〜嘆きのディストピア〜
▮ ベルフェルト
天才だと言われ、天才だと自分でも思う。
私を作り出した親は中級以下の平凡な悪魔。
母親が作り出した【魔力核】に父親が魔力を注ぎ込んで融合させた【新生核】から肉体を形成し、新たな悪魔が作り出されるのだが、どこかの過程でイレギュラーが発生した。
トンビが鷹を生むとはよく言ったものである。
両親など足元にも及ばない魔力量。
そして誰に習うでもなく魔力を自在に使いこなし、ユニークスキルを備えた稀代の天才。
この世に生を受けた瞬間から、私は大悪魔たる素養を持ち合わせていた。
魔族には権力を一元化するような王は存在しない。魔族の中での種族や思想の違いから、当時魔族は三大派閥に分かれていた。
デーモンロードを頂点とした、殺戮と破壊を至高とする【ガラテア】。
サキュバスやナイトメア、堕天使など、堕落と欲望を至高とする【リスティス】。
真祖が支配する闇夜の眷属達による、不死と永遠を至高とする【エルヴェシオン】。
基本的に魔族の世界は弱肉強食であり、弱いものが強いものに従うのは当然であるものの、思想の違いは決定的な亀裂を生み、決して相容れぬことがないのもまた魔族…。
三つの派閥は互いを敵視するものの、互いの領分を犯すような対立はなく、派閥内での権力争いにご執心でした。
衣食住を魔法ですべて解決できてしまう魔族にとって、最も重要なことは『権力』でした。
他の悪魔よりもどれだけ自身が優れているかということは、魔族にとって存在証明そのもの。低位の魔族は見下され、卑下され、同族から存在価値そのものを貶められる悲惨な毎日が待っているのです。
私の両親がまさにそうだ。
爵位を持たない悪魔の衣服着用など認められておらず、魔力錬成で作った豪奢な身なりで外を歩いていると、高位の悪魔に徹底的に叩きのめされた。レッサーデーモンなどが裸なのはそのためである。
両親もほとんど変わらないレベルだったので、羞恥心から自然と室内に籠りがちだった。そして、私にも外を出るときは裸を強要した。
当然ながら両親の言いつけなど守る気はしませんでした。
親とはいえ、鑑定スキルすら持たない低俗な悪魔に従う道理など、私にはなかった。―両親は私の魔力やレベルを把握できていなかった—
幼い私は他者を挑発するかのように、まるで道化師の様な派手な格好に身を包み、往来を闊歩した。
爵位を持たない私の姿を見て、名のある爵位の家の子が私に制裁を加えようした。
そして、返り討ちにした。
弱小悪魔の両親を持つと子が認められるのは大変であることと同時に、親が偉大であれば子の敗北は沽券に関わる一大事となる。
以降、私は名ばかりの強者共に始終命を狙われるようになるが、全く意に介すことなる皆殺しにした。
私が歩く道には魔族の屍が出来ていく。
魔族の急所は魔核である。常に流動的に位置を変えるこれが無事な限り、魔族はどの様な姿になっても魔素で復活する事が出来た。
だが私は、その魔核の場所を正確に把握することが出来るスキル 把握を持っていた。
そのスキルを使い、襲いかかる悪魔たちの核を抜き取っては踏みつぶしていく。
私は終始退屈していた。
ようやく私の強さに気づいた愚かな息子の親の侯爵は、ガラテアの筆頭である【ベヘモス】公爵に泣きついた。
ベヘモスは話を聞くと、侯爵をその場で殺し、領地や奴隷などを全て召し上げ、私の両親に差し出した。
何故そんな事を?と思うかもしれませんが、両親に爵位を与えて私を抱き込みにかかったのです。
しかしそれは、庇護下に入ったという意味ではない。単なる人質でした。そうまでして私を派閥に引き込みたかったのでしょう。
だが、当時の私にはそんなことは興味なかった。
興味はむしろ、殺戮と破壊を美徳とするガラテアの筆頭主であるベヘモスがいかなる強さを持っているかという一点のみ。
ベヘモスは両親の命を盾に服従を迫った。
「動くんじゃねぇぞ!ベルフェルト!ワシのものになれ!そうすれば貴様の両親共々、ワシの派閥で一生安泰の爵位を与えてやる!貴様のその力、ワシのためだけに使え!!」
魔素を焼き尽くす魔炎の釜の上に、鎖で吊るされた両親が震えながらも笑顔で私を見る。
その目は、当然条件を飲んでくれるだろうという期待に満ちていた。
そんなあまりにも能天気で、緊張感の欠片もない両親を見て、私は溜息をついた。
「俺が知りたいのはあんたが俺よりも強いのかどうかだ。さあ、とっとと始めようぜ。」
私の言葉に両親は凍り付き、ベヘモスは動揺を隠しながらも笑って答える
「は、はは…強がりを言いよって…。余り手間をかけるようならば少しこいつらには少し痛い目を…。」
ベヘモスが言い終わる前に、私は手を掲げ、巨大な大鎌を空中に出現させた。そして、躊躇うことなくその大鎌は虚空を一閃する。
突如鎖は断ち切られ、両親の悲鳴が木霊する。
そして、体中の魔素を焼き尽くされるという、想像を絶する痛みの中、藻掻き、暴れ、絶叫の不協和音が響き渡る。
そんな両親に一瞥することもなく、唖然としているベヘモスに迫る。
「さあ、これでいいか?とっとと始めようぜ。殺戮と破壊を美徳となすデーモンロード ガラテア公爵の力、見せてもらおうか?」
ベヘモスの顔が恐怖に歪んでいく様子を見て、瞬間的に私は理解した。
ああ、こいつも偽物なんだ…と。
ベヘモスを始末した後も、私の胸には何も満ちることはなく、空虚感だけが残った。
そして、何を求めているかも分からない正体不明の渇きは、永遠に喉を焦がし続け、漫ろな日々を送りました。
私は魔族の社会で異端児とされ、腫物の様に扱われた。圧倒的な力は絶対的な恐怖を生み、後に残るのは寂寥感だけが漂う孤独でした。
私はなぜこのような力をもって生まれてきたのか…。自問する時間がしばらく続いた後、私は世俗を捨て、辺境の地で気が遠くなるほどの時間を眠りに費やしていました。
ある日、眠りにつく私を見下ろす何者かの気配を感じ、私は慌てて目を覚ました。
突然私が飛び起きたことで、その人物も同様に驚いたようで、お互いに鳩が豆鉄砲を食ったよう目を見開いていたのが印象的でした。
その闖入者は女性の小悪魔でした。
魔族にとってみれば使い魔レベルの低俗な悪魔。
いや、魔物といってもいい。
その程度の存在が私の展開した防壁を突破し、私の喉元まで文字通り手が伸びる距離まで接近を許した。
この事実に対し当惑は勿論あるが、私の乾いた心が久方ぶりの水を得たような感覚にも陥っていた。
「誰だ…キサマ…。」
混乱の中で吐き出された言葉は短く、威圧感が込められていた。
そして思わず発してしまったユニークスキル《絶望のカリスマ》。
相手の攻撃意思を砕き、従順にさせる恐慌状態を強いる能力であるが、あまりにも力の差がありすぎると死に至らしめる。
正直、目の前の小娘が《絶望のカリスマ》に耐えられるわけがなく、失策だったと後悔した。
しかし、その小娘は意に介した様子はなく、平然とした顔で私に尋ねてくるのです。
「ご、ごめんね!せっかく寝てたのに…。で、出直した方がいいかな?アハハ…。」
バツが悪そうに愛想笑いをする彼女に対し、驚愕したのは勿論ですが、何よりも興味が湧いた私は臨戦態勢を解く。
「質問に応えろ。貴様は何者だ?」
「え~っと…。アタシは…。魔王…かな?」
はにかんだような笑みを浮かべる彼女に対し、私は暫し呆然とした。
彼女の名は【ナスティ】。
魔王としてこの世界に送り込まれてきた異世界転生者とのことだった。
ピンク味のかかった髪とその幼い風貌から、少女と呼んだ方がしっくりと来る。
黒を基調としたトップレスとショートパンツ、耳に複数つけられたピアス、チェーンチョーカー、そして二枚の蝙蝠羽。
淫魔の類かと思ったが、どうも種族は【魔人】らしい。
魔人とは純血種ではなく、混血種を指し、基本的に迫害や冷遇される傾向にある。
理由は弱いからである。
一時期、合成亜人計画によって広く実験されたが、結果は大失敗。
全てが知性を失い、魔物と化してしまったということがあった。そのため、魔人は出来損ないという印象が強いのだ。
だが、彼女にはとんでもないスキルがあった。
《魔力透過》
彼女は全ての魔法の影響を全く受けないというパッシブスキルを持っていたのである。
その効果によって、私の防壁をすり抜け、さらに《絶望のカリスマ》を効果判定すらも生じさせずに無力化していたのである。
圧倒的に低レベルな彼女がこちらの手札を潰したという事実。私は久方ぶりに胸の拍動を感じた心地がしました。
彼女はこの地に降りたばかりで、当てもなく彷徨っていたが、あちこちで魔物に遭遇し、命からがら逃げ続けてきた。
休める場所も見つからない疲労困憊の中、私の棲み処を見つけて上がり込んだということである。
「ねぇ!お願い!アタシの仲間になってよ!あんた強いみたいだし、暇そうだし、いいでしょ?」
実際暇ではあった。初めて会う転生者という存在にも興味はあった。
私は少し考えた後、首を縦に振った。その様子を見て、ナスティは大袈裟に喜んだ。
「やった!!マジついてるわ~!強くて背の高いイケメンと同棲生活なんて、世界中の女子の憧れじゃんね!」
そう言ってケラケラと笑った。
その様子を見て眉間に皺を寄せながら、私は一つの疑問を投げかけた。
「キサマは自分を魔王と言ったな?烏滸がましいにも程があるが一体何のつもりだ?」
ハッキリ言って彼女は弱かった。
そんな彼女が自分を魔王だと語る。
言うまでもなく、魔王とは魔に生きる全てのものの王だ。つまり、魔族を率いるものと言える。
彼女がその器かと問われれば真っ先に否定出来た。
彼女は少し考えた後、「別に教えちゃダメなんて言われてないし、いいか?」と言って、勇者と魔王のこと、そしてアルカナレイドの事を話し始めた。
彼女が語るアルカナレイドのルールとはこうだ。
『世界各地に散らばるアルカナキャストと共に、勇者は魔王を、魔王は勇者を撃破すること。』
私はそれを聞いて思案した。
これはつまり、勇者と魔王は権威ある称号という意味ではなく、転生者達がこの世界で与えられた駒の役割でしかないことを意味している。
さらに彼女は続ける。この戦いから降りる事も、負ける事も、魂を消去される事になること。そして、勝者には神とも言える存在になる権利を与えられる事だ。
「アタシ、このゲームに絶対勝ちたいの…。」
正直意外だった。
このゲームの本質は殺し合いである。彼女にそんなことが出来るようには思えなかった。
だが、彼女の瞳には確かな決意の火が宿っていた。
「勝利した後、どうするつもりだ?この世界を支配するつもりか?」
戯けたように私が口にした後、彼女の顔から笑みが消える。そして呟くように口を開いた。
「叶えたい願いがあるの…。」
そう言うと彼女は前世での記憶をポツリポツリと語り出した。
◾️
後天性の白血病。13歳で発症したその病気によって、彼女の家庭は…人生は崩壊した。
回復の兆しの見えない入院生活は彼女の輝かしい時間の全てを食い潰し、高額な医療費は家庭の経済を容赦なく圧迫した。
その生活からまず父親が逃げ出した。母親が懸命に貯めた金を全て下ろし、行方をくらませた。
それで心を病んだ母親は、娘に対する態度が苛烈なものに変わっていく。
「アンタのせいで…。アンタなんか居なければ…。」
その言葉の終着点は想像だに固くない。
「アンタなんか死ねばいいのに…!」
母親によって首を絞められているところを看護師に発見され、一命は取り留めたものの、母親は重度の精神疾患と診断されて入院し、彼女は心に深い恐怖が刻み込められた。
痛みと苦しみが続くベッドの上での生活を、支えてくれる者は誰も居なくなった。
虚ろな目で闇夜の窓ガラスに映る自分の姿を見る。
髪の毛は眉ごと抜け落ち、骨と皮のようになった体。人工呼吸器や点滴、造血剤が無ければまともに生命活動すら行えない体は、機械と一体化しているような感覚さえあった。
もうすぐそこに死神が迫ってきているのを、彼女は肌で感じていた。
彼女は色素の抜け落ちた唇を噛み、落ち窪んだ眼窩から涙が溢れ出した。
「どうして…アタシが…。アタシが何したっていうのよ…。」
深夜の病室でしゃくり上げる声が響く。
生きる希望を失った体はあっと言う間に衰弱していき、数日後、彼女は誰にも看取られずに息を引き取った。
▮ベルフェルト
「アタシはパパとママにとって失敗作だったの。」
彼女は目を戦慄かせながらも、無理やり笑う。
「たった14年で壊れた不良品…。パパは見捨てて、ママは壊そうとした。だからアタシね…。」
震える声で…しかし、口元は相変わらず笑ったまま彼女は言葉を続ける。
「このゲームに勝って、願いを叶えられるようになったら…病気にならない健康な体になって、もう一度やり直せないかなって…。」
言葉足らずだが言いたいことは大体分かった。
だが、全く理解できませんでした。
「面倒になった子供を切り捨てるような親だろう?なぜもう一度、一緒に暮らしたいなんて思えるんだ?お前は一生、この親はかつて自分を捨てたのだと思い続けることになるのだろう?」
「その時は、自分の記憶を消すよ。」
あっけらかんとそう答える彼女に対し、私は釈然としなかった。そんな私の様子を見て、彼女は屈託なく笑う。
「ベルだって普通に生まれてたら、両親と仲良く出来たんじゃないかな?」
その言葉を聞いて、私は体中に電流が走ったような気がした。
ああ、そうか…。俺は…生まれながらにして…壊れていたんだ。
自分は選ばれた、授かった、特別だと思っていた。だが、そうではない。私もまた、壊れた存在なのだ。
特別でなかったのならば、私は惨めな生活とはいえ、両親と共に今も変わらず生きていたのだろうか…。
私と彼女の間で何か目に見えないものが繋がった気がした。
「俺がお前を勝たせてやる。だから…。」
唖然としているナスティから視線を逸らす。
「もう、無理して笑うな。」
私がそう言うと、背後から嗚咽が聞こえた。その声は次第に大きくなり、号泣へと変わる。
その日から、私たちは魔族領に戻り、アルカナキャストを探し始めた。
アルカナキャストかどうかは、彼女が鑑定するしか方法がないようで、手分けする事は出来なかったが…。
「多分だけど、アルカナキャストって強い人が選ばれてると思うんだよね〜。」
彼女が呟いたその予測を元にすれば、派閥の貴族は可能性が高い。
しかしながら、リスティスを治める【ディアネス=アエーシェマ】公爵は気位が高く、貴族階級でない者と顔を合わせて話をするなど考えられない高邁な女魔族。
と、なれば、如何に潜入するか。私だけなら何の問題もないものの、ナスティを同行させるとなればその危険性は跳ね上がる。せめてアルカナキャストか否かだけでも確認する事が出来れば…。
私の横で、ナスティも何やら難しい顔をして唸っている。まさか、彼女も同じ懸念を?と思った瞬間、意を決したように彼女は私に言い放った。
「うん!やっぱりだめだよ、ベル。折角強くてかっこいい悪魔なんだから、ちゃんと身なりもしっかりしないと!」
突然の言い分に、当時の私は心底驚きました。
「なんなんだ?急に…。」
「まず、服がダサい!半グレのチーマーじゃないんだから、服装はちゃんとして!」
半グレのチーマーが何なのかはわかりませんでしたが、かなり野蛮な服装だったと今では後悔しています。
「あと、乱暴な言葉遣いはダメだよ。ちゃんとエレガントに、誰に対しても礼節とおもてなしの心を持たなくちゃ。」
どうやら彼女は貴族を装ってリスティスの門を直接叩くつもりのようだ。
「そんな付け焼き刃で何とかなるもんじゃ…」と言いかけるものの、次第に彼女は目を輝かせながら妄想に耽る。
「いいこと思いついたわ!ベルはボディーガードも兼ねた万能執事!そう言う設定でいきましょう!」
「お、おい!何を勝手なことを…俺は…!」
余りの強引さに流石に口を出す。しかし、ナスティは頬を膨らませる。
「ぶっぶー――!『俺』は禁止!!わ・た・く・し!OK?」
観念した私はそれから幼い彼女から礼節を学ぶことになった。
まあ、確かに正攻法で交渉出来なくては意味がないのもまた事実。ならばこの作戦に賭けてみるのも一つの手段だった。
彼女の執事像は入院中の読書で得た知識なので、かなり偏っていることはご愛嬌。
しかしながら、私は以降、言葉遣いと服装、そして短絡的な性格を改めることとなりました。
その傍らで、彼女は魔法の勉強に取り掛かる。
ネクロノミコンと格闘すること一時間も経たないうちに、ナスティは頭から湯気を出して床に倒れこんだ。
「ベル~、こんなの覚えられないってば~。アタシ中学までしか学校行ってないんだよ?マジ無理だって~。」
本を放り出し、手足をジタバタさせるナスティに対し、私はイラつきを隠して平静を保とうとする。
「それは結構なことではございませんか。情報を詰め込むための脳の容量に余裕があるということに他なりません。」
「むぅ…若いから覚えがいいみたいなこと言って…。」
ナスティは頬を膨らまして渋々再び本に目を通す。
「魔法使うって大変なんだね…。ベルの魔法みたいに頭で浮かんだことを形に出来たほうが楽なのにさ~。」
さすがにその発言は聞き捨てならず、思わず彼女を睨んだ。それを受けて、彼女は飛び上がるようにして正座になる。
「あ、ごめん!楽じゃないよね?怒んないでよ~ごめんってば~。」
両手を擦りながら拝み倒す彼女を見て、小さく溜息をついた。
「魔力錬成は想像力、魔力操作、固定化とかなりの集中力を要します。貸借魔法の方が暗記だけだから簡単でしょう。」
「でたっ…!頭のいい奴はすぐそういうよね~。てか、ベルもう全部読んだの?!噓でしょ?!」
私は最後のネクロノミコンを読み終え、本を閉じた。
魔創士達の叡智の集合体を目に焼き付けることが出来、私は非常に満足気に頷いた。
「あなたは戦闘技能に繋がるスキルを何一つとして持っていないのですから、貸借魔法ぐらいはしっかり覚えてください。ある程度の戦闘技能を持っていないと勇者を倒すどころか、自分の身を守る事すら出来ませんよ。」
「大丈夫大丈夫。だってアタシにはベルがいるもんねー。」
そう言って屈託なく笑う彼女に対して、私は溜息をつくばかりで、諭したり、諌めたりしなかったのは、私自身に驕りがあったからでしょう。
それから数日の特訓を経て、私達はディアネス=アエーシェマ公爵が治める派閥、リスティスを訪ねた。
私は髪を赤くし、彼女のデザインした黒のドレスコートに身を包んだ。一般の魔貴族達が着る物よりも豪奢なその装いは、初見でその地位の高さを知らしめていた。
また、ナスティは小悪魔の様な服装を改め、頭飾りの派手な紫のワードローブに身を包み、かなりの高下駄を履いていた。
この様な二人が揃い踏みすれば、さぞ他者からは高潔な身分のものに見える事だろう。
ガラテアを壊滅させた前科のある私は警戒される事を懸念し、偽名を使うことにして、二人は緊張の面持ちでリスティスの門を叩きました。
驚く事に、私達は思いがけない歓待を受けたのです。
ここいらでは大変珍しいダークエルフの女性に案内され、あっという間に公爵との謁見の間に通されることとなりました
余りにも調子のいいことですが、どうやら、公爵は魔王の降臨について情報を持っていたようで、ナスティが魔王であるということに対しても疑念を浮かべることなく受け入れ、「協力を惜しまない」という言質までもらうこととなった。
当然、何故そこまで?と、こちらも懐疑的になる中、彼女からは最もらしい返答が返って来た。
「これは我らがこの薄暗いニブルデッドから光溢れるエルデガルドを侵略するまたとない機会。魔王様の降臨は世界の変革。この機会を逃す手はない。」
私とナスティはこの申し出を快く受け取り、リスティスを魔王の後ろ盾とする事に成功した。
公爵との対談の中で、ナスティは三人のアルカナキャストを見つける事に成功する。
一人はディアネス公爵。
二人目は側近、ナイトメアのメルディナート。
三人目は従者、ルーネ=アドマリス。
その事に彼女は大興奮だった。
「スゴイよ!アルカナキャストが三人だよ!!公爵様たちの力を借りればこの戦い、絶対勝てるよ!!」
確かに錚々たる面々だった。皆キングレギオンクラスの力を持ち、能力は不明だが、アルカナスキルというユニークを持っている事は心強かった。
しかしながら、懸念はある。
魔族は魔素のない世界では消耗が激しすぎるのだ。あのダークエルフは問題はないだろうが、私を含めた魔族達には死活問題だ。
巨大勢力が味方に付いたことは喜ばしいが、今の勢力でエルデガルドに乗り込み、勇者と全面対決して勝てるのかと言えば、まるで回答を持たない状態である。何よりも勇者陣営の情報がまるでないのだから必然的言えば必然だ。
課題が山積みの中、私はナスティと別れを告げ、ディアネスに用意された部屋で一晩を過ごした。
「…っ?!」
体に激痛が走り、私は意識を覚醒させた。
体が酷く重い。圧倒的に魔素が不足している。
この場所は…?
天井から伸びた鎖に両手を縛られ、両脚には巨大な鉄球のついた足枷がつけられていた。
周囲を見渡すが、そこには分厚い石壁の暗い空間が広がるばかりであり、そんな暗闇の中、脳天を突き抜けた痛みに意識が傾く。
比喩ではなく、額に円形の穴が空き、貫通していた。
誰かの魔弾か…。それよりもこの状況は一体…。
朧げな意識も明瞭になり始め、現状を理解しようと脳が働き始めた時、目の前に蝋燭の灯りがあることに気が付いた。
そして、その灯りはゆっくりと近づいてくると、光はその者の顔を浮かび出した。
「メルディナート卿…。」
ディアネス公爵の側近がこの状況で目の前にいる。私は最悪の事態を瞬時に察した。
「まんまと騙されたな、ベルフェルトよ。」
気づかれていた。いや、当然か…。
騙したという言葉からも推測できる。今回、私達を歓待で出迎えたのも、魔王への協力を誓ったことも、全て私を吊り上げるための罠だった。
それにしても…。
「私は…眠っていたのか?まさか貴様の?」
メルディナートは歪に長い顎を擦りながらニヤニヤと笑う。
「ご明察だよ。貴様は私のユニークスキル《ヒュプノスコール》の餌食になり、深い眠りへと落ちていた。肉体への直接的な攻撃を受けない限り、決して目覚めることのない眠りの世界に招待させていただいたよ。」
ユニークスキル…か…。精神攻撃に完全耐性を持っている私が眠りなどという状態異常にかけられるなど、それ以外には考えられなかった。
「それで?ご自慢の眠りを解除したのはどういうつもりだ。まさか先ほどの一撃で私を倒せるなどと思ったのか?」
「ふん、強がるな。貴様の魔素はほとんど枯渇している。額の再生が思わしくないのがその証拠。この地下牢は全く魔素が無い空間として作られているのだ。貴様は今、極度の魔素欠乏症の状態にある。」
なるほど、合点がいった。
「つまり、無防備だろうと私を倒せる自信がなかった貴公は、私の魔素が尽きるのを時間をかけて待っていたというわけか。そして、止めをさせるMPになったと判断し、私を攻撃したが思惑は外れ、私を絶命させるに至らなかった。そういうことですか…?」
メルディナートから笑みが消え、持っていた鞭で勢いよく振るう。
バチーーーン!!
頬に大きな衝撃が走り、顔面が大きく歪んだ。
「口には気を付けろよ。薄気味悪い敬語を使いよって…。貴様を殺すことに何の変更もない。ただ貴様を嬲る時間が増えただけだ。残りのMPで、貴様は果たしてどれだけ私の鞭を耐えられるのかな?」
下卑た笑みを浮かべるメルディナートを一瞥し、私は気になっていたこと口にした。
「私はどれだけ眠っていたんだ?ナスティ…魔王様は一体…。」
それを聞いて、メルディナートが上機嫌に笑いだした。
「魔王様?魔王様だと?笑わせるわ!あんな低能の小娘を魔王と呼んで傅くなど、魔族の風上にも置けぬわ。どうなったのか知りたいか?私も知らんよ!なんせもう二か月も経っているんだからな!!」
その言葉に私は目を見開き、驚愕した。
二か月…だと?そんな…そんな馬鹿な…。
彼女が無事であるという仮説が音を立てて崩れ去っていった。
ここは奸計の巣窟。
四面楚歌の敵陣中央。
そんな中で、誰も味方がいない状況で彼女が二ケ月もの間無事でいることを願うなど、現実主義者な私には不可能だった。
ナスティ…ナスティ…ナスティ!!
私がショックを受けていることに機嫌を良くしたのか、メルディナートはさらに続ける。
「正直驚きましたよ。貴方ですら術中に落ちた《ヒュプノスコール》が彼女には効きませんでしたからね…。正直、私のプライドに傷がつきましたよ。それで、私はこの鞭でね…。」
メルディナートは鞭を舐めながら口元を耳まで吊り上げ、邪悪な笑みを浮かべた。
「思いっきり引っ叩いてやりましたよ!そしたらあら不思議!脆い彼女は一撃で右腕が吹き飛びましてねぇ!涙と絶叫の二重奏を奏でてくれましたよ!!ギャハハハハハ!!!」
パキン!
手錠が砕け散るその音に、メルディナートは笑い声を止めた。
「へ?な…なんで…?もうそんな力が残っているはずが…。」
足枷も同様に砕け散り、額の傷と歪んだ顔を再生させる。
「さすがに不思議に思っただろう?なんでこいつはMPが尽きないのかと…。」
メルディナートが後ずさりし、そのまま足を縺れさせて尻もちをついた。
恐らく鑑定スキルを使ったのだろう。先ほどまでとは一転し、恐怖で顔が歪んでいる。
「私のユニークスキル…いや、アルカナスキルを教えてやろう。【節制】の暗示を持つこのスキルの名は《ギガバンク》。能力は自身の肉体以外の別空間に、魔力を無限に貯蓄することが出来る能力。」
メルディナートの目には、あっという間にMPを完全回復させた私が映っていることだろう。
「つまり肉体のMPがなくなれば、その貯蓄から自動的に補填されていく。だから私を殺すならば、今まで貯蓄し続けてきた魔力を全て消耗させる必要がある。果たして、いくら貯め込んでいるかなんて私も窺い知れませんがね…。」
内から湧き出る怒りによって、自然と《絶望のカリスマ》が発動する。
余りにも強大な魔力に飲まれ、メルディナートの体の自由を奪った。
これで、《ヒュプノスコール》は使えない。
次の瞬間、肉片が辺りに飛び散った。粉みじんになり、蝋燭の灯りだけが私の血塗れの顔を照らし出す。
そして、手の中に握りこまれた魔核を粉々に握り潰した。
それから先、リスティスの宮殿は阿鼻叫喚の凄惨な地獄絵図が展開された。
逃げ惑う者、恐慌に駆られ特攻する者…全て《絶望のカリスマ》で動きを奪い、蹂躙していく。
そして私の右手は、四肢を失い、頭と胴だけになったディアネスの首を締め上げていた。
「や、やめで…だ、だすげて…!」
苦しみに喘ぎながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔は、魔界で屈指の美悪魔と呼ばれていた面影はなく、醜悪なものへと歪んでいた。
だが、恐るのも無理はない。私の左手には彼女の魔核が既に握られているからだ。
「彼女は…ナスティはどこにいる?」
私の問いに、ディアネスは怯え切った眼で震えていた。
「な…何度もいっでるじゃない…。あれは…か、彼女は…メルディナートの攻めに一日ももたずに…死…だ…っで…!!」
その言葉が終わるや否や、私の手はディアネスの喉を握りつぶしていた。
噴き上がる血と共に床に転がるディアネスは、痙攣しながらのたうち回った。
分かっていた事だ。既にそうだろうと覚悟はしてきたつもりだった。
だが、絶え間なく襲ってくる絶望感と喪失感は、私の目から生まれて初めて涙を溢れさせた。
私は欠陥品だ…。たった一人の主人ですら、守ることが出来ない…。
自暴自棄になった私の心によって《ギガバンク》の貯蔵庫の扉が開かれる。
そして、膨大な量の貯蓄していた魔力が私の体に流れ込んできた。体内で内包されることのないその魔力は、私の身体の周りで膨張し続ける。
その余波だけで外壁や、調度品を破壊し、近くにいたディアネスはその影響を受けて身体を焼き尽くされた。
膨れ上がった魔力の塊は突如、臨界点を突破した。
もう…どうでもいい… …。
刹那!!
未曾有の大爆発が発生し、魔族領の全てが吹き飛ばされた。
破壊が収まり、巨大なクレーターの中心で、私は両膝を突き、力なく項垂れた。
この大惨事によって魔族領は崩壊。殆どの魔族が死に絶えた。
私は一人、廃墟と化したかつての街で、彼女の知識で作った調度品と共に、目覚めの当てなどない眠りの旅に出た。
もう二度と、私の心は動かない、昂ることなど決して無いのだろうと諦観して…。
あの日、彼女と同じ様に、私の眠りを妨げた貴方に会うまでは…。




