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〜狂乱の幕開け〜


◾️

「で?どうするんだ?」


「どうするって?」


 勇者はこめかみに青筋を立て、冷や汗とともに無理な笑顔を見せる少年に詰め寄った。


「どうするんだって聞いてるんだよ!ゴルドラとはぐれるわ、前情報まったくないわ、疲労MAXな上に夜になっちまってるわでコンディション超最悪状態でダンジョン突入とか正気の沙汰じゃねぇよ!」


「ご、ごめんなさい!!」


 平謝りするエリックを見て、勇者は捲し立てながら発した怒りのボルテージを懸命に下げた。


 そして。逆に頭を下げる。


「ごめん!言い過ぎた…。よく考えるまでもなく行くしかなかったんだから、エリックを責めることじゃないよな…。」


「え?あ、その、すいません…こちらも勝手なことして…。」


 手を拱いていてもただ時間を浪費するだけということが分かっていながらも立ち止まってしまったのは自身の弱さからだ。

 エリックの考えなしで勢い任せの行動は勇者の背中を押してくれたのと同義だった。


 互いに頭を下げ合う時間を切り上げ、現実を直視する。


「当然だけど、元の場所には戻れないみたいだな。」


 振り返って数歩歩いてみたが、青黒い靄のかかった陰鬱な風景は変わらない。簡単に脱出できないことは明らかだ。


 勇者は時計を確認する


「18時14分…。本来ならほとんど真っ暗なはずなのに視界が完全に閉ざされる感じじゃないってことは、どうもこの空間は日没と日の出による照度の変化はないと思ってよさそうだな。」


 頭上を見上げると鬱蒼とする木々の細かな隙間から赤黒い空が見える。


 エリックも頷いた。


「ある意味幸運ですね。外は逆に真っ暗になっている時間ですから、闇に閉ざされるリスクがないのはありがたいです。」


 勇者も同意を示し、見通しの効かない森の先に目を向ける


「とりあえずゴルドラとの合流が最優先だな。近くにいてくれたらよかったんだけど、そんな形跡がないから同じ場所に出たわけじゃなさそうだ。」


 エリックと勇者が同じ場所にいたのは手を繋いでいてからだろう。おそらくだが、それぞれ別のタイミングで入っていたら離れた場所に出ていたと思われる。


 勇者はともかく、エリックは戦闘能力が皆無と言っていい。そんなエリックと離れ離れにならなかったのは不幸中の幸いといえる。逆に探索と探知をしてくれれば二人の立ち回りは安定するだろう。


 だが、どうしても拭いきれない不安がある。

 それは、勇者のレベルで対応可能な敵なのかどうかという点に尽きる。


 じっとりと勇者の背中に汗が浮かぶ。不安を少しでも解消しようとエリックに情報を求める。


「エリック、お前一回この中に入ったんだよな?その時はどんなアンデットが出たんだ?女の子に案内されて脱出するまでの流れをもっと詳しく教えてくれ。」


 そう問い詰められ、エリックは慌てて頭をフル回転させ、昔の記憶の糸を辿る。


「えっと…出会ったのはゾンビドッグ三体で、僕は出会い頭に泣き叫びながら逃げ惑ったんだ。当然相手の方が早くて…追い詰められちゃったんだけど、なかなか襲い掛かってこなくて…。」


 ゾンビドッグがどのレベルのモンスターかは鑑定してみないとわからないが、印象的には野犬がゾンビ化したぐらいで脅威としては低そうだ。しかも三体となるとモブであることは手堅い。


(しかしながら、気になることがある…。)


「なんで襲われなかったんだ?なにかモンスター除けになるようなアイテムでも持ってたのか?」


 エリックは頭を横に振る。


「いや…特に心当たりはないかな…。もしかしたら、いろいろと薬草を積んでいたから、苦手な臭いがあったのかもしれないけど、なら追いかけてこないと思うし…。」


 ゾンビとはいえ嗅覚に定評のある犬ならばその線はあるかもだが、まあ憶測の域は出ない。


 エリックは話を続ける。


「その後、ゾンビドッグが遠吠えをしたんだ。そしたらしばらくして、女の子が現れて…ゾンビドッグ達がその場から離れていったんだ。その後は女の子が出口まで案内してくれて無事に帰ることが出来たんだけど…参考になったかな?」


(いんや、全く。憶測と謎が増えただけだ。)


 憶測としては、そこまで強そうな敵はいないということ。その女の子がアンデットを操っている可能性があることぐらいである。


(やっぱり実際に会って情報を得ないと今のままではなんとも…。)


 勇者の思考を遮るように、物音が聞こえる。


 その音はどんどんと近づいてきており、隠すような素振りが全く感じられない。


 カタカタ、カチャカチャ、ガシャガシャ


 いずれも硬質な何かがかち合うような音が鳴り響く。


「エリック、戦闘準備だ。」


 その言葉で勇者は剣を抜き、エリックは慌てて勇者と背中合わせになり音が鳴り響く森の奥へと目を凝らす。

 音が反響し、どこから近づいているかよくわからない。視線を泳がせていると、それは姿を見せ始めた。


 自らの関節をがくがくと動かせながら歩くその様子は生まれたての小鹿を彷彿とさせる。だが、小汚い濁白のしゃれこうべは見るものに恐怖と嫌悪感を与えた。


 スケルトンである。

 手には錆びた長剣、ボロボロの鉄鎧を着ており、歩くたびに鎧と剝き出しの骨がかち合い、耳障りな音色を奏でていた。

 だが、反響してどこから来るかわからないというのは完全に誤りだった。

 なぜならば、一方からではなく全方位から集まってきていたからである。


 2人を中心にスケルトン達が少しずつ迫る。エリックにとって、そのゆっくりとした進行は真綿で首を絞められるがごとく、恐怖で呼吸が困難になっていた。


 そんなエリックの心中を背中で感じながら、勇者はどう動くかを思案していた。


 正直、目の前のスケルトン達は弱い。LV6なので大人なら戦闘経験がなくても対応可能だ。だが圧倒的に数が多いため、勇者が攻撃に転じた瞬間、エリックは無防備となってしまう。


 かといって、勇者もそこまで強いわけではない。LV12は冒険者としても兵士としても普通という評価の域を出ないレベルだ。

 だが、勇者には同レベル者たちを並べた中で明らかに秀でているところがあったそれは…。


「剣技スキル発動!《流麗剣舞》!」


 そう。剣士スキルの極めていることである。

 勇者の体がまるで複数人に分裂したように見えると、取り囲もうとするスケルトン達に対して目にもとまらぬ斬撃を繰り出す。


 それはまるで剣の濁流であり、スケルトンはその流れに成す術もなく飲み込まれ、バラバラに砕かれるとともに跡形もなく消え去った。


 当然だが、勇者はそんな技を編み出した覚えはなく、実際に使ったことすらない。技を使うことを決めた途端に始まった攻撃モーションは、勇者からしてみれば体が勝手に動いているとしか思えなかった。


 訓練などの過程を経ずに剣士の職業レベルをMAXで獲得したことで、頭では剣の素人なのに体は達人の領域に達しているという、ちぐはぐな状態となっているのである。


 本来、職業レベルのMAXとは一朝一夕で叶うはずもなく、10~20年はその職業に打ち込まなければまず不可能。才能がなければ一生を費やしてもマスター出来ない場合もあるのだ。


 そうした事情を考えれば、LV12の下級冒険者が剣士スキルLV8の秘儀《流麗剣舞》を使えるなんていうのは異常事態なのである。


 しかしながら、当然威力は使い手のステータスに依存するため、動きが派手な割にはダメージが大したことがないというのはご愛敬である。

 それでも、スケルトンを一掃するのには十分である。


「すごい!すごいですよ!アレックスさんもめちゃくちゃ強いじゃないですか!」


 自身のあまりにも人間離れした動きに呆然とする勇者に対し、エリックは興奮を抑えきれず賞賛する。「アレックスさんも」という言葉に少し違和感を覚えるが勇者は引きつった笑みを浮かべた。


 無垢な少年のキラキラした目を見ると、チートだとはさすがに言えない。


「と、とりあえず、アンデットの強さが大したことないって分かったのは収穫だったな。これぐらいならなんとかゴルドラと合流するまで凌げそう… …。」


 勇者の言葉を遮るように、突如、大地がボコボコと音を立てて動き始める。視線を大地に向けるや否や土の中から新たなスケルトンが勇者たちを取り囲むようにして有象無象に出現した。


 その数、ざっと50体以上…。


「ひ、ひぃいいい!!」


 エリックが勇者の腕にしがみつく。勇者は唖然としながらも事態の解決への糸口を見つける思考を繰り返す。


 この出現の仕方は、明らかに逃がさない様にするためのものだ。つまり、アンデットの使役者にこちらの位置を特定されていることになる。

 となれば、このアンデットは倒すだけ無意味。使役者を探し出して倒すか、ここから脱出しなければ確実に疲弊してやられる。


 勇者はエリックの腕を掴む。


「こんな奴らの相手なんかしていられない!この場から離れるぞ!」


「こちらの出迎えに対してあんまりじゃない、それ?」


 突然発せられた声の主を探して、勇者とエリックは骸骨だらけの周囲を見渡し、ほぼ同時に上空に目を向けた。


 いつからいたのか、二人の頭上の木の枝に、組んだ足を揺らしながらこちらを見下ろす一人の少女の姿があった。


 その出で立ち、雰囲気、透き通るような白い肌と銀髪、縦に瞳孔が走った赤い瞳、そして少女が笑みを浮かべた際に僅かに見える牙を見て、勇者にはそれの存在が思い当たった。


「吸血鬼…?」


 呟くようなその言葉が聞こえたのか、少女は感嘆の息を上げた。


「へぇー…なるほど、魔女という言葉を使う前にそちらの答えに辿り着くとは…。そなた、思いの外出来るようだな。」


 勇者は自分の勘の答え合わせをするかのように《超鑑定》を行い、一瞬で後悔した。

 いや、思考が止まってしまったというのが正解だ。


 勇者のオカルト知識の中で、吸血鬼はポピュラーな存在である。不老不死だが様々な弱点を持ち、決して神格化されるほどのモンスターではない。

 だが、振り幅の大きい種族であるとも認識していた。


 《超鑑定》の結果、少女の種族は【ヴァンパイアロード】。吸血鬼の最上位種である。


 そして、レベルは66。


 こんな年端もいかない少女が、自分よりも遙かに上位な存在であるという事実は、なにもされずとも体中の血が抜かれたかのような思いだった。さらに重要な点が…。


「アルカナスキル…。【恋人】」


 ゴルドラに続いて二人目のアルカナキャスト。アルカナNO.Ⅵ【恋人】


 二度も続く圧倒的なレベル差の相手をスカウトしなくてはならないこの状況は不運なのか、仕様なのか…。勇者は頭を抱えざるを得ない。


 吸血鬼の少女は木の枝からと飛び立つとスケルトン達の真上に浮遊し、勇者たちと向き直る。

 ローブをはためかせ、腕を組みながら見下ろす姿は絶対なる強者としての威厳とオーラが、中学生程の少女から発せられる。


 その威圧感に勇者は後ずさりしながら、エリックに小声で問う。


「お前を助けてくれた少女ってあの子じゃないのか?」


 問いに対してエリックは首を横に振る。


「ち、違うよ。髪の色も違うし、もっと儚げだったというか…。」


 いろいろ思い出補正で盛られているとはいえ、エリックの記憶の中の少女とはどうも正反対のようだ。

 ワンチャン、エリックを助けてくれた少女なら、そこからスカウトの道も開けるのではないかと思ったが、あの目はどうもそうではない。


 獲物を見る目だ。


 捕食者の目。交渉など勿論のこと、逃がす気すらもどうやらなさそうだ。


 相手がどう動くのか、勇者は死の恐怖を払うように、吸血鬼の少女から目を離さなかった。


 そんな勇者に対し、彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「我を見て、ただの可憐で愛らしい美少女と侮らないその慧眼に敬意を表し、我が名を冥府への手向けとすることを赦してやろう。」


 なんだか中二感のある言葉回しや、自分を美少女と呼ぶ自己顕示欲の高さに、勇者の中の心の気圧が若干下がっていくのを感じた。


 そんなことはお構いなしに、吸血鬼の少女は上機嫌のまま銀色の髪を掻き揚げ、ブレストプレートで覆われた胸を突き出した——隠されているが大したボリュームはない——


「我は深淵なる闇の眷属たちの頂点にして原点。悠久の時と美を司りし超越者にして、世界の理からの逸脱者。生と死を調停せし我が名をその身に刻め。我こそは… …。」


 謳うように語られる口上と、オーバーな身振り手振りがまるで演劇を彷彿とさせる。

 かなりの溜め時間を擁し、今日一番の決め顔とともに刮目した。


「シャミル=ロア=エル=ゼンベルク=ノ=ワール=ヴァレンシュタイン!」


 … …


 妙な沈黙の後、カチャカチャと硬質ななにかが打ち付けられる音が周りから鳴り響いていた。

 見ると、それは周囲を囲むスケルトン達の喝采だった。


 喝采を受けて吸血鬼の少女…【シャミル】でいいのだろうか?シャミルは満足げに喝采に応えていた。——名前が長すぎてほぼ覚えられなかった——


 勇者とエリックはともに唖然とし、どことなく見失ってしまった緊張感の糸を手繰り寄せるのが精いっぱいだった。


 中二病こじらせた痛い子という印象が、《超鑑定》で見た強さの真偽を疑いたくなる。


 そんなこちらの冷めた反応に気づくことなく、シャミルはいちいち髪を掻き揚げながら、喝采を続けるスケルトン達へ手を挙げることで制止の合図を送った。


「で、そなたら、名は?」


「は?」


 突然名乗るように振られて思わず間の抜けた声が出た。それを見てシャミルは一転して不機嫌そうに顔を歪める。


「至高の存在が敢えて先に名乗ったのだぞ。劣等種の人間にはその程度の礼節すら持ち合わせていないというのか?」


(ああ、自分が名乗ったからそちらも名乗れというノリらしい。このノリは否定せずに乗った方が吉か?)


「ああ、すまない。至高なる上位者には下々の名前なんて不要の長物だ、て言われると思って黙ってたんだ。」


「え?あ、えっと…。コホン!せめてもの餞に聞いておいてやる。名乗るがいい。」


 わざとらしい咳払いとあの焦り方…。そこまでアドリブが効かないところをみると、これは彼女のキャラづくりであろうことが窺える。


 子供のごっこ遊びに付き合っているような錯覚に陥り、すっかり毒気が抜かれてしまった勇者は素直に応じる。


「俺の名前はアレクシー=オズワルドだ。」


「ぼ、ぼくはエリック=リーケンスです。」


 二人の自己紹介に対してシャミルは「ふーん」と興味なさげに頷く。


(案外話が出来るかもしれない)


 そう考えた勇者が次の話題をどう切り出すか思案していた矢先、エリックが勇者の前に出た。


「あ、あの!聞きたいことがあるんです!青い髪の女の子をご存じですか?瞳も深いスカイブルーで、ちょっと浮世離れした感じなんですが…。」


 そこまで聞き、シャミルが怪訝そうに眉を顰めた。


「はあ?あんたなんか知らないんだけど?」


 突然、年相応の口調と冷めた声色に代わり、先ほどまでの空気が一気に張りつめた。急激な変化にエリックは動揺を禁じ得なかった。


「え?いや、あの…君じゃなくて別の子… …。」


「知らないって言ってるだろうがぁあああ!!」


 癇癪を起したかのような怒声に、二人はすくみ上がった。

 こめかみの血管が膨れ上がり、端正な顔に赤い筋が無数に浮かび上がる。

 天使が悪魔に豹変したかのような変貌ぶりに、勇者はエリックを自身の後ろに引き戻す。


 シャミルの変貌は顔だけではなかった。彼女の右手の人指し指の爪が禍々しく巨大化していく。

 まさしく悪魔の爪とも呼べるその爪は深紅に染まり、その爪先から紅い雫が溢れ出し、シャミルの足元のスケルトンの頭蓋骨に滴った。


 突如、そのスケルトンは身の丈3メートルほどに巨大化し、まるで外殻を形成するかのように分厚い武具の装甲に覆われる。さらに武器が生み出され、その手に握られた。


 見た目は武装した巨人なスケルトン。その右手には人が扱うものとしてはあり得ない2メートル強の大剣。同じサイズの巨大な盾を左手に持ち、重鎧を身に纏ったそれは明らかに上位アンデットのそれであった。

 兜の中から除く眼窩からは煌々と紅く邪悪な光が灯っており、ただならぬオーラは背景を黒く染めるかのようだ。


 その圧倒的な威圧感は二人の戦意を喪失するには十分すぎた。

 シャミルは巨大なアンデットの肩に腰を掛ける。


「蹂躙しろ!【スカルジェネラル】!恐怖と絶望を刻み込め!」


『オオオオオオオオオオオオ!』


 森全体がざわめき、大気を震撼させたその咆哮と同時に、スカルジェネラルはたった一歩の踏み込みで勇者たちを射程内に捉え、巨大な剣で振り払った。


「エリック!!」


 恐怖で身動き取れなかったエリックを咄嗟に勇者が押し倒す。寸でのところで剣は二人を掠めながら虚空を薙いだ。

 その斬撃が引き起こした衝撃波が勇者たちの後方に向かって拡散し、暴虐の嵐を生む。

 木々がなぎ倒され、地面はめくれ上がり、巻き添えを食らったスケルトン達は一瞬で灰燼と化した。


 勇者はすぐに立ち上がり、エリックの手を引く。だが、エリックは完全に恐怖で支配されており、足に力が入らないようだ。目を見開き、小刻みに震える体。開いて塞がらない口からはだらしなく涎が流れ落ちる。


 正直、勇者だって気持ちは同じだ。しかし、どうやらこれは状態異常のようで、勇者は【正義】のアルカナの効果オートキャンセラーによって防がれていた。

 これが幸か不幸か、勇者には焦りと裏腹に、状況を冷静に判断させる。


(《超鑑定》発動!)


【スカルジェネラル】 LV46。近距離白兵型、火、聖属性が特攻。厄介なスキルは物理攻撃耐性と自動回復、武装修復。


 攻略法としては、属性攻撃を行うか、耐性を無視した強烈な一撃を与えるしかないわけだが、どちらも今の勇者では不可能。


「手厚いチートスタートだと思ったのに、なんなんだよ!このレベル差を全く考慮しない理不尽な敵のオンパレードは…!」


 勇者は思わず毒づいて叫んだ。叫んでみたが、精神状態は相変わらず正常だ。どうせなら気でも触れてくれた方が楽になれるのに、と思わなくもなかった。

 だが、正常な判断が出来る以上、体は生存のために最大限動こうとする。


 スカルジェネラルが振り上げた巨剣を視界に収めると、エリックを無理やり背負い、咄嗟にその場から飛びのく。

 まるで爆弾でも炸裂したかのような轟音が響き渡り、先ほどまで勇者たちがいた場所を30cmほど抉り取っていた。


 ギリギリで躱した勇者は肩で息をしながら、エリックを木の陰に隠すように下ろした。

 こんな絶望的な状況化で人一人を抱えたままではどうにもならない。

 周りのスケルトン達はまだいるが、状況は勇者 対 スカルジェネラルの観戦モードだ。こっちが戦っている隙にエリックを襲いに来ないという希望的観測に賭けるしかなかった。


 すると、アンデットの巨肩に座っていた少女はケラケラと手を叩きながら笑いだした。


「虫けらが無様に逃げ回るのを見るのって最高だわ!ホント、泥臭くてマジウケる!でもさ…。」


 ピタッと笑い声が止み、沈み切った低い声で骸骨の横面を睨み据えた。


「避けられ過ぎだろ?次外したら消し飛ばすぞ。」


 無邪気さと冷酷さからなる温度差が、聴くものすべてに強大なプレッシャーを与えた。


 それは心を持たないアンデットにも伝わったのか、恐怖に駆られたかのようにスカルジェネラルは勇者に向けて攻撃を開始する。


 奴の歩幅で二歩の距離。一歩目で勇者は敵に向かって直進する。

 敵のスピードからして、もう一歩踏み込むつもりだったことから、足運びに狂いが発生した。

 勇者はその隙を狙って足を切りつける。


「かってぇ… …!」


 まるで鉄の塊に剣を打ち付けたような衝撃が勇者の両の手にしびれを起こした。

 やはり圧倒的に火力が足りない…ならば。


 勇者はそのままスカルジェネラルの股を抜けて背後に回ったことで、奴が体制を整えるまでの瞬間的な時間が生まれた。


「ここだ!スキル《剛剣》、《踏み込みの太刀》!!」


 剣士スキルを発動し、勇者はようやく向き直ろうとするスカルジェネラルに向けてブロードソードを大きく振り上げる。


 《剛剣》は一時的に白兵攻撃を大幅に上昇させ、《踏み込みの太刀》は間合い外から一気に敵の懐まで潜り込めるスキルである。

 どちらも剣士の職業スキルであり、使用者にバフの恩恵を与えてくれる。


「足りない能力はスキルと頭で補う。それが人間の戦い方だ!」


 勇者の勢いに圧されたのか、アンデットは盾を前方に構えて防御姿勢を取る。それとは反対に武器を持った腕を大きく振りかぶった。


 攻撃をガードしてカウンターを狙っているのだろう。だが、そんなことぐらいはこちらも想定済み。《踏み込みの太刀》で狙うは奴の頭上、顔面だ。

 アンデットに視覚があるかはわからないが、盾で顔面を覆えば視界が失われる。矢や魔法を一方的に防ぐならともかく、カウンター狙いならば視界を遮るような防御の仕方はしない。さらに顔面まで踏み込めば、あの剣の振りかぶり方では軌道からして範囲外。


(いける!)


 そう確信した勇者の脳内に無機質な声が響いた。


『… …は無効化されました。』


(え?なに?なにが?え?!)


 無効化という言葉が聞こえ、勇者の頭はパニックになった。そして続け様に無機質なアナウンス音が流れる。


『《オートキャンセラー》の効果により、《踏み込みの太刀》によるバフ効果は無効化されました。』


「な、なにー――――――!!」


 勇者の振り下ろした渾身の一撃は虚しく空を切った。


 敵からすればかまいたちや真空波などの飛び道具が来るのではないかと警戒するような間合いでの一振り。だが、そんなものが放たれることなどなく、1秒ほど両者の間に虚無の時間を生じさせただけだった。


 そんな誰もが呆気にとられる空白時間を切り込んだのは相対するアンデットだった。構えていたシールドをそのままに、勇者に向けて突進を行う。


 呆然としていた勇者は何とか意識を取り戻すが、回避の時間はなく、剣の腹を盾代わりにして防御態勢を取る。


 短い喘ぎ声を上げた後、勇者は吹き飛ばされ、50m後方の木に打ち付けられた。


 まるでトラックと正面衝突したかのようなその一撃は、常人ならば確実に体を粉砕骨折していたことだろう。

 助走距離が短かったことと、レベルによる身体能力の補正があったことが救いだった。でなければ、もっと深刻なダメージを受けていたはずだ。


 勇者は手に持っていたブロードソードに視線を落とす。

 当然無事なわけがない。

 ブレードは衝撃を耐えられず、へし折れてしまっていた。

 ブレードとともにガードに徹した左腕も確実に折れている。背中への衝撃で肺にダメージがいったのか、喉の奥から血が噴き出し、吐血した。


 どう考えても重症だと思うのだが、思ったよりも痛みを感じない。のたうち回るほどの激痛を覚悟していたが、裏腹に頭は相変わらずクールに機能していた。


「なに、あいつ?なんかイキった顔して全力で素振りしてたけど、あれなんだったわけ?」


 シャミルの疑問は当然だ。勇者もそのことでパニックになっていたのだから。

 だが、今ならばその原因が分かる。問題になったのは【正義】のアルカナスキル《オートキャンセラー》の副作用的な側面だ。


 このスキル、全ての状態異常をキャンセルし、正常な状態を維持するパッシブスキルとあるが、全ての状態異常の括りの中に、バフ効果も入っているというのが大誤算だった。

 バッドステータスやデバフといったマイナス面から守ってくれていると都合の良い解釈をしていたが、真意はその先にしっかり明記されている。


『正常な状態を維持する』


 …つまり、そういうことである。


 まさかスキルによるバフ効果まで打ち消すとは思わなかった。突き詰めれば、アイテムや装備効果まで無効化する可能性があるということだろう。

 ご親切にこの効果で防げないものはギフトスキルのみだという記載がある以上、その他の方法は全てアウトと考えるのが妥当だ。


 自身の能力をしっかり確認していなかったことに対する代償としてはなかなかの痛手だ。

 死に戻りが前提の世界観である以上、こういうことも経験するものなのかなと勇者自嘲する。


 勇者は諦観し、立ち上がることなく目を瞑った。


 その姿を見て、シャミルはつまらなそうに頬杖をついた。


「なによ…《シールドアタック》一撃でノックアウトなんて情けないわね…。もう少し楽しませてくれるかと思ったのに、とんだ期待外れじゃない。」


 戦闘の幕とともに、シャミルの中の熱量も一気に下がってしまったのが誰から見ても感じられる。それと同時に、ヒステリーな本性から仮面のキャラクターが代わりに表舞台に現れる。


「ふっ…我が闇の力、その一端でも垣間見えたか?だが悲観することはない。貴様の血肉はこの森の一部となり、未来永劫、闇の眷属の守り手として隷従させてやろう。」


 シャミルが顎でしゃくると、スカルジェネラルはゆっくりとした足取りで勇者に向かう。

 そして、巨剣をもった右腕を大きく振りかぶった。


 その時、カツンという乾いた音が辺りを静寂にさせた。

 

 その音に勇者も目を開けると、今度は逆に戦慄いた。

 そこには、全身を震わせながらスカルジェネラルに投石を行っているエリックの姿があった。


「あ、アレックスさんから離れろ…!このアンデットめ!」


 二射目はその場にいる全員の視線がエリックに向けられているためか、手の震えがダイレクトに石に伝わり、目標よりも遙か手前で落下した。


(俺を守ろうとしているのか?)


 エリックの行動を見ているとそれしかない。だが、それに対して怒りが込み上げてきた。


「バカ野郎!なんで逃げてないんだ!早く逃げろ!!」


 互いの身を案じる二人の姿を見て、シャミルは馬鹿々々しいと一蹴する。


「小うるさい蠅がいるようね。不快だわ。始末しなさい。」


 スカルジェネラルは目を紅く光らせ、勇者からエリックに向き直る。

 エリックはそれだけで腰を抜かし、股の間をぐっしょりと濡らしていた。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、もう悲鳴の一つもあげられず、過呼吸になっていた。


 スカルジェネラルの歩幅でたった5歩の距離、その時間があまりにも長く感じた。


 勇者はなんとか立ち上がろうとするが、体が思うようにならない。なんとか立ち上がるが足に踏ん張りがきかず、また倒れた。


 そんな勇者を尻目に悪鬼は右腕を振り上げる。


(もうダメだ!どう考えても間に合わない!)


 数秒、いや一瞬先に起こるであろう惨劇に対して勇者は絶望と後悔が襲った。


 しかしながら、時の圧縮か脳の処理が遅くなっているのか、目の前の光景は一向に変化しない。スカルジェネラルは振り上げた巨剣を振り下ろすことなく硬直している。


 もうかれこれ5秒はそのままだ。これは勇者だけが感じていることなのか?そう疑問を浮かべていた時、ヒステリーな声が響き渡る。


「何やってんだてめえ!!さっさとやれよ!ああ?!」


 シャミルの声に、この異状が自分の知覚異常でないことを悟らせてくれた。


 スカルジェネラルは主であるシャミルの言葉をもってしても、速やかに命令を遂行しようとしない。

 頻りに、主と標的を交互に視線を送るように顔を動かす。


 戸惑っている。そういうことなのだろう


(だがなぜ?)


 疑問が恐怖を上回ったのか、エリックも思考を機能させる。

 なぜ襲ってこないのか、それと同じ疑問を前にも持ったことがある。


(そうだ、あの時も…。)


 その思考を遮るように、激しい打撃音が鳴り響く。

 その音とともに、スカルジェネラルは全身を大きくぐらつかせる。そして、右の頬当てが大きく破損していた。


 見ると、シャミルの右腕が禍々しく変形し、例えるならば鬼の腕のようになっていた。

 華奢な本体と打って変わり、暴力の権化とも呼べるようなその右腕で今しがた何が行われたのかは言うまでもなかった。


 勇者とエリックは思考を止めてその状況に見入っていた。


「いい加減にしろよ?次は手加減してやらねえ。頭の先から足の先までぺちゃんこにするぞ?」


 アンデットが命令を拒否するなんてことはあり得ない。その有り得ないことがシャミルのプライドを大きく傷つけた。

 躾なんて必要ないはずのアンデットを調教するような状況はそれ自体が異常事態なのだが、シャミルはその原因には興味を向けず、無理やりにでも当初の命令を遂行させようとする。


 スカルジェネラルは観念したのか、ゆっくりと剣を振り上げ、今度は間を置かず振り下ろした。


 目の前の状況から逃げることを忘れていたエリックは死の一撃を前にして、身を縮めて目を背けた。

 勇者がなんとか立ち上がるも、どう考えても間に合わない。


 だが、そんな時間的、空間的な距離を埋め、割って入った一つの金色こんじきがあった。


ガチィイイイイイイイン


 金属と金属を打ち合わせて引き合ったような耳を劈く狂音が響く。


 その金色はスカルジェネラルの巨剣の一撃を片手で受け止めていた。その体から立ち上る金色のオーラはまるで炎のように揺らめき、見るものを圧倒する。


 その正体が何者なのか、それを知って一人は安堵を、一人は驚愕を、一人は激しく敵意を剝き出しにした。


 前方に突き出した両角、鱗を帯びた翼、そして尾。その姿はまさに竜人。


 金竜 ゴルドラのバトルフォームだった。



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