〜勇者、異世界へ〜
チュートリアルを終え、ナビに見送られながら異世界に旅立つ勇者と魔王。
果たして二人にどのような運命が待ち受けているのか…。
ゲートをくぐり、異次元を彷徨う様な奇妙な体験を味わった勇者は、気付くと一人荒野の中で目を覚ますのだった。
◾️
「つっ…!」
目を焼くような光に小さくうめき声をあげた勇者は少しずつ目を開いていった。
そこには見渡すような草原やさわやかな風…などは一切なかった。
見渡す限りの禿山とけたたましくなり続ける鉄を打つ音。粉塵が舞い上がり、勇者は軽くせき込んだ。
「なんだよここ…鉱山地帯か?マスクねえかな?喉に来るわ…けほっけほっ」
涙目になりながら右手で口を押え、左手で砂を払った。
初めて降り立った場所はよくありがちな草原や街中ではなく、鉱山の採掘場だった。
場所の名前は地図を使用すると確認が出来、【鉱山都市バラッカス】というらしい。
説明書きによると金脈が通っており、その採掘の利権をもって飛躍的に成長した町だという。
町の中に入ってみるものの、労働者の下町といった感じで裕福感は一切感じない。筋骨隆々な住人たちに数人出くわしたが、皆同様に殺気めいた柄の悪さだった。
(これは情報収集タイムだ。)
そう考えて酒場を探した。
(異世界ファンタジーの情報収集の定番は酒場だ。とりあえず一杯奢れば何でも話してくれるだろう。)
幸いなことに懐事情は潤沢…というより無限である。当然何とでもなるだろう。勇者の足取りは軽やかだった。
町を歩き、酒場らしい店の扉を開ける。当然、ガラの悪そうなアニキ方が一斉に睨んでくるわけで、まあそんな定番のムーブに怯えてもいられない
カウンターに行き、一人で飲んでいる筋肉兄貴の隣に座った。
「マスター、こいつと俺に一杯ずつエールくれ!」
おひとり様筋肉兄貴は驚いて勇者の方を見る。
ちなみにエールはこの世界でビール。異世界語は完全にスキルが翻訳してくれるからその辺は全く気にならない。
ほどなくしてなみなみと注がれたエールが運ばれ、グラスを筋肉兄貴に向ける。
「俺の名前はアレクシー=オズワルド。アレックスって呼んでこれ。これはお近づきの印だよ。」
そういうと、乾杯!といってグラスを近づけた。それを見て筋肉兄貴は慌ててグラスを手に取る。
「お、おう!乾杯!」
筋肉兄貴とエールの入ったグラスで打ち合い、互いに胃袋にエールを流す。
(…まっず!)
味がどうのこうのというより、冷えてないことが不味い。この手の世界観で物冷やすなんていうのは大変だろうから、仕方ないとはいえ、これはいただけない。旅が落ち着いたらマジで冷蔵設備とか考えたいところだ。
兄貴は兄貴でまあこれが普通だろうからうまそうにぷはぁ~っとやっている。
(む~これが異世界ギャップか…。)
「で、俺に何の用だよ、兄ちゃん。アレックスだったか?俺の名前はジェイクだ。見たところこの辺の人間じゃないようだが…」
口周りについた泡を手の甲で拭いながら本題に入ろうとする。もう少し飲ませて警戒心を解きたかったんだが、正直こちらの服装があまりにもこの町の人々と違いすぎるため、がっつり浮いている。この町の人は薄汚れた作業着、もしくは上半身裸だ。こんなケバケバしい赤のジャケット着ている奴なんておらず、まあ警戒するなという方が無理だった。
「おっしゃる通り俺はこの辺のもんじゃない。まあ冒険者だ。流れるままに旅してこの町に辿り着いたんだが、ここがどんな場所かもわからないもんで、だからその辺の情報が欲しい。」
きっぱりと素直にそう告げたが、ジェイクは訝しんだ顔をする。
「なんだお前、手前のロネリーの町でここがどういう場所か聞いてこなかったのかよ?」
「ロネリーの町?」
勇者は思わず首を傾げた。それを見てジェイクは冗談だろとオーバーリアクションをする。
「このバラッカスは金脈鉱山の採掘場だよ。そんなことも知らねーで来るなんざ、お前さん方向音痴なのか?」
「あはは…」と乾いた笑いを浮かべた。屈辱的だがここは極度の方向音痴キャラで通すしかなさそうだ。
ジェイクはエールを再び煽る。
「てっきり、法国の役人が差し向けた調査員かと思ったんだがな。」
「調査員?」
「法国ってなに?」と聞くのはさすがにやばそうな感じがした。
しかしながら、この採掘所を管理している国なのだろうということは勇者にも予想がついた。
(国営ってやつかな。さすがにそれを聞いちゃうと世間知らず扱いまでされてますます怪しいやつになっちまう。)
「数週間前から金が取れなくなっちまったんだよ。」
ジェイクは苦虫を噛み潰すようにエールを煽った。
「採掘された金は法国が徴収に来るんだが近頃納めるべき量の金が採掘できなくてな。こちらとしては現場の取り分がなくなるレベルで納めてるんだが、噓の申告をしていないか帳簿を調べるだの、盗難やピンハネが起きてるんじゃねぇかって難癖をつけ始めて、改めて調査員を派遣するなんて言われてるのさ。奴らが来たらここに住んでるやつらの家をひっくり返して荒らしまわるってんでみんなピリピリしてんのよ。」
「なるほどなるほど…」
(なんか町に入った途端、歓迎されてない雰囲気があったのはそのせいね。金脈の枯渇か…。)
「なんかイベントっぽいし、ちょっと様子だけでも見てみようかな。」
それを聞いてジェイクは目を見開いた。
「兄ちゃん採掘所に入るつもりか?やめとけって!さっきも言ったようにこの鉱山は法国の国営なんだ。掘る場所とか立ち入り許可とかも細かく出てて、禁止区域には俺らだって行ったことがねえんだ。」
(なんだそれ? )
「掘る場所と立ち入りを制限って…。それで金を掘れって無茶苦茶な話だな。やる気あんのか?」
多少酔ってきているのか、ジェイクが案外話しやすかったからか、勇者の口調が多少荒れてきていた。
ジェイクは急に神妙な面持ちになり、耳打ちしてくる。
「ここだけの話だがよ、作業中に何かの咆哮が聞こえたとか、地鳴りがしたとか言われててな。俺も微かにだが一度怪物のような声を聴いたことあるんだよ。同じような話が上がってなきゃ風の音かと思ったがな。」
そこまで聞いたところで俺は腕組みをして、情報をまとめる。
「つまり、採掘所の奥には何かがいる。鉱山夫に採掘現場を制限しているのはその何かに遭遇させないようにするためってところか。」
その辺は辻褄が合うからいいとして問題は、奥にいる何かに鉱山夫達が襲われないようにしているのか、奥にいる何かに遇わせたくないのか、どちらかだということだ。
(別に法国がどんな国なのか知らねぇけど、この町の男たちが法国の役人を快く思っていないところを見ると、おそらく後者だって当たりはつけられるな。)
「一応聞きたいんだけど、こんなことって初めてなの?なんかジェイク達の雰囲気を見るからには前にもあったっぽいけど…。」
その言葉に男は微かに頷いた。
「ああ、10年ぐらい前だったかな?そん時も今回みたいに金が取れなくなって調査員がわんさかきて俺たちはバラッカスを追い出された。一週間以上はロネリーの町に厄介になってようやく戻ってきたら、家は絵にかいたようにひっくり返されてた。だがよ、取れなくなってた金がまた取れるようになったんだよ。不思議なんだけどな。」
「20年前にも同じようなことがあったよ。」
初老のマスターが会話に入ってきてくれた。
「さらに10年前にもあったからおおよそ10年周期で今回のことは繰り返しているんだ。だが、調査員が来てから金がまた取れるようになるっていることが不思議でね。」
いつの間にか空になったエールを注ぎ足していく。「頼んでない」と、言おうとしたが頭の禿げた巨漢のおっさんがにやにやしながら隣に座った。
「不思議といえばよぉ、毎回同じ場所掘らされるのも変だよな。」
突然話に割り込み、おっさんはマスターに視線と指だけでオーダーを飛ばし、俺の前に肉の燻製が並ぶ。これが荒くれものの作法かと感心する。
お言葉に甘えてぬるいエールを口に運ぶ。相変わらず不味いが、肉の燻製のおかげで幾分美味しく感じる。
異世界飯を頬張りながら話に便乗するとしよう。
「掘り終わったところ掘っても、もう金は出ないだろ普通。だから普通は鉱山って奥に奥に採掘現場を広げていくもんだろう?」
「そこがおかしいんだよ。調査員が帰った後、同じ場所掘らされて、またそこから金が出てくるってんだからいよいよ訳が分からん。」
(確かに意味不明だ。この話が本当ならば、調査員ってやつらは金を生み出しているってことにならないか?でもそれならわざわざ掘らせる意味もないし…。)
勇者は腕組みをしてしばしの間思案した。
(やっぱりきな臭いな。異世界ファンタジーできな臭さを無視するわけにはいかないよな。)
結論が出ると勇者は席を立った。
「みんなありがとう。まあ何かあっても、よそ者が勝手に来て勝手なことやったってことにしといてくれ。あと、これはお礼な。」
収納から《ブリオーン》を取り出す。なんの変哲もない皮袋に無造作に手をつっこむと、ひんやりとしたそれでいてずっしりと重みのある硬貨が数枚握られた。
「とりあえずこれでこの場の代金と情報料になるかな?」
ジェイクとマスターとおっさんの3人に1枚ずつ金の硬貨を渡した。その硬貨をみて、3人は目を見開いて固まってしまった。
(あ、あれ?もしかして安すぎたか?いや、流通している金じゃないからダメとか言わないよな?)
冷や汗が流れる中、男たちは口々に狂喜乱舞した
「なんじゃー!!この純度の硬貨は!!!」
「てかこの重さ、純金じゃねぇか!!」
「こんなの一枚で1か月は飯に困らねぇぞ!!」
あまりの浮かれように周りの客も騒ぎを聞きつけ集まり始めた。
「あ、これはやばいやつだ…。」と思い、足早にこの場から離脱した。
とりあえず、《ブリオーン》で出せる金貨の相場は判明した。一か月飯に困らないことから、生前の月給レベルとして20~30万ぐらいの価値があるみたいだ。
(さすがにそんなレベルの代物をお礼でホイホイあげるのはまずいな…。《ブリオーン》さん、1万円ぐらいのいい感じのやつ出してくれないですかね?)
この、金貨高すぎる問題は普通の買い物はおろか、宿ですら厄介だ。大都市ならいざ知らず、こんな労働者の町で20~30万のラグジュアリーホテルや高級料理店やブランドショップがある訳もなく、みんな受け取ってくれない。
そもそも、これから調査員が来るって時にこんな金貨隠し持っていたら、あらぬ疑いをかけられるとの反応もあった。ごもっともだ…。
しかもこの《ブリオーン》さん、四次元ポケットよろしく、容積的に100%収納不可能な何の変哲もないただの皮袋であり、下に向けて振ると金塊が落ちるという仕様…。危うく足の上に落としそうになって肝を冷やした。
追い打ちをかけるように、この金塊一つでウン千万はくだらないわけで余計に使い道がない。
っというわけで、未曽有の大富豪であるわけだが、なんの買い物も準備も出来ず仕舞いになってしまったという体たらく…。
日が沈みかけてきたが、それでもとりあえず鉱山の奥地に踏み込んでみることにしたのだった。
「このアルカナギフト…しくじったか?」と、思わずにはいられない冒険の始まりとなった
一方その頃、バラッカスの町に白い法衣で身を包んだいかにもな連中が10数人現れていた。
それを見て、町の人々は勇者に向けた視線とはまた別の確信に近い嫌悪感を示していた。
「町長並びに住人たちを町の外に全員集めよ。」
白い法衣の男は高らかに呼びかける。その手にはそれぞれ槍や剣などの武器が握られていた。
高邁な立ち振る舞いから彼らが法国の役人であり調査員と呼ばれていた者たちであることは言わずもがなである。
住人たちは渋々ながら町の外に集結させられる。総勢150余名は身体検査を受けたのちに、少量の硬貨を握らされてロネリーの町への一時退去を命じられるのだ。
始まった、そう思った皆の中で一人脂汗をかいている男がいた。
ジェイクである。
その様子に気づいた酒場のマスターはまさかと思ったが、身体検査で純金の硬貨が見つかってしまった。この男、隠さずにポケットに入れたまま招集に応じてしまったのだった。
硬貨をみて当然役人たちは騒然とする。
「これは一体どういうことだ?金が取れなくなったと聞いて来てみれば、こんな純金の硬貨を持ち歩いているとは、貴様…偉大なる聖母オルフェリアに対して何たる不実…何たる不敬…。」
そういうと棘の鞭を振り上げ、ジェイクに振り下ろした。
あまりの激痛にジェイクの悲鳴が上がる。ジェイクは膝から崩れ落ち、腕から血が絶えず滴り落ちた。
「す、すいません、これには訳が…。」
言い訳しようとするジェイクの言葉を待たず、役人はさらに鞭を振るい、背中に打ち付けた。
絶叫するジェイクを見下しながら一蹴する。
「聞くに堪えんな。貴様が金を横領したことは明らか。【法王庁ルネリオス】に引き渡し、しかるべき罰を受けてもらうぞ。」
「ち、違うんです。これは先ほどこの町に来た冒険者からもらったもので…。」
「下らん嘘をつくな!!」
鞭はさらに鋭く、何度もジェイクの背中に打ち続けた。
その絶叫に黙ってみていることが出来なくなったのか、酒場のマスターがジェイクの前に立ちふさがる
「聞いてください。ジェイクの言うことは本当です!先刻この町に来た冒険者が彼に渡したものです。私の店でも支払いにこの硬貨を渡してきました。」
そう言い、マスターは店の奥から金貨を役人に差し出した。それをみて、太った親父もそれに習って役人に金貨を差し出す。
その他にも、宿の主人や道具屋の主人が緑髪で赤い服を着た男がその硬貨で支払おうとしてきたが断った話を口々に証言し、法国の役人たちは横領ではないことを悟り、鞭を収めた。
ジェイクは息も絶え絶えになり介抱される中、役人はジェイクに尋ねた。
「その男は今どこにいる?名前は?」
ジェイクはかすれるような声で言った。
「鉱山の奥に…行ってみる…と…。名前は…。」
激しく息を荒げながらジェイクは歯を食いしばって答えた。
「アレクシー=オズワルド。」




