第36話前向きな退職!涙の別れ
「ミランさっ…わた、私っ…私、ミランさんに教えてもらったこと、優しくしてもらったこと…絶対わすれましぇ、ん…」
眼鏡の下でびちゃびちゃに泣いているのはアンジュ。聖女の面影もない。
「な、なんですの急に?」
「こ、これ…私の、私の宝物ですっ」
アンジュはミランにフライパンを押し付け泣きながら去っていった。ミランはフライパンを持ったまま立ち尽くす。
「な、なんなんですの一体?」
「あの。ミランさん」
「シルビア。何やらアンジュの様子がおかしくて…」
「私は新人社員、ラグが流した嘘に騙され、一度は貴方を疑ってしまいました。謝っても、許されるものではありません」
「え…?なんですの今更。あの件はラグが悪いのですよ?私だって同じことになったら貴方を疑っていましたもの」
「それでも愚かな判断をしたことに間違いはありません。私、ミランさんを尊敬しているんです。アザゼル様の布団に飛び込んでクンクンしたり、ハンカチをくすねたりするしょうもない変態だと思っていましたが」
「は?!」
「ですが、この魔王城を豊かにし、アザゼル様の経営の負担を担っているのは事実。私も、見習わなければと思います」
「こ、後半は正しいわね?前半も嘘ですわよ?シルビア貴方。また揺さぶられてますわよ?」
「今後は私もアザゼル様のことを支えられるよう尽力します。ですからミランさん。貴方は安心して夢を追ってください」
ドンッ
シルビアがミランに押し付けたのは、社員旅行土産のエンジェルベアぬいぐるみ。
「ちょっ、これ、アザゼル様がクレーンゲームで取って下さった大切なものでは?!シルビアーー?!」
シルビアは瞬く間に豆粒大程までに逃走。
「えぇ…もう、一体なんなの……」
ミランの両手にはフライパンとぬいぐるみ。立ち尽くしていると今度はシンがなだれ込んできた。
「はぁっ、はぁっ…はっ」
「し、シンさん?先日の傷はもう大丈夫なんですの?」
「み、ミランさん…ッ……お、俺っミランさんを助けることができて良かったです…おれ、ミランさんが掛けてくれた言葉、いっぢょう、わずれまぜんっ」
マジ泣きである。ミランの脳内は?マーク一面に埋め尽くされた。
「一体なんなんですのー?!」
◇◇◇
「はぁ…朝から皆さん、なにか変ですわ」
ミランは両手いっぱいに贈り物を抱えながら廊下を歩いていた。花束やアクセサリー、衣類にお菓子。
「私の誕生日というわけでもありませんのに…?」
「ミラン」
「アザゼル様!」
「重そうだな。半分持とう」
アザゼルはミランの手からいくつかの贈り物達を取った。
「も、申し訳ございません…アザゼル様にこんな雑用を…」
「構わない。ミランは働き者だからな。部下たちからの人望も厚い」
「そ、そんな…」
「本当だ。この歳で君ほどの経営手腕を持つものはいない。俺はミランのことを尊敬している。いつも助かっているしな」
アザゼルは鋭い赤目をしながらも笑う。ミランの心臓がきゅん、と跳ねた。
「ありがとうございます……っアザゼル様。私アザゼル様に伝えたいことがありまして」
「あぁ。分かっている。力になるぞ」
「は、はい!…では本日、私が新しく開店するお店を見ていただきたいのです…その、両親のお店を取り戻すためにお金を貯めてきて…も、もちろん自費です!横領とかしてませんのよっ」
「ふ、あぁ。見せてくれ。ミランの頑張りを、な」
「ハイッ!」
魔王城メンバーはミランの店を見るためにゾロゾロと市場へと来ていた。
「ねぇあれって魔王じゃない…?それも最近噂になってる"勇者を洗脳して取り込む魔王城"の」
「うそっ…指一本で世界を破壊できるって言う…や、やだどうしましょう」
ザワザワと道を開ける一般市民達。腕組をして歩くアザゼルは、噂通り、貫禄のある恐ろしい魔王そのものだ。
「寂しいですが、やはり楽しみですねっアザゼル様!」
「あぁ。ミランがどんなお店を開くのか…必ず一番の取引先になるぞ!」
内部ではこんなほのぼのした会話が繰り広げられているとは、誰が想像できただろう。
「もう…アザゼル様だけでいいと言ったのに……何故みなさんまで」
「冷たいこと言わないでよミラン。貴方の新しい一歩、私だって見たいんだから!」
「ニーアさん…わ、分かりましたわ。皆様に見せるにはまだお恥ずかしいものですが…こちらが、私のお店、フロスキア貿易商店ですわ!」
市場に並ぶハザールの一角。こじんまりとはしているが、並ぶ装飾品の多さや、比類の無い品質のよさが垣間見えている。一同「おぉ」とどよめいた。
「ここが…ミラン。君の新しい職場か…」
「えぇ。私の新しい………えっ?」
「え?」
魔王城。すれ違い通信か――




