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〜三度目の誓い〜


▮魔王

「つまり、君は…。」


「てことは…あなたは…。」


… …


『魔王?!』


 これはどういうことだ?


 私は彼女が勇者であると確信していた。

 高度な物流網ロジスティクス、精霊を使った農業プラント、そして新植民地政策ネオコロニアリズム

 確実に転生者が指揮、もしくは入れ知恵をしているとは思っていたからこそ、鬼王会を組織しているのが勇者だと思い込んでいた。


 だが、同時期に転生した割には、進行が余りにも速すぎると不可解にも感じていた。フェルの力をもってしても、ここまでの組織と設備を作り上げるには、一朝一夕ではさすがに骨が折れることだろう。


 勇者と魔王以外の役割を与えられた転生者がいるのではないかという想定もしていた。

 だが、まさか魔王として転生したもの同士が、こうして顔を合わせることになるのは想定外だった。


 《ディバンク》が反応を見せない以上、彼女もまた魔王として転生したということは真実だ。


 だが…。


 《超鑑定》を使って紅麗尉を再び見る。


 やはり間違いない…。彼女はアルカナキャストですらない。【悪魔】のアルカナがない以上、魔王などでは…。


 そこまで考えて、私は思い違いをしていることに気づかされる。

 詳細プロパティを開き、自分のステータス画面のどこを見ても、【魔王】などという表記はない。


 魔王はただの呼称。称号であり、その人物の個性として刻まれるものではないということだ。


 今一度、紅麗尉の鑑定結果を見る。


 ない。


 彼女には、チュートリアルで貰えるはずのギフトスキルが全くなかった。


 アルカナスキルは勿論、小アルカナ、《超鑑定》、《超成長》、《輪廻》。

 これらのギフトスキルが丸ごと抜け落ちているのである。


 少し深呼吸をする。


 想定外の事象にぶつかることは今始まったことではない。この世界の常識が分からない以上、想定出来ることには限界があるのだ。

 思い込みは避け、一つ一つ、事実を積み上げてこの世界のロジックを読み解いていく。

 それは今も昔も変わらない、それが私の最適解オプティマイズだ。


「聞かせてもらえるか?君がなぜこの世界に来ることになったのか?そして、今に至るまでの話を。」


 紅麗尉は頷いた。


「ええ、とりあえず、あたしの真名に関わる情報だけは伏せさせてもらって、順を追って話をしていくって形でいいかしら?」


 是非もないことだ。私は即座に頷いた。


 彼女は目を瞑り、遥か昔になってしまった前世の記憶を呼び起こした。



▮紅麗尉

 昔からがり勉と呼ばれ、メガネブスと呼ばれながら10代を過ごした。


 私の国は経済が好景気。

 世界から一目置かれる超大国として、国は世界各地に手を伸ばした。

 際限なく規模を拡大する自国の企業に優秀な人材を集めるため、多額の補助金を出して学生の教育を援助した。


 その強化教育プログラムのメンバーに、私は選ばれた。


 1学年で2~3人。首都だけでも100人程度のエリート集団。私はその中に入れたことを誇りに思った。


 私を都会の学校に進学させてくれた田舎の両親が、村の人たちから多額の借金をしていることなど当然知っている。

 私は早く大人になり、一流企業に勤め、高給取りになり、首都に両親を呼んで楽をさせてあげたかった。


 当然、青春は全て勉強に費やした。国立の超名門大学を余裕でパス。

 大学では予てより興味のあったロボット工学を専攻し、ロボットオリンピックで入賞を果たした。


 この頃の私の夢は、超一流のロボティクス企業で開発事業部に努め、今までにないロボットを世に送り出すことだった。


 大学を卒業後、首尾よく大手ロボティクス・IT企業に就職できたのだが、その実態は開発・エンジニアリング・プロデュースなどとは無縁の部署。経理・電算部門だった。

 5位まで決められる希望部署のアンケートを完全に無視された人事配置だった。


 だが、私はいつか開発に異動出来ると信じて、目の前の業務に従事した。派遣やパートどころか、AIでも済ませられる単純作業に日々の達成感などなかった。


 だが、ある日から仕事の在り方がAIでは出来ないものに変わってしまう。あれだけ好景気だった国のバブルが崩壊し、世界中に広げた企業の手足が、末端から徐々に焼き切れ、次第に喉元にまで届くか否かという状況になった時、私の仕事は数字の改竄になった。


 国からの補助金で会社を自転車操業せざるを得なくなった会社は、補助金を受け取り続けるために、会社は順調に販売を伸ばしているという実績を上げ続けなければならない。


 実態はダミー会社を通じてタダ同然で販売し、適当な土地に新品のまま廃棄していたとしてもだ。


 もちろん、そんなやり口が長く続くはずはなく、その不正は白日の元に晒された。


 会社の指示。


 そう正直に答えれば恩赦も受けられるはずだった私に、最悪の不幸が降りかかる。


 なんと、学生の時に選ばれた強化教育プログラムの実行部に不正があったことが明るみになった。


 国の計画では首都圏で千人を選ぶはずだったが、実際は1割に留まり、残りの9割の人材にかけられるはずだった補助金は、実行部の懐へと消えていた。


 そして、そんな昏い実行部に選出された百名の学生達にも関与の容疑がかかった。


 そう、私はいつの間にか、横領罪に問われていたのだ。


 そんな私を、会社はこれ幸いと全ての罪をなすり付けて警察に突き出した。


 証拠などまるでない冤罪。


 当然裁判は勝利したが、会社は倒産、経営者は自己破産し、何も得るものなどなかった。


 世の中は定年は40歳と呼ばれる過酷な就職戦争期。30歳を超えた私が再雇用先を見つけられるはずなどなかった。


 さらに追い討ちをかける事態が発生する。


 政府が傾いた国営銀行を救う為に個人口座を一方的に凍結したのである。これには国民か窓口に殺到し、抗議するが、帰ってくるのは警官の容赦ない暴力だった。


 御多分に洩れず、私の口座も凍結され、預金の全てを失った。


 高学歴のエリートコースを歩んできた私の生活は、住む家を追われ、日雇いのバイトを探し、飲食店のゴミ箱を漁り、地下鉄のホームで暮らすという底辺のものへと辿り着いた。


 親には自分の今の境遇を正直に話すことなどできなかった。悲しむ顔もガッカリする姿も見たくない。

 仕事は順調だと嘘の連絡をして、余りにも惨めな自身の状況を嘆くばかりの時間が過ぎる。


 そして、何日が経ったかわからなくなった頃、私の中の何かが音を立てて壊れた。


 目が覚めると、不思議な空間にいた。


 幾何学模様が浮かぶ不思議な空間。上も下も前後の奥行きも感じられない異様な感覚に、私はついに頭がおかしくなったのかと思ったものだ。


 【ナビ】から自身が死んだことを告げられるまで、まさかこれが死後の世界だなんて思わなかった。余りにも私の持つ死生観とかけ離れていたからだ。


 ナビから異世界転生の話を聞いた時、私は嬉しくて仕方がなかった。


 完全に人生の袋小路に迷い込み、行路でくたばる路傍の石と化していた私にとって、もう一度人生をやり直せることは僥倖でしかなかった。


 踵まで伸びる美しい髪を靡かせながら、まるで宇宙空間の如く宙に漂うナビを見て、心から美しいと感じた。現実感のないその美貌、スタイルは私が望んでも遠く及ばないものだった。


 そんな私の羨望を感じ取ったのか、ナビは屈託のない笑みを浮かべた。


「ご心配には及びませんよ。転生先の姿はキャラメイキングでお望みのままです。きっと、あなたの希望を満たしてくれますよ。」


 僥倖だった。


 コンプレックスの塊だった過去と決別して、新しい自分として人生をやり直せる。


 昔から芸者に対して強い憧れがあった私は、豪奢な着物に立兵庫、髷の両側で揺れる三段ビラ、鼈甲や珊瑚の簪。遊女 勝山を彷彿とさせるそのビジュアルは自画自賛の出来栄えだった。


 魔王であることから、人間種が選べなかったため、最初はエルフにしようとしたが、いまいち服装のデザインと似合わない。

 その中で、最も魅力を引き立てたのが鬼人族だった。


 こうして、作られたキャラクターデザインが私自身に反映された時、何度も鏡を見て美しい自分に酔いしれていた。


 私はただただ、そのことだけに浮かれていた。


 ナビからゲームの説明を受けるまでは…。


「そう、勇者と魔王がお互いの命を奪い合うというこのゲームのクリア条件を聞くまでは…。」


 … …。


「どういうことだ?」


 憮然顔の彼の一言に、私は頭の中に疑問符が浮かぶ。


「え?どういうことって、なにが?」


「このゲームのクリア条件が殺し合いだと、そう言われたのか?」


「は?え?違うの?じゃああんたはなんて…。」


 彼はナビに告げられたアルカナレイドというルールについて語ってくれた。

 全てのアルカナキャストを自軍に取り込むという、まるで人間オセロの様なそのルールを聞き、私は茫然とする。


「なによそれ?あたしはそんなこと一言も言われてないんだけど…。アルカナってタロットあれよね?誓って言うけどそんな説明は全くなかったわ。」


 私の断定に対して、彼は疑うことなく即座に頷いた。


「君はチュートリアルでナビから転生前に何かアイテムやスキルなどは受け取ったか?」


 私は「う~ん」と唸りながら記憶を掘り返す。


「え~っと、職業を三つ選んで…。収納インベントリーとかのMP0で使える魔法を教わって…。他には特に?」


 彼はそれを聞くと「なるほど」と呟き、顎に手を当てて思案する。


「敗北条件は何と言ってた?」


 私は頬に人差し指を当て、虚空に視線を向け、「敗北条件…敗北条件…」と繰り返して当時のことを思い出す。


「え~っと…確かに【死ぬこと】と【ギブアップする】ことだったと思うけど…。」


 私がそういうと、彼は深く頷いた。


「なるほど、暫定だが解答は出来た。」


「どういうこと?」


 私にはさっぱり訳がわからないが、彼の考えは纏まったようだ。

 彼は深く背もたれに体を預けて、言葉を紡ぐ。


「ナビは私達の前に36人の挑戦者がいたと言っていた。そして失敗者が出るたびに初期設定に修正を加えていったとも…。」


 その言葉に、思わず眉を顰めた。


「それってつまり…。」


「ああ、おそらくだが、君はかなり序盤の挑戦者だったのだろうな。大したデバックもせずに配信をスタートしたソーシャルゲームと同様に、修正と配布で後のプレイヤーを強化していったのだろう。それはゲーム全体のルール改編にまで及んだということだ。」


 それを聞いて唖然とした。そして、沸々と怒りが沸いてくる。


「修正と配布って…。あたしは何にも変わってないしもらってもいない!後から来たプレイヤーだけ優遇されるとかそんなの不平等じゃない!!」


 思わず声を荒げてしまった私に対し、彼は軽く頷いた。


「確かに不平等だな。だが、この不平等さから運営やつらに課せられているルールが見えてくる。」


 思わず首を傾げる。彼の話し方はまず不明瞭な解答を先にぶつけてきてから、その後に詳しく話していくというものだ。正直その話し方が焦ったく思う。


 すると彼はゆっくりと指先を私に向ける。


「その証明は君だ。600年という膨大な時間をかけてのプレイに対して、何の救済も制裁も行われていない。つまり、運営はゲームが始まってしまったプレイヤーへの干渉が出来ないということだ。」


 どういうことだろう?彼は運営からサポートを受けたことがあるのだろうか?少なくとも私には全くない。


「少し噛み砕いて言おう。おそらくだが、運営は予め設定したルールを遵守することが絶対の存在なのだろう。プレイが始まる前はどんなことでも可能にする力をもつが、プレイが始まった後はルールを途中から捻じ曲げることは出来ないと見ていい。」


 私は難しい顔をしながら頷いた。


「ようやく話が見えてきたわ。あたしとあんたじゃあ、勝利条件も敗北条件も違う。そのルールは初期設定としては変更できるけどプレイが始まると修正不可。その根拠は、もし敗北条件があんたと同じに変更されているならば、あたしのプレイスタイルじゃ敗北条件を満たしてしまう可能性があるってことよね?」


「間違いなく満たすだろうな。逆に君は、一生勝利条件を満たせないかもしれない。」


「どういうことよ?」

 

 予想だにしない彼の一言に、私は噛み付くように詰め寄った。彼は涼しい顔で己の見解を語る。


「この600年という時間の裏で君の対戦相手だった勇者がこの世界で生き続けられていると思うか?」


 その言葉に、私は息を呑んだ。


「もしかして、既に死んでるって言いたいわけ?」


「9割9分死んでいるだろうな。この世界と表の世界の時間軸が同じとは限らないから絶対ではないが…。まあ、どちらにせよ、君が最初に与えられた勝利条件は勇者を倒すこと。この勝利条件の達成に自然死や事故死が含まれるかどうかということは、私が君の立場なら必ずナビに確認を入れる項目だ。」


 自然死…確かに私と戦う前に相手が死ぬことは十分に考えられるけど…。


「言葉尻だけ捉えれば、含まれそうだけど、それって完全に興醒めよね。」


「全くだな。君がコツコツとレンガの家を建てている最中、相手の勇者が魔王とは無関係な要素で死んだ。だが、君はそれに気づかないまま今日までレンガの家を建て続けてきた。それが私の見解だ。」


「そうかも知れないけど…何でそこまでいい切れるのよ?」


「新しい勇者と魔王が選出される際、最低限前任者が排除されている必要がある。もっと言えば、前のゲームが破綻している必要がある。そうしなければ新しいプレイヤー間に矛盾が多く生まれてしまうからだと考えられる。だが…どうやら君は運営からしても厄介なバグ同然なのだろうな。」


 確かに理論的だ。勇者と魔王が同じ時間軸に複数いたら、私の勝利条件は誰を倒せば成立するのかわからなくなる。それはわかるのだが…。


「バグ?」


 私は自分がそう呼ばれたことに引っかかった。


「ああ。勝利条件も失われ、自然死からも程遠い鬼人族だ。だが、運営はプレイが始まっている君に対して何の救済も制裁も与えることが出来ない。その結果、君は限りなくNPCに近い存在になってしまったと言えよう。」


 そこまで聞いて、私は乾いた笑いを上げていた。


「あはは…まあ、それでいいのかも。正直安心したわ。勇者が私を殺しに来る恐怖からは解放されてるってことだものね。」


 自嘲気味に笑った後、すっかり肩の力が抜け、体を背もたれに預けていた。


「加えて言えば、あんたに命を狙われているわけでもないってことでしょ?私は既に勝負の土台から下ろされてるんだから。」


 自分でも投げやりだと分かるその態度には諦観が見え隠れしていた。頭の中を寂寞に支配される中、彼は徐に口を開いた。


「結論から言おう。紅麗尉、私と共に来ないか?」


「え?は、はあ?」


 私は困惑ぶりを隠すことなく、目を白黒、しどろもどろな返事をする。

 そんな私を一瞥し、彼は続ける。


「私はアルカナレイドに勝利するためにも、このニブルデッドを統一し、いずれ表世界も手中に入れるつもりでいる。それには優秀な人材が必要だ。私は君という存在を高く評価しているつもりだ。」


 その言葉を受けて私は乾いた笑みを浮かべた。


「せっかくだけど、買い被りだわ。あたしは凡人…それ以下よ…。なぜかって…この組織を見ればわかるでしょう?」


 天井を仰ぎ見る。そして、言葉には若干の震えが走った。この世界に来て600年の苦悩が、走馬灯のように駆け巡る。


「識字率も低く、算術も持たない原始人同然の種族の文明を、なんとかこのレベルにまでもってくるまでかかった時間が600年…。我ながら無能としか言いようがないでしょ?」


 堰を切ったかのように溢れ出る愚痴、吐き出される怒り。黙って聞いてくれている彼に向けて、私の感情は爆発した。


「そうやって魔王として地盤を固めてきて600年。あたしが実質掌握出来ているのは文才のスキルに目覚めた50人程度…つまり、この庁舎で働いている文官たちだけよ!」


 奥歯をギリギリと噛みしめ、視線を落とす。


「この世界の基本は弱肉強食。戦闘系のスキルを何一つ持たないあたしみたいな非戦闘員にとっては、強力な武力を手に入れることは最も困難だった。あいつらが力を貸す代わりに要求してきたのはこれもまた単純、食料。食料さえ与えれば、あたしの言うことを聞いてくれるっていうのよ。あたしに選択肢なんかなかったわ。食料を安定供給すること、それが魔王としての地位と力を手に入れることだと信じて取り組んだわ。」


 涙が目じりから溢れかえり、ぼたぼたと落ちる。


「でもね、この世界の食糧事情にはあたしの常識なんかまるで通じない。当り前よね?太陽がないんだもの。海もなければ風もないから当然雨もない。四季は勿論、昼夜もない…。自然の摂理が乱れまくってるこの世界には何度も気が狂いそうになったわ!」


 頭を抱えて、机に突っ伏した。酷い顔をしているのが自分でも分かった。でも、独白は止まらない。


「こんな世界の自然をコントロールしているのは全部精霊だと知った時、また一つあたしは自分が嫌いになった。あたしの頭に浮かんだのは彼らを利用したこの食料プラント。倫理観を考えなかったわけじゃない。必死になって、あれらは何も考えていない無機質な存在だと思い込んだ。それなのに、今回ホビットが脱走したと聞いた時は正直、罪の意識に苛まれたわ。」


 まるで懺悔室で赦しを乞う罪人のように、吐き出した泥は私の身体を清めてくれるような気がしていた。


「あたしが食料を送り続けることで、鬼人族で最強だった嶽閻は増長して他の種族を支配下に置いた。嬲り、犯し、殺すことしか考えない嶽閻達に対して、あたしは各エリアの種族を滅ぼさせないために、搾取するシステムを作った。強者が甘い汁を吸い続けるという分かり易い統治方法を進めることでしか、壊れてしまった生体ピラミッドによる食物連鎖の崩壊を止める手段は思いつかなかった。全部、あたしの所為よ。あたしがこの世界の調和を壊したの…。」


 その言葉を最後に部屋には私の号泣だけが支配した。


 顔上げることが出来ない。

 しばらくの間、会話のない時間が過ぎていった。


 私の嗚咽が少しずつ落ち着きを見せてきたタイミングで彼はゆっくりと言葉を紡いだ。


「もう一つだけ聞かせてほしい。あの赤武者…朱天だったか?あれを作ったのは君だな?」


 私は両目の涙を拭いながら頷く。


「そうよ…。嶽閻を律することが出来ない限り、あたし達は鬼王会という組織の社畜。力がすべての嶽閻と戦える機械人形ゴーレムを作ることが、目下のミッションだったのよ。まあ、もうどうでもいいけどね。」


「どうでもいいことではないだろう?君にとって、それは最も重要なことだったのではないのか?」

 

 彼の口から発せられた僅かな怒気に、私は目を白黒させた。


「私は他にも機械人形ゴーレムを見たことがあるが、あれほど精巧で高レベルなものは見たことがない。あれはスキル以前に、前世で習得してきた知識と技術の賜物だ。そしてなにより…。」


 少しの間を空け、彼は言った。


「君にとっての熱意の根幹、そのものなのではないか?」


 頬を伝う涙の質が変わった。


 あの日を境に、鼓動を止めた私の情熱。


 自暴自棄になり、どこか冷めて諦観していた心の奥底が、脈打ち始めたのを感じる。


 久方ぶりに感じるその感覚に自然と胸を押さえた。


 なにも返答できないまま、私は仮面の下にあるであろう瞳に吸い込まれていく。


「私の配下に前世の科学知識をこの世界に復元することが出来るドワーフがいる。先刻の戦闘での銃火器は私の知識から作らせたものだ。」


「はあ?!なにそれ?!ずるい!!」


 思わず反射的に嚙みついてしまった。彼は口元に薄く笑みを浮かべた。


「私が彼に伝えられる科学技術は近代兵器までが関の山だ。高度な現代技術はさすがに専門外でね。機械工学を専門に学んできた君ならば、もっと有効的に彼の力を生かすことが出来るだろう。そしてそれは、前世では叶わなかった君の夢へと続いていくのではないのか?」


 胸の鼓動が煩いぐらいに鳴り響く。


 でも痛みはない。


 ただ熱く猛るこの感情は、彼の言葉を待ち望み続けていた。


「改めて言おう。紅麗尉、私と共に来い。この暗黒世界ディストピアを私たちで理想郷ユートピアに変えるのだ。君が600年間…いや、前世から望み続けてきた未来は、私と共に来ることに在る。」


 立ち上がり、差し出された彼の手を一点に見つめながら、私は苦笑していた。


 この男、前世で何をしていたのかは知らないけど、私が一番欲しい言葉を絶え間なく与えてくれる。この感じからして、稀代の詐欺師か教祖だろうか?


 魔王としてこの世界に降り立ち、短期間で他種族を服従させ、リーダーとしてタクトを振るうカリスマ性。同じ転生者でも、私には全くなかった才能だ。


 私はそもそも魔王だなんて向いていなかった。


 私は…私は…。


 誰かに必要とされたいと願う、凡夫なのだから。


 そんな私を認めてくれている。


 必要だと言ってくれる。


 共に来いと手を差し伸べてくれる。


 ホストや詐欺師に嵌って身を滅ぼした友人を、バカだと笑っていたが、これはダメだ。抗えない。


 これは一種のギャンブルなのだろう。


 私という存在を丸々BETする二者択一の人生の岐路。


 前世ではそれが就活だった。

 私は会社に全てを預け、そして全てを失った。


 そして、この世界に転生して皆を導くリーダーでありたいと願ったが、それは中途半端な形で幕を閉じた。


 私は決して賭け狂いなわけではないが、もう一度、信じてみたくなった。


 なによりも、本当の自分を取り戻すために…。


 私は立ち上がり、視線を彼の手から顔に移した。


「一つだけ、条件があるわ。」


「聞こう。」


 私は気恥ずかしさとむず痒さを無理やり押し殺した。


「ふ、二人きりの時は!…またこうして…気楽な口調で喋ってもいいかな…。」


 言葉が尻すぼみになる。彼が唖然としているのが気配で伝わる。


 えっ?別にこれって告白とかじゃないよね?違うよね?なんでこんなに顔が熱く…。


「もちろん構わない。」


 少し間を置いた後から発せられた彼の言葉に、なんだか救われた気がした。


「これから、よろしく頼む。紅麗尉。」


 私は破顔し、久しぶりに、心から笑えた。


「ええ、こちらこそよろしくお願いするわ。魔王シェブニグラス陛下。」


ここに、私の新たな歴史の1ページが刻まれた。


 魔王が望む未来を創造する三度目の新しい人生だ。


 私にはそれが、とても誇らしいもののように思えたのだった。



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