第15話部下に残業押し付けるだ?処す
聖女アンジュの力により、イグルは復活。プライドを踏みにじられたい故に、こめかみには深く青筋が浮かんでいる。
「遅せぇんだよアンジュ!何のためにテメェを連れてると思ってる?」
イグルは大きく舌打つとアンジュの胸ぐらを掴む。
「ひゃぁっ!ごめんなさいごめんなさいっ!あの方の攻撃が早すぎて追いつけなくて…」
「言い訳すんじゃねぇブス!いいか?次はちゃんと発動させろ。じゃなきゃ次は爪を剥ぐぞ?」
「ひっ…わっわ、分かりましたよぉ……うぅ…」
「恫喝。脅迫。はぁ…アザゼル様の瞳に映すことすら憚られますわ。不合格者はさっさと始末して差し上げないと」
「調子に乗るのもここまでだぜ…」
遠巻きに攻撃していたイグルが突っ込んでくる。ミランは動じない。弓を引いて、突進してくるイグルの肩めがけ、放つ。
イグルは避けない。肩に矢が刺さっても痛みなど感じないと言うように。
「っ?!」
虚をつかれた。ミランが弓を引くよりもイグルのレイピアの方が速い。
「しまっ…」
やられる!ミランが身構えた時、目の前に現る、黒服を靡かせた男。
「あっ、アザゼル様っ!」
アザゼルは指先一つでレイピアを止めた。その眼光は鋭く、怒りに満ちている。
「…なんて、ことだ…お前っよくも、よくもこんなことができたな?!」
アザゼルが声を荒らげる。ミランは目を丸くしながらアザゼルの背から顔を出す。
「えっ…私がつけた矢の傷が…無い?」
「あぁ。そのダメージは……」
アザゼルは眉間にシワを刻みながら聖女アンジュの方を見る。
「ぐぅっ!…っ…」
アンジュは肩を抑えて蹲り痛みに震えていた。ミランもアザゼルの怒りのわけを悟る。
「まさか…アンジュさんを身代わりに…くらったダメージをすべて彼女に押し付けていると言うことですの?!」
「ご名答。すげぇ便利だろ?アンジュは、人のダメージを肩代わりすることができる。死ぬような傷でも、だ。しかもアンジュの体は不死身。相手の苦しみを取り除いてやろうだなんて、正に聖女だ!」
「便利?肩代わり…?自分のミスや責任をアンジュに押し付け、手柄だけは横取りか。冒険者としても人間としても腐ってるな?」
「便利な奴を利用して何が悪い?実際アンジュも俺たちのお陰でいい暮らしができてるんだ。戦闘力はゴミ以下。出来ることといやぁ料理と洗濯だけ。俺のダメージの肩代わりくらいワケねぇだろ。どうせ死なないんだからな、聖女様は!」
「…人のノルマを横取りし、甘い汁を啜る奴。面倒事を他人に押し付けて、平気な顔して成果をあげる奴。お前は俺が心の底から嫌悪する人間像そのものだ。吐き気を催す邪悪め」
「は?何言ってやがんだ?邪悪なのはテメェの方だろクソ魔王様ぁ」
バキンッ
鈍い音を立ててイグルのレイピアが崩壊する。アザゼルは武器に触れていない。怒りに満ちた"睨み"だけで武器を崩壊させたのだ。
「はぇ…えっ?!えぇっ?!」
ボロボロのレイピアを前にイグルは狼狽える。アザゼルはイグルの肩に手を置く。イグルはダメージを負うことがないと分かっているのに、体が動かなかった。
「お前の始末だけは、俺がやらないと気が済まない」
「アザゼル様!しかしこの男に与えたダメージはすべてアンジュさんの方に…」
「あぁ。分かっている。だから…アンジュ」
「ッ…ひっ、あっ、ご、ごめんなさ」
肩の痛みに青ざめていたアンジュは錫杖を握りしめて縮こまる。きっとこれまで、たくさん傷つけられて来たのだろう。
(話しかけられただけで謝ってしまう。長年こんな環境にいたら、そうなるか)
「アンジュ、魔王城へ転職しないか?」
小刻みに震えていたアンジュもこの時ばかりは固まる。言葉の意味を数秒考え込んだ。
「え…?」
「君に見合う仕事はもっとある。人の痛みを癒す。素晴らしい能力だ。メディカル系の仕事場が合う」
「?……な、なにをおっしゃって、いるのか…」
「それから…君、料理できるの?」
「は、はい…好きで……?…??」
「イイ。凄くいい。君、魔王城へ是非転職して欲しい。君の力が、ホワイト魔王城には必要だ!」
真っ暗な闇を切り開く、魔王の一言。差し伸べられた血色の悪い手。アンジュは導かれるようにその手を取った。
「あ、あぁ、あの、お名前は…」
「アザゼルだ」
「…アザゼル様!」
ブラックギルドに苛まれ、陰を落としていた聖女の瞳に、光が宿った。




