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〜オルフェリア名の元に〜


◾️

 勇者たちが領域内に姿を消してまもなく、魔性の森には角笛や太鼓の音が響いていた。


 これはこれから焼き討ちの準備を開始するという合図そのものであり、もし森の中に人がいるようであれば退散するようにとの意図で演奏されている。

 もちろん、夜分での決行は森の中に取り残される人間がいないようにするための配慮だ。


 ロネリーの町には再三この避難合図については伝達してきてはいるが、旅人が森に入っている可能性もあるため、聖騎士団長ハイレン=ローデンスは念入りに合図を送り続ける。


 小一時間後、ハイレンは森の中に動きなしとみると、焼き討ち手順を開始する。

 大甕の中の臭水をしっかり染み込ませたロープを森の中に張り巡らせていき、着火の段取りになったのはすっかり夜も深まっていた。


 そして、その時は訪れた。ハイレンはロープに火をつけた途端、火走りが森中に駆け巡り、漆黒の夜を紅く染め上げた。


 燃え上がる巨大な炎を前にして、聖騎士たちの中から嘆息の声が上がる。


 火は神聖なものとして祭りなどにも使用され、大火であるほど信仰心は強く煽られるものである。中には踊りださんばかりの者もいたが、ハイレンはそんな余裕を与えなかった。


「全軍隊列を維持し、前方の動きに十分に注意せよ!『月夜に釜を抜かれる』ともいう。森が消滅するまで陣の形成と構えを解くことを禁ず!いいか!?」


 『はっ!』という200人の敬礼が響き、ハイレンは燃え上がる森、降り注ぐ灰の雨の中、出陣前にフォルケルにかけられた言葉を思い出す。


『あそこに住まうのは魔女ではない!あれは…!』


 その続きはボルフの登場で聞けず仕舞いだったが、何となく察しが付く。おそらくは…。


「化け物。」


 簡単な誇張表現ではあるが、人の手に余る存在がいるということであることは疑いようはないだろう。その評価基準がフォルケルの強さとするならば一介の人間ではまさしく手も足も出ないレベルの…。


 それはボスレギオンクラス以上の存在であることと同義語である。

 しかしながら、ハイレンはかつて40レベルのボスレギオンを討伐した経歴を持っていた。

 単身ではないにしてもこの実績は大きく、ハイレンをボスレギオンクラスのレベルに押し上げた要因でもある。


 それを考えれば、フォルケルが倒せないと判断した魔物を200名の聖騎士を伴ったハイレンが倒せない通りはないということになるのだが、ここで懸念すべきことがある。


 それは、フォルケルの評価が自分基準でなく、ハイレンを基準にしての忠告であった場合だ。


 ハイレンは心の内で常にその疑念に心を焼かれていた。ハイレンが倒したボスレギオンの存在を推し量っても届かない強さの魔物がいるのではないか…。


 だが、すでに矢は放たれた。


 ここまで入念な準備がなされ、今日を迎えている。

 成功すれば聖騎士団の株は大きく上がり、魔女伝説に終止符を打ち、領地は拡大し、隣国に対しても軍事力の大きなアピールになるのだ。


 今一度腹を決め直し、ハイレンが燃え盛る森の中に視線を移した時、何かの異変を感じた。


 それは前線を張る聖騎士達にも気づいたものがいるようで一人が武器を構えたことでそれが自然と周囲に伝播していく。


 そして、極限の緊張感の中、一人の兵士の眼がその正体を捕えた。

 次の瞬間、その兵士は悲鳴にも似た声をあげた。


「アンデット!アンデットの大群です!!」


 その報告は瞬く間に聖騎士団中に伝播し、ハイレンの耳にも数秒の差で届くことになった。


 揺らめく炎の中、骨の音と鎧の音を激しく鳴らしながら行進してくる【スケルトンナイト】の群れ。

 燃え盛る木々をなぎ倒しながら道を切り開く【ジャイアントゾンビ】。

 後方には黒いローブにを身に纏った死霊、【エルダーリッチ】など、下位から中位ぐらいまでのアンデットの大群が現れたのである。

 大群と呼ぶのは後列の様子がまだ伺い知れず、全容が把握できないためだ。


「【魔槍】構え!!」


 ハイレンの声に、茫然と敵を眺めていた聖騎士達は我に返り、魔槍部隊が包みを取り払って最前線のファランクス隊の後方に隊列を変え、兵と兵の間を埋めるかのように魔槍を構える。


 【魔槍】とはルーンによって魔法を封じ込めた魔弾を発射する魔道具であり、誰でも組み込まれた魔法を発動出来るものである。銃という言葉がないこの世界では筒状に長いその形状から槍と呼ばれている。


 当然、弾は有限ではあるものの、使用者に何のペナルティも与えないというメリットは非常に大きく、戦で使わない軍などいないほどポピュラーなものだ。—当然かなり高価であるため、国家レベルの資金力がなければならないが—


 唯一の弱点は射程がそこまで長くないことである。また、通常の魔法と違って対象指定や範囲指定が出来るわけはなく、完全に無差別になるため、乱戦時はフレンドリーファイアを引き起こすため、こうして開戦の初手で使うことがセオリーとなる。


 相手が人間であれば、当然向こうも対策を講じてくるのだが、相手は知恵無きアンデットの有象無象の行進。完璧な射程で一掃撃破を狙い、敵を可能な限り引き付ける。

 有効射程は50mが限度。となれば、敵の最前列を20m程度まで引き付ける必要がある。殺意と狂気に満ちたアンデットの進軍を間近まで迫らせることは聖騎士といえど胆力がいることだ。恐怖を乗り越えるため、兵たちはオルフェリアへの祈りを口々に綴っていく。


『我が母なる大地の女神オルフェリアよ。我らは母の愛を知り、愛をもって築きし民とともに…。』


 無心になろうとする前線と打って変わり、ハイレンは簡素に作られた物見櫓に登り、全体の位置関係と距離を計算し、有効射程距離を見誤らないように細心を尽くす。


 そして、その時はきた。


「てぇー――――――――!!!」


 ハイレンの声が引き金となって魔槍は一斉に火を噴き、中級魔法火炎弾ファイアーボールが前線を焦土と変えた。

 ただの炎ではなく、爆裂を伴うその破壊力はスケルトンナイトはもちろんのこと、ジャイアントゾンビすらも跡形も残らず消し飛ばした。


 戦果は上々。魔槍は一度放つと銃身に赤熱が発生するため連射は出来ない。その時間の間、噴き上げた粉塵と黒煙が晴れるのを今か今かと待っていた前線を予想外のものが襲った。


 氷塊である。


 まだ収まらぬ噴煙の先から無数の氷塊が矢の如く放たれたのだ。その一つ一つが人間一人分ほどのサイズであり、まるでバリスタのようでもあった。


 氷塊は広範囲に無数に放たれ、これには重装歩兵であるファランクスも直撃を受けるとそのまま圧死。最悪後方に控えていた魔槍部隊まで巻き添えとなった。


 前線の被害は大きく、混乱を鎮めるために部隊長たちの怒号が響き渡る。

 そんな中、ハイレンは粉塵が晴れた先に現れたそれに身震いした。


「なんだ?…あれは?」


 ハイレンのいる物見櫓が3mほどの高さ。そんなハイレンと同じ高さ以上を誇る巨大な化け物がそこにはいた。


 一言でいえば修道女が巨大な蜘蛛に変貌したとでもいえばよいのだろうか?

 漆黒のフードとローブで包まれた巨躯に無数の腕がついており、それは果たして手か足か?地面を這うように近づいている。

 そして、その悍ましい姿とは対極に顔は美麗な女性のものではあるが、縦長の赤い瞳孔は見るものを恐怖に変えた。

 さらに胸元では一対の腕が何の冗談か、祈りを捧げているかのように固く握りしめられている姿がその全貌である。


 化け物…そう綴ることは簡単ではあるものの、ハイレンは冷静に状況を確認する。


 前線に被害は出ているものの、敵の前線も崩壊しており、取り巻きは範囲外にいたエルダーリッチのみ。—当然無限に生成される可能性はあるが―

 あの巨体ならば馬の力を使えば氷塊を掻い潜り、懐に入ることは十分に可能。何よりも、奴には《鑑定》スキルが使えた。

 そこで発覚した奴のレベルは38レベル。以前戦った【グランドワーム】の方がレベルは上だ。


 レベルが自分より上である以上、スキルなどは確認できないが、士気を上げる口実になるのは必至。

 ハイレンは高々と聖騎士団の旗を掲げ、声を張り上げる。


「誉れ高きオルフェリアの騎士たちよ!敵は強大だが恐れることはない!この軍の中にも同行したものはいるはずだ!あの砂漠地帯で巨大ワームとの激闘を!!」


 ハイレンの声は隊を自然と静聴させ、注目を一矢に集めた。


「あの戦いは壮絶なものだったが、それでも我らは勝利を収めた!熱さ、飢えと渇きに苦しめられたあの地獄の中でだ!今眼前の敵は確かに強い。だが、あの時ほどの脅威も絶望もないことを、聖騎士団団長ハイレン=ローデンスが宣言する!!」


 その言葉に、聖騎士達の目に輝きが戻り、誰からともなく歓声が上がる。


 その声が絶頂になった瞬間を見計らい、ハイレンは物見櫓から飛び降りた。

 そこへハイレンの愛馬【センチネル】が主人の体を受け止め、そのまま敵目がけて突撃する。


「各部隊は取り巻きのアンデットを掃討!ファランクスは広く陣を敷き、一匹たりとも前線を抜けさせるな!抜ければロネリーの町が死人の町になると知れ!」


「はっ!!」


 ハイレンの駛走を妨げないように兵が道を開けると同時に、ハイレンは馬上で聖騎士団の旗を振る。


「騎馬隊は我に続け!懐に入り込み、一気にケリをつけるぞ!!」


 鬨の声とともにハイレンの後ろには勇猛果敢な武に覚えのある聖騎士が我先にと続く。

 ハイレンは旗を歩兵に投げ渡し、代わりに弓を受け取ると馬上から巨大な魔物目がけて弓を絞る。


 そして、激しい咆哮を上げながら矢を放ったのだった。


◾️

 領域の中での火災を確認したロアはエリックを残して領域の外への出口に向かっていた。


 この領域は入る時はどこでも入れるが、出る場所はたった一か所である。その他の方法となれば領域を壊すしかなくなるため、ロアもその場所に来るしかなかった。


 ロアの内心は大きく揺れていた。


 いくら呼び掛けてもエルマリークからの応答がないのである。これはどういうことなのか…。


 可能性は三つしかない。


 一つは誰かが《魔力通話》を妨害している。二つ目は自身の意志で受信を拒絶している。三つ目は領域内にいないというものである。


 どれも緊急事態であることは違いなく、ロアの精神状態は極限にまで達していた。


 過去、似たような経験があった。

 それは、父である先代勇者が消えた時のことである。


 ロアは嘆きながら何度も父に《魔力通話》で呼びかけるが一向に繋がらない。その時、ロアは父が自分たちを捨てて逃げたと思い込んだ。ロアは父に憎しみを向けることで喪失から逃げてきたのだ。


 だが、ふと思うことがあるのだ。四つ目の可能性があるということに…。


 それは、この世にはいないということだ。

 つまり、死んだのだと。


 父の件でもそう考えないように努めてきたロアは、結局父は生きていて、再会したらボコボコにして恨み言を散々言ってやろうと心に決めていた。ある意味達観しているのである。


 だが先刻の発狂にも似た慟哭はまさに四つ目に直結する最悪のシナリオを思い描いたからに違いなかった。それは、日々弱っていき、老いていく母から感じた死の恐怖からだった。


 ロアは当然真っ先に家に向かったが、エルマリークは勿論のこと、勇者とゴルドラの姿もなかった。


「まさか、あいつらママを…。」


 ロアは慌てて頭を振る。嫌なことばかり想像が膨らんでいき、最悪なシナリオばかり頭をよぎる。

 普通に考えれば分かることなのだ。部屋には護衛として【シャドービースト】が六体潜んでおり、敵の害意に反応して対象を襲うことになっている。その六体に交戦跡が見られないことからも、争いが起こったわけではないことを証明していた。


 だが、それは何一つとしてロアを安心させてくれる材料にはなりえなかった。ロアはアンデット達に指令を送ろうとするが、領域内のアンデットが軒並みいなくなっている。


 アンデット達に指令を出せるのはロアを除けばただ一人しかない。


 エルマリークだけである。


 エルマリークはいつの間にか領域内のアンデットの支配権を奪い、交信が途絶えているということになる。


「ママ…一体何をしてるの?何をしようとしてんよ!」


 領域の出口がもう目前と迫る中、ロアはその出口を塞ぐように佇む人影と対峙することとなった。


「何?そんなとこで突っ立ってたら邪魔なんだけど?」


 ロアの威嚇に対して、金色の竜人は視線を落としたままだ。


「…正直本意ではない。」


「はあ?」


 こめかみに青筋を立てるロアをよそに、ゴルドラは浮かない顔をしたまま、《バトルオーラ》で分厚いマチェットを二本具現化した。

 それを見て、ロアもすぐさま戦闘体制へと移行した。だが、その際もゴルドラはロアと視線を合わせようとしない。


「…だが、それが願いとあればこのゴルドラ、不承不承ながらも従わざるを得まい。」


 竜騎装甲ドラグーンを纏い、ゴルドラは戦闘態勢に入った。


「シャミル=ロア、貴様を領域の外に出すわけにはいかない。この私が全力で阻止させてもらう。」


 その言葉で感情の沸点が振り切れたロアは、さらなる変化を見せた。禍々しかった黒いオーラが赤味を帯び始め、それとともに白銀の髪も赤く染めあがった。

 正に『怒髪冠を衝く』の言葉通り、怒りに燃える彼女の髪は逆立ち、顔中に広がる血管はまるで隈取の様な化粧を施した。


「こっちは急いでんだ。さっきみたいに遊んでやらねぇ…。」


 刹那、両手の化爪を構えたロアが真紅の閃光となり、無数に駆け巡った。


 誰の目にもただ光がちらついたかのようにしか見えない瞬きほどの瞬間、1万発は優に超えるロアの連撃が放たれた。


 《ブラッディータイガークロー》


 ロアが悠然と偉人ロールをしていれば、技名を意気揚々と尊大に口にしたところだが、今のロアにそんな余裕はなかった。


 木々や大地を吹き飛ばした赤い光の嵐が過ぎ去った後には、金色の竜騎士とオーラの障壁に守られた外への出口だけが残された。


 それを見て、ロアは小さく舌打ちをすると、化爪を振りかぶりながらゴルドラの懐に飛び込んだ。


 両者の獣のような咆哮が同時に上がり、激しい剣戟の乱舞とともに発生する耳を劈く様な轟音と空気が爆ぜるような衝撃はその一帯をみるみるうちに砂塵へと変えていく。


 一方的に攻め立てるロア、防戦一方のゴルドラの構図は変わらずだが、短期決戦を狙ったロアに疲労の汗が滲み始めた。

 血界を省略して《血の暴走》を発動させることは正規手順を踏むよりもよっぽどMPの消費を加速させる。血界を張れば《魔力錬成》に使われる魔素は血界から補充されるが、それがない以上、行動のすべてにおいてロアのMPが失われていくことになる。


 今のロアは先刻の戦いとは違って追い詰められていた。それは勝負を急いたために負った代償も大きいが、何よりも前回と違ったのはゴルドラの戦い方である。それはロアに焦燥感と判断力の低下をもたらした。


 それが遠からず魔素欠乏症を引き起こすことになることは誰の目からも明らかだった。

 攻撃の手が止まり、息を切らして膝をつくロアが奥歯をギリギリと鳴らし、ゴルドラを睨みつけた。


「てめぇ…なんで攻撃しねぇんだよ!!防御にばっか徹しやがって…。何のつもりだ?時間稼ぎのつもりかよ!」


「その通りだ。」


 疲労を隠せず、肩で息をしていたゴルドラは怒りに燃えるロアの瞳を見ながら答えた。


「時間稼ぎだ。私はただそれだけに徹し、自身のMPの節約に専念している。」


 急速なMPの自動回復により、なんとか魔素欠乏症から回復したロアは立ち上がると苦々しくゴルドラを睨みつけた。

 だが、未だ残る極度の疲労感がロアの頭を冷やし、その瞳に宿すものが怒りから疑念に変わった。


「なんでだよ…。なんであたしの邪魔をするんだ?時間稼ぎって…いつまでだ?」


 ロアの問いに、一拍の間を置いた後、ゴルドラは俯き加減で答える。


「この領域が消滅するまでの時間だ。」


 ロアはその答えに頭が真っ白になった。


「…はあ?何言って…そんなことしたらママは…。」


「それが彼女の望んだことだ。」


 支えを失ったように、ロアの体はフラフラと後退る。

 頭を埋め尽くす「なぜ?」の言葉に、感情が激しく起伏し、うねりを上げる。


 困惑、怒り、嘆き、疑念、恋慕、絶望…。


 頭を抱えて塞ぎ込んだロアは、暴走するように脈打つ鼓動によって正常な思考回路が焼き付き始めた。


 まだ彼女に外部からの声が届く今際の刹那、それは確かに届いた。


「全ては、お前を自由にするためだ。」


ゴルドラの口から放たれた一言にロアはゆっくりと顔をあげた。

 その目に映ったのは、兜を脱いだゴルドラの目から流れる涙だった 



◾️

 巨大な女蜘蛛の魔物と聖騎士団との戦いは熾烈を極めていた。

 アンデット達を何とか地に伏した聖騎士団はさすがというべきだが、その先の決定打を完全に失っていた。


 ハイレンは奥歯をギリギリと鳴らしながら、魔物を見上げる。

 レベルだけで判断すれば勝てない相手ではない。

 そう言い切ったものの、実際はかつて戦ったグランドワームよりも絶望的な印象を受けざるを得なかった。


 なぜなら、ダメージが通らないのだ。


 《物理、各種属性に対する完全耐性》がハイレン率いる聖騎士団の大きな壁となって聳え立っていた。


 必死の猛攻も傷一つ与えられず、微動だにもしないその巨大な悪魔に対して、次第に戦意が低下していくのは必然でしかなかった。


 そして、絶え間なく降り注ぐ氷の槍は兵たちの命を確実に奪っていった。魔槍もとっくに弾を失い、戦える兵は50も満たない。


 敗北が目の前にちらつき、撤退の二文字がハイレンの頭を掠めるが、慌てて振り払う。

 聖騎士団がここで退けばその威厳や権威は地に落ち、魔女伝説を悪戯に刺激して、ただただ混乱を引き起こしたと歴史に汚名を残すだろう。

 当然だが、奴がそのまま南下すればロネリーの町がただで済まない。さらに南下が進めばルネリオスまでもがこの化け物に蹂躙されることになる。


 ハイレンはボロボロの体を奮い立たせ、今一度闘志を呼び起こした。絶対に、この化け物をこのまま野放しにすることは出来ないと。


「うぉおおおおおおおおお!!!」


 ハイレンの咆哮がコダマする。

 無数の氷塊を掻い潜り、懐に潜り込もうと疾走する。敵まで10mほどまで近づけたところで、第二の関門が立ち塞がる。

 それは、夜露によって辛うじて視認できるレベルの氷の糸だった。この糸がまるで刃の如き切れ味であり、氷塊を抜けきった部下の一人がそれに気づかずに突撃してバラバラに切り刻まれたのだ。

 この氷の網を抜けられるものはハイレンしかおらず、ハイレンだけがなんとか白兵戦を挑むことが出来たのである。


「《跳躍》!」


 振り下ろされた巨大な腕を躱し、ハイレンは高く跳躍して上部を取る。


「《収束》…。」


 光がハイレンの剣に集まり、エネルギーが凝縮されていく。そして剣を振り下ろす勢いのままそれを解き放った。


「《バースト》!!」


 解き放たれた破壊のエネルギーが蜘蛛の化け物の脳天を直撃する。

 《ホーリーバースト》と呼んでいるハイレンの必殺の奥義である。必殺というだけあって、今までこれを使って倒せなかった敵はいなかった。あのグランドワームでさえ一撃だったのだ。—地中に潜られたりと直撃させられるチャンスに難儀した―


 しかしながら、その必殺の奥義をもうこれで三回繰り返している。


 ハイレンは直撃させると一目散に救護隊のいる場所まで離脱した。それは此度の攻撃でも完全な手ごたえを得ることが出来なかったことを暗に知らせることとなる。


 ハイレンは倒れこみ、激しく肩で息をし、技の反動で感覚がなくなっていく両手に視線を落とした。救護班は慌てて回復に取り掛かる。こうした一撃離脱戦法が今聖騎士団に残された戦いだった。


 ハイレンの回復が済むまで、兵たちは弓でなんとか魔法の射程外から攻撃するが、ダメージは全くなく、時間稼ぎになっているのかさえも疑問だ。ただ、事実として敵の侵攻を食い止めている形にはなっている。

 これに対しては、敵は敢えて動かずにこちらを嘲笑っているのではないか、という憶測がまことしやかに広がりを見せ、ハイレン自身もそう感じていた。


 ハイレンはなんとか呼吸が整うレベルにまで回復すると、剣を支えに立ち上がった。


「命令だ。次の攻撃開始とともに救護班は解体。ロネリーに緊急避難指示と、ルネリオスへの敗戦報告と軍の再編依頼へと走れ。」


 ハイレンのその指示に救護班は誰も反対しない。険しい顔で唇をかみ、了解しましたと答えた。


 誰もがわかったのだ。ハイレンが次の一撃を見舞った後、離脱する余力などないことに。


 つまり、正真正銘最後の一撃になることを…。


 そして、それをもってしても敵を倒すに至らないことも…。


「軍の総司令はフォルケル近衛騎士隊長が務めてくれるだろう。あの人ならば、もしかしたらこの状況を打開する何かを知っているかもしれない。」


 フォルケルは魔女の力について知っていた。それはこの脅威を目の当たりにしてなお生存出来た経験がある。なにかしらの弱点や対策を持っているのではないかというハイレンの読みはか細い理論に裏打ちされたものだったが、誰もそれに異を唱えることなく頷いた。


 ハイレンは再び剣を構え、大きく深呼吸する。《加速》や《剛力》などの能力向上系のスキルを自身に付与するためだ。

 敵が氷魔法を主体にすることや、黒い外見から火や光の付与エンチャントも行ってきたが、効力が感じられないため今回は省いた。

 もはや使えるスキルにも限界を感じていたからだ。


 ハイレンは眼前の怪物に背を向け、聖騎士団の皆に向き直る。闇夜の中でも、森が焼ける炎が大きいためか、辺りは昼の様に明るい。そのため、全員の顔を一瞥できた。

 涙でくしゃくしゃな部下たちの顔を見てハイレンはふっと笑った。


「オルフェリアの大地に女神の祝福を!!」


 その言葉に、聖騎士団から嗚咽とも慟哭とも呼べる鬨の声が上がる。ハイレンはその声に背を押されるように再び巨大な化け物に向けて疾走を開始した


 

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