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〜奥様のほうがよっぽど魔女〜


◾️

「ダ・メ!に決まってるでしょ!」


 エリックの初恋の人と再会イベントはとっかかりから大きな障害にぶつかっていた。


 翌日の朝、勇者たちはエリックの案内で町の外れにある調合屋を訪れた。こじんまりとしており、決して繁盛店には見えないオープン前の店内に勇者たちは案内される


 扉を開けると薬のというか化学薬品特有の異様な臭いが漂っており、鼻が慣れるまで顔を顰めずにはいられなかった。

 部屋は乾燥させた多種多様な薬草が並べられている。小動物の干物や瓶詰めされたものがあり、さながらここが魔女の棲み処と言われても納得してしまう。


 そんな調合素材や薬品の名前、効果はジョブスキルの《薬剤師》によってすべてわかってしまった。ぱっと見は全部毒である。


(まあ、薬は強弱や調合で薬となるものだから、当然と言えば当然だが…。)


 そんなカウンターの奥でエリックは母親に今回のクエストの発注許可を取りに行ったのだが、大変難航していることが窺える。


 前述したように、クエストは双方で条件は取りまとめるが、その後のトラブルを回避するためにその内容の保証人となる役場に提出しなければならない。その際、当然ながら依頼主が子供の場合は親権者の許可は必須なのである。


(そんなの最初から取っとけよ!!)


 勇者は内心毒づく。まあ内容が内容だけに言いづらかったのだろうが、危険を冒すことは当然だし、なによりも報奨金を出すのは親なのだ。その親の許可がないままにスカウトから先に始めるとは、無計画にもほどがある。


 ヒートアップしていく親子喧嘩を聞きながら店の中で立ち尽くす勇者とゴルドラはバツが悪くなり、これはこちらから断った方がいいかもしれないとひそひそ話をしていると、喧嘩の声が徐々に近づいてくる。


「母さん!」


「うるさいわね!ダメだって言ってるでしょ!冒険者の人にはあたしが断ってあげるから…。」


 そういいながらカウンターの奥から姿を現した女性は勇者を見て言葉を止める。


(え、なに?)


 勇者は思わず身構えた。


 栗色の長い髪を後ろで束ね、長身痩躯な体型だ。美人に大別される部類には入るとは思うが、切れ長な目と明らかに勝ち気なその雰囲気は、近づこうとする男に二の足を踏ませるだろう。

 化粧気はなく、身に着けている作業用エプロンはあちこちに染みがみられる。胸元には鉄製の金属でできたブローチともペンダントとれるものが光っていた。

 エリックの年を考えると若くても30代半ば以上だとは思うが、見た目は相当若く見える。まるで姉と弟のようだ。


 彼女は細い目を見開き、驚愕しているように見える。決して恋に落ちたという類ではないことだけは分かる。


(なんか幽霊にでもあったようなリアクションだ…)


 冷や汗を浮かべながら気まずい現状を打破すべく咳払を一つしてなにか気の利いた言葉を探す。


「あ~え…っと…。どこかでお会いしたことありましたっけ?」


 気の利いた言葉とは程遠いセリフが勇者の口から出るが、女に自分が呆けていることを気付かせることには成功したようで、軽く横に頭を振る。


「え、ええ…。初対面の方に失礼だったわね。初めまして、エリックの母の【シェリアラ=リーケンス】です。」


 シェリアラは勇者たちにお辞儀をして自己紹介をした。当然、こちらも応じる。


「アレクシー=オズワルドです。アレックスって呼んでください。こっちは相棒のゴルドラです。」


 紹介を受けてゴルドラは軽く頭を下げる。その二人の様子をシェリアラは舐るように見る。その視線は決して好意的なものではなかったため、勇者は少したじろいだ。


「息子の妙な依頼を受けてくれた奇特な冒険者がどんな面してるんだろうとは思ったけど…。思ったよりまともそうな人で良かったわ。とりあえず座ってもらえるかしら。お茶ぐらい出すわ。」


 追い返しに来たと思ったのだが、息子がどんな怪しいやつを連れてきたのか心配だったということだろうか?

 確かに、昨日宿屋に来ていた冒険者の様な輩ならば、何はともあれ止めたいのは母親として当然の心情だと受け取った。


 しかし、解せないのは初めて顔を合わせた時のあの表情だ。なんか釈然としないものが勇者には残っていた。


 勇者とゴルドラ、そしてエリックの3人は店の中のテーブルの席に着く。奥から人数分のお茶を入れたシェリアラが現れ、それぞれに配るとシェリアラも席に着いた。


「さてと…。依頼について話す前に、何点かあなたに聞きたいことがあるの。」


 俺?と、勇者は自分を指さす。シェリアラの無言の頷きに、まあ答えられることならと承諾する。


「そう、それじゃあ遠慮なく聞かせてもらうわ。まず、あなたのその服、正直見ない格好ね。どこから来られたの?」


 ドキン!


(え?なんでこの人そんなこと気になるの?た、確かに、この赤のダウンジャケットはあまりにもファンタジー世界とは異質…興味が湧くのは分かるけど…。)


「キャラメイキングで手に入れました。」

「原宿で買えるよ。」


 などと言えるはずもなく、何とかお茶を濁すしかなかった。


「ちょーっとここからは遠い街で購入したんだけど…。」


「そう、なんていう名前の街なのかしら」


「… …。」


「あまりにも華美だし、法国内の売り物とは思えないんだけど、国外からどうやって持ち込んだの?」


「… …。」


「そういえば、昨晩は宿屋の食堂でアルバイトしていたらしいわね。一泊するお金もない割には小奇麗ね。どれくらい旅しているの?出身地は?」


「あ…あの…」


 絶え間ないマシンガンクェスチョンに勇者は背中に大量の嫌な汗をかき、何一つ答えられない。

 そもそも、転生者であるという話はしても大丈夫なんだろうか?宗教国家で問題にならないのか?それらを白状することに問題があるのか否かがわからず、勇者は軽いパニックになった。


(しかし、現代社会の日本を生きてきた俺にはこういう場合に切り抜けるキラーワードがある!つまりは…!)


「プライバシーに関わる質問はお断りします。」


(決まった!この一言で全ての質問に答える必要がなく、不要な嘘をつく必要もなくなり、常識のなさの露呈も防ぐことが出来る。一石三鳥の一手!)


 ちなみに国会中継における「記憶にございません」もこれに相当する。


 これによりシェリアラの口は一瞬止まるが、すぐに引きつったような笑みを浮かべた。


「プライバシー…ねえ?」


(あれ?なんか怒ってるような…。)


 相手の反応に冷や汗を流す勇者だったが、なんだか両脇が落ち着かない様子だ。ふと右に目を向けるとエリックは小声で勇者に尋ねる。


「あの…プライバシーってなんですか?」


「は?」


 勇者は絶句した。エリックの追従するようにゴルドラもおずおずと手を挙げる。


「すいません、マスター…。出来れば私にも教えて頂ければと…。」


 作戦失敗!


(そうだ!ここ中世ファンタジー!プライバシーもなければプライバシーという言葉すらも存在しないわけだ。)


 早い話、勇者は意味不明な言葉を発して返答を拒絶したということになる。これは新たに質問攻めが来てしまう可能性が…。


 内心ビビり散らしながら勇者がシェリアラに向き直ると、シェリアラはティーカップに口をつけていたところだった。


 そして、一息つくと、テーカップを置いた。


「プライバシーなら仕方ないわ。話を変えましょう。」


 ひらひらと手を振って話題の切り替えを行ったシェリアラに対して勇者は当然動揺を隠せない。

 なんでこれはスルーしたのか、それはつまり彼女はプライバシーという言葉を知っているということに他ならない。横の二人が特別無知なのか、彼女が特別に知っていたのか…。

 疑問が尽きない。しかしながら、勇者側からその疑問をぶつけることが出来ないのは非常にストレスだ。


 せめて会話の主導権ぐらいは取りに行きたいと考え、勇者は先に口を開いた。


「それで、今回の依頼は母親として承諾することが出来る内容なのか?そこのところははっきりとさせたい。」


(なんとか先に話題の方向性を提示することに成功!シェリアラはこの依頼をする気がないのは明白。これ以上ここで管をまくわけにもいかない。エリックには悪いがここはさっさとお暇して…。)


「別に構わないわ。」


「母さん!ホントに!?」


(… … はあ?)


 完全に思惑が外れ、思考が一時停止する。


(何でいきなりそうなるんだよ?!)


 全く話に脈絡がなさ過ぎて展開がよくわからない。エリックは嬉しそうにしているが、当のシェリアラ本人はすまし顔だ。


 そして、ゆっくりと3本指を立てる。


「ただし、条件が三つあるわ。一つ、依頼内容の一部変更。」


 何が変更されるのか、エリックも含めて固唾を呑んだ。


 シェリアラは首から下げていたペンダントを外してテーブルの中央に置く。


「クエストの達成条件は魔女に会い、このペンダントを見せること。」


 勇者はそのペンダントを手に取る。分厚いがそこまで重くないことから鉄ではない軽い金属だということがわかる。前世でいうアルミニウムのようなものだろうか?

 半楕円形になっている表面は幾何学的な模様が刻まれており、裏面にはシェリアラの名前が刻まれていた。


「こいつは一体なん… …。」


「プライバシーに関わるから返答を控えさせてもらうわ。」


 見事に食い気味で切り返された。こっちが先に情報を遮断した以上さすがにぐうの音も出ない。

 プライバシーについて説明を受けていないエリックとゴルドラの頭には相変わらずクエスチョンマークが浮かんでいる。


 シェリアラは悪戯が成功したとでも言わんばかりに、ちょっと意地悪な笑顔を浮かべた。


「これを見せた時の魔女の反応や話してくれた内容を聞いた上で、私が納得したら報酬を支払うわ。それで、次に二つ目だけど…。」


 そういうとまたシェリアラの視線がきつくなる。


「報酬についてだけど、金貨払いは出来ないわ。」


「はい?」


 これまた当てが外れた。


(一文無しのこちらにとって報酬は死活問題なんだが…。)


「報酬の相場ってもんがあってね。運搬警備でCランク。大型モンスターを駆逐するならばBランクって具合にランク付けされる中で、魔性の森は難度A。理由は詳細が全く分からないから。魔物やアンデットが出るって噂はあるけれど、魔女の強さは不明、敵の総数も不明っていうアンタッチャブルな領域なことが最大の原因。」


 そこまで捲し立てると、シェリアラは深いため息をつく。


「ランクAの達成報酬の相場は金80~100枚。悪いけどうちでは逆さに振っても出せる金額じゃないのよ。」


 勇者は自然とエリックに視線を向けた。いや、睨んだかもしれない。払えもしない依頼をふっかけてくるとか有り得ない。


(てか、母親の了承の件もそうだけど、下調べちゃんとしておけよ!)


 その視線の意図に気づいたのか、エリックは平謝りする。


 勇者は大きくため息をつく。


(エリックという人物の抜けの多さとともに、自分の抜けの多さにも反省させられる。自分の中の当り前で話を進めすぎた。そう考えると、シェリアラはしっかりとした母親だと感心させられる。ちょっと怖いけど…。)


「それで、金貨の代わりに支払うものとは一体何ですか?」


 全部を諦めて途方に暮れていた勇者を、交渉の場に引き戻したのはゴルドラだった。

 そうだ、彼女は依頼をしてきているのだ。自分の要望も込めて。

 そもそも無報酬が前提の話ではなかった。では一体なにを支払う気なのか…。


 勇者がそう思っていると、シェリアラは席を立ち奥の部屋に姿を消していった。


 そう大した時間もかからず、シェリアラは戻ってきた。その両手には小さな箱が抱えられており、大切そうに運んでいる所作とは打って変わり、表情には暗い影を落としていた。


 まるで婚約指輪でも入っているのかと思わせるその黒い箱をテーブルに置くと、彼女はゆっくりと箱を開けた。

 その箱の中にあった金色の物質を見て、勇者とゴルドラは凍り付き、目を見開いた。


 金貨だ。


 ただの金貨ではない。それは二人にとっては珍しくないもの。だが、エリックからしてみれば初めて見る金貨だった。

 即ち、《ブリオーン》から出現する金貨と全く同じ柄のものだったのである。


 反射的に、2人は席を立ちシェリアラから距離を取った。エリックは何が起こったのか全く分からず、両者の真ん中で困惑していた。


 二人が警戒をMAXまで引き上げたのは当然である。この世界で勇者が金貨を配ったのはバラックスでの三枚。しかしながら、鉱山夫ジェイクから法国の調査員に取り上げられたことは聞いている。

 では、今目の前にある金貨は何なのかと考えた時、シェリアラが法国と繋がっており、この金貨を持っていた人物の捜索を請け負っているという線が垣間見えたのだ。

 ゴルドラも当然同様の考えに辿り着き、自らの全能力と感覚を使って警戒網を広げる。すでにこの家の周りにテンプルナイトが押し寄せているのではないかという焦燥感にかられたからだ。


 鬼気迫る表情の二人を前にして、シェリアラは噴き出すように笑った。


「アッハッハッハ!なにそんなにビビってんのよ。そんなにわたしがこれを持ってることがまずかったのかしら?」


 シェリアラの様子から、こちらの予見が的外れだったことに気づかされる。


 どうやら彼女に敵意はない。


 それはゴルドラが周辺探知を行っても調合屋の周りに危険を感じなかったことからも明らかだった。


(だが、どうしても疑問にしたいことがある…。)


「なんでその金貨をあんたが持ってるんだ?!」


 金貨を指でいじりながら、シェリアラは望郷にも似た表情を浮かべた。


「あたしがこの金貨を得たのは20年前。金貨や金塊がいくらでも出てくる魔法の袋を持った男からもらった1枚よ。」


 勇者は開いた口が塞がらなかった。


「20年前…って、そいつは…。」


「あたしが出せる報酬はこの金貨を法金貨に換金するための方法だよ。」


 勇者が次の言葉を紡ぐ前に、シェリアラは衝撃の報酬を提示した。


「出来るのか?これを換金する方法が?!」


 勇者は興奮のままにシェリアラに詰め寄る。

 正直、金貨を渡した男について聞きたかったが、話を切ってきた以上、尋ねても答える気はないのだろう。なら、今は答えてくれる情報に意識を向けた。


「ああ。昔の伝手でね。そのルートを使えばこの金貨を捌くことが出来る。まあ、諸々の手数料込みで1枚当たり法金貨5枚で捌いてくれるよ。」


「マジか!?」


「ああ、マジさ。ただ無限に、てわけには当然いかない。一気に世に流せば金貨自体の値崩れは勿論、法国全体が極度のインフレに見舞われることにもなりかねない。だから、今回はAランク本来の報酬分である法金貨100枚分にあたるこの金貨20枚を換金することが報酬にさせてもらうよ。」


 なるほど、正規がダメなら裏がある。裏なら単純に金の比重が高いこの金貨を通貨としてではなく金として買い取ってくれるというわけだ。


(それにしても、この人何者なんだ?《ブリオーン》のことを知っている。裏の流通網に伝手がある。これだけでも結構怪しい…。薬屋ってことだけど、もしかして危ない薬とか作ってるんじゃないだろうな?)


 そんな疑いの目を向けられているシェリアラは気づいているのかいないのか、話を進める。


「三つ目。今回のクエストは【ダブルサイドクエスト】にすること。」


(ダブルサイドクエスト?どういうことだ?)


 勇者たちの表情から説明が必要なことを察したシェリアラはお茶で唇を湿らせた。


「ダブルサイドクエストっていうのは役場に提出する表のクエストと役場には伏せて当事者同士が了解済みで行う裏クエストを同時進行していくこと。

 今回の場合、魔性の森でのクエストを裏にして、表ではCランク相当の希少薬草をゲットしてきてもらう。つまり、表と裏のダブルヘッダーを行ってもらうってこと。当然、表のクエストの報酬は法金貨で払うからその点は安心していいよ。」


 シェリアラの最後の要求に二人はしばし考え込む。

 この条件に潜むメリット、デメリット、リスクとリターンについて。その意図に気づいた勇者は深く頷いた。


「OKだ。」


 なんで二つのクエストを同時に受けないといけないかがわからないゴルドラの様子をみて、勇者は解説を始める。


「そんなに難しい理由じゃない。最初からAランクのクエストなんて一個人が出していいようなクエストじゃないんだろ?」


 勇者が相槌を求めてシェリアラを見ると、彼女も軽く頷いてくれた。


「一個人が法金貨100枚の報酬で冒険者を雇う、それは法国でなくても警戒される。さらにそのクエストの目的がこれから焼き討ちにしようとしている魔女との接触だ。どう考えてもまず許可が下りない。」


「と、なればランクを落としたダミークエストを用意しておく必要があるわけだけど、あんまりにも簡単すぎるのは逆に疑われるわ。Eランクの薬草摘みなんて、今更冒険者にやらせたりすると、ね。」


 勇者とシェリアラの交互に教鞭を振るうかのような説明にゴルドラは感嘆の声をあげた。


「だた、むしろこっからがあんたの目論見だろう?絶妙なランクのクエストにすることによって、魔性の森に踏み込んでしまう愚かな冒険者の事故を演出するためにはさ?」


「ご名答。」


 勇者の言葉にシェリアラは即答する。ゴルドラはまた訳が分からなくなっていたが、エリックが口を挟んだ。


「そうか、もし魔性の森に入っていたことが法国にバレても納得のいく言い訳が欲しかったんだ。依頼主も引受人もそんなつもりはなかったけど、不慮の事故でそうなってしまったっていう言い訳が使えるギリギリのレベルがCランククエストってことだね。」


「そういうことね。」


 シェリアラは薬棚から乾燥した薬草を取り出し、テーブルに置く。


「これがCランクの素材アイテムだけど…。」


「ハリエラ草だな?」


 あっさりと植物の名を的中させた勇者に対し、薬屋の二人は驚愕する。


「知ってたの?調合前では全く流通していないレア素材なんだけど…。」


(《超鑑定》もあるし、薬剤師のスキルで効能からどんな薬が生まれるのかまで全部わかってしまっています。)


 勇者は「まあね」と軽く流す。


「つまり、俺たちはまず北の森でハリエラ草を採取、その後に魔性の森に入って裏クエストを終えて帰還。役場にハリエラ草を確認してもらって依頼達成を承認してもらう。その後、またここに戻ってきてから裏クエストの結果報告をするって流れで間違いないな?」


 シェリアラは深く頷き、ニンマリと笑う


「ええ、問題ないわ。この三つの条件に承諾してくれるようなら、今回のクエストを二人にお願いしようと思うのだけど、どうかしら?」


 勇者はゴルドラと一度だけアイコンタクトを取ると即答する。


「もちろん、よろしく頼むぜ。」


 勇者はシェリアラに右手を差し出し、シェリアラもその手を握り返した。


 その時の彼女の目はどこか憂いを帯びており、その目を見た時、勇者はまだ彼女がもつ真実に触れてはいけないような気がした



 役場でのクエスト受理も滞りなく進み、勇者たちは北の森に向けての準備を始める。


 いや、全く問題がなかったわけではなかった。結果的に快く受理されただけだ。


 考えが浅かったと言えばその通りだが、近日中に焼き討ちが計画されている森での採取クエストなど危険だと判断され、取り下げられそうになったのだ。

 慌てる勇者たちだったが、シェリアラはさすがだ。

 あの森で生計を立てていた身だからこそ、焼き討ちされる前に貴重な素材は採取しておきたいと願い出たのだ。

 これには「確かに…」と役人は頷くしかなかった。焼き討ちが始まる前にはカテドラルから鐘を鳴らす手筈となっているため、それが聞こえたら撤収するという約束でクエストが受理されたのである。


 本当にこの女は隙が無く、頭が回ると感心してばかりだ。


 役場から出た勇者たちだが、本来ならば町で武器屋や道具屋を巡り、冒険に必要なアイテムを揃えるというムーブが普通なのだろうが、相変わらずの一文無しパーティーであるため、エリックたちの店で使えそうなものがないか物色させてもらっていた。


 倉庫には調合屋には不必要に見える武器や防具類もあり、乱雑に詰め込まれては埃を被っていた。

 シェリアラ曰く、何が調合に使えるかわからないからとのことだが、この管理の悪さはいつか使うという域を超えることは決してないと言い切れるものだった。


 そんな雑多な倉庫の中で、咳込みながらも勇者は念願のアイテムを手に入れた。


 武器である。しかも何の変哲もないブロードソードだ。


 ほとんどのものは刀身が朽ちてしまっている中で、これは状態がいい方だ。鑑定を使ってみると、どうやらミスリルの粉を表面に吹き付けているようで、錬成武器であることが分かった。

 通常の店売りではただの鉄しか使わないため当然錆びるが、ミスリルを使っているだけで錆びには圧倒的に強くなる。


 もちろん、すべてミスリルで仕立てたミスリルソードなどと比べると魔法的補正もなく、切れ味は普通のブロードソードなのだが、勇者としては満足のいく掘り出し物だ。


 なぜ武器が必要だったのか、というと、バラッカスからロネリーまで移動している間に出くわしたバウンドドッグとの戦闘まで遡る。


 ようやく通常のモンスターとの戦闘だと意気揚々と《エクスカリバー》を抜いた勇者は愕然とした。


 刀身がまるまるないのである。 


 柄だけの剣をいきり顔で向けられたモンスター達の動揺が伝わってくるようで、非常にこっぱずかしい思いをしたのであった。


 《エクスカリバー》は奇跡を起こす剣。それ以外の通常利用は出来ないということだ。

 完全に切り札となったエクスカリバーに代わりに、日常使いの武器が必要となったという経緯である。


 その他に、ランタンやロープ、野営グッズや外套などなど、冒険者グッズが色々出てきた。その中でも秀逸なものとして、世界時計クロックサイトという魔法をルーンによって封じ込め、誰でも何度でも使用可能にしているマジックアイテムがあった。

 魔法の名前から想像できるように、現在の世界時間を把握する効果、つまりは時計である。このマジックアイテムの形も懐中時計そのままであり、蓋を開けると時間が確認できる代物だ。何度も使うと効果がなくなるようだが、魔道具技師のところに行けばまた動くようになるとのことである。魔力を電池だと思えば前世の時計と全く変わらない。


 しかしながら結構高価な物らしく、一般人向けには普及していないらしい。時間についてはみんな大体で動いているのが実情とのことだ。


 勇者はそれらを綺麗にして収納インベントリーに詰め込んだ。

 人一人分の重量は確実にあると思われる道具の山を見て、収納インベントリーがないと冒険って大変だと思い知らされた。バックパッカーが非常に重要であるというのも頷ける。これで下手したら帰りには荷物が増えるかもしれないというんだからなお恐ろしい。


 こうして荷造りは終了し、勇者とゴルドラは小屋の外の草むらに腰を下ろした。

 お互いの労を労いながら、皮袋に入った—シェリアラにもらった—水を喉を鳴らしながら飲み、まるで仕事終わりの一杯をしたようにぷはぁっと息を吐いた。


 勇者の額には汗が滲んでいたが、ゴルドラは涼しい顔だ。やはりお化け体力は伊達ではない。


 勇者は横になると青い空を何気なく見上げていた。風、草の香り、昼を過ぎて傾いていく太陽。摩天楼や喧噪のない牧歌的な雰囲気に身を委ねながら、今更ながら本当に転生したんだなと実感していた。


 そんな勇者の隣でゴルドラはちらちらとこちらを覗き見ているのに気づく。勇者は上体を起こし、ゴルドラに向き直った


「どうした?」


「いえ、シェリアラ様のお話に出てきた金貨のことがどうしても腑に落ちなかったのです。マスターは深く追求しませんでしたが、その…心当たりがお有りなのかと思いまして。」


(なるほど、あのことに対して深く追求を避けたことが、ゴルドラには不審に思ったということか。)


 あの時はシェリアラも深く話す気がないのは目に見えていたから、もし追及してもプライバシーという言葉で阻まれていただろう。


 勇者は思案した。この問いに答えるには勇者…つまりプレイヤーについての説明が必要になってくる。特にナビから禁則事項とされているわけではないので話すことは問題ないかもしれない。

 しかしながら、この世界を生きる人たちからするとあまりにも荒唐無稽であり、ありのままを話すと逆に信じてもらえないような気がした。


 一通り頭で伝えるべきことと伏せておいた方が良いことを区別した上で、勇者は重々しく口を開く。


「シェリアラに金貨を渡した人物と俺は同じ能力を持っているんだ。それはたまたまじゃあない。なぜならこのスキルは俺がこの世界に転生する前に神さまからもらったスキルだからだ。」


 ゴルドラは大きく目を見開く。


「え?転生?神様からスキルを?…マスターは【転生者】なのですか?!」


(あれ?なんか予想をはるかに超えてゴルドラの動揺と狼狽が大きい。転生者ってワードは不味かったか?)


 だが、もう後には引けない。勇者はゴルドラから目を逸らし、虚空を見つめた。


「俺は勇者としてこの世界に転生させられた。おそらく、その人物も俺と同じく転生者であり、シェリアラはその人物とパーティーを組む冒険者だったんじゃないかと思う。」


 倉庫に放置された冒険者グッズがその推理の裏付けだ。


「勇者は同じ時間軸に二人は存在しない。その人物は冒険を終え、この世界を去り、代わりに俺が降り立ったってことだろうと思う。俺の服装やプライバシーという言葉についても異界の道具、異界の言葉としてシェリアラの記憶に残ったのだろうな。」


 そう、つまりは前の勇者は【ゲームオーバー】になったのだ。

 そう考えるとシェリアラが時折見せた悲しげな表情も説明はついた。


(とりあえず、一度は否定された勇者という自身の立ち位置を再度取り入れた上で、【アルカナレイド】というゲームのプレイヤーであるメタな情報は伏せた説明だったのだが、ゴルドラの理解のほどは如何に?)


 ちらっと、ゴルドラに視線を送る。そこには、地面に額をこすりつけて平伏するゴルドラの姿があった。


「申し訳ございませんでした!!」


 まさしく平に謝るゴルドラの姿に、「突然何さ?」という疑問が尽きない。

 狼狽える勇者を尻目にゴルドラは声を張り上げながら感涙の涙を流していた。


「まさか…まさか…マスターが神の祝福を受けた転生者だったとは…!そんな神の御子たる存在に対して、偉業を成していないならば勇者を名乗るべきではないなどと…なんて烏滸がましい…!なんて愚かな!私は…私は自分が情けない!」


 ゴルドラの情緒が爆発し、何度も何度も地面に頭をたたきつけ、顔が地面にめり込んでいく姿にドン引きしながら、勇者は言葉選びを間違えたかと不安になる。


「あ、え…と…ゴルドラさん?あんまり取り乱さないでくれるかな?正直俺はこの世界に降りたのは間もないことで、まだ三日目なんだよ。まだ何にもやってない、右も左も分からないんだから、変に祀り上げられても困る。これからも変わらない態度で接してくれよ?」


 ゴルドラは土まみれの顔を上げ、「畏まりました!」と、またしても深々と頭を下げ、地面を揺らす。


 勇者は苦笑しながら、やはり話したのは失敗だったかなと思ったが、旅を続ける上で身の上はある程度話しておく必要はある。特に勇者にとって三日前にはこの世界にいないのだから、故郷の話だの、親の話だの過去話を振られると全部嘘を練る必要が出てくるのだ。


【アルカナレイド】については説明をどうするか悩まれる。


 何の目的のために勇者として生を受けたのか?という質問が来た時、そのまま【アルカナレイド】を説明したとしよう。しかしながらそれは利己的な理由でこの世界の人を駒にして遊んでるだけにしか聞こえないのだ。


(今のように過剰に崇めたてられるのも困るが、失望されるのはより困る。【アルカナレイド】の過程と目的が崇高なものになるようにロジックを組み上げるまでは当面伏せたままにしておこう。)


 半刻ほどしてゴルドラが落ち着き、ようやく倉庫から店に戻ってくると、店の奥からまたしても怒声が響き渡っていた。


 勇者は正直うんざりしていた。役所から戻ってきて6時間、現地時間で16時を回る頃だというのにまだ親子喧嘩をしているのだ。


 喧嘩の理由など当然のことながら予想できる。エリックが同行することについて揉めているのだ。


 シェリアラの性格上、最初から行かせる気なんてないのは言うまでもないことだし、エリックがついてきたらわざわざダブルサイドクエストにして役人を騙していることが露呈しかねない。

 それぐらいのこと、あの年ならわかりそうなものだが、恋は盲目なのかなかなか折れないようだ。


 勇者は深いため息をついて店の奥に呼びかける。


「今日はもう遅いんで、クエストは明日の朝からするのでよろしく~。」


(聞こえたのかどうかはよくわからないが、今やっている喧嘩に首を突っ込んでも仕方ない。とりあえず今は出来るだけ早く宿屋に戻り、今夜の飯と寝床を確保するために働かねば!)


 ゴルドラも気合十分に鼻息を荒くして、いざ戦場へ!二人は駆け足で向かっていったのだった。



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