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〜魔の迷宮に住まう者〜


◾️

 突如後方に控えていた二人の気配がなくなり、ゴルドラは慌てて振り返る。しかしそこに二人の姿はなかった。


 これは固有の支配空間に足を踏み入れてしまったとゴルドラは理解した。


 魔力錬成が出来る者たちの中で、自在に空間を創造して固定化させる。つまり領域支配魔法を使う者たちがいる。

 こうした能力者はアリジゴクのように領域内に侵入した敵を襲うトラップとして利用している


 ゴルドラは全知覚を総動員し、周囲を警戒するように辺りを見渡す。視界には魔性の森という名前を忠実に再現したような森が広がっていた。


 青とも黒とも言えない靄のかかった視界は【瘴気】だ。

 咄嗟に毒を警戒したが、特に身体に影響は感じない。どうやらこれは【魔素】のようだ。魔素ならば特に有毒というわけでもない。


 ゴルドラは背中に翼を顕現し、地面を強く蹴ると木々のヴェールを抜け、中空で停止して遠望した。

 だが、眼下に広がるのは360度地平の先まで絶え間なく続く青い森と赤黒い空だけであり、現実とかけ離れた光景から幻覚や【ループヴィジョン】であることは疑いようもなかった。


 当然ながらこの空間の支配者は魔族である。しかもかなりタガが外れて上位の存在だ。


 通常、領域支配の範囲など一軒家レベルが当然。だが、この領域の範囲は小さく見積もって10k㎡はあるだろう。


 ゴルドラは地上に降りる。

 通常、領域支配は支配者にとって有利なフィールドで一方的に踏み込んだものを蹂躙することを目的としている。だが、この領域は敵を倒すことを目的にしているとは思えなかった。


 確かに陰鬱な景観に空気だが、魔素に満ちた空間は例外なく全ての者にとってメリットを与える。

 簡単に言えば、何もしなくて魔力が常に回復していくのだ。この領域内で魔力欠乏というのはあり得ないと言えよう。だが…。


 ゴルドラは目を鋭くとがらせ、角と爪を顕現させ、戦闘態勢に入る。


 魔力の欠乏は平等に回復させられても、生きとし生けるものにとって体力は簡単に回復できない。傷は魔法で回復できる。だが、疲労というものは避けられない。

 しかしながら、生物以外の存在には疲労というものがない。肉体的にも精神的にもない。そうした存在が魔力を失うことなく動き続ける空間というのは…。


「なるほど、この領域はお前たちを飼うにはもってこいの場所だというわけだな。」


 森の奥から複数の異形が現れる。

 細かい種族名は分からないが、スケルトン種が20体、ゾンビ種が20体、ゴースト種が10体。


 身に纏う武器や防具、体の大きさ、性別などにちがいがあり、おそらく強さの違いで固有の種族名があると思われるが、その区別はゴルドラには不要だ。

 区分けはレギオンランクで十分。全てモブレギオンという区分で考えれば、アンデット50体という一括りも同然だった。


『オオオオオオオオオオオオ!!』


 怨嗟にしか聞こえない鬨の声をあげると、一斉にアンデット達がゴルドラに襲い掛かる。


 アンデットの恐ろしいところはこういうところにもある。普通、こんな狭い森の中で戦いになればフレンドリーファイヤーを警戒して少数ずつぶつけてくるものだが、そうしたことを厭わない存在は常に一斉攻撃だ。痛みも恐怖も罪悪感もなければそういうことが出来る。


 だが、生きとし生ける存在のすべてがアンデットに対して恐怖するわけではなかった。


 ゴルドラの両手には金色に輝くオーラが纏われており、低く腰を下げた構えは四足獣を彷彿とさせた。


 一閃!


 ゴルドラを取り囲み、襲い掛かろうとしたアンデット達の間を光の線が無数に走った。


 刹那、アンデット達は一瞬で消し飛ぶ。それは実体がなく、《物理攻撃無効》を持ったゴースト系も同様であった。


 周りの敵がとりあえずいなくなったのを確認すると、ゴルドラは軽く息を吐きだす。そして改めて実感する。


「やはり魔力が回復している…。なら、力の温存も出し惜しみも不要だな。」


 ゴルドラの大腿筋がはちきれんばかりに膨らみ、先ほどの両手と同様に両足に金色のオーラが纏われる。


 そして、打ち出された光矢のように凄まじい超スピードで森を駆け巡った。

 


◾️

 火にかけたポットが沸々と湧き、部屋中にローズマリーの清涼感のある香りが部屋を包む。


 木々が剥き出しのログハウスの中は最低限の調度品があるばかりで、裕福さとは程遠いように感じられる。山小屋の猟師や山賊、もしくは世捨て人が住んでいると思うだろう


 しかしながら、その部屋の主には前述したようなイメージとは程遠く、気品あふれる淑女を彷彿とさせていた。


 毛先が透明なのではないかと疑ってしまうほど透き通る白髪はもはや白金の如き輝きを放っているとさえ感じられる。線の細い顔立ちには多少の皺が刻まれており、老いを感じさせるものの、それを前提にした上での美しさがそこにはあった。


 色白な肌は陽の光を避け続けてきた証と呼べ、それとは対照的に煌々と紅い瞳がとても印象的だ。

 紫色のドレス調の服は高貴な貴族の仕立てとみるに容易く、線の細い肢体を包み込んでおり、手には白い手袋と、顔以外に肌の露出を見せる部分はない。


 そんな彼女とは不釣り合いな貧層なベッドの上で上体だけを起こし、窓の外に視線を向ける。そこにはいつもと変わらない鬱蒼とした木々と薄暗い靄と光があるだけだった。


 彼女の名は【エルマリーク】。数年前から体が不調をきたし、ベッドの上で過ごすことが増えてきていた。


 エルマリークはお茶を注ごうとベッドから立ち上がろうとするが、それを察したようにポットは突然宙に浮き、彼女が座る席のテーブルに向って飛び始めた。

 併せてカップが2つ、ソーサーが2つと食器棚からテーブルまで誰も手を触れることなく空を飛び、彼女のベッドのカウンターテーブルに並び、ポットはカップにお茶を注いでいく。

 二人分のお茶を入れる光景を眺め、彼女は静かにほほ笑んだ。


「お帰りなさい、【ノア】。お茶、ありがとうね。」


 視線を玄関先に向けるとそこには少女がいた。

 歳は10代前半だろうか。150cmにも満たない小柄な体型。結い合わされた紺碧の長い髪は光を多角で捕らえ、立体的な美しさを見せた。

 非常に端正な目鼻立ちはしているものの、瞳の奥は儚げであり気弱そうな印象を感じる。

 しかしながら、優しさと慈しみを彼女の雰囲気から感じられた。


 黒を基調としたワンピースは裾と胸元には多くのフリルがついており、肩口からは純白の肌が露出していた。


「ママ、具合が良くないんだから寝てなきゃだめなの。お茶なら私の使い魔に命じてくれたらいいの。」


 目じりの下がったアイスブルーの瞳はあまり感情を見せない。だが、言葉には母への労りと優しさがあった。


 それを感じながら、エルマリークは小さく微笑んだ。ノアと呼ばれた少女はベッドの側に置いてあった椅子に腰をかけ、淹れたばかりのお茶を勧める。


 エルマリークは促されるようにカップを手に取り、口をつける。それを見てノアも続いた。

 甘さと苦みの中にある清涼感が体を駆け抜け、体の疲れを取り去ってくれる。


 お茶を嗜む彼女の頼みを聞いて、ノアが外で仕入れてきたものである。

 外に出られない彼女に代わり、娘のノアが生活を維持してくれている。

 特に日中は水汲みや調理、エルマリークの入浴などの補佐、家の片付けと余念がない。

 空いている時間があれば、森の動物たちから情報を集めて薬草や茶葉などを見つけに遠出をすることもしばしばある。


 夜になると『食事の準備や敷地内の警備、清掃』が始まり、昼間よりもずっと忙しい。広い庭を夜通し警邏して回る。

 夜になるとエルマリークは多少元気を取り戻し、一人で行動が出来るようになるため、介助は専ら昼の仕事だ。


 だが、夜の仕事の方が大変そうだとノアは『思った』。


 ノアはお茶で一息つくと、今日の収穫を母に報告する。背中に背負っていたリュックサックから古びた瓶を取り出した。その中には金色に輝く液体が3cmほど溜まっていた。


「見てママ。庭にいたクマさんに教えてもらった蜂の巣からとったの。とても栄養があるみたいなの。ママの病気にもきっといいと思うの。」


 瓶の中の液体から漂う甘い香り嗅ぎながら、エルマリークはわが子の頭に手を載せる。そして、そのまま優しく撫であげた。

 母の優しい手で頭を撫でられていることが心地よいのかノアは少し俯き、照れながらはにかんだ。


「ありがとう、ノアは本当にやさしい子ね。」


 二、三度頭を撫でた時、髪の色に異変が起こった。

 紺碧の髪は薄紫色へと変色し、子供らしい小柄な体躯が一回りほど大きくなったのである。


 しかし、エルマリークの表情は変わらない。以前手を払いのけられたことを思い出し、そろそろそんな時間かと、頭を撫でる手を止めた。


 顔を上げた彼女の顔はそれまでのものとはまるで違っていた。


 先ほどまでの子供らしさが抜け、端正で美麗な容貌は高邁で妖艶さすら感じられるものに変化していた。

 その最たる変化は目である。目じりが吊り上がり、母と同じ紅い瞳が与える印象は先ほどまでとは真逆で、慈しみや優しさなどというものとは無縁なように感じられた。


 彼女は小さく舌打ちすると席を立った。


「ノアのやつ…またガキみたいに甘えやがって…。それに… …。」


 自分の服装を見てイライラを募らせる。


「【ロア】に代わる前に着替えとけって言っただろうが。ったく…こんなフリルのついた服着て森に出れるかよ。」


 彼女は魔法を行使し、自身の服装を変化させていく。みるみるうちにゴシックロリータ的なファッションがまるで暗殺者の様な風貌に変化していく。


 黒のフードとケープコートとフィールドコートを身に纏った姿はまるで死神ようにも思える。だが、厳重な外衣と打って変わり、内衣は余りにも露出が多かった。

 俗にいうハイレグアーマーと呼ばれる胸と局部のみを覆ったその装備はまるで水着か下着のようにも見える。


 エルマリークは小さくため息をつき、ベッドから降りる。


「ロア、あなたこそなんて格好で外に出る気なの?」


「ああ?」


 ロアと呼ばれた彼女はねめるようにエルマリークを睨みつけるが、彼女は全く意に介さず、ロアに向けて手を翳し、魔法を行使する。


 すると、ロアの装備が変更される。


 胸はブレストアーマーとなり、ビキニパンツはハーフパンツに変更された。あまりにも多い露出は薄手のインナーシャツとタイツで防ぎ、ガントレットやショルダープレートで黒一色だった怪しげな風貌からマジックキャスター然とした風貌に変化した。


 自分が創造した装備を変えられたことにロアは口を尖らせた。


「ちぇっ!なんだよ…勝手に変えやがって。ババアのセンスは古すぎなんだよな。」


「別に見せる相手がいるとは思えないけど、自分の娘を変質者なんて思われたくないのが親心よ。」


 ロアは再びキッとエルマリークを睨むが、なんだかんだで今の装備が気に入っているのか変えようとしない。

 自分だけのお洒落をしたい年頃の娘の反抗期に、エルマリークはため息をつきながらも内心では微笑んでいた。


 部屋の中での姿見で自分に見とれていたロアが、急に真剣な目でエルマリークに向き直る。


「配置してたはずのアンデットの数が減ってる…。しかも50体も…。侵入者がいるの?」


 エルマリークも目を見開く。

 この森に展開されている領域は内からは出ることは困難だが、外からは自由に入れるように作られている。これは時折訪れる獲物を捕獲するためにあえてそのようにしているのだが、領域に入ってきたものが動物か人間かなどを区別することは出来ない。——大人数であればその数字の異変を感じることは出来るが——

 アンデットはロアが作り出したものなので、ロアだけがアンデットとの繋がりがあることから増減を感知できる。


 つまり、軍隊ではないが、アンデットを倒せるレベルである少人数の何者かがこの領域に侵入したことを示唆している。


 次の瞬間、ロアの表情がさらに険しいものに変わった。


「たった今、20体のスケルトンが一瞬で消された。もう気のせいじゃないね。場所は分かった。絶対逃さない!」


「ロア!」


 玄関に駆けるロアの背中に向けて、エルマリークは思わず声をかけた。その声に反応し、ロアは訝しんだ顔で振り返る。

「急いでるんだけど」という苛立ちを隠そうともしないのは彼女がこの事態を重く受け止めている証拠だ。


(本当に、2人とも優しい子だ。)


 エルマリークは軽く目を瞑る。


(もしかしたらその時が来たのかもしれない。でも、だからといってこの子たちの優しさを無下にすることもできない。)


 出しかけた言葉を飲み込み、エルマリークは笑顔を浮かべ、呟くように一言だけ言の葉を紡いだ。


「気を付けてね。」


 その言葉に照れくさそうに頬を掻いた後、ロアは親指を立て、にっと鋭く尖った歯を煌めかせた。


 ロアが外へ飛び出した後、エルマリークは椅子に腰をかけ、部屋に飾られた銀色のアーティファクトに目を向ける。


「あれから15年…もう長くない…。この侵入者達との出会いがあの子にとって良いものであるのであれば…覚悟を決めなければいけないわね。」


 そう呟き、温くなったお茶に再び口をつけた。


第3章 魔性の森の魔女 完


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