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〜真に剣を捧げる者、そして向ける者〜

 4日ぶりの再会を果たした勇者とハイレン。


 勇者がどう切り出そうかと思案していた時、再会の喜色を浮かべていたハイレンの顔が急激に難色を示した。


 その変化を感じ取った勇者は慌ててコンタクトを開始する。


「あ、え…えっと…。こんなところで偶然だなハイレン。」


 努めてフレンドリーに会話を切り出した勇者だったが、ハイレンの口からは冷淡な一言が放たれた。


「その、魔物は何ですか?」


「えっ?!」


 ハイレンはバスタードソードを構えてみせる。それを見て当然勇者は慌てた。勇者が言葉を紡ぐ前に、ハイレンからは怒気が放たれる。


「オルフェリア教において異形種は魔に属します。亜人ならばまだしも、肩に載せているそれは魔物そのもの…。そんなものを使役しているあなたもまた…。魔に属する者ということ…。」


「いや、ちょっとそれは曲解が過ぎるって!これにはこっちにも事情が…。」


「問答無用!!」


 なんとか勘違いを払拭しようとするが、どうにも聞く耳を持たない。


 この時、勇者は完全に失念していたのだ。オルフェリアは魔物などの異形種に対して極端なまでの排他的な思想を持っており、敬虔な信者ほどその意識は強い。


 そして、ルネリオスの中でも随一の信仰心を持つハイレンが、この教えを遵守していないはずなどない。むしろ、魔は即ち斬るの『魔即斬』を信条として今日まで生きてきたのである。


 三方良しのハイレンだったが、この一点が絡むことに対しては話の通じない相手になってしまうことは、ルネリオスに住む者にとっては常識であった。


(もしかして、アリーが妙に心配していたのって…。)


 当然、このことである。


 ハイレンの刃が勇者の左腕に振り下ろされる。


 あまりにも鋭い一撃に、勇者は思わず「ひぃ!」という声を上げて飛び退いた。


「逃げないでいただけますか?あなたがもし冤罪ならば、その魔物を私に差し出してください。憑りつかれているというならば、私が切り落として差し上げましょう。もし、ただ拒み続けるのならば…。」


 ハイレンは再び剣を構える。


「今回の病魔の一件の容疑者として、あなたを検挙することも厭わない。」


 さすがにその一言には勇者も堪忍袋の緒が切れた。


「いい加減にしろよ。…事情も全く分かってないくせに…手前勝手な杓子定規で…言うに事欠いて検挙だと?」


 勇者から溢れかえる怒気に、ハイレンは思わず気圧された。


「前言撤回だ。聖騎士団はまともだと思ってたが、とんだ買い被りだったよ。偽物の聖女にいいようにされるわけだぜ。」


 勇者の言葉に、今度はハイレンの怒りが頂点に達した。


「私への侮辱だけならまだしも、聖女様を紛い物呼ばわりした罪、万死に値する。この場でその首、即刻切り落とす!!」


 ハイレンが勇者に向けて駆け出した!

 勇者も地下街で買ったミスリルソードを抜き、ハイレンの攻撃に対して受けて立った。


 レベルはほぼ互角。先日の戦闘で勇者のレベルが上がり、レベル40となっているが、自身に強化バフをかけられないという点を考えれば、ハイレンの方が優勢と見ることが出来た。


 打ち合う剣戟の中、騎士として研鑽を積んでいるハイレンの一撃は重く、勇者はその一撃を《受け流し》のスキルを使って何とか直撃を避けている状況だった。

 何とか攻勢に転じようとするが、ハイレンに隙など早々に生まれるはずもなく、勇者は完全に攻め手を失っていた。


 しかしながら、ハイレンもまた、攻めあぐねている状況にあった。


 勇者は剣については完全に素人。それは斬り合っているハイレンが一番よくわかるのだが、それなのに腕前は達人級であるという圧倒的な違和感…。

 それは勇者の剣士レベルがMAXであることに起因しているだが、そんなことなど想像だにしないハイレンにとって、まるで魔法にでも掛けられているような違和感が拭えない状態であった。


 そうして暫し互いに決め手を欠いた剣戟を繰り広げ、周りが固唾を飲んで魅入ってしまっていた頃、二人の間に共通の感覚が生まれつつあった。


『楽しい!』と…。


 ハイレンにとって、騎士団の中で自分の稽古に付き合えるものなどおらず、常に一人で研鑽を重ねてきた。

 教えを乞うものは山ほどいたが、彼はいつも笑って、「自分は人にものを教えるられるほどの境地に達していない。」と言って断り、高みへと目指し続けていた。

 だが、それを共に歩いてくれる者はいなかった。ルネリオスにハイレンの稽古相手になるものなど既にいなかったからである。だからこそ、魔物退治とあらば率先して名乗りを上げてきたのだ。


 彼は初めて、自分と同レベルの人間と真剣勝負をしていた。相手は隙だらけのようで達人のような動きをするという二律背反で不可思議な剣の使い手だったが、その剣筋が打ち合うほどに鋭くなるのを感じ、脅威と同時に驚嘆していた。


 勇者としてもそうだ。今まで、自分より強い相手とばかり巡り合ってきたせいか、まともに戦闘訓練など積んだことはなかった。


 チートで得た職業レベル10。大した経験をしているわけではないのに引き上げられていくだけのレベル。解決できない問題は全て奇跡エクスカリバーに委ね、自身の力で何かを成したという実感など皆無のまま、ここまで過ごしてきた。


 だが今、勇者は初めて剣士としてその経験を積んでいた。幼い頃から憧れていたファンタジー世界の勇者としての自分を体現しているという感覚は、この上ない興奮をもたらしていた。


 激しい打ち合いの末、同じタイミングで両者は間合いを取り、互いに荒くなった呼吸を整えていた。


 打ち合う中で強くなる勇者に対し、ハイレンは《鑑定》を行って知った勇者のレベルに驚愕した。


 レベル48


 ハイレンは思わず噴き出して笑った。

 その笑いが意図するところを察することが出来るのは、勇者を含め誰もいなかった。


(才能…いや、これもまた彼の力か…。)


 急速にレベルアップを繰り返す勇者に対して、このまま打ち合い続ければ自分がやられることは目に見えていると、ハイレンは理解した。


(ならば…一撃に賭けるしかない!)


 ハイレンはバスタードソードに光を集め始めた。それを見て、固唾を飲んで見守る騎士団は皆一斉に気づいた。


聖光一閃ホーリーバーストだ!』と…。


 それを見て、勇者も身構えた。

 ハイレンを含め、周りの騎士団員達は総じて同じ事を思った。


『受けるつもりだ…』と…。


 ハイレンの奥義 聖光一閃ホーリーバーストをまともに受けて防ぎれる訳がない。それがその場の共通認識だった。下手をすれば命を奪う事になる…いや、その可能性の方が高いだろう。


 ハイレンは一瞬躊躇したが、すぐにその雑念を振り払った。


(俺には目指す頂きがある!その頂上に手を掛けるその時まで、俺は勝ち続ける!!)


 ハイレンは全スキルを解放した。

 その様子を勇者は、ただ凝視し続けていた。


 一瞬の静寂がその場を支配する。


 全ての音が消え去り、完全に世界が二人だけのものになったような極限に研ぎ澄まされた感覚…。

 まるで時が止まっているかのような空間の檻から、ハイレンがいち早く抜け出した。


 光の如き踏み込み。

 眩いほどに光を放つバスタードソードを振り上げる。


聖光一閃ホーリーバーストっ…⁈」

 

 バキッ!!


 ハイレンが高々と振り上げた剣は振り下ろされる事なく、光はそのまま中空へ霧散していった。


 何が起こったのか分からないのは取り巻きだけではない。ハイレンも同様だった。

 喉を駆け上がる鉄の味のする塊が、ハイレンの口から吐き出された。


 内臓に激しくダメージを負った事を理解すると、ハイレンはゆっくりと視線を腹部に下ろした。

 そこには、勇者の持つ剣の柄が、自身の鎧を砕きながら腹部に突き刺さっている光景が目に飛び込んできた。


「ぐ…かはっ…!!」


 突如駆け巡る激痛に、ハイレンは後退りし、そのまま腹部を押さえて膝をついた。


「だ、団長!!」


 騎士団達から悲壮に満ちた声が上がる。駆け寄ろうとする者達を手で制し、ハイレンは激痛に顔を歪めながら、口を開いた。


「私の負けだ…それはもう疑いようがない…。ただ、教えてくれないか?一体何が起きたんだ…?」


 勇者は鼻にかけた様子もなく、淡々と言葉を紡ぐ。


「別に大した事じゃない。アンタの技の威力を利用させてもらって、剣が振り下ろされる前にカウンターを打ち込んだだけだよ。まあ、一応《峰打ち》スキルは使ったけどな。」


 その答えに、ハイレンは納得し切れなかった。


「そんな…バカな…!あの技を見てからカウンターを打ち込むなんて…初見で出来るはずが…。」


 ハイレンはそこまで言葉にした後、全てを悟った。彼がこの技を見たのが初めてではない事を。


 それに気付くと、ハイレンは腰を下ろし、自嘲するように笑った。


「そうか…あの魔女との戦いの時に…既に見切られていたのか…。ふふ…完敗だな…。」


 本当は違った。一度ではない。勇者は四度この技を続け様に見ているのだ。それによって、剣士スキルの《見切り》スキルが発動し、完璧なカウンターを生み出していた。


 敢えてその事には触れたくない勇者は、バツが悪そうに頬を掻くのだった。


「アレックスさん!!」


 激戦の余韻に浸る最中、遠くから勇者の名を呼ぶ声が響く。


 その声に導かれるように勇者だけでなく、ハイレンや取り巻きの騎士団、民衆までもが一斉に振り返る。


 皆の視線の先に映るのはどこにでもいる町娘。


 普通ならすぐに興味をなくすところだが、何故か皆漫ろに落ち着かない。

 彼女が通る先の人垣は自然とほつれ、道を開けた。


 勇者の目にその姿が飛び込んできた瞬間に、小さな驚きと共に彼女の名を呼んだ。


「アリー?」


 本隊の進行よりも明らかに速くアリーが現れたことに勇者は困惑していた。


 アリーが勇者の元まで辿り着くと、アリーは大きく肩を上下させて荒くなった息を整える。

 そして、汗だくの顔を上げると、勇者が無事な様子に安堵したのか目を細めて微笑んだ。


 それを見て頬を紅潮させる勇者は、何か言おうとあたふたし始めた時、アリーの視線は地面に腰を下ろしたまま茫然とアリーのこと見上げていたハイレンに向けられた。そして、かなりの重傷を負っていることを知る。


「あ~やっぱり…。アレックスさんは大丈夫って言ってましたけど、結局戦闘になっちゃったんですね?そうなると思ったんですよ…もう!」


 勇者はぐうの音も出なかった。

 アリーは勇者とハイレンが戦闘になったら大問題だと感じ、ノアに頼み込んで転移門アストラルゲートを使って飛んできたというのである。


「いやいや!だとしてもこれじゃあ作戦が…向こうは大丈夫なのか?!」


「ごめんなさい!その話はあとで!」


 アリーは勇者の言葉を遮ると、ハイレンの前にしゃがみ込み、腹部を抑えていたハイレンの手に自分の手を重ねた。


 その瞬間、辺りは騒然となった。眩い光と共に現れ、アリーと重なる金色に輝く翼を持つ女神の姿に、皆心を奪われていた。皆その場で膝をつき、両の手を組み、涙を流す。


 そんな奇跡を間近で体験したハイレンは頭が真っ白になり、今目の前で何が起こっていることが全く理解できなかった。


 気づいた時には、体の痛みがなかった。


 大きく損傷を受けたであろう内臓も、骨も、完全に治癒されていることに、ハイレンは戸惑いを禁じ得ない。


 混乱の中、ハイレンが顔を上げた時、そこには満面の笑みを浮かべるアリーの姿があった。

 そして、ハイレンの頬にも止めどなく涙が流れた。


「あなたは…あなたは一体…?」


 ハイレンの問いかけに、アリーは少し困った表情を浮かべた後、意を決したようにこう告げた。


「私の名前はアリアデル=エスタ=リエ=オルフェリア…。昨日知ったばかりなんですが、どうやら私…聖女みたいです。」


 そう言った後、アリーは砕けた笑みを浮かべた。


 ハイレンは肩を震わせ始める。そして、その中に微かに嗚咽が漏れていた。


「オルフェリアの信徒として…常に正しく、聖女様への忠義を掲げてこれまで尽くしてきたというのに…なんという道化だ…。」


 ハイレンはすかさずアリーの前で跪礼する。


 それを見て動揺するアリー。

 それは勇者も民衆たちも同様だった。


 だが、聖騎士団達は一言も発することなくハイレンの後ろに列をなし、次々と跪礼し、美しい幾何学模様を作った。その光景に、その場にいる者達は息を呑んだ。


 ハイレンは自嘲するような笑みを浮かべた。


「私は本当に愚かだ…。何年も何年も…自分のあるべき姿を自問自答してきたというのに…その度に、正しさを証明し、誇示してきたというのに…。まさか…。」


 ハイレンの言葉に、聖騎士達も肩を震わせる。涙が零れる。嗚咽が漏れる。


「ここまで一目瞭然だったとは…。真なる聖女の神々しさというものを、私はあまりにも軽んじていたことをここに恥じる。」


 アリーは不安げな顔を勇者に向ける。

 勇者は笑みを浮かべて、大きく頷いた。


「我らルネリオス聖騎士団が剣を捧げるのは枢機卿に非ず!我らが忠誠を捧げるのは女神オルフェリアである!即ち!女神オルフェリアの化身たる聖女こそ、我らの真の主である!皆、異論はないか?!」


 ハイレンの檄に、聖騎士団が一斉に立ち上がり、鬨の声を上げた。


 その勢いに、アリーは思わず目を見開き、耳を塞いでしまった。


 しかし、ハイレンは続ける。


「眼前に控える御方、アリアデル=エスタ=リエ=オルフェリア様を聖女として崇め、その剣となり盾となる。そのことに異論はないか?!!!」


 地響きと紛うが如きのその激震は住人達の大歓声と共に響き渡った。


 そしてその声は、カテドラルの上階に住む貴族階級達の耳にも届いていた。

 事態が呑み込めず、下手な憶測だけが飛び交う五里霧中の最中、さらに上階のテラスから町を見下ろしていたリヴァイアは、醜く顔を歪めて奥歯をギリギリと鳴らしていた。


「…シェゾ。」


「はっ…。」


 側に控えていたシェゾが一歩前に出る。


「皆殺しよ…。皆殺し、皆殺し、皆殺し、鏖鏖鏖鏖鏖鏖鏖鏖鏖鏖鏖鏖鏖ィイイイイイイイ!!!!!!!!!」


 気が触れたかのようなリヴァイアの激昂が響き渡る。その勢いに触発されたのか、普段から無表情であるシェゾの視線が厳しいものとなった。


「町中に転がってるのも!裏で埋めているのも全部使っていいわ!!み~んな使って、み~んな殺していいわ!!じゃないと気が済まない、収まらない、静まらない、我慢ならない!!そうでしょ?!シェゾ!!」


 シェゾですら、かつて見たことがないほどに激昂に狂うリヴァイアの姿。

 そんな彼女に対して、シェゾが抱く感情は一つだった。


(愛おしい…。)


 シェゾはその乱れ、怒り狂うリヴァイアの姿を見て、美しさと愛おしさを感じていた。


 決して常人では同感しかねるその捻じ曲がった異常な感性は、この二人を結び付けている絆の歪さそのものだった。


「御意。」


 シェゾからの返事を聞くと、リヴァイアは外の景色から踵を返し、室内に戻る。

 その部屋の中央には椅子に縛り付けられ、頭に麻袋をかけられた裸の男が力なく座っていた。

 体中は痣だらけ。麻袋はあちこちに血が滲んで染み出していた。それでもまだ息があるのか、弱弱しく肩を上下させていた。


 リヴァイアはその男の横をすれ違うと同時に、男の首が捩じ切ると、麻袋は4mはあろうかという天井にまで吹き飛ばされた。


 リヴァイアは意に介した様子を見せず、未だ収まらない腹の虫を宥めるために部屋を出た。


 地面に落下し、転がった麻袋から覗かせた男の顔は、恐怖と絶望によって酷く歪められていたのだった。



 聖騎士団がアリーを聖女として認め、忠誠を誓った後、ハイレンは勇者から今回の事件の詳細を聞くことになった。


 ルネリオスの中枢人物が神官長ボルフを使って町に病魔を解き放ったこと。

 その病魔を駆逐するための魔法生物として、ヴィクニスが生み出されたこと。

 そして今オルフェリアに君臨する聖女が偽物であること。

 そしてその偽の聖女が本物の聖女であるアリーの命を狙い、今回の無差別テロ行為が行われたことなどを具に伝えた。


 それを聞いたハイレンの顔は厳しいものだった。

 疑っているという意味ではない。思い当たる節が多いということからだった。


「シェゾ…といったか?私も先ほどその者と交戦したが、あの男、確かに大聖堂で聖女を騙るリヴァイアという女の側にいた神官の一人だった。枢機卿は完全に力を掌握されていたようにも見えたことから、今回の件の首謀者はリヴァイアで間違いはないだろう。」


 先ほど聞く耳を全く持たなかった男とは思えないほどの聞き分けの良さに、勇者は怪訝そうな顔をして愛想笑いをした。


 それからは周辺の汚染区域の浄化と罹患者の治療に精を出し、正門から大通りにかけての正常化に成功した。—アリーの体力を鑑みて、罹患者の治療については重体患者を優先させ、軽微な患者については対応を引き延ばしている―


 ようやく一息付けた頃、西エリアからノアやゴルドラ達本隊が正門前に到着した。


「やっと追いついたの。」


 ゴルドラの肩に乗って現れたノアはひょいと飛び降りると、勇者の元に駆け寄った。勇者もノアを待ち構えるようにしゃがんで両手を広げていた。


「パパ~。」


「ノア~。」


 キラキラとしたお花畑が背景に効果として浮かび上がりそうなシーンの中、手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいた瞬間、二人の表情は一気に険しいものとなった。


「情報を整理するの。」


「おう、何がどうなったのか聞かせてもらおうじゃんか!」


 不気味な笑みを浮かべる二人の目が笑っていないことに、ゴルドラは恐怖していた。


 少し遅れてレダとドーヴェ達が合流したタイミングで、勇者たちは臨時会議を行った。


 会議の前に聖騎士団がアリーを聖女として忠誠を誓ってくれたことを聞くと、ノアは深く頷いた。


「作戦成功なの。それじゃあさっさと聖騎士団は西エリアの住人達の誘導と罹患者の運び出しを行って来るの。」


 なんだかノアの棘のある言葉に、勇者はノアが苛立っていることを察した。それをハイレンも察したのか、速やかに隊へ指示をだす。


 ノアは深く溜息をつくと、勇者をねめつけるような視線を送った。


「パパはなんで計画通りに動かなかったのかって疑問だと思うの。簡単に言うとこっちもアテが外れたの。こんなに頭が固い連中とは思わなかったの。」


 珍しい…というかここまであからさまにご立腹のノアが初めてで、勇者はあっさり留飲を下げてしまった。


「命の危機を前に我儘が多いの。ソドムの人間に介抱されたら徳が下がるだの、魔物を使役している者は邪悪で信用できないだのなんだの…。面倒くさいからレダに病魔の駆除だけさせて罹患者は置いてくるしかなかったの。」


 勇者は日陰で休んでるレダに向けて視線を送る。予想通りすっかり疲労していた。


「そんな頭の固い連中に辟易していたらアリーがパパの心配をし始めたの。一般信徒でこれだけ頭が固いの。その騎士団長はもっと固いに決まってるの。」


 ハイレンはぐうの音も出ず、思わず顔を伏せた。いつしか勇者は(いいぞ!もっと言ってやれー!)と心の中でノアのボヤキにエールを送っていた。


「それで思ったの。パパと聖騎士団が直接対決になったらどちらかは必ずケガするの。そこへアリーが現れたら狂信的なオルフェリア信者なんてイチコロなの。そしたら面倒な住人の救助は騎士団に擦り付けて…むぐぐ!」


 さすがにゴルドラはヤバいと思ったのか、ノアの口を塞いで愛想笑いをした。

 しかしながらその判断はだいぶ遅く、不満の9割9分は本人の目の前で吐露され、ハイレン達は居たたまれない雰囲気となっていた。


 ゴルドラが到着したことで、《復活の福音リザレクション》が使い放題になったことを受けて、罹患者は軽症者も含めて完治させることが出来た。


 復活した住人達は聖女への信仰を示すために、騎士団と共に罹患者の運び出しや誘導係を買って出てくれたことで、ルネリオスの人々の大半の救助がこの段階で終了した。


 しかしながら、手放しでは喜べない。手遅れとなり、亡くなってしまっていた人も多い。ソドムとは反対側の貧民街は未だ手付かず。感染源がソドムから始まっていることを考えれば、そこまで広がってはいないと推測されるものの、安否の確認は急ぐに越したことはない。


 だがここで、一つの問題が生じた。安全区域となった住人達を家に帰すのかどうか、という問題である。


 確かに現状、病魔によるパンデミックは収束の一途を辿ってはいる。今日中にはすべて駆除することは造作もないことだ。しかしながら、ハイレンはその考えに異を唱えた。


「アレックス殿。出来れば民を一度外に出し、ロネリーの町まで避難させてはと思うのだが、どうだろうか?」


 勇者はハイレンの心配していることが痛いほどわかった。神出鬼没なシェゾという殺し屋がどこにいるかもわからない中で、病魔がいなくなったからと言って安全は保障できない。


 勇者は頷いた。


「ああ、この戦いの決着がつくまでの間、避難させるっているのが得策だろうな。」


 勇者の言葉にハイレンは頷くと、修繕が完了した正門の扉を開くように、指示を出した。—修繕というよりも歯車の中に挟まっていた死体を除去する作業—


 騎士団員の一人が守衛室に登り、バルブに手をかけようとしたその時、男の目がカテドラル方面から近づいてくる何かを捕えた。


 訝しみながら双眼鏡を覗き込んだ瞬間、男は「ひっ!」といって腰を抜かし、双眼鏡は慌てて落としてしまったためかレンズが音を立てて割れてしまった。


 上の様子を怪訝に思ったハイレンは守衛室に向けて声をかける。


「どうした?!なにがあった?!」


 ハイレンの声に、騎士団員は震える声を精一杯張り上げながら叫んだ。


「だ、団長!!敵…敵襲です…!カテドラル方面から…。いや、南方一帯から押し寄せてきます!!」


 その場にいたすべての人達に戦慄が走った。騎士団員は続ける。


「て、敵の数は不明!暫定で1000人以上!!そして敵の様相は…。」


 彼の中の恐怖と緊張が最大限に高まっているのを感じる。一時の間を置いて彼は震える声で叫んだ。


「全て…例の拘束マスクをつけた男です!!」


 勇者たちは互いに顔を見合わせた。


「シェゾ=レイル…。あいつが…1000人以上だと?」


 ノアは顎に手を置き視線を落とした。


「アイツの能力、ロアちゃんは死体を使って自分と同じ能力のデコイを作り出す能力だって言ってたの。つまり、あの人数分の死体があるってことなの。」


 ノアの言葉にアリーは目を見開いた。


「まさか、使われている死体って…今回の病気で死んだ人達なんじゃ…。」


 それを聞いて、家に帰れると思っていた民衆たちは青ざめた。圧倒的な死の恐怖が一部の民衆の心を握りつぶした。


『うぁあああああ!開けて!!開けてくれ!!』


 正門に殺到し、門を叩く人々。しかしながら、門は内開きだ。閉じている門に殺到しては逆に門が開けられない。


 ハイレンは民衆を落ち着かせるように矢面に立ち、声を張り上げる。


「落ち着いてください!正門を開きます!危ないので離れてください!」


 その時、守衛室に何かが投げ込まれた。それが何かを思案する間もなく、守衛室は爆炎に包まれた。

 爆炎のルーンがあまりにも遠距離から投擲された事実に、一斉に悲鳴が上がり、パニックは助長された。


 勇者は奥歯を噛みしめる。


「完全にこちらが嫌がることを狙ってる…。住人を抱えて動きづらくなることも計算してこのタイミングを狙ってきてるんだ!自分の国の民を人質に取るつもりか?!」


(こいつら…自分の国の民がいくら死んでもいいっていうのか?)


 勇者は怒りで目の前が真っ白になった。

 だが、その瞬間にその怒りは冷めていき正常に戻る。《オートキャンセラー》の効果によって、激昂の状態異常から回復し、引き戻された頭は冷静に状況を判断する。


「ゴルドラ!門を開け!!出来るな?!」


 勇者の言葉に、ゴルドラは不敵に笑った。


「もちろんです!お任せください!!」


 ゴルドラは正門の前に殺到する人々を下がらせると、一人正門の前に立った。ブレストメイルを無造作に脱ぎ捨て、黒いアンダートップだけになったゴルドラは大きく深呼吸すると、闘気装甲バトルオーラを発動させる。


 一回りほどゴルドラが大きくなったような錯覚をさせる金色のオーラが立ち上ると、10mの高さがある巨大な鉄と木材で出来た扉の隙間に指を突き入れ、そのまま扉をこじ開けようとする。


 両腕と背中の筋肉が、張り裂けんばかりに膨張する。


「ぐぉおおおおおおおおお!!!!」


 まさに竜の咆哮とも言える雄たけびとともに、扉は地面に突き刺さっている杭もろとも動き始め、溝を作っていく重々しい音を立てて正門が開かれた。


 勇者は正直唖然としていた。


(普通は押して開けるだろう…。引いて開けるのなんて初めて見た…。)


 呆然とそれを眺めていた騎士団の一人が意識を覚醒させ、騎士団に向けて檄を放った。


「何を呆けている!ゴルドラ殿を手伝うのだ!!」


 その言葉に意識を取り戻し、扉に駆け寄る騎士団達。それにより、完全に開閉された正門から、荷物を抱えた住人達が列をなして避難していく。


 その列の中に、ドーヴェやジネラを含めたソドムの住人も続いた。

 ジネラは何度もアリーを心配そうに振り返るが、アリーは笑顔で手を振り、「また後でね。」と笑った。


 テンプルナイト達はそのままロネリーの町まで住人達を護衛、誘導、パニックを防ぐために同行した。


 逃げる住人達の背を守るように、聖騎士団並びに勇者一行が相まみえたのは拘束マスクに黒いパンクスーツの男。

 それらは大通りを埋め尽くし、民家の屋根や路地裏などから絶え間なく殺気を漂わせてくる。


 勇者はシェゾに向けて《超鑑定》を発動する。

 そして、奴の能力の全貌を明らかにした。


 勇者はハイレンに近づき、耳打ちする。


「奴の能力は 大罪スキル 虚飾《隷属屍鬼サーバントグール》。死体を介して自身と同レベルのデコイを作る能力だ。」


 ハイレンは目線を前に、耳だけは勇者に傾けていた。


「あのデコイは確かにレベル63のキングレギオンだが、ダメージによって能力が解除される。だから大技は控えて小さなダメージでもいいから与えるんだ。」


 そのアドバイスにハイレンは目を剥き、自嘲するように笑った。


「それは聞いておいてよかったですよ。ということは、前回は完全にオーバーキルだったわけですね。」


 勇者はノアに視線を送る。

 ノアはその視線の意図を介し、勇者に《魔力通話》を繋いだ。


『ノア、お前はアリーと共に行動しろ。いざという時は任せるぞ。』


『はい、なの。』


 ノアは全てを察し、早々に通話を切ると、アリーの側についた。


 アリーを取り囲むようにして布陣する聖騎士団。そしてその前に布陣する勇者、ハイレン、ゴルドラ、レダの4名。総勢60余名。あまりに多勢に無勢。


 だが、勇者達にも一騎当千の最強の戦士がいる。


 眩い光に包まれ、ゴルドラは竜騎装甲ドラグーンを身に纏う。

 金色のドラゴンを模したフルプレートに包まれたゴルドラを見て、仲間達から感嘆の声が上がった。


 頼もしさに顔が綻びそうになる中、勇者はゴルドラに一つだけ指示を出す。


「ゴルドラ、あんまり街を壊すなよ。」


「はっ!お任せください!」


 妙に自信満々なゴルドラに対して不安を覚えながらも、敵を見据えて前を向いた勇者に、ゴルドラから声が掛けられた。


「マスター。時が来たら、遠慮なくすべて私にお任せください。」


 その言葉に、勇者は驚きを隠せなかった。


「なんだ…気づいてたのか?普段は勘が悪いクセに、戦闘になると冴えまくりだな。」


「お褒めの言葉、ありがとうございます。」


「あ、いや…。そこは別に褒めて…。」


 勇者がツッコミをしようとゴルドラの顔を見上げた時、ゴルドラもフルフェイスに覆われた顔を勇者に向けていた。

 そして、カシャリとフェイスシールドを上にあげ、目線だけが露わになる。


 その目は笑っていた。


「心配には及びません。安心してお任せください。」


 その目を見て、勇者は心の中に残っていた罪悪感を押し出すことが出来た。


「ホント…いつもお前には無茶ばかりさせて…ごめんな。」


「いえ、とんでもない。」


 ゴルドラはフェイスシールドを下げ、巨竜戦斧ハルバードを作り出して両の手で握る。


「これは私にとってもケジメの一戦ですからね。」


 ゴルドラはその一言とともに、大通りに列をなすシェゾの大群に向けて巨竜戦斧ハルバードを振り下ろす。


竜波動ドラグウェーブ!!!」


 3~4mはあろうかという地を走る光の衝撃波が、ルネリオスにおける最後の戦いの火蓋を切ったのだった。 



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