〜朝が来る〜
◾️勇者
三度だ。
三度も俺は、ただ何もできずにここにいる。
燃え盛る森を背に、目の前には巨大な化け物に姿を変えたエルマリークさんの背中を見つめていた。
俺は自身の優柔不断さに怒りが湧いた。
エルマリークさんの気持ち、願い、そして国を守るために命を懸けて戦っているあの聖騎士を見て、自分がいかに矮小かを自虐したくなる。
あの聖騎士は、これ以上部隊に被害が出ないように自身の命を燃やして戦っている。俺よりもずっと勇者と呼べる勇敢さを兼ね備えた英傑だ。
それに対して、俺はただ震えている。
自分で手を下すことを恐れている。
俺は自身の手に握られた一振りの剣に視線を落とした。
ロアとの戦いの際にはなかなかその姿を現さなかった刀身が、今はしっかりと形作られている《エクスカリバー》を見て、正直小バカにされているのではないかと毒づいた。
運命を切り拓く。
そんな言葉がある。
俺は思う。
《エクスカリバー》は奇跡を起こす。だが、その奇跡とは止まっていた運命の楔を断ち切るためのものではないかと…。
停滞した運命の1ページを捲るための力ではないか?そう考えると、今の刀身がしっかりと現れていること事態が運命の後押し。
つまりは、GM【ゲームマスター】の意志ではないのかと…。
運命を切り拓くのは自分の意志ではなく、GMがこの展開を望んでいるからではないか…。そう考えると、まるで《エクスカリバー》が嘲笑っているように見え、剣を投げ捨てたくなる衝動に駆られた。
だが、ここで俺が動かないことは裏切りなることも確かだった。
なぜなら、約束したからだ。あの子を解放すると…。
あの聖騎士が再び立ち上がった。
四度目が来る。もうこれが最後のチャンスだろう。彼を救うためにも、覚悟を決めなければならない。
「エルマリークさん…さようなら…。」
聖騎士の突撃合わせて、大きく大地を蹴り、眩い光の中で、俺は《エクスカリバー》を振り下ろした
◾️
「何があったんですか?エルマリークさんと勇者さんは外で何をしてるんですか?」
ゴルドラとロアの戦闘を目印に、追いついたエリックはゴルドラの言葉に対して疑問符を打つ。
茫然自失しているロアは、戦慄く瞳でゴルドラの言葉を待った。
そして、ゴルドラはぽつりぽつりと語り始めた。
◾️
「大立ち回りをするって…一体何を考えてるんだ?!」
思わず席を立って声を荒げた勇者に対して、エルマリークは悪戯を企んだ子供の様に微笑んだ。
「私たちの領域を侵す愚かな人間たちを粛正するために、適度に暴れてやりましょうということですよ。」
「いや、だからそんなことをしたら…。」
「あら?こんな身なりじゃあ迫力に欠けると思われてますか?ご安心ください。《魔力錬成》で巨大な《魔装甲》を形成して迫力のある姿になって見せますので。」
「そんなことを言ってるんじゃない!!」
話の核心からわざと逸らすように話すエルマリークに対して、勇者は怒りがそのまま言葉に出た。
ゴルドラはそんな勇者を見て動揺を隠せない。話が分かるようで、話が見えてこないのだ。
引き起こされた静寂の中で、勇者は一つの考えに辿り着いた。
そして、戦慄きながらゆっくり顔を上げ、エルマリークの目を見た。
「死ぬ気なのか…?」
ポツリと零れたその言葉にゴルドラは目を白黒させ、エルマリークの反応を見る。
彼女は静かに目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「日々体が衰えていく中、この領域の維持管理はいずれ破綻し、私が死ぬことはもはや必然。それは遅かれ早かれ避けることが出来ないことです。今更そのことから目を背けても詮無きことですよ。」
「だけど…」と呟く勇者の言葉を遮るように彼女は続ける。
「ただ…私の死後、領域が崩壊し、そのまま世界に放り出されてしまうことは、あの子達を感情的にも社会的にも縛り付けてしまうことになるのではないか…そう思わずにはいられないのです。」
エルマリークの言葉に、耐えられなくなったゴルドラは身を乗り出す。
「し、しかし!シャミル…あの二人はあなたの作ったこの領域がないと生きられないのでしょう?だったらあなたが生き延びる方法を考えなければいけないのではないのですか?」
「いや…。」
ゴルドラの真っ当に聞こえる主張を遮ったのは勇者だった。
「あの子達は吸血鬼と人間の混血…だとしたらもしかして…。」
勇者のその言葉が終わる前に、エルマリークは頷いた。
「夫がいなくなって間もなくのある日のことです。家を出たロアが領域の中にいないことに気づいたのです。私は慌てました。床に伏せることが多くなった私は、まだ子供であるあの子達のことに全く構ってあげることが出来なかったのです。慌てて領域内のアンデットに捜索を命じましたが、まもなくノアが帰ってきたのです。私は取り乱しながらどこにいたのか尋ねると、あの子達は領域の外に出ていたと言いました。」
ゴルドラはその言葉に息を呑んだ。その様子を見て、エルマリークは頷いた。
「そうです。あの子達は領域の外に出ても大丈夫だったのですよ。破邪の光の影響もなく、魔素以外による大気によって体を維持することが出来たのです。」
エルマリークは虚空に視線を移した。
「半狂乱になって叱りつけた私に対して、あの子達は言いました。『パパを探しに行っていた』と…。私はそれを聞いて涙が止まりませんでした。」
そのことを思い出し、エルマリークの瞳から涙が零れた。
「その日から、私はいつの日かあの子達を領域の外に出してあげるべきではないかと考えるようになりました。でも、あの子達は出ていかないでしょう。私がいる限り…。」
ゴルドラはそれを聞いて完全に体の力が抜けてしまった。
「自分で言うのもなんですが、父親を失ったあの子達にとって私の存在はかけがえのないものになっているのです。普段は憎まれ口をたたいても、それは時として、執着、偏愛といった形で随所に感じられます。ロアの狂乱ぶりはご覧になったことでしょう。」
勇者は当時のロアの様子を思い出す。あれは父親がいなくなったことから生まれてしまったトラウマによるもの。幼いころに受けた喪失感が、非常事態になってフラッシュバックしてしまうパニック障害だ。
エルマリークはいつか来る自分の死後、シャミルが無事に生きていけるにはどうしたらいいかをずっと考えてきたのだろう。
「私の死後、あの子は発狂…。暴走した力が無関係な者たちを巻き込み、屍の山の上で皮肉にもあの子達が魔女と呼ばれるようになる。そんな悍ましい未来が実現しないように、私の終活はしっかりとしたものでなくてはならないんですよ。」
「終活って…。」
エルマリークから飛び出す前世の用語に勇者は失笑してしまう。自分が死ぬ話をしているのに、冗談交じりで悪戯心を匂わせるのは彼女の素なのだろう。
柔らかな笑みを浮かべながら、エルマリークは続ける。
「あの子達が今必要なものは他者とのつながりなのです。あの子達は生まれたばかりの子供のように、初めて世界と繋がることになる。圧倒的な孤独の中、あの子達には側にいてくれる人が必要なのです。」
エルマリークは静かに頭を下げる。
「どうか、あの子達を預かってはいただけませんでしょうか?森の消失という脅威が目の前に迫っている中、あなたたちが最後のチャンスなのです。」
勇者は迷うことなく、頭を下げた。
「もちろんだ。絶対に俺たちが守って見せる。」
その答えを聞き、エルマリークは微笑んだ。
「ありがとうございます。それを聞いて安心しました。後はしっかりと後始末をするだけです。」
「後始末…それが打って出る理由なのか?」
勇者の言葉にエルマリークは深く頷いた。
「魔女伝説には完全に終止符を打つ必要があります。世間には魔女が本当に存在し、その脅威を確かな人物が排除したという事実が必要なのです。そうしなければ、魔女の存在は永遠に燻り続けるでしょう。」
「シャミルたちに魔女の容疑がかからないようにするために終わらせる…ってことだよな。」
エルマリークは自嘲気味に笑う。
「もともと私の身勝手で引き起こされたことです。私自身で責任を取って終わらせることが筋というものでしょう。」
「それでも、ほかに何か方法が…。」
「ないですよ。それはアレックスさんが一番よく分かっているのではないですか。今のこの状況がどれほど好都合かということが…。」
「好都合なんて!…思ってない。」
声を荒げて反論しようとするものの、何も代案が浮かばない。色々な案が浮かんでは消えを繰り返す。根本的に全てをハッピーにする解決策がないのだ。
俯き、震える勇者の手をエルマリークは両手で包み込んだ。顔をあげた勇者の顔は溢れ出した涙でくしゃくしゃだった。
その顔を見て、エルマリークは優しく微笑む。
「あなたがここに来てくれたことは全て神の思し召しとも思えるのです。あなたがいるからこそ、この計画は完遂できるのですから。」
勇者は思わず顔を伏せた。
まるで母の様な慈愛に満ちたこの人が、どのような考えでこの先の未来を受け入れようとしているのかを知った今、もはや直視することが出来なかった。
「それはどういう意味なのですか?」
ある程度察しのついた勇者に代わり、ゴルドラが疑問符を打つ。
「ゴルドラさんは格下の相手にわざと死ぬことが出来ますか?」
「な、なに?突然何の話だ?」
質問に質問を返され、パニックになるゴルドラを見てエルマリークは悪戯っぽく笑った。
「言葉の通りですよ。ゴルドラさんはレベル30前後の人間相手に殺されることが出来ますか?」
ゴルドラは少し思案した後、おもむろに首を横に振った。
「…基本的には無理だ。ステータスの差は100倍。デフォルトでも私は弱点属性がない上にほとんどが強耐性だ。【自己修復(強)】がパッシブで発動していることを考えると、よほど相性の悪いユニークスキルか、ドラゴン特攻をもった神話級のアイテムがない限りはあり得ない話だ。」
確かに不可能ではない。
事実、ゴルドラはゴッズアイテムである【ドラウプニル】によって不覚を取った事例がある。しかし9割9分このレベル差を埋める方法などはないのだ。
「私も同意見です。レベルがかなり下がっていますが、私もヴァンパイアロードのはしくれ。種族スキルによるパッシブ効果の壁を超えることからして不可能でしょう。」
初めて勇者が彼女のステータスを《超鑑定》見た時に瞬間的に思ったことがある。
(これ、どうやったら倒せるんだ?)
正直、LV38という数字はこの際関係ない。圧倒的な障害はスキルによるものである。
それが《宵闇の加護》だ。
物理と精神、全属性に対して完全耐性という小学生が考えたようなチートスキル。これが種族スキルだというのだからヴァンパイアロードという種族は恐ろしい。
これを低レベルで攻略するには耐性貫通スキルか相手のスキルを無効化するようなユニークスキルが必要になる。
もしくは都合よく何らかの特攻を持ったゴッズアイテムを持っているかだが、どちらも聖騎士団とはいえ、普通の人間には高すぎるハードルなのだ。
極論、ヴァンパイアロードは太陽による破邪の光か、MPの完全枯渇の二択しかない。
もはやレベル差云々ではなく、ダメージを与える手段がない以上、真っ向勝負では詰みの状態になることは目に見えているのである。
「自分で言うのもなんですが、あまりにも理不尽なこの種族間カーストを埋める手段は現状一つしかありません。それは…。」
エルマリークが勇者に向き直った。
当然、何を言わんとしているのかをすでに察知していた勇者は収納からそれを取り出した。
「《エクスカリバー》しかありません。」
◾️
「《エクスカリバー》?それは一体…?」
そこまでの話を聞いて、エリックはゴルドラに疑問を投げかける
「《エクスカリバー》はマスターが持つゴッズアイテムだ。その刀身に刃が生まれた時、あらゆる不可能を可能にする奇跡を起こす…と私は理解している。その力が発動すれば…。」
「ママを殺せるようになるっていうの…?」
嗚咽交じりの震える声で、ロアはゴルドラを睨みつける。その視線を受けて、ゴルドラは静かに頷いた。
ロアは膝を折り、俯いた状況でしばらく動かなかった。その弱弱しい姿に、エリックはどう声をかけていいのかわからなかった。
「ロア…。」
慰めも、励ましも、今ここにはふさわしくない言葉だ。それでも何か声をかけてあげたいとロアの側に寄り添った。
「ふ…ふひ…ふひひひひひひひひ…。」
突如奇妙な笑い声を上げ始めたロアの顔が激しく歪む。その豹変ぶりに、エリックは思わず尻もちをついた。
ロアは生気なくゆらりと立ち上がる。その姿はまるで幽鬼のようだ。そして、大きく息を吸い込むと体を大きく仰け反らせた。
「バッカジャネェノカ!!!」
勢いよく体から吐き出された罵声は領域中に響き渡るかのような声量で、ゴルドラとエリックは思わず体が委縮してしまった。
「ふざけんなふざんけんなふざんけんなふざけんな!!誰が頼んだ?ああ?誰が外に出たいなんて言ったよ?!なんであたしが魔女だ何だと後ろ指刺さるのをびくびくしなきゃならねぇんだ?!知ったことかよ!!そもそも勝手に保護者交代だとかどんな了見だ?ああ?なんで今日あったばっかのやつに保護者面されなきゃなんねぇんだよ!!しかもその自称保護者はママを今まさに殺そうとしているとかアッタマおかしいじゃねぇのか?!クソガクソガクソガクソガクソガクソガクソガ!!!」
噴き荒れる激昂の嵐にゴルドラは身構える。
ロアの姿が知性や美意識を感じさせない醜い獣の姿に変わっていく。《魔力錬成》による肉体の固定化が大きく乱れ、肉体の構成が感情を反映させるかのように変化していた。
発狂の上の暴走…。
エルマリークが危惧していたのはこれかとゴルドラは目を細める。
「ダメか…。エルマリークさん申し訳ございません。私にはあなたの思いを、願いを彼女に伝えることは出来なかったようです。」
翼の生えた黒い獣と化したロアは激しく頭を掻き毟る。もうその目に正気を感じられるものはなかった。
「ソウダ…ソウダ!オマエラガワルインダ!!オマエラガキタカラ…ダカラママガ…。オマエラサエコロセバ…オマエラサエキエレバママハ…!!!」
「戻らないよ。」
怒りに任せてゴルドラに向けて腕を振り下ろそうとしたロアの背中を、エリックはその腕で抱きしめていた。
突然自分の体に回された男の腕に、ロアは反射的に振りほどこうと攻撃する。
しかしながら、何故かその手は止まっていた。
暖かい体温を感じる男の腕は、幼き頃のロアの記憶を呼び起こした。
かつて、優しく頭を撫で、手をつなぎ、時にぶら下がり、小さな体を抱きしめてくれた腕だ。
(殺したい!殺さなくては!!)
そう感情が駆り立てるが、体は一つも言うことを聞いてくれない。
「ハナセ!ハナセヨ!!コロサレテェノカ、クソニンゲン!!」
怒りと殺意は依然薄れないにもかかわらず、なぜかこの男の腕を振りほどけない。殺そうとする意志が行動に繋がらない。
(ナゼ?ドウシテ?)
混乱によって頭が衝動ではなく思考を選ぶようになったことで、オーバーヒートしていた脳が徐々にその温度を下げつつある最中、ロアの頭に先ほどのエリックの言葉が響き始めた。
「モドラナイ…?」
「ああそうだ。戻らない。母親って頑固なんだよ。子供の意見なんてお構いなし。頼んでもないお節介ばっかりだ。うんざりするよな?本当に…。」
エリックの涙がロアの肩を濡らした。その涙は熱く、ロアの黒く淀んだ体を震わせた。
「でもさ…仕方ないじゃないか…愛してるんだから。」
嗚咽交じりのエリックの言葉にロアの体から完全に力抜けていく。
「汲み取ってあげてくれよ。エルマリークさんの最後の願いを…。」
突如、ロアの黒く淀んだ体が白く発光した。ロアのすぐそばでその光を浴びたエリックは思わず一歩退いた。
「真祖は言った。『永遠こそ種の頂点であり、誇りである』と。」
煌めきの最中聞こえた口上は幼い声色であった。光が落ち着きを見せ、エリックとゴルドラの視線の先にはノアの姿があった。
「彼女は真祖が生み出した永遠から抗い、自身の不死性をも脅かすこの地で、有限なる生に身を投じた。」
ノアはエリックでもゴルドラでもない虚空を見つめる。その横顔はあどけなさを感じさせない、神秘性を備えていた。
「この世界に永遠などない。時という魔物に追われながら、数多のものを失い、失い続け、失ったものを糧に我々は立っている。失ったものは決して取り戻せない。取り戻そうとすれば、必ず時という魔物に食いつかれその身を亡ぼす。だが…。」
空気が変わった。その変化は五感の全てをもって感じられるものだった。
そう、領域が崩壊したのだ。
「我々は失うだけの存在ではない。多くのものと出会い、触れ合うことで得ることが出来る存在…。現状の維持、喪失への未練を断ち切ることで、新たな世界を開くことが出来る。大丈夫、私はずっと、誰よりも近く…あなたの側にいるから。」
風が、鳥が、草花が一斉に騒ぎ始める。
藍紫色の空が白みはじめ、彼は誰時を迎えた。
「朝が来る…。」
ノアの口から零れるように告げられたその言葉に呼応するように、森の中の死臭や瘴気は消え失せていった。
◾️ハイレン
「うぉおおおおおおおお!!」
激しい咆哮をあげ、最後の特攻に打って出る。
これで死ぬ。
その覚悟が出来ているのか出来ていないのか、眼前にあるのは強敵の姿でも攻撃でもなく、走馬灯の数々だった。
幼いころから剣の道に憧れ、2歳で本物の剣を振るったとして親からは神童ともてはやされた。
少年時代、【クワドラル=マークの】一員であったフォルケル様に憧れた。
彼が冒険者を辞めた後、聖騎士団長になったということで迷わず自分も聖騎士団に志願した。
寝食を共にし、剣の道を究めようと日夜努力し続けられたのは彼のおかげだろう。明確に師弟という関係ではないが、少なくとも俺は今でも師であると思っている。
悔いはない。国のために…騎士としてその命を燃やし尽くすことが出来たのだから。
ただ一つ心残りがあるとすれば…東の帝国に神の化身と呼ばれた剣神がいるとか。
会ってみたかったな…。
そんなことを考えながらも、体は自然と氷の槍を躱し、鋭刃なる糸も擦り抜けていく。もはや目に頼らなくてもこのレベルのことが出来るというのは正直この戦いでレベルアップしたのだろう。
生きて帰れれば、俺はまだ強く…。
「はぁああああああああ!!!」
弱音にも似たその暗い感情を振り払うように、再び咆哮を上げる。
「俺は騎士だ!敵前逃亡などあってたまるか!!俺の全てを賭けて、貴様を…!!」
剣を握りしめる手に力を込め、残りのMPを全てつぎ込み、《収束》のスキルを発動させた。
…その時!!
「な、なに?!」
強烈な光が視界を奪った。魔女の背後から放たれたかのような光に思わず顔を逸らしそうになる。
だが、これがやつの新たな技でこちらの視界を奪った上での強襲ならばヤバい!
痛みを伴うかのような光に抗いながら、なんとか光の先に視線を向ける。
そこには、光を纏った剣を振りかざし、魔女に対して切りかかる青年の姿があった。
騎士団ではない。それだけは分かる。
援軍?いや、冒険者の助太刀?いや、考えるな!なんにしてもこれが絶好のチャンスであることには変わりないんだ!!
たとえこの闖入者の攻撃の結果がどうあれ、俺は最高の一撃を叩き込むだけだ!
「《跳躍》!!」
魔女の上空に飛翔する。闖入者の攻撃に一拍遅れる形で剣を大きく振り上げた。
「《バースト》!!!」
剣から解き放たれた魔力を攻撃力に変え、強烈なインパクトを魔女の頭部に打ち付けようとする刹那…。
俺は確かに見た。
魔女の黒い外殻にヒビが入ったことを…。
《ホーリーバースト》は外殻のヒビを押し広げて行くように、全身の崩壊を引き起こし、込められた魔力の破壊エネルギーはこれまでの様に外殻で炸裂せずに、内部で激しい爆発を引き起こした。
これまでの三回とはまるで違う圧倒的な手ごたえ。発動後は足腰絶たなくなり、そのまま野垂れ死ぬことを覚悟していたが、あまりに予想外の展開に脳がマヒしているのか、高揚感が勝っているのか…。
ゴクリと喉が鳴る。
手ごたえは確かだが、それだけでアレが倒されたと手放しで喜ぶのは早計だ。
ボスレギオンクラスはしぶとい。まだ余力を残している、再生する、変形するといった展開になってぬか喜びは少なからずしてきた。まだ予断は許さない。
「いや、それよりも彼は…?」
そうだ。俺の攻撃よりワンテンポ先に仕掛けられたあの一撃。今まで通用しなかった《ホーリーバースト》を直撃させられたのは彼の一撃があってこそだ。彼は一体…。
朝日が差し込む。
まるで祝福するかのような陽に晒された魔女は、危惧したような展開になるようなことはなく、巨体が朽ちていくように崩れ、灰になっていく。
その崩れ落ちていく灰の山の中に、人影があった。その姿はあの瞬間にみた青年その人だった。
緑色の髪というだけでも珍しいのに、服装も奇抜だ。見覚えのある顔ではないことは確かだ。
彼は灰の山で何かを摘まみ上げ、それを眼前にして祈りを捧げているように見えた。
いや、もしかして…泣いているのか?
俺は金縛りにあったかのような重い身体を引きずるように、彼の元に駆け寄った。
俺が近づいてくるのに気づいたのか、彼は立ち上がった。
「待て!待ってくれ!せめて礼をさせてくれ!頼む!」
そのまま立ち去ってしまうのではないかと思い、俺は慌てて声をかけた。
「君が誰だかは知らないが、君のおかげで倒せたことは疑いのないことだ。こんな無様な姿で誠に申し訳ないが、心から感謝いたします。」
深々と頭を下げ、最大限の敬意を示した。
「いやいや、俺の攻撃じゃあ倒せなかったし、止めを刺したのはあんたの一撃だ。これは全面的にあんたの戦果だよ。」
軽薄な口調だが、謙虚深く、相手の功を労うことのできる人間性。
正直驚いた。こんな国の有事に関わるような魔物討伐…。参加しただけでも金品をねだってくる展開もあるというのに、それを言うに事欠いて自分の関与などないに等しいといっているのだ。
正直、逆に納得できない。
「いやいや、君の攻撃がアレの外殻にヒビを与えてくれたからこそ私の攻撃が通ったのだ。君の貢献度は私が証明する。私はこれでも騎士団の地位は高いのだ。報奨は期待してもらって構わない。」
「え~と、地位は高いって言ってたけどあんたは?」
言わんとしたことがわかり、慌てて姿勢を正した。激痛があるが意に介している場合ではない。
「申し遅れて申し訳ない。私はルネリオス聖騎士団8代目団長ハイレン=ローデンスだ。」
名乗りを聞いて彼の目が大きく見開いていく。
「聖騎士団長?想像してたよりもずっと若いんだな!」
歴代で最も若くして就任したこともあり、よく言われることだ。そんなこともあり、この国では俺の顔は売れており、知らない人はあまりいない。
つまり、この発言は彼が冒険者であることを明白にしている。
「そこでだ、君の活躍に報いたいと考えている。是非一緒にルネリオスに…。」
「ああ…そういうことなら辞退させてもらいたい。」
「は?」
功績を主張しないばかりか辞退?あまりにも釈然としない。納得できる理由があるとすれば、ルネリオスに行くこと自体を避ける境遇にあるのか?
さすがにそれを直接言うのは憚られる。しかし、彼が今回の件での陰の功労者であることは確実だ。それに対して何も報いることが出来ないのはあまりにも…。
角の立たない言葉選びをしている最中、彼は不敵に微笑んだ。
「俺は冒険者だ。正式な依頼もないのに聖騎士団の戦いに横やりを入れた無粋者とは思われたくないんだよ。」
「それは…!」
もしかしたら彼はルネリオスから不当な扱いを受けることを恐れているのかもしれない。
彼に対する称賛をルネリオスの高官全てがするかと改めて考えてみれば、そうとは限らない。
ルネリオスの神官省に暗い噂があるのはよく知っているし、彼らからすれば身内外から功労者が出ることで自身の地位が脅かされると考える者がいてもおかしくはない。
そう考えるものからすれば、今回の件はルネリオスの枢機卿から下された勅命であり、それに横やりを入れたという事実は、彼の功労を挫く格好の的になる可能性がある。
正直、議会となれば騎士団省の発言力は弱い。いくら俺が彼の功績を擁護したとしても、神官省が難癖をつけてくる構図がありありと浮かんでくる。
そこまで考慮すれば、彼にとって聖騎士団団長という肩書は、下手をすると身の安全すらも保障できない存在と思われているかもしれない。
そう思うと、一抹の遣る瀬無さが残るというものだ。
言葉に困った私の肩を彼は軽く叩いた。
「今回の件で聖騎士団は本当に素晴らしい部隊で、それを指揮する団長の強さと人間性は疑いのないものだった。俺はこれをあちこちでこのことを話して回るつもりだ。ハイレン団長は胸を張って凱旋してください。権威と民意の両方を携えて、これからも一層励んでいただく、ていうのが報酬ってことでどうだ?」
胸が熱くなった。騎士団に入り、騎士団長となってこれほどまでに歓喜に包まれることはなかった。尽くしてきた国にも民にも、ここまでのことを言われたことはなかった。
「どうやら、これ以上食い下がるのは君の…いや貴公の品格を貶めるだけのようだ。貴公は自身が褒美を得るよりも、私の大きな手柄とすることによって、より大きな貢献を期待してくれているということなのだろう。それを拒否する言葉など待ち合わせていない。」
俺は右手のガントレットを外し、彼の前に手を差し出した。それを見て、彼も右手の革のグローブを外してから握手に応じてくれた。
「せめて名前を聞かせてもらえるか?」
「アレクシー=オズワルドだ。アレックスでいい。」
「アレックス殿…。私のことはハイレンと呼び捨てにしてもらって構わない。もし非番の際に会うことが出来たなら、その時は是非とも一杯奢らせてくれ。」
「それならば喜んで。」
固い握手を解き、彼は頬を綻ばせた。
「また会おう。【勇者 アレクシー=オズワルド】!」
アレックスは驚いた表情をするとバツが悪そうに手を振ると、朝日に向かって姿を消していった。
彼の向かった先を茫然と見送っていると、背後から馬の蹄の音が聞こえてきた。
振り返ると、五機の騎馬隊がこちらに向かってきていた。
「ハイレン団長―――――!!!」
部下たちはそれぞれたちまちに下馬し、ハイレンの前で膝を折り、最大限の敬服の意を示した。
「よくぞ…!よくぞ御無事で!!」
「大変お見事でございました!!」
「団長が決死の覚悟だったと衛生兵に聞いた時は胸が引き裂かれる思いでした!」
「オルフェリアの女神よ!よくぞ団長をお守りしてくださいました」
「ハイレン=ローデンス騎士団長万歳!!!」
いい年の男たちが涙で顔をクシャクシャにしながら賛辞を贈ってくれた。
彼の存在について語りたい気持ちはあったが、それは彼の気持ちを踏み躙るのも同然だ。彼の心意気に、友情に報いるために、俺は剣を高らかに振り上げた。
「魔性の森の魔女…このハイレン=ローデンスが打ち取ったぞ!!!」
勝鬨に、部下たちが歓声を上げる。
騎士としての誉れ、矜持を胸に、聖騎士団は凱旋の途についたのだった




