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〜偽りなき忠誠〜


「この町の全てのゴブリンとドワーフに告げる!全ての職務を放棄し、住人は全員速やかに闘技場へ集合せよ!!これは最重要命令である!!女子供、怪我人、病人を問わず終結せよ!!」


 ガラ直属の部下たちの言葉に、ゴブリンもドワーフも共に首を傾げた。いつも下卑た笑い声を上げ、遊び惚けていた彼らが、必死な形相で声を張り上げ、町中を走り回っているのだ。


 ガラ直属というだけで一目置かれ、恐怖の対象だった彼らの言葉に逆らうものはおらず、全員着の身着のままで闘技場に向かう。


 闘技場の入り口で、ゴブリン達が耳を疑う。


「ああ?なんでこいつらまで客席なんだよ!?」

 

 闘技場の入り口でゴブリンがドワーフも同じように客席に上がっているのを見て眉を顰める。


 ガラ直属のゴブリンがそれを諫めた。


「今日は重大な発表があんだよ。ゴブリンにもドワーフにも客席に上がってもらわなきゃなんねえ。逆らうんなら別のところで話をしようや」


 そう言って戦士用の入り口を指すジェスチャーを見て、そのゴブリンは口を閉ざした。


 町を駆けずり回り、闘技場に招致する者。採掘場の奥まで声をかける者。道中や闘技場内の席への誘導など、この町で暮らしてきた人々からすれば妙に統率されたその動きに、これから何が行われるかということに様々な憶測が飛び交った。


 普段ならば熱気冷めやらぬ闘技場が、騒めきと響めきによる懐疑心に満ち溢れていた。

 闘技場の客席はドワーフが7割、ゴブリンが3割に分かれ、これから何が起こるのかという不安がこの場の共通認識だった。


 そんな不穏な空気を切り裂くように、何かが引きずられるような音が場内に響き渡る。

 その音の正体が徐々に周知の下に晒される


「…お、おい!あれ見ろよ…。」

「な、なんだあれ?」

「ひっ!!」


 あちらこちらから動揺と畏怖、悲鳴が上がる。

ガラの親衛隊だったゴブリン達がロープを引き、巨大な黒い塊がステージの中央に引き上げられ、晒された。


 それが何なのか目を凝らす観衆たちの中で気づいた一部の者達が声を上げる。


「おい、あれって獣じゃないか?」

「いや、人型の様な…。」


 あちこちでどよめきが激しくなり、大きなうねりに近づこうとしたとき、ステージの出入り口から一人の少年が現れた。


 少年は緑色の仕立ての良い鞣革に金の装飾を宛がっており、まるで貴族の様な装い。

 その中世的な美しさと神秘性に、魅せられ、ドワーフのオルクたちは「誰だ?」騒然とし、エルダのドワーフは皆心奪われ、子飼いのゴブリンの腕を振りほどき、席の最前線で嬌声を上げ、少年に夢中になった。


 打って変わりゴブリン達はその少年から放たれる格の違いに、本能的に怯えていた


 突如ステージの中心に現れた少年を元バルーシと分かるものはいない。フェルは自分に向けられる経験したことのない視線と態度に些か居心地を悪くした。


 そんな自分奮い立たせるためか、フェルはガラの亡骸の上に飛び乗った。

 その様子を唖然と見つめる大衆の目を嘲笑うように、亡骸の上に不遜にも大胆に腰かけた。


「さて、ワシのことを誰だか分からん奴が大勢おるようじゃからここで先に言っとくぞ。ワシはバルーシ=フェルディナンド。鍛冶屋のバルーシじゃ。ある方のお陰でエルダードワーフに進化してちょいと姿が変わっちまったが、ワシじゃ」


 会場中が騒めきに包まれる。当然の反応である。

 それを遮るように、フェルは声を張り上げる。


「ここに運び出されたこいつが何なのか。察しがついとる奴が少ないようじゃから教えてやる。こいつはガラ。この町を事実上の支配、好き放題やっとった悪漢じゃ。」


 フェルは亡骸に向けて唾を吐きかける。

 壮麗な出で立ちとは相反するような粗暴さは、ワイルドさとして捻じ曲がった肯定感を同族には与え、ゴブリン達には嫌悪感を与えた。


「こいつを殺したのはワシじゃ。」


 その発言に会場が騒然とする。


 ゴブリン達からは汚い野次が飛び、全員が襲い掛からんと怒号をまき散らす。

 フェルは溜息をつき、ポケットの中から握りこぶし大の塊を取り出し、ピンを抜くと勢いよくゴブリン達の客席に向けて投げ込んだ。


 刹那!!


 ドゴォオオオオオオオン!!!


 客席の一部を激しい爆発が包み、爆風によって数10人のゴブリンが消し飛び、その他数十名が重軽傷を負った。


 唖然とする客席に対して、フェルは冷徹な視線を送る。


「やかましいぞ小鬼ども。一匹残らず駆除されたいんか?」


 余りの迫力に、ドワーフ達も含め得て会場が静まり返る。その様子を見て、フェルは一笑に伏した。


「なにをビビっとんじゃ?テメエらはワシらが気に入らんかったら、笑いながら殴る蹴るのやりたい放題じゃったろうが。」


 その一言で、ゴブリン達は背筋に氷を入れられたような思いがした。この場は一体なんなのか、なぜ全員が集められたのか。

 絶対なる力で支配していたガラの無残な姿がなぜ晒されているのか。


 ようやくすべてを理解したゴブリン達は皆震え始めた。そして、ドワーフ達は希望で目を輝かせた。

 フェルの存在はドワーフ達には英雄に、ゴブリン達には悪魔に見えた。


 会場の雰囲気が厳かになってきたことを感じると、フェルはにたっと笑った。


「もし、ワシが単独でガラを倒したんじゃったら、これからドワーフ連中にはワシが作った特製の武器を握らせてゴブリン狩りに興じたいところじゃが…。今回の手柄は全てワシというわけじゃねえ。先にも言ったが、ある方のお陰じゃ。」


 そう言うと、フェルは亡骸から飛び降り、片膝をつく。


「こっからの沙汰はあの方次第だ。機嫌損ねねぇ様に大人しくしてろよ。」


 フェルの側の空間が歪む


「この世の支配者、魔王シェブニグラス=インフェルド様のご登壇だ。」


 歪む空間の中から仮面の亜人が現れた。

 漆黒のプレートローブ、無貌の仮面、神々しいまでの装飾をされた杖。

 一目で分かるただならぬ気配に会場が息を呑んだ。


 魔王は爆破された客席の一部を一瞥し、傅くフェルに視線を移す。


「やり過ぎだ。殺傷能力が高すぎる。貴公ならば死なない程度の威力に出来るはずだ。」


「すまん…。楽しすぎてやり過ぎてしもうたわい。」


 小声でそう言うとフェルはペロッと舌を出す。


 あの後、爆弾について少し構造を説明したところ、フェルはあっと言う間に構造を理解し、まさに神業という速さで手榴弾を作ってしまったのである。

バルーシが持つ【理解】から【作成】までのプロセスの速さは圧倒的に異常値であり、底知れぬ恐怖と頼もしさを感じずにはいられない


 小さく溜息をつくと、魔王は拡声ハイボイスを使い、この闘技場に集まった1万人に対して語り始めた。


「私の名はシェブニグラス=インフェルド。私はこの世の全てを統べるために生を受けた。この世に生きる全ての種族が我が同胞である。」


 魔王の演説に誰も反応を示さない。何が始まったのか、何を急に言い出したのか、理解が追いつかないのである。


 そうした状況をすべて把握しつつ、魔王は続ける。


「我が恩寵を受けし者達は幸福であれ。我を信仰する者は、救済されなければならない。それはゴブリンも、ドワーフも、鬼も等しく同じである。我が支配の中で、全ての種族は平等である。」


 胡散臭い新興宗教の教祖か、独裁政権のプロパガンダの様な口上に、会場は弱弱しくも響めき始める。


(どうやらフェルの脅しめいた挨拶が効いているようだな。)


 ゴブリンにしてみれば、これから自分たちはこの場所で鏖殺されるのではないかと、誰もが打ち震えていたのは明らかである。その恐怖を感じないゴブリンなどいるはずがない。

 なぜなら、周りをぐるりと埋め尽くす大勢のドワーフ達が、ゴブリン達が座る一帯に向けて、妖しげな期待に満ちた視線を注いでいたからだ。積年の恨みを持つドワーフ達からすれば、当然の反応と言える。


 しかしながら、今会場に埋め尽くさんとする響めきの正体はドワーフ達なのである。

 それも当然である。新たに支配者として君臨するのは伝説と謳われるエルダードワーフではなく、怪しげな風貌の亜人なのだ。

 そして、その者はこう説いているのである。


 ドワーフもゴブリンも等しく扱うと


「我が支配の下で争いは許さぬ。隷従、搾取、横暴…それら全ての確執を持ち込むことを赦さない。」

 

 その一言で、会場が静まり返る。

 魔王はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「私は諸君らに尋ねる。私の元で二つの種族が共に手を取り合うことが出来るのかを?」


 静寂が会場を包む。

 皆、隣の顔色や誰かの動きを牽制し、会場は静かな混乱状況だった。


 得体の知れない亜人の支配を受け入れることで、一体自分たちはどうなるのか。本当に幸福になれるのか?

 そして、拒否し、立ち去ろうとした場合どうなるのか。これについては一万人が全員同じ回答をあげる。当然、ただで済むわけがないと。


 伝播する疑心暗鬼。


 その静寂を打ち破るように、両の手を打ち鳴らす音が響く。


 フェルである。


 静寂の中に響き渡る拍掌は会場の視線を一身に集めた。


「テメエらの気持ちはよくわかる。でもよ、考えても見ろよ。俺らは昔からこんな関係だったのかよ?」


 その言葉に一部の者達が表情を変える。


「つい最近じゃろ?誰かを食いもんにして、虐げて、憎しみ合いながら暮らす生活が始まったのなんてよ…。」


 フェルは側にいたガラの親衛隊のゴブリンの肩を抱く。


「俺はこいつのひいひいひい爺さんを知ってる。ここにいるゴブリンどもは100年と生きたやつがいねぇだろうから、知らねえと思うが、昔はドワーフとゴブリンは共同体で生活してたんだ。」


 フェルのその発言に会場が一気に響めき立ったが、それをフェルはすぐに手を挙げて制止する。


「それだけじゃねぇ、ノームもホビットも…フェアリーだって昔は共に住んでいた。こんな薄暗い世界でも、あいつらが一緒にいれば水も食料も困らなかった。」


 そこまで言った時、フェルの目から熱いものが溢れ出した。


「…だがよ。いつからかおかしくなった…。ノームがいなくなって畑は何の実りも生まなくなった。ホビットがいなくなって森が失われ、フェアリーがいなくなって泉が枯れ、花が一切芽吹かない不毛の大地になった。なんでだ?なぜか分かるか?」


 フェルは会場の全員へ見回す様に視線を向けていく。

困惑の色深まる場内…フェルは、激情を露わにした。


「鬼王会とかいう種族至上主義の糞ったれどもが攫ってったんだよ!!なんでそんなことしたのか?わかるか?わかるよな?テメエらだけの生活を豊かにするためじゃ!!」


 ドワーフ達の中に、それを聞いて視線を逸らすもの、顔を覆うものが現れる。

 聞き捨てならないと身を乗り出すもの。まさか…と疑うもの。

 フェルの怒りはまだ止まらない。


「生活が命に危機に直面した時、共に暮らしてきたはずのドワーフとゴブリンで食料の奪い合いが始まった!そりゃあひでぇ有様じゃった!町の人口は3割も減り、いがみ合いと憎しみ合いの中、鬼王会のやつらがゴブリン達に肩入れしやがった。そん時にこの町に来たのが、ガラだ!毛もくじゃらの化け物が、ゴブリンの皮を被ってのうのうと親玉気取りを始めやがったんだ。」


 忌々しい目でガラの亡骸を睨みつけ、勢いよく蹴り飛ばす。顔の一部が派手に崩れたが、物言わぬガラは懺悔の言葉一つも口にしない。


「ガラが来てから、この町は鉱物を搾取されるだけの町になった。ワシは知っとるぞ。ゴブリンどももガラに怯えてご機嫌を伺い、逆らえば容赦なく痛めつけられてたことぐらいな。結局、わしらはどっちも鬼王会とかいうよそもんのいいのように扱われてきただけじゃ。」


 それを聞いてゴブリン達は俯き、視線を逸らす。それを見て、ドワーフ達にも動揺が広がる。ゴブリンとドワーフの間にあった確執の壁に歪みが生まれたその瞬間、フェルはもう一度大きく仰掌した。


「目を覚ませ!わしらの敵は古くからの友ではない!力で全てを踏み躙る欲深き簒奪者、鬼王会の連中じゃろうが!!」


 フェルはそう言うと、魔王の足元に跪く。


 それだけではない。ノーガを含めた鍛冶屋のドワーフ達。さらにはガラの親衛隊だったゴブリン達までもが、フェルに習うように全員が敬服した。


 その姿は一枚の絵画の様に美しく、見る者全てを引き付けていた。


「ワシらはこの方に真名を捧げた!この方こそ!ワシらを!この世界の数多な種族を束ね!導いていく存在であると確信したからじゃ!!この方こそ、まさしくこの世に顕現せし神!奴ら鬼王会に立ち向かうための力と知恵を授けてくれるお方ぞ!!」


 その言葉に会場集まった者たちの目の色が変わる。


 本当に憎むべきはだれか。

 手を取り合うべき者はだれか。

 信じるべきものは何か。


 そう皆が真剣に向き合い始めたまさにその時、魔王は閉ざしていた口を開いた。


「この場所に集まりしすべての者に聞く!」


 魔王の言葉に会場の全員が姿勢を正す。


「我が支配を受け入れるものはその場で我を称えよ!受け入れられぬものは即刻この場所から立ち去るがいい!!」


 大衆がおずおずと、まごまごと動き出す。そのじれったい動きに、フェルが立ち上がった。


「なんじゃ?お前ら、王への敬仰と尊信を示すのに手習いが必要か?こうするんじゃよ!!」


 フェルは勢いよく、大きな身振りで両手を振り上げた。


「バンザーーーーーーーイ!!バンザーーーーーイ!!」


 フェルは大声で万歳三唱を始めた。

 闘技場の中心で、1万人の周知の中で一人、大声で叫ぶ。


 続いてノーガ達、ガラの親衛隊達が唱和する


『万歳!!魔王シェブニグラス様、バンザー――――イ!!』


 その勢いはあっという間に会場中に波及する。そしてそれは大きなうねりとなり、まるで鬨の声の如く会場中を激しく揺らし、一つの大きな塊となった。


「魔王様――!シェブニグラス様―――!!!」

「俺たちに真の自由と平和を!!!」

「鬼王会に鉄槌を!!!」


『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 会場が総立ちとなり皆が腹の中から力の限り叫ぶ。

 強く拳を突き上げ、喉を潰す様に吠える。

 今ここに、魔王が率いる1万人の民が誕生した。


 喝采と渇仰の絶頂ともいえる中、魔王は静かに呟いた。


「5-4-3から6、8-6-2と6…あと、2-2-9もだな。頼んだぞ。ゾゾ。」


「アイ」


 まだ会場は当分冷める気配がない中、ゾゾはその場からひっそり姿を消した。



「なんだありゃあよぉ?ったく、面倒なことになりやがってぜ。」


 体つきのいいゴブリン達が、路地裏で酒を煽りながら悪態を突く。


「まったくですぜ。あ~あ、これで手に汗握る殺し合い観戦もドワーフのエルダを買うことも出来なくなっちまったってわけ?冗談じゃねぇ!」


「ああ、だがどうするよ?鬼王会にチクって討伐隊でも編成してもらうか?」


「そりゃあいいぜ!!そしたらよぉ、もしかしたら俺ら、幹部とかにしてもらえたりしてな」


「いいね~!あのバルーシの野郎も、分けわかんねぇ仮面野郎もまとめてぶちのめしてやらぁ!!」


 男の一人が、空き瓶を思いっきり蹴り上げる。綺麗に放物線を描いて舞い上がった瓶は2m程度の高さまで達し、そのままきれいな弧を描いて地面に落下する。


 そのはずである。

 だが、瓶が落下した音が聞こえない。


「あ、あれ?俺が蹴った瓶…どこいった?


 訝しんだ彼らはほどなくして気付いた。路地が濡れているのかテラテラと光を弾いていることに…。

 そして、自分たちもゼリー状の何かに足首まで絡めとられていることに気づいた時、一斉に血の気が引いていった。


 誰ともなく悲鳴を上げそうになったその瞬間。


 バクッ!!!


 まるで巨大な鰐の捕食の様に、ゼリー状の咢は足元から大口を開けて3人を悲鳴もろとも飲み込み、数秒後に跡形もなく消し去った。

 瞬く間に起きたその事件の現場に小さな少女のシルエットだけが浮かぶ。


「マオウサマニ ウソツイタヤツラ コレデゼンイン」


 役目を終えた少女は早く褒めてほしいのか、一目散に主人の側に戻る。


 魔王への忠誠に嘘は一切通用しない。


『スキル《ディバンク》が発動。悪意ある虚偽が感知されました。』



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