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〜運命に翻弄される者同盟 結成〜

◾️

「いけませんな…。これはいけませんよ…」


 肉を弾ませながら汗だくになり、回廊を走り回る男がいた。


 神官長 ボルフ=ニル=ゴーギャンである。


 先日の失態からデズモンド枢機卿に厳しい叱責を受けて以降、評価を取り返すべく奔走していた彼だったが、昨夜の一時で状況は一変してしまった。


 それは先刻、明け方だと言うのにデズモンドからの招集を受けたことから端を発した。


 なんと、デズモンドはリヴァイアに対してクーデターを起こすと言うのである。


 リヴァイアの異常性を国民に対して公表し、密命となっている聖女を騙るものを担ぎ上げて蜂起するというのである。

 それに伴い、昨夜確認されたキングレギオン二体を味方につけるというオマケ付きである。


 確かにその件がうまくことを運べば、リヴァイアの脅威は去ることになるが…。それは教皇庁バーラルと真っ向から戦うことになるのである。

 それは簡単に言えば内乱を引き起こすと言っているのと同義である。


 そこまでの選択を選んだということは同時に、デズモンドは事実上失脚しており、最期の悪あがきと言っても何の差し支えもない。


 昨夜の繁華街で起きた亜人騒動の裏で、何があったのかまだ把握できていないが、デズモンドの両手が痛々しい包帯で覆われていたことから、何らかの制裁を与えられたことは確実である。


 当然その相手はリヴァイアであることは想像するに難くない。


 ボルフとしてもリヴァイアの狂気に怯え続けるのは望むところではないが、かといってデズモンドに加担するにはリスクが高く、不確定な要素が多い。


 そもそも、現体制が崩壊すれば、ボルフ達神官省が今までやっていたことが白日の元に晒される可能性は高いのだ。そうなればそこにボルフに与えられるポストなどない。


 あちらを立てればこちらが立たずという袋小路の状況下において、自らの不明瞭な立ち位置に焦りを募らせていた。


「まずは、情報…何よりも重要なのは情報です!枢機卿の企てが果たしてどれほど現実味があるものなのか…。それを知っておくことが何よりも肝要…!」


「あら?そこのあなた…。」


 呼び止めたその声に、ボルフは心臓が飛び出るかのような錯覚に陥り、その場で硬直した。

 そして、恐る恐る右の回廊へと視線を移す。

 そこには、正直今最も会いたくない人物が立っていた。


 ボルフは慌てて膝を折り、跪礼する。


「こ、これはこれは聖女様…!私目のような下賎なものにお声がけ頂けるとは光栄の極みでございます。」


 内心震えながらも長年培ってきたおべっかは、心は乱れ、頭は働かなくてもスラスラと口から吐き出された。


 そんなボルフに対し、リヴァイアは冷笑を浮かべる。


「そう?それなら下賎なものであるあなたは、いの一番に私に気付いて頭を下げるべきじゃないかしら?そう思わない?シェゾ?」


「リヴァイア様の仰る通りかと…。」


 ボルフの全身から冷や汗が噴き出した。それは法衣をぐっしょりと濡らしてしまうほどに…。


「も…申し訳ございません!」


 ボルフはそのまま頭を床に擦り付け赦しを乞う。圧倒的な恐怖に、それ以外の行動が思い浮かばなかった。


 しかし、リヴァイアは予想外にも満面の笑みを浮かべた。


「顔を上げなさい。ちょうどあなたにやって欲しい仕事があるのよ。リーヴァのお願い…聞いてくれるかしら?」


 これは要請ではない、命令による強制であることは明らかである。考えるまでもなくボルフは再び平頭する。


「ははぁ!なんなりとお申し付けくださいませ!」


 見た目は豚だが、完全に犬と成り下がっているボルフを嘲笑しながら、リヴァイアはボルフの前に跪き、小瓶を取り出すとボルフの目の前にチラつかせた。


「これをね、貧民街ソドムまで行って蓋を開けてきて欲しいのよ。開けたら小瓶ごとその場所に投げ捨てていいわ。」


 その奇妙な指示に、ボルフは小瓶とリヴァイアを交互に目をやった。


 何故そんなことを?これは一体何なのですか?と素直に聞いてしまうほどボルフは愚かではない。

 その発言は自分の知的好奇心を満たすためのものでしかなく、下手をすれば地雷になってしまう可能性を秘めているのだ。

 今最優先なのは、一刻も早くこの応対を終わらせることだと、ボルフは考えていた。


「かしこまりました。このボルフ目が必ずしやお勤めを果たして参ります。」


「そう?それじゃあ頼んだわよ。」


 ボルフは小瓶を受け取る。


 特に変わった様子などない小さなガラス瓶だ。コルク栓で蓋をされている中身についてはよく分からない。透明な無色の水が入っておりそれ以外の特徴は何もなかった。


 ボルフ小瓶を頭上よりも高く掲げた。


「確かにお預かり致しました。それでは早速、行動に移らさせていただきますが、よろしいでしょうか?」


 ボルフのその言葉には、早くこの場を立ち去りたいという意思が確かに感じられるが、相手に対する言動や行動は何の不審なところはない見事な立ち回りであった。


 当然、リヴァイアは留めることなどしない。


「ええ、頼んだわよ。」


「はっ!それでは失礼致します!」


 ボルフは立ち上がると深々と頭を下げ、その場を後にした。


 その後ろ姿を見ながらリヴァイアはポツリと溢した。


「あの男、醜いけど意外に頭の回る男の様ね。生かしておいた方が有益だったかしら?どう思う?シェゾ?」


 シェゾは少し思案すると、無感情に答える。


「食い気が強いため、餌さえ与えれば犬としては優秀ですが、駒としては大した価値はありません。失うのが惜しいという程の人物ではないかと…。」


「ふーん…まあ、確かにそうね。金と権力をぶら下げればアレぐらいのヤツはいくらでも吊れるものね。」


 慌てた足取りでその場を去るボルフの背中を見送りながら、リヴァイアは静かに冷笑を浮かべていた。

 そんなリヴァイアと対照的に、シェゾは相変わらずの無表情だが、珍しく応対以外で口を開いた。


「あれが例の神話ゴッズアイテムですか?」


「ええ、早速お母様が《魔力転送》で送ってくださったわ。【キェルケゴール】といったかしら?シェゾ、あの豚がちゃんと任務をこなすかどうか見張っててくれるかしら?」


「御意に。」


 頭を下げるシェゾを確認した後、リヴァイアは窓から下界の街並みを見て邪悪に口元を吊り上げた。


「【漆黒の災厄】とやらがどんな悲劇的な状況を生み出すのか…。想像するだけで心が躍るわね。そう思うでしょ?シェゾ?」


 静かに頷くシェゾ。まだ日が高くなる前のルネリオスに、リヴァイアの高邁な高笑いが響き渡るのだった。



▮勇者

 寝むれない。


 夜通し戦闘やらなんやらがあり、体は疲労しているというのに全く寝付けない。


 もう時間として昼になろうとしているため、寝るのを諦めて俺はベッドを出て部屋を出る。


 昨夜…というより明け方頃に行われた会議が解散された後、俺たちは地下街にある宿を案内してもらった。


 まさかの一人部屋。

 基本的に部外者が泊まる場所ではなく、所謂VIPの部屋だそうだ。


 まあ、ある意味多額の融資をしている以上、VIP待遇されるのは当然かもしれないが、結局一睡も出来ず、申し訳ない気分になった。


 昼夜が分からない地下での生活は、地上よりも豊かとはいえ居心地は良くなかった。やはり空と太陽の力は偉大だとしみじみ感じてしまう。


 石造りの階段を降り、単調な灯りが照らす通路を通って歩き回っているが、数分で気づかされる。


 迷った!


 決して方向音痴とかではないのだが、ここまで特徴がなく代わり映えのしない景色が続いてしまうと、おそらく初見ではみな迷うのではないだろうか?


 商店が並ぶ大通りに出たいのだが、行けども行けども辿り着かない。せめて誰かと鉢合わせることが出来たら案内してもらえるんだが…。


 そうして、何度目かもわからないT字路にぶつかり、ため息交じりに左へと曲がった時、前方から走ってくる足音が近づいてきていた。


 助かった!これで案内してもらえる!


「お~い!」と言って手を挙げて呼び止めようとするが、返事はなく、それはスピードを緩めくことなく近づいてくる。


 俺は訝しんでそれの全容を視界に収めると、ギョッとした。


 それは大量の洗濯物が詰め込まれ、山のようになったカゴを前に抱えたまま走っていたのだ。当然、前など全く見えていない。


「ちょっ!ちょっと!とまっ…!!」


「…えっ?」


 そいつは洗濯物の山の右手からひょっこりと顔を出し、前方を確認したのも時すでに遅く、俺たちは盛大に衝突し、大量の洗濯物が宙を舞った。

 衝撃で尻もちをついた俺を覆い潰さんとするかのように、汚れた衣服たちを頭から被り、埋もれてしまうのだった。


「だ、大丈夫ですか?!」


 大量の汚れものからなんとか這い出した俺は「痛て…」と口漏らしながら視線を上げる。


『あ…!?』


 二人の声が重なる。


 そして、もう何度目かになるがなぜか茫然と見つめ合ってしまう気まずい沈黙が流れる。


 彼女…アリーを前にするとなぜか毎回そうなってしまう。

 それは彼女が聖女だからとは全く無関係のないところで俺の心をかき乱していた。


 そして、何も声に出さない俺を見て、アリーは不安そうな声を上げる。


「ご、ごめんなさい。私、不注意で…。」


 そう言って目を伏せるアリーの心配そうな目に耐え切れず、俺は飛び起きて無事をアピールする。


「だ、大丈夫!大丈夫!こんなの怪我の内に入らないから…!ほらっ?!」


 無意味にポージングなんかを取っていると、アリーが吹き出すように笑ってくれた。


「フフフ、何ですか?それ?」


 どうやらこの世界にはバイセップスですら認知されていないらしい。—上腕二頭筋を誇示するポージング—


 まあ、冗談はともあれ、俺は洗濯物をかき集めると、「よいしょっと…」と言って持ち上げた。


「あ、そんな!いいですよ、私やります!」


 慌てて洗濯カゴを引き受けようとするアリーを制した。


「大丈夫、大丈夫!手伝うよ。」


 俺がそう言うと、彼女は手持無沙汰になった手をまごつかせながら、頭を下げた。


 俺たちはそのまま洗濯場へと向かった。


 そこは地下水脈が流れる大きな一室だった。

 あちこちに大量のカゴが置き去りになっており、さながら大衆洗濯場のようになっている。


 俺達は二人横並びになって洗濯物を洗う。

 その際も、無言。


 時折視線を感じるし、視線を飛ばしては逸らしてしまう。会話をしようとするけど言葉が上手く紡げない。普段なら別に何も意識しなくても出てくるような言葉が、頭で文章を作り上げないと喋り出せないという不器用さだ。


 そして、極めつけはこれだ。


『あ、あの…。』


 ようやく意を決して話しかけたのにタイミングが被ってしまい、どちらが先に喋るかを譲り合った結果、また無言になってしまうという埒が明かない始末だ。


 本当に…これはヤバい…マジで末期の症状だ…。


 だが、流石にいつまでもこんな感じでいるわけにもいかない。俺は意を決してフィラー(紡ぎ言葉)を封印して言葉を発した。


「す、すごい洗濯物の量だね。これ、どうしたの?」


 よし、言えた!この場所に来て初めての質問らしい質問だ。


 アリーはそれを受けて、恥ずかしそうに顔を背けた。


「あ…えっと…。あの後色々考えてたんですけど、結局考えがまとまらなくて…。寝ようと思っても寝れなくて…。何かしてないと落ち着かなくて…。洗濯でもしてたら気がまぎれるかと思って、皆さんの部屋を巡って洗濯物を…。」


 ジャブジャブと洗濯物を洗う音だけが響く。


 ヤバい!会話が終わってしまう!


 でもやっぱり、彼女は迷っているんだろう。


 いきなり本物の聖女だと言われ、母だと思っていた人は生みの親ではないと知り、存在すらも知らなかった双子の妹に命を狙われているだなんて、酷い冗談にしか思えない。


 普通に育ってきた彼女にとって、自身が非凡な生まれだと知ったとしても、何も変えられないし変えたくない。そのジレンマが彼女を苦しめていることは明らかだった。


 だけど、それでも俺は伝えなくてはならないことがあった。


「アリー…。その…遅くなったけどさ、あの時、俺が刺されて死にかけてたのを助けてくれたのは、アリーだったんだよな?助けに来たつもりだったのに、逆に助けられちゃって…。情けないんだけどその…本当にありがとうな。」


 俺がそう言うと、アリーははにかみながら微笑んだ。


「ううん。あなたが助けてくれなかったら、私とレダ君がどうなってたか分からないし…。あの時、あなたが助けに来てくれて、私は本当に嬉しかった。」


「嬉しかった?」


「ええ。だって、初めて私は心の中でオルフェリア様以外に助けを求めたから。」


 俺が訝しんでいると、アリーは頬を染めながら少し俯いて視線を落とした。


「な、なぜだか…あの瞬間、あなたが助けてくれるような気がしたの。そうして固く閉ざしていた目を開けた時、本当にあなたがいて驚いた。運命に引き寄せられる。そんな言葉の意味を全身で思い知らされた。だけど…。」


 アリーの体が震え始めた。


「あなたが私の腕の中で冷たくなっていくのを感じた時、私は自分の半身を失っていくような感覚を覚えたの。あなたを失ってはいけない…。そう思った時、私にオルフェリア様が降臨なされた。」


「オルフェリア様が、アリーに?」


 アリーは首を縦に振った。


「はい、確かに見えた黄金の女神はオルフェリア様に違いないと思います。そして、あなたを助けるための力を私に授けて下さいました。」


 アリーが俺に視線を向ける。


「あなたもまた、大きな因果の糸に導かれているのでしょう。私達、案外似た者同士なのかもしれませんね。」


「似た者同士…か…。俺はむしろ運命に弄ばれてる側の人間だと思ってるけど?」


「それは捻くれた言い方してるだけで同じですよ。」


 屈託なく笑うアリーを見て、不思議だと思い、俺は疑問を口にした。


「運命だとしたら、納得して受け入れられるのか?アリーの中にある本心との折り合いをどうやってつけるんだ?」


 俺の突然の問いに対して、アリーは笑いながら即答する。


「納得はしてませんよ?私はこの町でみんなと支え合いながら、お母さんと暮らしていければそれで良かったんです。」


 あっけらかんと答える彼女に俺は呆然とした。そんな俺にお構いなく、彼女は続ける。


「聖女になんてなりたいとも思わないし、代わってもらえるなら代わってほしいです。そもそも、私なんかが聖女だなんて絶対似合わないじゃないですか。」


 いや、似合わないってことはない…と言いかけた時、アリーは「でも…」と話を続けた。


「自分の気持ちと折り合いを付けることは出来るんじゃないでしょうか?運命の導き全てが悪いこととは限らないですしね。」


「あ…。」


 その言葉に、俺は思わず声を漏らした。


「私が聖女として立つことで変わる何かがあり、救われる誰かがいるなら、自分の本心を騙してでも運命に従うべきじゃないかって思ったんです。…ってこれ、聖女になる動機としては不純ですよね?」


 そういうと、アリーは屈託なく笑った。


「それに、運命が引き寄せてくれる縁っていうのもあると思ってるんです。そりゃあ、結びたくなかった縁もありますけど、あなたとの出会いもまた、運命の導きがあったからじゃないでしょうか?私はそれを否定したくないんです。」


 その言葉を聞いて俺は呆然としながら、「ああ…、彼女は根っからの聖女なんだろうな」っと思った。


 自分以外の誰かのために笑って応えることが出来る彼女は、まさしく奉仕の愛を注ぎ続ける豊饒の女神オルフェリアの化身だと何の確信もなく信じられた。

 

 エルマリークさんの一件以来、《エクスカリバー》の示す運命そのものに嫌気がさし、逆らいたい、逃げ出したいと思った自分がとても幼く感じた。


 運命というGMの決定に対して憤る一方で、ゴルドラやノア、ロアと巡り合わせてくれたことに対して、感謝の一つも感じたことはなかった。


 そう考えると、可笑しくて、申し訳なくて…思わず涙を流しながら笑ってしまった。

 その様子を見てアリーは慌てふためていた。


「えっ?えっ?!な、なんで泣いて?いや笑って?だ、大丈夫ですか?!」


 心配するアリーを制しながら、俺は目に浮かんだ涙を拭った。


「ははは…。そうだな…俺はこの運命の中で、大切なものが出来過ぎた。もう、簡単に逃げ出したり、投げ出したりしていい立場じゃない。どんなにつらい状況になっても、不合理な選択を迫られても、受け入れなきゃいけないものが運命なんだろうな…。」


 アリーは目を細めて微笑んだ。


「やっぱり似た者同士じゃないですか。私達。」


「そうだな、そうかもしれない。」


 二人して洗濯をそっちのけで笑った。


 ひとしきり笑うと、アリーは「ところで…」と新たな話題を切り出す。


「そろそろお名前を教えてくれませんか?」


 笑顔で告げられたその一言に、俺は硬直した。


「あれ?俺言ってなかったっけ?」


「あ、はい。先刻お名前を聞かせてもらえそうなタイミングも逃してしまいましたので…。私は名乗った…というか、私自身すら知らなかった名前まで晒されちゃいましたけど…。」


 俺は乾いた笑いを浮かべながら記憶を掘り返す。

完全に失念していた。そういえばロアに思いっきり邪魔されたんだった。


 咳ばらいを一つして、畏まった緊張感を弛ませた。


「改めまして、俺はアレクシー=オズワルド。アレックスって呼んでくれ。」


「アレックスさん…。」


 彼女が俺の名前を呼んでくれた。なんだかそれだけで胸が満ち足りた気がする。


「なんか呼びづらいですね?」


「そうなの?!」


 まあ、略称なのに名前短くなってないけど…。


 アリーは「そうだ!」と、いいことを思いついたように手を合わせて顔をパッと明るくさせる。


「今度はアレックスさんのお話を聞かせてくださいよ。」


「えっ?俺の?」


 俺は自分を指さし、彼女は笑顔で頷いた。


「聞きたいんです。アレックスさんが何者で、どんな使命を背負っているのか。【運命に翻弄される者同盟】として。」


 ノアの【ママ大好き同盟】みたいなノリだな…。


 苦笑しながら、俺は頷いた。

 むしろ、聞いてほしかった。

 共有したかった。


 だから俺は、自分が知り得る全てを彼女に伝えることを決めた。


「俺は転生者だ。異世界である前世で死んで、この世界には勇者っていう役割を与えられて転生を果たしている。」


「へ?!」


 今度はアリーが間抜けな声を上げて目を丸くしている。


「て、てててて…転生者!!しかも勇者様だなんて!!!なんでそんな大事なことを今まで黙ってたんですか?!」


 初めて見るアリーの興奮具合に呆気にとられた。ゴルドラの時もそうだったが、この世界での転生者と勇者は一目置かれるのだろうか?


「いや、黙ってたっていうか…。名前すらもさっき言ったばっかりだし…。」


 それを聞いてアリーは赤面した。


「まあ、本題に入ろう。俺はこの世界に転生した目的がある。それはアルカナレイドっていう人取遊戯ゼロサムゲームを制することなんだ。」


「アルカナレイド…?」


 アリーの相槌に俺は頷いた。


「ああ、それはこの世界に22名いるアルカナキャストを見つけ出し、全員を仲間にすることなんだ。」


 なんだか話がついていけていないようで、ポカンとしている。

 まあ、突然こんな話をしてもそんなリアクションになるよな。


「それぞれに対応したアルカナをユニークスキルとして取得しているレギオンの事だよ。俺をはじめとして、ゴルドラやノアとロアもアルカナキャストだ。因みに、レダもアルカナキャストで、アリー、君もアルカナキャストだ。」


「えっ?!私も?!」


 アリーは自分を指さしながら、目を丸くする。


「え~…。また特別な肩書が増えちゃいましたね…。これじゃあ、本格的に町娘に戻れそうにないな…。」


 アリーは肩を竦めながら苦笑した。

 なぜかお道化た様な口振りに俺は妙な違和感を感じた。


「えっと…アリーがアルカナキャストってことで、俺の目的を達成するためには…その…俺と仲間になってほしいんだけど…。」


「いいんですよ。」


 … …


「え?何驚いてるんですか?」


 アリーが俺の顔を見て訝しんだ。なんかずっと笑ってるからこんな表情は逆に新鮮だ。


「あ、いや…。えらくあっさりしてるなって…。」


「別に悩むことじゃないと思いますけど…。仲間になったらなんか悪いことでも起こるんですか?」


「いや、まあ悪いことというか…。なんというか…。」


 さばさばとしている彼女の性格や応対に、終始口ごもってしまう


「さっきも言いましたけど…私、運命の出会いは大事にしたいんです。だからアレックスさんと出会ったこと全てをちゃんと肯定したいと思ってます。たとえ、その先に困難が待っていたとしても。」


 とんでもないことを言いながら、笑うことが出来る彼女の強さに、俺は正直脱帽した。

 そんな彼女を見て、どんな困難が訪れても、そんな彼女を守れるようになりたいと俺は心から思った。


 その時、自動的に《超鑑定》が発動した。


 アリーのステータスが映し出され、彼女のアルカナ【女教皇】のカードが中立ニュートラルから正位置に変化した。


「はあ?!」


「えっ?!」


 思わず間抜けな声を上げた俺に、アリーもまた素っ頓狂な声を上げた。


 あれ?さっきの会話の流れであのリアクションはヤバいんじゃね?


「あ~違う違う違う!!そうじゃなくって!アリーの決意を否定したんじゃなくて!!」


 ジタバタと慌てる俺を見て、アリーは何かを察してくれて、クスクスと笑った。


「もう、なんですか?一体?落ち着いて話してくださいよ。」


 俺は変な誤解をされなかったことにほっとした。

っというより、彼女はそういうタイプじゃないみたいだ。

 思い切りはあるけど思いの外思慮深くて、相手の言葉をかみ砕いて理解できる。ざっくり言えば空気が読めるのだ。


 俺一人慌てていてすごくカッコ悪い…。


「いや、俺には《超鑑定》っていうスキルでアルカナキャストかどうかが判別出来るんだけど、突然アリーのアルカナが正位置に…つまり、勇者の仲間って認定されたんで、ちょっと驚いて…。」


 アリーは小首を傾げた。


「なんか初めて見たような言い方してますけど、他の人たちの時はどうだったんですか?」


 そう言われて今までのことを思い出す。


 ゴルドラは真名契約をした際、アルカナが正位置になったことを確かに確認できた。


 でも、ノアとロアについては未だにアルカナは中立ニュートラルのままなのだ。


 まず、彼女たちとは真名契約が出来なかった。実行アイコンが出てこないのである。


 理由についてもいろいろ考えた。


 ノアとロアに分かれていることが原因なのか、そもそも真名契約に至るほどの関係構築が出来ていないのか…など。


 だが、控えめに言っても良好な関係は維持出来ているとは思う。それでもアルカナは正位置にならなかった。—これで裏では陰口叩かれてたら泣くしかない—

 

 だが、今回の件でその謎はさらに深まることになった。何がきっかけで勇者の仲間と認定されるのか…。それが全く分からなくなったのだ。


 俺はそれをざっくりだがアリーに伝えると、アリーは顎に手を置き、天井を見つめて思案した。


「う~ん…可能性として考えられるとしたら、二人が既に真名契約をされているとか?」


「あ~…うん…その可能性はあるのか?」


 ゴルドラを《超鑑定》した際には名前の側に【契約済み】という表記があるため、すぐ分かるのだが、それは自分が契約しているから見えるのであって、他者と契約している場合にも見えるかどうかは確かではない。


「あるいは…彼女たちは肉体的ではなくても、精神的に誰かの支配下にある…とかですかね?忠誠心とか愛情だとか条件を満たすためのスイッチが別の人に固定されたままになっているのかも…。」


 それは…あるのか?


 もし、故人である母親に対する情愛が原因になっているとしたら、時間が解決することなのだろうか…?


「まあ、今は分からなくてもいつか分かる時が来ますよ!今確かに分かったことは、私とアレックスさんは仲間だってことです。」


 そう言ってアリーは満面の笑顔を見せた。それを見て嬉しくなり俺も笑った。


「あ〜でも良かった〜。命を狙われてるって状況でアレックスさんやゴルドラさんと仲間になれるだなんて…オルフェリア様の導きには感謝してもし足りないくらいですね!」


 それを聞いて俺ははっとした。


 そう、この一件…俺達がたまたまこの街に来て、偶然彼女を助けることが出来たから事なきを得たけど、もしそうでなかったら彼女は今頃囚われの身だったんだ。

 彼女からしてみたら、完全に渡りに船の状況な訳である。彼女もなかなか強かで、一筋縄ではいかない人物のようだ。


 しかしながら、悪い気はしなかった。

 そんなところも含めて彼女の良さなんだと、惚気る自分がいることを、既に否定しなくなっていた。


「そう言えば聞きそびれてたんですけど…。」


 改まってアリーが少しモジモジしながら言いにくそうにしている。


「ん?どうした?なんか聞きたい事ある?」


 促してみたが、やはり何か言いずらそうにしている。そして、ようやく意を決したのか、いつになく真剣な顔をして俺に向き直った。


「アレックスさんって…既婚者なんですか⁈」


 … …


「へ?」


 しばしの沈黙の後、俺は間抜けな声を上げるのが精一杯だった。アリーは顔を赤くしながらモジモジと言葉を紡ぐ。


「え?だって…ロアさん?ノアさん?でしたっけ?彼女から…その…パパって…。」


 ほぅらみろ!こういう事になるじゃねぇか!


 俺は内心ノアに毒付くと、経緯をアリーに説明した。

 話してみたものの、アリーのキョトンとした表情は変わらなかった。


「まあつまりは、いなくなった親の代わりに保護者やってるってこと。」


 ちょっと投げやり気味な説明の中、アリーはホッと胸を撫で下ろしていた。


「あ〜良かった…。奥さんがいたらどうしようかと思いました。」


 そう言って微笑む彼女を見て、なぜか俺は照れ臭くなった。

 彼女が安心してくれたことに、俺もまたホッと胸を撫で下ろしているという事に気づいたからだ。


 ああ…もう…そうなんだろうな…。俺は彼女が好きなんだ。


 俺は心の中で、意味もなく否定しようとする自分を制して、一つの決着をつけたのだった。


 その後、洗濯を洗い終えた俺たちはその場にで次々と洗濯物を干していく。


 この地下では太陽がないのでなかなか乾かないと、ぼやくアリーに、ロアと開発した温風マシンを収納インベントリーから取り出した。

 火のルーンと風のルーンを組み合わせて調整した巨大扇風機である。


 当然アリーは目を見開いて驚き、その画期的な性能に飛び跳ねて喜んだ。


 瞬く間に乾き、キレイになった洗濯物を持って俺たちは洗濯場を後にし、和気藹々と道中をすごしていた。

 もう、変な緊張で言葉が出なくなったりってことはなく、妙な動悸に苛まれることもなくなった。ただ、彼女と一緒にいる時間がとても楽しかった。


 それにしても…全然人に出会わないな…。みんなどこに行ってるんだろうか?ゴルドラ達もいないし…。


 俺がキョロキョロしながら訝しんだ顔をしていると、アリーが俺の顔を覗き込んできた。


「どうかしました?」


「え?あ、ああ…いや…なんで誰もいないのかなぁ〜って思ってさ…。」


 「ああ〜…」と、言ってアリーは自分を小突いた。


「みんな外の酒場で歓迎会を開いてるみたいですよ。アレックスさんが起きたら連れてくるようにって事付けを頼まれてたんですけど、それまで洗濯でもしてようと思ったんですけど…。すっかり忘れて話し込んじゃいましたね。」


 そう言ってアリーは小さく舌を出して笑った。


「あ、そうなんだ?じゃあ、洗濯物片付けたら一緒に行こうか?」


「はいっ!」


 変な気を使うもんだな…。結局一睡も出来てなかったんだし…声をかけてくれても良かったのに…。まあ、お陰様でアリーと二人きりで話す事が出来たけど…。ん…?


「因みに、その事付けをして来たのって誰?」


「ノアさんですよ。」


 その一言に、俺は何となく状況を察知した。


 アイツ…こんなお節介も出来るやつだったのか…。


 意外なノアの側面を知り、内心感謝していたそんな折、突如頭にコール音が響き渡る。

 相変わらず芯まで響くその音に、俺は足を止めて顔を顰めた。


「だ、大丈夫ですか?」


 心配げに顔を覗き込むアリーに対して、俺はすぐに笑顔で返した。


「ああ、大丈夫大丈夫。ノアからの《魔力通話》だよ。いきなり頭の中で聞こえてくるからまだ慣れてなくてさ。」


 そう言って苦笑しながら、ノアの着信を受け取る。


『パパ⁈ノアなの!大変なの!!』


 突如聞こえるノアらしからぬ焦りを帯びた声…。

 俺の中で緊張が走る。


「どうした?何があった!」


『ゴルドラが…ゴルドラが大変なの!!早く来て欲しいの!!場所は…!!』


 俺は場所をアリーに伝えると、すぐに状況を飲み込んでくれた。


「案内するわ!洗濯物はとりあえずその辺に置いといていいから、急ぎましょう!」


 アリーの背中を追いながら、俺の中で焦燥感が立ち込める。


 何かとんでもないことが起きている…!


 数分後…それを目にした時…俺は愕然とした。そして、恐怖と絶望が心の中を支配したのだった。


 

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