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〜人たらし勇者 異世界でもリア充 謳歌します。〜


◾️

「え?それってもしかして…。」


 ここまでの話を聞いて、勇者は戦慄きながらエルマリークの顔を見る。

 心なしかエルマリークは頬を染めながら俯き加減に応えた。


「はい。私たちは夫婦となりました。」


(ま、マジかよ…。『人たらし勇者 異世界でもリア充 謳歌します。』なんてタイトルでラノベ作れそうだ。)


 そのタイトルではおそらく売れないだろうと脳内で一蹴するものの、勇者は乾いた笑いを止められない。


(いや、まあ俺みたいな彼女なし童貞族にはただのやっかみでしかないかもしれないが、いや、でもなんだ…すごいな…うん。)


 よく見るとエルマリークの左手の薬指には指輪が嵌められている。

 銀?いや、プラチナだろうか。その輝きは雪のように白い彼女の指の中でも存在感を放っていた。


 先代の勇者のプレイボーイぶりにささやかな尊敬を抱きながら、ふとシャミルのことを思い出した。


 シャミル…いやロアは吸血鬼であり、エルマリークとは加齢による見目の差はあれど、まあ似ている。

 だが、話によると昼間は人間ということだ。これはつまり、真祖が作り出したクローンとは違う方法が取られていることに他ならない。


 不躾ながら、その疑問が勇者を支配した。


「ってことは、シャミルは先代の勇者とエルマリークさんとの間に出来た子供ってことになるんですよね?それってどうやるんです?二人の魔力とか融合して形成していくんですか?」


「え?あ、それは…その…。」


 何気なくしてしまった勇者の質問に、エルマリークはどう答えていいかわからず視線が泳ぐ。


 そして、顔を真っ赤にして顔を伏せてしまった。


 このリアクションに、勇者は完全にやらかしたことを理解した。


「すいませんでした!!完全にハラスメントに抵触する発言でした!!」


 勇者はものすごいスピードでテーブルから離れ、土下座をする。

 そのあまりの勢いにゴルドラはおろおろとするばかりだ。


「マスター!確かに番のことに興味本位で口を挟むのはどうかと思いますが、メスの卵にオスが自身の魔力を注ぎ込む行為なのでそこまで大したことではないかと…。」


(竜種みたいに産卵する生き物には卑猥にならなくても、俺ら恒温動物にはゴルドラが言った言葉そのものが生々しくてコンプライアンス的にアウトなんだよ!)


 勇者が心の中でゴルドラを毒づいていると、エルマリークは小さく咳ばらいをして空気間の緩和をしてくれた。


「私の出自や種族による体の構成が違うということを前提に考えれば、勇者様が誤解されたことは当然のこと。席にお戻りください。」


 勇者は気まずさを拭いきれないまま席に戻る。

 勇者は自身から話を切りだすことを躊躇しており、それを埋めるようにエルマリーク話を続けた。


「当時私は何の知識もなく、あの子をこの身に宿した際も、魔族としてあり得ない状況であるということも知りえませんでした。そして、初めてあの子と対面した時には周章狼狽を禁じ得ませんでした。成体として生まれてくるのが当然の私たちから、小さくか弱い、泣き叫ぶ生物が生まれたのです。」


 彼女は目を細め、当時のことに思いを馳せた


「しかし彼は、涙を流しながら「かわいいね」と言いました。赤ん坊という過程を人間は辿るということを初めて知りました。人間とは素晴らしいですね。我が子の成長を時間とともに実感することが出来る。成体のままこの世に生を受け、何百年も何千年も姿が全く変わらない私たちと比べ、一日一日の重みの違いを感じた生活でした。」


 勇者はそこまでの話を聞いて、現状を整理する。

 なぜ彼女が人間と同じ繁殖能力を持っていたのかはこの際どうでもいい。


 問題は生まれた子供、シャミルが人間と魔族、勇者と吸血鬼の混血児であるということだ。


 これがそのまま彼女の昼夜種族転換という現象に繋がっているのかは不明だが、相当に特殊な存在であることが伺える。

 果たして混血であることが種としての進化なのか劣化なのかは分からないが、真祖のクローンという存在ではない以上、圧倒的な特異点といえるだろう。


 勇者はロアとの戦いを思い出して戦慄すると同時に、一つ腑に落ちたことがあった。


「もしかして、先代の勇者って娘さんに色々と異世界の知識を話してましたか?」


 エルマリークは小首を傾げながらも小さく頷いた。


「ええ、そうですね。ノアは異世界の動植物や自然現象、経済や法律についてよく話しており、ロアは異世界での戦いや武器についてよく話していたと思います。私はよくわからないのですが、チェーンソーだのガトリング砲だのヤマトだのと話して盛り上がっていましたね。」


(やっぱり先代の入れ知恵かい!実物作れちゃう子供に物騒なもの教え込むな!)


 勇者は先代に対して心中で毒づく。実際に文句の一つも言いたいところだが、彼女の憂いを帯びた表情にその思いは沈静化されていく。


「不躾ついでで申し訳ありませんが、その、旦那さんは今どちらに?」


 半ば答え合わせのつもりで勇者はその言葉を口にした。エルマリークは目を細め、笑みをなくした。

 

 そして、一つ一つ、ぽつりぽつりと言の葉を綴っていく


「五年ほど前でしょうか。シャミルが八歳になるころ、私は力の衰えを感じるようになり、床に伏せることが多くなりました。そんな私を彼は付きっきりで看病してくれました。彼は私が退屈しないようにたくさんのお話をしてくれました。十年近く一緒にいても、彼の話は私を飽きさせることがなかったのです。しかし……。」


 エルマリークは鏡に視線を向ける。


「初めて体験する老いというのは恐怖でした。自分が自分でなくなっていく、自分の体を蝕んでいく死の恐怖に怯える私に、彼は笑みを浮かべて励ましてくれました。老いは生きている証、人間たちにとっては当たり前だと。だけど私は今の幸せな時間が永遠に欲しかった。まるで反比例となった幸福と時間の関係性に私は自嘲するしかなかった。そんな思いを吐露する中、彼の表情は少しずつ曇っていった。」


 長い沈黙が生まれるが、勇者は焦らせることはせずにエルマリークの次の言葉を待った。


「彼は思い詰めたように顔を強張らせた後、いつものように笑顔を浮かべ、私にこう言いました。」


 エルマ…愛している。ずっとずっと…これからも…ずっと…


 エルマリークは壁に掛けてあったアーティファクトを魔法で引き寄せ、彼女の手の中に収めた。それを見つめる瞳は往時を偲ぶというよりも愁いを帯びていた。


「彼は、その言葉を最後に、忽然と姿を消したのです。」


 その言葉に勇者は絶句した。


「目の前から彼が消え、茫然とした私は床に落ちたこのアーティファクトの音で我に返りました。遠隔での強制転移などの魔法的な干渉を受けたのかと思いましたが、ここは固有の《領域結界》。結界の外からの魔法などありえないし、出来たとしても魔法の発現後に生まれる残滓すらも残されないということはよりありえないことでした。」


 エルマリークは肩を震わせ始める。


「喪失感は瞬く間に私を襲い、慟哭をあげ半狂乱のまま泣き叫びました。外で遊んでいたロアは慌てて私に駆け寄り、何が起こったのかわからないまま彼を呼ぶのです。」


「パパ!ママが泣いてるの!どこにいるの?!パパ!!」


 突如幸せな家族に降りかかった悲劇、勇者は茫然とした。


強制終了シャットダウンだ。」


 無意識に、その言葉が勇者の口から零れた。その言葉を聞いてエルマリークは勇者と視線を合わせた。


「あなたも勇者…彼の身に何があったのか、おそらく答えが出ているのでしょう。教えて頂けますか?あの日、彼に何が起こったのか。」


 勇者は震える声で話し始めた。


 チュートリアルでナビは言っていた。十年単位でゲームに進行がない、ゲーム進行から逸脱した行為は客観的に詰みと判断されると。その条件で考えれば先代勇者の行動はほぼ確実にこのルールに抵触しているのだ。


 そのことを伝えると、勇者は奥歯をギリギリと噛みしめる。


「だけど、そんな、突然…。」


(突然だったのだろうか?先ほどの話の流れから想像するに、先代は自分が消去デリートされることが分かっていたのではないか?)


 勇者は頭の中に響いた無機質なシステムボイスを思い出す。もしかしたら、彼にしか聞こえなかったカウントダウンがあったのかもしれない。


 どちらにせよ、先代勇者は【ゲームマスター】によって消去デリートされた。同じ時間軸に勇者と魔王が2人ずつ存在するわけがないことを考えれば、先代勇者がこの世界にいないことなど初めから分かり切ったことだったが、あまりにも強い強制力と容赦の無さに勇者は身を震わせざるを得ない。


 勇者は改めてテーブルの上の壊れたペンダントを見る。

 これをシェリアラが持っていたということは、彼女と先代勇者は同じパーティーのメンバーだったってことだ。


(15年ほど前、彼女らは自分たちの身代わりとしてこの森に残った先代勇者の身を案じ、無事を確認するためにこの依頼をした。今もまだ、無事を願っていることをこのペンダントに託して伝えるために…。)


「ちくしょう…あんまりじゃねぇか…。消すことねぇだろ…勇者を辞めさせるだけで十分なはずだ。なのに…。」


 勇者の目から大粒の涙が流れる。それを見て、エルマリークも涙を溜めた瞼で勇者に微笑みかけた。


「あなたは、彼を思って…私たちを思って涙を流してくれた。それだけで救われる思いです。ありがとう。」


 エルマリークは大きく肺一杯に息を吸い込んだ。そして大きく吐き出す。その表情は先ほどよりも晴れ晴れしているように見えた。彼女が今どういう心境にあるのか、勇者には想像することは出来ても伺い知ることは出来ず、聞くことなどはもっての外だった。


 彼女はペンダントに祈りを込めながら握りしめた後、シェリアラの壊れたペンダントと並べるように置いた。


「これはお持ち帰りください。おそらく、それで依頼主はご納得されるかと思います。」


 勇者は頷いて二つのペンダントを手に取った。


「あれ?」


 小さな違和感。なんだ?


 勇者が小首を傾げていると、ゴルドラが顔を突き出してきた。


「マスター!なんだか話が終わろうとしていますが、焼き討ちの件はどうなさるのですか?」


 そのゴルドラの発言に勇者は慌てて思考を切り替え、ペンダントを収納インベントリーに仕舞った。


「そ、そうだ!エルマリークさん、そちらへの対応はどうされるのですか?」


 エルマリークは静かに目を瞑る。


「森に火を付ければ、火は領域内を焼き尽くすでしょう。たとえその火を消したところで、焼け野原の中に不自然に残る林は領域の境目を明確にし、外部から物理的な遮断で封印されるか、気の回る者がいれば魔法生物を領域内に解き放ち、領域の魔素を食いつぶすという手段もとれるでしょう。」


「逃げる…ことは出来ませんか?」


 勇者の問いにエルマリークは首を横に振る。


「領域は固有のものとして定着しているため、ここから動かすことは出来ません。そうなれば、領域を展開しなおすことが必要になりますが、ニブルデッドから持ち込んだ魔鉱石【マテリア】もすでに力を失っております。それに…。」


 彼女は皺の多くなった自らの手を見つめた。


「今の私に再度領域を展開する力などありませんよ。」


 目を細め薄っすらと微笑んだ。


 自らの老いを自嘲しているのか、それとも諦観なのか、彼女に焦る素振りが見られなかった。その様子を見て逆にゴルドラが慌て始める。


「逆に打って出て、焼き討ちを中止させるのはどうでしょうか?」


「おいこら脳筋竜!」


 余りに考えなしな発言に勇者は反射的に暴言とともに一喝した。


「今回の焼き討ちの建前は開拓農地を増やすことだ。これに対して反撃に出ればやつらに魔女の脅威という絶対的な口実を与えることになるんだよ。そうなれば今度は軍が押し寄せるぞ」


「では!このまま座して死を待てというのですか?それはあまりにも彼女らに酷…。」


「いえ、私はそれでよいと思っております。」


 エルマリークに勇者とゴルドラの視線が同時に注がれる。


「え、な…なにを…?」


「しかしながら座するだけでは興ざめというもの、巷に流れる魔女伝説に区切りをつけるため、大立ち回りを興じるといたしましょう。」


 勇者の問いかけを無視したエルマリークの鋭い眼光には、かつてないほどの怪しい光が宿っていたのであった。



◾️

「ね、ねえ!ちょっとまってよ!ねぇってば!」


 小屋から逃げるように出ていったロアを追って、エリックは声をかけ続けながら追いかける。


 その声を無視するように足早に獣道に入って巻こうとするロアであったが、エリックの《森渡り》の能力によってその差は一向に開く様子はない。当然全力を出せば振り切れるが、それはしない。


 しない理由についてはおそらく本人もよく分かっておらず、それがますますロアを不機嫌にさせ、それは唐突に訪れた。


「うっせぇえな!一体何なんだよてめえ!」


 急に足を止め、振り返ったロアは鬼の形相でエリックに掴みかかる。だが、ロアのヒステリックな態度に些か慣れてしまったのか、エリックは動じることはなかった。


「ごめん。」


 エリックのその一言に意表を突かれたのか、ロアは掴んでいた襟元を放していた。


「僕があの日出会って、僕を助けてくれた女の子は…君だったんだよね。それを僕は『君じゃない』って言ってしまった。君が最も傷つく言葉を使ってしまったんだって…。本当に…ごめんなさい。」


 そう言って深々と頭を下げるエリックに、ロアは調子が狂ったのかバツが悪くなり、四肢の動きに落ち着きがみられない。


「べ、別に…あたしが助けたわけじゃねぇですし…。やったのはノアなことに間違いはないわけで、でもなんかノアだけが褒められて感謝されるのがなんか癪に障ったわけでしたますで… …。」


 しどろもどろになり、定まらない口調の中、ロアはパニック寸前で頭をガシガシと掻き毟る。


「と、というよりあたしの時間にノアに会いに来たあんたがやっぱり悪い!ノアに会いたけりゃ真昼間に来ればいいんだ!」


「え?あ、それはごめん…て、そんなの分かるわけないって!」


 そこで初めて二人の間で笑いが起きた。殺伐とした先刻とは打って変わり、互いに年相応な空気間が流れる。


 ひとしきり笑った後、2人は大きな切り株に腰かけた。

 エリックは女の子と二人きりという状況の中、何の話をしたらいいかどうかを思案していたところ、視界に入ったキノコを見つけ、「カレド茸!」と思わず声をあげた。


「もうこの森にはなかったと思ったけど、まだ自生してたのか。」


「ん?あ~松茸ね?うまいよね~あれ。」


 キノコの話に食いついてくれたことにほっとしながらも、聞き慣れない呼び方に首を傾げる。


「マツタケ?」


「ん?パパはそう呼んでたよ。食うか?」


 ロアはそう言うや否や、手をかざすとキノコは勝手に引き抜かれ、ロアの目の前で浮遊する。さらにロアは魔法を錬成し、水で洗い、火で焼いた。

 木の枝から加工した串に刺して、あっという間に焼き松茸が完成した。出来上がった串焼きをエリックに渡す。


「ほら、食いなよ。」


「え?いいの?それなら…。」


 エリックは松茸を半分にして串の刺さった分をロアに渡す。


「二人で分けて食べた方がおいしいよ。」


 そういいながら、エリックはアツアツの松茸を手の上でお手玉していた。

 そうして手渡された半分の松茸を眺めてロアは…。


「ふーん…。半分ね…」


 と呟いた。

 何かもの言いたげな様子のロアはさらに魔法を使い、一つの小瓶を錬成した。

 手のひらサイズのガラスの小瓶で、中には何やら黒い液体が入っている。


 エリックが訝しんでいると、ロアは躊躇いもなくその黒い液体を松茸にかけた。


「え?ちょ、なにしてんの?」


 インクのようにも見える黒い液体をせっかくの高級食材にかける姿に動揺したエリックだったが、直後に漂ってきた食欲をそそる香りにうっとりとした。


 そんなエリックを尻目に松茸を頬張りながら、ロアは小瓶をエリックに差し出した。


「え?使っていいの?」


 ロアは軽く頷き、エリックの松茸に容赦なく黒い液体をかける。黒く見えたそれは松茸の上ではまるで金色の様に輝いて見え、照りと艶を放っていた。そして、至近距離になるとなお香りは直接鼻孔を擽る。


 辛抱堪らず、松茸にかぶりついたエリックは初めての味に脳天を貫かれる思いだった。


「な、なにこれ!?うまー――い!!」


 文字通り飛び上がるような旨味の爆弾に、エリックはさながらパニック状態に陥っていた。それを見たロアはしたり顔だ。


「パパの故郷で使われてる【醤油】っていう調味料。うまいっしょ?」


「うん!めっちゃうまい!こんな調味料があったなんて…。」


 それからしばらく、互いに知識のぶつけ合いが始まった。

 食の話や植物の話、果てはロアの好きな武器の話など、得意分野はどちらかが饒舌に語って片方は聞き役に回る流れが交互に訪れ、会話の波は途切れることはなかった。


 そんな中、調合薬を求めて四年前にエリックがこの森に迷い込んでしまった話になる。


「疲れも限界が来て座り込んでいた僕を【ゾンビドッグ】が取り囲んで、あの時は本当に怖かったな。」


 空笑いするエリックをロアが真顔で見つめる。その視線にエリックは困惑した。


「それで?あの子たちに襲われたの?」


「え?あ、いや、取り囲まれただけで襲ってはこなかったんだけど。そこにノアが現れて、ゾンビドッグを追い払って、僕を領域の外に出してくれたんだ。」


「で、今回この森に入ってきたのはその時のお礼を言いたかったってわけか。そんなバカバカしい理由でよくこの領域に入り込んだもんだな。」


 それだけを抜き出して言われると確かにリスクが高過ぎる行為だがエリックが自嘲するように笑うだけだった。


 その様子を横目に見て、ロアは頭をガシガシと掻き毟り始めた。


「あ~~もう!仕方ねぇな!!」


 突然始まったヒステリーにエリックはギョッとして身構えた。そんなエリックを尻目に、ロアは急に立ち上がると誰とでもなしに罵詈雑言が放たれる。


「あ?だから良いつってるだろうが!でもでも煩せぇんだよ!能書きはいいから早くしろ!あ?お礼?お返し?いるかよボケカス!でも10分だけだからな!オーバーしたらてめえに変わる直前に際どい水着姿にしとくから覚悟しとけよ!ん?あ?じゃあいい…じゃねぇんだよ!めんどくせーな!冗談だからさっさと代われ!いいな!」


 余りの剣幕に呆然とするエリックに対し、ロアは肩で息をしながら睨みつける。


「あんたを助けたのはあたしじゃない。ノアだ。だからあたしに感謝されてもケツがむず痒くなるだけだかんな。あたしの時間だけど特別に代わってやる。だからちゃっちゃと言いたいことは言えよな!」


 ロアがそう言うと間もなく、ロアの白銀の髪の色が変わっていく。淀んだ空気の中でも光を放つような透き通る青。海の様な空の様な、雄大さをにじませる深みがその色にはあった。

 そして、吸血鬼特有の縦長の赤い瞳孔は髪の色と同様の色となり、攻撃的な表情は和らぎ、体は一回りほど小さくなった。

 ロアとは全くと言っていいほど真逆な少女へと変貌したのである。変わらないのは胸のサイズぐらいなものだ。


「え、あ、あの…エリックさん…でしたか。」


 ロアと違い、消え入りそうな声はこちらが耳を欹てなければ聞き漏らしてしまいそうだ。


「あ、あの…後ろ向いててもらえますか?この格好…恥ずかしいの…。」


 エリックはそれを聞いて慌てて後ろを向く。ノアはかなり人目を気にする性格なようで、自己主張の激しい恰好は苦手だった。


「あ、もういいの。」


 許しを得て、エリックは向き直る。そこには、黒いフードを目元まですっぽりかぶり、全身を真っ黒なローブに覆われた通称【ゴミ袋】がそこにはあった。

 その光景を見て、なんとも両極端な二人に対しエリックは苦笑いするしかなかった。


「えっと、僕のこと覚えてますか?」


 ノアはこくりと頷いた。


「あの日こと、僕は一日も忘れたことはないです。泣きながら怯えていた僕に、君はあの時手を差し伸べてくれた。そのおかげで僕は今日も生きている君のおかげだ。ありがとう。」


 エリックは深々と頭を下げた。

 ノアはふるふると首を横に振る。


「あの日、本当はノア、エリックのこと殺しに来たの。」


「えっ!?」


 突然の激白にエリックは驚愕を禁じ得なかった。ノアの表情は伺い知れないが、素振りや口調から緊張や困惑と動揺が感じられた。


「だ、だって…この森はトラップだもの。入り込んできた獲物を閉じ込めて森の中で死なせることで森の魔素に変えていく仕組みだから…。だから森の中のアンデットさんは魔素をいっぱい持っている生き物を狩るために配置されてるの…。でも…。」


 と、そこでノアは言葉に詰まりもじもじと体を揺らしている。その様子をエリックは可愛いと思った。

 しかしながら、自分のことを殺そうとしていたことを告白している相手に対して抱く感情としては的外れとしか言いようがなかった。


「エリック…さんはなぜか一晩中森を彷徨っていたのに、なぜか生きてて、そのことにロアちゃんがいっぱい怒ってて…。気づいたら朝が近づいてて…ロアちゃん、交代する時に『アイツ殺しといて』って言われて…。」


 ヒステリーを起こして暴れているロアを容易に想像できるようになったエリックは乾いた笑いをするしかなかった。


「ようやくエリックさんを見つけた時、ゾンビドッグさんに囲まれてたから、ノア、ほっとしたの…。だって自分で殺すなんて出来ないし…怖いし…。出来なかったらまたロアちゃんに怒られるし…。だからしばらく見てたの…。」


 あの日の裏側を聞かされ、エリックは思い出の美談がすり替わっていくのを感じて、生唾を呑んだ。


「だけど、ゾンビドッグさん達…全然殺そうとしてくれないから、ノア、怖いけど勇気出して出てきたの。えらい?」


 小首を傾げながら訪ねてくるノアに対してエリックは苦笑いした。浮世離れしているとは思ったが、かなり天然が入っているようだ。

 結果はどうあれ褒める場面ではない。


「ノア、動物さんの声が聴けるの。」


「動物の?」


 急な話の変化にエリックは思わずオウム返しで相槌を打った。


「うん、もっと言えば、人以外とのお話が出来る。」


「それって、モンスターやアンデットでも、てこと?」


 ノアは小さく頷く。


「ロアちゃんはアンデットを使役できるけど、アンデットの言葉は分からないみたいだったの。あの子たち、感情が希薄なだけで意思を持たないわけじゃないのにね。」


 エリックは先刻の戦いで指示を聞かないアンデットに対して怒りをぶちまけるロアの姿を思い出して身震いした。


「それで、ゾンビドッグさんに聞いてみたの。そしたらね、『ご主人様は攻撃できない』っていうの。」


「え?」


 エリックは意表を突かれて間の抜けた声をあげた。ノアも当時を思い出して小首を傾げた。


「変なの…ってノアは思ったの。だってゾンビドッグさんのご主人様はロアちゃんだもの。ノア、どうしていいかわからなくて、相談したらロアちゃんはもっと怒るし。仕方ないからエリックさんを外に追い出すことにしたの。」


(あ、仕方ないからだったんだ…。)


 と、エリックはあからさまにショックを受けていた。善意での命の恩人と思った相手は、煮ても焼いても食えぬ獲物の対処に困ったので逃がすことにした、ということだったのだ。


 千年の恋も冷める真相に、エリックは明らかに肩を落としていた。その様子を気に留めることなく、ノアは話を続ける。


「その後ね、家に帰ってママに聞いてみたんだけど、ちょっと怖い顔した後に、『相手の支配権を奪うスキルがある』っていうからそうなのかなって…。そうなの?」


 ノアがエリックの顔を覗き込む。その上目遣いの仕草にエリックは顔を紅潮させて胸の鼓動を高鳴らせた。


「え?あ、いやそんなスキルは…。」


「まあ、そうだよね…。」


 あっさりと身を引いたノアの行動にエリックは頭の上にクエスチョンを浮かべる。

「自分のスキルは簡単に教えちゃいけないってパパが言ってた…。教えてくれないのは当然…あ。」


「そういうわけではないのだが」、とエリックが口にしようとした瞬間、ノアは何かに気づき、視線を落とした。


「ノア、自分のスキルことエリックさんに教えちゃった…。ノア、パパの言いつけ守れない悪い子…。」


 がっくりと肩を落としたノアを見て、エリックは「天然が過ぎる」と頭の中でツッコミを入れる。

 しかしながら真相はどうあれ、初恋の相手、そんな姿も可愛く見えるものだ。なので…。


「だ、大丈夫だって!ノアのお父さんはそんなことで怒ったりしないよ!」


 と、なんの確証もない励ましの言葉をかけるのだった。

 ノアも当然沈痛な面持ちが崩れることはなく、うっすらと目元に涙が浮かんでいた。


「エリックさんのパパはそんなことでは怒らないの?」


 そう聞かれたエリックは思わず視線を逸らした。その様子に、ノアは小首を傾げる。


「お父さんは…いたんだと思うんだけど僕は全く知らないんだ。あったこともない。」


 エリックの声は尻すぼみで小さくなり、視線を足元に移した。すると、柔らかくて暖かい手が頭を優しく撫でた。


「よしよし、泣かないよ。」


「いや、泣いてたのはそっちだろ」と言いたくもなったが、エリックは気恥ずかしそうにノアの手を受け入れた。


「ノア達もパパいない。一緒。ママはいる?」


 エリックが頷くのを見ると、ノアが初めて微笑んで見せた。


「ママがいるのも一緒。ママいたら寂しくない。エリックさんも同じ?」


 エリックの思い出にはいつも怖くて口うるさい母親の姿があったが、母との生活が当たり前すぎて、父親を恋しがることはなかった。シェリアラはまだ若く、再婚の意思があれば相手はいくらでもいたが全部躱して今日がある。その分、シェリアラの時間は全てエリックとともにあったと考えれば、憎まれ口をきいていた母親に対して想いを募らせた。


「そう…、そうだね。」


 そういうとエリックはニンマリと笑った。

 すると、ノアは小指を突き出してきた。訝しんでいると、ノアは催促するように小指をエリックの顔近くにズイズイよせる。


「ママ大好き同盟。小指を掛け合って約束するの。」


 それを聞いてエリックは赤面してしまう。

 まるで世間にマザコンを晒されるかのような恥ずかしさがエリックに襲い掛かり、すぐにその指を絡ませることは出来ない。

 しかしながら、ノアの催促する瞳に押し切られる形で、小指を差し出す。


 二人の小指が絡まろうとした刹那


「何くせえことやってんだ!バカッ!」


 絡まるはずだった小指は、エリックの脳天を引っ叩く平手に代わり、一気に現実に引き戻されるのだった。


「ったく…10分だけだっつたろうが…。ダラダラと気持ち悪い掛け合いしやがって…何が『ママ大好き同盟』だよ。アホか!」


 冷静に酷評されてしまったエリックは返す言葉もなく顔から火が出る思いだった。


 そんなエリックに一瞥した後、ノア改めロアは厳しい表情で虚空に視線を向けていた。


「一体どうしたの?」


「わかんねぇのか?森が…燃えてる。」


「え?!」


 エリックからは目の前の鬱蒼とした木々で周囲の様子は窺い知ることは出来なかったが、領域は外からの火の侵入を許し、数多の木々を焼き払っていたのであった。



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