第28話宣戦布告
魔王城の社員旅行。楽しく順調な旅のはずが、露天風呂にてラスボスに遭遇――
「な、なんでここに……」
かつての雇い主であるカイザーを目の前にシンは体を震わせる。
(コイツが今の勇者ブラックに拍車をかけてるカイザーか。まさか社員旅行中に顔を合わせることになるとはな)
アザゼルが勇者だった頃も斡旋ギルドの長はロクな奴ではなかったが、カイザー程悪逆非道な男ではなかった。
「魔王城に行ったっきり行方をくらましていた58番の勇者。ということは隣にいる血色の悪い男が、魔王アザゼルだな?」
「あぁ。だが今は社員旅行中だ。戦う気は無いぞ」
「貴様の意見など聞いてはいない。貴様のせいで我がギルドは不利益を被っているからな」
カイザーはそう言いながらも同じ湯船へと浸かる。シンは顔を上げられないで小さく震えるばかりだ。
「不利益?」
「忘れたのか?その58番は俺のモノだ。ソイツは俺と契約を交わし、雇ってやっていたというのに、貴様はそれを洗脳によって書き換えたんだろう?」
「シンはモノじゃない。侮辱するな。それから洗脳じゃない。シンが自分で選んだ道だ」
「自ら俺に逆らったのか?58番?」
シンの体がビクリと跳ねる。刷り込まれたトラウマが、従わなくては、という脅迫に繋がっている。
「俺に逆らったらどうなるか。それを一番知っているのは貴様のはずだ。親も守れない貴様は次に誰を失うんだ?」
ボッ
破裂音。
アザゼルが殴りつけたお湯が、カイザーへと降りかかる。
だが、カイザーは指鳴らし一つで、湯を弾け飛ばして見せた。
「シンは俺の部下だ。二度と手は出させない」
「あ……アザゼルさん」
「面白い冗談だ。58番。よく考えろ。貴様のような役たたずをわざわざ欲しがると思うか?他の勇者ならまだしもなぁ?あぁそうだ。魔王は勇者を煮て食うらしいぞ。知っていたか?」
クッと口角をあげるカイザー。
アザゼルの堪忍袋の緒を切るには充分な言葉だ。
お湯を切り裂く勢いで、鋭いパンチを。周りのお湯を巻き上げながら放たれた拳を、カイザーは片手で止めてしまった。
(!……この男、強い!)
アザゼルが魔王になってはじめて感じるプレッシャー。この男はヤバい。アザゼルは本能で感じ取った。
「おぃおぃ。社員旅行中は戦う気無いんじゃないのか?」
「……シンは真面目で誰にでも分け隔てなく接することができる優秀な人材だ。もう一度言う。俺の部下を侮辱するな」
「はぁ……Sランクパーティが大袈裟に言うものだからどんな恐ろしい魔王かと思ったら、腑抜けだな。やはり奴らは怠けていた」
(クリフとロア?この間ボコボコにした冒険者パーティの奴らか)
「勇者は愚かな劣等種だ。この世界の頂点に立つのは、俺のような選ばれし者だ。選ばれし者が愚か者を支配して使いこなす。それが正しい世界の姿……理解できるはずも無いな。役ただずをわざわざ雇うだなんて」
次の瞬間、カイザーは片手で止めていたアザゼルの拳を握りしめた。
ミキミキッ
骨が鈍い音を立てる。
「ぐっ?!」
(なんて力だ?!骨が砕けるっ!)
身を引こうとした瞬間、カイザーの反対の手が振りかぶられている。ピンと伸びた指先が、アザゼルの額に迫る。
(しまっ……)
人をを粉々の肉塊にする人差し指だ。
避けきれない。
アザゼルはグ、と眉間に皺を刻んだ。
二人の間を裂く、雷の矢。
カイザーの手を弾く。
アザゼルは露天風呂の外へと脱出した。
男湯に浸かっていた三人が、一斉に矢の飛んできた方向を見る。
柵の上に足をかけ、弓を引いたのはミランだった。タオル一枚を体に巻いただけの刺激的な格好だが、その瞳には確かな殺意が孕んでいる。
「なるほど。洗脳している勇者は多数、といった所か」
カイザーは湯船に突き刺さった雷の矢を握りしめて粉々にする。そして次に目をつけたのは、放心している――
「シン!逃げろ!」
アザゼルもミランも間に合いそうにない。カイザーの魔の手が、シンの首を掴みかけた瞬間。今度はそれを、"白い蹴り"が阻んだ。
正しくは、ルイーゼの足、だ。
ルイーゼは半裸のシンを横抱きにし、軽々と露天風呂の外へ。
「アザゼル様。お怪我は?」
すたり、とアザゼルの傍に跪く。シンはタオル一枚という露出度のルイーゼに抱えられ、ショートしたように赤面。
「あぁ、無い。それより気をつけろ。カイザーという男。只者じゃなさそうだ。俺も本気を出さざるを得ないな……」
アザゼルの赤い瞳が影を落とす。空気がザワつく。仲間であるルイーゼやシンからしても寒気を感じるほどだ。もちろんカイザーも――
「やめだ。流石にこの人数は相手にしきれん」
「逃がすと思うか?」
「思うなぁ。今俺と殺りあえば、貴様が俺を仕留めるうちに58番は殺せる」
「……」
「温泉はまた改めてゆっくり入るとしよう。それでは"また"。魔王アザゼル。そして、58番」
魔王城に立ちはだかる敵。底知れぬ巨悪を前に、アザゼルは拳を硬く握りしめた。




