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〜マンドラゴラの叫び〜

 薄暗がりの廊下を不機嫌そうに一人の男が歩く。


 威厳ある豪華な装飾に彩られた司祭服に身を包んだその男は、ルネリオスの枢機卿 デズモンドである。

 その顔は痛々しい手当の痕があり、先日の屈辱を思い出させる。


 ルネリオスの貧民街ソドムで、聖女と称されている者がいるという寝耳に水の情報が、聖女リヴァイアの耳に入ってしまったのが運のツキ。手痛い折檻を受ける羽目になったのである。


 リヴァイアの行啓は常に目的は変わらない。


 オルフェリア全土において、自他を問わず、聖女や女神など神格化されている存在を、噂段階から芽を摘むことにある。


 それは魔女という畏怖されている存在も対象であり、前回の行啓の際には魔性の森の魔女の真偽を明らかにし、噂の根から諸共消滅させることという命を受けたのが2年前である。


 半信半疑ながらも、首尾よく魔女を討伐することが出来たため、デズモンドは意気揚々とリヴァイアを迎え入れた。

 賛辞を頂き、機嫌よく帰って頂けるはずだったのだ。


 それがどうだ。


 リヴァイアはこの件が解決するまでルネリオスに滞在を続けることとなり、そのストレスは日増しに大きくなっている。


 機嫌を損ねれば直ちに首を跳ねられる。

 それは避けられないことだ。

 そのことをデズモンドは誰よりも知っていた。


 リヴァイアの側を片時も離れない黒いローブの男。シェゾと呼ばれていたあの男は、バーラルの教皇庁直轄の執行部長官 【シェゾ=レイル】。


 嘘か真か…、一度ローブがはためけば周囲の人間の首が斬り飛ばされると伝わっている殺し屋である。


 リヴァイアに絶対服従の殺人機械キラーマシンは懐柔はおろか、リヴァイア以外の人間が話しかけることさえも拒絶する。


 つまり、命乞いさえ通用しない。


 リヴァイアがシェゾに一言命令が下されれば、デズモンドであっても容赦はない。


「早く…!早く見つけなければ!一体調査の方はどうなっておるんだ!!」


 怒りのままに壁を拳で叩きつける。


 あれから2日、進展がないまま2日だ。


 リヴァイアは地下闘技場で剣奴達の殺し合いや、闇ルートでのオークションなどで接待したが、今は何人もの生贄を出すことで時間を稼いでいる。

 恐らく地下の拷問室で今も興じていることだろうが、いつ飽きてしまうかも分からない恐怖はデズモンドの心臓をゆっくりと握りしめていた。


 その時、デズモンドの頭にコール音が鳴り響く。


 足元から鳥がたったような思いに駆られたデズモンドだったが、それがすぐに切れたことで、逆に心の中を歓喜が満たしていた。


 先ほどのコール音は念話テレパシーである。前述の通り、妨害ジャミングや盗聴の恐れがあるために、諜報部からの念話テレパシーには一つの決まりを設けている。


 コール音1回は成功、コール2回は失敗である。


 つまり、進展したのだ。


 畏れ多くも聖女など称されるような愚か者の所在が…。


 デズモンドは直に報告を受けるため、自室へと足を早める。


 ようやくこの地獄から解放される。


 その気持ちでデズモンドの心は満たされていた。



「カンパーイ!!」


 陽もすっかり西の大地に沈んだ頃、繁華街の酒場にて、勇者たち一行は円卓に食事を並べて、エールのジョッキを打ち鳴らしていた。


 波々と注がれたエールを飲み干すと、ゴルドラは幸せそうな表情で「ぷはぁああ!」と息を吐く。


「うまい!!うますぎる!!」


 ゴルドラの言葉を代弁するように勇者が吠えた。


「然り!ホント、この時のために今日生きてきたと言っても過言ではありませんね!!」


 その二人の恍惚とした表情と感激の嵐に、ロアは銀色の襟足を指に巻きつけながら、照れくさそうにしている。


 夕飯の時間はノアからロアに代わる18時とルール決めしている。

 そしてロアとの晩酌を、勇者とゴルドラが楽しみにしていた理由がある。

 それは、ビールを適度に冷やしてくれることである。


 絶妙な魔力調整によっての冷却。


 これはロアの魔力を間借りしているだけのノアでは出来ない芸当であり、ロアが持つ繊細さという意外性によるものだ。


 ノア曰く、「冷たかろうとぬるかろうと喉元過ぎれば同じ。」


 現実主義者は意外に大胆で無神経なものである。


「ふ、ふん。全く、愚民はこの程度のことで毎度毎度はしゃぎおって…。もっと優雅に酒を窘めぬのか?」


「ノンアル勢に言われる筋合いはないけどな。」


「ぐぬっ!」


 ロアは言い返せずに頬を赤らめながら炭酸入りの紅茶を煽る。


 勇者たちのテーブルはとにかく騒がしい。酒と食事をとにかく並べて片っ端から食べるのもそうだが、話の展開が多岐に渡るためネタに事欠かない。


 しかし、勇者には残念なことが一つだけある。


 そう、酔えないのである。


 原因は《オートキャンセラー》であることは言うまでもない。

 つまり、このテーブルで実際酔っているのはゴルドラだけであり、あとの二人は素面なのである。


 そんな中で、ゴルドラは勇者にウザ絡みを始める。


「マスタ~、昼間は離れ離れで寂しかったですよぉ~。マスタ~も寂しかったでしょ~?ね?ね?」


「珍しくノアに絡んでもらえたことで浮かれてたくせによく言うぜ。」


 酒臭く、赤ら顔を近づけてくるゴルドラの顔を押し返す。ケラケラと笑うゴルドラは完全に出来上がっていた。


「ゴル姐、そのまま寝ないでよ!そしたらまたアタシが担いで帰らなきゃいけなくなるんだからさ!」


 前回、勇者が担いで帰ろうとしたら異常な力で抱きしめられ、危うく命を落としかねない羽目になった。そのため、戦闘力が似通っているロアでしかゴルドラの暴走を制御できないとしてロアが宿まで担いで帰った。

 倍近くの体格差を担いで帰る光景はシュールでしかなかった。


「そういやさ、よくもまあ、あの店見つけたね。ノアが驚いてたよ。見た目は完全にただの民家だったって。」


 ロアが怪訝そうな面持ちで勇者に話を振った。それを受けて、勇者はあの時出会った女性のことを思い出した。


 そして、次の瞬間、何故か顔が紅潮した。


 その瞬間をウザ絡み真っ最中のゴルドラが見逃さなかった。


「おやおやおや?マスタ~…なんか隠してますねぇ~。おねえさんに言ってみなさいな!」


「か、隠してるって!人聞きの悪いこと言うなよ!別にそんなんじゃ…。」


「へぇー、そんなんじゃないなら、どんなんなのか聞かせてもらおうじゃんか?」


 勇者の言葉尻を捕えて、ロアも意地悪な顔で勇者に詰め寄る。


 何故だかバツが悪くなる勇者は観念して、昼間出会った女性の話を二人にした。

 そして、酒の席のノリか、勇者はその女性のことが気になってしまうといったような恋バナ染みたことも白状させられた。


 だが、二人の反応は一様に鳩が豆鉄砲を食ったようにキョトンとしたものだった。


「はあ?それだけ?」


「え?それだけって、何が?」


「いや、だってさ~…気になる要素ある?それ?」


 どんな出会いと展開を期待していたのかは不明だが、ロアは冷ややかな視線と疑問を投げかける。その言葉にゴルドラも頷く。


「ただ道案内されただけですよね?それ?もっとこう、彼女のどこに惹かれたのかとかそういうのないんすか~?顔とか体とかなんとか…。」


(なんだ?セクハラ上司か?)


 素面にはついていけないテンションに溜息をつきながらも、勇者は今一度彼女の顔を思い返す。


「特に美人…ってわけじゃないけど…。」


「まあ、超絶美少女がこんな間近にいては致し方ないことか…。」


「はい、そうですね。」


 ナルシストモードになっているロアを勇者は軽くあしらった。


「…でその子、確か赤い線というか点というか…タトゥーみたいなのが両目尻の下についてたんだよ。何よりも顔としてはそれが一番印象深いかな。」


「からだは?!からだはどうでしたか?!」


「はいはい、お前のマッスルボティには敵わないよ。」


 相変わらず続くゴルドラのセクハラクエスチョンを目線も合わさずに処理する勇者。


 一方ロアはつまらなそうな表情を一変し、少し興味が湧いたのか悪戯子な笑みを浮かべた。


「んじゃさあ!特徴も分かったことだし、今からその人を探しに行こうぜ!」


 ロアの突然の提案に、勇者は唖然とした。


「いやいやいやいや!お前、今何時だと思ってんだ?!繁華街は灯りがあって賑わってるけど、貧民街は真っ暗だぞ?基本的にみんな家にいて寝てるだろうし…。」


 勇者がそう言うとロアは口を尖らせる。


「え~!そんなのズルい!!昼間じゃアタシいけないじゃんか!パパの初恋応援計画に関われないじゃんか!!」


 突然の初恋発言に勇者はあからさまに狼狽した。


「は、初恋って!お前!調子に乗るのもいい加減にしろよな!そもそも気になるってだけでそんな話してないだろう!」

 

「え?!マスター!初恋なんですか?!」


「お前はもう話に入ってくんな!!」


 ロアはテーブルに足を投げ出してばたつかせる。


「行きたい行きたい〜!!初恋でも何でもいいけどさぁ、こんな面白そうなことにアタシを除け者にするのはなしだかんね!絶対明日になったらノアの奴が冷やかし半分で貧民街に行こうって言い始めるに決まってんだからさ!」


「げっ、そうだ…。あいつが一番の愉快犯だ…。」


 勇者は無関心そうな表情の裏で下卑た笑みを浮かべるノアの姿を頭に浮かべていた。


「だからさ~今日の内に行こうぜ。まだ夜になったばっかだしさ~。」


「絶対迷惑だっつぅーの!ダメ!行かない!!」


 その後も押し問答が続いたが、結局勇者が押し切り、ロアは口を尖らせて仏頂面だ。


 すっかり空気が悪くなり、酔いが醒めてしまったゴルドラは、二人の間で右往左往する。


 そして、ゴルドラはあることを思い出した。


「マスター!あれ出してください!あれ!」


 突然のゴルドラの催促に疑問符を浮かべた勇者だったが、ふいに「あれのことか?」と思い当たり、収納インベントリーから希望の品を取り出した。


 それは、闇市で買ったドラゴンの人形だった。


 テーブルに置かれたそれを見て、ロアはあからさまに顔を渋らせた。


「なんだよ…その趣味の悪い人形…。」


「な?!趣味悪くないです!可愛いでしょう?!」


(その価値観の違いを趣味が悪いって言うんだが…。)


 勇者とノアが口に出さなかったことを平然と口にするロアに、痺れるが憧れはしないと思う勇者だった。


「で、これがどうしたんだよ?」


 怪訝な顔をする勇者にたいして、ゴルドラは目を輝かせて身を乗り出す。


「この子、魔力が切れてるんですよね?ロアさんに補充してもらいましょうよ!」


「はあ?なんでアタシがそんなことしなきゃなんないのさ?」


 ロアは不機嫌そのままに拒否する。ゴルドラはそこを何とかと食い下がった。


「いいじゃないですかぁ!この子がどんな声で鳴くか気になりません?気になるでしょう?」


 とんでもなく強引にグイグイと迫るゴルドラに、ロアはタジタジになる。


(いやいや、鳴いたら確実にいるってことになるじゃんよ…。)


 勇者は嫌な汗を浮かべながらも、話の流れが逸れたことをこれ幸いとして否定しなかった。


 適度な押し問答の末、逆に面倒になったのかロアが先に折れることになった。


「ったく…しつけぇな…。やればいいんだろ?やれば…。」


 面倒くさそうに頭を掻きながら、ロアは人形に右手を翳す。

 右手が青白く輝き、人形に魔力を注入していく。


「はあ?何コレ?」


 突如、ロアが怪訝な声を上げる。


「どうした?ロア?」


「結構MP入れたんだけど、まだいっぱいにならないんだよねぇ。なんか生意気だわ…!」 


 意地になってきたのか、ロアは魔力を更に注入する。すると、人形に魔力が満ちたのか発光し始めた。

 それを見て、ロアは一息つき、魔力を注いでいた手を下ろす。


「はあ…はあ…。結構持っていったわね…コイツ…。ホント…何なのよ一体…。」


 ロアが言葉を言い終わるや否や、人形がガクガクと震え出し、目を見開いて大きく口を縦に開いた。


『ギィイイイイイヤァアアア!!』


 驚しい叫声が酒場中に響き渡る。


 あまりの声量に勇者達は勿論のこと、他のテーブルの客までも鼓膜を破られまいと慌てて耳を塞ぐ。


 突然のことに耳がまともに機能しない中、勇者の目が部屋の隅で転げ回る何かを捉えていた。


 少年だ。10代半ばぐらいの少年。


 さっきまでは居なかったはずの少年が突如目の前に現れた。そして、その少年には黒い獣耳と、尻尾が生えていたのだった。


「…レダ?」


 その少年の特徴に勇者は思わず名前を口にした。


 名前を呼ばれた黒猫の少年は顔を上げる。そこには困惑と当惑によって苦々しく歪められ、敵意に満ちた鋭い肉食獣の様な瞳があった。その瞳は、煌々と金色に輝いている。


 勇者が凝視したと同時に発動した《超鑑定》によって驚きの情報が目に飛び込んできた。


 No.Ⅸ 【隠者】


(アルカナキャスト!!)


 件の依頼で受けた捜索相手がアルカナキャストだったということに、余りにも偶然の範疇を超えた巡り合わせを感じながら、レダに勇者が近づこうとした瞬間、辺りから悲鳴にも似た怒号が響き渡った。


「亜人だ!!」


「け、ケダモノ!!」


「お、おい!早くテンプルナイトを呼べ!!」


 騒然とし始めた酒場内で、少年は「ちっ!」と舌打ちすると、四足獣のように身を屈め、勢いよく飛び出し、窓ガラスを突き破った。


「亜人が逃げたぞー!!」


 酒場内が混乱する中、勇者はテーブルに金貨を1枚乱暴に置いた。


「ゴルドラ!ロア!追うぞ!!」


 そう言って走り出そうとした瞬間、勇者は突然の目眩を感じた。足がもつれ、心拍数が上がり、顔が熱い。


(な、なんだ?急に頭が…あれ?)


 膝から崩れ落ちる勇者の様子に、ゴルドラは飛び出そうとした足の筋肉を緩める。


「マスター!ど、どうしたんですか⁈」


 勇者を介抱しようと駆け寄るゴルドラ、それを横目にロアは一瞬躊躇うが、すぐに視線を夜の闇に向ける。


「アタシは追うよ!ゴル姐はパパを診てて!」


 その言葉の返事を待たず、ロアは少年が突き破った窓から外へ飛び出した。


 勇者はまだ立ち上がれない。頭がガンガンと音を立てているかの様に痛い。

 湧き上がる吐き気に頭が上げられない。


(あの人形の叫びを聞いたからか?でも、何で俺だけ…!)


 混乱する勇者に声をかけ続けてくれるゴルドラの他に、突如別の声が聞こえた。


「おい!兄ちゃん!水だ!後、桶を持ってきたから吐くなら吐け!」


 その言葉に、勇者は唖然とした。

 混乱が引き、徐々に頭が正常に動き始める。


(は?え?…俺もしかして…酔ってるのか?)


 ゴルドラも男の指摘に呆然とする。


「ま、マスター?本当に…酔ってるんですか?」


 その様子を見て男は溜息をついた。


「別のテーブルで見てたが、あんた飲み過ぎだったぜ?よくまあさっきまで顔色も変えずピンピンしてたなと感心するぐらいにはな。まあ、ちょっと横になって休め。」


 男が長椅子に勇者を横たわらせる。勇者は横になりながら自分達が飲んだエールの樽が3つ空いてあるのが見える。


 確かに飲み過ぎだ。飲み過ぎなんだが、問題はそこじゃない。


(《オートキャンセラー》が機能していない?)


 スキルによって防除されていた酩酊という状態異常が、堰を切った様に勇者の肉体に襲いかかり急性アルコール中毒のような状況を引き起こした。


 だとすれば、その原因は間違いなくあの人形だ。レダの不可視化を解除し、勇者の《オートキャンセラー》を無力化した。

 《超鑑定》が使えたことから、全てのスキルが無効化されたわけじゃないが、兎にも角にも原因はそれしかない。


 勇者は人形を《超鑑定》する。失念していたが、《超鑑定》は道具にも使える。そんな当然の使用も昨今は人間相手にばかり使っていてすっかり忘れていた。


 名称 マンドラゴラ

 美徳スキル 平等 

 スキル名 無効化絶叫スクリームボイド

 効果 効果範囲内全てを対象に、ユニークスキル以下を一時的に使用不可にする。


(前情報の効果と全然違う!!)


 勇者は思わず心の中で毒付いた。


 おそらく効果範囲とはあの叫びを聞いたものが対象だろう。

 今は口と目が閉ざされ、沈黙していることから、必要量のMPを注入したらスキルを発動するタイプのアイテムだと予測した。


 それにしても…【美徳スキル】というカテゴリーを勇者は初めて見た。

 ロアの血界術式ブラッディーガーデンが【大罪スキル】の【傲慢】であったことから、7つの美徳と7つの大罪を模しているユニークスキルだと思うが…。まさかアイテムでそんな強力スキルが見つかるとは意外だった。


 そんなことを考えながらも、まだ酔いは治らない。


 勇者は次第に不安になってきた。

 この効果は一体いつまで続くのか?


 おそらく彼女もロアもスキルが封じられている状態だ。

 余りに長時間封じられた状態が続けば今後の旅に支障が出る。


 そう心配していた矢先、今度は一気に気分が回復した。

 どうやらスキル効果が切れた様だった。


 それに合わせて勇者は勢いよく体を起き上がらせる。突然起き上がったことで、ゴルドラと男は心臓を飛び上がらせた。


「に、兄ちゃん!そんなすぐ動いたら…。」


「…マスター?もしかして治ったのですか?」


 ゴルドラに向けて勇者は頷く。完全に正常な状態に戻った勇者は文字通り飛び起きる。


「おっちゃん!心配かけてごめん!コイツは礼だから取っといて!」


 勇者は法金貨一枚を男に向けて弾いた。男は目の前に飛んできた金貨を慌てながら受け取る。


「ゴルドラ!この人形の話はまた後だ!今はレダを追うぞ!」


「やはり、あの少年が?」


 ゴルドラの問いに勇者は深く頷く。


「しかもアルカナキャストっていうオマケ付きだ!なんとか話をして仲間に引き入れたい!」


 それを聞いてゴルドラも目の色を変える。


「急ぎましょう!私の索敵も全く機能していませんでしたが、先ほど復活しました!今ならまだ追えます!!」


 勇者のスキルが回復した以上、レダもまた行方を眩まされる可能性は大きい。知覚判定に成功している今しか彼を追うことは出来ない。


 勇者は乱暴に人形マンドラゴラ収納インベントリーに突っ込むと、ゴルドラと共に夜のルネリオスに飛び出した。


 外は既に重々しく多くのテンプルナイト達が出動していた。



「はぁはぁはぁ…!」


 息を切らせながら暗闇の路地を右へ左へと駆け抜ける黒い影。

 黒猫の少年レダは頻りに背後を気にして走り続ける。


(くそっくそっ!何だったんだよアレ?!何が起きたってんだよ!今までこんなことは一度もなかった。あの不細工な人形が叫び出したと思ったら…くそっ!)


 憤る言葉とは裏腹にレダは今後のことに怯えていた。


 あんな周知の中で姿を曝したのだ。おそらくルネリオス全体で捜索が始まる。今までの様に自由気ままな生活は送れず、常に捕まる恐怖に怯えることになる。


 彼のアルカナスキルの名は《シュレディンガーの黒猫》。

 自信の存在レベルを限りなく0にする能力。


 透明になるのではなく、第6感に至るまで全ての感覚器官で認知できない存在となるいうものだ。つまり、幽霊以上に存在を認識することが出来なくなる。

 逆に、レダ自身も物質への干渉能力を失うため、能力発動中には物を盗んだり、敵に攻撃することなどは出来ない。


—この手の能力において、身に着けている服などが効果範囲になるか否かという問題が浮上しやすいが、この世界のルールの下に、本人の所有物として固定化されている場合は自身という効果範囲に含まれることになる—


 だが、この能力には最大の難点がある。姿や顔を記憶されている相手には効果を発しないのである。


 その弱点にレダが気づいたのは、闇市場にいる同族達にはレダの姿が見えているが、ドーヴェには気付かれないという違いに気づいたからだ。


 なぜドーヴェにレダが見えないのか?

 それは、彼が視力を失っているからである。


 結論として、あの酒場にいた連中には今後能力が効果を発揮しないのである。


 もちろん、彼らがレダの顔をしっかり認識出来ていなかったり、時間と共に忘れてしまえば再び効果を発揮するものの、レダからはそれを確かめる術はなかった。


(ほとぼりが冷めるまでロネリーの町に移るか…ちくしょう!あの人間ども!!)


 心の中で悪態をついていると、レダの体が不意に空中へと投げ出された。何かに躓いたのである。全速力で走ってきた慣性の法則に従い、レダの体は勢いよく進行方向に吹き飛ばされ、路地裏の壁に激突する。


「かはっ!」


 背中を強打する痛みと衝撃で肺に傷が入ったのか、レダの口から血が噴き出る。全身を駆け巡る痛みを押し殺し、立ち上がろうとするレダの目の前に、一つの黒い人影が浮かんだ。


 それはゆっくりとレダに近づいてくる。


 レダは痛みに耐えながら、警戒態勢を取る。


(こいつか?さっき足をかけたのは…。全身真っ黒だから気づかなかった…。)


 全速力で翔けるレダには、闇に同化していたその黒ローブの人間に気づかなかったようである。


 レダに近づくと、ローブの男はくぐもった声を響かせた。


「キサマ…亜人か?」


 その問いに、レダは応えない。意識は体の回復に全集中している。体を打ち付けた痺れから解放されれば一目散に逃げられるように…。


「ルネリオスの安寧秩序のため、死ね。」


 男のローブが一瞬はためいた…その時!


 ガキィイイイイイイイン!


 金属と金属が激しく打ちあう音が鳴り響く。

 逃げそびれて腰を抜かしていたレダの前では、ククリナイフを振り下ろすローブの男と、その一撃を巨大な爪で受け止めている少女の姿があった。


(あいつ!やつらのテーブルにいた…!)


 ロアである。ロアは小さく一息つくと、両の手を《悪魔の化爪》に変え、ナイフを止めている爪とは逆の爪でローブの男を逆袈裟に切り上げる。


 男は飛び退き、その攻撃はローブを掠めるに終わった。


 レダは混乱していた。


 自分を殺そうとする者。

 自分を追ってきた者。

 自分を守ろうとする者。


 いったい何がどうなっているのかが分からなかった。


 ロアは自身の爪をマジマジと眺めると深いため息をついた。


「よかったぁああああああ!《魔力錬成》が戻ったぁあああああ!!」


 心の底からの安堵をぶちまけるように歓呼する。


 その様子にレダは一瞬呆然とするが、その言葉が意味することに思考が追いついた。


 ロアもまた、スキルが封じられていたのだ。魔族において生命線ともいえるスキル《魔力錬成》を…。

 これが使えなくなっていると気づいた時のロアの衝撃はとんでもないものだった。

 それでも、スキルではない代替魔法を駆使してなんとか足取りを追ってきたと言う訳である。


 目元に浮かんだ涙を拭いながらひと段落すると、ロアは射殺すような視線で目の前の男をねめつける。


「で、悪いけどこの子を殺させるわけにはいかないんだよ。大人しく手を引けないなら、殺すよ?」


 フードが破かれ、男の顔が露わになる。冷たく、凍り付いたようなアイスブルーの髪と瞳。

 しかし、その美麗な顔立ちは目鼻までであり、口には無骨な黒い拘束マスクがつけられていた。


 フード一枚剥いだだけでその男が常人のレベルの存在でないことを、ロアもレダも感じ取っていた。


 男は両手に持ったククリナイフを手の中でクルクルと回す。


「キサマ…魔族だな?そのナリで相当高位なようだ…。なぜエルデガルドに…。」


 ロアはそれを聞いて「ふふん」と無い胸を張りながら偉人ムーブを始める。


「如何にも、我は深淵なる闇のしは…。」


 気分良く口上を述べていたロアを無視し、男は凄まじいスピードで首を狙って切りつける。ロアは紙一重でその攻撃を躱し、苦々しく顔を歪めた。


「きっさまぁあああ!!見得の時は攻撃しないのが礼儀だと知らんのかッ?!」


 《悪魔の化爪》を振り上げ、血の雫が空中に撒き散らされると男の周りに無数の赤いシミターが出現した。

 そのシミターが一斉に男に向かって切りつける。


 男は二本のククリナイフ巧みに振るい、まるで赤い光の矢のようにしか見えないシミターの斬撃を防ぎ、捌く。その斬撃の残像がまるで男の周りに壁が作られているように見えた。


 だが、ロアの血界の中ではそれは常人の域と言える。


 男がシミターを弾いた瞬間、それは急に爆ぜた。


 驚愕に目を見開いた男の右手は吹き飛んでいた。男が一瞬そちらに意識が奪われた隙を突き、ロアは男の懐に入り込む。


 ロアは口元を邪悪に吊り上げた。


「チェックメイトだ。」


 ロアの爪が深々と男の体に突き刺さる。


 完全に急所である。

 手ごたえはあった。

 確実に始末した。


 しかし、ロアから緊張が抜けない。

 ロアが直観的に感じた脅威の対象にしてはあまりにも呆気なさすぎる。


傀儡デコイか?)


 ロアは始末したソレの顔へと視線を向ける。


「なっ!?」


 思わず驚愕の声を上げた。そこには息絶えた女の顔があった。


(そんな馬鹿な…!絶対こいつはさっきまで男だった!見間違えるわけがない。そもそも、圧倒的に体格がさっきまでと違っている。)


 その異様さはローブを剥ぎ取った際により深まった。


 女は裸だった。そして、体中には異常なまでの打撲や裂傷、火傷などの痕があり、どこの骨も無事なところはなかった。


 つまり、この女はロアに止めを刺される前から既に死んでいたことになる。


 完全に狐に化かされたような心境になったロアは頭が混乱する。


 だが、冷静になり、今分かる情報で現状を理解した時、ロアは怒りのあまり顔中の血管が激しく浮かび上がった。


「アタシを…死体処理に使った?散々遊んで壊した玩具をアタシに押し付けたってこと?」


 女の骸が爪に飲み込まれるように蒸発していく。


 湧き上がる怒りで、ロアの顔に赤い筋が無数に浮かび上がる。

 ロアは眼前に迫る光景を見て、吐き捨てるように啖呵を切った。


「上等じゃねぇか!!闇夜の眷属たるこのアタシとネクロマンスしてくれるっつんだろ?!」


 ロアの視線の先には黒いローブの男の姿があった。


 だがそれは一つではない。


 50人はくだらない黒づくめの男たちの集団は、まるで亡霊の軍勢である。


 それらがゆっくりとロアへと迫ってくる。


 目を戦慄かせ、怯えるレダに対し、ロアは《魔力通話》を行う。


『おいっ、ビビってんのは分かるけど落ち着いて聞け。』


 突然脳内に響き渡る声にレダは辺りを見渡し、その声が目の前にいる化け物からだと悟る。


『アイツに捕まったらお前殺されるんだろう?アタシらが守ってやるから大人しく逃げてろ!』


 混乱するレダは大人しく頷くしかなかった。すると、レダの右手に突如何かが握られた。

 レダが手を開くと、白い石が握られていた。それはよく見ると、骨の欠片のように見えた。


「ひっ!!」


 思わず手放そうとした時、頭の中に叱責が飛ぶ。


『それは持ってろ!お守りだと思ってポケットにでもねじ込んどけ!』


 レダは今一度その白い石を見た後、不承不承ながらズボンのポケットにねじ込んだ。


「走れ!!」


 直接響き渡るロアの声で鞭を打たれたように、レダは立ち上がって一目散にその場を後にした。


 それを確認すると、ロアは不敵な笑みを浮かべ、右手で黒ローブの男たちを手招きする。


「さあ、夜は始まったばかりだ。先に踊り疲れてくれるなよ!!」


 ロアは赤い光となり、黒いローブ集団の中に飛び込んでいくのだった。



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