〜家族になろう〜
◾️勇者
「これでよかったんだよな…。」
プラチナに輝く指輪を見つめながら、自問自答が続く。
肉体も衣服も魔力で作られていたエルマリークさんにとって唯一の遺品だ。これだけは消えずに残ってくれた。
これが本当にベストだったのかという問いは、今となっては無駄な考察だ。
だが確かなことは、魔女は確実に倒されたという事実。そしてそれを成し得たのが聖騎士団団長というこれ以上にないキャストだったこと。エルマリークさんを殺して報酬を得るという胸糞悪い展開は回避できたこと。
そして、聖騎士団という組織が思っていた以上に優良組織だったということ。
そのパイプを図らずしも得たことだ。
「勇者…か…。」
ハイレンは去り際に、自分のことをそう呼んでくれた。
こんな自作自演の脅威に巻き込まれ、自身はボロボロになり、部下を何十人も死なせることになったと知ったら、評価は一変することは請け合いだ。彼の人柄を思うと胸が痛む。
だが、むしろここからが本当の闘いだ。
エルマリークさんの自死ともとれるこの決起に対して、シャミルがどう出るか…。
罵声を浴びせられ、詰られる覚悟はある。何だったら殺されるのも止むなしかもしれない。
だけどエルマリークさんと約束した。
俺が出来るのは、彼女達が日の当たる世界で楽しく生きていけるようにすることだけだ。
視界の先の焼け野原になった森の側で3人の人影が見えた。それを見て、駆け寄りたい気持ちと気まずい思いが混濁して勇者の足を鈍らせた。
そんな中で、凄まじいスピードで駆け寄ってくる一つの影があった。
「と~りゃ~~~~!」
気の抜けた掛け声とともに、それは俺の顔面に張り付くようにして抱きついてきた。
「どわわわわわ!」
突然のことで動揺する。青い髪の小柄な少女が猛スピードで顔面にボディープレスをかましてきたのだ。
ま、まあ体重が軽すぎてひっくり返るほどの威力はないが…。
彼女の走ってきた方角からゴルドラとエリックが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?!マスター!…何をやっとるか貴様!」
顔に張り付いた少女をゴルドラが速やかに剥がし、まるで子猫でも捕まえるように首根っこを掴まれていた。
「勇者さん!すいません!驚かれましたよね?」
当然驚く、誰でも驚くがまず最初に…。
「だ、だれだ?お前?!」
言葉にしたと同時に意図せず《超鑑定》が発動し、その情報が目に飛び込んできた。
「シャミル=ノア?」
少女はこくんと頷く。
「自己紹介を迫っておきながら鑑定で覗くなんて…なんかお行儀悪いの。」
無表情だがどうやら俺が鑑定を使ったことにご機嫌斜めなようだ。
「いやいや、出会い頭でジャンピングボディープレスかましてくるやつにお行儀の悪さを言われる筋合いはねぇな。」
俺のツッコミに、ノアは何を納得しているのかうんうんと頷く。
「やっぱり同じ転生者。パパとノリが同じなの。」
そういうとゴルドラの手を払って地面に着地する。
ノアの話はエルマリークさんから聞いていたが、直接会うのは初めてだ。
雰囲気は対照的だがよく見れば目鼻立ちは同じだ。後は髪の色や身長、選んでいる服装でロアとは真逆の印象を受けるが、ロア以上に浮世離れしてるというかなんというか…。
そんなことを考えていると、ノアが深々と頭を下げた。
「つらい役回りをさせてごめんなさい。でもって私たちを救ってくれてありがとう。」
正直意表を突かれた。これからこの子達に一生恨まれる覚悟ですべてを話そうと思っていたのに、まさか労いとお礼を言われるなんて思わなかった。
泣き喚き、恨み言を言われるに決まってると思っていたのはロアの印象が大きいが、逆に淡々と無表情で大人びた対応を見せるノアに対して動揺を隠し切れない。
「俺は君たちの母親を殺したも同然だ。恨まれはしても礼を言われるなんて…。」
俺が言い切る前に、ノアはフルフルと首を横に振る。
「ママの気持ちも願いもちゃんと理解してる。こうすることが私たちを自由にするためには最善だってことも。」
「そうなのか…?」
正直驚いた。この子は既に覚悟を決めていたのだ。こんな幼い子が…。
「だって、今回の件をママに提案したのはノアだもの。」
「え?」
思考を遮るその一言は、圧倒的な衝撃だった。
動揺を隠せない俺の目をノアは相変わらずの無表情で見つめていた。
「ママはずっと苦しんでいたの。ノアはノアである時間の間、なるべくママのお話をずっと聞いてた。ママがパパのことを思いだして泣き出すこともあったし、愚痴を漏らすこともあった。ママは肉体的にも精神的にも病に侵されていたの。それを吐き出せるのはノアだけだった。」
「そんなまさか…エルマリークさんが…?」
思わず呟いたゴルドラの言葉はまさに俺の口から出ようとしていたものそのものだった。
別れ際、死の間際まで気丈に振舞っていた彼女がそこまで追い詰められていたなんて…。
「そのことはロアも?」
エリックの質問にノアは首を横に振る
「ママはね、ロアちゃんには絶対そんな姿見せないし言わないの。だってロアちゃんが知ったら大変なことになるもの。だからこれはロアちゃんには秘密。」
口元に人差し指を当てる。無表情で無垢な少女が行うには蠱惑的な印象を受けた
「今回の最大の障害はロアちゃんだったの。どうやったらロアちゃんを納得させられるのか…。ママもノアもいっぱい考えてたの。そんな時…。」
ノアの人差し指が自分に向けられた。
「あなたが来たの。」
「それは…俺が勇者だからってことか?」
ノアは軽く小首を捻ってから、首を横に振る。
「少し違う。勇者であることはあまり重要じゃなかった。重要なのは【転生者】だっていうこと。」
今度はこちらが首を傾げる番だ。
「俺が転生者であることがロアを納得させることに繋がるっていうのか?」
「まあそういうことなの。最初から順に話をするからちょっと座ろう。」
ノアはそういうと椅子を四つ分出現させた。特に気の利いたデザインではなく、クッションも背もたれもない丸椅子が円になるように並べられた。
皆がそれぞれ椅子に座ると、ノアがそれじゃあ、と続きを話し始めた。
「これはママが教えてくれた言葉。『生きていくということは時間という魔物に襲われ続けるということ』。その魔物に襲われると、様々なものを失っていくんだって。でもね、失ったものを取り戻そうとすると逆に魔物に食べられちゃうの。」
なんだ?この話は?時間が魔物…。そんなことを考えたことなかったけど…。
「真祖は時の魔物に襲われないようにエルヴェシオンを作ってそこに永遠を築いていた。ママはエルヴェシオンを出たことにより、時の魔物に追われるようになった。」
その言葉にハッとさせられる
「時の魔物に襲われないということが不老不死と同義だってことなのか?」
思わず口を出した言葉に、ノアはこくりと頷く。
「ママはエルデガルドに来て200年、奪われ続けるしかなかったの。エルヴェシオンのような時間を超越した空間じゃない領域では時の魔物を防ぐことなんて出来ない。容赦なく奪っていくの。力を、若さを、命をそして…心を…。」
ノアの青い瞳が昏く沈み、その雰囲気に思わず息を呑んだ。
「失い続けるだけの生活…。そんな極限の最中、ママが初めて得たものがあった。それがパパだったの。」
ノアは澄み切った空に視線を向ける。
「それからのママはとっても幸せだったの。パパはママに沢山の幸せをくれた。ノアとロアちゃんが生まれたことも、ママの幸せそのものだったの。パパとノア達がいるから、ママは時の魔物に襲われていても、怖くなかったの。でもね…。」
ノアが言葉に詰まるが、それを催促することはない。ゆっくりでいい。ノアのペースを待ち続けた。
「時の魔物はパパを食べちゃったの。」
ノアが選んだ言葉は衝撃だった。それは比喩ではなく、本当にそうだからだ。
タイムアップ。
タイムオーバー。
タイムアウト。
まさしく時間に食われたと言っても過言ではない。そして俺もその可能性があるのだ。
「激しく取り乱すママの姿はトラウマとなってそのままロアちゃんに強く受け継がれていたの。身内を失うことに対する恐怖が保守的な思想を強く根付かせ、神経質になり、感情が暴発するの。時の魔物は喪失への未練はもちろん、これ以上失いたくないと立ち止まる者も容赦なく食べていくの。」
「だからロアはあんなに感情が不安定なんだね…。」
エリックの言葉にノアは頷く。
「うん。だからロアちゃんはママが死ぬことを承知しない。時の魔物に抗って、抗って結局ダメで…。無力であることを悟って、壊れてしまう。ママが死んでしまうのは遅かれ早かれ訪れる。そう何度忠告しても、ロアちゃんは聞き入れてくれなかった。」
ノアとロアのこの極端な性格の違い…。これはやはり一人の人間だったものが二人に分かれてしまっていることの弊害だろう。
ノアは決して感情がないわけではない。しかしながら、感情の振れ幅があまりにも少ないため、冷徹な印象を受ける。ロアは逆に感情の振れ幅が大きく、時として情緒不安定として精神に過大な負荷を受ける
ノアは分かっているのだ。いつか自分たちは自分たちの人生を歩まなくてはならないということを。
しかし、ロアは失う恐怖に縛られ、身動きが取れなくなっているということだ。
「だからね、ノアはママに提案したの。またパパを作ればいいって。」
ズコーーーーーー!!
理知的な雰囲気を構築していたノアの口から出た大胆な作戦に、盛大に3人がずっこけた。その様子を見てノアは顎に手を置き、首をひねる。
「やっぱりそういうリアクションになるんだね。ママもちょっと困った顔で苦笑いしてた。」
「ま、まあ間違いってわけじゃないけどさ…。」
「そうなの、ノアは決して悪くない作戦だと思ったの。人は前に進むために、失ったものを糧にして何かを得る必要があるの。何も得られず、失い続けることをノアは『絶望』だと思うの。」
「何も得られず、失い続けることが絶望…か…。」
その言葉の重みに、胸が締め付けられるような気がした。
「そこで閃いたの。ママにパパが出来る必要はないんだって。ノアとロアちゃんにパパが出来れば問題ないって。」
ん?なんだこの展開…。シリアスな話をしてたはずなんだが、なんか話の方向性がおかしくなってないか?
ゴルドラとエリックの視線が俺に向けられている。
あれ?これってもしかして…。
「ノア、ちょっと待て。そのパパっていうのは…。」
ノアが真っすぐ俺に向けて指をさす。
「ってことでこれからよろしく。パパ。」
「待て待て待て待て待て!!」
とんでも展開に飛び上がった俺を見て、ゴルドラとエリックが今度は慌てて視線を逸らす。あいつら…。
「お前らもうすでにこの話聞いてたな?」
「あ、えっと…すいません。詳しくは聞いていませんでしたが、ノアが開口一番で『パパを迎えに行く』っていったのでもしかしてとは思いましたが…。」
ゴルドラが慌てて釈明する。
パパ?前世でも子供どころか彼女もいなかった俺が急にパパとか言われても…。何かいっぱいすっ飛ばされてパニックだわ。そもそも…。
「なんでパパなんだよ?!仲間でいいだろう?!」
「仲間って何?」
率直な俺の意見に対してノアは平然とした顔で答える。
「え?あ、いや仲間っていうのは…。」
「ノアは別に何でもいいの。でもロアちゃんはダメ。仲間っていう関係性がわからないの。そんなのロアちゃんは絶対納得しない。」
俺は口から出た不満を飲み込まざるを得なかった。彼女たちにとって家族以外の人と関わったことがない。だからこそ、家族という絆の構築は特別なのだろう。
仲間とは社会だ。これは家族のコミュニティとは真逆と言ってもいい。これから領域外に出て初めて社会を学ぶこの子達にとって、仲間とは敷居の高いコミュニティといえる。
「ロアちゃんはパパが大好きだったの。毎日毎日パパにべったりで…。てめぇ!いい加減しろ!!」
淡々とした口調からいきなり怒気が込められた声色に代わり、俺たちは飛び上がって驚いた。
「だって本当のこと…余計なこと言うんじゃねぇって言ってんだよ、バカ!!」
突然始まった一人漫談に茫然としているとエリックが耳打ちしてくる。
「基本的に人格の入れ替わりは昼夜で分かれてるみたいなんですけど、片方の意識が起きてる場合は割り込んでくることもあるようなんです。」
「は、はあ…。」
別人格と喧嘩を始めるという謎な状態の中、ノアはパンっと手をたたく。
「あ!てめぇ!まだ話が…!…お待たせなの。」
どういう原理かはわからないが強制終了したようだ。
「精神世界は暇だからロアちゃんは大抵寝てるんだけど、今日はちょっとハイになってて起きてたみたいなの。」
それだけ聞くとただの姉妹の会話に聞こえるんだけどな…。
「で、話を戻すの。ロアちゃんはパパがしてくれる異世界のお話が大好きなの。歴史や武器、音楽、芸術、ファッション、娯楽…とにかく全部好きなの。勇者さんはパパと同じ転生者だからロアちゃんが勇者さんを好きになるのは必然なの。」
な、なるほど…ぐうの音も出ない説得力。誰がパパでもいいわけじゃない。かと言って父と娘という関係性以外の絆は理解できない。
それならママでも…と一瞬ゴルドラを見たが…エルマリークさんとのギャップに吹き出しそうになり、慌てて目を逸らした。
悩む。
腕を組み、唸りながら頭を捻る。
そんな俺をゴルドラが怪訝そうに顔を覗き込む。
「マスター、そんな悩むことではないと思いますが…。」
そう言いますけどね、あんた…。
「結婚した覚えもないのに『男やもめ』の子持ちになるっていう状況に表現しがたい後ろめたさがあるというか…。俺20歳なのに10歳を超える娘がいるとか社会的にどうなんだ?とか…。もうちょっと社会的に当り障りのないソフトな関係性はないのかと…。」
「男やもめってなんですか?」
「男版未亡人。」
エリックの質問に瞬間的に答えるノア。
変な言葉知ってるな…。意味わからないと思って使ったのに…。
「そんなに気になることですかね?」
「私は人間族ではないのでよくわからないが、マスターが懸念されていることだし、もっと大きな問題が隠れているのではないか?」
なんか話が面倒な方向に流れてる気がする。ここは潔く腹を括るべきか?いやしかし…。
悩む俺の真似をするようにノアも顎に手を置いて唸り始めた。
「う~ん、パパは前の世界の親権問題や結婚観を持ち出してるから悩んでるの。だから二人はパパが悩んでる意味が分からないの。」
「あ、うん。その通りだが、当たり前の様にパパって呼んでる…。」
「そこでノアから提案なの。」
俺のツッコミはさらりと流し、ノアはポンっと手を打つ。
「特別養子縁組にするの。」
「は?」
養子縁組はともかく、特別?なにそれ?
当然ゴルドラとエリックは首を傾げざるを得ない。ノアは教鞭をとるように解説を始める。
「通常の養子縁組は再婚によって発生するけど、特別養子縁組は親同士の結婚を必要としないの。これを使えばパパはママと結婚しなくてもノアとロアちゃんのパパになれるの。」
「ま、まあ確かに、親戚が引き取る時みたいな感じになるってことだよな?てか、それって親戚縁者じゃなくてもいいのか?」
ノアはこくりと頷く。
「ん、問題ないの。まあ、問題があるとすれば家庭裁判所に届出が必要なこと。子供が15歳になるまでの期間限定。親側が25歳以上であることだけど…。」
「なんで異世界の法律に詳しいんだよ?」
これも前の勇者からの受け売りか?
「てか、世界が違うから法律も違うだろ。」
「そう、だからこの話は不毛なの。」
は?
思わず俺は呆けた声をあげた。
「パパがさっき言ったみたいに、この話はするだけ無駄なの。この世界はその土地で住まない限りは戸籍の届出なんて必要ないの。だから定住者でなく冒険者であるノア達が家族であるか否かの登録なんて必要ないの。」
「じゃあなんで特別養子縁組なんて話を…?」
「パパが納得できるようにするため。」
ノアはあっけらかんと言い切った。なんか頭が混乱してきたが、落ち着いて考えてノアの言いたいことを整理してみる。
「え~っと…。そもそも冒険者同士の関係性なんて、この世界の社会はまったく気にしてないから気にするだけ無駄。気にしてるのは前世の法律に縛られている俺だけ。俺が納得できる口実として特別養子縁組の話を引き合いに出した。簡単に言えば孤児を引き取ったと思えばいい…そういうことか?」
「ん、ベリグ。」
ノアが無表情で親指を立てる。
「なるほど…話は分かった。こりゃあ一本取られたな。」
ノア、本当に頭の回る子だ。
俺が前世の法律に拘ってることからあえて法律の話を持ち出して、この世界の法律や常識とのズレを認識させた。
末恐ろしいやつだ。
完全に手玉に取られた。だけど、ゴルドラやロアの脳筋ぶりを考えると、ノアの優秀さはこれから絶対に役に立つ。
俺は大きく伸びをした
「もう迷うだけ無駄だな。よっし!!もう腹括ったぞ!お前たちは俺の娘だ」
おお!っと歓声が上がる。
ゴルドラとエリックが拍手する中、ノアは姿勢を正して深くお辞儀をする。
「感謝するの。どうかよろしくお願いします。」
変に畏まって礼儀正しいノアがとても初々しく見えた。前の勇者みたいに変なことばかり教えずに、ちゃんとした知識を与えてやらないとな。
「そういえば…。」
俺はポケットに仕舞い込んでいた指輪をノアに差し出した。
「これはエルマリークさんの片身だ。君たちが持ってるといい。」
ノアは指輪を受け取ると、愛おしそうにそのプラチナの指輪を撫でた。
「ありがとう。ママが遺品、回収してくれて。」
そう言うと、ノアは徐に左の薬指に指輪を嵌める。
「…ぶかぶかなの。」
「そりゃそうだよ。」
てかいきなりその指に嵌めるんじゃないよ。ホントにおませさんだな…。
その後、ノアは色々な指に嵌めていき、結局左の親指に落ち着いた。
無表情なまま指輪とにらめっこするノア。多分、感慨に耽ってるんだろうな…。そう思って油断した直後…!
「とぉー――りゃー――。」
出会い頭と同様にノアが俺の顔に飛びついてきた。
「だから、なんで顔面に飛びついてくるんだよ?」
「ロアちゃんがやってたから今のうちに慣れておくように…。」
ボカッ!
「イタッ!なんでいきなり殴るんだよ?!」
見ると、顔を真っ赤にして肩を震わせるノアの姿…え?これって…。
「てめぇ!この!下ろせ!誰がこんな恥ずかしいことするかよ!黙って聞いてればいい加減なことばっかり言いやがって!!」
「いて!いててて!!やめろノア…じゃなくてロア!」
「残念、今はノアなのでした。ロアちゃんもパパと遊びたいなら交代の時間が来てからにしてほしいの。」
どこからかロアの悲鳴に似た声が聞こえる。この姉妹、完全にノアが手玉に取る構図だが、ロアが後で俺にどんな八つ当たりをするのか…。今から想像するに恐ろしいのだった。
◾️
「こんの…!バカ息子!!」
薬屋の店内で怒号が響き渡る。
考えるまでもなく当然だ。反対を押し切って危険な依頼に同行しただけでなく、その晩には危惧していた焼き討ちが実行されたというタイミングの悪さだ。
挙句、魔女と聖騎士団が交戦となったというからシェリアラの身からすれば生きた心地がしなかっただろう。
ダブルサイドクエストを行っていることから、聖騎士団に捜索を依頼出来なかったことも心配に拍車をかけた。
「ごめんなさい!!!」
言い訳の一つでもしてくるかと思いきや、素直に頭を下げるエリックを見て、シェリアラも怒りの言葉を飲み込んだ。
素直に謝っている間に手を引かないと、下手したらまた一晩喧嘩してしまう。お客様がいる前でさすがにそれは避けなければならないという冷静さがあった。
また、怪我という怪我はなく元気に帰ってきた息子を見て、怒りよりも早々に安堵が勝ってしまったというのも本音だ。
「あんたたちもすまなかったね。このバカが邪魔しなかったかしら?」
「あ、いや…とんでもない。案外助けられました。」
シェリアラは世辞と受け取ったようだが、勇者からすれば幾分は本心である。表のクエストに至ってはエリック1人で達成したようなものだ。
シェリアラは家の中に勇者たち一行を招き入れる。その時、初めて見る顔が混じっていることに気が付いた。
「あれ?この子は…?」
「あ、え~と…。それも込みで依頼の報告をさせてもらっていいですか?」
「え?ああ…いいけど…。」
シェリアラはノアに一瞥する。ノアは店内の臭いや周りの薬草に興味があるのか、お~っと嘆息の声を上げながら見入っていた。
その様子を見てシェリアラは目を細め、ノアの前にしゃがみ込んだ。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「ノア…シャミル=ノア」
吸い込まれるそうなその青い瞳にシェリアラはうっとりとすると、ノアの頭を優しく撫でた。
「薬に興味があるんだったら好きに触って、好きに見ていいよ。」
「いいの?」
「ああ、構わないよ。」
ノアが目を輝かせてシェリアラを見る。感情が希薄なノアがここまで分かり易い反応を見せるのは珍しい。
「あ、じゃあ僕が案内するよ。」
まるで初めてできたガールフレンドをエスコートするようなエリックを見て、シェリアラはニヤニヤしながら見送った。
「エリックのママ優しいの。エリックはウソつきなの。」
それを聞いてシェリアラの厳しい視線がエリック背中に注がれ、エリックが脂汗を掻いたのは言うまでもない。
二人のことはさておき、シェリアラと勇者とゴルドラの三人は先日と同様の席に座った。
そしてまずは表のクエストのハリエラ草採取の完了報告と役場の受領書を渡した。
シェリアラは形式的とはいえ、書類に一通り目を通し、確かに…、と言って勇者の前に報酬である法金貨1枚を差し出した。
表のクエストの処理はこれで終了。ここからが本題である。
勇者は腰を深く落とし、今回の裏クエストのあらましを全てシェリアラに伝えた。
森に住んでいた魔女とはヴァンパイアロードの親子であったこと。
15年前に森の中で対峙した冒険者パーティーを率いていた勇者がその父親であったこと。
死期を悟った魔女の願いに準じる形で聖騎士団に討伐させたこと。
遺児であるシャミルを引き取ったこと。
ここまで話し、勇者はシェリアラの顔を覗き見る。その目には様々な感情が見え隠れして、どれが顔を出していいかわからない、という様子だった。
シェリアラからの反応がないため、勇者はテーブルの上に壊れたペンダントを置いた。
「壊してしまってすいません。こいつはお返しします。直すんだったら弁償を…。」
「その必要はないよ。」
バッサリと言い放ったシェリアラの口調は、一言でいえば怒りだった。
勇者にではない。
では何に対してか…。
正直考えるまでもなかった。
重苦しい空気が流れる中、シェリアラが口を開いた。
「あいつ…前の勇者が消えるとき、なんか言い残した言葉とか…聞いてない?」
「いや、なにも。」
ゴルドラが驚いた顔を勇者に向けた。だが勇者は平然と続けた。
「魔女が言うには気が付いた時には消えていたようです。何も言葉を残すことなく。」
「そう…。」
シェリアラは興味をなくしてしまったように、イスにもたれかかった。
「魔性の森はなくなり、魔女は聖騎士団に討たれた。あんたたちは魔女の遺児を匿いながら、これからも旅を続ける…か…。なかなかに上手くできた話ね。」
彼女の皮肉に対して、勇者は表情を変えなかった。
シェリアラは大きく背伸びをする。
「なるほどね~。生きてるのか死んでるのか確かめたかったけど、まさか魔女と結婚して子供まで作った上に、とっくの昔に消えちゃってるなんてね…。」
ケラケラと乾いた声で笑った。
しばらく一人で笑った後、ため息交じりに呟いた。
「ホント…、自分勝手で最低な男…。」
ギリッと奥歯を噛みしめる音に、勇者の背中がじっとりと濡れた。
「でもまあ、子供には罪はないか…。」
シェリアラは薬を物色しているノアに視線を向ける。その時、ノアの親指に光る指輪を見て、目を細めた。
そんなノアに対し、エリックが一生懸命に薬の説明をしている姿を見て、シェリアラは吹き出し、表情を綻ばせた。
面倒くさがりでろくに店の手伝いもしないくせに、女の前では懸命に格好つけようとする息子を見て、嘲笑すると同時に健気でかわいいと思うのも親心だった。
「さあ、依頼報告はもういいわ。あんたたちは無事にクエストを達成したわけだし、報酬の話に移りましょう。」
シェリアラはあらかじめ準備していたのか、一巻きの書状を勇者に差し出した。
「ルネリオスの貧民街【ソドム】の雑貨店の店主に『すごい風に吹き飛ばされそうだった』っていう世間話をして。そしたら店主が返答の中で何色かを聞いてくるから、その時に『黒だった』って答えるの。そしたら別室に通されるから、その時にこの紹介状を渡せば闇取引の地下街に案内してくれるわ。」
捲し立てるように話すシェリアラに対して勇者は狼狽する。
「ちょっと待って!メモを…。」
「やめなさい。メモ禁止なのよ。この程度覚えられるでしょう?」
冒頭から非常にダーティーな世界に足を踏み入れてしまう緊張感でいまいち頭に入ってこなかった。
「ルネリオスの貧民街ソドムの雑貨店の店主に『すごい風に吹き飛ばされそうだった』っていう世間話をしたら店主が何色か聞いてくるから、『黒だった』って答えたら別室に通されるの。その時にこの紹介状を渡せばオケ。」
すると、ノアが薬草を物色する手を止めてスラスラと暗唱して見せる。
「ノア、聞いてたのか?」
「ん、会話はスキル効果で基本的に自動録音なの。今まで聞いた話は消去しない限りは復元可能。」
まるでレコーダーの様なそのスキルに勇者が感心すると、ノアは薬草の物色を再開する。
「ぶっちゃけこのレベルならスキル使わなくても常人の記憶力で普通に覚えられるの。」
ノアの毒舌ぶりに場が凍り付いた。
「そ、それにしてもなんでそんな裏組織みたいな連中とコネクション持ってるんだ?」
「まあ、当然の質問よね。」
勇者の何気ない疑問に、シェリアラは平然と答える。
「アタシが昔、勇者パーティーだった【クアドラル=マーク】の一員だってことはもう察しがついているんでしょ?」
勇者はコクンと頷く。
「その中の一人が闇市場の住人でね、色々とややこしいことを受け持ってくれていたんだよ。その付き合いで、今でも世話になっている。こんな辺鄙な場所で薬屋やっても何とか生活できているのは、組織が薬を一括で買ってくれるからだよ。」
「なるほど…。卸売業を担ってくれているのか。しかも昔ながらの付き合いでご贔屓にしてくれているとは…。」
闇市場と聞いて麻薬や奴隷売買とかかなりやばい組織をイメージした勇者だったが、国の目を盗んでいるというだけの商会なのかもしれない。
「一応釘刺しとくけど…。」
そう前置きをしてからシェリアラは勇者に厳しい視線を向ける。
「当然だけど地下街では違法な品物が取引される。正直、異世界人の常識じゃあ目を覆いたくなるような光景もあるだろうけど、そこで揉め事を起こすと大問題になる。あんたらのこれからの旅に大きな障害を作ることになるから、絶対にハチの巣をつつくようなことはせずに、換金が済んだら速やかに出ること。いいね?」
前言撤回。全然反社だ。
前世からそう言ったトラブルに巻き込まれないように真面目に生きてきた勇者にとっては嫌な汗を禁じ得なかった。
そうした顔の強張りを見て、シェリアラはちょっと言い過ぎたとバツが悪そうな顔をする。
「この世界の流通網は正直言って杜撰なんだ。商人ギルドは役所からかけられる関税を恐れてほとんど権力者の言いなり。一般庶民の手に渡る物資は家々の物々交換ぐらいが関の山。ギルドを通さずに金銭で取引するとすぐに逮捕されて徴税される。お偉いさんは一般庶民の生活を豊かにするための販路の拡大なんてしないんだよ。」
国民を必要以上に豊かにさせない。商人からは絞れるだけ絞る。貴族や聖職者よりも裕福な存在を作らないための中世代にありがちな政策だった。
「そんな中で、闇市は大なり小なり存在し、当てにならない商人ギルドや政府よりも国民の生活を身近に支えているという側面もあるんだ。まあ、当然大衆からの人気取りが目的ではあるけど、闇の流通網がないと生活できないってのがこの世の中だってことは理解しておいてほしい。いいかい?」
「あ、ああ。分かった。」
早い話しが必要悪という奴である。
兎にも角にも余計な手出しをしないようにすることを胸に近い、勇者は深く頷く。それをみて、シェリアラも表情を緩めた。
「さてと、あんたらもろくに寝てないんだろ?さっきの金で宿を取って休みな。別にすぐにここを発つってわけじゃないんでしょ?」
シェリアラのその一言で、勇者とゴルドラは強烈な眠気と疲労感を思い出さされた。
「ああ、そうだな。とりあえず泥の様に眠りたいな。」
「そうですね。腹も減ってますが、まずはひと眠りするとしましょうか。」
「ノア眠くない。」
ノアが恨めしそうにこちらを見ながら会話に入ってきた。ノアとロアは裏で待機中には精神的に休息をとるようになっているため、シャミル個人としては休息が必要ないのだ。勇者たちが寝てしまうとノアはせっかくの自分の時間を無為に過ごすことになってしまう。
そんな寂しそうなノアをみて、エリックが前に出る。
「じゃあ、勇者さん達が寝てる間、僕がロネリーの町を案内してあげるよ!」
「ん、それじゃあよろしく。」
エリックも一晩寝ていないはずなのだが、気合の入った頼れる男アピールを、涼しい顔で了承していくノア…。惚れた男が甲斐性を見せたいのは当然ではあるが、相手のノアがどう思っているかは全く伺い知れない。
「ありがとうな、エリック。それじゃあ、町まではみんなで一緒にいこうか?」
勇者とゴルドラはエリックの厚意—好意?—に甘える形で休ませてもらうようにした。
「シェリアラさん、夜にはちょっと奮発して祝杯でも挙げようと思うんですけど、一緒にどうですか?」
シェリアラは少し悩んだ後、苦笑いして手のひらをひらひらと振った。
「いや、やめとくよ。保護者同伴じゃ無礼講にならないだろう。ちゃんと楽しんできたらいいさ。」
エリックは一瞬きょとんと目を丸くした。それはつまり、エリックも参加してきなさいという意味に外ならず、その意図を察した後、エリックはにっかりと笑った。
「ありがとう!母さん!」
シェリアラは今回の冒険を経て、少しエリックが大人になったような気がした。反抗期丸出しで喧嘩ばかりの日々が続いていたが、どこかエリックが自分に対して親愛の情を示しているような気がしてならないのだ。
「それじゃあ、俺たちはこれで失礼します。ありがとうございました。」
勇者は席を立ち、仰々しくお辞儀をする。それに習うように、ゴルドラも勇者の後ろでお辞儀をした。
そうして4人が家を出て、シェリアラは一人テーブルを前にして物思いに耽っていた。
焦点の合わない視線の先には壊れたペンダント。
無意識に、シェリアラは手に取り、上部についていた留め具を押すと、カチリという音とともに蝶番が外れ、ペンダントが開いた。
中には、プラチナで出来たリングが冷たく光を放っていた
シェリアラはその指輪に刻まれていた文字をポツリポツリと読み上げていた。
そして、最後の文字を読み上げた瞬間…!
ガシャーン!
ペンダントをリングごと勢いよく払いのけた!
ペンダントは壁にぶつかった衝撃で蝶番が壊れ、リングと共に乾いた音を立てて地面に転がった。
シェリアラはその様子を目で追うこともなく、両拳を机に勢いよく叩きつける。
「くっ…く…くぅうう…!」
押し殺したような声を上げながら、体を小刻みに震わせる。
ギリギリと音がなるほど奥歯を噛みしめ、机を睨みつけていたシェリアラの視界に数滴の涙が落ちた後…シェリアラは堰を切ったように泣き叫んだ。
その慟哭は、誰もいない薬屋の一室で長らくの時間響き渡った。




