〜突き立てられる憎悪〜
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「巨大な魔力の発信元を辿ってみれば…。見事な転送装置を作ったものだと感心していたよ。まさしく千変万化とはこのことか?下等種族も知恵を絞れば驚きの真価を見せるものだな。」
悠然としながらも、劇中の口上のような不自然な言い回しに、シェゾとリヴァイアは顔を顰める。
突如、全ての廊下に明かりが灯り、向かって来るその者を照らし出した。
流れるような長い銀髪に煌びやかなサークレット。ブレストローブをはためかせ、薄い胸を突き出しながら、それは悠然と腕組みをし、赤い瞳で二人を見下す。
「愚鈍なる無能な人間どもよ、冥府への手向けだ。その身と魂に刻み込め!我が名は… …。」
たっぷりと間を置き、溜めに溜めてから、その者は究極のどや顔で言い放った。
「シャミル=ロア=ルシュナル=クルデ=シルヴァリオン!!」
どこからともなく「ドーーン!」という音がする。
これは今の勇者の入れ知恵…。
「登場シーンには効果音が必要」という意見を嬉々として取り入れ、魔法で音をわざわざ鳴らしたのである。
その響きは悦に浸るロアの快感をさらに助長させるエッセンスとなったに違いなかった。
だが、向き合うリヴァイアとシェゾの反応は両極端である。
リヴァイアからしてみれば、非常に嫌悪感を感じた。魔族特有の不遜で傲慢でナルシスト、独善的な様相に、あの人の面影を重ねたのは言うまでもない。
そして、シェゾは昨夜の記憶が蘇り、思わず身震いし、ナイフを構える身体に緊張が走った。
完全に決まった登場シーンに御満悦なロアは、そのまま意気揚々と語り続ける。
「さて、不幸にも我とこうして相見えてしまった諸君らを憐れに思わなくもないが、こうなってしまったのも運命というもの…。せめて苦しまずに…。」
刹那!
ロアの口上の最中に一陣の黒い影が駆け抜け、ロアの喉元にナイフが迫った。
ロアは虚をつかれ、慌てて身体を大きく退け反らせる。だが、喉元を掠めたナイフは次なる軌道に形を変えた。
ロアは両の手に《悪魔の化爪》を施し、そこから繰り広げられる無数の斬撃を全て弾いた。
剣戟が響き渡り、辺り一面が弾かれた衝撃でヒビが入る。
せっかく偉人ロール浸っていたロアは、顔を憎々しげに歪めた。
「きっさまぁあああ!!まだアタシが喋ってんだろうが!!」
喰らいつくようなシェゾの剣戟を跳ね除け、血界術式を展開する。
シェゾの周りに無数の赫い刃が出現し、一斉に振り下ろされた。
シェゾは《影分身》のスキルを使い、5人に増えるとその斬撃をやり過ごす。
そして一直線にロアの懐に潜り込んだ。
突き出されるナイフがロアの胸元に突き刺さる。
しかし、手応えの異常さにシェゾが眉を顰めた次の瞬間、ロアの体が真っ赤に染まってどろりと崩れた。
「デコイか⁈」
「シェゾ!下よ!!」
リヴァイアの言葉に反応してシェゾはそのまま上空へと飛び上がる。刹那、足元から巨大なトラバサミのような物が飛び出し、食らいつかんと大顎を開く。
シェゾは天井を蹴り、それを回避するが、その着地点を狙ってまたもトラバサミが出現する。
壁を蹴って着地を変えるが、執拗に狙い続けるロアの攻撃にシェゾは息つく暇もなかった。
そんな状況を見かねて、リヴァイアはなんとか魔法で援護しようと試みる。
滅茶苦茶が解除された事により、今まで取り込んできたスキルや能力が無くしてしまったリヴァイアは、《魔力錬成》を失ってしまった。
しかしながら、生まれながらに持っていた人並外れた魔力によって、代替魔法であれば無詠唱でもそれなり使うことが出来る。
ロアに攻撃魔法が効くとは思えないが、せめてシェゾにバフを掛ける事は出来ると考え、詠唱に入ろうとしたその時だった。
戦いの最中、シェゾがリヴァイアに向けて視線を送っていた。そして、無言のジェスチャーは確かにこう言っていた。
「ここは任せて先にいけ。」と。
リヴァイアは戸惑い、詠唱を止めて葛藤した。
苦々しく顔を歪め、目を戦慄かせて常人離れした二人の死闘に一瞥した。
(リーヴァがここで動けば、あの女も注意が逸れてシェゾに有利になるかもしれない。だとしたらここは言う通りにした方がいい。そうよね?シェゾ!)
リーヴァは視線を階段へと移し、一目散に走り始めた。
それに気付き、ロアが手を伸ばそうとした瞬間。ロアの肘から下が、力なく重力に引かれて落下する。
驚愕するロアの足元の影からシェゾが半身だけを覗かせ、手の中のナイフは血が滴っていた。
影潜なんて初歩的なスキルに不覚を取ってしまったロアは、怒りで顔中の血管が浮かび上がる。
「テメェ…調子に乗んなよ!!建物を壊すなって言われてるから手加減してやってんだぞ!こっちはよぉ!!」
ロアの怒りに触発されたかのように、通路に所狭しと赫い塊が浮遊する。
怪訝に思ったシェゾだったが、赫い塊から漂う臭いからそれが何なのかを瞬時に理解し、その場から飛び退いた。
「爆針血虫!!」
赫い塊が突如破裂し、中から無数の針が無差別に辺りへばら撒かれると、それらは突き刺さると同時に爆炎を巻き起こした。
ロアはニヤリとほくそ笑む。
(あの位置なら無傷は有り得ないわね。)
そう思ったのも束の間!
まだ晴れぬ爆煙の中からシェゾが飛び出し、ロアに迫った。
ロアは驚愕しながらも何とかナイフを捌いた後、身体を捩りながらシェゾの腹部に蹴りを突き入れた。
「かはっ!!」
シェゾはそのまま壁が砕ける勢いのまま叩きつけられた。
小さく一息ついた後、ロアは階段の方へと意識を向ける。階段を駆け降りる音が遠ざかっていくのが耳に入り、小さく舌打ちした。
追いかけようと踵を返したところで、気配を感じてシェゾに向き直った。
シェゾがよろよろと立ち上がる。
それと同時に拘束マスクが外れ、剥き出しの顎が露わになった。
その姿を見て、ロアは歯を剥き出しにして笑みを浮かべた。
「おやおや?それがアンタの素顔なんだ?結構アタシは好みだよ。眷属にしたいぐらいにはね。」
あからさまに眉を顰めるシェゾを見て、ロアはケラケラと笑いながらシェゾに向かって歩みを進める。
「ダメージを受けても死体に戻らない…ってことはアンタはデコイじゃなくて本体ってことね?まあ、昨晩と全然手応えが違うから、もしかしたらと思ったけど…。」
シェゾは否定も肯定もせず、変わらずナイフを構える。それを見て、ロアは嘆息の声を上げた。
「本体って言っても、アンタ人間じゃないね。普通なら骨が折れて立ち上がることなんて出来るわけない。そもそも血が全く出てないし…。アンタ自動人形かなんかなわけ?」
ロアの問いに対する答えを持ち合わせていないシェゾは、無言のまま戦意だけを示す。
相手が話に応じない事を悟るとロアは小さく溜息だけをついた。
「ご主人様の命令にだけ忠実なお人形さんは、話す口すら持ち合わせてないみたいね。」
ロアの言葉の後、シェゾの頭に話すことへのメリットが過ぎる。相手が会話を望むならそれに付き合った方がリヴァイアの逃げる時間を稼げると考えたのである。
「シェゾはリーヴァを守る。例えこの身がどうなろうとも…。」
それを聞き、ロアは鼻で笑った。
「へぇ〜?よくもまあそんな献身的なセリフが言えるもんだな?被害者面しやがって…。テメェらのやってきた胸糞悪い悪趣味な遊びの数々を考えたら、自業自得だし、生きてること自体が害悪でしかないんじゃないか?」
ロアの言葉にシェゾは僅かながら視線を落とす。そして、憂いを込めた視線をロアに向けた。
「リーヴァの罪はシェゾが受け止める。リーヴァが生きてくれさえすれば…シェゾはそれでいい。」
ロアの目が冷たいものに変わる。それはどこか諦観に近い。もはや損得だとか、倫理観などで動いているわけではないシェゾを見て、憐れにさえ感じていた。
「ふーん…。まあ、こっちは想定通りなんだし、別にどうでもいいんだけどさ。」
ロアのその言葉を聞いて、シェゾの表情に当惑の二文字が浮かぶ。
だが、それを嘲笑うように、ロアは不敵に笑って再び偉人ロールを再開した。
「それでは精算して貰うとしようか?貴様らの罪悪の全てを、絶対なる死によってな!」
ロアとシェゾが再び激突する。そして再び大きな剣戟が一帯に鳴り響いた。
ーー
長い階段を下る最中、リヴァイアの耳にも激しい剣戟音が届く。
本来ならば心配するところではあるが、リヴァイアは足を止めることなく階下へと足を進めた。
彼女の中に、シェゾは死なないという確固たる自信があった。
そもそもシェゾはこの世に肉体を持って生まれてきたものではない。リヴァイアの魔法によって人形に込められた念を具現化した存在にすぎない。
(たとえあのシェゾがやられたとしても、リーヴァがいる限りシェゾは何度でも蘇るはず!)
リヴァイアはそう思い込み、それ以上の思考を閉ざした。
それ以上に思考を進めれば、なぜスキルが封じられていたあの時、シェゾが復活したのか。
以前と違ってシェゾの中の何かが変わってしまったことについて出口のない思考を巡らすことになる。それをリヴァイアは敢えて避けたのである。
そして、ようやく長い階段を抜け、搦手口の裏門前の一室に辿り着く。
後はあの扉を開き、中の転送装置を起動させれば、逃げられる。
そう思い、真っすぐに門に駆け寄ろうとしたリヴァイアの耳に怨嗟のような言葉が響いた。
「偽聖女め!!覚悟!!」
振り向いたリヴァイアの目には、剣を腰深く構えてこちらに突撃してくる男の姿が映った。
リヴァイアにはその男が誰だったか、すぐには思い当たらない。
そんなことが頭の中を支配し、避けるという動作を神経に上手く伝えることが出来なかったリヴァイアの腹部に、男の剣が突き刺さったのだった。
ーー
時は少し遡る。
アリーと聖騎士団をカテドラルの中央階段まで転移門で転移させた後、勇者達のヴィクニスを回収したノアは、カテドラル内部について単独調査を開始していた。
ノアは動物操作のスキルを使い、野鳥や鼠たちを使って建物内外を徹底的に調べ上げようとしていた。
ノア自身も《隠密》スキルで足音や気配を消しながら内部構造を脳内にマッピングをしていく。
もうじき陽が落ちる。
そうなればノアの時間は終わり、ロアへと肉体が切り替わる。ロアはこうした斥候や諜報という行為に性格的に向いていないため、ノアは今の内に情報を取りまとめておきたかった。
権力者は高いところが好きだが、悪事は地下で行うという偏見に従い、カテドラルの上階と地下を重点的に調べ上げた。
そんな中で発覚した、とある一室で目にした顔を背けたくなるような惨状…。
その部屋がゲストルームであり、女性物の衣服や化粧道具などが乱雑に放置されていたことから、リヴァイアが使っていた部屋であるとノアは当たりをつけた。
この部屋の惨状は後にリヴァイアを偽聖女として更迭するための材料になる。
ノアは冷静にそう判断して証拠隠滅されないように、改めて扉に施錠の魔法をかけた。
しかしながら、ノアはデズモンド枢機卿の姿を見つけることが出来ずにいた。
(もしかしてもう殺されていて、シェゾの依り代にされていたのかも?)
そう思考を巡らしていた時、一人の男が通路の先からこちらに向かって歩いてくるのに気づいた。
鼠を走らせて作ったMAPによると、この先はルネリオス南部に広がる大霊園に繋がっている。
場所が場所なだけに、アンデットか?と勘繰ってしまう。だが、読みとは裏腹に近づいてくるのは一人の男だった。
年は40代を超えているであろうその顔は、やつれてはいるものの瞳にはしっかりとした光を宿していた。
服装を見た時、一見してこの男が枢機卿かとノアは勘違いした。それだけに身に纏う法衣が立派だったからである。
しかしながら、足は裸足で法衣以外はボロボロの男に、ノアは違和感と興味を覚え、接触を試みた。
通路の柱の陰にノアは身を隠して、男が近づくのを待つ。
男は酷く辺りを警戒していたが、ノア《隠密》を解除するには至らないことからそこまで高いレベルではないと推測できた。
ノアは声を張り上げなくても聞こえるところまで男を近づけると《隠密》を解いた。
「そこで止まるの。」
突然発せられた言葉に、男は狼狽える。
この挙動と、改めて近くで見た雰囲気から男がテンプルナイトや神官でないことをノアは察した。
「安心していいの。危害を加える気はないの。私たちは偽の聖女からこのルネリオスを解放するために来たの。」
それを聞くと、男は声を上ずらせて問うた。
「そ、それでは!あなたは真の聖女様の使者なのでしょうか?!」
それを聞いてノアは苦笑を浮かべながら「如何にも」と肯定を示した。
男はその場で平伏する。
「私は元ルネリオス近衛騎士団団長であったもの、フォルケル=エルトルードと申します。邪悪なる偽の聖女リヴァイアの怒りを買い、その役目を剥奪されて投獄される身となっておりました。この日が来ることをどれだけ待ち望んだことか…思い返せば10年以上前…。」
誰もいない廊下でただ一人頭を床に擦り付けながら涙を流して独白を始めるフォルケル。
彼の中にあった万感の思いが堰を切ったように溢れ出たのか、一人語りが止まらない。
何故ここにいるのか、投獄されていたのなら誰が解放してくれたのかなど聞きたいことはあった。しかし今は一刻を争うため、悠長にフォルケルの語りに付き合うことが出来ないノアは、暫定として彼を敵ではないと判断し、厳密には違うものの、相手が思い込んでいる聖女の使者として振舞うことにして、彼の話を遮った。
「聖女アリアデル様は先ほどカテドラルに入られたの。偽の聖女リヴァイアとの直接対決が間もなく始まるの。奴らを逃がさないためにも外界に通じる脱出経路なんかがあったら教えて欲しいの。」
それを聞き、フォルケルの目の色が変わった。
「このルネリオスには表の目に触れずに闇ルートの品々をカテドラル内に運び込むための転送装置がございます。事実、あの女もそれを使ってルネリオスに来堂したのです。」
ノアは小さく頷いた。
建物を捜索している中で、きな臭い気配は感じていたが、闇ルートから流れた非合法な取引が行われる場所がこのカテドラル内にあることが確定した。
それについては後で改めて捜索することにして、時間が押していたノアはフォルケルに転送装置の場所へ案内させることにした。
二つ返事で承諾したフォルケルの前に、ノアは姿を現すとフォルケルは聖女と勘違いして崇め始めたため、思わずハリセンでフォルケルの頭を引っ叩いた。
ーー
いくつもの隠しスイッチを経て、転送装置がある搦手口への階段を下りる最中、ノアはフォルケルからリヴァイアに対する恨みつらみをうんざりするほど聞かされていた。
「私達オルフェリアの民は、皆聖女を崇め、讃え、信じ、愛することが全てだったのです。だが、奴はそんなオルフェリアの全国民を裏切ったのだ!あれほど容易く人の命を無下にする姿に、私は絶望したのです…!叶うのならば、この私の手であの毒婦に天誅を下してやりたいと願うばかりです!!」
ノアはウンザリしながら呪詛のようなフォルケルの言葉を聞き流しながら、階段を降りきる。
その場所は大きな一室が広がっており、視線の先には立派な門が聳え立っていた。
そして、左右を見れば大きなアーチ状のゲートが対になっており、鉄の格子戸が塞いでいる。床に走る車輪跡から、馬車がそのまま通る事を前提にされている事が窺えた。
ゲートの先の如何わしさもさることながら、一際目を引く搦手門の奥から、ノアの予想を遥かに超えた魔力を感じさせた。
ノアはフォルケルに頼んで扉を開けさせる。
そこには、人間が作ったとは思えない高度な魔法技術によって作られた転送装置があった。それを見てノアは顔を顰めた。
(もしかして…奴らの裏にいるのは魔族かもしれないの…。)
そんな事をノアが思案していた時、脳内で繋げたままにしていた《魔力通話》のコールを受け取る。
相手は当然、勇者である。
通話内容からある程度状況を把握したノアは、悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。
「了解なの。」
ノアは短く通信を終えると、フォルケルに向き直る。
「あなたはこのままここに待機してて欲しいの。」
唐突なノアの指示に、フォルケルは怪訝な表情を浮かべていた。
「あなたが望んだ天誅の機会を作ってあげるの。」
ノアの言葉の意味を察し、フォルケルは表情を鬼気迫るものへと変貌させた。
憎悪に駆られたフォルケルの目を確認したノアはその場を後にして、再び階段を上り始める。
その最中、ブツブツと独り言を呟く。
「って言うわけだから、後はロアちゃんにお願いするの。まあ、最優先ってことはないけど、おじさんに華を持たせてあげて欲しいの。」
そう言った後、階段を登るノアの背中はロアへと変貌していく。
ロアはガシガシと頭を掻くと、面倒臭そうに吐き捨てた。
「りょーかい。まあ、お前の思惑通りになったらな?」
ーー
リヴァイアは腹部に剣を突き刺され、苦悶の表情を浮かべていた。
内臓の出血が出口を求めて彷徨い、喉元を駆け上がって口から吐き出される。
リヴァイアは目を戦慄かせながら自身に剣を突き立てている男を凝視する。
そして、ようやく思い出した。
「こ、この…小便垂らしの品の無い犬風情が…!!」
それを聞いて、フォルケルは口元を釣り上げた。
「思い出してくれた事に礼を言おう…。我が名はフォルケル=エルトルード!!貴様を地獄に突き落とす男の名を餞に死ね!」
フォルケルは更に剣を押し込み、刃を返そうと力を込める。
だが、微動だにしない。
何故ならば、リヴァイアの魔力が込められた左手が刀身を握り込み、その動きを完全に封じていたからに他ならなかった。
「攻撃強化…!」
左手に施した魔法が完成すると、刀身は粉々に握り潰された。
予想外の展開に呆気に取られたフォルケルに対し、リヴァイアは激痛に顔を歪めながら、腹部の中の刀身を引き抜くと、激しく息切らせ、満身創痍のままフォルケルに近づいてくる。
その鬼気迫る迫力に思わず折れた剣を構えたが、それよりも早くリヴァイアの拳がフォルケルの右頬を撃ち抜いた。
「ゲハァアアアッ!!」
血を吹き上げながら、フォルケルは宙を舞って壁に叩きつけられる。
リヴァイアのレベルは34。
肉体的な能力差に於いてもフォルケルを凌駕するリヴァイアを、あまりにも軽んじていたのはフォルケルにとって完全に失策であったと言える。
一撃でその意識は白濁とし始め、完全に昏倒するのは時間の問題だった。
「許さない…!!この…汚らしい駄犬の分際で…こ、この…リーヴァを…!!」
腹の虫が治らないリーヴァはトドメを刺そうと足を前に出そうとするが、力が入らずそのまま崩れ落ちる様に倒れ込んだ。
大量の失血により遠くなる意識を手繰り寄せ、リヴァイアはなんとか昏倒を免れる。
(死んで…たまるか…。シェゾとの約束だもの…。どんな手を使っても、どんなに惨めでも…リーヴァは生き残って見せる…。恥も…外聞も…もう知ったこっちゃない!リーヴァは生にしがみつくと決めたんだから!)
誰かが階段を駆け降りる音がする。それも複数である。
それを聞いてリヴァイアは切に願った。
(早く…早く来い!!一言…たった一言でいい!喋る力が残ってる間に…。)
そうして俄かに騒がしくなる周囲。
そしてリヴァイアを抱え上げる何者かの腕。
朦朧とする意識の中でリヴァイアは気力を振り絞ってその言葉を口にした。
「…た…す…け…て… …。」
ーー
▮勇者
時は少し遡る。
俺とアリーはレダの先導に従ってリヴァイアを追っていた。その道中、こめかみに指を当ててノアに向けて通信を飛ばす。
「ノア!すまない!しくじった。リヴァイアとシェゾがカテドラル内部に逃走している!何とか脱出経路を探し出して奴らを食い止めてくれ!」
『了解なの。』
短い返事をして通話を切ったノアの態度から、恐らくこの状況を予期していたことが窺えた。
そもそも、カテドラル内部の調査を買って出たのはノアなのだ。いつも転ばぬ先の杖として先読みして動いてくれていることに、いくら感謝してもし尽せない。
レダはリヴァイア達の痕跡を辿り、壁に隠されたスイッチを見つけると、隠し通路を発見する。少年心を擽る展開に、興奮が高まるところだが…。
「おいっ!なにボケっとしてんだよ!」
「アレックスさん!急ぎますよ!」
諫められ、急かされる俺…。
慌てて二人の後を追うために中に入ると、どういう仕組みなのか隠し扉は自然と閉じられた。
真っ暗闇になることを危惧したが、この通路にもソドムの地下街のように魔法による明かりが灯っており、視界は完全に開けていた。その道幅や天井の高さは思ったより広く、高く感じた。
通路に入った途端、爆発音や衝撃音、剣戟が鳴り響く音が耳に入る。
既に戦闘が行われていることを察知し、俺たちは足を早めた。
暫くすると、眼前に二つの人影が闇から浮かび上がった。それを見て俺は呆気にとられ、乾いた笑いを浮かべた。
そこには巨大な無数の血の針によって串刺しにされ、身動きが全く取れず、呻き声を上げるシェゾの姿があった。
その傍らには、退屈そうに欠伸をしているロアの姿。
ロアはこちらに気付くと軽く手を挙げた。
「遅かったじゃん。こっちはもう終わったよ。」
案の定、既にこの通路を抑えてくれていたようだ。
シェゾは顔を歪めながら、なんとかこの針の筵から逃れようと藻掻くが、それは叶わないようだった。
「こいつさ~。急所だとかよくわかんなくてさ。魔素で動いてるわけでもないみたいだし、なんかよくわかんないのよね。消滅させたらさせたでまた湧いてきそうな気もするし…だからとりあえず捕まえてるよ。」
「ああ、いい判断だ。ありがとう!ロア!」
ロアは少し頬を赤らめながら、顔を背ける。
アリーはシェゾに一瞥しながらも辺りを見回して顔を顰めた。
「彼女はどこに…?」
その問いに対して、ロアは「ああ…」と力なく返事をする。
「そこの階段を降りた先にいると思うけど、無事じゃないと思うよ?」
ロアのその言葉にシェゾは目を戦慄かせた。
当然の様に俺も頭の上に疑問符を浮かべる。
「どう言う意味だ?」
「ノアの奴が刺客を仕込んでたからな。多分致命傷だぜ。」
あっけらかんと言い放つロア。それを聞いて、アリーは顔色を変え、階段へまっしぐらに走り出した。
「おいっ!アリー!」
俺は咄嗟にアリーの背中を追った。
長い階段を降る最中、何度もアリーを呼び止めるが、アリーは聞く耳を持たない。
ただ一心にリヴァイアの元へ向かっているように見えた。
階段を降りきった俺達を出迎えたのは巨大な搦手門。
だがそれよりも目を引いたのは、眼前に昏倒している一人の男。そして、血だまりの中に沈むように倒れた少女の姿が映った。
「リーヴァ!」
アリーはリヴァイアの元に駆け寄り、血だまりの中に座してリヴァイア抱きかかえた。
「リーヴァ!しっかりして!目を開けて!!」
アリーが必死な形相でリヴァイアに声をかけ続ける様子を、俺は茫然と立ち尽くしていた。
何も出来ず狼狽える俺の耳にも、消え入りそうな微かな声が届いた、
「…た…す…け…て… …。」
その言葉を聞いたアリーは涙を浮かべ、喜びを露わにした。
「待ってて!すぐに治すから!!」
アリーは両の手を損傷の激しい腹部に充てて、目を閉じる。
女神の福音が発動し、リヴァイアの傷はみるみる塞がっていく。
その光景を俺は複雑な思いで見守っていた。
俺は前世での世界中の人々に聞きたい。
果たして70億人の中で、何人の人が自分を殺そうとした人間を救う判断が出来るのかを。
正直に言う。俺には無理だ。
ハッキリ言って、リヴァイアがしたことを考えれば、死は当然の報いだと思う。
あそこで倒れている男は瀕死のリヴァイアと無関係ではないのだろう。おそらく彼がノアの用意した刺客であり、リヴァイアが彼に刺されたことは容易に想像できた。
何故その行為に及んだのかは言うに及ばない。
憎悪からであろう。
そして、それが通常の感覚として当然だとも思う。
それなのに、アリーはリヴァイアを救おうとしている。
理解し難いが、それが彼女の本質にある優しさであり、甘さとも言える。
それとも、オルフェリアの慈愛を受け継いだ聖女の性なのだろうか…。
どちらにせよ、俺は呆れながらも彼女の行為を肯定的に受け取り、破顔してしまう。レダも同様に「やれやれ」と肩を竦めていた。
その時、リヴァイアの目がゆっくりと開いた。
それを見てアリーは満面の笑みを浮かべた。
「リーヴァ!気がついたのね!大丈夫?!」
「ありがとう…。」
リヴァイアの口から飛び出した感謝の言葉に、アリーは多少面食らったものの、再び笑みを浮かべる。
「お礼なんていいから、無理に喋らないで!血を失いすぎててまだ回復が終わってないんだから!」
突如、リヴァイアはアリーの手を握った。
アリーは驚き、リヴァイアの顔に視線を向けた。リヴァイアは見たこともない優しげな笑みを浮かべていた。
「ありがとう…。信じてた…。」
「リーヴァ…。」
アリーの目に大粒の涙が浮かんだ。
リヴァイアは一度固く目を閉じる。
そして、再び目を開けた時、その笑みは邪悪なものに変わっていた。
「信じてたよぉおお!アンタは度が過ぎたバカだって事をね!!」
その言葉に呆気に取られた俺の目の前で…アリーはそのまま静かに倒れた。
彼女の右手には、黒い斑点模様が浮かんでいたのであった。




