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〜狂気の夜に白日へと堕ちる〜

▮勇者

 暗い…。なんだ…これ?落ちていく…。


 空からというよりも、水の中に沈んでいくのに似た感覚…。


 そんな中、頭は今の状況を冷静に分析しようとする。


「もしかして…これが死なのか?」


 自分の声が自分の耳に届いているのかもよく分からない不思議な感覚。

 記憶を遡れば、今の状況が死んだことによって引き起こされていると考えるのが妥当だった。


 この後どうなるんだろうか?


 輪廻リンカーネイションの効果で復活するとは思うんだが、如何せん死ぬのは初めてだ。

 どうなるのか分からないというのは、スキル効果を鑑みても不安は拭えない。


 …いや、厳密には死んだのは2回目だった…。


 これから一体どうなるのだろう…?

 またナビの居た場所に戻されるのだろうか?

 そう言えばアイツ言ってたな…。


「死んでしまうとは情け無い…。て言われます。」と…。


 そんな雑念が絶え間無く過る中、視界の先に何かが見えて来た。


 一面に広がる赤黒い大地…。

 それだけでナビの居た場所でない事は確定した。


 そして、視界に一つの人影を捉えた。


 深い漆黒の髪をした小柄な少年だ。

 透き通るような白い肌に、重力を感じさせずに宙に揺蕩う黒い外套に身を包んだその姿は、この世の者とは思えない幻想的な雰囲気を醸し出している。


 その少年が顔を上げ、視線が交錯する。


 正直、ぞっとした。


 その少年の瞳は煌々と赤い。

 自分の眼の色も赤いが、そんなレベルでは無い。ロアのものとも違う深紅に思わず息を呑んだ。


 彼は俺を見ると明らかに不機嫌な顔をして、目を背けた。


「君、まだ死んでないみたいだね…。残念だよ。」


 いきなり発せられたその言葉に、思わず目を白黒させる。


「へ?おいっ!それってどういう…。」


 少年は答えず、闇の中に消えていく。

 それと同時に、周りが白く染まり始めた。

 まるで光に飲み込まれるような眩しさに、思わず目を閉じた。


ーーーーー


 何も感じなかった先程までと一転して様々な感覚が一気に情報として流れ込む。


 湿った夜の空気と若干の血の匂い。

 俺を呼ぶ見知った声。

 口の中で感じる鉄の味。

 そして、柔らかい感触…。


 俺は目を開いた。


 そこにはゴルドラと、レダ、そして赤いタトゥーの彼女の顔があった。


「マスター!!気がつかれましたか!!」


 ゴルドラのバカでかい声が耳を劈く。

 そして、涙をボロボロと流して大泣きし始めた。


「うわぁあああん!!マスター!!申し訳…申し訳ございません!!この私があんなに近くにいながら…。えぐっ!えぐっ!!」


 あまりの号泣振りに唖然としてしまい返す言葉がなかった。


 辺りを見渡すと、レダも何やらバツが悪そうだが、ホッとした顔をしている。


 そして、俺はどうやら彼女の膝の枕で横になっているようだ。眼前に彼女の顔が大きく映り、溢れた涙が俺の頬を濡らしていく。


「本当に…本当に無事で…間に合ってよかった…。」


 彼女がそう呟くと同時に、何故だかわからないけど、俺は死なずに助かったらしいということが分かった。

 腹を弄るが、あの男に刺された傷口は綺麗さっぱり無く、身体もすこぶる快調だ。


 聞きたい事は山ほどあった。


 だが、何を差し置いても真っ先に聞きたいことが俺の口から発せられた。


「君の…名は… …?」


 … … … …


 奇妙な沈黙が流れる。


 あれ?なんか往年の名作みたいなこと口走ってないか?俺?


 テンパリ始めて言い直そうかと思った矢先、彼女は吹き出すように笑うと、眩しい笑顔と共に答えてくれた。


「アリー…。私、アリーって言います。あなたの名前も聞かせてくれますか?」


「俺は… …。」


「パパぁあああああーーーーーー!!!!」


「げふぅぅうううう!!」


 ロマンチックな雰囲気を打ち壊しながら、何者かが俺に強烈なタックルをぶちかまして来た。


 それが何者なのかはお察しの通りである。


「パパのバカバカバカバカバカバカ!!紛らわしい真似しないでよ!!次やったらマジでブチ殺すからね!!」


 本末転倒なことを叫びながら、俺の胸を何度もポカポカと殴って泣き喚くロア…。

 ゴルドラもそうだが、相当心配させてしまったみたいだ。そう考えると罪悪感を感じずには居られなかった。


「あ、そうだな…うん、心配かけてごめんな。」


 そう言いながら、胸の中で泣きじゃくるロアの頭を撫でた。


「アリー!!アリー!!」


 遠くからアリーを呼ぶ女性の声が聞こえる。


「お母さん?お母さん!無事だったのね!!」


 アリーは女性の元に駆け寄り、深く抱きしめあった。


 どうやら彼女の母親のようだ。

 血相を変えて駆け寄って来た表情は一変し、安堵に包まれていた。


 その様子を呆然と眺めていると、アリーの母親が俺達に向けて頭を下げる。


「状況はまだ飲み込めませんが、あなた方が娘を助けて下さったのは窺えます。心からお詫び申し上げます。」


 丁寧な言葉で礼を告げるアリーの母親だったが、顔上げた時には酷く険しいものに変わっていた。


「申し訳ございませんが、どうやらあなた方を大変な問題に巻き込んでしまいました。その上で不躾なお願いをさせてください。どうか、私達に力をお貸しください。あなた方に縋るしか、私達には道が無いのです。」


 突然の申し出に、俺達一同は唖然とする。


「お母さん…?それって一体どう言う事なの?」


 アリーの問いに、母親は苦虫を噛み潰したようして答える。


「神官省があなたを連行しようとしているの。もう猶予はないわ。」


 その言葉にアリーは驚愕する。


「待ってよ!何で私が神官省に狙われなきゃならないの⁈」


 アリーが声を荒げたところで、あちこちから人のざわめきと、この場所へと集まろうとしている気配がし始めた。

 あれだけ騒ぎ、暴れた割には野次馬の動きとしては遅いぐらいだ。


「話は別の場所でしましょう。皆さんもついて来てください!」


 ゴルドラとロアから視線が向けられる。

 どうするべきか判断を仰いでいるのだろう。


 正直、何が何だか分からないが、このままだと憲兵殺しとして、そのまま罪を被せられそうだ。

 それにアリーが狙われている理由が何であれ、放っておく事は出来ない。


「ああ、分かった。ついてくよ。」


 俺の返事に、アリーは驚きを隠さずにいた。

 そして、母親は再び頭を下げる。


「ありがとうございます。それでは、急ぎましょう。レダ、あなたもですよ?」


 レダの背中がビクッと震えた。まるでイタズラが見つかってしまった子供のようにバツの悪い顔をした後、レダは頭を掻きながら渋々応じる。


 今まで全く交わることのなかった者達が紆余曲折の上、ここに集い、そして共に行動するようになるという奇妙な縁に、運命というものを感じざるを得ない。


 そして、「場所を変えよう」と訪れた場所は、皮肉にも昼間訪れたばかりの闇市場だった。



 ガシャーン!!


 グラスの割れる音が響き渡る。


 大理石の床に広がる深紅のワイン染みが、まるで血を連想させ、跪く二人の男は恐怖で肩を震わせていた。


 ここはデズモンドの裏の謁見室。

 

 防御と防魔に優れたアダマンタイトを壁に使うことで、遠視や盗聴などの恐れを限りなく無くした部屋。つまり、表では出来ない話をするのにはうってつけの部屋と言う訳である。


 デズモンドは私兵三名に神官省の憲兵に扮させて、件の偽聖女確保を命じた。


 だが、結果は失敗。


 しかも、内一名は自刃して死亡しているという体たらく。


 万が一、遺体が騎士団省の人間に見つかり、身元を調べられることになれば、厄介なことになると踏んだ二人は、一名の死体を人目に付かないように処分したとのことだった。


 しかしながら、そんな配慮に対して労いの言葉などあるはずもない。


 デズモンドは報告を聞いてしばし茫然自失していたが、間もなく鬼の形相へと変わった。


 勢いよく玉座スローンから立ち上がると、硬質なクリスタルのオーブが取り付けられたロッドを振り上げ、男の一人の横面を思い切り殴り飛ばした。


 殴られた男は顔面を醜く歪めながら血反吐を吐いて後方へと倒れ込む。


 それを見て、もう一人の男は「ひっ!」と怯えた声を上げたのも束の間、デズモンドは足が男の顎を蹴り飛ばしていた。


 それでも怒りが収まらないのか、倒れ込む男の体をロッドで滅多打ちにする。


「この馬鹿どもが!何のために貴様らは生きているのだ?!すべて私のためだろうが!!この役立たず!役立たず!役立たず!!たかが女一人攫うだけのガキの使いも出来ぬ無能が!!無能が!!無能がぁああああああ!!!」


 何度も何度も殴りつけられ、体中の骨は粉々。内臓破裂。全身真っ青に染まったそれは、そんな状態でもまだ痙攣しており、息があった。

 当然、もう長くはないが…。


 当然デズモンドの怒りは収まらず、床に倒れ込んでいるもう一人に向けても血塗れのロッドを振り上げる。


 その時、来客を知らせるブザーの音が響いた。


 完全な防音でもあるこの部屋の扉をノックしても中には全く聞こえない。要件がある場合は部屋の外にあるインターホンを押すことで、中と会話できる作りとなっている。


 その音に、今度はデズモンドが青ざめ、身を竦めた。テーブルの上にあるカップ型の受話器を手に取った。


「わ、私だ…。」


 なんとか威厳を取り繕うとするが、声には覇気がなく、代わりに震えがあった。


「お忙しい中失礼いたします。聖女様が御呼びですので至急、来賓室までとのことでございます。」


 デズモンドはゴクリと息を呑んだ。


 当然予想出来ていたことである。

 最重要任務での失敗だ。ただで済むわけがない。


 住人達に余計な火種を与えないよう、秘密裏に少数で誘拐しようとしたのが間違いだった。

 大人数で取り囲めば、逃げられることなどなかっただろうに…。


 いくら後悔してももう遅い。

 矢は放たれてしまったのだ。


 デズモンドはまるで断頭台へと向かうかのように、生気の無い足取りでリヴァイアの待つ来賓室へと向かった。



——



 それから間もなくして、デズモンドは来賓室の門を叩き、室内へと通された。


 リヴァイアはシースルーのネグリジェ一枚という淫靡な姿のまま、豪奢なセティに身を委ね、長く伸びた爪の手入れをしていた。

 そして、相変わらずその傍らには黒い死神の如く、シェゾの姿があった。


 一歩部屋の中に入ると、振りまかれたフローラルな香水の香りとは別に、血と汚物の臭いが混ざっていた。


 見ると、ベッドの上には裸体の男女が瞳孔開き、口がだらしなく開いたまま息絶えている。


 何をされたのか想像もつかないが、男と女のパーツが切り取られ、糸でそれぞれの体に支離滅裂な形で縫い付けられていた。


 さらに、頭だけが苦悶の表情をあげ、胴体は袋詰めにされた状態で天井から吊るされている女がいた。


 袋からは耳障りな羽音が絶え間なく聞こえてくる。恐らく、あの袋の中には蜂などの毒虫が有象無象に詰め込まれているのだろう。


 絶え間く蠢めく袋の動きを見て、デズモンドは胃の中のものが喉を上がってくるのを必死で堪えた。


(この気狂いのサイコパスが…!!)


 デズモンドも人のことを言えた立場ではなく、同じ穴の狢である。

 そんなデズモンドを秤にかけても圧倒的に釣り合わないほどに、リヴァイアの異常性は際立っていた。


 なぜこのような者が聖女などという立場にあるのか…。それを問う段階は当の昔に終わっている。

 今はただ、逃げ場のない恐怖と絶望に耐え、なんとか赦しを頂くほかになかった。


 デズモンドはリヴァイアの前で膝をつき、頭を垂れ、全身ぐっしょりと汗を浮かべて、ただただリヴァイアの言葉を待った。


「デズモンド。」


「はっ!!」


 奇妙な上擦った声で返事をする。そんな些細なことでも「しくじった!」と思うほどデズモンドは追い込まれていた。


 だが、リヴァイアは意に介した様子はなく、爪の手入れを続けながら口を開く。


「昨夜の事なんだけど…。」


 デズモンドの体が大きく跳ねる。早速本題だと、身を固くして続きを待った。


「亜人が出たらしいじゃない?繫華街の酒場で…。」


 デズモンドは初耳だった。

 偽聖女を確保するという任務以外の報告をまともに聞いていなかった。


 だが、知らないと答えれば何をされるか分からないため、なんとか体裁を保ちながら受け答えをすることを決めた。


「はっ、報告を受けております。」


「ふ~ん…。じゃあさ、キングレギオンクラスの化け物が二体も町の中に侵入しているってことも当然知ってるわけよね?」


「はい…。…はあ?」


 時が止まった様な気がした。


 デズモンドの顔が見る見るうちに青ざめていく。

 冷や汗が止まらない。


(何を言った?この小娘?キングレギオンクラスが二体だと?冗談も休み休み言え!これはカマかけだ!そんな馬鹿な話があってたまるか!!)


 心の中で全否定する中、リヴァイアは酷く淡々と話を続ける。


「昨日の夜さ~…シェゾの分身体がその亜人騒動を聞きつけてみれば、そこで交戦したんだってさ。キングレギオンクラスの化け物と…。そうよね?シェゾ?」


 リーヴァの問いにシェゾは頷く。


「あれは人間ではなく、ヴァンパイアロードだと具申致します。」


「ヴぁ、ヴァンパイアロード?!」


 デズモンドからしても完全に寝耳に水だ。そもそも、闇の眷属がエルデガルドで住めるはずがない。


 何をバカなことをと嘲笑したいが、シェゾが実際に交戦したと言うからには、その信憑性を疑うことは自殺行為と言えるだろう。


 リヴァイアはアンニュイな表情を浮かべて続ける。


「でさ、そうしたらあんたの私兵が例の娘を捕えようとした現場に立ち会ったんだって。そしたら通りすがりの旅人風情に簡単にやられちゃったっていうじゃない。」


 汗が噴き出し、喉が渇く。


 まるで巨大な鍋に閉じ込められ、下から弱火で煎られているような気分だった。


 デズモンドは過呼吸気味になり、肩でヒューヒューと息をし始める。


「まあ、そいつはシェゾが始末したらしいんだけど、問題はその後よ。」


 べキャッ!!


 何の音か、探ろうとした瞬間、デズモンドは左の小指から激痛を感じ、自らの左手に視線を移すと、目を戦慄かせる。


 左手の小指の爪が無いのである。


「アギャ…ぎぃ…ギィイイイイ…。」


 絶叫を噛み殺し、痛みに耐える。リヴァイアの手には血塗みれの爪が握られていた。


 その爪をデズモンドに向けて投げ放つ。


「そこで出会ったのがもう一人のキングレギオン。金竜だったっていうじゃない?あんたさ?これどういうことなわけ?」


 リヴァイアが初めてデズモンドに顔を向けた。その顔は怒りの形相で醜く歪んでおり、デズモンドは恐怖に目を剥き、硬直していた。


「あんた、バラッカスの金竜の管理は問題なく出来てるんでしょうね?昨夜のあれがその金竜と同一ってことはないのよね?」


「も、もちろんでございます!!私どもの管理に些かも不備は…。」


 そう告げる最中、思い出した。

 先日、調査員として送り込んだハーデラントが金竜の暴走で帰らぬ者となったことを。


 デズモンドの表情が青ざめたものに変わる。


 その反応に気づいたのか気づいていないのか、リヴァイアはさらに追言する。


「調査員を派遣したら、ついでに竜の翼や角を納めさせていたわよね。なんで今回は奉納されてないわけ?」


「あ…あ、あ…。」


 べキャッ!!べキャッ!!!


「アギャアアアアアアアア!!!」


 悲鳴を上げ、指先から吹き上げる血を抑え込むようにデズモンドは蹲る。


 リヴァイアの手には2枚の爪があった。

 それをリヴァイアはつまらなそうな目で見つめる。


「汚い爪ね…ちゃんと手入れしてあげないと…。そうよね?シェゾ?」


「は。卿も見悶えるほどにお悦びになることでしょう。」


 暫くの凶事の末、結局、全部の爪を剝がされ、デズモンドは息も絶え絶え、髪を振り乱し、顔は涙でぐしゃぐしゃ。とても威厳ある法皇庁の枢機卿とは思えなかった。


 リヴァイアは深いため息をつくとセティに腰を掛け直した。


「こうなると、魔女を討伐したっていうのも甚だ疑問よね。そう思うでしょ?シェゾ?」


 シェゾは深く頷く。


「はっ。デコイを使って表向き討伐させ、狙われるリスク回避や自由を手にしようと画策した可能性は十分にあります。」


 シェゾの見解を聞き、デズモンドは何か腑に落ちるものがあった。

 フォルケルのあの必死な態度、倒したと聞いても信じきれないというあの目。

 全てが裏打ちされているような気がしてならなかった。


「それでシェゾ、あんたその仲間の男を始末したのよね?そして、そのヴァンパイアロードと金竜が奴らの仲間とするなら…。これってかなりやばいわよね…。勝てる?シェゾ?」


 シェゾは珍しく答えを渋った。そして、首を横に振る。


「無理です。ただでさえあの二人は私よりもレベルが上。搦め手無しでは到底敵わないでしょう。」


 勝てると答えないシェゾに対してデズモンドは震えたが、リヴァイアは押し黙ったままだった。


「搦め手…ねぇ…。法国に伝わる神話級ゴッズアイテムの使用を許可していただけるか、お母様に掛け合ってみる必要があるようね。」


 リヴァイアは深く目を閉じると、セティの上に横になった。


「もう行っていいわよ。」


 思わぬ一言に、デズモンドは驚愕しながらも顔をあげた。


「聖女様の名を語る不届き者の件は…?」


 正直、敢えて踏み込まないという選択もあったはずだが、デズモンドは聞かざるを得なかった。


 だが、リヴァイアの反応は思いのほか淡泊だった。


「そっちはもういいわ。もうあんたに任せる気はないから、邪魔だけはしないでくれる?」


 リヴァイアは手入れしたばかりの爪を不機嫌そうに眺める。


「あんたがどうしようもない無能で、愚図で、役立たずのゴミなのは分かったから、今すぐにでも首を晒してやりたいとこだけど…。今あんたが死んだらルネリオスが崩壊するでしょう?一応、生きてる価値があるゴミムシなのよね、あんた。そうよね?シェゾ?」


「賢明なご判断かと。」


 相当な言われようだが、何一つ反論出来ないのも事実だった。


 不始末と確認不足、作戦失敗ついでにキングレギオンを法王庁の膝元に二体も招き入れてしまい、因縁を作ってしまうという体たらくだ。


 贔屓目に見ても、十爪程度の喪失で済み、五体満足で命があるということ自体が奇跡ともいえる沙汰だ。


 デズモンドはフラフラとしながら立ち上がり、頭を下げる。


「それでは…失礼いたします…。」


 最悪は回避したとはいえ、意気消沈したままデズモンドは退席した。


 それを見送ることなく、リヴァイアは天井を睨みつけており、デズモンドがいなくなるや否や爆発した。


「生かすわけねぇだろクソジジイが!!テメェはこの件全部擦り付けて肥溜めにぶち込まれるって役割がちゃんとあんだよ!ボケが!!!その時はリーヴァが直々に壊してやるよ!!そうよね?!シェゾ?!」


 リヴァイアは怒りのあまり、側にあったサイドボードを蹴飛ばした。


 シェゾは相変わらずの無表情で頷く。


「リヴァイア様の仰せのままに。」


 リヴァイアは怒りのあまり、ぜぇぜぇと肩で息をする。そして同時に、両肩を抱き、震え始めた。


「アイツの私兵が狙ってた女…目の下に赤いタトゥーがあった…。そうよね?シェゾ?」


 シェゾは深く頷く。


「はい。間違いありません。」


 リヴァイアから乾いた笑いが上がる。


 口元は笑いながらも、目を見開き、諤々と震えながら涙が零れてくる。


「いた…。本当に…。あの侍女達が言っていた噂話は本当だった…。」


 ガチガチと歯がかち合う音が響く。


 圧倒的な恐怖の象徴にしか見えないリヴァイアが、身を小さくするほどの恐怖が彼女を襲っていた。


「殺す…殺さないと…絶対絶対絶対絶対絶対絶対…殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!そうよね?!シェゾ?!」


「是非もございません。リヴァイア様のために、必ず…。」


 それを聞くと、リヴァイアは体の震えが止まった。途端に、リヴァイアは艶やかな吐息をつき、妖しげな瞳でシェゾを見つめる。


「シェゾ…こっちへ来て。」


 シェゾが側へと近づくと、リヴァイアはシェゾの顔を両手で掴み、互いの息がかかる距離まで引き寄せた。


 シェゾの拘束マスクがリヴァイアの手によって外される。


 そのマスクの下は、目鼻同様の美麗な唇は…存在しなかった。


 鼻から下はまるで骸骨の様に、歯と顎と筋肉が露わとなった悍ましい造形だった。


 リヴァイアはその醜い口元を撫でまわしながら顔を紅潮させ、貪るようにしゃぶりついた。

 これが口づけかと言われると肯定しかねる。寧ろそれは、主の顔を舐めます飼い犬のようにも見えた。


 口元から糸を引き、体中が火照るリヴァイアは、シェゾを愛しげに抱きしめる。


「リーヴァにとってあなたが一番なの…あなたもそう思うでしょ?シェゾ?」


 シェゾは頷く。


 血生臭い来賓室での異常な情事は続く。


 シェゾは全く表情を変えることなく、当然のように答えた。


「もちろんです。リヴァイア様は私の全て…。」



「まさか、こんなに早くレダを連れ帰ってくれるとはな…。」


 部屋の隅に地べたで胡坐をかいているレダをみて、ドーヴェは思わず感嘆の声を上げた。


 レダは「ちっ!」と舌打ちすると、顔をそむける。椅子は空いているのだが、何が気に入らないのか、座りたがらないようである。


 ドーヴェは地下街の会議室で集まった面々を確認していく。そして、懐かしそうな声を上げた。


「まさか、あれほどここに来ることを拒んだあなたが、我々を頼ってくるとはな。」


 アリーの母、【ジネラ】は腰を上げ、深々と頭を下げた。


「恥を忍んでも守らなくてはならない義がございます。どうか、ご容赦を…。」


「フォッフォッフォッ。意地の悪い年寄りのイビリですよ。真に受けないで頂きたいですな。」


 そんな二人のやり取りを見て、勇者たちはもちろん、アリーも茫然としていた。


「お母さんが闇組織と関りがあっただなんて、私知らなかった。」


 アリーの一言に、ジネラは自嘲する。


「そうね、あなたが小さいころだもの。もう5年前になるかしらね。私は孤児や捨て子を保護するために、闇組織の力を借りていました。彼らは放っておけば権力者の慰め者になる。日向は歩けなくとも、せめて人間らしく生きていけるようにと…。」


 ジネラの視線がレダに向けられる。


「あの子を保護したのもその頃です。ここに預けて去ろうとする私の裾を掴んで離さず…。ホントにもう大変で…。」


「なっ!もう止めろよ!1歳の時の話なんてする必要ねぇだろ!!」


 レダは赤面しながら声を荒げる。

 その様子を傍から見ていると、勇者は当然のように気付くことがあった。


(もしかして…レダが脱走したのってジネラさんを探すため?)


 幼くして生みの親に捨てられたレダからしてみれば、拾い親であるジネラに母性を求めたとしておかしくはない。なんだかんだでレダは6歳なのだ。


 この部屋に入ってきたときには息が詰まるような緊張感だったが一気に弛緩してしまった。


 小さな笑い声も次第に消えていき、静寂になったことを合図に、ジネラは話始める


「私は教皇庁バーラルまつわる禁忌を知ってしまったがため、16年前、この子と共にバーラルから追われ、このソドムに流れ着きました。それはオルフェリア法国の中でも秘中の秘。これが出回れば、法国は一夜にして大混乱となります。そして、アリー…あなたのこれまでの平凡な人生は終わりを告げます。」


 ジネラの重々しい言葉に、アリーをはじめ、皆が固唾を飲んだ。


「知っての通り、オルフェリア法国は聖女を象徴して崇め、教皇が実権支配するという宗教国家です。代々、聖女として生まれた者には生まれながらにしてその証を宿してきました。それは…。」


 ジネラが視線を向けると、皆の視線が一斉に集約された。


 その視線の先は…アリーであった。


「…え?なに?…一体何の冗談…?」


「冗談なんかではありませんよ。」


 今までに見たこともない母の真剣な顔に、アリーは思わず言葉を飲んだ。


「その証とは他でもありません。目元にある赤いタトゥーの事です。これは教皇庁の聖母筆頭侍女にならない限り、教えられることはない秘匿事項なのです。」


「なんで、それが秘匿事項になるんだよ?」


 レダがあっけらかんと答えた。


 勇者は(え?それ聞く?)と思ったが、ゴルドラもロアもいまいちわかっていないようで、レダの意見に同調している様子だったために溜息をついた。


「聖女の証が赤いタトゥーってことが周知の事実だったら、聖女を語る偽物があちこちからわんさか出てくることになるだろうが。だから多分、代々聖女はメイクとかマスクでそのタトゥーを隠してたんだろう?」


 勇者の推測に、ジネラは頷く。


「おっしゃる通りです。もうお判りでしょう。アリーは、聖母マリステラの娘であり、現教皇マクスウェル3世の実子。聖女アリアデル=エスタ=リエ=オルフェリアなのです。」


 アリーを中心として、全員に衝撃が走った。


 勇者の目には、それを裏付けるように《超鑑定》の結果が映し出されていた。


 アリアデル LV7

 ユニークスキル

 美徳スキル【愛】親愛なる護り手


 アルカナキャスト

 No.Ⅱ 【女教皇】復活の福音リザレクション



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