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第9話魔王の逆鱗


「はいっちなみに条件はこちらです」


魔王城での労働条件が書かれた書類を手渡す。ミランはざっくり目を通したあと、書類を握り直して二度、三度読み直す。


「なっなんですの?!この高待遇は?!わたくしの屋敷で働く召使いよりも高待遇……い、いえ。わたくしは騙されませんわ。こんな給料の払い方をしていれば経営は成り立ちませんもの」


「貴女、経営についてお分かりになるんですね?素晴らしいです!」


ルイーゼはミランの手を取り目を輝かせる。


「え、えぇ。我が家は商人の成り上がり貴族ですの。まぁ今は……倒産してしまいましたが」


「それで勇者にジョブチェンジを?相当苦労なさったのですね……是非その素晴らしい力を、我が主、アザゼル様のために使っていただけませんか?!」


「あ、アザゼル……?」


ミランは玉座に座っている魔王を見やる。足を組み頬杖をついて見下ろす魔王は、黒髪の長身。鋭く赤い瞳にミランの"胸の鼓動"が高なった。


「アザゼル様は、スキル従業員管理にて働く皆様の健康を気にされておられます。そして、スキル召喚と効率の良い働き方を組み合わせることで、高待遇と高収入を両立させているのです!」


ペラペラと早口のルイーゼ。ミランはたじたじだ。


「どうですか?私達と一緒に楽しく働きませんか?」


「た……楽しく……」


ミランの脳裏を過ぎる、両親の姿。ミランは一度だけ、商業の馬車に乗せてもらったことがあった。

国を渡り歩きながら商品を売り、喜ぶ客の笑顔。それを見て、汗水垂らしながらもやりがいに満ちた顔で笑う両親。


(そう……わたくしはお父様とお母様が楽しく働く姿に憧れた。魔王城ここでならもしかして……いいえ、なにかの罠かもしれませんわ。でも、この待遇が本当なら、わたくしも両親のように――)


ミランがなにか言いかけた瞬間だった。何者かが背後からミランの首を絞めあげた。


「ぐっ?!」


「!」


ミランの首を腕で締め上げ、反対の手でナイフを宛てがう男は、大斧使いのロア。ルイーゼの一撃から意識を取り戻したようだ。

鼻血を垂らしたボコボコの顔ながら、ミランを人質に取り、笑う。


「ミランをぶっ殺されたくなきゃ下がれクソメイドォ!」


「くっ……完全に意識を断てていなかったなんて……ミランさんと言うのですね。彼女を傷つけることは許しません!」


「許す許さねぇは俺の選択肢だぜぇ?下がれよォ」


ロアのナイフがぷつり、ミランの喉元を突き刺す。僅かに垂れる血はルイーゼを退かせるには充分だった。


「クク……多方ミランのカラダが目当てなんだろぉ?クソメイドの主はいい趣味してやがるなァ。あぁ、クソメイドも可愛がってもらってるタチか?魔王様ァっもっと子種をください〜って腰振りまくってんだろ毎晩ン〜?」


「は?」


ビキ、とルイーゼのこめかみに青筋が浮かぶ。


「アザゼル様への愚弄。絶対に許さない。アザゼル様は私達を大切になさっている。汚らしい妄想で主を穢したこと、あの世で詫びていただきます」


「やってみろよォ!テメェが攻撃した瞬間、愛しのアザゼル様ご所望のォ、デカパイ女が血飛沫あげて死ぬぜェ!」


ルイーゼのホウキの持ち手がミキミキと音を立てた。


それは瞬き一瞬の間。ロアのナイフが粉々に砕け散ったのだ。ルイーゼは動いていない。


床に砕けたナイフと万年筆が転がっていた。


「これは……アザゼル様の――」


「あ、え?なんで……ナイフ、はぇ?」


ロアが砕けたナイフに視線を移した一瞬。眼前に怒れる魔王、アザゼルが。


「下劣な行いだけでは飽き足らず、俺の部下を愚弄する行為。貴様はクソ野郎の中でも救いようのない屑だ」


低い声。殺気を孕んだ視線。ロアを恐怖に陥れること等、容易いものだ。


「へぁ……あ、あぁ、いや、貴方のモノをバカにしたつもりは……よ、よく見たら美人だし胸もあるし、スタイルも」


「黙れ。貴様はもう喋るな」


「ッ〜……く、来るなぁ!寄るんじゃねぇえ!」


ロアはミランを突き飛ばし大斧を手に取る。


「きゃっ」


転びかけるミラン。アザゼルは迷わず彼女を抱きとめる。


「クソ女好き魔王が!勇者と仲良く死ねェ!」


振り下ろされる大斧。ミランごと、アザゼルを殺そうというのだ。


「下衆が何をしようとも、俺の決意は変わらない」


アザゼルは右手で大斧を"弾き返した"。真ん中で折れた大斧は、ロアの頬を掠めながら壁へと突き刺さる。


「ブラック労働。セクハラ、パワハラ。この世から抹消してやる」


「う、嘘ォ……ゆっゆ、ゆゆ、許してくれ!俺の持ってる女をやる!好きなだけ連れて行っていいかりゃっ」


アザゼルの指先がロアの肩を軽く叩いた。


パァンッ


肌着のみを残し、衣服も鎧も弾け飛ぶ。


次は貴様が、こうなる番だ。


そう言われているような赤い瞳。

ロアは放心して床へ座り込んだ。


「ヒバリ。つまみ出せ」


「はっ」


騎士のヒバリに引きずられ、ボコボコのクリフと霰もない姿にされたロアは魔王城からつまみ出された。


「流石アザゼル様!私のミスをカバーするだけでなく、助けていただいてありがとうございます」


「ルイーゼ。ごめん。我慢できなくて俺が手柄奪っちゃったよな」


「いえそんな!寧ろ喜ばしかったと言いますか……」


「え?」


「い、いえ!何も!」


「?……あ、えーと、ミランだっけ?怪我無い?」


アザゼルは抱えたままだったミランを降ろす。先程の冷徹な視線とは違う、穏やかな顔つきだ。


(黒髪の長身……強くて温厚な魔王アザゼル様――)


ミランの薄紫の瞳が瞬いた。



















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