〜滅茶苦茶(ヘルタースケルター)〜
▮
マンドラゴラの放つ狂声をまともに受けたハイレンは、歯を食いしばってなんとかショックから立ち直った。
早く復帰しなければ、この間にもシェゾが襲ってくるかもしれない。そう考えると、グラグラと不安定な視界とはいえ、シェゾをこの目で捉えておく必要があった。
だが、ハイレンがどこを探そうとも、シェゾの姿がない。リヴァイアの傍らにさえ、シェゾの姿がないのである。代わりに、誰とも知れない無残な屍が転がっていた。
そして、リヴァイアは蹲り、顔を抑えて苦悶の声を上げて悶えていた。
いったい何が起きているのか、ハイレンは勇者に尋ねる。
「あ、アレックス殿…。これは一体何が…。」
勇者は未だ苦しむリヴァイアから目を切らず、答える。
「まず、シェゾっていうのが何なのかについてだが、アイツは人間じゃない。」
勇者はリヴァイアの近くに転がっている黒い人形を指さした。お世辞にも上手とは言えない手縫いで作られた男の人形だった。
「あれがシェゾの本体だ。どういう経緯があるのか知らないが、あの人形がユニークスキル隷属屍鬼を獲得して、リヴァイアを守っていたんだ。この土壇場で、どのシェゾもデコイだったからな…。もう本体はリヴァイアが持ってる何かだろうって、当たりを付けたらビンゴだった。」
勇者は何度もシェゾと戦う中で、その違和感を拾い集め、繋ぎ合わせてここに答えを導き出していた。その洞察力と解析能力にハイレンは素直に感心した。
そして、レダが持つ人形に目を向ける。
「それで…その人形は?」
「マンドラゴラだよ。」
レダがあっけらかんと答える。
「こいつは昔、俺が見つけて闇市場に流したやつだ。こいつは必要量の魔力を注入すると一定時間、一定空間のレギオンのスキルを無効化し、封じることが出来る能力を発動させる。確か、無効化絶叫とかいったか?こいつが発動すれば、シェゾはもう出現出来なくなるってことだ。」
それに続くように勇者が口を開く。
「こいつの有用性には結構早く気付いたからな。お疲れのところ悪いとは思ったが、ロアには無理をしてもらって魔力を補充させていたんだ。だけど、一つ問題があった。暴発されちゃあ堪ったもんじゃなかったから、こいつを制御する方法を探してみた結果が、目と口を塞ぐことだった。」
ハイレンは今一度マンドラゴラに目を向ける。目と口を閉じ、まるで眠っているようだった。
「後はカテドラル進入前にこいつをレダに渡してから《シュレディンガーの黒猫》で消えてもらって、ノアと一緒に潜伏してもらっていた。《魔力通話》による連絡係と諜報係を兼ねてな。ゴルドラにはカテドラルの外で待機してもらうように事前に打ち合わせていた。当然、マンドラゴラの射程外になるようにね。」
ハイレンは嘆息の声をあげた。
手にした武器と情報を元に、ここまで思惑通りの絵を描き、実現させているという事実には恐ろしささえ感じる。
だが、勇者が見つめる一点、リヴァイアの反応については完全に予想外だったことが窺えた。
蹲り続け、苦しそうに喘ぐリヴァイアに、思わずアリーは側に駆け寄った。
「だ、大丈夫…?」
差し伸べようとした手を、リヴァイアの手が掴み上げる。握りつぶそうとするような腕の力にアリーは顔を歪ませるものの、リヴァイアの顔を見て目を戦慄かせた。
「アリー!!」
勇者はリヴァイアの手を払い、アリーを後ろに下げた時、勇者は目を疑った。勇者だけではない、ハイレンやレダも…思わず全身が総毛だった、
リヴァイアの顔から化粧が剥がれ落ち、その下に隠されていたものが白日の元に晒された。
その顔は十人以上の顔をスクラップして貼り合わせたフランケンシュタインのように見えた。一つ一つを見れば、美しい目や鼻、眉、口、頬に見えるのだが、それらが歪に調和なく参差錯落としている様は『しっちゃかめっちゃか』というしかない。
それらの皮膚が脈打つように蠢いている姿に、この場いる者たちは戦慄を禁じ得なかったといえる。
(リヴァイアが異常なまでの厚化粧を施していた理由はこれを隠すため…?)
そう勇者が思った時、リヴァイアの顔から何かが零れ落ちた。
それが何かと目を凝らしていると、次々と顔からボトボトと音を立てて零れ落ちた。それが、人間の肉片であることなど、言うまでもなかった。
「あぁああああああああああああ!!!!」
激痛を伴うのか、リヴァイアから喉を潰したような絶叫が上がる。零れ落ちた肉片は白い蒸気を上げて、消えていく。
皆、何も出来ず、茫然とその様子を見守る中、その異変は止まった。いや、終わりを告げたと言った方がいい。
リヴァイアは憑き物を全て禊切った様な大きな溜息をつくと、ゆっくりと顔を上げた。
その顔を見て、一様に戸惑いが生まれた。
「もしかして…あれが…素顔なのか?」
誰ともなく告げられたその言葉に、リヴァイアは表情を固くした。そして、慌てて大理石の壁に映り込む自分の顔を覗き込んだ。
「ひっ!!」
リヴァイアの悲鳴が上がった。
そこには落ち窪んだ細い目、そばかす塗れの顔が映っていた。
歪な鷲鼻。疣と大きなホクロ。
何本も不足し、不揃いな歯並び。
エラの張った様な顎。
髪は弱弱しく細く、地肌が見えていた。
リヴァイアは何度も顔を手で触りながら、頭を振る。
「嘘!嘘よ?!リーヴァじゃない!リーヴァじゃ…!いや、いやぁあああああああ!!!!」
リヴァイアは涙を流して絶叫する。
その絶叫が響く最中、リヴァイアの耳には何度も何度も聞こえる声があった。
『醜い 不細工 醜女 顔面凶器 ハズレ物件 …。』
そして極めつけに投げかけられるあの言葉…。
『こんなのがあの美しいマリステラの腹から生まれるだなんて、本当に人間は理解に苦しむわねぇ。』
耳に残る高邁な笑い声、魂を抉り、心が壊れていく感覚。
幼いころから何度も自分の顔にナイフを突き立てた日々。
リヴァイアが嘆きの声を上げる中、その悍ましき過去が脳内に呼び起こされていった。
▮リヴァイア
リーヴァは鏡が嫌い。
醜い自分の顔が嫌い。
常に真っ暗なヘアヴェールを被り、顔を隠し続けた。
宮殿にいる侍女は当然のように美しいものばかり。私は顔を見られたくなくて、誰一人侍女を付けなかった。だからリーヴァはいつも一人で部屋にいる。
リーヴァだけの騎士の人形を作り、話しかけながら孤独を埋める。
イマジナリーフレンドと呼ぶらしい。
妄想で作り出したその騎士は、美男子でリーヴァに優しく微笑み、リーヴァのいうことをなんでも聞いてくれる、愛してくれるリーヴァだけの騎士。
そんな夢想に浸り、無為な時間をただただ過ごした。
リーヴァの身の回りは壊れたものしかなかった。
壊れた父親。
壊れた母親。
壊れた環境。
壊れた関係性。
壊れた聖女という立場。
そして、壊れた自分。
リーヴァは何となくわかっていた。この国がおかしいことを…。
教皇であるお父様は、呼び出されるまで自室の便座に座り続け、糞尿を垂れ流すだけの人形。
その部屋の隣で梅毒に侵されて横になっているお母様がいた。
だけど、リーヴァが公でお母様と呼んでいいのは一人だけだった。
その人は…人ではない者…悪魔だった。
悪魔が教皇庁バーラルを支配していた。
不思議なことに、誰もがその悪魔を聖母と崇める。
リーヴァの本当のお母様の名を騙る。
その悪魔はリーヴァに術が効いていないことに気付くと、少し興味を持ったのかリーヴァに接してきた。
そして開口一番にあの言葉を言った。
「こんなのがあの美しいマリステラの腹から生まれるだなんて、本当に人間は理解に苦しむわねぇ。」
彼女は美しかった。
切れ長で妖艶な瞳。
リーヴァと違い、蠱惑的な泣きボクロ。
美しい鼻筋、張りのある肌と淫靡な唇。
まるで夜空を流れるかのように輝く紫紺の美髪。
そして調和された体躯の全ては、美の象徴そのものだった。
圧倒的な美から投げかけられる悲痛な言葉によって、リーヴァが自身の顔に圧倒的なコンプレックスを抱えることは必然だった。
彼女はリーヴァを時折呼びつけ、顔のヴェールを捲り上げさせる。
そして、リーヴァの顔を見て呵々大笑し、リーヴァに罵声を浴びせ、詰り続ける。
自身の優越感を誇示して浸るためか、それともリーヴァの心が壊れていく様を楽しみたかったのかどうかは分からない。
どちらにせよ、リーヴァの心は日に日に蝕まれていったのは確かだった。
ある日、美しく、耽美な顔をイメージして作っていた騎士の顔を、無残に顔半分引き千切った。
美しい顔を持つものが、全て敵に見えた。
それ以降、私の前に現れる妄想の騎士は、顔下半分の皮膚がなくなってしまった。
骸骨やグールのように醜いその姿と並ぶことで、ようやく自分の心の平静を保つことが出来た。
周りの女性、全てがリーヴァより美しかった。それがだんだんと憎らしくなり、恨めしくなり、ある日とうとう一線を越えた。
侍女の一人を自室に招いて殺し、顔の皮を剥ぎ取ったのだ。
リーヴァは恍惚とした表情を浮かべながら自身の顔にその皮を貼り付けた。そして、鏡を見た時、驚愕して目を見開いた。
そこには、殺した侍女の顔をしたリーヴァがいた。
信じられなかった。剥ぎ取った皮がリーヴァの顔と完全に一つになっていたのだ。間違いなかった。
リーヴァが喜び勇んでいた時、あの悪魔から声がかかった。リーヴァを見て、彼女は大喜びしてリーヴァを褒めた。
彼女は教えてくれた。リーヴァが発現させたのは大罪スキルの一つ【嫉妬】滅茶苦茶。
相手から欲しいものを奪って自分のものにする能力。
それ以来、彼女の態度が豹変した。
リーヴァに対してとても優しくなり、エルデガルドの事、ニブルデッドのこと、魔族の事、亜人の事、魔法の事…色々な話をしてくれた。
ほどなくして、リーヴァはその人を普段からお母様と呼ぶようになった。
お母様は強者を望んでいた。そのために、様々な実験や配合を繰り返しているらしい。
そして、リーヴァはお母様にとって初めてのユニークスキルを発現させた個体だった。
お母様に必要とされたい。
その一心で、リーヴァはスキルを使って奪い続けた。魔族の持つ《魔力錬成》ですら、滅茶苦茶は奪い取れた。
私は魔力錬成を使って長年連れ添ったイマジナリーフレンドを現実のものとして生み出すことになる。
醜い下顎を隠すために、拘束マスクをプレゼントした。
これもリーヴァと同じ、リーヴァと一緒。
汚い、醜いものには蓋をして、隠す。
より一層の親近感…。
もう愛おしくて仕方がなかった。
お母様の横に並ぶために、リーヴァはもっと美しくなりたかった。だから沢山の綺麗な顔を滅茶苦茶で奪っていった。
だけどリーヴァは…この能力が持つ反作用を何も分かっていなかった。
気づいた時には、リーヴァの顔は継ぎ接ぎだらけになった。美しいものを足し算していけば、もっと美しくなると思ったその計算式の答えは、余りにも醜悪な現実だった。
無茶苦茶は引き算出来ない。つまり、解除できないのだ。
リーヴァは後悔した。
お母様に泣きつき、どうにかして欲しいと懇願した。
だが、理外の効果を発揮するユニークスキルの効果を解除するのは、理外の力以外にはないらしく、魔法であってもそれを解除することは叶わなかった。
そもそも、お母様は無茶苦茶を使ってリーヴァが強くなることを望んでいた。そのために、リーヴァの美しさが損なわれることなど興味はなかったのである。
それ以来、リーヴァは化粧をするようにした。
皮膚と皮膚の繋ぎ目が見えぬように…。
肌の色の違いが分からぬように…。
左右で違う目や眉のバランスを整えるように…。
そうした結果、人形のような…道化のような顔がリーヴァの日常になった。
美しさのためには着飾るしかなかった。
リーヴァが素顔を曝せるのはシェゾだけ…。
シェゾだけがリーヴァの全てを認めてくれる。
赦してくれる。
愛してくれる。
リーヴァがシェゾを求めるあまり、リーヴァの魔法から生み出されたはずのシェゾまでもがユニークスキルを発現した。
大罪スキル【虚飾】隷属屍鬼。
お母様はまたも大喜びだった。
いっぱい褒めてもらった。
リーヴァも嬉しかった。
…嬉しかったのよ。
でも、ふと思う時がある。
この力は全て…リーヴァの心を犠牲にして生まれてきているんじゃないかって…。
【嫉妬】…【虚飾】…?
笑えない…。
リーヴァは…リーヴァは…!!
だれなの?
それ以降、人を壊すのが好きになった。
リーヴァよりも苦しみ、絶望する人の顔を見るとリーヴァの尊厳が守られた。
自己の承認欲求を満たすために虐げた。
踏み躙った。
奪って殺して、壊した。
そうしてようやく得られる自己肯定感という名のエクスタシー。
リーヴァは聖女としてこの国を支配する立場の人間であると、自分を認め始めた時、知ることとなった。
リーヴァに双子の姉がいるということを…。
そして、聖女の証…それがリーヴァにはないということを…。
発狂するほどの衝撃だった。
その話をした侍女を徹底的に拷問して、全てを吐かせた。
そして、長年粗末なベッドに横たわり続け、蠅がたかる生みの母親の胸元を掴み、乱暴に問いただした。
拍子に取れた頭が床に転がった。
苛立ちを発散する為に、それを何度も踏みつぶした。
お母様にとってもこのことは想定外だったようで、驚きとともにリーヴァが生まれた時の不自然さを思い出しながら納得していった。
お母様はこう言った。
「まだ生きているかは分からないあなたの片割れ…。聖女として旗を振る前にあなたの手で見つけ出しなさい。そして奪うのよ。その片割れの、聖女としての全てを…ね。」
こうしてリーヴァは自分の片割れを探すことになった。
行啓と称して各法皇庁を行脚し、それらしい情報を虱潰しに捜し、徹底的に潰していく。
見つからないことへの焦りが募り、もしかしたら既に死んでいるのではないかと期待する。
そんなことを繰り返すたびに、過敏になる神経。低くなる沸点。この国の女を全て殺せばいいのではないか?という極論まで頭を過ぎる。
怖くて仕方なかった。
いつか本物の聖女がリーヴァの前に現れることが…。
そうなったら、誰がリーヴァのことを見てくれるというのだろうか?
だからどうしても…。
どうしても…。
どうしてもどうしてもどうしてもどうしても!!!
リーヴァは本物の聖女になりたかった。
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意識が急激に呼び戻される。
気づけばリーヴァは聖騎士団に取り押さえられていた。
顔を上げた時、あの女が目に入る。
憐みに満ちた目でリーヴァを見ている。
憎悪で頭がおかしくなりそうだ。
なんでリーヴァがあの女じゃなかったのか…。
ああ…。あの髪も、あの目も、あの鼻も、あの唇も、あの肌も、手も胸も足も爪も全部全部全部!!
でも違う。違うのよ…。
彼女を庇うように立つあの聖騎士も…。
彼女に向けるリーヴァの視線に対して威嚇して見せるあの黒猫の亜人も…。
彼女の側に寄り添い続けるあの異国の戦士も…。
みんな…あの女のことが好きなのだろう。
本当にリーヴァが欲しいのは、あの女が持つ愛される全て。
愛されたい。
大事にされたい。
必要とされたい。
好かれたい…。
でもそれを叶えてくれるのは世界中に一人しかいない。
リーヴァを愛してくれるのは… …。
「シェゾ!!シェゾー――――!!!」
狂い叫びながらリーヴァは懸命にシェゾの名を呼んだ。
「なっ⁈こ、こいつ!大人しくしろ!」
暴れるリーヴァを騎士団が力づくで押さえつけ、地面に組み伏される。それでも叫び続けるリーヴァの口を騎士団は塞ぐが、その手に嚙みつき、肉を引き千切った。
更に押さえつけは酷くなる。
口いっぱいに広がる鉄の味で溺れそうになりながら、リーヴァはもう一度その名を呼んだ。
「お願い!!助けて!!シェゾー――――――――――!!!」
次の瞬間、押さえつけていた力がふっと抜けた。茫然としながら上を向いた瞬間、頭から大量の血を被った。
そして、その場に現れた彼を見た途端、リーヴァは嬉しくて声を上げて笑った。
「リーヴァはこんな所じゃあ終わらない。そうでしょ?シェゾ?」
▮
目の前で起きていることが勇者には信じられなかった。
シェゾが復活したのである。
シェゾはあの人形を依り代にしてリヴァイアの《魔力錬成》によって具現化された存在。
無効化絶叫がまだ続いている以上、再起動が出来るわけがないのだ。
だが、現実としてシェゾは再び現れ、リヴァイアを組み伏していた聖騎士2名の首を飛ばしていた。
この状況に対して勇者は苦々しい表情を浮かべる。なぜなら、未だに誰もがスキルを一切使えないのだから。
この状況下では単純にレベルが高いシェゾが一番有利であった。全く想定していなかったトラブルに対し、勇者は対応策を練るために頭を回す。
だが、頭の中では打開策よりも浮かんだ疑問の処理を優先していた。
(何かがおかしい。先ほどまでのシェゾと明らかに違う。あの目は…アイツはあんな目をする男じゃなかった。)
牽制しながら、リヴァイアの手を取って立たせるシェゾ。
それを恍惚とした表情でみつめるリヴァイア。
そして守るように、騎士団の持つ剣を構えるシェゾ。
まるで騎士と姫のような構図に勇者達が悪役にでも回ったかのような錯覚を覚える。
リヴァイアは口元を吊り上げた。
「シェゾ!アイツらは墓穴を掘ったわ!皆殺し!皆殺しよ!!今ならアンタに勝てる奴なんてこの場所にはいない!そうでしょ?!シェゾ?!」
リヴァイアの言葉に、シェゾは何の反応も示さない。いつもならばすぐに肯定を示すシェゾがである。
リヴァイアは訝しみながら、シェゾの顔を見上げた。シェゾは静かに口を開く。
「逃げましょう。リーヴァ様。」
シェゾの言葉にリヴァイアは茫然とし、少し間を置いて肩を震わせ始めた。
「は?はぁあああああ?!!何言ってんの?何言ってんのよ!!!こいつらを皆殺しにするのよ!!スキルが使えない今なら!こいつらを皆殺しに…!!」
「だからですよ。だからこそ…今逃げます!!」
目を見開き、口を茫然と開けているリヴァイアを抱え、シェゾは一目散に玉座の奥の通路に入り込んだ。
「逃げた?!」
完全に想定外の展開だった。
ハイレンは慌てて騎士団に指示を出す。
「第1小隊は直接追跡!その他小隊は大聖堂から外に出てカテドラルの大階段を封鎖せよ。急げ!!」
即座に行動を開始する聖騎士団達の中、勇者は今にも飛び出していきそうなハイレンを引き留める。
「落ち着けハイレン!カテドラルの正門にはゴルドラを配置してるんだ!アイツの知覚範囲の広さならこのルネリオス全域をカバー出来る!外に出たところで奴らを取り逃がしたりはしない!」
勇者の言葉に、ハイレンは「確かに…」と俯き加減で呟いた。少し頭が冷えたのを確認して、勇者は続ける。
「問題なのはこのカテドラルの内部だ。脱出経路は…奴らの逃走経路になるような裏口とかはあるのか?!」
ハイレンは顎に手を置いて思案した。
「裏門から墓地へと抜ける道がありますが…。墓地は一面の断崖絶壁になっており、そこから逃走経路になる場所はありません。奴らが逃げるためにはカテドラルの正門からでしか…。」
「いや!絶対そんなことねぇぜ!」
ハイレンの言葉を遮ってレダが口を挟んだ。
「カテドラルの中には表には通せない闇ルートの品が通る裏門があるはずだ!目隠しされてたが、俺はそこを通ってこのルネリオスに来たんだからな!」
その言葉に、ハイレンは言葉を失った。「そんな馬鹿なことが…」と反論したいが、否定出来る材料が見つからない。
そんな中、アリーがレダを擁護するように手を挙げる
「私もその意見に賛成です。そもそも、聖女はどうやってルネリオスに入ったのですか?行啓に来るということすら、噂ですら誰も知らなかった。あなたは知らされていたの?知らされていなかったとしたら、それって枢機卿や神官省だけが知ってる裏口があるってことなんじゃないかな?」
ハイレンにとってぐうの音も出ないほどの正論だった。聖騎士団には全く知らせていない裏のルートの存在は、ルネリオスが抱える闇の象徴と言えるだろう。
彼らがそこからルネリオスに来たのであれば、場所は当然知っているということだ。
「レダ!お前も《知覚領域》のスキルがあるだろう?そいつを使って俺たちはそのまま奴らを追う!」
「ならば私も!!」
ハイレンの言葉に、勇者は首を横に振った。
「ハイレンはカテドラル内にいるはずの枢機卿とリヴァイアに属していた神官達を捕まえてくれ。彼らもこの戦いの幕引きと後始末には大事な参考人だ。」
「そうか…確かにそうだな。了解した。」
少し難しい顔をしたが、ハイレンはすぐに納得して頷いた。
「アレックスさん、私は一緒に行きますよ!」
語気を強めにして、アリーが勇者に宣言する。勇者は予想外の押しに、やや気圧された。
「い、いや…むしろアリーはハイレンと一緒に…。」
「一緒に行きます!」
あまりにも頑ななアリーの態度に、根負けした勇者は溜息をついた。
「わかったよ…でも、もう無茶するなよ!すぐに前に出ないこと!いいな?」
それを聞いてアリーは微笑んだ。
わざわざ返事をしなかったアリーに、勇者は一抹の不安を抱えながら、レダと3人でリヴァイアの後を追うのだった。
▮
カテドラル内でも枢機卿並びに一部の官僚しか知らない秘密通路。
その長い通路の中を、シェゾはリヴァイアを抱えながら走り抜けていた。
目指しているのは3日前に通った搦手口の転送装置である。そこを通れば南の山岳地帯に抜けることが出来、そうなれば潜伏先は無限。追っ手を撒くことはシェゾに取っては造作もないことだった。
しかし、リヴァイアは全く承知していなかった。
先ほどから、何度もシェゾに声を荒げて「とまれ!」「逃げるな!」「奴らを殺せ!」と命令する。
だが、シェゾは聞く耳を持たない。
その態度に堪忍袋の緒が切れたリヴァイアは魔法を行使する。
「いい加減にしなさいよ!!!」
リヴァイアは代替魔法である下級爆炎魔法を右手に発現し足元に放った。
突然の爆炎に、シェゾは思わず足を止め、その拍子にリヴァイアはシェゾの腕を振りほどいた。
そして、リヴァイアはシェゾに対して懐疑的な視線を向けた。
「シェゾ!なんでリーヴァの言うことが聞けないの?!シェゾはリーヴァのものなの!絶対逆らわない、リーヴァだけの騎士なのに…。なんで…なんで言うこと聞かないのよ!!」
嗚咽交じりの非難受けても、シェゾの表情は変わらず、悲しげなままだった。
その眼差しをみて、リヴァイアは少し後退りした。
「あなた…本当にシェゾなの?」
リヴァイアの言葉に、シェゾはゆっくりと口を開いた。
「分からない…。でもリーヴァのことはずっと昔から知っている。幼い頃から、明かり窓一つしかないあの部屋でずっと一緒だったから。」
リヴァイアは驚愕した。
端的な返事しか返さないロボットのようなシェゾが、こんな風に思い出を語ったことなどなかったからだ。
「シェゾがリーヴァの知る今までのシェゾと同じなのか…。その答えは分からない。ただ、シェゾは…リーヴァに死んで欲しくない。だから絶対にリーヴァを逃がす。この身に代えても…。」
リヴァイアは言葉を失った。
人形のはずのシェゾが、主人の意に逆らってでも主人の無事を優先している。
言い返そうとするが、頭が冷えたリヴァイアはすぐに状況を理解する。もしあの場で逃げずに奮闘したとしても、何の意味もないのだ。
あの竜人が現れた瞬間にこちらの有利は崩される。スキルが封じられているあの瞬間だけが、逃げることが出来る唯一の瞬間だったのだ。だが…。
「逃げてどうなるっているのよ…。」
「リーヴァ…。」
「逃げてどうなるのよ!!バーラルにどの面下げて帰れるっていうの?!お母様にどんな仕打ちを受けるのか…。う…う…。」
リヴァイアは自分の肩を抱き、震えながらしゃがみ込む。何かを思い出したのか、顔面は蒼白だった。
シェゾはリヴァイアの前に膝をつき、手を差し出した。
「バーラルに戻る必要なんてない。シェゾがリーヴァを守る。どんなことがあっても、どんな場所であっても…。」
リヴァイアの目から涙が溢れる。嗚咽を上げて泣き崩れながら、恨み言のように呟く。
「なによ…なによ…!今更リーヴァに野宿しろっていうの…?泥水を啜って野草を齧れっていうの?!そんなことするぐらいなら死んだ方が…。」
「例えそうなっても、シェゾがリーヴァを死なせない。絶対に。」
リヴァイアはシェゾの優しい目をみて、大きく肩を落とした。
「わかった…。そうよ…そうだわ…。初めからリーヴァにはシェゾしかいなかったんだもの。何も…何も失ってなんかない。そうよね?シェゾ?」
シェゾは目を細めて笑った。そんなシェゾの微笑みを、リヴァイアは初めて見たのだった。
この時、リヴァイアは気づいていなかった。
今初めて他人から、自分が愛されているのだという事を…。
リヴァイアはシェゾの手を取って立ち上がり、共に足を進める。
もうじき地下に降りる長い階段がある。
そう思った時、二人の視界が一つの人影が捉えた。
それを見て、すぐ様シェゾはリヴァイアの前に出て身構える。
その人影も二人に気付いたのか、ゆっくりと靴音を立てて近づいて来る。
その者が放つ圧倒的な威圧感と膨大な魔力に、二人は思わず二の足を踏み、息を呑むのだった。




