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〜真理への探究者〜


◾️

 苦悶の表情を浮かべ、右腕から噴き上げる血を止めようと躍起になっている。


 そんなガラを静観する魔王の右肩にはガラの巨大な右腕をしゃぶるスライムの姿があった。


 ゾゾはむしゃむしゃと自分の体の中に腕を押し込み、あっという間に消化するとゲップを一つ。

 完全に食べ終わった後、「アッ」といってゾゾは魔王に向き直る。


「ガマンシロッテ イワレテタノニ タベチャッタ。ゴメンナチャイ。」


 ゾゾは怒られると思ったのか、少し身を小さくする。


「いや、問題ない。よく殺さなかった。」


 そう言って魔王はゾゾを撫でる。「エヘヘ」とゾゾは照れていた。


 そんな微笑ましい状況とは裏腹にガラとゴブリン達は阿鼻叫喚だった。無敵だと信じていたボスの無残な姿に、一人のゴブリンが逃げ出す素振りを見せたのを魔王は見逃さなかった。


「ゾゾ、奴らを捕獲しろ。殺すなよ。」


「アイ。」


 ゾゾはそう一言返事をすると自らの体を分離し、取り巻きのゴブリン達に放った。ゾゾの一部は《形状変化》により、さながらスライムの檻となってゴブリン達を幽閉した。


 一匹のゴブリンが檻を力づくで突破しようと金棒で殴り掛かった。が、金棒は檻に叩きつけられた途端、湯に投げ込んだ氷の様に瞬く間に溶けてなくなった。


「ソノカベ タタクト サンデルカラ オトナシクシナイト アブナイ。」


 ゾゾのその言葉にギョッとしたゴブリン達は慌てて檻の壁から離れ、中心に身を寄せる。


そんな部下たちのことには意を介した様子もなく、ガラは激痛で顔を大きく歪ませながら、魔王を睨みつける。—ゾゾだったのかもしれないが—


「嘘だ…!!こんなの有り得ねぇ!!俺の体毛は鋼の鎧だ…。その俺の腕が何で…!」


 ガラの体毛は硬さと柔らかさと鋭利さを兼ね備えた鉄壁の鎧そのもの。生半可な攻撃では傷一つ付けることは出来ない。


 ではなぜガラの腕がここまで鋭利に切り落とされたのか。

 ゾゾはガラの拳が振り下ろされる瞬間、体を大きく広げ、さながら巨大な口か、ギロチン台の様に変化させた。そして、自身の体液を超高速で放ち、さながら高水圧カッターとなったそれは、ガラの防御力など難なく突破してしまったということだ。


 苦虫を噛みしめるような、ガラの視線に応えるように、魔王は痛みに苦しむガラに近づいていく。


「【ウェンディゴ】。」


 魔王の一言にガラの表情が驚愕に染まった。その反応を感じ取り、魔王は薄っすらと笑みを浮かべる。


「貴様の種族名だな。初見で貴様を見た時、どう見てもゴブリンにしか見えないお前の種族がなぜウェンディゴなのかが謎だったが、その姿を見てようやく合点がいって五月蠅いアナウンスが止んだ。」


 ドワーフもゴブリンも何の話をしているかわからずに頭の上に疑問符を打っている中、ガラとバルーシはそれの意味が分かった。


「テメェ…《鑑定》持ちなのか?!」


 ガラが浮かべる汗の本質が変わる。痛みから吹き上げる汗から背筋を濡らす冷たい汗に変わったのだ。


《鑑定》スキルは通常、レギオンランクが同等以下でなければ効果を発揮しない。逆に言えば、《鑑定》が成功している時点で相手は自分と同様にボスレギオンか、それ以上であるということをガラは認識したのである。


 魔王はガラに一歩にじり寄った。その足元には巨大な黒い影がガラを覆いつくすように広がっていた。


「一つ聞きたいんだが、所属の【荒虎衆】とはどういう組織だ?」


 その質問にガラは完全に血の気が引いた。


 同レギオンランクでもレベルが低ければ《鑑定》で確認できるのは種族とレベルとパラメータのみ。スキルやその他情報についてはレベルが上でなければ確認できない。

 つまり、目の前の男はLV41という自分よりも高レベルの存在であるということを証明したようなものである—《超鑑定》はその常識から逸脱するためそう誤認させた—


 ガラは混乱し、まとまらない思考の中、いつものように口から出まかせが零れ出る。


「そ、それは…俺の強さの称号として…。」


 ザンッ!!


 突如ガラの左手に黒い槍が突き刺さり、地面と縫い付けられる。噴き上がる血に、再びガラの絶叫が響き渡る。


『スキル《ディバンク》が発動。対象から悪意ある虚偽のオーラを検知しました。』


 頭の中に流れる無機質なアナウンス。頭に直接響くその声に、魔王は顔を顰めて不快を露わにさせていた。


 ガラが魔王に初めて会った時から、魔王の脳内にはこのアナウンスが鳴り響いていた。ガラが自身の立場を隠し、悪意を持って接触していることを常時警告し続けていた。


 つまり、魔王は出会った瞬間から理解していたのである。


(この男は私に対して悪意ある【嘘】で貶めようとする敵である、と。)


 痛みにもがき苦しむガラの見下しながら、魔王は冷酷な視線を向ける。


「この影槍シャドウランスは貴様の嘘を繊細に感知して発動する。これ以上串刺しになりたくないなら一言一句、十分に留意して発言するんだな。次は貴様の脳天を貫くかもしれんぞ?」


 魔王はアルカナスキルである《ディバンク》を伏せるために虚偽の情報を与えた。実際は敵の嘘を感知した瞬間に魔法を発動しているだけに過ぎない。


 だが、目の前の男がネクロノミコンを読み込んでいるような勤勉さなどあるわけもない。そのような魔法など無いと断ずる知識が無ければ信じる以外に選択肢はなかった。


 ガラはすっかり恐怖に駆られてしまい、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。だが、囚われの身となった部下たちの状況を考えると、それは絶望的と言わざるを得ない。

 ガラは血が噴き出るほど歯を食いしばり、敗北と屈辱をその身に受けるしかなかった


「…俺たちは鬼族が作った【鬼王会】っていう集団だ。その中でも選りすぐりの精鋭が【荒虎衆】だ。」


「ほう、つまりは幹部か…。他の奴らの名前とスキルなどの特徴を話せ。」


「そっ!それは知らない!!本当だ!!信じて…!。」


 ガラの言葉が終わる前に、丸太の様なガラの足に黒い槍が突き刺さる。


「あぁああああ!!ぐぁああがあああああ!!!」


 耳障りな絶叫が響き渡る。魔王は一つ溜息をついた


「…本当に学習能力のない男だな。」


 打ち捨てるようなその一言にガラは涙目になる。


「お、俺は…嘘なんてついて…。」


 そう言いかけた時、ガラはばっと顔を上げる。


「ち、違う!!さっきのは嘘じゃねぇ!ノーカンだ!!忘れてただけだ!頼む!信じてくれ!!」


 ガラの必死な懇願に《ディバンク》は反応しない。


「貴様の頭でも理解できるように質問を単純化してやる。鬼王会と荒虎衆について知っていることは全部話せ。」


 魔王の言葉にガラは必死で頭を縦に振る。


「俺たち鬼族はみんな元々好き勝手な種族だ!適当に毎日を過ごし、欲求に忠実。食う寝るヤるしかほとんど考えてねぇ。ゴブリンやコボルト、オーガ、トロール、巨人族達はみんなそうだ。そんな鬼族をまとめる奴がどこからともなく現れた。そいつが荒虎衆筆頭の【嶽閻(がくえん】だ!」


(【嶽閻】…。そいつが鬼族の頭目というわけか。先ほど《ディバンク》が発動したのは、【荒虎衆】のことを聞いたが、他のメンバーのことばかり考えて筆頭である【嶽閻】のことを失念していたというわけか。)


「容姿やスキルは?」


 ガラは衝動的に喋ったことが嘘と判定されることに怯え、言葉として発する前に深く思慮するようになった。


「…他の奴らのスキルなんて一つも知らねぇ。他の荒虎衆とあったこともねぇ。ただ、嶽閻には引き抜きを受けた時に会ったことがある。俺よりもでかい鬼だ。でけぇ鉈みてえな武器を持ってて体中が鎧で包まれてて、顔は落ち窪んだ目が赤く光るぐらいにしか分からなかった。俺は対峙して、速攻で戦意を喪失した…。俺はそれまで誰よりも強いと思ってたのによ…。」


 ガラが少し感傷的になってきているのを感じ、魔王は尋問を止めて思案する。


(ガラの情報に嘘がないのであれば、嶽閻のイメージは無骨な武人といったところか。だがそうなるとどうしても腑に落ちない…。)


「この町の食料はどうやって調達している。ほとんどのドワーフが採掘に従事している中で、食料や酒は誰が作ってる。」


「食料や酒がどこで作られてるとかは知らねぇ…が、鬼王会から定期的に配給される。支配した町の物資については全部鬼王会が握ってるから、別の種族が作ったやつじゃねぇかとは思う。俺の仕事はドワーフどもに鉄を中心に採掘させ、武器を作らせて鬼王会に収めることなんだよ。」


 ガラの話を聞いて魔王は深く頷いた。

 鬼王会は税の徴収と物資の流通を担っているということである。


「ちなみに聞くが、あの闘技場のシステムや貨幣は誰が考えた?」


 ガラはその質問に対して唸るように考え込んだ。


「…わ、わかんねぇ。ホントだ!本当に分かんねぇんだ!なんかよく分かんねぇうちに始まってて…特に今まで疑問にも感じてこなかったし…。いつ始まったかって言っても…いつの間にかっていうか…。あ!エルダの女を買う仕組みを考えたのは俺のアイデアだぜ!!」


 この期に及んで自慢げなガラに一瞥し、魔王は少し思案する。


(やはりおかしい…ほとんどその辺の魔物と変わらない生活をしていたはずの鬼族がどうやって貨幣や物流という文明の基本構造を生み出せたのか。他種族を支配し植民地支配【ネオコロニアリズム】を形成するに至ったのか…。)


 現在並べられた情報だけでは結論には至らない。そう判断した魔王は「さて…」と前置きを入れる。


「もはや貴様から得られるものは特になさそうだ。この辺りで幕としようか。」


 魔王のその言葉に、ガラは恐る恐る尋ねる。


「み、見逃してくれるのか?」


 それを聞いて魔王は嘲笑する。


「私は正直に喋れば生かして帰してやるなどと、一言も言った覚えはないのだが?」


 無慈悲なその一言に、ガラとゴブリン達は血の気が引いた。


「ま、待ってくれ!!た、助けてくれ!頼む!!命だけはどうか!!」


 口々に放たれる命乞いに魔王は思わず苦笑する。


「貴様らは赦しを請い、命乞いをするドワーフ達を無事に解放することなどあったのか?」


 一斉に、その場が静まり返った。時が止まり、凍結したかのような空気は、深い絶望の色を宿していた。


「しかしながら、私には貴様らを嬲ろうが殺そうが得られるものなど何もない。見逃すことも吝かではない。」


「じゃ、じゃあ…!」


 ガラは俯いていた顔を上げる。その顔には垂れた希望の糸を放すまいとした気迫すら感じる。その様子に魔王は冷笑を浮かべた。


「だが、それを決めるのは私ではない。」


 ガラの頭に多数の疑問符が浮かぶ。そんな惚けた顔に一瞥し、魔王はバルーシ達ドワーフに向き直る。


「貴様らが赦しを請い、見逃してくれるかの採決は彼らがする。」


 その場が唖然とした。バルーシは震えるような声を上げる。


「だ、旦那…一体何を…。」


「言葉の通りだ。理不尽な暴力を受け、搾取され、命を弄ばれる生活に満足していたのなら赦してやるがいい。貴公らがそう言うのであれば、彼らを見逃し私はこの町を出よう。ただし…。」


 魔王はそこで一拍置いた。その一瞬の間に、ドワーフ達は総じて息を呑んだ。


「赦さないのであれば、粛正は貴様らの手で今すぐこの場で行え。」


 それを聞き、ドワーフ達は一様にガラを見る。ガラの顔はまさしく鬼の形相であり、その目を見た1人のドワーフは「ひっ!」と腰を抜かした。


 周りから集まる畏怖の瞳、漂う恐怖感。初めはドワーフ達に対して「粛正だと?やれるもんならやってみろ!」とねめつけたガラだったが、少し冷静になり、纏っていた殺気を抑えた。


「…今回のことで身に染みたぜ。強いやつに嬲られる恐怖ってやつをな…。おめえらはこういう気分で今日まで俺らの言いなりになってきてたんだよな…。本当にすまねえ…。俺は心を入れ替えるぜ。だからよう、助けてくれねぇか?」


「が、ガラ様…。」


 しおらし気に陳謝するガラに、ゴブリン達は心を打たれたのか同調して跪く。それを見て、ドワーフ達はお互いの顔を見合わせる。


 そんな弛緩した空気が流れる中、圧倒的な殺意に身を焦がすものがいた。


『スキル《ディバンク》が発動しました。警戒レベル【エマージェンシー】。警告します。警告します…。』


 脳内に絶え間なく流れるアラート。魔王は気が触れそうになる。

 この男の脳天に影槍【シャドウランス】を突き立てて早くこの警報を止めたい衝動に駆られていた。


 だが、踏みとどまった。


 バルーシがテーブルに置いてあったグローブをはめ、金棒を手に持ち、前に進んできたからである。


「お、親方…。」


 ドワーフ達の視線がバルーシへと集中する。それはガラも同様である。奥歯を噛みしめ、あくまで感情を殺し、声をかけた。


「な、なあ?バルーシ、そんなもんもってどうする気だよ?もう止めようぜ。手打ちにしよう。な?な?」


 しかしながらその言葉を受けてバルーシの目は怒りに震えた。


「調子のいいことほざいてんじぇねぜ!!テメエから受けた屈辱の数々!一族の怒りを晴らすこのチャンスに、許すもクソもねえんだよ!!ボケがっ!!」


 その言葉にノーガを含め、ドワーフ達の目に闘士が芽生えた。

 その様子を見て、ガラは猫を被るのやめた。


「調子乗ってんじゃねぇぞ!!雑魚の分際で粋がってんじゃねぇ!!やれるもんならやってみやがれ!!テメエらに俺を殺せるわけねぇんだ!俺の体に傷一つつける事なんざ出来るわけが…!!」


 バチバチバチバチバチ!!!


 ガラは思わず言葉を呑んだ。バルーシの握る金棒が帯電し、目に見える形で高圧な電流が駆け巡っているのを認識したからである。

 そして、目を戦慄かせながら、震える声を絞り出した。


「そ、それは…まさか…《雷槌》…?」


 鬼気迫る形相でバルーシは這い蹲るガラに近づき、大きく金棒を振り上げる。


「おめえのその体毛には打撃も斬撃も効かねぇ…。だけどよ、こいつをまともに受けたらどうなるんじゃろな?!」


 ガラは暴れる。右手を失い、左手と右足を縫い付けられているガラはまだ自由な左足をばたつかせ、何とか逃げようと体を捩る。


「や、やめろ!そんなことをしたらただじゃ…いや止めてくれ!!頼むぅぅうううう!!」


 恫喝と懇願が入り混じったガラの言葉など、狂気に満ちたバルーシには届かない。むしろその態度はバルーシの覚悟に拍車をかけた。


 振り下ろされた金棒はガラの脳天に直撃する!


「アギャギャギャギャギャギャアアアアアアアアアアア!!!!!」


 それは壮絶だった。


 まるで乾いたスポンジが水を吸い込むように、ガラの鋼の体毛は逃げ場を失っていた電気を取り込み、体中に数十万ボルトの電気が駆け巡る。


 その筆舌にも尽くしがたい破壊的なダメージはたったの一撃でガラをほとんど戦闘不能に貶めた。


 そう、ほとんどである。辛うじてまだガラは息があった。


 バルーシはグローブを外し、ノーガに渡す。


「次はお前じゃ。」


 その言葉にノーガは息を呑んだが、すぐさま強く頷いた。その眼にはもう怯えは無かった。

 その様子に互いの肩を抱き合って震えるゴブリンたち。そして、辛うじて意識引き戻し、視線を上げたガラの心は絶望の淵に追い込まれていた。


 魔王はガラの顔近くにしゃがみ込み、憐れみを込めながらこう言い放った。


「どうやらこれが因果のようだ。続くぞ。貴様の希望の糸が切れるまで。何度でも。」


 そう言い終わった後、ノーガの持つ金棒が帯電を始めた。それを見て、ガラは発狂した。


 それから続くドワーフ達による超電圧の殴打の連続。皮肉か、まさしく《雷槌》と呼ぶに相応しい粛清という名の私刑だった。


 何巡目だろうか。ガラが完全に息絶え、白い体毛も漆黒に染め上がったころにはバルーシ達は息を上げながら自分たちの行動に打ち震えていた。


 その眼を見ればそれが罪悪感や後悔によるものではないことが分かる。無抵抗な相手を一方的にだったとはいえ、あれ程圧倒的で、恐怖の対象であったガラを自らの手で殺すことが出来たことに言葉に出来ないほどの高揚感、達成感、万能感を手にしていた。


 そんな言い知れぬ空気間の中、魔王は立ち上がった。


「これが【科学】だ。」


「科学?」


 高揚感で震えるバルーシが目を戦慄かせながら魔王に振り返る。


「貴公が長年負い続け、具現化したもの。それを私の世界では【科学】と呼んだ。その力は、万人に平等な結果をもたらすことは、貴公らが今証明した通りだ。」


 今一度、ドワーフ達はガラの亡骸に視線を向ける。そして、ゴブリン達にその視線が向いた瞬間、ゴブリン達は悲鳴を上げ、次は我が身と体を丸め、涙で顔を歪めていた。


「科学…魔法ではない…異世界の技術。それをワシは…。」


「科学とは人類史において、数千年の時をかけて幾千幾億の者達の叡智と閃き、努力によって紡がれてきた技術の結晶だ。私はその積み重ねられた研鑽によって生み出された数多の科学によって作られた時代を享受してきている。」


 魔王はそういうと、グローブを手に取る。


「だからこそ言える事がある。貴公の作り出したこれは科学の初歩でしかない。」


 その言葉にバルーシは目を見開く。それは嘲られたという怒りの目ではない。驚愕と好奇に満ちた目だった。


「800年とはいえ貴公一人で、しかも手探りで科学という迷宮に迷い込んだ。想像するだに途方もなかったであろうな。だが…。私が持つ異世界の知識があれば、貴公はそれをこの世界に顕現させる力を持っている。」


 魔王の一言に、バルーシが目を丸くする。


「ワシの力じゃと?それは一体…。」


 バルーシの反応を見て、魔王は一つの結論に辿り着く。

 どうやら、この世界の人々は誰もが詳細プロパティを使えるわけではなく、自身がどのようなステータス、レベルでありどのようなスキルを持っているかということを自覚できていないということだ。—《鑑定》スキルを持っている者に調べてもらう必要がある—


 自覚がないというのは恐ろしい。魔王自身この男が持つスキルの凶悪さには背に冷たいものを感じざるを得ない。だが、それを伝えないわけにはいかない。


「貴公は二つのユニークスキルを持っている。一つは器用富豪《スキルフル=ミリオネア》。これはこの世に存在する【クラフトスキル】をランクB以上で自動取得しているのと同義のスキルだ。貴公はたとえやったことがない技能でもランクB以上の域に既に至っているということになる。」


 クラフトスキルは生産スキル全般である。本業の鍛冶師は勿論のこと料理や絵画、工芸、学術、医術、工学、建築、採取…非戦闘におけるスキルが全てB以上という稀代の天才ということである。器用貧乏という言葉があるが、ここまでくると【器用富豪】としか言いようがない。


 それを聞いてノーガを初め、ドワーフ達は各々の顔を見合わせて頷いていた。


「確かに…親方はなんでも器用にこなして…なんで誰にも教わったこともないことが出来るのかと思ってたけど…。」


「前の親方も、教える事がまるでないってボヤいてたもんな。」


 そんな周りの言葉が耳に入っているのかいないのか、バルーシは魔王への視線を一瞬たりとも切らない。無言ながら、次の言葉を急かす様にも見えた。


 それに応えるように、魔王は続ける。


「こちらのスキルだけでも貴公が非常に有能な存在であることは疑いようがないが、もう一つのスキルこそ、私が先ほど言った大言を現実のものとするのだ。」


 バルーシは今明かされる自身の才能に声を震わせながら訪ねる。


「そ、それは…『異世界の技術をこの世界に顕現させる力』、ということか?!」


 魔王はこくりと頷く。


「それはユニークスキルの中でも最も特異なものだ。そのスキルの名はNo1【魔術師】 《コズミック=ブレイン》。【アルカナスキル】と呼ばれる世界に二つとないスキル。その能力は、見聞きした情報を自動的に超高速の演算を行い、最適な知識を導き出す能力だ。」


 魔王の言葉にバルーシは茫然として要点を得ていない様だった。魔王は自嘲する。


(もし私が誰かに同じ説明を受けても、瞬時に意味を理解できないだろうからな。)


「簡単に言おう。先の器用富豪《スキルフル=ミリオネア》と併せれば、お前は見聞きしたものをその手で復元可能だということだ。更にはそれらの知識を応用し、その先にも辿り着くことが出来る。語弊なく、貴公のスキルは異世界の叡智をこの世界に顕現させることが可能なのだ。」


 バルーシはそれを聞いて不気味な笑みを浮かべて震えた。


「そう…そうだ…。ワシは…何を作るにも失敗してこなかった。ワシが今までになかったものを生み出した時は…何かが繋がった時…。その時には、ワシは見たこともないものを作ることが出来た…。それが能力…?いや、そうではない…。もっと根本的な…根源的な…。」


「お、親方!大丈夫ですか?!」


 バルーシは目を見開きながらぶつぶつと自問自答をし始める。

それは急に止まり、目を戦慄かせた。


「頼む!教えて欲しい!異世界の技術とは…科学とは一体何なのだ?!その本質は一体なんなのだ?!」


 鬼気迫る形相で問いかけるバルーシに対し、魔王はふっと微笑し、一言だけ言い放った。


「この世の【真理】を追究する力だ。」


 この時、バルーシの頭に雷鳴が落ちたかのような衝撃が下る。


「ああ…全て繋がった。なぜワシがこの力に魅入られたのか…。魔法という力に対してなぜここまでの嫌悪を感じるのか…。」


 バルーシは夢遊病者のようにゆらゆらと歩き始める。


「この世界にはルールがある。そのルールこそが真理そのもの!それは可逆的なものであり、誰もに平等な結果をもたらす…。だが魔法は…そのルールを逸脱する。不可逆的であり、特別な存在を作る。それはつまり…ルールを捻じ曲げる力…。」


 バルーシは突然狂声を上げる。体を大きく仰け反らせ、手を仰いで豪快に笑った。

その光景にドワーフ達は勿論、魔王も動揺を隠せなかった。


「たはっ!この世界は魔法によって捻じ曲げられ、ワシらは真理に辿り着けずにいたのだ。魔法に支配された日常でこの世の不思議を不思議と思わず、成長を止めた文明…『百年河清を俟つ』とはこのことか!」


 突然中国の故事成語を言い出したバルーシに魔王は眉を顰めるが、バルーシはゲラゲラと笑った後、据わった目でにたりと口角をあげた。


「お主、何が目的だ?ワシを使って何がしたい?」


(ふっ、やっとおあつらえ向きな展開になってきたな。)


「私はこの世を統べる【魔王】として君臨する。全ての種族を平伏させ、あらゆる脅威を御し、未来永劫と続く理想世界を創造する。」


 魔王のその口上にバルーシは歯を剥き出しにして笑った。その表情を見て、魔王は躊躇うことなく、次の一言を言い放った。


「その野望のために、貴公の【真名】を私に捧げよ。さすれば、貴公にこの世の真理の深淵を見せてやろう。」


 バルーシは目を見開き、口元から溢れる涎を拭うこともなく魔王に懇願する。


「是非もないこと!ワシの真名どころかこの命全てをお主に…魔王シェブニグラス陛下に捧げまする!!」


 魔王はほくそ笑んだ。その狂気の現場に居合わせた者たちからすれば、バルーシは魅入られたように見えていた。悪魔に魅入られ、魂をも捧げて陶酔する契約【ファウスト】。まさしくそれと同様な光景が目の前に広がっていたのだ。



 ドワーフ達に見守られる中、厳かに魔王とバルーシの間に【真名契約】が交わされる。


 膨大な文字群が発光しながら宙を舞い、魔王とバルーシの間でその契約を形作っていくその最中、魔王はゾゾの件を思い出した。


【名付け】をすることによる進化である。ゾゾは名付けによって【デモンスライム】となり、大きな戦力へと変貌した。


 魔王はニヤリと笑うと、片足立ちのまま両手を固く結び、祈るバルーシに言い放つ。


「貴公に名を授ける。貴公はこれより【バルーシ=フェルディナンド】と名乗るがいい。」


 突如、激しくバルーシが発光した。これはゾゾの時にも確認している。


(ドワーフの上位種というのが何なのかは知らないが非常に興味深いな。)


 魔王は内心どのような姿となるのか興味による高揚感を抑えられなかった。

 光が収まった後、ゆっくりと瞼を開いた魔王の前にいたのは…。


「…はあ?」


『えっ!?えっ!えええええええ!!』


 魔王の呆けたような声の後にドワーフ達の悲鳴にも似た絶叫が上がる。


 そこには筋骨隆々な初老の髭面ドワーフの姿は影も形もなかった。

 代わりにそこにいたのは…中学生ぐらいの少年であった。


 醸し出す雰囲気はエルダのドワーフの男性版といった方が早い。

 彫りが深くオリエンタルで中性的な顔立ちは幼いながらもエロスを感じさせるような怪しさを放っていた。

 褐色の肌、瞳は煌々と金色に輝く。銀色の髪とのコントラストはまさしく美の象徴ともいえた。


 魔王は開いた口が塞がらない。


(な、なんじゃこりゃー―――!?な、なんだ?何が起こった?!まさか進化過程での事故とか突然変異とか…いや!バグという線もあるのか!?と、とりあえず《超鑑定》を…!)


 内心激しく動揺しながら、目の前の少年を見る。


 そして、まずホッとした。彼がバルーシであることは間違いなく、種族は無事に進化を果たし、【エルダードワーフ】へと進化を果たしていた。レベルも大きく向上しLV36に達している。―ガラを倒したことによりボスレギオンへの条件は満たされていた―


 なぜ若返ったのか—そんなレベルではない完全に別人だが―。

 その理由が掴めるかもしれないと【学者】のスキル《博識》で検索する。

 曰く、エルダードワーフは超長命なため、800歳程度はほとんど子供のようなものだということだ。


(おいおい、じゃあ、200歳ぐらいだったら赤ん坊になってたかもしれないということか?)


 内心毒づきながらも、魔王は目の前にいる少年がバルーシであるということを認めた。


 バルーシは若返った…というよりも別人になった自分に対してあまり衝撃を受けていないようだった。さも今までもそうでしたという雰囲気で改めて魔王の前に跪く。


「御君より雅称賜りましたバルーシ=フェルディナンド、御前に。全ての智と財と権威を我が主、魔王シェブニグラス=インフェルド陛下に捧げましょうぞ。今後ともよろしくお願い奉りまする。」


(なんだ?歌舞伎役者の襲名挨拶のようなその畏まった態度は?)


 あまりにも見た目としっくりこないしゃべり方と雰囲気に魔王は少しばかりこそばゆかった。


「バルーシ、そのような畏まった喋り方ではどうも話がし辛い。もう少し砕けて話してもらっても構わないのだが。」


「そうか?やはりそうじゃな!誰かに忠誠を誓うなんぞワシには縁のないことと諦めておったので最大限忠義を尽くした言葉遣いにしようと思ったんじゃが、すぐにはどうにもならんの。」


 ガハハハと豪快に笑う。


 魔王を初め、ドワーフ達も呆気にとられる。どうやら無理やり仰々しく振舞っていたようで、素の喋り方は以前のバルーシのままだ。

 確かにこっちの方がバルーシらしいが、見た目が少年なのに喋り方が爺臭いというのはこれはこれで違和感がすごい。しかしながら、先ほどのあからさまな演技口調よりかはよほどマシだと魔王は感じた。


「それにしても旦那。真名を捧げた後でなんじゃが、この世の全ての種族を従えるとは大きく出たの。それは鬼族は勿論のこと、気位の高い魔族をも従えるということじゃろうが。」


 厳しい視線を送るバルーシに対して魔王は軽く嘲笑する。


「何を勘違いしている?私はこの世の全てといった。ニブルデットの種族統制など足掛かりにすぎん。」


 その言葉を聞き、バルーシは驚愕のままに目を戦慄かせ額に汗を浮かべた。


「では、まさか…!」


「当然だ。私は【エルデガルド】、表の世界も手中に収め、二つの世界を一つに併合する。それがこの世の全てを得るということだ。」


 バルーシはこめかみを流れる汗とともに、高鳴る高揚感に耳まで裂けるような笑みを浮かべた。


「まさしく、神をも恐れぬ野望よな。これから面白くなりそうじゃのう?ゾゾ殿。」


 急に声をかけられ、ゾゾはあたふたとして魔王の顔色を伺う。


 どうやらバルーシは、進化によって鑑定スキルを習得したようである。レベルの高いゾゾという呼称を知っているということは上位スキルである《高鑑定》であると思われる。


「ゾゾ、挨拶をしなさい。」


 魔王の了解を得て、ゾゾは少女の姿に擬態する。


「ゾゾハ マオウノサマノ サイショノブカ ダカラゾゾパイセン ソコノトコ ヨロシク。」


(初絡みでマウント取りに行くんじゃねぇよ。)


 魔王の内心でのツッコミを知ってか知らずかバルーシは爆笑中だ。見た目は少年でも中身がおっさんだとこういうカオスな状況になるのであろう。


「よろしく頼むぞ、ゾゾパイセン!ワシのことは…せっかくじゃ、旦那から頂いた名前で呼んでもらおうかのう?これからは【フェル】と名乗らせてもらうぞ。」


 ゾゾは頷き、人型になって手を差し伸べる。

 バルーシ改めてフェルはその手を握り、笑みを浮かべた。


「さて、今後の話は一先ず置いといて、後始末をせにゃならんな。ガラという支配者が死んだこの町を、ゴブリン共をどうするか…やり方をしくじれば多くの血が流れることになるぞ?」


 フェルは鋭い視線をガラの死体と囚われのゴブリン達に向けた。

 魔王は頷き、口元を邪悪に歪ませた。


呉越同舟ごえつどうしゅうは統治の基本だ。その為にはフェル、貴公にも力を貸してもらうぞ?」

「仰せのままに、我が師よ。」


フェルは仰々しく頭を下げた。




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