第38話新手アルヨ!勇者攫い魔王城の真実
バシャッ
舞い散る水。それは女のメガネや整えられたミルクティー色の髪の毛を濡らす。
「一体何度、同じ過ちを繰り返すんだ」
ポタポタ、雫が落ちる空のコップを構えるのは冒険者斡旋ギルドリーダーのカイザー。
「申し訳ございません…」
冷水を浴び、力なく謝るのは秘書のクレア。
「ラグもシェードも…なにがお任せ下さいだ。役に立たん愚図どもめ。特別扱いをして損害だらけだ」
勇者の中で秀でた者は、稀にカイザーに認められ親衛隊として働くことがある。主に逃げた勇者の抹殺やお偉方の抹殺など汚い仕事を中心にこなす。
「もっとマシなやつはいないのか…これ以上俺を失望させるな」
「Sランクパーティは現在西の魔王討伐にかかりきりで」
「そんなことは知っている。知っていることを報告するなカス女。必要なのは勝てる駒だ」
「は、はい…」
カイザーはウィンドウをスクロールする。数名の親衛隊リスト。その中の一人に目をつける。
「…確か奴は見目の良い女を囲っていたな。魔王に恋心があるかは知らんが、油断させて籠絡するのも悪くない。クレア」
「は、はいっ」
「リンリンを呼べ」
「分かりました」
数分後、クレアが連れてきたのは二つのお団子むすびをした水色髪の女。衣服も中華風だ。
「及びネ?カイザー様?」
「リンリン。貴様に魔王の討伐以来だ」
「魔王なんてとんでもないアル。ワタシの得意は暗殺。正面戦闘専門外ヨ」
カイザーは立ち上がるとリンリンを見下ろす。その鋭い視線にもリンリンは臆せず見つめ返す。
「魅力で籠絡し、潜り込んで至近距離から殺せ」
「わ、ワタシに色仕掛けなんて無理ネ…」
「安心しろ」
カイザーはリンリンの胸を躊躇いなく鷲掴む。ゾッとリンリンの顔が引きつった。
「房中術を仕込んでやる」
ブル、と身体を震わせたリンリンだったが、二回の深呼吸後、眼差しは強いものに戻る。
「分かったアル」
「部屋を用意しておいた。クレア。房中術の講師を付けておけ」
「わ、わかりました」
「リンリン。失敗したら、貴様は見世物だ。その身体を二度と嫁としても女としても生きられないようにしてやる」
「………のぞむところネ」
リンリンとクレアは執務室を後にした。
「クレアさん大丈夫ネ?なんにも悪くないのに水かけるなんて酷いヨ」
リンリンはハンカチでクレアの髪を拭う。
「い、いえ私は…他の方々に比べるとマシといいますか…何人もの勇者たちが、ゴミクズのように使われ、捨てられていくのを助けているような…最低な女ですので」
「そんなことないヨ!クレアさんが庇ってくれなきゃ、もっといっぱいの人が酷い待遇を受けてたネ。今は耐えるしかないヨ」
「リンリンさん…でも、大丈夫ですか?その、房中術なんて…最下層の娼婦が身につける恥辱の術です」
「だぁいじょうぶヨ。なんとか切り抜けてみせるネ。今は辛抱アル。いつか必ずあの野郎をぶっ飛ばして、皆が笑顔になれる場所をつくるヨ!」
「…はい……あ、あの、リンリンさん。貴方がこれから向かう魔王城の事なのですが――」
◇◇◇
どうも普通の魔王とは違うようなんです。勇者を取り込み、操り人形にして無理やり従わせているとか…
(魔術使いの魔王…人の心が分かる、会話できる魔王ってコト。それなら正面戦闘じゃないワタシにもどうにかなるかもしれないネ)
リンリンは一人魔王城へと向かっていた。正規ルートではなく、木の上や茂みを抜けてアザゼル達の探知に引っかからないように。
(房中術なんて誰が使うアルか。センセーは脅して口封じしてるケド、いつ暴露されるか分からないヨ。要は魔王を倒せてたらイイネ。ワタシはワタシのやり方で殺るアル)
リンリンは魔王城の裏手から侵入に成功。城内を忍び足で移動し、アザゼルを探す。と、数人の話声が。
「急いでくださいまし。それは今日中に。ホールの掃除は終わりましたの?企画書の準備は?」
眉間にシワを刻み、キレのある指示を出す紫髪の女。数人がバタバタと動き回り、何やら忙しそうだ。
(あれは元勇者のミラン。取り込まれて扱き使われてるっていうのはホントだったアルな)
「おぃ、君たち何をやってるんだ?」
低めの声。重たい圧。現れた男にリンリンの背筋が凍った。
(こ、これが魔王アザゼル?!規格外…強すぎるヨ…!)
鋭い目つきがメイドや騎士達を睨み、数人が震え上がっている。遠目に見ているリンリンも怯えるほどだ。
「あ、も、申し訳ありませんアザゼル様…今日までの企画書が押していまして…」
「なんだと?」
ピリ、張り詰める空気。
(勇者を洗脳して取り込む魔王……絶対許さないアル。一体どんな暴言を――)
「ルイーゼの誕生日会が始まるんだ!そんなもの後回しにしろ!」
「…………ン?」
この魔王城。なんか変――?!




