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〜今を生きる者達の明日へ〜


◾️勇者

「それじゃあ、俺たちは宿の方に行くから。」


 俺は賑やかな市場とは逆方向を指さして、エリックとノアに告げる。


「エリックさん、ノアさんをよろしくお願いします。」


 ゴルドラが頭を下げるとエリックは喜色満面で胸を張る。


「任せてください!」


「ん、エリック頼もしい。」


 無感情なノアのそんな一言に、エリックは照れながら頭を掻く。


「んじゃ、16時には宿に戻ってきてくれよな。そこから宴会だ!」


「はい!それじゃあ!…いこ!ノア!」


 そういうと、エリックはノアの手を取る。それに少し驚いたノアはどことなく照れくさそうにこくりと頷き、2人は市場へと姿を消していった。


「ふぁあああああ…。それじゃあ、私たちも行きましょうか。」


 ゴルドラの大きな欠伸にこちらもつられそうになった。


 長い一日だった。ほとんど丸一に寝て無かったから疲労はMAXだ。今は泥の様に眠りたい。


「ああ、この時間なら部屋が空いてないってことはないだろうしな。」


 そういうと、ゴルドラと二人で宿へと歩を進める。


「あ!そういえば…。」


 なにかを思い出したのか、ゴルドラは突然足を止めた。


「どうした?」


 怪訝に思い、足を止めて振り返った俺に対し、ゴルドラは顎に手を当てて考え込んでいた。


「いえ、結局どうしてエリックはアンデットに襲われなかったのでしょうか?」


「はあ?」


 ゴルドラの疑問に対して、俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。


「以前と言い、今回と言い…。エリックに対してアンデットは攻撃できないように見えました。ノアの証言によると『ご主人様に攻撃できない』ということでしたが、これはつまり、エリックにはアンデットを従えるネクロマンサーの素養があったということでしょうか?それとも何か特殊なアイテムやスキルが…。」


「はぁあああ…。」


 全身の脱力感が深いため息となって溢れ出る。

 俺のその様子を見て、ゴルドラがあからさまに狼狽する。


「え?え?えー-?!マスターは理由をご存じなんですか?」


「知ってるというか察するというか…。」


 教えて欲しそうなゴルドラを見て、教鞭を取ろうとしたが…。


「いや、やめた。わからないなら、わからないでいいんだよ。」


 踵を返して宿への歩みを再開した俺の後をゴルドラが慌てて追いかけてくる。


「ちょ、ちょっと!マスター!なんで教えてくれないんですか?!」


 恨めしそうな声を上げるゴルドラに対して、どう答えていいかわからず、不意に空を見上げる。


 しばらく目を閉じ、考えたがやはり結論は一つだ。


「知らなくていいんだよ。結局は野暮なだけだ。」


 そうだ、今を生きるあの子達にとっては余計な話でしかない。


 納得がいかないゴルドラの追及を躱しながら、俺たちの冒険はまた一つ終わりを迎えた。


 未だに俺はこの結末が正しかったのかどうか分からない。


 だがそこには、親子の愛と母親の矜持があった。


 それを俺の価値観で、否定することなどできるはずがない。


 失うことばかり考えて、動き出せずに立ち止まることも、失ったものを取り返そうとして、取り返しのつかない深みに嵌ることも、だれでも陥りやすい行動パターンだ。


 何も得られずに奪われ続けることが絶望…。


 だとしたら、どんな悲しみや苦しみの先にも、手に出来るものがあるのであれば、それが生きていく希望となるのだろう。


 残酷で理不尽で、不条理なこの世界で、異世界人の俺が生きていくためには、それこそが本当に必要なことなのだろうから…。

 


◾️

 未だ盛り上がりの熱が冷めやらぬ祝宴の喧騒を抜け出し、男は一人バルコニーに立つ。


 日はすっかり落ち、けたたましく輝く星々の明るさは夜の闇を特に夜目に長けていなくても遠くを見渡せるほどだ。


 男、ハイレン=ローデンスは抜けては入りを繰り返すだけの酒気に飽き飽きし、バルコニーの柵に体を預けていた。


 何を考えているのか、茫然と夜空の星を見上げながら無為に過ごしていた時、その静寂を割って入る男が1人。


 フォルケル=エルトルードである。手にはワインのボトルとグラスを二つ持ち、カチカチと鳴らしながらハイレンに近づいてきた。


「こんなところで主役が一人で何をしてるんだ?まさか、一次会で音を上げてるんじゃないだろうな?」


 飲まされ過ぎて気分を悪くしていると思ったのか、それを嫌がって逃げてきたと思っているのか…。

 どちらにせよ、手に持っているそれを見れば救いの手を差し伸べる気がないのは一目瞭然だ。


 ハイレンは慌てて姿勢を正す。それをフォルケルは手で制した。


「勘弁してくれ。今日は無礼講だ。お互いに気楽に接してほしい。」


「はい。では…。」


 ハイレンは改めてバルコニーの柵に体を預け、フォルケルから自然とグラスを受け取り、その流れでワインを注がれる。

 グラスを打ち合い、両者ともにワインを軽く煽ると、フォルケルもバルコニーからの景色に目を向ける。


 ここは法王庁ルネリオスのカテドラル三階の大広間を宴会場。カテドラルは小高い丘にあることから、このバルコニーからの眺望がよく、風光明媚であることで知られている。

 だが、完全に日の落ちたこの時分では昼間と違い、一面色を失っているため見るものなど星しかない。


 しばし、男二人で夜景に興じた後、沈黙に耐えられなくなったフォルケルは口を開く。


「なにがあった?」


 唐突な質問である。だが、その問いに対してハイレンは「なにが?」とは返さない。何を意図しているものなのかは分かっているが思わず口ごもってしまう。


「貴公から魔女の討伐報告を聞いて、正直私は驚きを隠せなかった。出来る限りの準備はしたが、まさか倒せるなどと思ってもいなかった。逃げ帰ってくるのが関の山だろうと…。」


 フォルケルはハイレンに深く頭を下げた。


「私は自身の物差しで相手を過大評価し、貴公を甘く見ていたようだ。本当に申し訳なかった。」


「やめてくださいよ。無礼講の場でそんな仰々しく接せられると酔いが醒めます。」


 彼らしい言い回しだが、フォルケルはいつもとは違うハイレンの表情に落とした影が気にかかった。

フォルケルは何も語ろうとしないハイレンに対し、軽くため息をついた。そのため息をくみ取ったのか、ハイレンはポツリと口を開いた。


「あれは俺が倒したんじゃないんです。」


 ハイレンの独白にフォルケルは何も答えず、彼の言葉の続きを待った。


「フォルケル様が危惧したとおり、あれは魔女なんかではなかった。魔物でもなかった。あれこそが闇の世界を牛耳るという魔族なんじゃないかと今なら思います。」


 ハイレンの肩が震えている。よほどの恐怖だったのだろう。


「俺の渾身の一撃はことごとく弾かれ、打てる手段は潰え、殿となることを選んだ時、正直心は折れていました。圧倒的な絶望が心臓を鷲掴みにしてきた感じですかね…。」


 その絶望感は僅かながらフォルケルも感じたものだ。フォルケルは鑑定スキルを持っていないが、直観がはたらくことによって相手との実力差を予想することが出来た。

 初めて魔女と出会ったとき、その圧倒的な力の差の乖離に対して失禁と共に吐き気を催したものだ。


 あの女はとんでもない化け物だと…。


「だけど、正真正銘最後の一撃を決め込んだ時、奇跡が起きたんです。」


「奇跡?」


 フォルケルのオウム返しにハイレンは頷く。


 ハイレンはあの時のことをフォルケルに話した。口止めされてはいたものの、フォルケルならば問題ないかと思ったのか、酒の力が背中を押したのかは分からない。

 ハイレンはあの時に感じた強烈な違和感を抱え込むことが出来なかったのだろう。


 フォルケルはその激白を聞き、ただただ目を見開き、戦慄いていた。


「まさか…そんな…。生きていたのか?」


 震える声で呟くフォルケルを見てハイレンは怪訝そうに眉を顰める。


「生きていたって…もしや彼をご存じなのですか?!」


 詰め寄るようなハイレンの勢いに、逆に少し冷静になったハイレンは頭を振り、考えをまとめる。


「いや、貴公の言う青年の特徴と私が知っている人物の特徴が違う以上、同一人物ではあるまい。だが、圧倒的な共通点がある。」


 フォルケルはハイレンの肩を掴む。その拍子でグラスを落としてしまい、バルコニーにガラスの破片が散らばった。

 だが、そんなことは意に介さず、フォルケルはいつにもまして真剣な面持ちでゆっくりと口を開いた。


「いいか…これは絶対他言無用だ。特に権力者には絶対に聞かせてはならないことだ。」


 そう前置きされ、ハイレンはごくりと喉を鳴らした。


「私が【クアドラル=マーク】として冒険者をしていた時、リーダーの青年がまさしく、貴公が目にした【奇跡の使い手】だったのだ。」


「【奇跡の使い手】…?」


 フォルケルは深く頷く。


「私たちのパーティーは決してレベルが高いわけではなかった。だが、数々の強力な魔物を打倒して各地に伝説を刻んできた。だがその戦いにはいつも奇跡があった。決して勝てないはずの相手を打ち負かす力、どんな理不尽も跳ねのける力…。彼にはそれがあったのだ。」


「そんな力が…この世に…?」


 ハイレンは耳を疑うが、自分の目で見てしまったものとの整合性を考えれば疑う余地などない。

 奇跡を操る力を持つものが、この世界には存在しているのだと。


「貴公が見た青年と、私の知る彼が同一人物であれなんであれ、そうした【奇跡の使い手】をこう呼ぶのだ。」


 【勇者】……と。


 ハイレンは体中に鳥肌が立った。なんの確証もなく、何気なく彼を勇者と呼んだ自分自身、深層心理で直観的に彼を勇者と感じたということなのだろう。


 興奮に目を輝かせているハイレンを見て、フォルケルは重い口を開く。


「彼がルネリオスへの招集に応じなかったのは英断だったな。権力者が彼の力や存在を知れば、どう転んでも碌なことにはならない。」


「利用されるか…もしくは殺されるか…。」


 ハイレンは身震いした。この世の理から外れた力を持つものの存在に触れたこと、それはある意味で大きな禁忌に触れたと同義ではないかと思わせる。


 フォルケルは視線を漆黒の雅景へと移す。


「繰り返すがこれは他言無用だ。私もこの15年、決して誰にも話したことなどなかった。貴公もそうして欲しい。」


「もちろんです。」


 ハイレンは深く頷いた。もとよりそのつもりだ。そのつもりだが…。


 ハイレンの中で収まりのつかない蟠りがあった。

それは言い知れぬ不安…。


 それが、ついに言葉として表れた


「…しかし、もし彼が我々と対峙することになったのならば…。我々はどうすれば…。」


「どうもこうもない…。」


 フォルケルは踵を返し大広間へと静かに進む。


「全ては女神オルフェリアの導くままだ。」


 そう言いながら、フォルケルはその場を後にした。その背中を見送りながら、ハイレンはポツリと、「勇者か…」と溢した。


 彼とはまた会える気がする。それが幸福な再会であることを今は願わずにはいられない。


 フォルケルは眼窩に広がる大地に対して深く敬礼をしたのだった。



◾️???

 グシャッ!!


 突如全身を駆け巡った異様な感覚に、思わず握っていたグラスを握り潰していた。


 試行錯誤し、創り上げた珠玉の一品だったのだか…。


 手を伝う赤い液体を呆然と見つめる。

 先ほどのグラスに注がれていた果実酒が、白い指を伝い、ドレスを汚していく…。


 そこに、ようやく従者が駆けつけた。


「如何なさいまし…。」


 グワシャアア!!


 言葉を最後まで紡ぐ前に従者の頭が消し飛んだ。

 いや、消し飛ばした。


「遅い…。何をもたついておった?早く手を拭わぬばかりに妾の美装が穢れてしもうたわ。」


「も、もうわけ…もうしわけござ…」


 頭の再生が覚束ず、辿々しく赦しを乞う人形の口に濡れた指を捩じ込んだ。


「がっ!がぼっ…ごほっ!」


「早く清めよ。でなければ次は下顎から下を引き裂くぞ?」


 人形が舌と唇を使って指をしゃぶる。その頬は若干の赤みを差し、再生仕立ての目は恍惚に酔いしれていた。


 指を引き抜くと、すぐ興味が失せた。


「失せよ。」


 その一言に、人形は立ち上がって深く頭を下げ、その場から下がっていった。


 それにしても、先ほどのは何だったのか…。


 これだけ長く生きてきたが、あのような感覚は初めてじゃ。

 まるで自身の何かを失ったような奇妙な感覚…。


「私です。お目通りいただけるでしょうか?」


 この声は件の…。


 妾はドレスを《魔力錬成》で再構築し、汚れた身なりを整えた。


「ルーネか…入れ。」


 扉が開き、ダークエルフの娘、【ルーネ=アドマリス】が姿を見せる。


 ルーネは妾の前で跪き、深く頭を垂れる。


「ご報告致します。数百年前、地上に放った実験体が死亡致しました。」


 ルーネの報告に妾は首を傾げる。

 はて、何のことだったか…。


 妾の困惑を感じ取ったのか、ルーネは続ける。


「最後にお作りになられた受肉体でございます。」


「ああ、あれか…。」


 ようやく思い出した。少し特殊な形で製造した我が娘…。


「あやつまだ生きておったのか?破邪の光にやられてとっくに灰になったと思っておったわ。」


 ということはまさか、あの感覚はあの娘が消滅したことで感じたものか?確かに今まで娘達を失ったことなど無かったが…。


「妙な気配が怖気の様に走ったが、まさかあやつの死を告げていたとはな。ふっ…まさか、此奴ら人形どもとも、血の繋がりなどという見えない絆とやらがあるとでもいうのかのう?」


 自嘲して見せるが、ルーネは表情一つ変えることはなかった。


「恐れながら、スキルで生み出されたものなれば、感じた気配はその効果の副産物ではないかと…。」


「相変わらずつまらぬものいいをするのぅ、お主は…。」


 薄く笑みを浮かべ、鉄面皮の下僕に再び視線を向ける。


「それで?結局あやつも失敗か?」


 大した期待もなくルーネの返答を待つ。

 だが、奴は珍しく口元を釣り上げ、こう告げた。


「いえ、どうやら面白いことになった模様です。」


 その後、ルーネの報告を聞き、思わず飛び上がる様に席を立った。


 あまりの衝撃に、四肢の先端に至るまで得も知れぬ感覚に打ち震えた。


「ルーネ!見事じゃ。貴様の功績を讃え、望みを一つ叶えてやる。何を欲する?」


 少しは思案するかと思ったがルーネはすぐに顔を上げ、願いを口にした。


「この世界に王を名乗るもの現れますれば、その者が開く戴冠式にエルヴェシオンからの使者として出席させて頂きとうございます。」


 その願いに思わず眉を顰めたが、諦観と共に溜息をついた。


「そなたにソレが見えているのであれば、是非もなき事。よかろう、その者がどれほどの者か、その眼に刻みつけてくるが良い。」


「はっ。多大なる御配慮に恐悦至極で御座います。これからもこの身の全てを貴方様に捧げる所存で御座います。」


 仰々しい感謝の意を口にした後、ルーネは静かにその場を去ろうとする。

 ふと興味が湧き、ルーネの去姿に問いかけた。


「一つ聞くが、その王の名はなんと?」


 ルーネの足はピタリと止まり、見返りながら答えた。


「魔王 シェブニグラス=インフェルド…とのことで御座います。」



第4章 光と闇の恋人デミゴッド 完

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