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〜魔王領ラーヴァクラフト〜


▮魔王

 ベルフェルトは当初の約束通り、先代の魔王との過去を語ってくれた。

 それは思い出させることを憚られると同時に、決して忘れることの出来ない後悔の記憶。


 なぜベルフェルトが力に拘っていたのかは明白だった。

 魔王を語る上で必要なものは上辺だけではない本質的な力が必要だという絶対真理からだ。


 いくら口八丁で丸め込もうと、美辞麗句で煽てようとも、他者を律し、支配するための力が無ければならないのだと。でなければ、待ち受けているのは利用され、欺かれ、裏切られるという末路だということ。


 その結論には激しく同意出来た。


 自らの過去と重なるような卑劣な裏切りに、憤りを隠し切れなかった。


「彼女は私を暗殺するための計画に巻き込まれたに過ぎません。私の思慮の浅さが彼女を死に追いやってしまったのです…。」


 目を伏せるベルフェルトを一瞥し、私は虚空を見上げた。


「ベルフェルト、貴公は自身を不良品であり、欠陥品だと自虐したな。だが、この世に完全に無欠のものなどあるのだろうか?」


 私の問いに、ベルフェルトは何も答えずに顔上げた。


「この世の全ては不揃いのパズルピースと同様だ。皆それぞれ違う歪みや欠損を抱え、凹凸を持っている。皆、自分という存在と噛み合うピースを探し求めているものだ。御多分に漏れず、私もその一人だ。壊れた心を埋める何かを、常に探し続けていた。まあ、前世の私は一生かけても出会えなかったがね。」


 独白めいた自虐に、私は思わず自嘲した。


「貴公と先代魔王は互いの歪なピースが噛み合った奇跡のパートナー。結果はともかく、貴公ら二人が出会えたことだけは、この糞ったれな運命とやらに感謝してもよいのではないか?」


 ベルフェルトは目を伏せると肩を震わせる。決して咽び泣く声を上げず、ただ必死に歯を食いしばり、涙を流していた。


「ベルフェルト、私が先代魔王の代わりになるとはとても言えないが、私にははっきりと断言出来ることがある。」


 顔を上げたベルフェルトの目を見ながら、私は思いのままに言葉を紡いだ。


「私には貴公が必要だ。」


 ベルフェルトは涙を拭うと、片膝をつき、魔王に対して最敬礼をもって向き直る。


「私、ベルフェルト=ウル=デ=スラルジャ=ハインケル。魔王シェブニグラス=インフェルド様のご期待に沿えるよう、真名を賭して努めさせていただきます。」


 その言葉を受け、真名契約が静かに取り交わされていった。


 ーーー


 こうして、魔王陣営は大きな躍進を見せることとなった。


 ニブルデッドのおよそ8割の領土と9割の種族を掌握するに至ったことで、名実ともに魔王はその名を正式に掲げるために、国家を制定するに至った。


 魔族領と亜人領を統合し。新たな領界を作り出し、魔王領【ラーヴァクラフト】と名付けた。


 魔王領の版図を築くまでの一途は、決して私一人で出来る者ではなかった。


 人材と建材を運ぶための巨大ターミナルの設営と物流の安定運用を引き続き紅麗尉が取り仕切った。

 今まで紙の作業に追われていたが、フェルがコンピューターを作り出したことにより業務効率は大幅に改善。紅麗尉は如何なくその情報処理能力を発揮し、物流システムを自動化させるところまで発展させた。


 フェルは各地に世界時間ワールドクロックを浸透させるために時計を一般普及させ、労働基準環境を整えた。

 そして、各地のエネルギーインフラの確立に動き、町には電灯が灯り、蛇口を捻れば水が流れる近代レベルにまで生活レベルを向上させた。


 ゾゾは各地の廃棄物処理と上下水の水質管理に大きく貢献した。切り離した分身体を各地で自然繁殖させ、ゴミや汚物を魔素に変えるリサイクル方法を確立させた。


 こうして、魔王領内の各エリアは近代的な発展を見せ、住人たちの生活レベルは以前と比べるべくもない。

 魔王を称える熱狂的な支持の中、首都の建設が執り行われた。


 魔鉱石マテリアを含まない純粋な石材はゼフォンにしかなく、巨人族がその切り出しを行ったが、それを主導していたのは嶽閻だった。—魔鉱石マテリアを壁や床にするのは危険物の上を歩くのとあまり変わらない—


 余談ではあるが、譲与グラントでの蘇生には大きな落とし穴があり、上位種は戦闘不能判定になった瞬間に下位種にランクダウンしてしまうようで、嶽閻は羅刹から一般の鬼人となってしまっていた。

 しかしながら、顔は元通りになり、今では他の鬼人族と遜色なくなっていた。—思いの外美男子だった―


 そして、設計にはベルフェルトがタクトを振り、国会議事堂の様なものをイメージしていた私の思惑を大きく外れ、完全に一つの城が築かれようとしていた。

 禍々しい魔王の城というよりは、シンデレラ城のような清廉な作りに、少女の憧れが詰まっているように感じたのは私だけではなく、紅麗尉は城を見ては顔をそむけて爆笑を堪えていた。


 こうして三か月の時を経て、ほぼ完成した首都【アーカムハメル】の会議室にて、私は主要な人物を招集した。—未完なのはベルフェルトが調度品に拘っているため—


 魔王は円卓に座する面々の一人一人に視線を合わせていく。

 

 デモンスライム / ゾゾ=ヨグソトス

 エルダードワーフ / バルーシ=フェルディナンド

 デーモンロード / ベルフェルト=ウル=デ=スラルジャ=ハインケル

 紅蓮夜叉ぐれんやしゃ / 朱羽あかばね 紅麗尉

 黒鬼人くろおに / 嶽閻

 

 彼らは神妙な面持ちで魔王と視線を合わせ、息を呑む音さえも憚れるような厳粛な時間が流れた。


 その厳かな静寂を断ち切るのは、当然私であった。


「この三か月、魔王領は目覚ましい発展を遂げた。これも全て、ここに集まる皆の働きによるものである。」


 労いの言葉に皆の顔には自尊心が垣間見える。


「今後、この場に集った者達を魔王直属の幹部として任命する。異論のあるものは?」


 見渡す中で一人だけおずおずと手を挙げるものが一人。嶽閻である。


「俺はこの面々に加わるのは相応しくないのではないだろうか…?以前の様な力はなく、一般の鬼人族と大差ない…そんな俺が…。」


 それを聞き紅麗尉は不安げな面持ちで私を見る。


「嶽閻、貴公がこの城や魔王領の発展の為に、巨人族を始めとする亜人種のまとめ役を買ってくれていることは聞き及んでいる。貴公の存在は紅麗尉と並んで魔王領の今後の安寧と、発展の為に必要だと私が判断したからの選出だ。それでも辞退するというのなら、引き留めはしないが?」


 紅麗尉は嶽閻に視線を送る。深く頷いたそれを受け、嶽閻はテーブルに額を擦り付ける様に平伏する。


「俺は赦される筈などないと、贖いを求める様に働いてきたが、魔王殿がお認めになってくれるとあらば救われる思いです。今後も一層、魔王殿の為に、この国の民の為にこの身を捧げて参ります。」


 嶽閻の言葉に、私は頷いた。

 正直なところ、私が嶽閻を幹部にしたのには二つ理由がある。


 一つは、紅麗尉との結束による離反が挙げられる。今の立場上、旧亜人領はこの二人による統治と言っても過言ではない。反旗を翻す様な二心がないかを確かめる為にも、今後定例とする幹部会に引き摺り出したかった。


 二つ目は各エリアの亜人種達の状況を監督する立場として、彼を任命する為の大きな役職が必要になったということが挙げられる。

 これは流石に一般の鬼人族という扱いでは他方に示しがつかないと言うものだ。他の幹部と同格であるという立場が、嶽閻の仕事をより円滑に回していくことだろう。


「さて、この度の幹部会ではまず、私の目的を貴公らに共有したいと考えている。」


 本題に入り、皆の顔つきが変わる。


「私の目的は地上と地下の境界を取り除き、光と闇が共栄、共存する世界の構築である。」


 その言葉に、小さなざわめきが起こる。皆、互いに顔を見合わせ戸惑いを禁じ得なかった。


「そりゃあ…旦那…スケールが大きいってもんじゃないぜ…。てっきりエルデガルドに侵攻して、天と地全てを魔王領にするものかと…。」


 フェルの言葉に私は小さく頷いた。


「私には切っても切り離せない宿命の敵が存在する。それは、勇者だ。勇者との戦いを絶対的に有利なものにする為には、エルデガルドの民を決して敵に回してはならないのだ。」


 その言葉の意味が分からず困惑する空気が流れる中、思案していた紅麗尉が静かに口を開く。


「なるほど…魔王軍が地上を侵略するとなれば、勇者の旗印の元、徹底抗戦の構図は不可避になるわね。」


 更にベルフェルトが続く。


「力で捩じ伏せれば捩じ伏せるほど、反発は当然大きくなり、ゲリラ戦の様相を見せる様になれば泥沼化するということですね。」


 二人の発言を受け、皆は一様に納得した様だが、私は否定の言葉を投げ込んだ。


「間違ってはいないが、それが根本的な理由ではない。」


 ベルフェルトと紅麗尉は思いがけない私の一言に驚愕しているようだ。


「このメンバーだからこそ共有しよう。私がこの世界において課せられている使命、そしてルールの全容を…!」


 これより、私はアルカナレイドについて現在分かっていることを詳らかに幹部達に伝えた。

 アルカナレイドのルール、そしてその成否がそのまま私自身の存在に関わるということ…。


 それを聞いて真っ先に反応したのは、やはりベルフェルトと紅麗尉だった。


「紅麗尉とナスティという二人の魔王の情報を経て、私は一つの仮説を立てた。この世界は丸ごと一つの舞台装置であり、我々はそのルールの上で踊る演者に過ぎないと…。」


 その言葉は一同は戸惑いの表情を浮かべて凍りついた。


「役者が変われば演目が変わる。王殺遊戯タクティカルゲームから人取遊戯ゼロサムゲームに様相を変えたことによって、私たちは殺戮ではなく、友好の道を基本路線として、人魔共栄の道を突き進む必要があるのだ。」


 一様に場の空気が重くなる。皆、不安そうな表情で私の言葉の意味を噛みしめていた。

 フェルは背もたれに体を大きく預けて天を仰ぐ。


「友好路線…と言えば聞こえは良いが、大丈夫かのう?なめられやせんか?」


「マオウサマガ アタマペコペコ シテタラ ゾゾ ヤダ。」


「【天地食い戦役】によって両世界の確執は根深いと聞く…。友好関係など結べるのか?」


 フェルの心配の声にゾゾと嶽閻が続く。それはここに集まる者の共通認識なのだろう


「簡単なことではないだろうな。あちらの世界がほぼ人間種ということになれば、我らは異形種として敬遠されるのは必然。だが、問題はない。なぜなら…。」


 一瞬、前世の記憶がフラッシュバックする。


「私は人間という特性を知り尽くしているのでな。」


 紅麗尉の喉がゴクリと鳴る。どうやら彼女には伝わってしまったらしい。


 私が如何に人間を信じていないのかが…。


「エルデガルドへの侵略プランについての構想は既に仕上がっている。なのでこの場で議論する必要はない。」


 私の言葉に一先ずの安心感が漂う中、「さて…」と切り出す。


「私たちには先に考えなければならないことが二つある。一つはエルデガルドへ繋がる【レジェネーター】の発見。二つ目はニブルデッドでのアルカナキャストの捜索だ。」


 正直に言うと、二つ目の問題は私にとって想定外のものだった。

 ニブルデッドをほぼ制圧したというのに、現在発見できたアルカナキャストは3名だ。残りが全てエルデガルドにいるとすると余りにもバランスが悪い。

 平等に振り分ければ、それぞれの世界に10人いる計算となる。さすがにまだニブルデッドにアルカナキャストがいるはずだと考えるのは、至って自然なことだろうと思う。


 紅麗尉は少し肩身の狭そうな表情をした。彼女と嶽閻の二人がアルカナキャストでないことは私自身も予想外だった。幹部面子を見て、アルカナキャストでないことは引け目に感じていることだろう。


 私は紅麗尉達を敢えて視線から外し、言葉を紡ぐ。


「但し、アルカナキャストについては後天的に選ばれる可能性があることは、既にゾゾが実証済みだ。それを考慮しての捜索が必要となる。」


 その言葉を聞いて、紅麗尉は顔を上げ、私の横顔を見る。有り体の言わんとすることが伝わったのか、小さく頭を下げる様子が目の端に映った。


 そんな中、ベルフェルトがすっと手を挙げた。

 私が視線を向けると、彼は徐に腰をあげた。


「僭越ながら、ニブルデッドには少なくともあと3名のアルカナキャストがいると愚考致します。」


 その言葉に、「ほう…」と素直に嘆息を上げた。


「その三名とは?」


「はい、まず一人はエルヴェシオンの真祖 エルマリーク=シュトラゼル。」


 場の空気が瞬時に変わり、動揺が走る。


 その名前は嘗てフェルから聞いたものだ。ちらっとフェルの様子を見ると、案の定、背筋に氷でも入れられたかのように委縮してしまっている。嶽閻も同様であり、冷たい汗を額に浮かべていた。


「かの地の真祖様か…?あの方はどのような蛮族でも恐れて近づかないゴッドレギオン。アルカナキャストと言われれば合点がいくが、あの方と目通りするだけでも困難だぞ。」


 嶽閻の反応を見て、以前聞かされたフェルの情報が過大評価ではないことが窺えた。

 当然私も候補には入れていたが、どうせ反対されるだろうと伏せていた人物だ。


「しかしながら、いずれは相対せねばならぬ相手、いつまでも触らぬ神に祟りなしと言う訳にもいかぬだろうな。次は?」


「はい、二人目はルーネ=アドマリス。」


「その名前…。」


 皆初耳の名前が飛び出した中、一人反応を見せる私を見て、ベルフェルトは頷く。


「ご明察の通りです。その昔、ディアネス公爵の居城にいたダークエルフの女性エルダです。彼女がアルカナキャストだということは当時から分かっておりましたが、その後の行方は掴めておりません。」


 そういえば、ベルフェルトがあの日、始末したのはディアネス公爵とメルディナート卿の二人。ルーネと呼ばれるダークエルフの顛末は語らなかった。派閥の一大事という局面で、公爵を守らず逃げた?


「彼女はディアネス公爵の部下ではなかったのか?」


 ベルフェルトは小さく頷いた。


「明言は出来兼ねますが、恐らくは…。」


「ダークエルフだっていうなら真祖様の配下って線が濃厚なんじゃねぇか?」


 フェルが口を挟んだことで皆が顔を見合わせる。


 確かに、地図上では神域 エルヴェシオンの北部にダークエルフ達が住む樹海が広がっている。しかしながら、ベルフェルトは難しい顔をする。


「確かに、地理的に見れば可能性はあります。しかしながら、ダークエルフは断罪されたエルフの末裔として亜人族から爪弾きにされている種族。真祖がそのような種を受け入れるのか否かを論じるには、情報が少なすぎると言わざるを得ません。」


「確かに、エルヴェシオンに対する情報は、600年生きてきた中でも全く更新されてないわ。虎穴に入らずんば…アクションを起こす必要があるかもしれませんね。」


「ン モシカシタラ トモヅリデ ウハウハ。」


 やはり可能性はエルヴェシオンに凝縮されていた。

 かの地がどのような場所なのか、真祖とはどのようなものなのか。最低限情報を持ち帰ることが出来たならば、大きな成果に繋がりそうである。


「それでは、最後の一人ですが、これは一つ目の課題、レジェネーターの捜索にも繋がってきます。魔王陛下。昔した私との会話を覚えておられますでしょうか?」


 ベルフェルトの問いに、私は平静を保ちながら必死に頭を回転させる。


 え?なんだ?何の話だった?昔…ってことは初期のころから?確かにレジェネーターの話をしていたような…。


 妙な沈黙の時間が出来るか否かの瀬戸際で、ギリギリ思い出すことに成功した。


「確か、言っていたな。地上と地下を自由に行き来している悪魔がいると。」


 それを聞くと、一斉に皆の目がベルフェルトに注がれる。

 ベルフェルトは笑みを浮かべて頷いた。

 私は内心汗を拭い、面子を保てたことにほっと胸をなでおろした。


「ええ。彼女は旧魔族領の北西にある絶海の孤島【アルカトラズ】に暮らしています。」


 初耳の地名に、私は地図マッパーを広げると、確かにその場所は存在していた。


 地理のような基本知識は初日で頭に叩き込んだはずだったが、まさかこんな孤島がここに来て話題に上がるとは…。


 知らないでは格好がつかないため、見栄を張るためにスキル《博識》でアルカトラズを検索する。


 そして、その検索結果を見て驚いた。


「アルカトラズ…そこは罪人の収容所ではないのか?」


 そう告げた私の言葉に、ベルフェルトは少し意外そうな表情を浮かべた。


「よくご存じですね。そこはかつて【はぐれ魔創士】収監する懲罰棟でした。」


 ちなみに、はぐれ魔創士とはネクロノミコンに登録せずに、法外なMPで魔法を提供する無許可の魔創士のことである。—これも同様に検索した―


「しかしながら、魔創士事件が風化し、次第にその設備が不要になったことに目を付けたディアネス公爵は、別荘地としてその島を所有していました。そして、公爵無き今、その娘がその島で住み続けているようです。」


「ディアネス公爵の娘?」


 これは新しいアプローチだった。エルヴェシオン以外の地に魔族の生き残りがいるというのだ。


「はい。彼女の名はグラミア=アエーシェマ。彼女はアルカナキャストだと愚考致します。」


「理由を聞いても?」


 ベルフェルトは頷き、教鞭を振るうように語り始めた。


「先にお聞きしたいのですが、魔王陛下はアルカナキャストが死亡した場合どうなるかはご存じなのでしょうか?」


 その言葉に一同はハッとなった。


 その疑問はチュートリアルの際に頭を過ぎったことは確かだが、深く考えてこなかったというのが正直なところである。


 これは検索のしようもないので、素直に答える。


「いや、その点については説明を受けていない。試すわけにもいかぬからな。」


「ええ、確かにそうですね。しかしながら、恐らく…というよりもほぼ確定で【新しいアルカナキャストが選抜される】ことになるでしょう。」


 誰も異論を上げようとしない最も可能性の高い答えと言える。だが、せっかくなので理由を聞いてみたかった。


「理由を聞いても?」


 ベルフェルトは一瞥をして答える。


「前回のアルカナレイドの際に賜った私のアルカナスキルは現在も変わらず引き継がれています。魔王陛下の言葉を借りれば、舞台の主役は変わっているのに死亡クランクアウトした役者以外はそのままの配役キャスティングで共演している、ということになります。これは魔王陛下が先代より【悪魔】のアルカナを引き継いだという風に見れば、他のアルカナキャストも同様だと考えるのが自然だと思われます。ゲームを破綻させたくないという何者かの意思が働いているのであれば、間違いなくこれは鉄板かと…。」


 一ミリの矛盾もない。憶測ではなくほぼ核心と言えるだろう。


 もう一つ付け加えるならば、アルカナスキルはアルカナによってスキルが確定しているのではなく、キャストの個性が大きく反映されていることが予測される。それは同じ【悪魔】のアルカナを持つ私とナスティとでアルカナスキルが全く違うことからも明確だ。


 たとえ、魔王が…勇者がリタイアしたとしても、別の魔王と勇者が補填され続け、アルカナレイドは決着のその時まで続いていくのだろう。以前までのルールと違って破綻することはないが…。


 クリアするためには大きな問題が立ち塞がってはいるのだが…。果たしてこちらはどうしたものか…。


 少し思案するが、まだ情報が出揃っているわけでもない状況で結論を急ぐ理由はないとして頭の片隅に追いやった。


「それで、それがグラミアという悪魔がアルカナキャストであるという根拠となるのか?」


 私の問いに、ベルフェルトは頷いた。


「彼女は私が幼いころから知っていますが、正直いって才能など感じられませんでした。偉大なる大貴族の娘という肩書は彼女には重すぎるほどには…。彼女はディアネス公爵から邪険にされ、冷淡に扱われた末に、次第にアルカトラズの別荘に引きこもるようになったそうです。」


 まるでベルフェルトと真逆だと感じた。非凡な家系に於いて、凡人として生まれることがどれほどの苦痛をもたらすのか。想像するのは容易いとさえ思えた。


「しかし、ある時私はふと彼女のことを思い出しました。ガラテアとリスティス葬り去り、この世から闇夜の眷属以外の魔族を消したと思っていましたが、彼女が生きていることに気づいたのです。転移門アストラルゲートを使ってアルカトラズに向かった私は目を疑いました。簡素な屋敷は豪奢な宮殿となり、宮殿の中は何人もの魔人たちが奴隷として働いているのです。」


 チラッとベルフェルトがこちらを一瞥した。


 ん?まさか私が魔人種であることに遠慮しているのか?…いや同族意識など皆無なのだが…。


 私が意に介していない様子を確認するとベルフェルトは続ける。


「宮殿の中に彼女がいました。昔見た臆病で貧弱だった面影は全くなく、高邁で傲慢、妖艶な情婦のように変貌していた彼女を見て、私は瞬時にディアネス公爵と面影が重なりました。調べると、彼女が変わったのはディアネス侯爵の死後だということです。血の覚醒とやらが起きたと騒ぎ立てるよりも、アルカナキャストが彼女に引き継がれたことにより、彼女が強力なユニークスキルを得たと考えた方がよっぽど納得がいくと思います。」


 なるほど、と頷く。仮定の積み上げばかりなので絶対的な確信にはならないが、ロジックとしては成立している。


「なるほどな…。親子関係がアルカナキャストの相続先として、一つの法則となるという仮定は、雲を掴む様なアルカナキャスト捜しにおいて一つの指針となるだろう。」


「ええ。彼女が果たして地上で何をしているのかは存じ上げませんが、自軍に引き入れれば一石三鳥のメリットがあるでしょう。」


「イッセキ サンチョ?」


 首を傾げるゾゾにベルフェルトは笑って答える。


「アルカナキャストがまた一人増える。エルデガルドへの侵攻ルートを確保できる。そして、エルデガルドでの情報を得ることが出来る。」


 非常に魅力的だ。特にエルデガルドの情報を握っているという点は今後の行方を占う意味で大きな意義を持つ。


「方針は決まったな。危険だが、エルヴェシオンへのコンタクトを行うこと。そして、グラミアを仲間として引き込むこと。グラミアについては顔見知りのベルフェルトが交渉に当たるのがいいだろう。やり方は一任する。エルヴェシオンへは私が直接出向こう。」


「おいおいおい!旦那!そりゃあ流石に危険じゃろ?」


「陛下にもしものことがあったら!!」


 口々に私の身の安全を危惧する声が飛び交うが、逆に言えば果たして誰がこの役目を担えるというのか?

 相手は神とも称される稀代の傑物。最低限の礼を尽くす意味でも、私が行くしかないと判断していた。


 その時、ベルフェルトが再び口を開く。


「恐れながら、両者に対して一石を投じる策を愚申致します。」


 皆が再びベルフェルトに注目する。


「聞こう。」


 ベルフェルトは私を見て頷いた。


「盛大な戴冠式を催すのです。」


「はあ?」


 思わず間抜けな声を上げてしまった。


 戴冠式?なぜ?


 頭の上に疑問符を並べる私をよそに、皆はなるほどと納得し始める。


「これは名案ではないでしょうか?ニブルデッドを一つにまとめた魔王の誕生を祝う式典に、二人を招待するのです。現在、両名の立ち位置は完全に不明。しかしながら返答によって、陛下に対する立ち位置を明確にすることが出来ます。参列されるのであればそのまま交渉の席を設けることが出来るでしょう。欠席でも返事の有無によって敵か味方かを明らかにすることになりましょう!」


 なぜか紅麗尉は興奮気味に鼻息を荒くして語る。


 それを受けて嶽閻も頷いた。


「俺達も昔やった手段だな。その時は返事すらよこさないところには直接攻め込んだものだが、魔王殿ならば別の手段を講じることも出来るのではないだろうか?」


「いいのぅ!!祭りじゃ、祭りじゃ!!これを機にまだ旦那のことを知らぬ民たちを一斉に集めて、整然と居並ぶ光景を見せつけるのもまた一興じゃのう!」


「え?あ、いや…私はあまりそういうのは…。」


 フェルが提案し始めた壮大なプロジェクトに、小さな声で反論してみたが、皆の興奮は収まるところを知らない。


「ン マツリ スキ ゴハン イッパイ タベレル。」


 一人だけ論点がズレていることを言っているが…。


 マジか?


 魔王として…一国の王として、何万もの群衆を見下ろすような大拝謁があることはイメージできるが、自分がその役回りをすることに対して、なんというか…恥ずかしかった。


 皆からすれば、私の威光を示すことは自尊心を盛り上げることに繋がるのだろうが…これで《ディバンク》が多発したら正直凹むし、脳内アナウンスで気狂いするんじゃないだろうか…。


 しかし、冷静に考えれば、悪い手ではないのも確かだ。ある意味三方良しの一手と言える。

 そもそも、いきなり乗り込んでいくこと自体がリスキーなのだ。それを考えれば、儀礼という建前を持ったこの一石によって、相手がどういう反応を返すかでこちらの対応を決められるというのは、ローリスクハイリターンと言えるだろう。


「総意は決した。魔王領【ラーヴァクラフト】として最初の大仕事だ。魔王シェブニグラス=インフェルドの戴冠式を執り行うことをここに宣言する。場所はここ、【アーカムハメル】。混乱が生じぬよう、十分な設備と準備が出来る時間を考慮し、開催日は後日通達する。皆の働きに期待しているぞ。」


『ハッ!!!』


 幹部一同は示し合わせたように起立し、一斉に敬礼の姿勢を取った。


 かくして、アルカトラズとエルヴェシオンの調略に向けて、矢は放たれた。


 来たる戴冠式当日までの私の仕事は、大衆へ向けてのスピーチを1000個は考えておくことだ。



 黒を基調としたゴシック様式の部屋には、煌びやかな調度品が並べられている。

 ベッドがあることから、ここが寝室であることが窺えた。


 ぽつぽつと置かれた燭台に自然と火が灯る。

 それは、この部屋の主が帰還したことを意味していた。


 部屋の奥にある物々しい扉が開き、その主が姿を現す。


 反物の様に妖しく輝く紫紺の長い髪。

 艶めかしい肢体に豊満な胸と括れた腰は妖艶さを絵に描いたような花顔柳腰。傾国の美女とはこのことだ。

 豪奢な赤と金の装飾が施されたガウンに包まれた紫陽のマーメイドドレスは、彼女の美しさを魔性のものとして彩った。


 彼女が部屋に入ると同時に、男の叫び声が木霊する。


 彼女の異形の右手は男の頭を鷲掴みにしており、男は引きずられるように部屋に運び込まれると部屋の中央に投げ飛ばされた。


 震え、怯える男はまだ若く、10代であることは予想出来る。一糸纏わぬ姿のまま、部屋の中心で身を縮めていた。


 彼女はガウンを脱ぎ落す。艶やかな黒の4枚羽が彼女の背中を美しく飾った。


 怯え続ける男に対して、女は四つん這いになり、男に覆い被さる。


「お助けください!!グラミア様!!」


 恐怖のあまり、堰を切ったように泣きじゃくりながら赦しを乞う男に、グラミアは目を細め、聖母の様な微笑みを浮かべた。


「何を言っているのかしら?貴方は何か悪いことをしたの?いいえ、してないわ。ただ私が貴方を気に入っただけ、貴方に決めただけ。」


 まるで子供をあやす様な優しい言葉で宥めても、男の震えは一向に収まらない。


 グラミアは顔伏せて蹲る男の顔を無理やり自分に向けた。男の頬に、爪が突き刺さり、血が滲む。


 だが、男はその痛みを感じている余裕などなかった。


「貴方となら、理想の子供が作れると思うの。だからね?お願い…。」


 グラミアの手が男の胸からゆっくりと下へと伸びていく。


 そして、腹の上で指が止まった。


「私の子供を産んでちょうううううだぁぁあああああいぃいいいいいい!!!」

 

 グラミアの口が耳元まで裂け、狂気と愉悦に満ちた狂貌へと豹変する。


 刹那!

 男の腹部に右手を差し込んだ!


 部屋中に男の悲痛な絶叫が響き渡る。


 部屋が静かさを取り戻すと、グラミアはソレを掴むと、再び引きずる様にして部屋を後にし、地下へと向かった。


 陰鬱とした暗闇の石牢は、はぐれ魔創士を収監していたころの名残である。

 魔鉱石マテリアを用いない魔族の力を奪う為の牢獄に、グラミアはソレを吊るした。


 そして、眼前に広がるソレらを見ながら悦にいっていたその表情が、一気に訝しんだものに変わる。


「勝手に人の聖域に足を踏み入れるなんて、デリカシーの欠片も感じられないわね。」


 彼女の背後にはいつの間にか人影が立っていた。

 その者の姿が燭台の火に照らされて露わになる。


 赤い髪に黒い貴族服。漆黒の四枚羽。

 ベルフェルトである。


「おや?正面からお邪魔した方が宜しかったでしょうか?そうしたら、貴女が必死に作り上げた魔人達が屍の山になってしまうので、気を利かせて転移門アストラルゲートを使ったのですが…。」


 その返答を聞いて、グラミアは最大限に不快感を露わにした。


「ホント…顔以外は本気マジでキライだわ…!アンタ…!」


 グラミアの怒りを受け流す様に、ベルフェルトは嘲笑する。

 不機嫌なグラミアを尻目に、ベルフェルトは目の前に広がる、まさしく悪魔の所業に視線を移す。


 そこには、骨と皮だけのミイラにになった男達が吊るされていた。


 それだけでも凄惨な光景なのだが、その中でも奇異なことに、ミイラ達の腹部が異様なまで膨らんでいるのである。


 そして、それらが拍動…いや、胎動していることだった。


「なるほど、屋敷の中にいる魔人達はこうして生まれてきているという訳ですか…。中々に通な趣味をお持ちな様で…。」


「何の用?私はアンタの顔なんか1秒たりとも見ていたく無いのだけれども…。」


 不快感をそのままに、吐き捨てる様に告げるグラミアの棘のある言葉に、ベルフェルトは肩を竦める。


「やれやれ、随分と嫌われている様ですので、要件だけ手短かにお話しします。」


 ベルフェルトはジャケットの内ポケットから、一枚の招待状を取り出した。


「このニブルデッドに、支配者たる魔王が降臨致しました。近日、戴冠式が盛大に催されますので、貴女にも御出席賜りたく…。」


 突如として、グラミアの嘲笑を込めた高笑いが響き渡る。


「アンタも懲りないわね!?また魔王ですって?次はどんな小娘を囲い込んだのかしら⁈人の趣味をどうこう言う前に自分自身を見つめ直したらいかがかしら?このロリ…。」


 突如、グラミアの口が止まる。

 呼吸さえもままならない圧倒的な負のオーラに包まれ、グラミアは喉元を抑える。


 そして視線を上げると、そこには見ただけで魂ごと消し飛ばされそうな殺気が込められたベルフェルトの眼光があった。


 グラミアがその目に完全に気押されていると、ベルフェルトの表情はフッと微笑みに変わった。


「貴女が来るか来ないかは自由ですが、これだけは言っておきます。あのエルヴェシオンからも正式に返答があり、従者を式に参列させるとのことです。」


 その言葉にグラミアは目を見開き、驚愕した。


「し、真祖様が魔王の誕生と戴冠を認めたとでも言うの!!口から出まかせを!!」


「残念ながら真実ですよ。」


 絞り出す様に出したグラミアの否定をベルフェルトは一瞬で否定した。

 呼吸が出来るようになったものの、グラミアの息は荒い。


 そんな彼女に、ベルフェルトは追い討ちをかける。


「エルヴェシオンですらもその存在を認知した魔王の戴冠式に出席されないなどということになれば…。果たしてどの様なことが予測されるのか?聡明な貴女ならばお分かりになる事かと思いますが…。」


 グラミアは下唇を噛み、ベルフェルトを睨みつける。

 だが、そんな威圧が通じる相手でない事は十分承知していた彼女は、観念した様に力を抜いた。


 その様子を見て、ベルフェルトは招待状をグラミアに投げ渡し、彼女はそれを受け取った。


「いいわ…。その魔王とやらの顔を拝んでやるわよ。但し!またアンタの庇護だけで担ぎ上げられたお飾りだったら、盛大に笑い物にしてやるから覚悟しなさい!!」


 グラミアの差し違えにも近い挑発に対し、ベルフェルトは余裕の笑みを浮かべる。


「貴女も分かるはずですよ。あの方が万年…いや、百万年に1人の傑物だと言うことがね。」


 そう言い残すと、ベルフェルトは転移門アストラルゲートを開き、渦巻く闇のゲートに姿を消した。


 グラミアはその場でへたり込むと、苦虫を噛み潰す様に歯をギリギリと鳴らした。


「失ってたまるものですか…。ここは…ようやく築いた私だけの楽園なのよ…。誰にも邪魔させたりするものか!!」


 強気な言葉とは裏腹に、彼女の頭は如何にこの地の自治権を認めてもらえるかという打算を始めていた。


 ベルフェルトのあの圧倒的な自信…。

 まだ見ぬ君臨せし魔王に対する恐怖を感じずにはいられなかったからである。


 ーーー


 そして、その時は迎えた。


 ニブルデッドを支配する魔王の戴冠式が、今始まろうとしていた。



第6部 Disintegration《崩壊》 完

 春から初夏に移り変わる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?日々乱れる天気と気温にバイオリズム乱れっぱなしの稲葉白兎です。


 第6部 Disintegration《崩壊》 お楽しみ頂けましたでしょうか?

 勇者編と魔王編の長編がここに出揃いましたが、皆さんはどちらのお話がお気に召しているでしょうか?大変気になるところですw


 次回はまた勇者編をお送りします。

 新たにロアとノアを仲間にした勇者一行はルネリオスのお膝元である貧民街ソドムに向かうことになります。その中で新たな出会いと恐るべき脅威が勇者達を待ち受けることとなります。

 魔王の戴冠式につきましては、魔王編の続編をお楽しみ頂ければと思います。

 勇者と魔王が同じ世界線に立つまで後もう暫く各々の視点で話を展開して参りますので、これからも応援のほど、よろしくお願いします。


 最後に、いつも読んでくださる読者の方々、本当にありがとうございます。

 コメントや内容に対するご質問などには適宜答えて参りますので、是非お気軽にお願いします。お待ちしています。


 長くなりましたが、これからもアルカナレイドをどうぞよろしくお願い致します。

 

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