第26話魔王、社員旅行へ行く
元勇者ニーア。
魔王城へ転職した働きたがりの健気な女の子である。
今日は三日ぶりの魔王城への出社。片手に書類を持ち、真剣な面持ちでアザゼルの部屋を訪れる。
コンコン
「入れ」
戸を開けると、両肘組んでデスクに付いて座っている魔王の姿。部屋は薄暗い。刺すような視線に重苦しい雰囲気。ニーアは緊張感をゴクリと飲み込んだ。
「それで……結果は?」
「アザゼルさんの見込んだ通り、温泉は多くの種類があり、疲労回復や病気に効くそうです。また、食事もその地方の特産品をふんだんに使用した――」
「違う!」
アザゼルがデスクを叩く。その場が凍りつき、ニーアは身を固くした。
「大切なのは君がどう思ったかだ!楽しかったか?!」
「楽しかったです!!」
「温泉は?!」
「最高でした!」
「食事は?!」
「おなかいっぱいに!」
「もてなしは?!」
「究極の癒し!」
「よし、行くぞ。社員旅行だ!!」
◇◇◇
移動は馬車。アザゼルが召喚で出したものだ。運転はアザゼルを含め男たちが交代で行う。
「おぃそこ!おやつは金額1枚(約一万円)って言ったでしょうが!」
「アザゼルさんもロッキー食います?」
「あじゃりこもあるッスよー」
「羽目を外すんじゃないぞ。全く」
甘いのとしょっぱいのを片手にアザゼルは座椅子に腰掛ける。そこへ擦り寄ってきたのはミランだ。
「アザゼル様。旅路はまだ長いですわ。トランプ等いかがでしょう?」
「おっミランはお嬢様なのに俗なもの持ってるね?」
「ふふ、元、ですので」
「いいですねそれ。私も入れてくれませんか?ミランさん」
ルイーゼの目は笑っていない。ミランの目の前に正座をし、ミランはそれを宣戦布告と受け取った。
「いいですわよ。普通にやっても面白くありませんわね。何か賭けましょう。アザゼル様の御髪を整える係、三日間。これでいかが?」
「っ!……えぇ、良いですよ」
「賭け!面白そうだ。じゃあ俺が負けたら二人に土産を買うってのはどう?」
アザゼルからの土産。二人の闘争心はさらにギラつく。
(つまり私が勝てば御髪を調える権利だけでなくお土産まで買っていただける!!)
(ミランさんは確実にアザゼル様のお世話係を狙っている……ここで勝って証明する!私がアザゼル様の正規メイドだということを!)
火花を散らす、ババ抜きが幕を開けた。
「はは……相変わらずカオスな光景。魔王とは思えないなぁ」
ポツリと呟いたのはシンだ。
「分かる。未だに慣れないよこの光景」
えへへと苦笑するのはニーア。
「まさか私達が悪と信じて打ち倒そうとしてきた魔王がホワイト経営営んで、勇者を救ってくれるなんてね」
「あぁ。これじゃどっちが魔王か分かんねぇよな」
シンとニーアの頭に過ぎるのは冷徹な瞳をした元雇用主、カイザーの姿。
「私が勇者になったのって一年前くらいだけど、魔王ってみんなこうなの?」
「いや。大体は邪悪だよ。罪のない一般人を殺したり、魔物を生み出して領土を広げ、支配権を奪おうとしたり……カイザー以上に人の心がない存在。アザゼルさんは、気配は魔王なんだけど喋ると……なんか……」
「勇者っぽいよね」
「分かる。未だに脳がバグっちまう」
「魔王っぽい勇者さんかぁ……私にとってはどっちでも神様には変わりないけどね」
ニーアは立ち上がるとアザゼルの方をむく。
「お母さんの病気を治して助けてくれただけじゃなくて、私の心も助けてくれた。これからはアザゼルさんのために沢山働いて恩返ししたい」
「ニーア……ははっ、沢山働いたら、アザゼルさんに怒られるぞ」
「あっ、そうだった。えへへ……アザゼルさん!私もトランプ入れてください!」
「あ、俺もいいすか?」
明るい声が響く魔王馬車。目指すは温泉旅館。
そこで巨悪と出会うことになるとは誰も予想していなかった。
◇◇◇
旅館は立派なものだ。広い平屋に和テイストの庭園。自然に囲まれ、小川のせせらぎと鹿威しの音が響く。
「ようこそいらっしゃいました。アザゼル御一行様。食事の時間はいかがいたしましょう?」
旅館の女将が頭を下げる。洋風を基本とするエンゼル王国では、異国に来たかと錯覚するような空間だ。
「18時でお願いします。皆、荷物を置いたら観光に向かうぞ」
浮かれ、はしゃぐ声。アザゼルはやれやれと呆れながらも笑顔の従業員達に満更でもない思いだ。
「お客様、本日はもう一組団体のお客様がいらっしゃいます。入浴の時間はズラしてご案内致しますが、館内ですれ違うことはございますのでご了承ください」
「あぁ。構いません。よし皆、荷物は置いたか?そしたらまずはこの、食べ歩き街道から行くぞ!」
拳を突き上げて盛り上がる従業員達。
楽しい社員旅行の始まりだ。




