〜闇組織の矜持〜
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地下へ降りた勇者達一行は目の前に広がる世界に思わず息を呑んだ。
まず驚いたのは明るさである。
陽の光が全く入らない空間でありながら、視界を遮るような闇がほとんどない。
これは陽の光でも火の光でもない。魔法の光である。
魔法照明の効果を刻んだルーンが壁のいたるところに刻まれている。その光が地下の部屋や通路を一定の明るさで照らしているのである。—ルーンに消費したMPによって効能時間は変わるが、おおよそ三か月ぐらいは魔法が切れることがない。—
そしてその灯りが導くがままに階段を下っていく。
階段を降り切った先に、シルクハットを被った細身な老紳士の姿があった。
丸型の色眼鏡を掛け、髭を蓄え、黒い外套に身を包んだその姿は、一見して紳士と呼ばざるを得なかった。
彼は杖を突きながら勇者たちに近づき、丁寧にお辞儀をする。
「ようこそいらっしゃいました。私、【ルネリオスベース】を統括させていただいております【ドーヴェ】と申します。以後、お見知りおきを…。」
ドーヴェと名乗った老紳士は帽子を脱いで優雅にお辞儀をする。
真っ白な頭髪を向けるその仕草は前言通りのイメージを感じさせる。
しかし、その丁寧な所作が逆にこの空間とのミスマッチを匂わさざるを得なかった。
そのため、勇者は逆に力が入り、警戒をしてしまう。
それを知ってか知らずか、ドーヴェと名乗った紳士は言葉を続ける。
「紹介状の件は既に聞き及んでおります。シェリアラのご紹介とあらば無下には出来ません。ささ、ご案内いたしますので、どうぞこちらへ。」
そう言って先導を始めるドーヴェの背中から、視線をノアとゴルドラに向ける。
「ついていっていいと思うの。」
視線の意味をいち早く理解したノアは即答する。
それを受けてゴルドラも頷く。
「私がついております!ご安心ください!!」
なんとも心強い後押しを受けて、勇者はゆっくりと前を歩くドーヴェの背中に早足で追い付き、歩みを合わせた。
そして廊下はまもなく終わり、眼前には勇者が想像した通りの如何わしい光景の地下街が広がっていた。
一見するとそこは牢獄のように見える。それぞれの店に鉄格子がはめられており、その中には目をギラギラさせた男達や紫煙を吐き出しながら妖しい視線送る女まで様々だ。
そんな様子に萎縮している勇者を見て、ドーヴェはニコリと微笑む。
「ご心配なく、この檻の中は全て店となっております。武器や装飾品、魔道具、骨董品、書籍など、非合法に集められたものを売り捌く闇市。ルートは盗品や強奪品が主になりますので、ほとんど新品となっております。若干、中古品も混じっておりますが…。まあ、それは格安で販売させて頂きますよ。」
再び「フォッフォッフォ…」と笑うドーヴェを尻目に、勇者は完全に呑まれていた。
「なんで、檻の中に店があるんだ?」
勇者が不安を取り繕うように口にした疑問に、ドーヴェは微笑みながら答える。
「あれは一種の防犯でしてね。客は店に入ろうと檻の中に入ると自動的に施錠されます。これは無事に会計を済まさなければ店から出れないと言うものでして…窃盗や強盗を防ぐためのものですよ。」
(いやいや…客を逃がさない為のものにしか見えないんだが…。)
勇者は内心不安を膨らませていると、視線の先に大量の白い粉が計り売りされている店を発見した。それを見て勇者は露骨に顔を顰めた。
「おやおやお目が高い。アレは非常に安価な上、人体にはさほど大きな影響を与えずに幸福感へ誘ってくれるこのベースの人気商品ですよ。是非お帰りの前にご検討ください。」
(麻薬をご当地土産みたいに言うなよ!まあ、スキル効果で俺にはただの粉なんだろうけど…。)
皮肉を呟くと、勇者は視線の先を変える。
そして、ギョッとした。
店頭に並んだ不揃いな白い石のカケラ。
それはなんと人間の歯だった。
なんでこんなものが…と思った勇者の疑問を読み取ったように、ドーヴェは顔を突き出し、解説する。
「おや?珍しいですかな?歯を晩年まで維持出来る方は中々いませんからね。こうして人間の歯で差し歯や入れ歯を作って差し上げております。色々試しましたが人工物では歯の代わりは出来ません。ですので、歯は貧しい者たちが身を切って金を得る最初の段階で、貧民街では良く手に入るのですよ。」
勇者は気分が悪くなってきた。ドーヴェが付け足すように言った一言…。
「最近戦がないので中々これも貴重で…」
その言葉が意味することを想像し、状態異常にはならない不快感が脳を激しく揺さぶった。
そして、その先の店に並べられている商品を見て、勇者再び激しい嫌悪感に襲われる。
それは奴隷だった。
幼い子供が男女関係なく集められ、首輪を繋がれた状態で俺たちを見上げていた。
腕や顔には生々しい包帯の痕があり、身を寄せ合って檻の中の隅に固まっている。
その子達は普通の人間ではなく獣の耳や尻尾がある。つまり、獣人が捕らえられていた。
その光景を見て、ゴルドラは目を戦慄かせる。
「これはなんだ…?この子達は売り物なのか?答えろ!!」
湧き出るような攻撃的な怒りがドーヴェ向けられ、勇者は慌ててゴルドラを諌める。
「ゴルドラ…落ち着け…!」
「落ち着け?…それは命令ですか?マスター…?」
失意に満ちた目で勇者を睨むゴルドラの表情からは危険信号が見てとれた。
だが、勇者はそれを止める言葉が思いつかなかった。
ゴルドラは似たような形で人間に囚われ、搾取されてきた過去がある。それを思うと、彼女の猛る感情を諌める言葉が出てこないのだ。
そして、内心…勇者もかいっそのこと…」と思ってしまっていた。
そんな中、ノアは平然と前に出る。
「換金所に用事があるの。そこなら非合法な金でも捌いてくれるって言うからわざわざ来たの。ここで売ってるものなんて興味ないから早く案内して欲しいの。」
毅然と答えるノアに対して、ゴルドラは竜人へと変身遂げていた。角や翼、尻尾が露わとなる。
その姿を見て、辺りは騒然となる。店の店主達は怯え、女達の悲鳴が上がった。
混乱の中、ドーヴェは静かに驚嘆の声を上げる。
「これは…まさか竜か⁈なんと…竜族が人間と行動しているとは…。それにそなた…金竜か?」
「煩い!早くこの子達を解放しろ!」
ゴルドラはドーヴェに迫る。
騒ぎを聞きつけ、黒いローブで身を包んだ武装兵が勇者達を取り囲む。
それに合わせ、勇者も戦闘体制を取る。
「ゴルドラ!お前が本気を出したら地下が潰れる!俺が道を切り拓くから子供達を救出しろ!」
混乱と窮地に、勇者は覚悟を決める。ゴルドラは頷き、その場は一触即発の緊張状態になった。
「二人とも目を覚ますの!これはこのジジイが仕掛けた偽善の罠なの!」
張り詰めた空気の中、ノアが声を張り上げる。
それを聞いて勇者は動揺し、ゴルドラは逆に怒りを猛らせた。
「偽善?偽善とはなんだ?!こんな事が罷り通っていいはずがない!この子達を助けてやらないと…!」
「それが偽善なの!」
怒り狂うゴルドラに対し、ノアが一喝して諫めた。その凛とした態度に、ゴルドラは気圧される。
「落ち着いて聞くの。この子達は確かに売り物なの。だけど、酷い待遇を受けているわけではないの。それは彼らの様子を見れば分かるの。」
勇者は檻の中にいる子供たちへ視線を戻す。
(怯えている。だが、この怯えはどう考えても俺たちに対する怯えだ。)
よく見ればみな血色がいい。飢えている様子はないし、怪我の手当てなどもしっかりされている。つまり、あの怪我は虐待の痕ではないということだ。
「まさか、この子達は保護されてるのか?」
勇者の言葉に、ゴルドラは呆けたように膝を折ると、竜人化が解かれた。
その様子を見て、ノアは深く溜息をつく。
「北には獣人が治める【ギガデス】という国があるの。その国は自然環境が厳しく、土地が痩せてて飢えに苦しむ国民が大勢いるの。政治も酷くて国民のことなんか殆ど顧みない。獣人は多産だけど、そんな国じゃあとてもじゃないけど養えないの。だから子供の身売りを国が斡旋しているの。」
『はあ?!』
勇者とゴルドラが同時に噛みついた。
ノアは表情を崩すことなく続ける。
「亜人の人身売買は人間とは話が違って来るの。獣人をはじめとする亜人に対して、人間達は排他的で強い偏見を持ってるの。だから基本的に人間達の国で獣人は暮らせないの。連れて歩いてたらすぐにお役所事になるの。やれ危険だの病気が蔓延するだの好き放題な理由をつけて、保護という名目で殺処分されるの。」
「それって、町で亜人を見つけたら殺されるってことか?」
勇者の言葉にノアは頷いた。
「人間の奴隷は労働目的で買われる。でも亜人は人目に付く労働などさせられない。そんな利用価値がないはずの亜人を奴隷として言い値で買おうとするクズがいるの。」
勇者は察した。そんな表に出せない奴隷に課される仕事とは何なのか。
「金持ち連中の玩具…か…。」
ノアはゆっくりと頷く。
「愛玩動物ならまだマシなの。ただ暴力を受けるだけの殴奴や、変態どもの性奴なんて最悪なの。剣奴として同族同士で戦わされたり、魔法研究の実験体なんかにされるの。つまり、何をしても許される安い命として扱われるの。」
それを聞き、勇者は喉奥が熱くなるような吐き気を催した。
そんなやり取りを見て、ドーヴェは肩を竦めた。
「お嬢ちゃん、よく知ってますね。」
「ん、前のパパに聞いた。で、そんな諸事情を諸々考えてみると、このジジイの魂胆が分かってくるの。」
「な、なんですか?それは?」
ゴルドラはすっかり闘争心が静まり返り、ノアとドーヴェの顔を交互に見る。
ノアがちらりと勇者に向けて視線を送る。その視線を受け、勇者は代わりに答え始めた。
「寄付を…させようとしているんだよな?」
その言葉にノアは頷き、ゴルドラは首を傾げた。
「かわいそうだとどれだけ宣っても、この子達を救う手立てが今のところない。人間の国は勿論、祖国でさえもこの子達がまともに生きていける場所はないんだ。この子達にとって、実はこの場所が最も安全に生きていける場所なんだよ…。」
「でも…。」っと、勇者は苦虫を嚙み潰したような顔でドーヴェを見る。
「あんたらも商売だ。あんたはこの子達を俺に見せ、救いたいなら金を出せ。それが無理ならこの子達の生活を支えるために寄付をしていけ…そういうことなんだろう?」
ドーヴェは髭で見えにくかった口角が見えるほどの笑みを浮かべた。
「やれやれ、あんたらみたいな善人面ならあっさり引っかかるかと思ったが、そこのお嬢ちゃんにはしてやられたね。」
杖で床をこつんと小突くと、亜人たちの檻には暗幕が下げられ、奥へと下げられてしまった。
それと同時に武装兵も退き、乱戦になる緊迫感は無くなったと言える。
「一つだけ訂正しておくが、あの子らは売らんよ。あの子らを金で買おうとするような輩の前には並べん。たとえあなた方が買取りたいと言っても拒否させてもらうつもりです。」
ドーヴェの心根を知り、ゴルドラはおずおずと前に出て頭を下げた。
「申し訳なかった。あなたは身寄りのない、捨てられた亜人達を保護してくれていたのですね…。」
ドーヴェは「フォッフォッフォ…」と笑う。
「謝る必要などありませんよ。そちらの二人が仰ったように、私はあなた方の善意につけ込もうとしたのは事実。わざわざ幼く、まだ傷の癒えていない子達を見せ物として表に出した。激怒するのも当然です。まあ、流石にあなたが竜族であるとは驚きでしたが…。」
ゴルドラはバツが悪そうに苦笑いをする。
そんな彼女の顔をドーヴェは覗き込むように見る。
「ひょっとしてあなた?バラッカスに囚われていた金竜なのでは?」
勇者とゴルドラは心臓が跳ね上がった。
そして、沈静化されつつあった警戒感が再び身を包む。
その様子を見てドーヴェは有り体を理解したのか深く頷いた。
「なるほど、解き放たれたか…。最近、調査員がバラッカスに派遣されたと聞いたが、金竜の素材が闇市で出回らなかったのでおかしいとは思っておったが…フォッフォッフォ…これは愉快愉快!」
腹を抱えて笑うドーヴェを見て、勇者とゴルドラは唖然とする。
「いや、すまぬ。この界隈ではその話は伝え聞いていてな。神とも崇められる竜族を甚振っていたとなれば、いつかバチが当たると思っていたが、そうかそうか…。ルネリオスを始め、ワシらもまた、お主に殺されても何の文句も言えぬ身。どうか頭をお上げください。逆に詫びるのはこちらの方…」
そう言うと、ドーヴェは膝を突きゴルドラに頭を下げた。
突然の行為にゴルドラは混乱するしかなかった。
「どうやって貴重な金竜の素材をルネリオスが集めて来るのか疑問だった。そして調べ上げた結果、あなたが囚われていることも知っていた。それでも、私達はあなたを助けようとしなかった。あなたが身を切られて生まれた素材を、嬉々として売り捌いた。断罪されるのは当然でしょう。」
不思議とゴルドラには怒りが湧いてこなかった。この老人からは過去への自責の念が強く現れているかと感じたからである。
ゴルドラは平伏するドーヴェの傍に座り、肩を抱いた。
「立ってください。私としても自分の行いを悔い、赦しを乞うものに爪をかけるつもりはありません。それに私がルネリオスで暴れて多くの人々を殺すことをマスターは望まないでしょうからね。」
そう言うと、ゴルドラは勇者へと視線を向ける。
「まあ、そうだな…。ゴルドラが街を滅ぼした邪竜として歴史に名を残すなんて、俺は嫌だし…。」
そんな二人のやり取りを見て、ドーヴェは何かを察する。
「なるほど、あなたを解放したのは彼でしたか。そして、あなたは彼に忠誠を尽くしている。何とも素晴らしいことです。」
「ノアもそうなの。パパに助けてもらったの。」
ノアの言葉に勇者は照れながら頬を掻く。それを見てドーヴェは嬉しそうに微笑んだ。
「どうやらその子も普通の人間ではない様子…。人間と亜人が共に一つのパーティーとして行動している。なるほど、あの子は私に見せたかったと言うわけか…。種族の垣根を超えて共に暮らせる道があることを…。」
「あの子?」
勇者の疑問符に、ドーヴェは遠い目で虚空を見つめた。
「シェリアラと我々の関係についてはご存知で?」
不意に語りかけてきたドーヴェの言葉を受け、勇者は反射的に対応する。
「あ、えっと…。昔の仲間がこの組織の一味だったとかなんとか…。」
それを聞いてドーヴェは「フォッフォッフォ…」と笑い声を上げた。
「それは少し違いますな。正確には、かつてのお仲間はパーティーが解散した後、各地に点としてあった闇組織を線で結び、シンジケートとした。が正解となります。」
「え?って事は…シュヴァルツ=シンジケートって案外出来て間もないってことか?」
「そういう事になります。彼はこの大陸に存在した7つのマフィアを結ぶ架け橋となり、今もなお、その力を奮っております。」
懐かしそうに語るドーヴェは綺麗に整形された天井を見上げる。
「シェリアラが昔の仲間だと言っているのは彼ではなく、我々ファミリーに対するものです。」
「は?それってどういう…。」
その時、シェリアラが闇の組織に対してある種の理解を示している発言を思い出した。それが意味する事と、目の前の老紳士から窺える郷愁のような感情が結びつける答えに、勇者は辿り着いた。
「あんた…まさかシェリアラさんの…。」
「ええ…父親ですよ。」
足を止め、振り返るドーヴェの横顔から、目を細めながら微笑む父親の顔が垣間見えた。
「あの子は私の家業を嫌っていてね…。まあ、無理もない。当時は金回りが悪くてね…。組織内は荒れに荒れ、ファミリーは暗い影を落としておりました。誘拐、暗殺、人身売買、薬物といった非人道的な商いがファミリーの屋台骨を支えていました。真っ当な精神であれば、嫌悪感を抱くのは当然でしょう。」
ドーヴェは近場にあった椅子に腰掛け、またポツポツと話し始める。
「私はシェリーが持つ良心や罪悪感という感情を壊そうとしました。他者を犠牲にするしか生きる術を持たない私には、それが唯一の正義だったのです。」
… …正義。
その言葉に勇者は深く考えざるを得なかった。
『善と悪』と『正義と悪』では全く意味合いが違う。
『善と悪』は社会的な共通観念だ。
『正義と悪』とは、各々の立場や考え方の相違を正当化する都合の良いお題目である。
つまり、正義は共通項になり得ない。
平時は人を殺してはいけないというのが当然だが、戦時では人を殺すことが正当化される。
正義とは虚ろいやすく、脆く、相対的なものなのである。
だからこそ勇者は迷う。自分の行いが誰にとって正しいのかを…。ドーヴェもまた、娘との間で正義を戦わせていた。
「ある日、シェリーは商品にしていた鳥人を可愛がり始めました。売物に情をかける良しとしなかった私は、シェリーからその鳥人を取り上げました。泣き喚くあの子をなんとか諌めた。そう思いましたが、なんとあの子はその鳥人を外に逃してしまったのです。」
「その鳥人は…?」
「程なくして、無惨な姿で発見されました。まだ幼い子供だったからか、飛ぶことが出来ず捕まったのでしょう。羽を折られ、毟られ…ゴミ捨て場に捨てられていました。」
その姿を思い描いてか、ゴルドラは奥歯を噛み締め顔を背けた。
「当然助かるはずもなく、骸になった鳥人を抱きしめながら泣き叫ぶシェリーを窘めました。これが現実だと…。次の日からシェリーはファミリーから姿を消しました。」
思わぬところで語られたシェリアラの過去に、勇者は深い悲壮感に襲われた。
彼女がどれだけの罪の意識に苛まれたのか。そして、自分達が全く同じことをしようとしていたことを思い知った。
ドーヴェは続ける。
「八方捜索の手を回して行方を掴んだ時、シェリーは奇抜な服装をした男と行動を共にしていました。丁度、あなたのような…ね。」
ドーヴェは眼鏡の奥から勇者の顔を見上げた。
「そしたら、その男…突然大量の金塊を床に積み上げてこう言うのです。」
『こいつはあんたが娘に期待する稼ぎの先払いだ。金を稼ぐ道具にしか思ってないあんたなら、この申し出を断る理由はないよな。』
「目を疑うような大金を前に、私は何も言い返せませんでしたよ。明日の運営資金にさえ手が回っていなかったような状況でしたからね…。そしたら、シェリーはこう言いました。」
『あたし、父さんみたいな人を増やさないようにするために冒険者になる。誰かの苦しみの上で成り立つ世界なんて絶対間違ってる。いつの日か、人間と亜人が共に生きられる世の中にするためにも…。』
ドーヴェは「カッカッカ…」と乾いた笑いをあげた。
「それ以降、私は汚れた仕事から手を洗いました。それにはあの時の大金と、彼の助言、そしてシュヴァルツの支援が、私のファミリーを立て直してくれました。お陰で、少しはシェリーに顔向けできるようになったと思っています。」
大きな溜息をつき、ドーヴェは視線を下げた。
「しかしながら、まだ亜人との共栄は難しい。現在法国では戦争がないものの、東の帝国とは長きに渡って続いており、終焉の兆しすら見えない。シェリーが願った世界が訪れるのは…一体いつになるのか…。」
諦観に似た自嘲を浮かべるドーヴェに対して、勇者は声を張り上げた。
「俺が、あの子達の居場所を作って見せる!それをあんたに証明することが出来たなら、あの子達を買わせてくれ!!」
勇者は《ブリオーン》を取り出し、逆さにして振りちぎった。勇者の足元に重厚な音を響かせながら金塊が積みあがる。
その様子を見て、ドーヴェと一緒にノアも驚愕していた。
「それ時が来るまで…あの子達にもうあんな姿を曝させるな!これは前金だ。いつか迎えに来る、その時まで、大切に扱ってやってくれ!!」
ノアはその金塊を一個持ち上げようとする。
「重い…。すごい…本物。」
ノアが感動していると、ポタリと水滴の音に気付いた。音の先に視線を向けると、ドーヴェの両頬を涙が伝っていた。
「ドーヴェ…さん…?」
ドーヴェはハンカチを取り出すと眼鏡を外し、涙を拭う。
「失礼…。本当に、あなたは彼に似ている。…畏まりました。あの子達をもう店に立たせないことを誓いましょう。」
ゴルドラは鋭い視線を向ける。
「その言葉、信じていいのか?」
ドーヴェは俯きながら自嘲した。
「これ以上、娘に顔向けできないような父親には、なりたくありませんな…。」
ドーヴェはそういうと、勇者たちを換金所まで案内し、約束通り金貨20枚を法金貨100枚に換金した。ドーヴェは更なる換金を進めてくれたが、勇者は首を横に振った。
「これは依頼なんだ。依頼報酬以上の収入を受け取るわけにはいかないよ。」
ドーヴェは目尻の皺を深くさせて微笑んだ。
「全く、欲のない方だ。金を無限に出せるというのに、持ち主がこれでは宝の持ち腐れだ。」
これには勇者も苦笑いするしかなかった。
前世ならともかく、この世界において余りある金を使って出来ることというのが、小心者の勇者には受け入れられるものではなかった。
面の皮の千枚張りでなければ、無意味に自身を危険に晒すことでしかないように思えていた。
その後、勇者達は地下の商店を見て回る。
店主は皆気さくでいい人ばかりであり、初見の態度は脅かす為の演技なのだそうだ。
因みに、麻薬だと思っていたあの白い粉は、砂糖だった。
(確かに間違ったこと言ってないけど明らかに勘違いさせようとしてるだろ!)
勇者は真相を知って内心毒づいた。
ここに並んでいる商品は確かに非合法だ。
合法だと政府から大きな関税が課せられ、ギルドの中抜きなどで生産者の利益は雀の涙になる。
だが、ここでは適正な価格で卸される。闇に流した方が、正規で商品を流すよりも生産者が潤うのだ。
何とも不可思議な状況であると勇者は首を捻った。
その後、武器屋で勇者は新しい武器を新調した。
ゴルドラとノアにも何か買ってあげたかったが、正直、二人には武具も魔道具も不要だった。ノアに至っては服装も自身で思いのままなのだ。
なので、二人には要不要はともかく、好きなものを一つ買い与えた。
ノアには分厚い魔導書を。
人間が短い人生で魔法をどのように体現しているのかに興味があるようだ。ちょっと性格が悪い。
ゴルドラは妙な人形を買った。
本人曰く可愛いらしいが、勇者もノアもそのヴィジュアルに眉を顰めた。
恐らくドラゴンのぬいぐるみなのだが、カエルにもトカゲにも見えてしまうレベルの不細工な作りだ。一応魔法のアイテムらしく、特殊効果があり、目に見えない存在を探知すると鳴くらしい。
(げっ!幽霊発見器じゃないだろうな…?)
勇者はホラーが苦手である。
今人形は魔力が切れているようだが、ゴルドラは早く鳴いてほしいと愛おしそうに抱きしめる。
だが、正直勇者は永遠に泣かないでほしかった。
一通りの用事を済ませた勇者一行を、ドーヴェが裏口へと案内する。
入口と出口を変えることで場所の発覚を避けることが目的だ。
場所はルネリオスの秘密の路地裏。浮浪者の溜まり場になっているが、彼らもファミリーの構成員であり、組織の秘密を守るための番人である。
勇者はドーヴェと握手を交わした。
「なんだか…その…悪かったな…。あんたたちが住む世界の事をすごい偏見で見てた。」
それを聞いてドーヴェは「フォッフォッフォッフォ…。」と笑った。
「その認識で正しい。表で生きられる者は表で生きるのが人として正しい。だが、世の中には表に弾かれ、裏でしか生きられない者もいる。それだけのことですよ。」
「でも、俺はあんたのことを好きになったよ。」
それを聞き、ドーヴェは驚いていたが、次第に目尻に皺を集めていった。
「全く、人たらしですな。老人をからかうもんじゃありませんよ。」
そういうと二人は笑いあった。ひとしきり笑うと、ドーヴェは「そういえば…」と言葉を置いた。
「恥ずかしながら、一人の亜人が逃げ出しておりましてな。もし、道中で出会ったならば、保護をお願いしたいのですが…。」
「えっ?脱走?なんでまた…?!」
ドーヴェはバツが悪そうに頬を掻く。
「お恥ずかしい話ですが、朝食の取り合いで喧嘩が起きましてな。それに対して癇癪を起したその子が飛び出してしまいまして…。」
あまりにも平凡な話で勇者は唖然とした。
「いやいやいや…。そのまま行方不明ってそりゃあないでしょう。仮にも闇組織なのに…。」
「私も迂闊でした。まさかあの子にユニークスキルがあったとは思わず、まんまといっぱい食わされてしまい、今でも足取りが掴めないのです。」
ユニークスキル持ち。その言葉に勇者は反応を見せた。
「誰も気づかなかったことから、おそらく認識阻害系だとは思うのですが…。時折目撃情報があるので、おそらくルネリオスにはいると思います。」
「その子の名前と特徴は?」
ノアが勇者の代わりに問いかける。
「名前は【レダ】。黒猫の獣人の男の子です。歳は6歳ですが、獣人は成長が早いですので人間で言うと15歳ぐらいですかな。金色の瞳と青みがかった黒の耳と尻尾を見ればすぐそれと分かるはずです。」
黒猫の少年レダ。
勇者は頭の中で少年の姿を想像して記憶に留めた。
「分かった。見つけたら保護してここに送り届けるよ。」
「ありがとうございます。どうか、ご武運を…。」
ドーヴェが深々と頭を下げ、ファミリーの者達から見送りを受けながら、勇者は地下街を後にした。
ーー
そんな最中、無人の地下街の宿堂で食料を漁る者がいた。
その姿はまるで人の姿をした黒猫。肉に齧り付き、頬張りながらケラケラと悪態をつく。
「なーにがオレ達が安心して暮らせる場所を作るだよ。偽善者が…!」
骨を吐き捨てる乾いた音が静寂を切り裂く。
その目は鋭く、肉食獣のそれと酷似したそれは、暗闇の中で金色の輝きを放っていた。
「にしても…アイツ…何の変哲もねえ皮袋から金をたんまり出しやがった。アレを盗っちまえば一生金に困らねぇな…。」
クックックッと喉を鳴らす様に笑うと黒猫の少年は立ち上がった。
「あんな甘ちゃんには勿体無いお宝だぜ。オレが有効活用してやんよ。」
そう言うと、少年の姿が忽ち消え失せ、そこには食い荒らされた食料の残骸だけが残っていた。




