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〜戦雲急を告げる〜


 その日以降、グラナ鉱山からは絶え間なく熱気を帯びた声が響く。


 鉄を打つ音、溶鉱炉が猛る音。

 今までと変わらないようで圧倒的に違うものがあった。


 それは賑やかな喧騒だった。


 魔王が初めてこの土地を踏んだ時に感じた荒廃感。生気のないドワーフ達の諦観と絶望による昏い空気感がこの町の全てだった。


 町にはドワーフとゴブリン達が卓を囲んでエールを交わし合い、ドワーフのエルダ達も娼婦を辞め、町の活気の一部としてともに飲み、笑い、踊りながら一日を終えていく。


 魔王はこの町に時計を作った。

 世界時間クロックサイトによって現在時刻が分かりさえすれば、時計の仕組みをバルーシに伝えるだけであっという間に町の中心に時計台が生まれた。


 それから各作業場に時計を置き、正確な時間を刻むことで適正な生活サイクルを送ることを義務付けた。

 今まで『動けなくなるまで働く』という漆黒の労働環境が基本だった彼らにとって、これは生活環境だけでなく、逆に生産性を大きく向上させた。


 今町全体で躍起になって製造しているものは、武器である。鬼王会に立ち向かうことが出来るための戦闘力の向上の為に、武器の生成はフェルの元でドワーフだけでなくゴブリンも業務に従事していた。


 そんな武器の生成に日々励む中、この町が抱える諸問題に対して一人取り組む者がいた。


 ゾゾである。


 武器の製造という複雑なことが分からないゾゾに任せられた任務は、町の清掃、衛生環境の改善、公害問題という武器製造と並行して行うには負担の大きい問題だった。


 だが、ゾゾは一人で大丈夫だと言い、今、街の時計台の上から下界を眺めている。


 無垢なる悪食グラトニーワークス


 ゾゾの足元から無数のスライムが発生し、時計台を下って町中に解き放たれる。


 その数、約10万以上。


 街行く者たちは急に現れた無数のスライムに慌てて道を空ける。そして、町中のゴミや汚染物質、その他有害な細菌なども含めて町中を掃除して回っていくのだ。


 無垢なる悪食グラトニーワークスは名付けによって発現したユニークスキル。《捕食》スキルの進化、《暴食》を経てさらに進化したものである。


 ゾゾが予めインプットしてある命令を遂行する分身体である。完全に切り離し、自立させて永続させることもできるため、河川のないこの町の下水設備としても期待されている。


 魔王としては、ゾゾが下水処理場の様な扱いになってしまうことに申し訳なさげではあったものの、当のゾゾ本人的には特に不快なこともないらしく実施計画が練られている。


 ゾゾの肉体はスキルによって重量調整が出来る上、見た目もコンパクトに見える。だが、排泄という器官がない為、その質量は今まで食べたものが全て肉体に貯蔵されている。

 簡単な計算をすると、ミニチュアゾゾが1匹10グラム程度としても、10万匹切り離しても1トンである。ゾゾが今まで食べて来た水も含めた食事量からしてみれば、ゾゾの全質量の半分程度である。


 噛み砕いて言えば、ゾゾからしてみれば分身を作るのは繁殖ではなく排泄そのものであり、いつかは切り離さなければならないものである。それがこうして役に立つのであればゾゾからしてみれば役得というものだ。


 分身体たちが町の掃除をしている間、ゾゾは基本的にこの時計台の上でボーっとしている。


 魔王と共に旅を始めて半月ほどではあるが、今まで自分が見てきた世界との違いに、ゾゾは感動していた。


 遠くに見える魔鉱石マテリアの数でも数えようかと目を凝らし、数え始めて暫くした時だった。


「アレ ヒカリキエタ?」


 せっかく数えていた光の数が急に減ったことに、ゾゾは落胆したが、その光はすぐにまた復活した。


「ン? アノヒカリ ツイタリ キエタリシテル」


 点滅ではない。もっとゆっくりな感覚で、まるでそれは瞬きのようであった。


 そう直感したゾゾは素早く戦闘態勢に移行し、それに向かって一直線に飛んだ。

 まるで矢の如く、流線型となって空を翔けるゾゾが近づいていく中で、違和感のあったソレの正体を確認する。


(モンスター?)


 少なくともゾゾにはそう見えた。


 赤銅色の肌に翼を生やした魔物。

 ゾゾはそれを初めて見て同時に思った。


(オイシソー。)


 ゾゾは鑑定スキルを持たないが、その魔物がかなりの高レベルであることは感じられた。


(ツヨイ タベル ゾゾ ツヨクナル マオウサマ ヨロコブ。)


 凄まじいスピードで迫るゾゾに気づいた魔物は、慌ててその場から逃げようとする所作を見せた。


(ニガサナイ。)


 ゾゾの流線型の体がうねり出し、4本の漆黒の禍々しい腕が現れた 


《這い寄る触腕》 


 《形状変化》から攻撃に特化した派生スキル。《防御貫通》と《捕食吸収》を合わせ持ち、狙った獲物は射程範囲にいる限り、自動追尾して攻撃する。

 赤銅の魔物はその攻撃を認識すると、4本の触腕からなる高速の攻撃を回避する。


 ゾゾは驚愕した。


 回避されたという確かな事実とともに、妙な違和感も同時に感じていたのだ。


(ナンカ ヘン ヨケタ トイウヨリ ハズレテル。)


 その違和感を、ゾゾは攻撃を続ける中で視覚で確実に捕らえることが出来た。触腕は魔物の体を確実に捉えたが、寸前で軌道を変えていたのである。

 それが一体どういう原理なのかということはゾゾに必要な情報ではなかった。ゾゾの考える戦略はシンプルである。


(ジャア アタルマデ ヤル。)


 無垢なる悪食グラトニーワークス


 ゾゾの体から9体の分身体が新たに生み出された。これは肉体からの切り離しを行なっていない為、一時的のものである。

 この分身体は先のものとは違い、ゾゾと同サイズであり、ほぼ同一のスキルが使え完全にゾゾのコントロール化にある。

 そもそも、ゾゾ達スライムは生体核以外は全て異体同心であり、本物も偽物もない。自身の肉体を物理的に増やし、考える頭は一つという、他の種族には真似出来ない異形のなせる技といえよう。


 その分身体全てが、ゾゾに習って《這い寄る触腕》を発現させていた。


 赤銅の魔物は驚愕し、上空へと逃げようと急上昇するが、ゾゾ達は当然逃がさない。


 《這い寄る触腕 輪舞ロンド


 10倍に増加した触腕は魔物を取り囲んで乱撃を行い、もはや空中に浮かぶ黒い球体の様に見えた。

 それは不思議な力で触腕の軌道を逸らしていた赤銅の魔物の限界点を突破し、ついに左腕の一部を食いしちぎることに成功した。


 刹那!


 魔物の周辺に煌々と燃えるような緋文字が現れ、悪魔を包み込むように半透明な球体上の障壁が構成された。


 ゾゾはお構いなしに触腕を向けるが、いくら攻撃しても障壁に阻まれ魔物に届かない。

 《防御貫通》を持ちながら、攻撃が完全に無効化されている事実にゾゾは少し焦りを覚えていた。


(コレ、ドウシタライイノ?)


 ゾゾは自問自答しながらも攻撃の手は休めない。ビクともしない高レベルな障壁に、ゾゾはそのまま捕食、飲み込んでしまおうかと考えた瞬間。


 目の前の魔物から先ほどまでは一切感じられなかった殺気がゾゾを襲う。

 その殺気はゾゾも直観的に理解できる弱肉強食によるもの。


 ゾゾは本能的に攻撃を止め、距離をとって警戒を募らせる。


 ゾゾの体が震えていた。

 それは今まで経験したことのない圧倒的な恐怖だった。


 まるで結界の様な障壁の中に、突如ゲートが展開される。


 赤銅の魔物は、左腕を抑えながら、苦々しい面持ちでゲートの中に消えていった。

 それと同時に、球体の障壁も殺気も消え失せた。



 ゾゾは茫然としていた。

 まだ恐怖の余韻が残る。


 分身達は消え失せ、1人切り立った岩場にへたり込んでいた。


 突如、ゾゾの脳内に電子音の様な音が響く。


『私だ。ゾゾ、聞こえるか?返事をしろ、ゾゾ!』


 主の言葉に意識が引き戻される。

 いつもと違い、その声には焦りが見受けられた。


「アイ」


 まだ意識がはっきりしていないのか、ゾゾは返事する以外の応答が出来なかったが、ゾゾの声を聴き、声の主である魔王は安堵の息を漏らす。


『ゾゾ、今 念話テレパシーを使ってお前に話しかけている。今のお前の状況を報告しろ。無事なのか?』


 主人の言葉に、ゾゾは相手が見えるわけではないが何度も頷く。


「アイ ゾゾ ダイジョウブ。」


『どこか損傷していたり危機的な状況ではないのだな?』


「アイ ゾゾ ケガシテナイ マワリニキケン… タブン ナイ。」


 ゾゾの現状を把握できて魔王はほっと胸をなでおろし、落ち着いた声で語り掛ける。


『ゾゾ、今すぐにグラナに帰還しろ。詳しい話はそれからだ。念話テレパシーでは色々とリスクがあるからな。』


 念話テレパシーは貸借魔法だが、発信者のMPを1秒間に10ずつ奪っていく。魔王ならば1秒間にMP1の消費となるが、長時間となればそもそものMP総量が多くない魔王にとって、最もMPを使う魔法ということになる。

 さらに、距離は10km以内と限られ、セキュリティも甘くてすぐに盗聴や妨害されるため、長時間 念話テレパシーで会話することは危険である。


 ゾゾは頷き、すぐさまグラナに向けて移動を開始した。



 ほどなくして、ゾゾはグラナに到着し、魔王の待つ建物に入っていった。

 ここはガラが住居にしていた建物であり、洞穴を棲み処とするその他の住人と違い、一軒家として建てられたものである。


 部屋に入ると、テーブルには既に魔王とフェルは着席しており、ゾゾを見るなり席を立った。


「無事で何よりだ。ゾゾ。」


「アイ シツレイ シマス。」


 ゾゾは人型で魔王と向かいに着席する。話す準備が整うと、魔王は徐に口を開いた。


「町の外れで戦闘が行われていると報告があり、お前を探したが町のどこにも姿がなかった。外れで戦闘を行っていたのはお前だな?いったい何があったのだ?順を追って話せ。」


 魔王の言葉にゾゾはカクカクと頷く。


「アカイマモノ トオクカラ ゾゾタチヲミテタ。ダカラ オイカケタ。」


 この段階で魔王は「なに!」と呟いたが、まだゾゾが話したがっているのを感じ、ゾゾに続きを促した。


「ツヨカッタケド カテソウダッタ。 ケド ゾゾ アカイマモノ ノガシタ。」


 少しずつゾゾの声のトーンが下がっていく。


 最終的に、相手を取り逃してしまったことに、責任を感じてしまったのだろう。

 魔王から叱責を受ける。そう思って身構えていた。


「そうか、ゾゾ…お前はいつも私の浅慮さの犠牲にさせてしまっているようだ。赦せ。」


 魔王は頭を下げる。


 その様子に、ゾゾは何が何だかわからず、狼狽した。それを見たフェルは非常に厳しい表情で口を開く。


「斥候とは…相手を甘く見過ぎておったのぅ。」


「ああ、古代文化レベルの集団だと完全に高を括っていた。だが相手は現代的な物流網ロジスティックシステムを持ち、新植民地政策ネオコロニアリズムを実行できるような組織だ…。」


 魔王の言葉にフェルは腕を組み、深く頷く。


「組織内での情報伝達網コミュニケーションネットワーク情報管理インテリジェンス組織が存在している可能性が無いなどと断ずるのは確かに早計じゃな。」


 難しい言葉が羅列し、ゾゾは頭がパニックになっていた。


「ガラ達、荒虎衆と定期的にコンタクトを取る仕組みがあるとすれば、この5日間何の連絡もよこさないグラナを怪しむのは当然のことだ。つまり…。」


 魔王は言葉を区切り、厳しい表情をしたゾゾとフェルに視線を向ける。


「私たちの反乱は既知の事であり、次この町に鬼王会が来るのは物資の輸送ではなく、軍である可能性が高い…ということだ。」


「ムカッテクルヤツ ゾゾガ ゼンブ コロス」


 珍しく戦意を剥き出しにするゾゾに対して、魔王は手で制す。


「そこがまた一つの問題なのだ。逃げに徹していたとはいえ、ゾゾが討ち漏らした以上、レベル50以上は確実。ガラの強さを幹部の基準に置いていたが、斥候がこのレベルであれば敵の戦力を見直す必要が出てくる。フェル、赤い魔物で心当たりはないか?」


 フェルは腕を組んでうーんと唸る。


「レベル50以上となるとサイクロプスとかギガンテスとかの上位巨人族ぐらいしか心当たりはねぇな。まあ、デカすぎるからさすがに斥候は出来んじゃろうが。」


 ゾゾは少し視線を落とし何か言いたげな様子だったため、魔王発言を促す。


「どうした、ゾゾ?何か気になることや情報になることは遠慮せず発言せよ。」


 魔王にそう言われ、ゾゾは静かに頷く。


「ゾゾ アイツ オイツメタ。 カッタトオモッタ。デモ ナンカ トッテモ コワイモノ カンジタ。」


 魔王はゾゾの怯えた様子に神妙にならざるを得なかった。


「アレ ゾゾヨリ ズット ツヨイ。ズット ズット ツヨイナニカ。テキニイル。」


 ゾゾの話を聞き、魔王はフェルに視線を向ける。それに対して、フェルは両手を上げる。


「正直、鬼王会ってやからについて全く知識がねぇんだ。当然憶測にはなるが、キングレギオンクラスがいる巨人族を支配している以上、そのレベルの敵がいることは十分にあり得るじゃろうな…。」


 空白の時が3人の間に流れる。それを打ち破るように、魔王は席を立った。


「計画を修正する。生産、開発計画は継続するが、諜報部隊と特殊部隊を編成し、情報収集を最優先とする。」


 フェルはにたりと邪悪な笑みを浮かべた。


「なんじゃ?またワシに面白いものを作らせる気じゃな?」


 魔王は不敵に笑う。


「姿の見えない敵に怯え続けるなど、愚の骨頂。この世で最強の武器は前世でも異世界でも変わりはしない。奴らの組織を白日の下に引きずり出し、骨の髄まで焼き尽くしてやろう。」



 豪華な一室、玉座ではなくベッドに腰かけた赤髪の悪魔は、床に平伏す赤銅の魔物に対して冷ややかな視線を送っていた。


 前方に捻じれながら突き出した二本の角、漆黒の4枚羽。黒と白と金で豪奢に誂えた貴族服は、着る者の圧倒的なオーラを助長する。


 魔貴族【デーモンロード】ベルフェルト。


 彼の寝室で跪く赤銅の魔物、下級悪魔【レッサーデーモン】は、抉り取られた左腕を右手で押さえ、全身に脂汗を浮かべている。抉られた箇所からは魔素が白い煙を上げて霧散していき、修復が困難である様子が伺える。


「まさか、相手の索敵範囲を見誤って討伐されかけるなんて…。下級とはいえ悪魔の風上にも置けませんね。」


「返す言葉もございません…。ベルフェルト様…。お手を煩わせてしまったこと、誠に申し訳なく…。」


 悪魔は震えていた。


 腕の痛みでも、申し訳なさでも、悔しさでも、怒りでもない。

 今、大悪魔の眼前にいること自体が恐怖そのものであったからだ。


 ベルフェルトは欠伸を一つして、まどろむ眼を悪魔に向ける。


「感謝など不要ですよ。貴方を助けたのは《召喚》に要したMPを回収するためですので。」


 その言葉を聞き、赤銅色の悪魔は恐怖で表情を大きく歪ませる。


「ギィヤアアアアアアアアア!!!」


 逃げようと立ち上がった瞬間、悪魔は全方位から凄まじい圧力を体に受けた。自身の胸を中心として、頭も腕も、翼も足も強烈なプレスかけられたが如く、体はメキメキと音を立て、まるでトマトを握りつぶしたかのように悪魔は破裂して大量の体液をまき散らした。


 飴玉ほどに小さく圧縮された悪魔を、ベルフェルトは口の中に放り込む。そして、喉を鳴らして飲み込んだ。


 まさに悪魔的な食事を終えると、ベルフェルトは汚れた部屋を魔法で一瞬に綺麗にすると、魔王を名乗る魔人に思いを馳せていた。


「まさか、たった一夜でドワーフを解放し、町を掌握して見せるとは…。」


 ベルフェルトは魔王に対して、本当に種族併合をやり果せるのではないかと期待を高めていた矢先だった。

 先の悪魔がゾゾに見つかったことで、おそらく以降は監視や盗聴などに物理的、魔法的対策を練ってくるだろう。


「彼らがどう動くか…。これ以上探るのは逆効果になりそうですね。見られているかもしれないと思うだけで、どんな魔法を行使しようとも【判定】が発生するのは避けられません。」


 ベルフェルトはベッドに体を投げ出し、まどろみの中に引き込まれそうになりながら何か手はないか考えた。


 そして、一つの閃きがベルフェルトを覚醒させる。


 ベルフェルトはベッドの上で上体を起こし、喉を鳴らして笑った。


「なんと言いましたか…あれは…。異世界の歴史について話をしている時に出てきた奇策…。名前は確か…。」

 ベルフェルトは暫しの間一人で唸った。

 彼女との思い出がまた脳裏に浮かぶ。勉強が苦手な彼女が嬉々として話してきた異国の歴史。

 思い出した。それは…。


 『トロイの木馬』


 グラナから続く街道沿いを一つの青い影が道に沿うように猛スピードで走り抜けていく。


 グラナの様な岩と土と砂だらけの風景とは違い、薄っすらと草が生えてきているが、身を隠すような木々などは全くない、まるでサバンナの様な光景が広がっている。


 その中を猛スピードで走り続けてきた青い影は、ゆっくりとスピードを落とし、立ち止まる。


 青い影はゾゾだった。


 ゾゾの体はまるで溶けだしたアイスの様に脱力し、その姿は遠目には水溜まりに見えなくもない。


 そんなゾゾの内側から、小さなスライムがひょっこりと顔を出した


「さすがに4時間全速力で走り続けたのはやり過ぎだ。もう少し自重しろ。」


「…アイ。」


 ゾゾはゼリー状の体を波立たせながら返事をした。

 小さなスライムは辺りを見渡しながら、今回の作戦を振り返る。


 まず、上記のやり取りから予想されている通り、この小さなスライムは魔王である。


 なぜ魔王がスライムになっているのか、それは今回の作戦における必要な対応、もとい工夫の結果である。


 先刻の事件から、魔王は相手に情報を奪わせないと同時に、謎に包まれた鬼王会の情報を得るために諜報活動スパイの実行を決断した。


 鬼王会はどこを本拠地としているのか、メンバー構成はどうなっているのか、物流拠点はどこにあるのか。そのいずれかだけでも明らかになれば、戦況は圧倒的に攻勢になるのである。


 敵にはゾゾと曲がりなりにも戦えるものがおり、そのゾゾより圧倒的に格上という存在がいることまでも示唆されている。そのような強敵でも《超鑑定》さえ出来ていれば対策を講じることが可能となる。


 こうした諜報活動スパイを行う上で、誰が適しているかといえば…皆、『帯に短し襷に長し』といったところだった。


 普通に考えればゾゾが一番良い。『強さ』という保険は一番魅力的であると同時に、スライムという不定形な体を活かし、ありとあらゆる隙間に入り込めるという特性は、隠密行動をとることが出来る最適な理由ではある。


 しかしながら問題がある。


 まず、《鑑定》スキルを持っていないこと。

 《隠密》スキルを持っていないこと。

 MP0であるため、魔法でスキルの穴を埋めることも出来ないこと。

 また、ゾゾは語彙力や判断力に対して不安が残るということも不適要素として挙げられるだろう。


 フェルは《高鑑定》持ちではあるが、戦闘力の低さ、スキル、性格も相まって全く諜報に向かない。そもそも、グラナでのクラフト活動に精を出してもらう必要性がある。


 と、なると魔王にも白羽の矢が立つわけである。魔法によって隠密スキルなどの補填が可能な魔王にとって心配事は一つ。統治したてのグラナを空けることに対する不安である。


 そもそも、フェル達にまず命じたのは生活環境や労働環境の改善などであり、簡単に言えば当地の地盤を固めることを最優先にしていたのだ。まだ不安定なグラナを完全に空けることは出来ない。


 このような『あちらを立てればこちらが立たず』の袋小路で試行錯誤した結果、魔王は憑依ポゼストサイトによりゾゾの分身体の一つに憑依することで、ゾゾが不足する能力や判断をフォローするという形を取ったのである。


 ゾゾの無垢なる悪食グラトニーワークスによって作られた分身体は、前述した通り、ゾゾのコントロール下で意識を共有するタイプと、自分の意識を切り離し、単純な命令だけを永続的に行わせるタイプがある。


 後者の場合、憑依ポゼストサイトは抵抗判定を受けずそのまま憑依可能である。憑依の解除方法は自主的かもしくは他者による魔法の解除。憑依した肉体が崩壊するか、本体である肉体に何らかの刺激が発生するかで解除される。


 勿論ではあるが、本体は完全に無防備となるため、フェルによって小型のシェルターを作成させ、外部からの接触を防いでいる。—異常があれば爆音でアラートが鳴り、魔法を解除する流れとなっている—


 憑依体でも魔法は問題なく使えることから、魔王は疲労回復リカバリー影潜シャドーシークなどでゾゾをサポートしている。


 しかしながら、魔王はここまで街道の様子をずっと確認してきたが、全く誰ともすれ違わなかった。


 鬼王会にグラナでの反乱が察知されているのであれば警戒しているのは当然だが、他のエリアに向かう物資の輸送隊とエンカウントしないということは違和感があった。


 もっと言うならばせっかく作った道だというのに、使われていなさすぎるのである。


 魔王は改めて街道の様子を見る。石畳には砂埃を被っており、苔の様なものがついている。


(頻繁に往来があるようには見えない…。それに…どことなく石畳が整然とし過ぎているような…グラナから出たばかりの街道はもっと複雑で…。)


 そこで魔王の脳裏に雷光が走った。その閃きに魔王は突然笑い始める。


 ゾゾは小首を傾げながら魔王が額を抑えながら笑う様子を見ていた。


「本当に私はダメだな。まだまだこの世界の常識についていけていないらしい。いい加減、この世界に魔法があるということを前提に、思考を巡らせていかなくてはならないのだがな。」


「マオウサマ イイコト オモイツイタ?」


 ゾゾのその質問に、魔王は自嘲した。


「ゾゾ、この場所の座標軸を記録したら一旦グラナまで帰還するぞ。」


「エッ? テキノバショ マダワカッテナイ」


 魔王は喉を鳴らすように笑った。


「少なくとも、鬼王会の物流拠点がどこにあるかは間違いなく分かった。」


「オオ! マオウサマ ゴイスー。」


 時折ゾゾが使う業界用語に引っかかりながら、魔王は空間転移テレポートを発動する。


「さて…まずは鬼王会が打ち込んだ【支配の楔】を引き抜かせてもらおうか。」


 魔王は不敵に笑うと、ゾゾと共に転送陣の中に消え去っていった



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