〜ジャイアントキリング〜
信頼の盃を交わす中で、過去のしがらみを消し去って共に魔王の元で忠誠が誓われた。
各エリアの荒虎衆を括弧撃破していく中で、最強の巨人族を従える嶽閻に対し、魔王は一人で相手すると豪語するのであった。
▮
「嶽閻!!」
幽暗い石造りの室内に、まるで地獄の底から響く様な低い声が上がる。
ここは一面草木のない岩と風化した砂が舞う荒野ゼフォン。
そんな不毛な大地の中央に巨大な石の宮殿があった。そこは巨人たちのモスクであり、この地を実質的に支配する鬼王会筆頭 嶽閻の居城でもあった。
パルテノン神殿を彷彿させるドーリア式の建造物の全高は20mに達し、建物自体の総面積は40000㎡以上にも及ぶ。
そんな巨大な宮殿の中央部に、数十人もの巨人族が押し寄せていた。
「鬼王会からの貢ぎの糧が滞って久しく、我が一族達が飢え始めている。これは一体どういうことだ?」
「然り、ワシらと貴様らは互恵関係によって成り立っておることを忘れたか?」
しわがれた声は室内を反響し、まるで呪詛の様に重く纏わりつく。
巨大な影に囲まれた中央で、石造りの祭壇の上に座す黒い鎧武者は、非難の声を一身に浴びていた。
「このまま糧を与えられないのであれば、ワシらは好きにさせてもらうぞ。」
座したまま微動にしない黒い鎧武者に対し、巨大な影は痺れを切らす。
「何とか言ったらどうだ?!嶽閻!!」
怒号と共に嶽閻の肩を掴もうと、人一人を掴むことが出来そうな巨大な手が伸びる。
刹那。
ズシン、という重厚な音を立て、嶽閻の傍らにそれが転がった。
「ギィ、ギャアアアアアアア!!!」
絶叫は建物内を反響し、その場に集う者たちの耳を劈く。
腕から噴き出す血を抑えるように悶える巨人に目もくれず、嶽閻は重く閉ざしていた口を開く。
「貴様らは何か思い違いをしておるな…。」
黒い鎧武者は静かに立ち上がる。
周囲を取り巻き、猛り狂う巨像達を一瞥すると、しゃがれた声を響かせる。
「互恵関係だと?まるで余と汝らが対等だとでも言わんばかりではないか?物怪し…。実に物怪しけれ。」
「嶽閻!気でも触れたか?!」
「餌が与えられれば尾を振り、無ければ噛みつかんとする畜生如きが、理を語るなど笑止千万。」
嶽閻は血で濡れた大鉈を払い、祭壇からゆっくり降りて歩を進める。発せられる圧力に二周りも三周りも巨大な体躯を持つ彼らだったが、思わず身をたじろがせ、畏怖の視線を送った。
「一七日に一度は届けられていた糧が最後に届けられたのはもう一月も前…。紅麗尉めに何か兇変生じたか、或いは異心を抱いたか…。」
嶽閻を取り巻く巨人達が騒つき始めると、嶽閻は大鉈を振り下ろし、地面を抉り取った。
響き渡る轟音と粉塵を前に、巨人達は静寂に呑まれたように息を顰めた。
「ここで論じるまでもない。糧を求めて他者を蹂躙するのは世の理。されば我らがこの世を平らげることも、また一つの摂理というもの。」
その言葉に、巨人達から咆哮が上がる。
巨人達はその目の色を変え、飢えと乾きを満たさんが為に猛り、狂う。
そもそも、巨人族はこのような種族ではなかった。温厚であり、その体躯に見合わずほとんど食事をせず、ほとんどの時間を寝て過ごすだけの種族だった。それは食に乏しいこの大地で生き続ける為の防衛本能であったのだろう。
だが、その戦闘力は本物であり、それは種族カーストによる才能が大きい。自陣に踏み入り、害するものに対しては決して容赦がないその強さに畏敬の念を抱き、長年誰もこのゼフォンに踏み入ることはなかった。
たが、嶽閻は彼らを戦力として取り込む為に膨大な食糧をこの地に送り込んだ。自ら食を求めることも、生み出すこともしない非文化圏の種族である彼らにとって、飽食は得も知れぬ欲望と、それを満たす為の行動力を植え付けさせた。
嶽閻にとって、この地を治めていたのは最初からこれが目的だったのだ。
「未来永劫、余に奉仕せよ。出来ねば数多の巨人を引き連れて、この世の全てを蹂躙すること厭わず。」
この言葉が今現実のものとなった。
自身を安寧せしめる外交カードとしての巨人支配。それを実際に切ることになったという事態は、通常ならば不安を感じるものである。
このカードは最早交渉の切り札足り得なくなっているのではないかと考えるのが普通だ。
だが、嶽閻はそう受け取らなかった。彼は心底、この安寧の時に退屈していたのだから。
久しぶりの闘争、虐殺、蹂躙に血湧き肉躍るとはこのことである。
そんな嶽閻の思想に染められた巨人族が、鼻息を荒くし、嬉々として嶽閻の後ろを追従するに至るのは、避けようのないシナリオだったのかもしれない。
嶽閻達はまず、センターへの転送陣に向かった。
だが、合言葉を告げても何の反応も見せない。これは転送先が魔法の受信を拒否しているからに他ならなかった。
嶽閻は転送陣の周辺の地面に視線を向ける。
「巨人ではない、新しい亜人の足跡…。幾度かこの地に足を踏み入れているようだが…物怪し…。実に物怪し…。」
これではっきりしたことがあった。それは嶽閻達に対して、明らかに敵意を持つ存在がいるということである。
それは列を成す巨人族達に伝播し、皆好戦的な笑みを浮かべた。受け取った情報からすれば怒りが先行するところだが、それ以上に彼らはその力を思う存分ぶつけられる相手がいる事に対して、不敵な冷笑を禁じ得なかった。
彼らの行軍は三日三晩、休みなく続いた。
嶽閻も4mの体躯を持っているが、巨人達は10m級の者達が多い為、歩いては流石に歩幅の差が生まれる。そのため、嶽閻は四つ脚の巨人の背に跨り、行軍を主導していた。
その時、四つ脚の巨人が鼻を鳴らすと嬉々とした表情で告げる。
「食いもんだ!食いもんの臭いがするぞ!!しかも大量だぁ!!」
涎を垂らし、だらし無く舌を犬のように剥き出しにするその巨人は一つの巨大な岩山を指差した。
それはまだ霞むほど遠い距離でありながら、その巨大さをありありと認識させる。
「あの岩山は確か…ウルルか?」
ウルルと呼ばれる巨大岩石は高さが350m近くあり、頂上は平坦になっている為に、物見櫓として利用されていた。
古来よりこの大岩は各エリアを結ぶ中間点となる中立地域であり、ゼフォンだけでなく全てのエリアの監視の要所であったことが起因している。
しかしながら、それも昔の話であり、鬼王界の統治体制が出来てからはまるで利用されていないはずであった。
そんな場所から大勢の気配がするという情報に、嶽閻は一考した。
「その辺りの岩を砕き、投石の準備をしておけ。
奴らが高所から何かしらの攻撃をしてくることが予見される。」
嶽閻の指示を受け、後列の巨人達は礫を集め始めるが、前列を行く猛者達はそれに従わない。
「自身を傷つけることなど能わず。」と多寡を括っているのである。
だが、それに対しては嶽閻も何ら言及しない。そういう自分自身、礫を集めるなどしていないことからその意図は窺い知れるというものである。
ウルルに近づく度に亜人達の気配はより鮮明になる。それは探る必要性などなく、直接耳に届く騒がしさから知覚されていた。
隠れているわけではない。まるでお祭り騒ぎのように喧騒が渦巻いており、戦さという緊張感とは無縁のものであった。
そして、ついにウルルの全容を視界に収めた時、嶽閻を含め巨人達は唖然とした。
以前はただの大岩だったウルルが、中心部近くまでくり抜かれ、削られ、途轍もなく巨大な半円形の客席と化していたのである。
それは偏に、グラナにあった闘技場を彷彿とさせるものだった。
そして、その客席には亜人達がひしめき合って座っているのである。驚いたのはその数もさることながらあまりにも多種多様な種族がその場に集っていたことだった。
コボルト、オーク、リザードマン、オーガ、ハーピー、ラミア、ゴブリン、ドワーフ、アイスバックなどなど…。
その種族達を見て、嶽閻は愕然とした。
この種族達は各エリアを治める荒虎衆が管理統制しているはず。そんな種族達がなぜそれぞれのエリアから出て、この場に集い、食事や酒を飲み交わしているのか。
嶽閻には何が起きているのかまるで分からなかった…。いや、理解を拒んでいたと言うのが正しいかも知れない。
嶽閻は状況を整理しないままにウルルの中心に歩を進め、声を張り上げる。
「是はいかなる事ぞ!ゼフォンは飢えに苦しみ喘いでいる中で、汝らは腹を満たし、酒を煽るは如何なる振る舞いと心得る?!汝ら全て、余らの腹を満たす供物として捧げられたと見ても良いのだろうな!!」
嶽閻の恫喝に同調するように、巨人達は雄叫びを上げて大地を踏み鳴らす。まるで地鳴りのようなその様子に、その場の空気諸共踏みしめられたようだった。
そんな緊迫の最中、銀髪で褐色肌の少年が現れ、仰々しくお辞儀をした。そしてマイクを手に、大きく息を吸い込んだ。
「紳士、淑女の同志諸君!待たせたのぅ!本日の対戦者どもがようやくおいでなすったんで、これより
大詰めの幕開けじゃ!!」
会場からまるで鬨の声のような歓声が上がる。それは巨人達の雄叫びを掻き消すかのように大気を激しく震わせた。その激しさに、巨人達は思わずたじろいだ。
銀髪の少年フェルは、一気に場の雰囲気が変わったことで満足気に頷くと、マイクに向けて再び声を発する。ーマイクには拡声のルーンが刻まれているー
「では、まずは貴賓席のゲストを紹介するぞ!一人目は我らが大食いマスコット!ゾゾ=ユグソトス!!」
観客から再び大きな歓声と喝采が上がる。
ゾゾは大量の食料に囲まれながら、舞台を一望できる席に座り、口をパンパンにして声援に応える。
その異様な光景に嶽閻は不機嫌を募らせたが、その隣に座る女を見て憤慨に変わった。
「続いては我らが美しき知の麗嬢… …。」
『クゥウレェエエナァァアイィイィ!!』
巨人達から一斉に上がる怒号と共に、幾つもの飛礫が投げ込まれた。
まるで弾丸の如きその礫は、ゲスト席に鎮座する紅き美鬼に届く事なく、目に見えぬ壁に阻まれて塵と化した。
その一事に怒りと混乱が巨人達を包む中、紅麗尉は艶やかな仕草で腰を上げた。
「この客席は簡易的な領域結界の内側であり、そちらの世界とはルールが異なる。そのルールとは、客席に対して如何なる攻撃手段は与えられないと言うもの。つまり、貴様らの野蛮で無粋な行いは全て無力であると言うことに相違ない。」
涼し気な紅麗尉に対し、嶽閻は溢れ出る殺気を隠そうともせずに詰め寄った。
「紅麗尉…貴様…言うことはそれだけか!」
「それだけだ。お主にかける言葉など毛頭もない。」
紅麗尉はそれだけを言うと椅子に座り直し、凍てつくような目で嶽閻を見下ろした。
その姿を見て、怒りのまま大鉈に手を掛けたその時、嶽閻の動きが止まった。
それは、紅麗尉の隣に座る豪奢な黒の礼服に身を包む赤髪の男を見てしまったからに他ならなかった。
「対戦相手から手厚いエールを受けたようじゃから次に行かせてもらうぞい。最後に紹介するのはVVIP!!正直ワシもこの場所におるのが信じられんウルトラゲスト!!魔貴族 筆頭 漆黒の堕翼 ベルフェルト=ウル=デ=スラルジャ=ハインケル様!!」
空気が完全に凍りついた。
観客からも嶽閻達からも向けられる視線は何故という疑問符のみ。
何故このような場所に、自分達が一生合間見えることなど無いような偉人がこの場にいるのか。そのことに対してのみ思考が頭の中で反芻され、歓声も罵声も上がらない奇妙な時間が流れた。唯一聞こえたのは、ゾゾの咀嚼音だけであった。
そのような空気に痺れを切らしたのか、ベルフェルトを腰を上げると、ニコリと微笑みながら観衆に向けて仰々しく一礼を捧げた。
「大変御尊大な御厚情を頂き、恐悦至極で御座います。この度は知人よりこの席を設けて頂きましたので、御相伴に預かることと相成りました。」
優雅で礼節と気品を感じさせる立ち振る舞いと、物柔らかな口調が悪魔に対する皆の緊張感解いたのか、客席の雰囲気が弛緩していく。
「此度は私も皆様と共に、本日の舞台を楽しませてもらおうと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。」
ベルフェルトの深々とした一礼の後、割れんばかりの大喝采と声援が会場を埋め尽くした。
害意を感じさせない紳士的な振る舞いからか、一部から黄色い声援までもが混じる。
ベルフェルトは手を振って応えるとそのまま着席した。
あり得ないゲストに沸き立つ会場とは裏腹に、嶽閻達は一言も声を発することが出来ず、呆然と立ち尽くしていた。
(なんなのだ?この状況は一体なんだと言うのだ?余は…余らは…絶対なる捕食者として君臨していたというのに…。何故あんな化け物がこの地にいるのだ…。奴は知人の紹介と言った…。あれと親しくなれるものなど…)
嶽閻の自問自答を遮るように、フェルは進行を再開する。
「ベルフェルト様、ありがとうございました!この誉ある一戦を共に立ち会える喜びは言葉では表し切れぬが、皆の衆!!もう一度盛大な拍手を!!」
割れんばかりの喝采が絶え間なく続く様な空気の中、フェルは「コホン」と咳払いを一つし、客席に静寂を取り戻した。
「さて、些か前置きが長くなったのぅ。お待ちかねの真打登場じゃ!我らが亜人者達の導き手にして真の中の王。魔王 シェブニグラス=インフェルド陛下の御入場じゃ!!」
フェルの言葉を合図に、客席側にある物々しい巨大な門が重厚な音を立てて開いた。
そこからは目に見えるほどの漆黒のオーラを纏う無貌の仮面の男が現れた。
肩幅の広いブレストプレートに漆黒のロープを身に纏い、両手は悪魔の爪のようなガントレットは二匹の蛇を象った杖が握られていた。
その姿が現れた直後、観客席は今日一番の盛り上がりを見せる。
『陛下!!魔王シェブニグラス陛下!!』
『魔王陛下に万歳!!』
とめどない喝采と声援を受け、魔王は舞台の中央で空気に吞まれたまま見動きの取れなくなっていた嶽閻の眼前まで歩くと、片腕を上げて声援に遮った。
「見事な盛り上がりだった。フェル、ご苦労だったな。この後は任せるがいい。」
魔王の労いにフェルは深々と頭を下げた。
「勿体無いお言葉…。旦那、御武運を…。」
そういうと、フェルはゲスト席まで飛び移り、ゾゾと紅麗尉の間の席に座った。
それを見送ると、魔王は嶽閻に向き直る。
「さて、恐らくだが、貴様らは今自分達がどういう状況なのか、理解が追いついていないことだろうから私から説明しよう。」
魔王は杖で天を薙いだ。
「私はこの世の種の全てを支配する魔王としてこの世界に降り立った。そして、このニブルデッドに住まう亜人種は、貴様らを除いて全て私に忠誠を従っている。」
その言葉を嶽閻は一笑に伏す。
「笑わされるなよ!見たところ魔人のようだが、貴様のような若輩者の虚言に謀られるものか!」
嶽閻のこの威勢は虚勢だったことは明らかである。観客席に集う種族達、紅麗尉の明確な裏切り。これらが結びつけるものがなんなのかが分からないほど嶽閻は愚かではない。
だが、意地を張ってでも否定する必要があった。それは目の前の男よりも優位に立つ為の駆け引きの一つ。
だが、魔王はそれを逆に一笑に伏した。
「信じられないのも当然だ。その為に用意して来た貢物がある。飢えた腹には毒かもしれんが、折角用意させたので受け取ってもらおうか。」
魔王は収納を開くと、無造作に腕を突っ込み、掴んだそれを嶽閻の前に放り投げた。
それを見て嶽閻と巨人達は驚愕する。
それは苦悶の表情を浮かべるオークロードのドーガの首であった。
そして次々と首が投げ渡される。
グレンデルのヨドゥン、トロールキングのベレ、ギガースのザンギ…そして黒焦げになっているので分かりづらかったが、それはウェンディゴのガラ。
皆、各エリアを守護していた荒虎衆の面々であり、自らの力量に絶対の自身持っていた猛者達の成れの果てだった。
「一つを除けば綺麗なものであろう?恨みつらみもあろう中、首は必ず持ち帰れと言う命令に実直に守ってくれた優秀な配下達には労いの言葉をかけねばなるまいな。」
魔王は杖の先を嶽閻に向ける。
「そして貴様の首もここに並ぶ。この催しは鬼王会の中で亜人種達を苦しめて来た為政者共への最後の晴れ舞台として用意させて貰った。是非最後の瞬間まで御堪能あれ。」
その言葉を聞き終わる前に嶽閻は足元に並んだ首を蹴り飛ばした。その威力により、首は全て粉々に消し飛ばされる。
「物し!物し!物し!!ここまで不快にさせられることは未曾有のことである。余の首を晒すだと?やってみるがよい!貴様如き脆弱なる木偶が魔王などと片腹痛いわ!!逆に貴様の首を掲げ、ここに集いし愚民共の目を明かして見せようぞ!!」
嶽閻の言葉に巨人達が猛る。しかしながら、魔王は意に介した様子は無かった。
「巨人共に先に忠告しておく。貴様らには逃げる事を許す。平伏し、忠誠を誓うならば今よりも確実に幸福な未来を約束しよう。10秒待つ。選ぶがいい。」
その言葉に応える事なく、嶽閻は大鉈を魔王向けて振り下ろす。
「空間跳躍」
一瞬で魔王の姿は掻き消え、大鉈は地面を抉り取る。魔王は嶽閻の後方に転移すると、嶽閻の背中に手を掲げる。
「重力槌」
突如、嶽閻の体が地面にめり込む。何十倍もの重力がのし掛かり、嶽閻の身動きが制限された。
「後7秒…。」
魔王に向けて、一つ目の巨人 サイクロプスと、四腕の巨人 ヘカトンケイルが襲い掛かる。巨大な棍棒と拳が魔王を狙う。
「反射防壁」
魔王の前に張られた障壁が展開され、巨人達の攻撃は魔王に届かず、その一撃はそのまま跳ね返り、自身頭を打ち砕き、腕は粉々に砕かれた。
絶叫と血飛沫が上がる中、魔王は刻々と時を告げる。
「後4秒…。」
たじろぐ巨人達を尻目に、嶽閻は重力槌を解除し、魔王に向けて渾身の一撃を放つ。
嶽閻の一撃は反射防壁を貫通してそのまま魔王を捉えた。
「殺った!!」
そう確信した嶽閻の大鉈は確かに魔王を粉砕したが、全く手応えのないそれに舌打ちをする。
「傀儡か!?」
魔王の行方を探す。
嶽閻達は頭上から感じる強大な魔力に反応し、一斉に天を仰いだ。
そこには空を覆いつくさんばかりの巨大な火球を掲げる魔王の姿があった。
「0…。逃亡者、離反者はなしか…。残念な結果だ。」
魔王は杖先を呆然と空を見上げる巨人達に向けて振り下ろす。
「核熱爆発」
刹那!
巨石の如きその火球は喧しい轟音を響かせ舞台を赤熱の業火で焼き尽くす。
観客達にはその爆風や熱は届かないが、一様に驚嘆と絶叫が上がり、中にはそれを見ただけで気絶する者すら現れた。
爆炎の中、その身を焼かれて倒れる巨人族の死屍を魔王は冷淡な目で見下ろしていた。
その様子に、フェルは眼を剥いて固まり、開いた口が塞がらなかった。
「だ…旦那…なんじゃありゃあ?魔法なんじゃよな?」
フェルの動揺に紅麗尉も同調する。
「前にも思ったけど、なんで代替魔法を無詠唱であんなにポンポン出せるのよ!しかもあんなとんでもない威力の魔法もあっさり発動させちゃうなんて…。」
「ン クレナイ チガウ マオウサマ デコイト イレカワッテカラ マホウ イッパイツカッテタ。」
ゾゾが食べながら指摘するのを見て、ベルフェルトは喉を鳴らすように笑った。
「さすがゾゾさん。彼の動きがちゃんと見えてますね。」
頷くベルフェルトに対し、紅麗尉は怯えながらも尋ねた。
「お、畏れながらベルフェルト様…。一体…陛下はどうやって…。そもそもあんな強大な魔法なんてネクロノミコンには…。」
「ええ、ありませんよ。あれは複数の代替魔法と魔鉱石を使った彼オリジナルの魔法です。」
目を白黒させる紅麗尉を見て、ベルフェルトは少し考えた後、意地の悪い笑みを浮かべた。
「魔王様は代替魔法を無詠唱で撃ち放題という特異なスキルを持っています。だが、それ以上に彼の恐ろしいところは頭の回転と判断の速さでしょうね。」
まだ噴煙収まらない中、退屈を紛らわすようにベルフェルトは教鞭を振るう。
「先ほどの攻防、嶽閻の初撃を交わして背後に回った時には傀儡に切り替わっていました。この際に代理思考で自動操縦。その間に本体は空間跳躍で空中に移動し、飛翔翼で待機。デコイが稼いでいる時間に次々と魔力強化の重ね掛け。魔鉱石を取り出すとそれに対して重力槌を多重掛けしてましたね。」
魔鉱石への過度な重力を付与して圧縮していくことに対して、紅麗尉はその行動が意味することを理解した。
「まさか…あれって…。」
隣で目を輝かせているフェルを見て、紅麗尉は思わず口から出かけた言葉を吞み込んだ。
あれは核だ。
ウランやプルトニウムと違い、魔鉱石は非常に安定している高エネルギー物質である。
魔鉱石核を破壊して、核分裂を何度も繰り返し行わせることで超臨界状態を意図的に引き起こしているのだが、その際に爆発を閉じ込めることに一役買っているのがあの超重力である。
無限の爆発の連鎖の中でエネルギーは凝縮。
それが重力の結界から解き放たれた時、威力はこれだ。
短期間であったため、それなりの威力に調整されているとはいえ、おそらく町一つは消し飛ばすような威力。
紅麗尉は身震いした。
(こんな力がこれから先、当たり前のように使われたら…。)
おそらくフェルがこの仕組みを知れば、必ず作り出す。
今は魔王だけしか出来ない芸当も、誰もがスイッチ一つで発射できるとなれば話が違う。
この世界の倫理観は前世の世界よりも圧倒的に低い。脅しだけでは済まず、核の応酬という絶望的な未来を描いて紅麗尉は青ざめた。
(この力は陛下だけのものでなくてはならない。それだけはこの身を賭しても、陛下にご承諾いただかなくては…。)
そんな不安げな紅麗尉の耳に、観客からの気遣わしげな声が聞こえる。
「お…おい…。あれって陛下は大丈夫なのか?」
「えっ?!」
紅麗尉は顔上げ、未だ巻き上がる爆炎が魔王のいた上空までも巻き込んでいる様子を見て、目を戦慄かせる。
「そ、そんな?!陛下…陛下!!」
「クレナイ オチツク」
魔王の安否に思わず声が上げた紅麗尉に対し、ゾゾは平然とした様子で肉を頬張る。
「じゃな。旦那は自分が巻き込まれることも想定の上じゃ。普通なら自爆特攻の愚行じゃが、旦那にその常識は通じんよ。」
紅麗尉は話が見えず、目を白黒させる。その様子にベルフェルトは優雅にお茶を飲みながらほくそ笑む。
「どうやら、紅麗尉さんだけはご存じないようですね。彼が持つ、もう一つのチートスキル、聖杯の効力を…。」
「聖杯?」
ようやく爆炎の嵐が静まり、中空には何事もなかったかのように下界を俯瞰する魔王の健在ぶりを見て、会場は割れんばかりの大声援が巻き起こった。
紅麗尉は茫然として、心配と疑問が交錯して頭が真っ白だった。
そんな中、ゾゾはぽつりと呟く。
「マオウサマ イノチノミズ ノンデルカラ シナナイ。」
「はあ?」
紅麗尉は裏返った声を上げ、ただ乾いた笑いを上げた。
「あは…あははは…。ホント…あたしと違ってどんだけチートなのよ…。」
魔王以外には見せたことのない素が全面に出てしまっており、それに気づいてフェルやベルフェルトが失笑していた。
「まあ、旦那の滅茶苦茶ぶりに驚いてたら身が保たねぇわな。」
「確かにそうですが、幕引きというわけではないようですよ。相手もまた、理外の化け物です。」
ベルフェルトはそう言うと、舞台だった場所に出来上がったクレーターの中央で佇む黒い影を指差す。
嶽閻である。
小規模とはいえ、核爆発を耐えきったという事実に、紅麗尉は戦慄いた。そんな彼女を尻目にベルフェルトは優雅に紅茶を口に運ぶ。
「巨人族はどのような攻撃にも、命を失うギリギリで耐える抗拒を持っています。まあ、あれほど長い間焼き尽くされれば、その効能も無視して死に絶えるでしょうが、嶽閻はそうではないようですね。」
ベルフェルトの目が青白く光る。《大鑑定》である。
「なるほど、あれは嶽閻のユニークスキル《凶骸》。自身の体内に取り込んできた魂の分だけ、自身の命を増やすことが出来る能力のようですね。」
ベルフェルトの説明を聞き、紅麗尉の顔が凍り付いた。
「果たして彼の命が何人分あるのかわかりませんが、なかなかに良い趣味をしたスキルですね。」
それを聞いてフェルが目を細める。
「だからか…。あやつの纏うオーラにえらく怖気が走るのは…。」
「ン アイツ イッパイ ツイテル ジュウニン ニジュウニンジャ キカナイ」
ゾゾの言葉に紅麗尉は奥歯をギリギリと噛みしめる。
「ああ、そうだろうさ…。あいつはそれぐらいの同族を喰らってるんだから…。あれは怨念の団塊だ!」
魔王は中空からゆっくりと降り立ち、嶽閻と相対する。
大鉈も鎧も熔解して消し飛び、そこに佇むは黒き金属鎧の様な肉体と肌を持つ鬼だった。
側頭部から聳える巨大な2本角と額から伸びる3本の角。
面頬が取れ、露わになった素顔は煌々と紅く光る瞳が眼窩に沈み、鼻は削げ、口は歯が剥き出しだった。
そう、顔は骸骨そのものであったのだ。
「見たな?余の姿を…。」
地の底から響く怨嗟の様な声を上げる嶽閻に対し、魔王は全く意に介した様子を見せなかった。
「なんだ?見られたくなくて武装していたのか?お互い似たような悩みを持っているようで親近感が湧いたぞ。」
冗談めいた魔王の言葉に、嶽閻は怒気を荒げた。
「強がりおって…。あれほどの力を使ったからには汝はもう力を残してはおるまい。乾坤一擲の大勝負だっただろうが、あれで余を倒せなかったのは慮外にほかならぬ。」
嶽閻の高笑いが響く。
その笑い声に反比例するように、観客達からは声が消え、動揺が波紋の如く広がっていた。
そんな中、魔王はブレストプレートとローブを脱ぎ捨てる。
突然の行動に嶽閻も観客達も茫然とした。
魔王は細身ながらも隆々とした胸板を覆う黒いメッシュのアンダーウェアと腰を覆うフィールドコートといった出立となる。
腕を交差しながら筋を伸ばす準備運動は、アスリートのソレを彷彿とさせた。
今まで魔法を散々使って来た相手が見せる肉体派の雰囲気に、嶽閻は思わず失笑する。
「ふっ…ふははは…。何のつもりだ?まさか余と白兵戦を興じようとでも言うのではないだろうな?」
魔王は不敵に笑みを浮かべる。
「108回…。」
「な、何⁈」
呟くように告げた魔王の一言に嶽閻から笑みが消える。
「貴様のユニークスキル 《凶骸》による命のストック限界だ。それが先程の核熱爆発で67減り、残りは後41…。」
(此奴…余のスキルの特性や残数までも正確に…。)
嶽閻の動揺は激しく、思わず一歩たじろぐ。
「先程同様の手を使ってもいいが、それでは折角の観客も興醒めであろう?残りの41は、私の拳で散らしてやろうと言う趣向だよ。」
そう言って邪悪な笑みを浮かべる魔王に対し、嶽閻は見るからに血相を変えた。
「有り得ぬ!!虚勢だ!!あれほどの魔法をもう打てるはずがないのだ!!苦し紛れの雑言を…。貴様如きに余の命を刈り取れる筈が…!」
「ならば、証明してやろう。私の言葉が虚か真か…。」
突如!魔王の姿が嶽閻の視界から消えた。
次の瞬間!!魔王の拳によって嶽閻の頭が吹き飛んだ!!
一瞬の出来事に会場は唖然…。それは貴賓席も同様であり、ベルフェルトをも含めた四人も目を見開き、今起きたことを頭で整理出来ずにフリーズしていた。
地面に大の字で横たわる嶽閻の頭部が再生される。表情などない骸にも関わらず、そこには明確な恐怖が現れていた。
魔王は相手を誘うように手招きをする。
「さあ、立ち上がって来るがいい。何度でも死地に送り込んでくれよう。」
無貌の仮面の奥にある瞳が妖しく光る。
「貴様の希望の糸が、切れるまで。」




