第4話「追いついたぞ!」
「また来る!」
高瀬玲奈が叫んだ。
黒田隼人は振り返らなかった。
「何体!」
「十二!」
「多いな!」
岩崎大吾が盾を構える。
その直後、通路の奥から十二体の魔物が現れた。
隼人が走る。一体目を斬る。二体目を玲奈が横から仕留め、三体目を大吾が受け止める。水野千尋の魔法がまとめて二体を吹き飛ばした。
強い。
一体一体なら問題ない。《アーク》は日本最高峰の探索者パーティだ。この程度の魔物なら倒せる。
問題は。
「後ろ!」
玲奈が叫ぶ。
「八体!」
大吾が顔をしかめた。
「またかよ!」
倒しても来る。前から、後ろから。休む暇がない。
ここまでのダンジョンとは違った。
ある程度以上の高難度ダンジョンで探索者を苦しめるのは、魔物一体の強さだけではない。
物量だった。
強い探索者でも疲れる。魔力は減る。装備は傷む。集中力も落ちる。
四人しかいなければ、誰かが休んでいる間、その穴を残り三人で埋めるしかない。
「千尋!」
「あと二発!」
「温存!」
「分かった!」
隼人が剣を振る。
倒す。
また来る。
倒す。
また来る。
「……くそ」
大吾が息を吐いた。
「これ、前回より多くね?」
「多い」
玲奈が即答した。
《アーク》はこのダンジョンへ二度挑んでいた。二度とも撤退した。
今回は三度目。
最深部は近い。それは分かっている。
あと少し。
だから厄介だった。
「進む?」
玲奈が聞く。
隼人は答えなかった。
大吾を見る。疲労が濃い。千尋は魔力が残り少ない。玲奈自身も息が荒い。
自分も、剣を握る腕が重い。
勝てないわけではない。一体一体には勝てる。
でも、このまま進めば、どこかで誰かが倒れる。
それは攻略ではない。
「戻る!」
隼人が叫んだ。
誰も反対しない。
三度目の撤退。
悔しい。
だが、生きていれば四度目がある。
「玲奈、後ろ!」
「分かってる!」
玲奈が退路を確認する。
その顔が止まった。
「……待って」
「どうした!」
「後ろから来る!」
隼人は剣を振りながら叫んだ。
「何体!」
「違う! 人!」
「別パーティか!?」
「分からない! 多い!」
前から魔物が押し寄せる。
後ろから大人数の足音が近づいてくる。
最悪だった。
狭い通路で別の探索者集団とぶつかれば、撤退すらできなくなる。
「道を空けろ! 先に下がらせる!」
隼人が叫んだ、その直後だった。
「第一班、前へ!」
知らない声が響いた。
後方から探索者たちが走り込んでくる。
十人ではない。
その後ろにもいる。
さらに、その後ろにも。
「何だ!?」
大吾が叫ぶ。
「第二班、交代準備!」
最初の集団が《アーク》の横を抜け、魔物へぶつかった。
押し返す。
今まで四人が少しずつ削られていた魔物の群れが、逆に押し戻される。
「第一班、下がれ! 第二班!」
前衛が入れ替わる。
疲れていない探索者が前へ出る。
魔物を倒す。
その後ろから、まだ人が来る。
「第三班、前へ!」
また来る。
「……何人いるんだよ」
大吾が呟いた。
答える者はいなかった。
数えられない。
前から押し寄せていた魔物より、後ろから来る探索者の方が多い。
十体倒す。
次の十体が来る。
その前に、こちらも十人が入れ替わる。
四人では押し返せなかった物量が、止まった。
さらに押し返す。
「前進! ここで押し切る!」
探索者たちが進む。
魔物の群れが通路の奥へ追いやられていく。
隼人は剣を下ろした。
久しぶりだった。
戦闘中なのに。
息を整える時間がある。
「……何なんだ、こいつら」
千尋が後ろを見た。
そして動きを止めた。
「……悠真?」
隼人が振り返る。
大勢の探索者の中央。
護衛に囲まれて、一人の男が立っていた。
軽装。最低限の護身武器。
半年前と何も変わらない。
このダンジョンでは、一人では何もできない男。
相沢悠真が笑った。
「追いついたぞ!」
隼人は一瞬、何も言えなかった。
半年前。
自分たちは先へ進んだ。
悠真は残った。
追いついてきてもいい。
そう言って別れた。
それが、百人以上連れて本当に追いついてきた。
隼人は笑った。
「おせぇよ!」
◇
「で、お前……何人連れてきた?」
大吾が聞いた。
「百六十八人」
「馬鹿だろ」
「最近よく言われる」
千尋が何かに気づいた。
「待って。悠真の《強化》、今何人に使ってるの?」
「百六十七人」
「……百八十七パーセント?」
「正解」
「私たちにも使ったら?」
「百七十一人だから、百九十一パーセント」
千尋が目を見開いた。
「ほぼ三倍じゃない」
「そうなる」
悠真が右手を上げる。
半年ぶりに、見慣れた光が四人を包んだ。
《強化》。
二十四パーセントではない。
百九十一パーセント。
疲れていた隼人の腕に、一気に力が戻る。
悠真が笑った。
「行けるか?」
「誰に聞いてんだ」
撤退は中止。
隼人は剣を奥へ向けた。
「行くぞ!」
◇
そこからは、今までとは別の攻略になった。
《アーク》が前へ出る。
百九十一パーセントの《強化》を受けた四人が、魔物の群れを突き破る。
その後ろを《奪還》が埋める。
疲れた者は下がる。代わりの班が前へ出る。怪我人が出れば後方へ運ばれ、空いた場所にはすぐ別の探索者が入る。
四人では、倒しても次が来た。
今は、倒せば次の十人が前へ出る。
《アーク》には突破力がある。
《奪還》には物量がある。
そして今は、その両方がある。
止まる理由がなかった。
三度の挑戦で越えられなかった場所を越え、さらに奥へ進む。
やがて玲奈が叫んだ。
「見えた! コア!」
最深部。
巨大な青白い結晶がある。
その前を大量の魔物が塞いでいた。
だが、隼人は笑った。
さっきまでなら、絶望する数だった。
今は違う。
「道を開けろ!」
《奪還》が魔物の群れへぶつかる。
百人を超える探索者が左右から押し広げ、中央に道ができた。
「《アーク》!」
悠真の声が飛ぶ。
四人が走った。
大吾が正面を押し潰す。玲奈が脇から迫る魔物を落とす。千尋の魔法がコアの前を薙ぎ払う。
隼人は、その中央を走る。
剣を振り上げた。
コアへ叩き込む。
亀裂が走った。
もう一撃。
青白い結晶が砕けた。
歓声がダンジョン全体に響いた。
三度目の挑戦。
ようやく終わった。
◇
消えていくダンジョンの中で、隼人は剣を収めた。
悠真が歩いてくる。
「お前さ」
「何?」
「俺たちについてくるんじゃなかったのか?」
悠真は周囲を見た。
百人を超える探索者たちが、勝利を喜んでいる。
「一人じゃ無理だったからな」
隼人は笑った。
「だから百人連れてきたのかよ」
「追いついただろ?」
「ああ。追いつかれた」
半年前、自分たちは先へ進んだ。
悠真は別の道を選んだ。
そして今日、その道がもう一度ここで重なった。
隼人は、ダンジョンの向こうを見た。
「やっと、ここまで来たな」
悠真は頷いた。
この先に、十五年間帰れなかった場所がある。
「次は俺の町だ」




