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〜魔王の晩餐〜


「さて、始めるかのう。」


 魔王とフェル、人型になっているゾゾは食卓を囲んだ。


 並べられている肉が主体の食事、そしてまさかの蒸留酒、ブランデーが出され、魔王が面食らっていると、フェルは自慢げに「数年前に自作した」と告げた。


 フェルは精巧に作られたグラスに酒を注ぎ、掲げた。


「グラナ鉱山の解放と魔王シェブニグラス陛下の栄光と繁栄に…。」


 魔王もそれに続き、ゾゾも見様見真似でグラスを掲げる


『乾杯!』


 酒場のようにグラスを打ち付けることなく、掲げたグラスを口に運び、ブランデーに舌鼓をうつと、「かぁあああ!」といいながら、フェルはさらにグラスを煽る。


「こんなにうまい酒はいつぶりじゃろうか!うまくことが運んだ後の酒は格別じゃのぅ!」


 ゾゾは早速肉を口いっぱいに頬張りながらカクカクと頷く。


「ン ニクモ ウマイ」


 それを聞いて魔王も素直に笑みを浮かべた。


 多少の被害者は出たが、一万人の大衆を味方につけたという成果は圧倒的に大きい。文字通り大きな一歩を踏み出したと言えよう


 いい仕事をした後の一杯の味は前世と全く変わらない。魔王は大きな余韻に浸っていた。


「それはそうと、旦那?」


 魔王の視線を感じると同時に、フェルは切り出す。


「旦那の目的は種族併合。ちゅうことは、この町に来た理由は端からワシらドワーフを手懐けに来たってことじゃな?」


 魔王は深く頷いた。


「だとしたら、あん時はまんまと乗せられたのう。旦那、ガラ達につけられとること知ってて鍛冶場に乗り込んできたんじゃろ?」


 魔王は素知らぬ風でブランデーを口に運ぶ。その様子を見て、ゾゾも「ア~」と何かに気づいたような声を上げた。


「ソウイエバ マオウサマ ソトデ ゴブリンタチガ ヌスミギキシテタノヲ ダマッテロッテ…。」


 それを聞いてフェルは苦笑する。


「敢えてワシの発明を白昼に晒して逃げ場を絶った。ガラを始末させたのも今考えたら踏み絵じゃな。」


 なぜ踏み絵なんて言う日本の言葉を使えるのかよくわからないが、魔王は小さく笑った。


「あまり言ってくれるな。そうなるように異常な精神状態に追い込み、一線を越えさせたのは事実だが、ドワーフ達を救いたいと思っていたのもまた事実だ。」


「まあ、そういう事にしといてやるわ。別に後悔もしとらんし恨んでもおらんしの。むしろ、行き当たりばったりじゃあなく、緻密に計算してシナリオ通り導いておるところは、ワシからしたら感服じゃ。あの時に《雷槌》を使わせることでワシはもちろんの事、あいつらまでその気にさせることに成功したのには恐れ入ったのう。」


 魔王の脳裏には深夜の実演販売放送が連想されていた。

 今までフェルが作ったものの凄さをよくわからなかった仲間にも、実体験させることによってその有益性を実感させたのだ。


 ある意味、魔王の計算の中では最も重要なポイントでもあった。


「種族間で長年主従関係が継続すると、例え支配から解き放たれてもコンプレックスが深く根を張るものだ。それを取り除くには実績が必要となる。自らの手で相手を屈することが出来たという確かな実績がな。」


「なるほどの~。」


 フェルはグイっとブランデーを煽った。


「旦那とゾゾ殿があのまま奴らを皆殺しにしたところで、ゴブリン達にとっての恐怖と従属の対象はお二人さんだけ…。ドワーフへの評価は変わらず、自分たちの奴隷っていう認識は変わらなかったってわけかい。」


 魔王は静かに頷いた。


「この程度は相手の思考を読み解き、制限し、誘導すれば誰でもできること。むしろ私は貴公に驚かされているよ。」


 フェルは何のことだか分からないといった表情を見せる。そのわざとらしい間抜け面に魔王は思わず苦笑する。


「モノづくり一本の堅物だと思っていたのだが、まさかあれほどの煽動力アジテーションを持っているとはな。歳の功とはよくいったところか。」


「見た目はガキンチョになったがのう。」


 フェルは「ガハハハ」と豪快に笑う。

 その姿でその笑い方はさすがに違和感がありすぎるため、魔王は軽く愛想笑いをするに留めた。


「で?あの話はどこまでが本当だ?」


 魔王の一言に、フェルは意地悪そうに笑う。


「何のことじゃ?」


「とぼけるな。ドワーフとゴブリンが共存していたというくだりには明らかに嘘があった。その他にも所々話を盛っているな?」


 事実、フェルの演説中に《ディバンク》は所々で発動した。―悪意ではなく虚偽として―

 観念したようにフェルはグラスを置いて両手を上げる。


「旦那には敵わねぇな。ご明察だよ。でもまあ、みんなうまいこと乗せられてただろう?」


「バカを言え。真相を知っている奴がいたらどうするつもりだったのだ。」


「その点は問題なかったよ…。」


 フェルは声のトーンを落とした。


「あの事件の時を知っている奴なんて、俺以外にもういねぇからよ。」


 魔王はその雰囲気から有り体の背景を予測できたが、空になっていたフェルのグラスに酒を注いだ。

 フェルは魔王に酒を注がせたことに酷く動転していたが、魔王は静かに首を横に振り、話の続きを促した。


「ドワーフとゴブリンが共存だなんて真っ赤な嘘だ。嘘だが…別にいがみ合うわけでもなかった。互いに小鬼、土竜人とバカにし合いながら、互いの領界で揉めることもあったが、戦まで発展したことは一度たりともねえ。少なくとも、俺が生きてきた間はな。」


 フェルはウイスキーに映る自分の顔をぼんやりとみていた。


「あの時、隣にいたゴブリンの爺さんと友人だみたいなことを言ったが、あれも嘘だ。だが、ゴブリンにダチがいたことは本当だ。そういった意味では俺たちは共存していたと思うぜ。」


 フェルは軽くブランデーを煽った。


「だがある日、ノーム達精霊が急にいなくなっちまった。それこそ神隠しみてぇによ…。そこからだ…。ドワーフとゴブリンがいなくなった責任をなすり始めて、言い争いになったのは…。」


 視線を落としていたフェルは、少し自嘲気味に笑った。


「その後は話した通りだ。互いの資源や食い物を奪い合う阿鼻叫喚の絵だ。あまりの飢えに相手を殺して食ってたぐらいだからな。」


 あまりにも凄惨な現場の情景を思い描き、さすがの魔王も口を一文字に結んで眉を顰めた。


「そんな混沌とした渦中に奴らは現れた。あいつらはゴブリンを同族だと言って味方し、血の気の多い俺らの世代のドワーフ達は次々と処刑にかけられたよ。当然、ワシもその一人じゃった。」


 グラスを持つ手が震える。


(怒りか、悲しみか…いや、両方か…。)


「ワシは逃がされた。逃がしたのはワシの友人だったゴブリンじゃ。ほとぼりが冷めるまで逃げていろと言われ、ワシは同胞が惨殺されている間、一人隠れて震えていた。」


 深いため息をつき、グラスを意味もなく回し、波立つ酒の流れを眺めた。


「そして、鬼王会が去り、統治者としてガラが仕切るようになってから、ワシはひっそりと町に戻ったよ。町にはゴブリンが勝利者としてデカい顔で往来を歩き、ドワーフ達は若いものしか残っていなかった。知り合いと呼べるものがいなくなっていることに気づいたワシは、自分を助けてくれた友人のゴブリンを探した。だが…。」


「もういい。それ以上言うな。」


 魔王は震える声のフェルを制した。これ以上は聞くまでもないことだった。


 ガラにとって…鬼王会にとって、ゴブリンは統治を安定させるための道具でしかない。ゴブリンを守る存在などではないのだ。


 フェルは涙を腕で拭き上げ、無理やり「にっ」と笑った。


「まあ、今思えば全部策略じゃろうな。その場所に根付いてる地域ストックを簒奪して生活インフラを崩壊させる。種族間のコミュニティにヒビ入れて、反乱の芽を摘み、ヒエラルキーを意図的に作って管理社会を確立させる。そこに、鬼王会が何食わぬ顔で自前の物流網ロジスティクスを使って生活インフラを再建、その中枢を握りこめば、植民地支配コロニアリズムの完成じゃ。」


 なぜか突然べらべらと経済用語を乱発し始めたフェルは、どことなくスッキリしたような面持ちだった。

 長い間、ずっと胸に秘めてきたのだろう。そして、いつか復讐したいと願い、独学で科学を追求した。


 いつか自分と同じ夢を見てくれる者が現れると信じて…。

 そう考えれば、魔王がアルミニウムであること言い当てた時、感激で涙を流したのも頷ける。


 大勢の同胞の中で当時のことを知っているのは自分だけ。

 支配されていることが当然だと刷り込まれ、牙の抜けた同胞。


 彼は本当の意味で、独りだった。

 独りで戦ってきていた。


 そう考えれば、彼の涙はもう過去のものだ。

 今は笑える。これからは心の奥底から笑えるのである。フェルは歯を見せて笑みを浮かべていた。


「さて、懐旧談はそろそろ幕を引き、今後の作戦会議といこうか。」


 魔王の一言に、場の空気間が変わる。


「よしきた!腕が鳴るのぅ。」


「ン ツギハ モットオイシイノ キボウ。」


 ガラの死体処理はゾゾが行ったのだが「マズイ」と一蹴されてしまった。黒焦げが良くなかったのか、だいぶ時間が経ってしまったためか、ゾゾはかなりご機嫌斜めだった。


 魔王は苦笑を浮かべながら地図マッパーを唱え、テーブルの上にデジタルの地図を広げた。


 それを3人で覗き込む。


「私たちが敵対する鬼王会だが、ガラが幹部組織荒虎衆の一員であったことから、各エリアに一人ずつ配置され、管理していると見るのが定石だろう。フェル、この地図を見て他種族の生息エリア、町がどこにあるか分かるか?」


 フェルは「う~む」と唸りながら机に駒を並べていく。

 一分後、地図上で東側半分に、駒が幾つか配置された。


 グラナ鉱山の北にある【ゲド湿地帯】

 リザードマンやラミアなどの妖魔族の縄張り。


 更に北、極北に広がる【ゲシュタル氷原】

 白獣人や氷女など氷魔族の縄張り。


 北東に位置する【巨大湖パラス】 

 魚人族をはじめとする水棲亜人族の縄張り。


 更に東、【キアド山】

 岸壁を棲み処とする翼人族。


 南東に広がる荒野【ゼフォン】 

 原初より巨人族が住まう土地。


「ワシが知る限りはこんなところかのう…。まあ、果たしてどこまで支配が伸び取るかまでは分からんが、そもそも奴らがどこから現れたのかもよく分からんしの。」


 それを聞いて、魔王は顎元に手を当て、思案する。

 現状、鬼王会の拠点は不明。どのエリアが支配されているのかも不明。


 だが、分かることもある。


 ガラの口から巨人族の名前が出たことから、ゼフォンは支配エリアであることが予測される。それを前提とすれば、ゼフォンからグラナまでのエリアは支配エリアと仮定出来る。

 そう考えると、東側のエリアはほぼ鬼王会に制圧されていると見ていいだろう。


 魔王は地図の左側に視線を移す。


「西側の情報はないのか?」


 フェルが駒を並べた場所は全てグラナを中心に右側、つまり東側のみであり、西側については駒が一つも置かれてなかった。


 魔王の質問にフェルは口籠った。


「旦那、西側は魔族の領分だぜ?ワシらと住む世界が違い過ぎる。西側の地理についてはよくわかんねぇんだわ。ただ…。」


 フェルは少し顔を顰める。


「最近、魔族同士での諍いが発生したらしくてな。そん時の魔衝の余波はこのグラナにも多少あったぐらいだった。あの魔衝の広がり方とスピードをざっくりとだが計算すると、おそらく爆心地はここだな。」


 フェルが駒を置いた場所。

 それは、ベルフェルトが眠る荒城がある場所である。


 時間感覚が不明瞭なこの世界で、フェルの言う『最近』というのは何年前のことなのかは伺い知るしかないが、その真相をベルフェルトが握っていることは確かなようだ。


 魔王は今一度地図に視線を落とす。


「つまり、鬼王会は魔族の領界には全く手を付けていないということか…。」


「さすがに奴らもそれは出来ねぇよ。まず、奴らは強い。魔法を使うような連中だぜ?鬼がいくら束になったって一瞬で消し飛ばされるじゃろうな。」


 フェルはオーバーな身振り手振りで豪胆に語る。


「それに、あいつらに鬼王会のやり口はぜってぇ通用しねぇ。まあ、当然だよな。あいつらには食いもんだのなんだのっていう生活インフラを整えてやる必要性がまるでねぇんだ。魔法ってのはとことん生き物の真理から外れてると断ずる他ねぇぜ。」


 魔王は素直に頷きながらもフェルの様子に、魔王は少し違和感を覚えた。なんとも楽しげなのだ。


(まるで遠い地にいるスーパースターやエースストライカーのことでも語るような…。)


「貴公らは魔族が怖くないのか?」


 それを聞いてフェルは目を丸くし、一度顎に手を置いて考え、ゆっくりと口を開く。


「怖くねぇわけじゃねぇんだが…。正直、魔族が俺たちになんか害を及ぼしてきたことなんて一度もねぇんだよなぁ。俺たち亜人も魔族の領地に踏み入ろうなんて端から考えてねぇし。多分、あっちは興味ねぇんじゃねぇか?亜人のことなんてよ。」


 魔王は今一度ベルフェルトのことを思い返す。魔王が来るまでずっと寝て過ごす怠惰な生活。

 確かに、支配したからといって彼らに何のメリットがあるかと問われれば…ないだろうという結論になった。


「ということは事実上、鬼王会は魔族を除く種族をほぼ手中に収めているということになるな。だとすれば…。」


 魔王の言葉にフェルはにっと歯を見せる。


「そのまま中枢を乗っ取ることが出来れば、手間が省けるってもんじゃな。」


「そういうことだな。だとすれば、奴らの本拠地が果たしてどこにあるか考えておきたいが…。…ん?」


 魔王は今一度地図を見て不可思議に思った。


 このグラナ鉱山から南にある樹海エリアについて、全くの説明を受けていないのである。


 その疑問を魔王はバルーシに尋ねる。


「この樹海エリアにはなんの種族も生息していないのか?」


 魔王のその一言に、フェルは目を丸くした後、少し考え、納得した。


「あ~そういえば旦那は転生者だったな。ニブルデッドで住む者からしてみれば遍く知られとることなんだが、南の樹海地帯は【神域】と呼ばれておって、魔族ですらアンタッチャブルな場所なんじゃよ。」


「魔族でも…?」


 魔王の脳裏にベルフェルトが浮かぶ。あの大悪魔をもってしても不可侵とそれているその場所は一体なんなのか?魔王でなくても当然その質問は投げかけるだろう。


「その場所には何があるんだ?」


 フェルは非常に言い辛そうな、というより辺りをキョロキョロして周りを警戒し始めた。

 魔王は訝しんで自身の持つ【ハンター】のスキル《危険察知》で周辺の警戒をしてみるが、なにも怪しいものは検知されない。


「どうした?なにを警戒している?」


 フェルは少しバツが悪そうに頭を掻いた。


「あ、いやな…。ちょっとした迷信というかなんというか…。あまりにも人知を超えとるんで話すだけで殺されるんじゃないかと…な?ビビりたくもなるんじゃよ!」


 全く要点を得ない返答に、業を煮やした魔王は収納インベントリーから聖杯カリスを取り出した。

 フェルとゾゾは、魔王が聖杯カリスに水を注いでいく様子を茫然と眺めた。


 そして、魔王は杯をフェルに向けて差し出す。


「あの…。旦那、これは?」


 恐る恐る尋ねるフェルに魔王は憮然顔で答える。


「これは聖杯カリス。これに注がれた水を飲めば、一度だけだが死に至る攻撃を受けても自動的に蘇生される効果がある。」


 フェルは目を丸くした。


「だ、旦那!そんなすげぇもんをなんでこの場所で…。」


「これを飲めば貴公の不安も幾らかマシになるかと思ってな。」


 魔王のその言葉に、フェルは目を丸くし、恩情を胸に受けて感極まっていた。


「だ、旦那…。お心遣い、感謝いたします」


 フェルは深く頭を下げ、杯の中の水を飲み干した。


 聖杯カリスの説明として、魔王は嘘を告げた。


 真名契約を交わし、決して裏切る相手ではないとしても、自身の切り札でもあるアルカナギフトの詳細を説明することは憚られた。あまりの疑心暗鬼に、魔王は自嘲すると同時に、二人に心の中で陳謝した。


 ついでにゾゾにも飲むように勧め、準備が整ったところでフェルが本腰を入れて語り始める。


(まるで怪談話でも始めるような雰囲気だな…。)


「あの森は【闇の眷属】の領分でな。生きとし生ける者達がその森に侵入すれば、例外なく生きて帰ってこれないと伝わってるんじゃ。まあ、死んで帰ってくる者はおるようじゃがな。」


 そう言ってフェルは快活に笑う。


(先ほどまでの怯え様はどこに…?)


 魔王は眉をひくつかせていたが、フェルの顔つきが一瞬で引き締まった。


「そこを治めとるのが闇の眷属たちの王なんじゃが…。こいつ…いやいやいや!あのお方は曲者…いやいやいや!とんでもなく偉大な方でな!!」


(おい、ちょっといい加減にしろよ!)


「普段の喋り方で話すことすら憚られるのか?」


 魔王の一言に、フェルは一つ大きく深呼吸して心と気持ちを落ち着けた。

 そして意を決したように口を開く。


「あの方はこのニブルデッドに現存する唯一無二の存在。【ゴッドレギオン】なんじゃよ。」


「なんだと!!」


 魔王は思わず席を立った。


 ベルフェルトですら圧倒的な存在であるにも関わらず、その上に鎮座するこの世の最強レギオン。

 神と呼ばれる存在が、収める領地があることに、魔王は身震いした。


 ニブルデッドに住まう全ての者達に遍く知られ、その存在すら禁忌とされている存在。


 その者の名を、フェルは震える声で言った。


【真祖 エルマリーク=シュトラゼル】

 原初の悪魔にして頂点とされる存在。

【神域 エルヴェシオン】の絶対守護者 … …


 フェルの口から数々の畏怖の念を込めた二つ名を聞かされながら、魔王は眉間に皺を寄せて考え込んでいた。


(非常にマズイ。まさかそんなエリアが存在していたとは…迂闊だった。これでは縦しんば他の種族を手中に収めたとしても、最後に難問が残されることになる…。まさかベルフェルトの奴、こうなることが分かっていて勝負に乗ってきたということか?)


 苦虫を嚙み潰したように奥歯を噛みしめる。


 しかしながら、遅かれ早かれ接触する必要性はあるだろうと魔王は気持ちを落ち着かせた。

 アルカナレイドを攻略するにおいて、強者から逃げることは愚の骨頂。十中八九、真祖はアルカナキャストであろうことが予測できるのであれば時が来たときは立ち向かう必要があった。


(ベルフェルトのように話が通じる可能性も多分にあるし、おそらくだが、真祖とやらもどうせ暇を持て余しているだろう。相手の興味や関心を引き、口八丁で丸め込むという舌戦は望むところ…。)


 魔王は気持ちを整理することに成功し、未だに真祖のことを称えるフェルの口を制した。


(こいつ、真名を捧げている相手の前で、よくまあベラベラと他者の美辞麗句を並べられるものだ。)


 職場の女子が可愛いと旦那から報告される嫁の気分である。


「話を戻そう。これから我々は他の種族を解放するために各地を巡って荒虎衆を打倒していく…と思ったが、どうやらその必要はなさそうだ。」


 フェルとゾゾは目を丸くする。てっきり二人は全てのエリアを回る者だと思っていたのだ。効率よく動くために、3人が手分けしていくこともフェルは想定していた。


 しかしながら、魔王はその必要はないという。


「これは意味深じゃのう。聞かせてもらおうか。旦那の一手を…。」


 値踏みするようなニヤついた視線を送る。


「グラナから東に抜ける大きな街道があったな。アレの目的はなんだ?フェル?」


「目的って…そんなもん交通インフラの目的なんざ人と物の流通じゃろう?」


「その通りだ。貴公も言っていたな?鬼王会はエリアの生活インフラを自給自足では賄えないようにした後に、自前の生活インフラに依存させる体制を作ることによって、支配を行っているのだと。」


 そこまで聞き、合点がいったフェルは邪悪な笑みを浮かべた。


「なるほどの~。物資が届かなくなれば地域ストックを引っこ抜かれとるエリアでの自給自足は困難。酸欠状態であぶり出されてくるのはエリアを食い物にしていてた荒虎衆の連中をはじめとした鬼王会の兵が飛び出してくるの必定。こっちは街道で待ち伏せてそいつらを叩けば、エリアに残された住人たちがクーデターを起こす可能性は非常に高い。」


 魔王は頷く。


「あの街道はこの世界では文明的ではあるが、非常にアナログな方法で作られていると感じた。これだけの街道をあちこちに張り巡らせるような技術は持っていない。簡単に言えばすべて一本道で作られていると見ていいだろう。となれば、奴らの流通網を塞ぐことは容易だ。」


 フェルは笑みが止まらない。


「まあ、時間はあったじゃろうが、エリア同士での流通をさせるわけでもないのにわざわざ道を作ったりはせんわな。むしろ作らせんかったじゃろうし。奴隷種族をエリアに閉じ込めるんはどこも同じじゃろう。街道は専ら鬼王会しか使うやつらはおらんとみるのは自明の理というわけか。つまり、旦那が仕掛ける一手は街道封鎖じゃな?」


 魔王は口元を緩ませる。

 フェルの理解の速さ、そして論理的な思考により、作戦の詳細、裏側までの考察まで、すべからく早い。池に石を一つ投げれば無数の波紋が発生するかのようだ。

 こうした能力はゾゾはかなり乏しく、さっきから全く話についてこれていない。—戦闘における勘は凄まじいが—


「つまり、我々はこの街道を真っすぐに鬼王会のアジトまで辿っていき、要所を封鎖、全て潰していくことになるわけだが、そのためには兵がいる。」


 それを聞いて、フェルはニヤッと笑った。


「この町の住人を名付けして強化していくんじゃな!?」


 魔王はこめかみに汗を浮かべ、首を横に振る。


(褒めた途端に不正解…。)


 フェルがエルダードワーフに進化したことを知って、ノーガを初め、他のドワーフはもとい、ゴブリンまでもが名付けを求めて魔王元に集まった。簡単に戦力が増強できると思い、当然魔王は試みようとしたが、それは失敗した。


 どうやら誰でも名付けによる進化が行われるわけではないようだ。


 《博識》によると、その者の潜在能力が前提となっている様である。

 簡単に言えば、モブはどうしようともモブであり、才能を持つ逸材のみ、名付けによって進化を果たすとのことだ。


 ちなみに、名付け自体はだれでも行える。―親が生まれた子供に名前を付けるのと同様―

 しかしながらそれが進化に発展するという因果関係は解明されていないらしい。


(神《GM》のみぞ知るというやつだな。)


 魔王は皮肉交じりに嘲笑した。


 そういった事情があり、フェル以外の面々への命名式は行わないことになった。その言い訳について魔王の口先三寸が光ったのは言うまでもない。


(そもそも、1万人の名付けなんて不可能ではないが御免だ)


「1万人の戦力アップに進化なんてあやふやなものは必要ない。フェル、貴公ならば1万人をLV40程度の軍隊に仕上げることは可能だろうと私は考えている。」


「そ、そいつは…つまり!」


「そうだ、科学の兵器でゴブリンとドワーフを武装させろ。貴公ならば不可能なことではない。」


 フェルはこれから行われる科学クラフトに思いを馳せ、目をぎらつかせ垂涎極まる表情をしていた。

 その様子を置き物の様に眺めていたゾゾだが、最後の話は何となく分かったらしく、珍しく口を挟んだ。


「ミンナに ブキツクル ソレ ジカンカカル」


 ゾゾの指摘に魔王は頷く。


「それが一番の問題点だ。現実的に考えて、タイムリミットは鬼王会がグラナに物資を供給しに来るタイミングか…。」


「ガラが死に、グラナの統治が崩壊していることを鬼王会はまだ知らん。その間に準備を進めておきたいが、ガラがいないことが分かれば調査が入り、計画は露呈するじゃろうな。」


「フェル、鬼王会が次にいつ来るかの予測は立てられるか?」


 フェルは顎に手を置き、今やない髭を触るように顎をなぞる。


世界時間クロックサイトを見とらんから正確なことは分からんが…闘技大会は規則的に行われとったはずじゃ。鬼王会の物流も規則性があるということを前提にすれば仮説が立てられる。」


 フェルは自分の記憶を引っ張り出し、答えを出した。


「概算じゃが、あと20日間前後じゃろうな。」


「十分だ。」


 魔王は即答した。さすがにバルーシは慌てた。


「十分って…一万人分の武装じゃぞ?!一日ノルマ500人分はさすがにワシでも死ぬぞ?」


 魔王は喉を鳴らす様に笑った。


「ククク…さすがに1万人全員分作る必要はない。半分で十分だ。それに、分かっていないのはフェル、貴公の方だ。」


 フェルは訝しみながら、魔王の横面をただ見つめる。


「科学はだれでも同じようにすれば同じ結果が得られるということが基本だ。そうした作業をフェル、貴公がやる必要などない。」


 フェルは心の奥底で打ち震えるような何かを感じ取った。それは次第に、強張った表情を弛緩させていった。


「そうだ、もう貴公は一人でやらなくてもいいのだからな。」


 その一言に、フェルは破顔し、感極まりながら酒を煽ったのだった。



第5章 反逆の狼煙 完

第5章 反逆の狼煙 を読んでくださり、誠にありがとうございます。最近はお腹周りが気になって付け焼き刃の腹筋を始めた稲葉白兎です。


えー、第3章、4章の勇者編がかなりのボリュームでしたが、今回の魔王編も同様のボリュームになる予定です。

いつデスゲーム始まるの?

という皆様の声が聞こえて来そうですが、すいません、魔王もまだ下積みの状況なので暫くニブルデッド統一編としてお楽しみください。


さて、次の章から鬼王会との直接対決が始まります。果たしてどのような闘いが繰り広げられるのか、是非お楽しみくださいませ!


それでは第6章 Disintegration《崩壊》 でお会いしましょう!

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