り出したお前の為の人形だ。シェゾの言動、行動、存在そのものがお前の望み通りになるのは当たり前だ。」


 リヴァイアは目を見開いたまま言葉を失った。


 全てを理解した彼女の頭の中には、一つの言葉だけがSOSの様に鳴り響く。


(それ以上…言わないで…。)


「お前が受けていた愛も、与えていた愛も自分にだけ注がれていたもの…。完全な自己愛なんだよ!!」


 その言葉に、リヴァイアの中で何かが切れた。


 蝕まれ、壊されてきた心を繋ぎ止めていた最後の一本の線が断ち切られた。


 リヴァイアは目の焦点が合わないまま脱力した。目からは止めどなく涙が溢れ、口元から唾液を垂れ流す。


 完全に壊れてしまったリヴァイアを見て、勇者は罪悪感を覚え、剣を納めた。


 もう彼女を肉体的に傷つける必要性は無くなっていたのである。


 勇者は振り返り、レダの支えを受けて立ちあがろうとするアリーに声をかけた。


「すまない…アリー…。せめて彼女の治療を…。」


 その言葉が終わる間もなく、階段口から一つの塊が飛び出して来た!


 勇者はそれを見て驚愕し、目を戦慄かせる。人間よりも一回りは巨大なゾンビが、こちらに向けて猛スピードで向かってくるのである。

 それがロアの召喚したモータルデッドであるということは、勇者はまだ知らない。


 丸腰状態の勇者は、それを反射的に躱すことが精一杯だった。そのモータルデッドは大きく腕を振りかぶり、そのまま搦手門を殴りつけて突き破った。


 何が起こったのか分からず、面食らっている勇者一同を尻目に、階段口からロアが凄まじい形相で現れた。


 そして、両掌に魔力を凝縮する。


爆血光線弾ブラストレイ!!」


 掌から放たれた何本もの赤色レーザーがモータルデッドの背後を狙い撃つ。

 その全てが命中し、モータルデッドは蜂の巣となた。


 力なく魔素が蒸気となっていく最中、勇者の目はそれを確かに捉えた。


 モータルデッドの中からシェゾが現れたのである。


 シェゾはロアの魔法を受ける直前に、まるでモータルデッドを脱ぎ捨てるかの様にして飛び出すと、未だ廃人の様に虚な目をしたリヴァイアは抱え込み、奥の転送陣ターミナルに乗り込んだ。


「しまった!!」


 その状況を一番把握出来ていたロアは、シェゾに追撃を行う為に突撃する。

 だが、壊された門を潜ろうとした瞬間、シェゾからの無数の斬撃に阻まれ、ロアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 次の瞬間、転送陣ターミナルが起動し、シェゾとリヴァイアの体が霞んでいく。

 止める間もなく、二人の姿は完全に消えた。


 ロアは二人を追う様に転送陣ターミナルの上に立ち、起動パネルを操作する。だが、いくら起動を行なっても転送が開始されない。おそらく、転送先の転送陣ターミナルがシェゾによって壊されたのだろうということが容易に想像出来た。


 シェゾとリヴァイアに逃げられたことを悟ったロアはフラフラとターミナルから降りる。


 そしてロアは、怒りに任せて門の残骸を殴り飛ばした。辺りが吹き飛びながら破壊され、地下全体が大きく揺れる。


「チクショウガァアアアアア!!」


 あまりの怒りに我を忘れたロアは、地団駄を踏みながら床を大きく破壊する。


 あまりの剣幕に勇者はロアの背中を羽交締めにした。


「ロア!!もうやめろ!!大丈夫だから!な⁈」


 ロアを覆う魔力が力を失い、無抵抗に立ち尽くす。それと同時に、肩を震わせ始めた。


 そして、振り返りながら勇者の顔を見上げた。

 その顔は泣き顔でクシャクシャになっていた。


「うわぁあああああん!!パパぁあああ!!ごめんなさい…!ごめんなさい!!ロアが…ロアが油断したから…ロアの所為で…。ヒグッ…えぐっ…うぁああああ!!」


 泣き喚くロアの自責の念を聞きながら、勇者はロアの頭を撫でながら背中をさすった。


「大丈夫…大丈夫だよ。もう泣かなくていいから。な?」


 勇者は未だ鎮まることのなく咽び泣くロアをなだめながら、転送陣ターミナルに目を向ける。


 勇者はロアを責めるつもりなど毛頭もなかった。勇者自身ですら、止めを刺すこと躊躇ったのだ。


 リヴァイアを殺せる機会は何度もあった。その全てを潜り抜けた以上、リヴァイアもまた、運命に翻弄される存在なのかも知れないと勇者は思った。


 だとしたら、おそらくこれで終わることは無いのだろうと確信出来た。


 またいつか、相見える時が来る。


 その時、今度こそ自分の手で決着をつけるのだと、勇者は心の中で決意を固めたのだった。



◾️

 カテドラルの大聖堂前には、この戦いを固唾を飲んで見守る大勢の人々が押し寄せていた。

 そこにはもはや上層市民も一般市民も関係なく、入り乱れながら一つの塊となっていた。


 大階段の下まで溢れかえっている人々の想いは大きく分けて二つ。

 今日この日に起きた事件の真相、そして聖女の真偽というオルフェリア教徒にとって最重要項目を明らかにすることである。


 そんな人々の背を守りつつ、その最後尾に立つゴルドラは、落ち着きなく不安そうな面持ちでカテドラルを見上げていた。


 自分に課せられた役割とはいえ、決戦の場に立ち会えないというのは心苦しいもので、嫌な妄想ばかりが直ぐに頭を過ぎってしまう。

 兎にも角にも勇者の元に駆け付けたい気持ちを抑え続けて数時間…。ゴルドラの我慢は限界に達しようとしていた。


 その時、上層エリアが騒然とし始めた。


 それが耳に届くや否や、ゴルドラは大地を蹴り上げ、一跳足で大聖堂前の最前列に足を下ろした。


 ゴルドラが目にしたのは、カテドラル内部の内門から現れたハイレン率いる聖騎士団の姿だった。


 ハイレンは剣を掲げ、高々と宣言する。


「ルネリオスの…オルフェリアの民よ!!戦いは終わった!偽の聖女に扮した悪魔を、我々は見事を撃退した!!」


 それと同時に湧き上がる歓声。それは階段下で祈りを捧げる者たちにも当然波及し、ルネリオス全体が一つの生き物として咆哮を上げたかのようであった。


 興奮と歓声が鳴り止まない中、ハイレンは続けて声を張り上げる。


「今回の病魔の蔓延を引き起こした悪女リヴァイアの顛末については、正式なお触れと公式な発表を改めて行う!それよりも先に、公表すべき重大発表をこの場で執り行う!!」


 ハイレンの危機迫る演説に、民衆は水を打ったように静まり返り、息を呑む音が響き渡る様な静寂が辺りを支配した。


「此度の未曾有の危機は、確かに我々に大きな痛みを伴ったが、代わりにかけがえのない大きな希望をもたらしてくれた!今我々は夢と紛うべき奇跡と対面することになる!」


 ハイレンが置いた一拍の間。大聖堂の内門から人影が現れた。


「真なる聖女!アリアデル=エスタ=リエ=オルフェリア様である!!」

 

 照れくさそうに現れたアリーは、顔を真っ赤にして俯きながら大衆の前に立ち、ドギマギしながら、はにかむ様に微笑んだ。


 飾り気のない彼女は、一見するとただの村娘程度の印象しか持ち合わせていないのだろう。

 だが、そこに集まった人々は皆感じていた。理解出来た。彼女が紛う事なき聖女であると信じることが出来たのである。


 祈りを捧げる者。

 感涙の涙を浮かべて嗚咽を漏らす者。


 皆は厳粛な雰囲気の中で牽制し合う様に、その感情の爆発を抑えていた。


 そして、それは堰を切ったか様に溢れ出し、まるで地鳴りの様な大歓声と、万雷の拍手がルネリオス中に広がった。


 あまりの突然の反応に慌てるアリーの背中を、同じ様に内門から現れた勇者は微笑ましく見送っていた。


 勇者の姿を見つけるや否や、ゴルドラは聖騎士団を飛び越えて勇者に飛びついたのだった。


 そんな大歓声に包まれるルネリオスの様子を、物見塔の頂上に腰かけて見下ろす者が二人いた。


 ロアとレダである。


 ロアは未だにショックから立ち直れず、膝を抱えて顔を埋めていた。


 目立ちたくないレダ違って、ロアは今回の働きから賞賛と喝采の嵐を受け、羨望の眼差しで見られることを期待していた節がある。


 だが、今回の失敗はロアにはかなり堪えたようだった。勇者がいくら許しても、ロアは自分が赦せなかった。


 違和感を覚えていたにも拘らず、それを見逃した自分。

 相手の本質を見抜けなかった自分。

 相手の執念に比べて、あまりに楽観的で浅慮な自分。


 ロアは完全に思い詰めていた。


 その様子を横目で見ながら溜息をつくレダ。


「おい、空見てみろよ。」


 レダの言葉に反応するように、ロアは真っ赤に腫らした目を空に向けた。


 夕暮れから夜に傾く薄明の空には、無数の星々が瞬いている。


 森の結界の中では決して見れなかったその美しさに、ロアは言葉に出来ない感動を覚えていた。


 その様子を見て、レダは微笑んだ。


「な、綺麗だろ?顔を上げれば大抵いつも見えるはずなんだけどな…。なんでか下ばっかり見てることが多いんだよな~。」


 アンニュイな笑みを浮かべるレダを見て、ロアは苦笑した。


「なんだよ、その変な慰め方…。」


「あ?別に慰めてなんかねぇよ。ただ自然とそう思っただけだ。俺も久々に空なんて見た。」


 レダは屋根の上に寝転がる。


「思い返してみると、一人でいた時は下と後ろしか見てなかったなぁ。多分一人でいるとみんなそうなっちまうんだよ。うじうじうだうだと、後悔してるんだか、反省してるんだか、言い訳してるんだか分からない自問自答を繰り返して堂々巡りになる。」


 レダの言葉は普段のロアであれば、彼女の琴線に触れるような言い方だった。だが、今のロアにとってはその言葉はすんなりと自分の心に染み込んできていた。


「お前は良くやったよ。お前のおかげでこの戦いは勝てたんだ。胸を張っていいと思うぜ。」


 これはレダの紛れもない本心だった。

 事実、ロアがいなければキェルケゴールを駆逐出来なかったのだから。

 ロアがいなければ、アリーもゴルドラも今頃この世にはいない。それを救ったロアの功績は間違いのないものだったからである。


 ロアはしゃくり上げながら、溢れ続ける涙を拭き、何度も何度も頷いた。


「パパ…アタシのこと嫌いになってないかな…?」


 それを聞いてレダは鼻で笑った。


「アイツがそんなこと思ってるわけねぇって事ぐらい、付き合いの浅い俺でもすぐに分かるわ。」


 その言葉で、ようやくロアは笑顔を見せた。

 眼下で大声援を受けるアリーの横に並べられ、あたふたしている勇者を見て、ロアは目を細めた。


「今アタシらがあの中に飛び込んじゃったら、ハッキリ言って台無しじゃんね?」


「まあ、そうだろうな?亜人と魔族だぜ?ゴルドラの姐御はいざ知らず、さすがにマズイだろうな。」


 それを聞いて、ロアは少し寂しい顔をした。


「種族の垣根を越えて、一緒に生きていく事って出来るのかな?」


「ん?出来るんじゃねぇか?」


 アッサリと返ってきたその言葉にロアは目を丸くした。


「だって事実、お前らは種族もバラバラでパーティー組んでるじゃねぇか?仲間なんだろ?」


 ロアは一つ納得した。


(ああ…なるほど…。これが仲間ってやつか…。)


「じゃあ、レダも仲間だな!」


 それを聞いてレダはあからさまに嫌そうな顔をする。


「はぁ?なんで俺がお前らの仲間なんだよ?」


「さあな?アタシにはまだ仲間ってのがなんなのか分かってないから適当だよ。だけど…。」


 ロアは屈託なく笑った。


「仲間は多い方が良さそうじゃんね?」


 レダは面食らっていたが、いつしか破顔し、二人で空に向かって笑いあったのだった。

 

 こうして、ルネリオスにとって悪夢の様な1日が幕を閉じた。


ーーー


 それから3日間、勇者たちはルネリオスの町の復旧作業に志願し、従事する毎日を送った。


 カテドラルの大階段をはじめ、被害を受けた一般家屋の修繕、キェルケゴールの完全撲滅活動。

 そしてアリーは各診療所を回って、未だキェルケゴールの病に苦しむ患者や、後遺症に苦しんでいる人々を癒して回った。

 その度に、住人達がアリーを見て感涙して咽び泣いた。


 街が復興し、落ち着きを取り戻し始めた頃合いを見計らい、ハイレン達は民衆に向けてこの度の事件の概要と顛末を公表した。


 ルネリオス全域を襲った謎の病魔。


 それは聖女リヴァイアが隠し持っていた謎の小瓶によって、意図的にアウトブレイクが引き起こされたものであると、公に証明された。

 

 その他にも、行啓と称して行われてきた非道な行いの数々までも露呈し、それによってルネリオスの民は全会一致でリヴァイアに偽聖女の烙印を押した。


 こうしてリヴァイアは非情な悪女として、ルネリオスの歴史にその名を刻むこととなる。


 それと同時に、ルネリオス内部の汚職や戒律違反の数々が露呈し、神官省は解体、多くの官僚が更迭された。


 神官長ボルフの死は確認されているものの、枢機卿デズモンドの安否は不明。


 ルネリオスの中枢が完全に崩壊し、法王庁としての機能が完全に失われ、治世の乱れが懸念された。


 前体制を引き継ぐ形での運営が出来ない状況に、ルネリオスは追い込まれていた。

 しかしながら、それはたとえ枢機卿が存命であったとしても不可能であろうと考えられる。


 なぜならば、アリーを聖女であると認めることは、直接的に教皇庁バーラルとの決別を意味するからということに他ならない。


 真の聖女であるアリーが、こんな辺境のエリアの貧民街に身を顰めることになったという事実は、疑う余地もなく、教皇庁バーラルにただならぬ異変が起きていることを裏付けているからである。


 その事実は、偽の聖女リヴァイアの背後に黒幕がいることからしても明らかであった。


 オルフェリア法国の中枢を蝕む何かを抱えたまま、これ以上バーラルに従うことは出来ない。

 それは軍・官・民、一致の総意だったのである。


 その考えの先に生まれる思想はただ一つ。

 オルフェリア法国から独立し、新たな国家として生まれ変わることであった。


 その旗印として祀り上げられたのは、当然アリーである。


 こうしてここに、聖女アリアデルを筆頭とする【新生ルネリオス聖王国】が誕生することとなった。


 この展開は、アリーが聖女として立つことを決めた時から分かっていたことである。


 煌びやかな白と金の法衣を身に纏い、大歓声を上げる国民たちの前に立つアリーの姿を見て、ジネラは沈痛な面持ちで下唇を噛んだ。


 教皇庁が認めていない聖女を祀り上げることで独立した国家など、オルフェリア法国が許すはずがない。威信をかけて潰しにかかるだろう。

 アリーは臣民を惑わしている魔女として吹聴され、オルフェリア全土を敵に回すことになるかもしれない。


 16年間ただの村娘だった彼女が背負うにはあまりにも重たく、残酷な役目を背負わせてしまったことが果たして正しかったのか…。ジネラは自問自答しながら声を殺して涙した。


 同じくアリーの背中を見守っていた勇者は、ジネラの肩を叩いた。


「俺がアリーを守ります。どんな逆境だろうと、どんな悪意からだろうと…。例えそれが、国家であろうと…魔族であったとしても!」


 決意を固めた勇者の顔は少し強張っていた。


 戦いが終わった次の日、ノアから告げられた一言、それは皆の顔色を一変させるものだったのだ。


『キェルケゴールといい、あの転送陣ターミナルといい、リヴァイアのバックには確実に魔族がいるの。』


 まるで打ち水をされたように身を固くし、武者震いしている勇者を見て、ジネラは優しげに目を細めた。


「アレックスさん、アリーを見てください。」


 ジネラの声に、勇者は我に返ったように目を白黒させ、慌ててジネラが指さす先に視線を向けた。


 その瞬間勇者は呆気にとられた。


「あの子、笑ってますよ。あんな大舞台で…。」


 笑顔で微笑み、声高らかに演説する。

 大歓声に沸く大勢の国民の前で、新たな国の代表として胸を張るアリーの姿を見て、勇者は乾いた笑いを浮かべた。


「ホント…。敵わないな…。」


 勇者は自分の頬を両の手で張った。


「俺、絶対守って見せます。あの笑顔を…。命を賭けて!」

 


 新生ルネリオス聖王国の独立と創立は、瞬く間にオルフェリア中に広まった。


 国民達は前聖女の失踪と、新たな聖女の擁立に騒然とし、浮足立つ。

 誰もが真偽を求め、各法皇庁に混乱を来たしている中、不気味なほどに静かなエリアがあった。


 教皇庁バーラルである。


 バーラルのカテドラルから一望できるカーテンウォールに包まれた中庭には、甲冑を来た万を超える兵が一様に平伏していた。


 その目は皆虚ろで、まるで生気を感じさせない。微動だにせず、声一つあげない。


 まるで機械人形の様なその軍勢を一望出来るバルコニーにて、紫紺の髪を靡かせる女が邪悪な笑みを浮かべていた。


 その者の名は悪魔公爵 グラミア=アエーシェマ。

 教皇庁を裏で支配し、聖母になりすましていた諸悪の根源。


 だか、今の彼女は魔族であることを隠す気などなく、大衆の面前でその悪魔の象徴たる4枚の翼を悠然とはためかせる。

 しかしながら、そんなグラミアに異を唱えるものは一人もいなかった。


 異様に静まり返るバーラルの中心で、グラミアは耳まで裂けるほどに口元を吊り上げた。


「リーヴァ…出来損ないの醜女しこめが、最後にいい仕事をしてくれたものだわ。あの日失ってしまった聖女を、見つけてくれたのだからねぇ。」


 豪奢なセティに身体を預け、高笑いを上げる。


「今回の件…聖女を守り、病魔を打ち破り、シェゾを退けた者たち…。その中心には、間違いなくあの者がいるはず…。ああ…こんなにも早く、あの方のお力になることが出来るなんて…。私はなんて幸福なのかしら?!」


 恍惚な笑みを浮かべるグラミアは、あの方に褒められる妄想に耽り、顔を紅潮させる。


 ノアが勇者達に「リヴァイアの裏に魔族がいる。」そう告げた後、密かにノアは勇者にだけ告げた言葉があった。


 そしてその言葉は、勇者を戦慄させるものとなったのである。


『キェルケゴールはヴィクニスと同じ魔法生物なの。例えどんな大魔族でも、病気に対する理解がなければあんなのは作れないの。しかもあの病魔は、パパがいた世界の病気が元になってるの。』


 その言葉の先にある真意に気付かない勇者ではなかった。


 つまり、グラミアはキェルケゴールを作った時に、異世界の知識を得ていたということになる。

 それは一つの憶測を、限りなく確信へと導くことになった。


 グラミアは陶酔し切った笑みを浮かべ、虚空に向けて手を伸ばす。


「ああ…。全ては貴方様のために…。愛しの君…。シェブニグラス魔王陛下…。」



第8章 愛憎のメビウス 【完】

8章 愛憎のメビウス ここに完結致します


今回もプロットとは大幅に変更した着地点となり、かなり難しい着地となりました。


マンドラゴラやレダの存在は当初のプロットにはなく、なんならキェルケゴールさえも出て来ずに、ルネリオスの聖騎士団とロナリーの街を挟んで戦争する予定でした。

リヴァイアの悪女ぶりを全面に出そうとした結果、このようなお話となったわけです。


 しかしまあ、これで良かったと思います。ルネリオスを攻め落として市民の心を掴めるかと言われれば甚だ疑問ですしね。


 後、今回は後々の伏線をばら撒くことで必死で、ストーリーの補填が必要になり、投稿後のお話に何度もメスを入れたことをお詫び致します。

 何が伏線でどこで回収するのか、お楽しみにしていただけると幸いです。


 さて、次回9章から魔王編がスタートします。アルカトラズとエルヴェシオンに対し、魔王が行うは未曾有の大規模な戴冠式。


 そして遂に、勇者と魔王の時間軸が交わる時がやって参ります!是非ともお楽しみください!!


 最後に、いつもご覧になってくださる読者の方々には感謝が絶えません。物語の進行具合ではまだ15%ぐらいと、まだまだ序ノ口であり、完結までかなりの時間を有することと思いますが、是非ともお付き合いくださいませ!

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